『こちらオールバニー! 今回は私がリンクス副長のオペレーターを務めさせて頂きます!』
作戦宙域を目指し、強襲艦が最大戦速で航行している最中。ACホワイトユニコーンに搭乗し出撃の時を待つリンクスの網膜に、見知ったMT部隊の女隊員が投影される。
これまで何度も戦域管制を担当したことがあるからか、その女隊員の肩からは絶妙に力が抜けている。そしてそれはリンクスにも言えたことで、彼は体を弛緩させ完全にリラックスしていた。とても戦闘前とは思えないほどバイタルは安定し、これから散歩にでも出掛けるのかというほど自然体だ。
オールバニーの優越感が滲む声色は、英雄の専属オペレーターの座を勝ち取る寸前にいることに由来する。なんせリンクスのオペレーターは、普通にMTを乗り回すよりも給金がデカい。必然的に競争率も高く、リンクスのオペレーターは頻繁に変わりがちだった。リンクスとしては固定してほしいのに。
ともあれリンクスはオールバニーを『見込みなし』と見切り、積極的に絡んで世話をしてやったことはないものの、同じ窯の飯を喰った仲間であることに変わりはない。職場の空気を険悪にして居心地を悪くする気のないリンクスは、『見込みなし』の彼女も邪険にする気はなく、フレンドリーに応じた。
「君達にもすっかり副長呼ばわりが定着したようだね。ガラじゃないって何度も言ったろうに」
『そう言われても、我々にとって副長殿は雲上人ですんで、呼び捨てにするのはちょっと……そんなことより仕事の話をさせてください。無駄口を叩いてるログが残ると後が怖いんです』
「総長殿はあの
「はッ! ミッションの概要を説明します。我々レッドガンは、ベイラムとその系列企業がルビコンへと進駐する為、ルビコン全土を囲う惑星封鎖機構の防衛線突破を援護することになります! ベイラムの惑星ルビコン3への接近は既に察知されており、惑星封鎖機構の強襲艦隊が本隊に接近中ですが、そちらはミシガン総長をはじめ、レッドガンのコールサイン持ち全機、およびMT部隊で受け持つとのこと。敵の主力艦隊は総長達がなんとかするそうなので、副長は同社艦隊を一撃で粉砕し得る、惑星封鎖機構の目玉と言える兵器、衛星砲の発射阻止を成し遂げるのが今回の仕事です! コイツをなんとか出来なかったらベイラム艦隊の半壊も有り得る、絶対に失敗できません!』
絶対に、ねぇ……とリンクスは緊張感のない声で呟く。
そんな気のない様子にオペレーターは苦笑しながらも続ける。
『それから、総長からの言伝です。「
「ワオ、総長殿は僕を殺したいらしい。未知の敵に戦型を知られてるとか、普通に死んでもおかしくないだろうに……おまけに帰ったらレポートを提出しろとか、デスク上でも殺す気なのか?」
『副長は殺しても死なんでしょう。ベイラムの白い悪魔に、謎ばかりの惑星封鎖機構がどれほどの戦力をぶつけるかで、その脅威度を図れるのならやって損はありませんよ。……というわけで、保有戦力が「謎」という神秘のベールに覆われている、惑星封鎖機構のお手並みを拝見しましょう。美女の
「減らず口を叩くようになった。いいさ、レポートは君が書け。上官命令だ」
『吝かでもないですが、残念なことにそう言われたら報告しろと総長に命じられてるんですよ』
「は? ……オーケー、何がほしい? お口にチャックしてくれるなら
『じゃあ
「チッ、足元を見てくれる……いつからそんな悪い娘になった」
生意気なオールバニー。虎の威を借る狐め。
忌々しく思いながら舌打ちするも、渋々要求を呑む。
――震動。
リンクスを乗せる強襲艦が速度を緩めたのだ。そして体に掛かる微かなGから、船が旋回を開始しているのを感じ取る。そろそろかと意識を切り替えた。
姿勢をやや前傾にし、操縦桿を握る。網膜に投影されていたオールバニーが消え、音声だけが直接鼓膜に届けられた。
『本艦のノア艦長より伝達。「間もなく作戦領域に到達する。ハッチを開放するので、G3の任意のタイミングで出撃してもらいたい。本艦が回頭を終えるまでの猶予はあと十五秒だ」』
「はいはい。ああ、オールバニー。艦長に迎えも頼む、良い仕事をしてくれたら100年もののワインを開けてやると伝えてくれ」
『100年もの!? ん、んんっ……了解! リンクス副長、進路はクリアです、いつでもどうぞ!』
金は蓄えるが物は惜しまない。良いものほど太っ腹に放出しろ。……リンクスの哲学だ。こうした仕事上の人間関係は、案外こういう気遣いや配慮で円滑になる。
開かれたハッチ、展開されるカタパルト。船の外は
宇宙。衛星軌道上の戦闘は――どうも、長引かせたいと思えない。
「G3リンクス、ホワイトユニコーンで
速攻で終わらせる。殺気を帯びた白い悪魔が、嘗て災厄の火に呑まれた星の上へ飛び立った。
カタパルトから射出された際の加速力を残したまま、作戦目標の衛星砲を目指す機体。
其の機体の名はホワイトユニコーン。数多の戦場伝説に彩られたエースパイロットの愛機であり、搭乗者は強化手術を受けていない規格外の超人だ。
所詮は既製品の寄せ集めである『AC』のパイロットであっても、戦闘機械を駆る人種であるなら、その悪魔的な技量を目の当たりにすると、如何程の脅威であるかは理解できるだろう。惑星封鎖機構の崇高な使命を妨げ、あるいは頓挫させかねない悪魔が実在するのなら、ルビコンの空を封鎖するシステムが悪魔を最優先排除対象に指定するのも必然だった。
本土に降りられたら悪魔退治は困難を極める。ある意味で今、星外企業勢力が進駐を開始したこのタイミングこそが、悪魔退治を実現する最高の好機であると言えよう。
故に惑星封鎖機構は惜しみなく投入できる戦力を、あらかじめ用意し待ち構えていた。
「――これは、また……随分と手厚い歓迎会だな。まるで国賓を饗するパレードだよ」
白い悪魔が呆れたような、感心したような吐息をこぼす。その道の専門家も唸る知識量を持つリンクスですらも、何一つとして知るパーツのない
博覧会には早い気もするが、歓迎されるのは悪い気がしないと揶揄するものの、彼の顔からは完全に余裕が消えている。未知の機体、武器。それがどれほど危険かは言うまでもあるまい。
衛星砲を間近にしたステーションには、七機の戦闘機械が待ち構えていたのだ。
かつて封鎖機構が技研から接収した『特務無人機体バルテウス』が一機。『特務機体カタフラクト』が
たかが七機。しかし悪魔退治を目論む者にとって、そして対峙する悪魔当人にとっても、それは決して小さな脅威などではなかった。
「……初陣以来の感覚だな」
しかしリンクスは笑った。久し振りに腕が鳴る、と。その両の目は、新しい玩具を目にした子供のように純真で。同時に混じり気のない氷のように透き通った、冷たい殺意で燃えていた。
丁度良い。最近は暇してたんだ、早々に壊れてくれるなよ――斯様に囀る口振りに驕りはない。だが一人のAC乗りとして、武者震いを抑えきれてはいなかった。