「ああッ! 全然誰とも繋がらないし、一体全体何がどうなってるんだい!」
噴飯ものだと、老婆はしきりに屋上を歩き回りながら愚痴をこぼす。
「高ェカネ払ったってのにこのざまとは! ゴーストスレイヤーズ? 聞いて呆れるわ!」
あの三人は、幽霊狩りの仕事に関しては一流の腕を持つ者達ばかりだった。
何かと動きやすいよう色々と支援してやったし、便宜も図ってやった。
目が回るほどの忙しさであったし、何かと出費が嵩み、ストレスも溜まったものだ。
それでも老婆にとっては、絶対に成功させなければならない案件だったのに――。
「戦略面に関しては、あの三人に任せきりだったけど、特に問題は感じられなかった……」
今回の件に備えて雇った、初顔合わせの急造チームとはいえ、準備期間はそれなりにあったし、何より全員、死地と場数を踏んだプロである。
綿密な連携を取るまでには至らないにせよ、連絡を取り合ったり、分散して各エリアを攻略する程度には、最低限作戦は固まっていたはずなのだ。
「ガキとはいえ、侮ったつもりはなかったんだけどねぇ。予想以上だったってわけか」
舌打ちが漏れる。となれば、もはや六不思議とかいうふざけた連中の戦力が、単純にこちらの上を行っていたとしか思えない。最初から見積もりが甘かったのだ。
「……まぁ、いいさ。授業料は高くついたけど、いい練習にはなった」
わざわざ屋上くんだりまで登って来たのは、高所から状況を確認するためであったが、あいにく目視できる範囲で異常は見当たらない。
であれば長居は無用。元々使い捨ての三人がどうなろうと知った事ではない。
あの連中はあくまで金目当て。老婆の真の狙いなど知る由もない。
「また日を改めて、挑戦させてもらうとしようじゃないか――」
「残念ながら、挑戦は受け付けられんな」
「なっ……!?」
踵を返した矢先。屋上の入り口に、二人の少女が立ちふさがっていた。
一人を白衣を着た、どこか憎らしくも見覚えのある長い黒髪の少女。
そして彼女に肩を貸してもらいながら、不遜な笑みを浮かべてこちらを見据える、老婆にとっては何度殺しても飽き足らない仇敵。
「今夜限りで、我らの前には二度と現れないでもらいたい。なぁ――ペレナ・ヴルゴー?」
「……いつ気づいたんだい?」
「おや、適当に言ってみたら大当たりだったらしい。黄泉塚家の敵は多かったからな」
「クッ! どこまで本気か分からない、何年たってもムカつくガキだねぇ、アンタは!」
何やら揉めた会話が行われている屋上へ、ネレは下の階から窓へ出て、壁をよじ登り、金網フェンスを乗り越えて降り立つ。
「その人、知ってるの? ノクターン」
話しかけると、ペレナと呼ばれた老婆はびくりと身を震わせ、ネレへ振り返り。
「みっともない吸血鬼のガキが! まぁだウロウロしてやがったのかい!」
逆上されるが、怒っていいのはむしろこちらの方だろう。
「そもそも遺伝子改造手術を受けているくせに! たかが異種族の分際で! 随分暴れてくれてるようじゃないか……!」
「鍛えてたから」
「それこそありえんわ! 吸血鬼は月まで届く自尊心の高さゆえに、己を向上させる努力をもっとも嫌う種族!」
「ふっ、誤算だったなペレナ」
ノクターンが自慢げに口角を上げる。
「氷澄ネレは高貴なる闇の血統の祝福を受けし、世にも珍しい修行する吸血鬼なのだ」
「ちょっと鍛えたからなんだってのさ! 手術では能力向上そのものにも制限がかかる! 異種族如きじゃ一流の人間にはかなわないはずなのに!」
「噂だと吸血鬼って、自己鍛錬する例が少なすぎてノウハウがほとんどないから、手術が施されても大体のおおざっぱな割合でしか、向上率がいじれないみたいですよぉ?」
「本当か、メア? 何とも興味深い調査結果だ。では氷澄ネレのように、デタラメ
ぐぬぬ、とペレナは歯を食いしばり、苛立たしげに頭のフードを払いのける。
「勝てたのはみんなのおかげだよ。私は最後に来て、トドメを刺しただけ」
「そんな事はないぞ、氷澄ネレ。今回の助力、六不思議の代表として深く感謝する」
「ちょっとちょっと! 人ん事無視して何いちゃついてんのさ、虫唾が走るわ!」
「さっきの質問の答えだが、この女の事はよく知っている」
と、ノクターンは改めてペレナへ向き直る。
「長い事会ってはいなかったがな……どうした? 随分落ちぶれたみたいじゃないか」
含みを持たせた風な、回りくどい言い方だ。ただその口調はじらしているというより、ペレナの心理を追い込んでいるような、ノクターンお得意の話術なのかも知れない。
「これで三対一ですねぇペレナさぁん。挟まれちゃいましたねぇ、若い子に」
「う、うるさいよ! アンタらこそとっくにババァじゃないかい!」
「失礼な。こんなピチピチツヤツヤの玉の肌とあどけない風貌を留めた我々の、どこが年増だと?」
ノクターンは肩をすくめる。
その右腕はすでに包帯で覆われており、無の侵蝕は収まっているようだ。
「そんな無駄話はともかく。ペレナ。まさかお前が生きていたとは。素直に驚かされたぞ」
ネレにも話が追えるよう、ノクターンからは簡潔にいきさつを知らされていた。
魔法一族、魔法会合の事。最終日に起きた事件と結末。ペレナとの因縁。
「ケッ! このペレナ様が塩河メア……アンタみたいなクソサイコイカレポンチにどうこうされるとでも思ってたのかいっ? 見損なうんじゃあないよ!」
「えー? 小生ですかぁ?」
凄まれるメアだが、友達に向けるような軽薄な笑顔のまま、首を傾けたものである。
「あんだけバットでぶん殴っといて、その態度はなんだい! 不謹慎じゃあないかッ!」
「まぁ何も覚えてないんですけど、とりあえず謝っときますね。さーせん」
「うッぜぇ!」
「……あいにく我は、外の様子を知る事なく息絶えた。お前は脱出できたのだろう? あの後、何が起きたのだ?」
「知るもんかい! 計画が失敗したと思って必死こいて逃げ出したら、気づいたら屋敷ごと消えてて、周りは野ッ原になっちまってたよ!」
「屋敷ごと……消えた?」
「……やはり正規の手順を踏まなかったゆえに、異界は正常に起動されなかったらしいな」
「生きてる人も死んでる人も、まとめて消えちゃったってニュースとか記事には出てましたしぃ……結局なんも分かりませんねこれ」
消えた人間のうち、五人は学校で再生。
キョータは核として移動して来たが、それ以上の事はいまだ不明である。
「お前が陽の憑光を持ち込み、一族や父上へ近づいた本当の目的はなんだったのだ?」
「そんなもん、カネに決まっとるわ! 遺産を貸して、異界という安全な拠点を造ってもらう! そうすりゃ今までよりも格段に楽に仕事ができるようになるだろうが」
「仕事……」
ネレの呟きに、ノクターンが補足する。
「この女は元々、詐欺や恐喝、窃盗に強盗、数々の犯罪を働いておきながら、表向きは公務員として、魔法局に滑り込んでいたんだ。裏では悪事へ手を染め、荒稼ぎを続ける……」
「うまいこと遺産を盗み出せたはいいものの、自分で使ってのし上がるほどの魔力も度胸もないもんですから、ワホンの魔法一族を利用しようと考えちゃったわけですね~」
魔法一族――というより黄泉塚黒男個人が、ニーメゲルへ叛意を抱いているのは五十年前の当時、公然の秘密とされていた。
そこへ陽の憑光をちらつかせてやれば、交渉の席を作るのは難しくあるまい。
「……なんて奴」
「下手をすれば、異界そのものを乗っ取る気でもいたろうな。そういう女だ」
「アタシの輝かしい人生計画も、あれもこれもアンタのせいで台無しじゃ! 完全に一文無しの上、政府や魔法局の追手から逃げ回る、何十年ものそりゃあ惨めな日々!」
「組織へ寄生し、内側から腐らせる。どっちが亡者なのやらな」
ネレにとっても、自業自得にしか思えなかった。
「なぜ、今になって我々を襲って来た? どこから情報を仕入れた」
「……ツイてたんだよ。あちこち放浪してたある日、風の噂で耳にしたのさ」
しかもかつて訪れた町。元々黄泉塚黒男が、異界の建設予定地としていた学校である。
「気になって調べるほど、疑惑は確信に変わっていった。絶対アンタがいる。なら陽の憑光もある。アレさえ取り返せれば、アタシの人生、大逆転だ……ってねぇ!」
「お望みの陽の憑光とは……これの事か?」
ノクターンがメアから身を離し、自由になった左手を差し伸べると。
極彩色の光を放つ球体が浮かび上がる。息を呑むネレと裏腹に、ペレナは興奮を見せる。
「そ、それだ! やっぱ持ってたんじゃないかい! クソ汚ェ強奪犯め!」
「別段、お前のものでもあるまい」
「欠片の方は屋敷があった草むらん中に落ちてたんだ! 最初に見つけたのはアタシだ!」
「話にならんな」
「そ、そういえばもう一人のガキはどうした? 食伏のせがれだよ! 本来ならあいつが所有者に選ばれていたはず……まさかアンタ、殺して奪いでもしたのかい?」
ノクターンは目を細める。途端、球体の表面が蠢きながら発光し。
「あ……熱っ! あちぃっ! ちちちッ……!」
突然ペレナが顔を歪めて悶えたかと思えば、その懐から同じく光を放つ欠片のような物体が飛び出し――ノクターンの持つ陽の憑光へ吸い込まれ、音もなく一体化したのだった。
「陽の憑光は、今は我のものだ。……破片一つでも、勝手に所持する事は許さん」
「な、なんて事するんだい! 返しなよ! アタシと遺産は赤い糸でつながってんだ! 返せったら返せぇッ!」
金切り声でヒステリックにわめき散らすペレナの周囲に、屋上のコンクリートから削り出した多数の杭が集まり、先端を前後方――ノクターン達とネレめがけて狙い定める。
「ああ。なんだ。戦うのか、やはり」
「当たり前だろうがぁ! 今頃命乞いしたってもう遅いよッ!」
「いい事を教えてあげますけど、助けは来ませんよ? ……ペレナさんのお仲間は、とっくに全滅してるんですから」
「だからなんだってんだい! 一人で充分じゃ! あんな捨て石どもッ!」
それにね、とペレナは余裕を取り戻したかのように粘ついた笑みを浮かべた。
「見た所、相当弱ってるだろアンタ達! そっちだって六不思議とか名乗る割には、三人しかいないじゃあないか! ハッタリも大概にしな! そろそろどっちが優勢なのか、大人としてしっかり躾けてやらなきゃいけないねぇ!」
「十秒」
ネレはにわかにスマホを取り出すなり、画面を眺め、数字を読み上げた。
「は……はぁっ? いきなり何言ってるんだい? ――分かった、恐怖のあまり、頭でもおかしくなったんだろう!? 異種族ってヤツはメンタルまでゴミカスだねぇ!」
ネレは答えず、画面から目を離さない。
「人が話している最中に許しもなくスマホをいじる! これだからガキは嫌いなんだよッ」
「六、五、四……」
「――だから! さっきから! 何を言ってる!」
仇敵を抹殺できる高揚へ水を差すネレを、ペレナは目玉をぎょろつかせて睨む。
「もういい、そんなに死にたけりゃ、アンタから始末してやるよ!」
「二、一……」
――現世の者達はこの世界へ出入りする方法は噂で知っていても、数時間で強制排除される事まではほとんど知らない。なぜか分かるか?
「大人の怖さを、串刺しになりながら思い知――」
――我らに追われ続けて、零時まで耐えられる者はまずいないからだ。
「ゼロ」
その場から、ネレとペレナの姿がかき消える。
校内で気絶し、拘束されていた安田やドライグ達も同様にだ。
「えへへぇ。適当な話で引き延ばして時間稼ぎしちゃおう作戦、成功ですねノクさぁん」
「氷澄ネレ、か。……本当に、大きな借りが出来てしまったな」