七不思議少女   作:牧屋

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第35話 青銀のナイフ

「ガキどもめ……どこへ逃げた」

 

 見事にノクターンに撒かれたドライグは、その後も校舎内を捜し続けたものの成果はなく、苛立ちだけが募っていた。

 組んだ連中とも連絡を取りたかったが、あいにく戦闘でスマホが故障していた。

 今、仕事が首尾よく運んでいるのかどうなのか、それすら確認できない。

 

「大事な籠手も片方が壊れた……。ソレもコレも……あの小娘のせいだ!」

 

 憤懣やるかたなく、荒い足取りで校庭へ出る。

 夜風に当たっていると、次第に怒りは静まり――入れ替わりに昏い喜悦が湧き始めた。

 

「焦る事はあるまい……この圧倒的な力。先ほどより、なじんできたぞ……!」

 

 傷の痛みは感じず、身体の動きも軽い。総身にみなぎる、途方もない活力。

 スマホの調子が悪いせいでアプリも起動できないか、どういうわけか、魔法が問題なく使えている。これも雇い主から与えられた力のおかげだろうか。

 

「今ここに、最強の名を冠する竜にふさわしい、無敵の肉体が誕生したのだッ!」

 

 快哉を叫んだ矢先――ドライグの鋭敏に研ぎ澄まされた感覚が、接近する気配を拾う。

 深まる闇の中。いつの間にそこまで近づかれていたのか、数メートル先に、一人の少女が佇んでいた。

 見覚えのある鬱金色の髪。所々が焼け落ち、すりきれた黒マント。

 ――間違いない。

 

「貴様……ようやく戦う気になったのか? それとも降伏でもしに来たか?」

 

 まぁ、とドライグは犬歯をむき出してせせら嗤う。

 

「敗北を認めようが、絶対に許しはせんぞ。この俺の憤怒が収まるまで、貴様の肉を潰し! 骨を砕き! 喉が千切れてあふれた鮮血で窒息するまで、悲鳴を上げさせてくれるわ!」

 

 ノクターンは答えない。姿勢は俯き加減で、表情は垂れた前髪に隠されている。

 つい、とその腕が上がり――袖口から手にかけ、一枚のトランプカードが飛び出す。

 道化師の絵が描かれた、ジョーカーのカードだ。

 ふと瞬きをした直後、カードは一振りのナイフへ姿を変えている。

 そこで、ドライグは違和感を覚えた。

 こいつ。直撃とはいかないまでもかなりの大火傷を負っていたはず。

 あれだけの負傷であれば、短時間で治癒させるにはかなりの魔力の消耗が必要となる。

 

 しかし、目の前の少女は息一つ乱していない。それどころか。

 

(なんだ……? この、ちりちりと神経を灼くような、奇怪な圧迫感は――)

 

 無意識に、右足を半歩後ろへ下げた、刹那。

 視界から、ノクターンが消える。

 

「な――ッ!?」

 

 息を呑んだ直後にはすでに、懐へノクターンが、飛び込んでいて。

 

「……死ね」

 

 深く深く。水底から囁きかけるかのような低い声音が鼓膜を撫でた瞬間。

 むき出しだった右手めがけ、ナイフが複数の半円を描く。

 

「ひぃっ……ぎ、ぎゃあああぁッ!!」

 

 ドライグは尻餅をつきながら右腕を抑え、間断なく迸る激痛に絶叫した。

 関節部ごとに輪切りになったいくつもの指が、そして美麗な断面を覗かせ断ち切られた手首が、冗談みたいに宙を舞い、飛び散る鮮血とともにグラウンドをまだらに染めていく。

 

「手、手手手手手がぁ! 俺の手があぁぁ!」

 

 狂ったように左手を振り回し、炎弾を乱射。ノクターンを追い払う。

 

「き、きぃっ、切れてるうぅアァッ! ここっ、これじゃぁあァ! もう手甲がつけられないじゃないかアァァア~ッ!」

 

 ドライグは泣きわめきながら手首の消失した右腕の先端へ向け、小規模な火炎を発射。

 

「よくもよくもおぉォ! 九頭竜将の首に匹敵するこの俺の手をオォォオッ!」

 

 数秒、勢いよく炎上する切断面。

 けれど重度の火傷を負わせたおかげで、多少なりとも出血を抑える事ができた。

 

「ど、どうなってるぅぅ、っぅアァァッ! き、貴様ァ、何をしたあああ!?」

 

 自分は、大幅なパワーアップを果たしたはず。

 肉体強化のみならず、脳の処理速度も上がり、動体視力や反射すら格段に向上したのだ。

 だというのに、捉えられない。速度も技も別格だ。まさか今まで加減されていたとでも。

 

「……これを持つと、思い出すんだ」

 

 ノクターンは頬にこびりついた返り血を指先で拭い、ナイフを見やる。

 

「変わる、と言い換えた方がいいか。身体の方がな。覚えてるんだ。――あの日から、二度と使うまいと誓ったのにな」

 

 魂が抜けたような虚ろな無表情のまま、独り言みたいに自嘲の言葉を残し。

 ノクターンは無造作な歩みを寄せる。まっすぐ。最短距離で。

 

 ――ドライグの命へ向かってくる。

 

 

 

「うぐっ!」

 

 こらえきれず、ついに薙刀が宙を舞う。

 踏みしめた足から力が抜け、廊下の床へ無様に倒れ込む。

 

「手こずらせやがって……!」

 

 ぜぇぜぇと、安田が荒い息をつきながら、新たに水の剣を作り出す。

 

「だが存外、悪くない心地だ。だぁんだん慣れてきたぜ、この感覚によ……。隠し玉があるんならあのババァ、最初から使えってんだ、クソが……ヒヒヒヒッ」

 

 呂律は怪しい所だが、ああなった直後よりは理性を取り戻し、それにつれてパワーのみならず、動き方も巧みになる一方で。

 極度の疲労。多量の出血。いくつもの事由が負債として積み重なり、結果シーラから体力を削ぎ尽くしていた。

 駄目なのか。ここで終わりなのか。

 

 ――自分は、また何も守れないのか。

 

 六不思議として過ごすにつれて少しずつ、過去の記憶らしき思い出は、蘇りつつあった。

 中でももっとも鮮烈に。シーラの深い部分を揺り動かしたのは、ある人物に関する記憶。

 名前も、顔も、いまだ霧のような忘却に覆われたまま。

 それでも――ふとした拍子によぎる度、胸を切り裂かんばかりの悔恨に襲われるのだ。

 自分は生前、きっと何か、命に代えるほどだった大切な誰かを、守れなかったのだろう。

 強く刻まれたその無念が。そして寄り添ってくれる六不思議の仲間達が。

 シーラへ再び立ち上がるだけの気力を呼び起こしてくれたのだ。

 

「なのに、一敗地にまみれ、このざまか……」

 

 一息にシーラの首を落とすつもりか、安田が剣を振り上げる。

 死ねば、あの人の下へ逝けるのだろうか。

 いや――きっと行けないだろう。こんな惨めな自分に、そんな資格はない。

 何より。

 

(死にたく、ないな……。みんなを……ノクターン様を、残して……)

 

 二度も守れず終わるのは。嫌だった。

 

「死ねや――!」

 

 安田が全霊を込めて振り落とす。迫る刃へ、シーラはせめて眼光だけでも焼きつけて。

 その間に飛び込み、刃を受け止めた少女の後姿に。

 引き締めていた口を、思わず開き。

 その名を紡ぎ出した。

 

「……氷澄、ネレ……?」

 

「――初めて、良かったと思えた」

 

 生成していた血の剣をかざし、安田の一撃を受け止めたネレが、ぽつりと呟く。

 

「メアと、アドレス交換しておいて。だから間に合った」

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