七不思議少女   作:牧屋

42 / 43
第42話 トランプタワー

 イズルの『部屋』の地下には、ガレージが存在する。

 倉庫と同じくらいの、少々埃っぽく鉄臭い広々とした空間に、目的に即したサイズの作業台が設置され、壁にはレンチやドライバー、バーナーにハンマーといった工具が並び、外部へ通じるダクトの出入り口では換気扇が回り続けている。

 奥のスペースには実際に製作された物品が収納中だ。学校や各『部屋』で使用される数々の道具や機材、罠などは、全てこのガレージ内で用意されているのである。

 淡い光を放つ電球の下で、メアが作業台にノートパソコンを置き、鼻歌を歌いながらキーを叩く。側に置かれた扇風機の風量は弱設定。黒髪が柔らかくなびいていた。

 パソコンからはいくつかのケーブルが伸び、その接続先は横たわり、頭部と胴体を分かたれた二体の犬型ロボット――ヤクモとサギリである。

 

「メア、そっちの具合はどう?」

「かなり無茶したみたいですねぇ。でもコア回りは無事なんで、自動判断システムと姿勢制御プログラムあたりの調整が済めば、多分元通りだと思います」

 

 そっか、と別の作業台の前で頷くのは、『部屋』の主たるイズルだ。

 スパナを握り、汗水を垂らしながら、ヤクモ達のパーツをクラフトしている。

 

「こっちも脚部はどうにか新調できそうだから。後で起動テストしよう」

「了解でーす。絶対直しましょうねぇ、イズルさん!」

「うん……」

 

 進捗の確認を終えたイズルは、作業を進めながらも――一人で隅のソファに座り、心ここにあらず、といった風に手元でトランプを弄ぶ、六不思議の代表を一瞥した。

 

「……ノクピーは何か用?」

「ん? あ、ああ……」

 

 応じたノクターンだが、その拍子、積み上げていたトランプタワーをあえなく崩す。

 しかも結構時間をかけていた割に、一段しか出来上がっていない。

 

「最近のノクピーさぁ、あんまり集中できてないよね」

「……そうだろうか?」

「そうだよ」

 

 イズルは手を止め、ひたとノクターンを見据えた。

 

「……キョータの事は残念だった。オレだって悔やんでも、悔やみきれないよ」

 

 途端、ノクターンもネジが切れたみたいに動きを止める。

 会話のため、能動的に作業を中断したイズルと違い、ノクターンの反応は――その名がまるでタブーであり、虚を突かれたかの如くの消極的なものであった。

 

「だからって、ノクピーがいつまでもそんな有様で、どうすんのさ」

「……文武両道、勇猛果敢な我とて、引きずる事くらいはある。そんな言い方はあるまい」

「そんなの、みんな同じ気持ちでしょ。何も――」

「勘違いするな。悩んでいるのは、何もキョータの件だけではない」

 

 ノクターンはより深くソファへ体重をもたせかけ、沈み込む。

 

「我は……これまでそれなりに、上手くやって来た自負があった」

「うん」

「六不思議の統率。拠点構築。侵入者への対策。……みんなが快適に、そして安全に過ごすため、手を付けた作業を挙げればきりがない」

「懐かしいですねぇ。開口一番、ファーハハハ! とか笑いながら現れたと思ったら、偉そうにリーダー面して、色々指図し始めましたからね」

 

 メアは変わらずプログラムの調整を続けつつも、口を挟んで来る。

 

「だがな……分からなくなったんだよ、イズル」

「は?」

「我が作り上げたのは、所詮は嘘に嘘を塗り固めただけの、砂上の楼閣だった。みんなに真実を隠していた。何もかも知っている、と自信満々に振舞いながら、実際には自分だって混乱しきって、分かったふりをしていた――」

「ノクピー……」

「いつまで無事でいられるかなんて、分からない。ここから出る方法も分からない。聖地を守る役目にも、大した意味などなかった。……そうして怠惰な停滞を選んだ」

 

 ノクターンは一枚のカードを手に取る。道化師が描かれた、ジョーカーのカードだ。

 

「このままではいけない、と常々感じてはいた。氷澄ネレを同盟者として迎えたのも、この閉塞した環境を突破する糸口とするためだ。……だが全ては遅かった」

 

 過去の因縁。ペレナ・ヴルゴーの跳梁を許し、結果キョータはいなくなってしまった。

 

「……疲れてしまったよ。嘘をつき続けた事にも。仲間を危険にさらしてしまう事にも。我は……自分自身の言葉に、行動に、もうきっと自信が持てない」

 

 またペレナのような敵が現れるかも知れない。そんな時、ノクターンは果たして、正しい判断を下せるのだろうか。これまで何一つ、守れなかったというのに。

 それきり二人とも口を閉ざし――響くのは換気扇と扇風機の無機質な音と、一定のリズムでメアが叩く、キーが鳴らす音だけだった。

 

「なんか、珍しいね。ノクピーがそんな、弱音吐くなんて」

「弱音など、元からあったさ。代表者として弱みを見せれば、みんなも不安になるからと、無理矢理押し込めていただけだ」

 

 ノクターンがリーダーを名乗らず、あくまで代表へ固執していたのは、結局は責任を抱えるのが重かったからに過ぎない。

 みんなを騙すのが怖い。判断を間違えるのが怖い。弱い所を見せたくない――。

 

「全ての事柄が明るみとなった以上、分かっただろう? みんなはもう、我の嘘になど付き合う必要はないんだ。これからは自由にやってくれていい。それがせめてもの……」

「あのさ、じゃあ言わせてもらうけど」

 

 言葉を遮り、白黒した目で見られてもどこ吹く風で、イズルはノクターンの前へ立つ。

 

「別にノクピーに言われなくても、元々自由にやってたよオレ」

「……イズルはそうだろうな。強い子だ、お前は」

「バカにすんなよ。ノクピーがなんか嘘ついてるのなんて、ずっと前からお見通しだし」

 

 え、と今度こそノクターンは唖然と口を開け、ほとんど脊髄反射みたいに中腰になる。

 

「……本当か?」

「まぁ、ここまでとんでもない事黙ってたのはイラついたけども。でもノクピーって、結構見え見えの嘘つくから」

「え、えっ? ……そ、そう?」

「そうですよぉ~? ノクさんって自分で思ってるより、隙だらけなんですから」

「め、メアまで……」

 

 しかし、とノクターンは主導権を取り戻すように憮然と言葉を継ぐ。

 

「流石に……失望しただろう? 今まで万事問題なし、などと大ぼらを吹いておいて、ふたを開けたらこのざまだ」

「失望なんてしてないよ。何十年の付き合いだと思ってんのさ」

「軽く熟年夫婦並ですよねぇ、小生達の関係って」

「いや、しかしだな……事はそんな庶民派レベルの話では」

 

 何より、とイズルはことさら語気を強め、ノクターンの反論を黙らせる。

 

「でも、あんたの嘘はさ……良い嘘だから」

「……え?」

「ノクピーの言葉には、なんていうかいつも、希望があったんだ。オレ達が後ろ向きな気持ちになって、もうだめだって思ってる時も、いつも一人だけ大笑いして、我に任せとけ! って自分の胸叩いてさ。……そういう所を何度も見たから、ついていこうと思った」

「だが……! それは全て虚勢だったのだ! みんなは虚言に踊らされていただけで……」

「なんかもう、嘘か本当かなんて、どっちでもいい感じですよねぇ」

 

 気づけばメアも、イズルの隣へ立っており、ノクターンに微笑みかけていた。

 

「オレ達、最初は外に出るためとか、聖地を守るとか、生き残るとか……色々な目的を掲げて、必死にやって来たけど。そのどれもに、ノクターンは関わってきた。だから、つまり……えーと、その……」

「その……なんですか? イズルさん。ニヤニヤ」

「からかうなってメア! あ~! もう! こっぱずかしいんだけど! とにかくッ!」

 

 イズルは羞恥に赤面しながらも、びしっとノクターンへ指を突き付ける。

 

「代表者はノクターンがいいの! 二回言わせるなよ! ノクターンがいい!」

「イズ、ル……」

「行く先になーんにも見えなくたって、ノクさんへついていくって事です。他のみんなも基本的には同意見だと思いますよぉ?」

 

 ノクターンは悪夢から覚めたみたいに、交互に二人を何度も眺めやり――やがて。

 

「……ありがとう」

 

 再び、ソファへ腰掛け直す。ただし今度は、諦観のあまり脱力した体勢ではなく、胸をなでおろしたような座り方であった。

 

 

 

「ノクさん、元気を取り戻してくれたみたいですねぇ」

「うん」

「これなら六不思議、空中分解! なんてつまんない結末は避けられそうです。えへへ」

「うん」

「……イズルさん」

「うん」

「我慢は体に毒です。無理しないで、泣いたっていいんですよ?」

「なっ、泣いてない、から……っ!」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。