イズルの『部屋』の地下には、ガレージが存在する。
倉庫と同じくらいの、少々埃っぽく鉄臭い広々とした空間に、目的に即したサイズの作業台が設置され、壁にはレンチやドライバー、バーナーにハンマーといった工具が並び、外部へ通じるダクトの出入り口では換気扇が回り続けている。
奥のスペースには実際に製作された物品が収納中だ。学校や各『部屋』で使用される数々の道具や機材、罠などは、全てこのガレージ内で用意されているのである。
淡い光を放つ電球の下で、メアが作業台にノートパソコンを置き、鼻歌を歌いながらキーを叩く。側に置かれた扇風機の風量は弱設定。黒髪が柔らかくなびいていた。
パソコンからはいくつかのケーブルが伸び、その接続先は横たわり、頭部と胴体を分かたれた二体の犬型ロボット――ヤクモとサギリである。
「メア、そっちの具合はどう?」
「かなり無茶したみたいですねぇ。でもコア回りは無事なんで、自動判断システムと姿勢制御プログラムあたりの調整が済めば、多分元通りだと思います」
そっか、と別の作業台の前で頷くのは、『部屋』の主たるイズルだ。
スパナを握り、汗水を垂らしながら、ヤクモ達のパーツをクラフトしている。
「こっちも脚部はどうにか新調できそうだから。後で起動テストしよう」
「了解でーす。絶対直しましょうねぇ、イズルさん!」
「うん……」
進捗の確認を終えたイズルは、作業を進めながらも――一人で隅のソファに座り、心ここにあらず、といった風に手元でトランプを弄ぶ、六不思議の代表を一瞥した。
「……ノクピーは何か用?」
「ん? あ、ああ……」
応じたノクターンだが、その拍子、積み上げていたトランプタワーをあえなく崩す。
しかも結構時間をかけていた割に、一段しか出来上がっていない。
「最近のノクピーさぁ、あんまり集中できてないよね」
「……そうだろうか?」
「そうだよ」
イズルは手を止め、ひたとノクターンを見据えた。
「……キョータの事は残念だった。オレだって悔やんでも、悔やみきれないよ」
途端、ノクターンもネジが切れたみたいに動きを止める。
会話のため、能動的に作業を中断したイズルと違い、ノクターンの反応は――その名がまるでタブーであり、虚を突かれたかの如くの消極的なものであった。
「だからって、ノクピーがいつまでもそんな有様で、どうすんのさ」
「……文武両道、勇猛果敢な我とて、引きずる事くらいはある。そんな言い方はあるまい」
「そんなの、みんな同じ気持ちでしょ。何も――」
「勘違いするな。悩んでいるのは、何もキョータの件だけではない」
ノクターンはより深くソファへ体重をもたせかけ、沈み込む。
「我は……これまでそれなりに、上手くやって来た自負があった」
「うん」
「六不思議の統率。拠点構築。侵入者への対策。……みんなが快適に、そして安全に過ごすため、手を付けた作業を挙げればきりがない」
「懐かしいですねぇ。開口一番、ファーハハハ! とか笑いながら現れたと思ったら、偉そうにリーダー面して、色々指図し始めましたからね」
メアは変わらずプログラムの調整を続けつつも、口を挟んで来る。
「だがな……分からなくなったんだよ、イズル」
「は?」
「我が作り上げたのは、所詮は嘘に嘘を塗り固めただけの、砂上の楼閣だった。みんなに真実を隠していた。何もかも知っている、と自信満々に振舞いながら、実際には自分だって混乱しきって、分かったふりをしていた――」
「ノクピー……」
「いつまで無事でいられるかなんて、分からない。ここから出る方法も分からない。聖地を守る役目にも、大した意味などなかった。……そうして怠惰な停滞を選んだ」
ノクターンは一枚のカードを手に取る。道化師が描かれた、ジョーカーのカードだ。
「このままではいけない、と常々感じてはいた。氷澄ネレを同盟者として迎えたのも、この閉塞した環境を突破する糸口とするためだ。……だが全ては遅かった」
過去の因縁。ペレナ・ヴルゴーの跳梁を許し、結果キョータはいなくなってしまった。
「……疲れてしまったよ。嘘をつき続けた事にも。仲間を危険にさらしてしまう事にも。我は……自分自身の言葉に、行動に、もうきっと自信が持てない」
またペレナのような敵が現れるかも知れない。そんな時、ノクターンは果たして、正しい判断を下せるのだろうか。これまで何一つ、守れなかったというのに。
それきり二人とも口を閉ざし――響くのは換気扇と扇風機の無機質な音と、一定のリズムでメアが叩く、キーが鳴らす音だけだった。
「なんか、珍しいね。ノクピーがそんな、弱音吐くなんて」
「弱音など、元からあったさ。代表者として弱みを見せれば、みんなも不安になるからと、無理矢理押し込めていただけだ」
ノクターンがリーダーを名乗らず、あくまで代表へ固執していたのは、結局は責任を抱えるのが重かったからに過ぎない。
みんなを騙すのが怖い。判断を間違えるのが怖い。弱い所を見せたくない――。
「全ての事柄が明るみとなった以上、分かっただろう? みんなはもう、我の嘘になど付き合う必要はないんだ。これからは自由にやってくれていい。それがせめてもの……」
「あのさ、じゃあ言わせてもらうけど」
言葉を遮り、白黒した目で見られてもどこ吹く風で、イズルはノクターンの前へ立つ。
「別にノクピーに言われなくても、元々自由にやってたよオレ」
「……イズルはそうだろうな。強い子だ、お前は」
「バカにすんなよ。ノクピーがなんか嘘ついてるのなんて、ずっと前からお見通しだし」
え、と今度こそノクターンは唖然と口を開け、ほとんど脊髄反射みたいに中腰になる。
「……本当か?」
「まぁ、ここまでとんでもない事黙ってたのはイラついたけども。でもノクピーって、結構見え見えの嘘つくから」
「え、えっ? ……そ、そう?」
「そうですよぉ~? ノクさんって自分で思ってるより、隙だらけなんですから」
「め、メアまで……」
しかし、とノクターンは主導権を取り戻すように憮然と言葉を継ぐ。
「流石に……失望しただろう? 今まで万事問題なし、などと大ぼらを吹いておいて、ふたを開けたらこのざまだ」
「失望なんてしてないよ。何十年の付き合いだと思ってんのさ」
「軽く熟年夫婦並ですよねぇ、小生達の関係って」
「いや、しかしだな……事はそんな庶民派レベルの話では」
何より、とイズルはことさら語気を強め、ノクターンの反論を黙らせる。
「でも、あんたの嘘はさ……良い嘘だから」
「……え?」
「ノクピーの言葉には、なんていうかいつも、希望があったんだ。オレ達が後ろ向きな気持ちになって、もうだめだって思ってる時も、いつも一人だけ大笑いして、我に任せとけ! って自分の胸叩いてさ。……そういう所を何度も見たから、ついていこうと思った」
「だが……! それは全て虚勢だったのだ! みんなは虚言に踊らされていただけで……」
「なんかもう、嘘か本当かなんて、どっちでもいい感じですよねぇ」
気づけばメアも、イズルの隣へ立っており、ノクターンに微笑みかけていた。
「オレ達、最初は外に出るためとか、聖地を守るとか、生き残るとか……色々な目的を掲げて、必死にやって来たけど。そのどれもに、ノクターンは関わってきた。だから、つまり……えーと、その……」
「その……なんですか? イズルさん。ニヤニヤ」
「からかうなってメア! あ~! もう! こっぱずかしいんだけど! とにかくッ!」
イズルは羞恥に赤面しながらも、びしっとノクターンへ指を突き付ける。
「代表者はノクターンがいいの! 二回言わせるなよ! ノクターンがいい!」
「イズ、ル……」
「行く先になーんにも見えなくたって、ノクさんへついていくって事です。他のみんなも基本的には同意見だと思いますよぉ?」
ノクターンは悪夢から覚めたみたいに、交互に二人を何度も眺めやり――やがて。
「……ありがとう」
再び、ソファへ腰掛け直す。ただし今度は、諦観のあまり脱力した体勢ではなく、胸をなでおろしたような座り方であった。
「ノクさん、元気を取り戻してくれたみたいですねぇ」
「うん」
「これなら六不思議、空中分解! なんてつまんない結末は避けられそうです。えへへ」
「うん」
「……イズルさん」
「うん」
「我慢は体に毒です。無理しないで、泣いたっていいんですよ?」
「なっ、泣いてない、から……っ!」