その日、六不思議の面々はノクターンによって生徒会室へ呼び集められていた。
「なんか、こうやってみんなで集まるの、久しぶりに感じるわね……」
「そうだね、イツハ」
イツハとイズルは、いつ頃からか指定席になっているソファでくつろぐ。
シーラは扉の横で直立し、メアは少し離れた机でいつものように端末をいじっている。
「ファーハハハ! よくぞ来てくれた、六不思議メンバーよ!」
己の机に片足をかけて立つ、少々行儀の悪いポーズで、ノクターンが全員を眺めやった。
「本日は我々の今後について、大事な発表がある! 誰も欠席しないとは大したものだ!」
欠席、という言葉を聞き、イツハは壁に貼り付けられた鏡へちらりと一瞥を投げかける。
この部屋の鏡のみならず、異界の鏡のどこにも、あの少年の姿はない――。
「ゴーストスレイヤーズなる侵入者達を撃退して早一週間。主犯格たるペレナ・ヴルゴーの企図やその末路は、すでに皆も知っての通りだ!」
「それを踏まえての、これからの方針という事でしょうか」
「うむ。事が一段落してのち、我は独自に調査を続けていた。今までの資料を見直し、ネットの海を泳ぎ、深謀遠慮を重ね……その結果、ある一つの答えを見出したのだ」
「前置きはいいから、もう結論から言っちゃえば?」
「そう急かすなイズル。物事をスムースに進めるためには、順序を重んじなければならん」
ノクターンが左腕を掲げ、掌を上に向けると――その中から、陽の憑光が姿を現す。
「あの運命の日。我が父、黄泉塚黒男の企みは、確かに挫かれた。しかし同時に、バグりまくったぐちゃぐちゃな状態で、奴の作り出したこの異界は動き始めてしまった……」
「勝手に物が直ったり、時間に関連した特殊ルールだったり……最初の頃は世界の仕組みを知るので大わらわでしたねぇ。楽しかったです~」
「そんなお気楽に思えてるのはメア子だけでしょ……」
「だが、皆の尽力で我々の生活は何とか安定している。しかれども、だ。外部の様子や経緯は、せいぜいニュースで報道されている表向きの事項しか知りえない状況でもある」
黄泉塚黒男の暴走により、古式ゆかしい伝統と実務的なメリット双方を兼ねた魔法会合の最中、魔法一族に大被害が出たなどと、ワホン政府がそのまま真相を流せるわけがない。
「焼け落ちたはずの黄泉塚邸は屋敷ごと消失した。人、物、事象……内部で起きた全ての手がかりを抱えて忽然と、な。さらに我が、キョータより受け継いだこの遺産……」
一拍置いて、ノクターンは告げる。
「恐らく、完全な形ではない」
「どういう事……?」
「あの場の混乱で、我は正式な手順を踏まず、父上が行おうとしていた儀式を起動させてしまった。その際、陽の憑光自体も、破損してしまったようなのだ」
剥がれ落ちた陽の憑光の『欠片』。それを確かに、ペレナは手にしていた。
「パワーの比重としては我が持つ『本体』の方が遥かに大きい。『欠片』に可能なのはせいぜい術者が励起させ、対象の魔力を増大させるとかアプリを介さずとも魔法を使わせるとかその程度だが……」
「いや、その程度って次元じゃないわよ!? みんなバリ苦しめられたじゃない!」
「つまり他にも、『本体』から離れてしまった『欠片』が存在する……という事ですか?」
「陽の憑光についての調査が進めば、そのあたりもハッキリするだろう。これまではキョータが持ち続けていて、他者へ譲渡できるという権能すら知りえなかったから、調べようもなかったからな……」
要するにだ、とノクターンは脱線しかけた話題を元に戻すみたいに拳を握る。
「我々は、何も知らなかった! いや……知ろうともしなかった、という表現が正しい!」
判明していない事柄は山積していた。調べるべき、という思いももちろんあった。
にも関わらず、いつかは、となぁなぁに言い訳して、そうしなかったのは――止まった時のこの安寧の世界が心地良過ぎ、穏やかな諦念に染められていたからに他ならない。
現世など、今更知っても仕方ないと。何か分かったとしても、できる事などないのだと。
「そろそろ向き合う時なのだ――卒業に向けて」
「卒業……」
「方法はまだ分からない。だが、これからは邁進し、本腰を入れて調べるべきだ」
ノクターンは体の向きを変え、窓辺から外の景色を、勢いよく指し示した。
「我々がこの世界から、解放される手段を!」
水を打ったような沈黙が降りる。
誰もが、ついに来るべき時が来たか、という顔つきで、神妙にノクターンを見つめた。
「閉じこもっていては、全容は何も分からない。あまりに選択肢が限られている。何より」
ノクターンは机から飛び降り、同じ目線で一人一人を見渡す。
「我は――キョータは生きている、と考えている」
「キョータ、が……?」
「そ、それ、本当なのっ? ノクターン!」
「陽の憑光が我へ移譲された時、キョータの姿は薄れていった。だが、実際に渡されたのは遺産そのものと、遺産を操るため、キョータが元々持っていた魔力のみ。――それ以上の魔力を、陽の憑光が勝手に喰らい尽くすような感覚はまるでなかったのだ」
喰らわれる側として受けた、今でも克明な、あの感触。
穏やかな湖面から光なき深海へ突き落とされるように、緩やかに、だが確実に、自分の存在が削られていく――真綿で首を締める恐怖と絶望。
自らの死を受け入れ、どれ程覚悟を決めていたとしても、素人に微細な肉体反応まではごまかせない。でも少なくともあの瞬間、キョータが苦痛を感じている素振りはなかった。
「つまり、キョータの生命を維持できるだけ魔力は残っていた、という結論になる。ならば、どこへ行ったのか?」
「……外」
ぽつりと答えたのは、シーラである。
「ノクターン様のお話では、鏡は出入口でもある、との事でした。恐らくキョータは、核でなくなった瞬間、異界の法則に抵触し、自動的に現世へ排出されたのやも……」
「キョータはあたし達と違って、生きたまま異界へ来たのよね? ……結界を超えられたのは、それが原因、って事……?」
「れ、零時も近かったし、それも関係してるかも……!」
一同はにわかに勢いづき、あれこれと考察を披露し、キョータ生存説を補強していく。
今日まで仲間の気持ちに配慮し、意識してキョータの話題を口にせず、避けてはいたが――生きていて欲しい、という思いはもちろん、一人一人が非常に強く抱えていた。
「憶測の域は出ない。安否を確かめるには、外へ出向くしかない、というのが結論だ」
「箱の中の猫ならぬ、シュレディンガーのキョータさん、ってわけですねぇ。……あれ? どうしたんですかみなさん、面白くありませんでした?」
「なら、もし外に出られた、として」
イズルはメアをスルーしつつ、問いかける。
「聖地……龍脈はどうするの」
「当然守る。悪しき者達の手に渡っては困るというのは真実だし、異界が存在できるいわば土台でもある。龍脈に異変があれば、我々がどうなるかも分からんからな」
「あ、あんたの気持ちは分かるわよ。あたしだってキョータが無事なら、一番嬉しい。……だけど……」
イツハは何か、苦いものを噛んだ表情で。
「正直……怖いのよ。あたし達って、今まで現世の事を、笑って見下しながら過ごしていたでしょ? あんな所より、こっちの方がずっといいって。侵入者になんて楽勝だって」
「……否定はできんな」
「でも結局、それって外に出られない……出たくない自分達の弱さの裏返しっていうか。そうしないと……どこかに敵を作らないと、やっていけないくらい、あたし達は心を閉ざしてた。ゴーストなんたらって連中に地縛霊呼ばわりされたけど、あながち間違ってないのかも。……この場所は牢獄だったけど、同時に拠り所でもあったから」
皆、物思いにふけるように口を開かず――イツハの言葉へ耳を傾けている。
「……本当に、外を目指す覚悟はあるの? それで後悔しない、って、言い切れる?」
ノクターンは真顔でイツハを見返し、ゆっくりと首を横に振った。
「必要性に駆られてはいるが、そこまで真摯な覚悟などではないな。そうした方がいい、と考えたから、この会議を開いたわけで」
「だ、だったら無理に出なくても……!」
「だが、勝算はあるぞ」
そこでノクターンは、にやりと意地の悪い笑みを浮かべ。
「……聞こえるか? 近づいて来ている」
小首を傾けて、囁くように呟いた矢先――駆け足で『部屋』へ飛び込んで来る者がいた。
「……あ、みんなここに集まってたんだ」
「氷澄!」
「えへへっ、氷澄さんじゃないですかぁ。お久しぶりですぅ」
「……い、いきなり来るなよ! 驚いただろっ」
みんな、とノクターンはネレの手を取り、部屋の中心へ連れていく。
「え? ……あ、あの、ノクターン……?」
当の本人はなぜか汗だくで息を乱し、行動にも困惑している風だが、そんな些末事は気にしないのがノクターンである。
「我々には、初めてできた同志がついている! 異界と現世を自由に出入りできる、闇をも虜にする吸血鬼少女! 彼女の協力があれば、突破口が開けるはず……違うか?」
「あの、何の事……? それより大変な事になってて、ちょっとこっちの話を聞――」
「……ノクピーって性格はともかく実力はあるからさ。今回もなんだかんだ勝てたし」
やれやれ、とイズルは溜息をつきながら、大儀そうに立ち上がる。
「未来に絶望しかなくたって、進むよ。……仲間のためなら」
くすくす、と隣のイツハも小さく吹き出しながら後に続く。
「素直にキョータが心配だから、助けてー! って頼んでくれればいいのに……まったく、ひねくれ者は手がかかるんだから」
次いでシーラが、ノクターンへ向けてうやうやしく一礼し。
「それが主の望みであれば。現世であろうと地獄であろうと、どこまでもお供します」
「キョータさんを、絶対見つけましょ~ね。そんで六不思議沼に引きずり戻しましょう」
最後にメアも笑いかけ、ノクターンは頷き合う。
「ならば、ここに宣言しよう。――卒業に向けて、六不思議、再始動だ!」
「ねえ、聞いてってば!!」
珍しくネレが大声を出したので、再始動したての六不思議は、まずもって驚かされた。
「ど、どうした氷澄ネレ。サプライズ的な登場は我にとって都合が良かったが、勝手に利用されて立腹だったか……?」
「そうじゃなくて、敵っ! 敵が来てるっ」
慌てて全員、窓へ近寄れば――確かに校庭には、侵入者とおぼしき何人かの不良が入り込んで来ている。
「そ、そうか! 氷澄ネレがいるという事は、すでに四時四十四分を回ったという事!」
「なに当たり前の事言ってるんだよノクピー! しっかりして! すぐ迎撃しよう!」
「あ、あわわ……甲冑と兜、武道館に置いたままだ……取って来ますノクターン様!」
「総員戦闘配備! メアもゲームやってないで早く『部屋』に戻りなさい! 駆け足!」
「今日は色々と、慌ただしいですねぇ~……」
ばたばたと動き出す六不思議。
ノクターンはとりあえず侵入者へ警告するため、放送室へ走るようだ。
「私も一緒に行く。そっちの方が出口に近いから」
図らずもネレは、ノクターンと廊下を並走する羽目になる。
「今回の連中、以前襲撃をかけて来た『シルバーブレット』とはまた別口のようだな」
「勢力図が変わってるから、新たなグループが台頭して来てるのかも。六不思議を倒せば、前の人達より強いって箔もつくだろうし」
「なるほどな……あなたも加勢してくれるか?」
「もちろん。むしろ、私だけで全員倒すくらいでないと」
と、ネレは横のノクターンへ目線を飛ばし。
「あなた達がやり過ぎちゃう所は、別に良くは思ってないからね。改善は必要」
「ふっ、我は代表者に過ぎんからな。助言は行う。指示も出す。されど命令はしない。実際にどう動くかは皆の自由意志にかかっている!」
「そういうところだよノクターン」
「ファーハハハ!」
放送室へ駆け込み、ノクターンが機材の準備をしながら、背中越しに言葉をかけてくる。
「改めて礼を言う。紆余曲折あったが、あなたはみんなが動き出す起爆剤になってくれた」
「前にイツハが言ってたんだ。ノクターンにとって私の存在は、新しい風になるかもって」
「ああ。どうやら我の目は曇っていなかったようだなファーハハハ!」
スピーカーで高笑いを送り込む。侵入者達が戸惑う姿が、目に浮かぶようだ。
「まぁ、どうせ長い二度目の人生だ。何かしら目標がなければやっていられん。それに我は、安らかな停滞よりも、混沌渦巻く前進を選びたいんだ」
「……そっか。うん、いいと思う。すごく」
自然に微笑が浮かび、ネレは言葉を紡ぐ。
「私も一緒に探すよ。みんなで外に出る方法。キョータのいる場所も」
「いいのか……?」
「だって、同盟者、だから」
「違うな」
「え」
「――仲間、だ」