七不思議少女   作:牧屋

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第38話 竜の魔法

 何かを懸けた勝負では、必ず勝者と敗者が生まれる。

 どんな戦いにせよ、機会は一回こっきり。一度甲乙が決まってしまえば、何をしても覆らない。敗北を糧にすると言えば聞こえはいいが、そんなに単純な話じゃない。

 負けた分を取り戻すには、負けた以上に価値のある勝利を得なければいけない。

 勝者とて、勝てば勝つほど、勝った分を失いがたく思い始める――他全てを捨ててでも。

 どちらに転んでも誰かが傷つく、生きる上でとても重要で、とても残酷なものだ。

 それでも戦わなければいけない時なんて、世の中にはいくらでもあって。

(なら私は……自分の人生のこれから全部を決めるための、一つ一つの勝負を――とても大切なものとして考えよう)

 家族のように神聖なものとして、捉えよう。

 そして勝負に挑む以上は、必ず勝つ。

 どんなに難しい戦いでも、勝つ意気で行く。

 

 

 

 ――ネレが駆け付けた時には、ノクターンは呼吸もか細く、弱々しく地に伏せていた。

 目を覆いたくなる有様だ。顔は腫れ上がり、左腕はあらぬ方を向いて、身体のあちこちから血を流している。

 何より、腕にまとわりつく奇怪な黒い何かが広がり、右半身を蝕み覆っていた。

 

「ノクターン……!」

 

 ネレが呼びかけても、反応はない。

 代わりに、耳障りな馬鹿笑いを上げたのは、ドライグとかいうもう一人の男。

 

「ふん。生きていたとは。悪運の強さを褒めてやりたい所だが――これでも忙しくてな!」

 

 ドライグが竜の顎を開き、ノクターンめがけてやおらに炎弾を放つ。

 ネレはとっさに地面を蹴り、生成した血剣を振るって、飛来する炎弾を叩き斬った。

 ノクターンへ着弾する直前で分割された炎弾は、左右へ散って炸裂。

 闇の帳が降りた周囲を、束の間明るくするほどの火炎を噴き上げる。

 

「ほう! 死にぞこないの割に、中々やるなぁ? まだまだ楽しませてもらえそうだァ!」

 

 ネレはもう一度、ノクターンを振り返った。

 かすかに、片目だけを向けるノクターン。乾いた唇を動かすも、声はよく聞こえない。

 

「グハハハ! そこを動くなよ? 二人まとめて、地獄へ送ってくれるわ!」

 

 ネレの奥底で。落ち着こうと懸命に抑えつけていた何かが。

 瞬間、ぷつりと切れる。

 腹の底からの咆哮が夜気をつんざいて、細胞という細胞から沸騰する血が生み出される。

 脳天までを貫く高熱が血流の噴火を巻き起こし、深紅に染まった髪が背中へ流れた。

 急加速した血液を流し込み、下肢の筋肉を膨張。靴が埋まるほど踏ん張りを利かす。

 そのまま近くにあったゴールポストへ髪を巻き付かせて持ち上げ、勢いよく投げ込んだ。

 

「何イィ――ッ!?」

 

 ドライグは籠手を大振りに薙ぎ、轟音とともに弾き飛ばした。その間にネレは踏み出す。

 

「……ねえ。勝負しようよ」

 

 振り抜いた反動と腰のバネを利用して疾駆し、瞬きの間にドライグの目前まで肉薄。

 

「勝つのは私。――負けるのはあなた」

 

 湧き上がる激情のまま、技も何もなく大上段から血剣を叩きつけた。

 

「ぬうぅぅっ……! なんという重さ……!」

 

 ドライグは籠手を横に傾けて防護するも、凄絶なまでの一打はその巨体を下がらせる。

 

「……この場にはもう、俺と貴様以外に、戦える者は残っておらんのだろう!」

 

 ドライグは籠手を構え直し、無言で佇むネレを睨み据えた。

 

「これが最後の戦いであるならば、改めて名乗ろう! 俺は三つ首ドライグ! 竜王ハイドラが従えし九頭竜将の顎を操りし、最強の駆除人!」

「……」

「喜べ! これまでの健闘を讃え、貴様の首も、俺のコレクションに加えてくれるわ!」

「……私は氷澄ネレ。吸血鬼」

 

 ネレは血剣に変えていない方の手を自身の胸に当て、同じように返す。

 

「六不思議を守る、七番目の怪異にして同盟者……」

 

 ドライグのように、敵を貶めて自らの威を誇示するためではない。

 

「――七不思議少女だ」

 

 六不思議の恐怖を、骨の髄まで刻み込むために名乗ったのだ。

 

 飛ぶように駆ける。双方の距離がゼロになると同時。

 ネレは両手に作り出した血剣を、ドライグは左腕にのみ残った籠手を振るう。

 息つく間もなく、一心不乱に打ち合い、交わされる幾多の剣戟。

 どちらも小細工を弄するほど体力に余裕はなく、ただ力と技で上回った方が勝利を手にするという、至極シンプルな、それでいて全てを懸けた決闘だった。

 こちらを見下ろす巨躯と、轟かんばかりに振るわれる破壊的腕力。

 ともすれば簡単に押し切られてしまいかねない相手に、ネレはフットワークを活かして執拗に纏わりつき、食い下がり続けた。

 

「存外に食い下がるではないか……!」

 

 ドライグは自身の籠手や鎧に、数えきれないほどの傷をこしらえている。

 それでも余裕が残っているのか、大口を開けて大笑しながら。

 

「だがさっきの奴ほどではないなぁ……! グハハハハ!!」

 

 ――次第にネレの攻撃は、まともに当たらなくなってきた。

 

 ノクターンと比べ、決定的に実戦経験が乏しいのだ。

 

「それなりに位の高い吸血鬼なのだろうが、悲しいかな! 手術のせいで力をまったく発揮できていまい!」

 

 今ネレが張り合えているのは、ドライグがノクターンと長時間交戦し、大きく消耗しているからに過ぎない。

 

「願わくば、本来の実力の貴様を屈服させてやりたかったぞ! グハハハハ!」

 

 手こずらせる事こそできているが、勝利を手にするのは難しいだろう。

 でも。

 

「それが……どうした……!」

 

 ネレはもう決めていた。なにがなんでも、この敵を打ち倒すと。

 コンクリート程度なら容易に砕くほどのパンチが、ネレのこめかみを打ち抜く。

 直前に血髪で覆い、守りを固めたが、毛髪もろともちぎられ、吹き飛ばされた。

 

「グハハハアァッ! イイのが入ったぁ! もう形勢逆転だなぁぁ!」

 

 殴られた側の音が聞こえなかった。鼓膜が破れている。裂けた頭皮から流れる鮮血が片目を濡らす。鼻血も止まらない。脳が揺らされたためか、視界は左右にブレ続けていた。

 よろめいて跳ね起きると、ドライグは後ずさり、見るからに狼狽えた様相だ。

 

「まだ来るというか……!? 恐怖を感じておらんのか!? 死が恐ろしくないのか!?」

 

 ネレは餌を見つけた獣の如く、浅い呼気を繰り返し、ひたすらに向かっていく。

 

「さっきの奴より、力では劣るはず! だ、だが……この不吉な、底知れぬ気配は一体!」

 

 ドライグが迎撃しようとして――突然その動きがぎこちないものに。

 

「ぐうぅぅ! 髪が、絡まる……!?」

 

 殴られる寸前、ドライグの鎧の関節部や傷穴へ、毛髪の一部を巻きつけておいた。

 ほどこうともがくドライグへ、ネレは交差させた血剣を、唐竹割りに叩き込む。

 掲げられた籠手に阻まれ、その硬度の前に、血剣は氷が割れるような音を残して砕けた。

 けれど同時に、籠手の側も限界だったのだろう。

 舞い散る血剣の破片に紛れ、その大部分が爆砕し、ドライグにたたらを踏ませる。

 

「き――貴様ああぁぁぁぁッ!!」

 

 破損した籠手を目の当たりにしたドライグは、喉も枯れよと大音声で咆哮しながら、振り抜かれたネレの右腕を掴み取る。

 

「殺す! 殺す! 殺す! 殺す!」

 

 あまりにも強烈な握力がかけられ、ネレの細い二の腕から先が折れひしゃげ丸められ。

 

「グバババババァ! これで俺とおそろ! おそろ! お――」

「うるさいよ」

 

 ネレは激痛を歯牙にもかけず――掴まれた体勢のまま振り子よろしく上体を反らし。

 

 胴体めがけ、渾身の力で頭突きを食らわせた。

 

 間髪入れず、叩きつけた額を中心に血髪を集中させる。

 針金のようにねじり合わせ、不要な分の血は抜いて、太く長い、一本角を作り出す。

 杭打ちよろしくぶち込まれた角入りの第二撃は、ついに鎧の防御力を上回った。

 

「グバババ……バッ、ガアアァァ!!」

 

 前面が破砕された鎧と、あらん限りの絶叫を迸らせながら、ドライグが吹っ飛んでいく。

 

「俺が……俺は! 竜の力を得ているんだぞおぉぉ……! ありえない、こんな事はァ!」

 

 血を吐きながら立ったドライグの目にはもう、爪の先ほども理性の色は残っていない。

 突如として、ドライグの被っていた兜から火炎が逆巻き、燃え上がる。

 その火勢はたちまち全身へ燃え移っていくが、ドライグは勝ち誇った笑いを立てるばかりで、苦しんでいる様子はまったくない。

 ネレやノクターンは、ここまで苦労して、ドライグの首のうち、二つをへし折った。

 しかし、ここにきて。単なる兜に思えていた、ドライグの三番目の首。

 

 二つの首をも凌駕するほどの魔力を発する、これこそが真の最終兵器だったのだろう。

 今までの火力など微々たるものに思えるほどの、さながら獄炎の竜巻であった。

 

「炎の翼で、焼き尽くされるがイィィィ!!」

 

 巨大な火の玉と化したドライグが、空を赤く染め上げながら突っ込んで来る。

 轟然たる炎獄を纏い行進するその威容は、まさに在りし日の王者、ドラゴンそのもの。

 

 ――ネレの背後には、ノクターンがいる。

 

 避ければ、戦った意味がなくなる。

 

「受けて、立つ……。私は、そのために来たから」

 

 ネレは少し足を広げ、迎え撃つ体勢を取った。

 右手と、砕けた左手。痛みにも構う事なく、強く重ね合わせる。

 刀身を失った柄同士は潰れる事なく溶け合い、形を変え、砲口を生み出した。

 砲口部を中心に、深紅に輝く光の束が収束していく。

 残る全魔力と、血液の半分をも捧げた、最後の一発。

 光条は見る間にその強さを増していき――ネレは腹の底から気勢を発した。

 

「――輝け、赤光」

 

 瞬間。撃ち放たれた長大な赤の閃光が、突進するドライグへ直進していく。

 莫大な出力同士が激突し、爆炎と轟音を引き起こしながら拮抗する。

 だが、次第に。赤光が削られ、食い破られ。ネレの体躯も意に反して後退を始めた。

 

「なんて、圧力……! 押される……!」

 

 その時。ネレの聴覚は、衝撃で打ち震える戦場の真っただ中において、確かに聞いた。

 

「氷澄、ネレ!」

 

 背後で倒れている、ノクターンの声を。魂から絞り出される、ただ一つの叫びを。

 

「……勝ってくれ……ッ!」

「――分かった」

 

 この期に及んでの出血。美しき赤がまき散らされ、背中から血翼が飛び出す。

 ただし今までのものと違い、至極巨大。滝の如く絶え間なく、血液が噴射し続ける。

 そうして生じた推進力は、赤光の反動とドライグの突進力を軽減するブレーキと化す。

 貧血と魔力枯渇。疲労によって朦朧とする視界の中、やがてネレが感じ取ったのは。

 赤光が全てを押し返し、ドライグを完全に呑み込んだ手応えであった。

 満足げな微笑がこぼれる。

 

「……勝った」

 

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