七不思議少女   作:牧屋

36 / 43
第36話 血の魔法

「な……ッ!?」

 

 驚愕していたのは安田も同じだろう。

 ネレは相手の動きが硬直したその隙を突き、力任せに剣を振るって弾き飛ばす。

 

「シーラ。大丈夫?」

 

 視線を安田から外さぬまま、肩越しに問いかけると、力ない声が返って来る。

 

「来て、くれたのか……氷澄……」

「私の声、届いてる? 大丈夫かどうか聞いてるんだけど」

「あ、ああ……。多分……」

 

 嘘だ。深手を負っている。それほど濃厚な血臭なのだ。

 シーラをこんな目に遭わせた敵――安田を睨めつける。

 

「なんで……生きてやがんだッ! 第一っ、ドライグの炎で焼け死んだって話だろ!?」

「焼かれたよ。でも……」

 

 伊予原が、助けてくれた。すぐに病院へ運んでくれたから、一命をとりとめたのだ。

 

「あなた達の目的は察しがついてた。だから病室、こっそり抜け出して来たんだ」

 

 本来であれば、すぐに加勢へ駆けつける予定だった。

 ところが、敵の一味である老婆に校庭で足止めされ、到着が遅れてしまった。

 

「無茶をする……そんな身を押してまで」

 

 シーラはネレの首や肩、四肢に分厚く巻かれた包帯を、痛ましい目で見つめる。

 

「答えが、出たから」

「答え……?」

「以前、ノクターンに聞かれたんだ。どうして六不思議に助勢したのか、って」

 

 尋ねたノクターン自身は、冗談だからとすぐに引っ込めた。

 それでもネレは、考え続けていた。そしてようやく、納得できる回答を導き出したのだ。

 

「あなた達は、聖地を守る役目以上に……きっとお互いを、強く思い合っている」

 

 それこそネレが姉を慕うように、家族みたいに。

 

「それは凄く尊くて、得難いものと思えたんだ。そういう気持ちを、失わせたくなかった」

 

 今回も、躊躇いはあった。でも最終的に足を動かした一押しは、その答えだったのだ。

 

「生真面目で……無茶な奴だ……」

「真面目で無茶なのはそっちもでしょ。いつもは私に、無謀な戦い方をするなとか、小言を言うくせに」

「いや、その、別に、私はな……」

「傷に障るから、動かないで見てて」

 

 ネレは血剣の切っ先を、安田へ向けた。

 

「この人は、私が倒す」

「俺を倒す……倒すだと!? ハハ……ヒャハハ!」

「よせ、氷澄……手負いのお前にかなう相手では」

「死にぞこないがぁ――なめんじゃねーぞッ!!」

 

 シーラの制止を怒号で潰し、安田がつっかけてくる。

 ネレも踏み出し、血剣を袈裟懸けに切り払って迎え撃つ。

 激突する水の刃。重い衝撃が腕を痺れさせるが、剣は壊れない。――やれる。戦える。

 逆の血剣を突き入れる。安田も半身を逸らしながらもう一振りの水剣で受け、逸らした。

 

「なんでこんな事をするの。お金のためだからと、なんでもしていい訳じゃないよ……!」

「くだらねぇんだよそんな話は! 幽霊なんぞにゃ何の権利も可能性もねぇ! 奪われるだけだ……俺達生者になぁ!」

「あなたが剣を振るっている相手は! 私にとっては幽霊じゃない!」

 

 異なる世界の住人。すれ違う意見。分かり合えない気持ち。――最初はそう思っていた。

 でも、今は違う。時には激しくぶつかり合う中で、少しずつ心を通わせ続けた。

 立場を理解し、境遇を共感し、折り合いをつけて。気構えずとも話せる、そんな関係に。

 

「だって、私の……友達だから! ひどい事をするのは、許せないッ!」

「氷、澄……お前……」

 

 へへへ、と安田は肩を震わせて笑う。

 

「なら最初ッからからそう言えよ。くだらねぇ御託並べるよりそっちの方が分かりやすい――つまりはてめぇも幽霊ってワケだ! 一緒にあの世へ送ってやるよ!」

 

 安田が放つ横薙ぎを、剣を十字に重ねて防ぎ止める。

 

「もういいよ。私も分かった」

 

 良心の呵責も何も感じられない安田の言葉を、けれどネレは聞く必要があったのだ。

 

「あなた達がどういう連中なのか、それを知らないといけなかったから」

 

 聞くべき事は聞いた。言いたい事は言った。

 

「本気で叩き潰していい、相手なのかどうかを――ね」

「チッ、こいつ……素人じゃねぇ!」

 

 ネレが交差させた剣を開くように払えば、安田はたたらを踏み、後退を余儀なくされる。

 

「クソがぁ……! 万全な状態なら、こんな出来損ないのガキ一匹ぃ……!」

 

 両側から挟み込むように迫る二剣を、ネレもそれぞれの血剣で受け止める。

 ぎちぎちと刃同士が噛み合い、削り合い。互いの足が床を強くこする、鍔迫り合い。

 

「殺してやるよ……殺されたくなきゃ殺してみやがれぇ! 『イリュージョン』ッ!」

 

 ここで安田はさらに魔力を注ぎ込み、ほぼ密着した体勢から水の分身を一体生み出す。

 ただし魔力が残り少ないのか、今度の分身は上半身しかなく、半ば安田の身体から生えたような有様で、握る得物も剣一本のみだ。

 分身が横合いから突き込んで来る剣を、ネレは顔だけを動かして見据える。

 

「殺さないけど……壊してあげるよ」

 

 水剣がネレの頭を貫く感触を、安田は視線を外した体勢ながらも感じ取った。

 

「肉、ぶっすりイったなぁオイ……! 手応えありだ、雑魚がッ!」

 

 勝利宣言を上げた安田だったが、途端、分身の剣が押し引きできなくなり、異変を悟る。

 

「な、んだとぉ……っ?」

 

 なんとネレは、差し込まれる剣先へ噛みつき、歯と歯の間で止めていたのだった。

 だが、剣自体は深々と口腔まで刺さって頬から斜めに飛び出しており、裂けた頬肉や校内粘膜、歯茎からみるみる出血が始まる。

 

「ざ、ざまぁねぇな! 口ん中がズタズタでぇ! たぁっぷり、血、が――?」

 

 サングラスの奥で、安田が戦慄に青ざめる。

 ネレは歯から生やした血の牙を、水の刃へ強く突き刺し、食い破る。

 接触面から隙間へかけ、ダラダラと入り込んだ血が、内部の水へ煙のように混じり込み。

 図抜けたスピードで刀身から柄部分へ駆け上がるや、分身の体内へ侵入。

 

「な……何イィィィイッ!?」

 

 瞬間。膨張した分身が破裂するとともに、四方八方へ硬化したネレの血液が飛び出す。

 直前にネレから離れ、分身も解除した安田だが、一手遅い。

 

「があぁっ、あぁ……!」

 

 飛び散った大量の血棘に傷つけられ、さしもの安田も悲鳴を上げた。

 

「まだ終わらないよ」

 

 ひゅー、ひゅー、と頬に開いた穴から呼吸音を響かせながら、ネレは左手の血剣を解除し、素手で中空の血液へ触れる。

 ネレの意思を伝えれば、飛散していた血液は、わずかな接触部同士で瞬く間に吸い付き合い、溶け合い――安田の胴体からネレの手を一本で繋ぐ、血のロープへ変化する。

 

「捕まえた」

 

 ロープを思い切り引き込み、側まで引き寄せ。

 その鼻っ柱めがけ、渾身の頭突きを浴びせる。

 鼻骨が砕け、サングラスが割れ、安田は鼻血を噴射しながら吹っ飛んでいく。

 血のロープは乾燥し、砕けてしまったものの――ネレは唇から垂れる血を舌で舐め取り。

 

「液体なら、血も通りやすいから。……私達の相性、とっても良いみたいだね」

 

 即座に左手の血剣を復活させるため、血流を操作。

 が――血の動きはぎこちなく、思うように言う事を聞かない。

 

「……あれ?」

 

 試みる度、手に開けた接続用の穴から鮮血がこぼれ出て、床を汚すだけだ。

 四苦八苦しているうちに、右の剣も溶けだすように形を崩し、やがて解除されてしまう。

 

「目が……ふらふらする」

 

 視界がぼやけ、ぐらつく。思考がうまく回らない。――貧血の症状だった。

 ただでさえダメージの残っている身を酷使し、血も使い過ぎた。これ以上は命に関わる。

 

「ダメ……まだ、敵、残ってるのに……」

 

 限界なのだ。立っている事さえできなくなり、膝が折れ、床に手を突く。

 倒したかに思われた安田が、よろめきながら立ち上がってくる。

 生み出した水が取った形状は、一丁のボウガン。

 『イリュージョン』が作り出せるのは何も、分身だけではない。

 水剣を代表として、簡易的な構造に限るが高威力の武器も作成可能なのだ。

 

「こ……殺して、やるぞ……!」

 

 絞り出すような殺意の叫び。放たれた矢が廊下を直進し、ネレの脛を貫き床ごと穿つ。

 

「どうだぁ……ヒャハハハ! もう今までみてぇに……動けねぇだろッ!」

 

 今までと性質が異なるのか、掴もうと触れる度に液状化し、手がすり抜けてしまう。

 

「次は頭ブチ抜いてやるよ……クソがあぁぁぁ!」

 

 二発目を装填。ボウガンの狙いが、足を縫い留められて動けないネレの頭部へ向く。

 その時、角を曲がって突き当たりから現れたイツハが、安田の後方から突進した。

 

「うあああぁーっ!」

 

 自らを鼓舞するような叫びを張り上げ、車椅子を持ち上げて片輪だけで走行し、もう片輪で強烈なキックを見舞う。

 安田は突然の事態に反応が遅れ、満身込めた車輪の蹴りが、その背中へ衝突。

 発射された矢は寸前で狙いがぶれ、窓辺から裏門側へ突き抜けていく。

 

「ガキャア……余計な邪魔を!」

 

 反動でよろめくイツハを、安田が腕を振るって叩き飛ばす。

 

「うっ……!」

 

 車椅子から吹き飛んだイツハは壁へ打ち付けられ、ぐったりと倒れ伏した。

 

「イツハ――ッ!」

 

 ネレは爆発した。脳の引き金を感情がぶっ叩き、体内で操作された血液が超加速する。

 頭頂部へ到達した血が髪を根本から侵蝕し、塗り替えるかの如く紅く染めゆく。

 浸透した血液が毛髪内の神経系と結合し、腰へ届くほどの長さへと伸ばした。

 異様な変貌を食い入るように見つめる安田の前で、ネレはマントのように髪を揺らし、前髪の合間からゆらりと覗く眼光で、真っ向から射貫く。

 

「て、テメェ……なんだその姿はァ……!?」

 

 続けざまに血髪の束を集め、足に刺さった水矢へ差し込む。

 さながら輸血ケーブルのように、先端部からありったけの血液を注ぎ込んだ。

 即座に朱に染まった矢は、急激に質量を増大させ――限界に達し、内側から破裂。

 

「く、クソが……単なるこけおどしに決まってる!」

 

 立ち上がるネレへ狙い定め、新たな水矢が空気を裂いて撃ち出される。

 ネレは無事な方のもう片脚へ満身の力を込め、一息に床を蹴って飛び出す。

 同時に血髪を前方へ集め、その上に乗る形で体を覆い込ませた。

 

 するとどうだろう。血液でコーティングされた髪の束は赤くぬめる血糊を床上へ残しながら、疾駆とそう変わらないスピードで安田めがけて滑走を開始したのである。

 

「ば、馬鹿な……早い!? あ……当たらねぇ……ッ!」

 

 重心を傾ける事で速度や角度を調整。

 床のみならず壁や天井までを滑り、三次元的な螺旋軌道を描いて狙いをつけさせない。

 

「俺が、この俺が負けるかああぁ――ッ!!」

 

 絶叫とともに安田の目が血走り、残る魔力を全て消費。

 もう一丁のボウガンを生み出し、今度は二発の水矢が弾き出される。

 執念がなせる業だろう。その一発がついに、ネレを捕らえた。

 途端、血髪の一房が鞭を振ったみたいに一斉に飛び出す。

 しなやかさと弾力を兼ねた毛先が殺到して矢を絡め取り、投網よろしく奥へ誘う。

 矢の速度に合わせ、絡みつく髪の一本一本が精密に蠢く。

 ねじり、包み、硬度を変化させ――弾道の矛先をずらした。

 結果として矢はネレの肉体に着弾する事なく、血髪が部分的に用意した穴から飛び出し、廊下の天井を斜めに削り進むにとどめたのである。

 

「な、なんだよ、そりゃあ……! や、やめろ、バケモノ! 来るなぁぁぁ――っ!」

 

 眼前へ舞い降りるネレに対し、安田は後退して逃げようとする。

 その痩身を、ネレは前方へ大きく伸ばした大量の血髪でもって捕らえ。

 咆哮を轟かせながら片脚で床を踏み砕き、上体ごと頭を振り、浮かせた安田をぶん回す。

 そうしてトドメとばかり、横合いの教室へ向けて、激烈に叩き込んだ――。

 

 

 

 ぐちゃぐちゃに積み上がり、王座みたいな様相を呈している椅子や机の塊の中心で、安田はひっくり返り――目と口を見開いた恐怖の形相で泡を吹き、完全に昏倒している。

 

「具合は……どう?」

 

 ネレは足を引きずり、横たわるシーラへ回復魔法をかけているイツハへ歩み寄った。

 

「とりあえず……命に別状はない所まで、もってきたわ。少し寝たら、意識も戻るはず」

 

 イツハはへなへなと壁へもたれかかり、疲れ切った目でネレを見上げてくる。

 

「そっか……良かった。イツハも早く、自分を治してあげて……」

「……いえ、それは駄目。あなたの回復が先よ」

 

 イツハは眼差しを厳しくし、戸惑うネレの手を掴み、強引に魔法で傷を治癒させ始める。

 

「ど、どうして……? イツハだって、傷だらけなのに……」

「優先順位、よ。……あんたに使った方が、きっと生き残れる確率は高い」

「イツハ……」

「……ありがとね、助けに来てくれて。前回も、今回も……とんだ借りを作っちゃったわ」

 

 そんなの、とかぶりを振るネレへ、イツハは表情を緩め、優しげに微笑みかけた。

 

「だから……無理ついでに、もう一つ、頼まれて欲しいの」

 

 柔らかな熱が伝わり、刺し傷や裂傷、いまだ身を蝕む火傷が、緩やかに塞がってゆく。

 

 お願い、とイツハは何かの糸が切れたみたいな、眠たげな眼と声音で続けた。

 

「あの子を……ノクターンを……」

 

 魔力も尽きかけているのだろう。薄れゆく意識と一緒に、繋いだ手から力が抜けていく。

 

「……助けてあげて」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。