七不思議少女   作:牧屋

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第39話 絶対負けたくない

「あぁぁ……ひいぃ……!」

 

 ほうほうの体で、僧侶は校門から転がり出る。

 途端、校内で感じていた奇妙な空気感が変わった。周辺の民家には電灯がついて人の気配が感じられるし、遠くからは車の走行音や人の話し声が聞こえるようになる。

 あの恐ろしい異界から脱出できた事を悟り、荒く乱れきった呼吸もなんとか一息つく。

 

「じょ、冗談じゃない……! なんで俺様がこんな目に……!」

 

 元々、この仕事には高い報酬が約束されていた。

 準備費で拠点や充分な装備も用意できたし、何より標的の幽霊は大好物の子供ばかり。

 普段はケチでみみっちい雇い主の、今回に限ったあまりの気前の良さに疑う所もないではなかったが、結局誘惑には逆らえず参加してしまった。その末路がこのざま。

 

「あ、あんな化け物ども、相手になんてしてたら命がいくつあっても足りねぇよ……っ」

 

 確かにカネは欲しいが、連中は手に余りすぎる。到底命には代えられない。

 裏社会での評判にも傷がつくが、これ以上関わるくらいなら、臆病者と後ろ指差された方がいくらかマシだ。

 一刻も早く学校から遠ざかろうと、ブロック塀に手を突きながら歩き出した矢先。

 突然、前方が眩しくなる。

 それがバイクのライトだと気付いた時には、すでに僧侶は取り囲まれていた。

 

「おい、てめぇ……今、そこの門から出て来たよな」

 

 どすの利いた声で尋問を浴びせかけたのは、かつてこの一帯を騒がせていた、ニーメゲル人のみで構成された巨大不良グループ、『シルバーブレット』のリーダーである。

 六不思議に端を発した敗北により、凋落を繰り返し、勢力は縮小。恐怖の象徴として遍く雷名すら忘れられ始めてはいたものの――その力に魅せられた子飼いの舎弟達は健在。

 結果として十数名規模の不良達に取り囲まれ、哀れ身を震わせる羽目になったのだった。

 

「あ、あいや、俺様、いや拙僧はただ通りすがっただけの仏門に帰依せし偉い僧なだけで」

 

「――よく見たらてめぇ、腫れ上がっちゃいるがそのツラ……! 倉庫ん時のッ!」

 

 以前、ゴーストスレイヤーズに襲撃を受けた時、その下手人達の顔を、リーダーは身を切るほどの屈辱とともに、しっかり記憶へ焼き込んでいたのである。

 

「こいつぁツイてるな、久しぶりによォ! あん時の礼、たっぷりさせてくれやァ!」

「ひ……ひえぇぇぎゃああああッ!!」

 

 

 

 僧侶が不良グループにお礼をされている、その少し離れた民家の裏で。

 

「……こ、これでいいんだよな、氷澄……?」

 

 緊張で汗ばんだ手にスマホを握り込み、伊予原はすがるようにその名を口にする。

 

 ――事は昨日。午前零時頃にさかのぼる。

 

「ひ、氷澄、本当に大丈夫なのか……っ?」

 

 ベッドに横たわったままのネレは、顔だけをこちらに向けて答えた。

 

「ごめんね。こんな体勢で話さなきゃいけなくて……」

「ンな事、どうだっていいだろ? 無理すんなって……!」

 

 意識不明の重体で運び込まれたネレは、どうにか一命をとりとめた。

 とはいえ昏睡が続き、医者からも帰宅を勧められたものの、そうする気になれず病院に留まっていた矢先――なんとネレが意識を取り戻したのだという。

 しかもまず口にした要望は、伊予原を呼んで欲しいというものだった。

 本来であれば面会謝絶が当然。意識も危うく、少しすればまた眠ってしまう――というような状況でなお、奇跡的に目を覚ました患者の、たっての希望である。

 短い時間だが、医者はこれを通し、伊予原を病室へ招いたのだった。

 

「そんな場合じゃ、ないから。根性で起きてみた」

「こ、根性、ってお前な……! どんだけ心配したと」

「ありがとね。助けてくれて」

 

 率直な言葉に、声を荒げて言い募りかけた伊予原は、毒気を抜かれて座り込む。

 

「まぁ……無事、ってわけでもないけど、生きてて何よりだよ。死なれたら寝覚め悪ィし」

「生焼けの肉を提供した私が、その日のうちにウェルダンにされるなんて……」

「上手い! けど笑えない!」

「それと……一つ頼まれて欲しい事があるんだ」

 

 ネレは、眠たげにゆっくりとまぶたを瞬いて。

 

「本当なら、私がやらなきゃいけないんだけど……今はこんなだから。伊予原くんだけが、頼りなんだ」

 

 ネレはかいつまんで、伊予原へ語った。ネレを襲った連中は複数。恐らく、六不思議を狙っている可能性がある事。願わくば、六不思議を守るため、力になって欲しい事。

 

「そりゃ、お前のダチなら、心配だろうけどさ……俺なんかに何ができるってんだよ」

 

 六不思議はまったく恐ろしくもなんともなく、普通に話せば分かる相手。

 そう何度も諭されたし、頭では理解しているつもりだ。

 にも関わらず、いまだに伊予原は、彼らへ苦手意識を抱いている。

 

「呼んで、おいて欲しいの……」

 

 ネレの依頼は、一時期壊滅したと騒ぎになっていた、例の不良グループの残党を、四時四十四分以降に、学校の前へ呼び集めておいて欲しいというものだった。

 

「い、いやいや……意味分からねぇってっ。なんでそんな危ねぇ奴らを、よりにもよって!」

「敵を、逃がさないための……防壁が、必要なの」

 

 ネレは疲れが溜まって来たのか、喋るのも辛そうに、途切れ途切れに語る。

 

「六不思議は、あの世界からは出られない。出口は校門だけ……もし逃げられたら、きっとまた襲われる、そんな気がする。――だから」

 

 ネレの瞳に、わずかな一瞬、力が戻る。

 

「ここで、完膚なきまでに、叩き潰す。不良達は、私や六不思議に恨みを抱いてるから……ちょっと煽れば、絶対来る。敵と敵を、ぶつけ合わせる」

「マジかよ……。け、けど俺、あいつらの連絡先とかなんも知らねぇけど……?」

 

 するとネレは、枕元に置かれた、自分のスマホへ視線を移す。

 

「前に、彼らをやっつけた時……メアが全員のアドレス抜いておいてくれた。リーダーの連絡先も、もちろんある。それ見て」

「マジ、か……」

「私も治ったら、行くつもりだから。現世で戦えるのは、私だけ……」

「な、治ったらって――」

 

 伊予原は、言葉を失くした。

 

「お前……そんな身体で、戦う気なのかっ? 絶対無理だ、今度こそ死んじまう!」

「死なない、よ。多分……」

「そうでなくったって、怖くないのか……!?」

 

 込み上げる感情のままに、伊予原はぶちまける。

 

「そんな目に遭ってまで! どうして戦おうとするんだよ……!」

 

 転校初日から感じていた疑問だった。ネレはその身を挺してでも、他者を守ろうとする。

 博愛は美徳だ。でも、ネレはその度に傷ついていた。今だってそう。

 

「わ、悪いけど俺、協力しないからな!? だってやったらお前、また無理するだろ? お、俺のせいでそんな事になるって分かってて、手伝うなんて――」

「なんで戦うか、だっけ……?」

 

 当のネレは、いよいよ意識がぼんやりして来たのか、軽くあくびをかみ殺す風にしながら、天井へ目を注いで答える。

 

「なんか……負けたくないんだ」

「……は? 負け……?」

「このまま黙ってたら、きっと六不思議は、危険な目に遭う。誰かが傷つくかも知れない。もしかしたら、もっとひどい事になるかもしれない……」

「で、でもよ。それはお前とは関係ないだろ……? その六不思議って奴らだけで、切り抜けられるかもしれねぇし。そもそも全部思い過ごしで、何も起きない可能性だって」

「友達、なんだよ」

 

 え、と伊予原はぽかんと目を丸くする。

 

「私だけがそう思い込んでるだけかもしれないけど……気づいたら、そう表現できるくらい、みんなの事が好きになってて。だから……そんなみんなに、何かあったらと思うと」

 

 ぎりり、とシーツにかかったネレの手に、束の間かなりの力が入り、布地の皺が連なる。

 

「すごい……敗北感あるんだよね」

「お、お前な……それって要するに、ワガママじゃねぇか」

 

 呆れるべきか、脱力するべきか。対応に困ってしまう。

 

「それっぽい理由は、他に色々つけられるけど……私にとっては、それが一番だと思えてる。だからみんなには、言わないでね。子供っぽくて恥ずかしいから……」

「えぇー……?」

 

 本当はコイツ、ものすごいワガママオレサマお嬢様なのではなかろうか。

 そんな気分になりながらやれやれと頭を掻き、改めて目を戻すと。

 

「……あっ、寝てやがる!」

 

 すでにネレは、すうすうと太平楽な寝息を立てている真っ最中であった。

 

「言いたい事だけ言って……ったくよぉ。こいつの彼氏になる奴、絶対苦労するぜ」

 

 文句を言いながらも、伊予原は少しの間ネレを見下ろし――枕元のスマホを取る。

 

「今度だけは、付き合ってやるよ」

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