肩に赤き銃を印し、胸に一角馬のエンブレムを刻印した白い機体。
鳥籠に封じ込まれた星の先住民は知らずとも、崇高な使命に身を捧ぐ烈士達はこの既製品の寄せ集めのACを知っていた。機体そのものは恐れるに値せずとも、パイロットは化け物なのだと。
荒唐無稽でありながら、厳然なる事実として存在する感覚。熟練の戦闘者は装甲越しにも殺気を感じ取るというが、白き禍星の放つ殺気は相対する者に無形のプレッシャーを押し付ける。
生身の人間、それも腕の立つ者ほど幻視した。白い機体が何倍にも膨れ上がり、巨大化しているかのような幻を。故に烈士らは固唾を呑む。これより星外起源種の悪魔、生粋のイレギュラー退治に臨むのである。心がピンと張り詰めるが、指揮官機の作戦開始の合図を聞いて烈士らは心を落ち着けた。
『プラン通りにいくぞ、奴の仰々しい伝説を我々が終わらせてやるんだ』
指揮官はそう言った。
優秀な指揮官に対する信頼が、心理的な圧力を跳ね返している。
白い悪魔が作戦領域に入った。特務無人機体バルテウスが第一波となって先陣を切る。
巨大な武装コンテナを接続した人型機動兵器。武装コンテナを軸に展開される二つの帯状砲塔。接続している人型ユニットの腕部には、大型マシンガンとショットガン、肩にはグレネードキャノンを装備し、更に帯状砲塔には二つの大型火炎放射器が搭載されている。正しく空飛ぶ火薬庫、戦略兵器級だ。
有人機には有り得ぬ凄まじい速度で加速し、一直線にホワイトユニコーンに迫った特務無人機が、高出力パルスアーマーを展開する。それを見た首輪付きの獣は目を眇め、独語した。
『単独で仕掛ける……? 残りは後方、内一機は狙撃型ね。本物がどれほどか生で確かめる気か』
バルテウスがミサイルランチャーを一斉射する。
バルテウスの目玉兵器ともいえるそれは、蜂の巣から飛び出た無数の蜂のように小型で、同時に果てしなく獰猛だ。小型の誘導ミサイルの群れが殺到してくる様に白い悪魔は更に呟く。
『ああ、これは連携に向かない。第一陣として投入しないと味方ごと葬りそうだ』
だからこその先鋒。無人機だからこその逐次投入。名も知らぬ飛行型機動兵器に、悪魔は白い残像を引くほどに急加速。アサルトブーストだ。
フットペダルを限界まで踏み込み、全身に掛かるGに歯を食い縛って、バルテウスの懐に潜り込むや左腕武装のパルスブレードで斬撃を見舞い、サブブースターを吹かして大きく横移動。クイックブーストにより誘導ミサイルを振り切るという、異常な弾幕を初見での完全回避を成し遂げた悪魔がリニアライフルで銃撃した。しかしそれも、ブレードと同様にパルスアーマーに阻まれる。
ダメージは極小。舌打ちした悪魔は、反撃のグレネードキャノンをも
『ウチの社是を体現した機体だ。固く、速く、物量に富んでる。だがこの感じは無人機だな? そういう動きだ。となると……武装も鑑みるに連中は僕の弾切れを狙っているのか、小賢しい』
バルテウスの全周を囲う強力な
悪魔はそこまで思考して――出し惜しみはしない方が良い、当初の腹積もり通り速攻が肝要と判断すると、
頭部のメインカメラが赤く光る。
リニアライフルを右肩に格納、代わりにバズーカを装備。バルテウスが放つミサイルランチャーの狂気的な弾幕、マシンガンの可愛らしい掃射、ショットガンの可愛げがない牽制、振り切れぬと見るや即座に用いられる火炎放射器の炎剣二本。それら悉くに空を切らせ、白い悪魔が躍動する。
――太古の神話、獣は悪魔と同一視された時代もあったという。
ならば首輪付きの獣もまた悪魔と呼ぶに相応しい。
機体をサブ・ブースターの少噴射で支え、ステーション上をスライディングで滑走するという、ACの実機では誰も試みず、また成功させたことすらないアクロバティックな機動を魅せる。
偉業/異形の戦闘機動の最中、停止せず衝撃を殺さないで放ったバズーカでバルテウスの全周バリアに負荷を与えつつ、バズーカの反動で崩れた姿勢をマニュアル操作で制御。片手で地面を支えてサブブースターを小刻みに噴射、機体が跳ね返されたように空中に舞って――次弾装填を流れるように済ませたバズーカが再び火を吹いた。パルスアーマーが剥がれる。
瞬間、空気を蹴ったのではないかと思うほどの急加速。パルスブレードが左腕に展開され、バルテウスの
搭載していた大量の誘導ミサイルが命取りだ。大火力を支える武装コンテナが巻き起こした大爆発で、バルテウスの帯状砲塔が剥がれ姿勢を崩す。大破したバルテウスだったが、しかし無人機ゆえに怯むことはない。自爆覚悟でアサルトアーマーを――全周を吹き飛ばす攻性バリアを――発動した。
だが悪魔はアサルトアーマーの予兆を見た瞬間に後方に飛び退いており、バルテウスは結局、規格外のイレギュラーに傷の一つも与えられず撃沈する。この間僅か三十秒、消費弾薬はバズーカが二発、リニアライフルが五発、ブレードでの斬撃は三度。余りに圧倒的で、呆気ない結末だった。
『整備担当には申し訳ないが……ッと、危ないな!』
赤き銃持つ白い悪魔の全力は、機体に掛かる負荷を極大にする。両手のマニピュレータ、全身の関節部はもとよりジェネレーターやコアにまで、オーバーホール必須レベルのガタがくるのだ。ホワイトユニコーンという愛機を得て、ようやく
バルテウス撃破、その直後に放たれた狙撃の一撃。白い悪魔はそれを、まるで最初から読んでいたかのように、あるいは未来でも覗き見たかの如く機体を斜めに傾かせ最小動作で回避する。その異能めいた反応速度に、封鎖機構でも指折りの技量を持つパイロット達も動揺した。
『今のを躱すのか!?』
『いや……奴は今、お前が
『しかもあのバルテウスをこんな短時間で……被弾もない、化け物か奴は!』
『あのデータは本物らしいな。シミュレーターをやった時はおふざけが過ぎると思ったが……各機、連携を崩すなよ? 悪魔退治だ、行くぞ――!』
封鎖機構が様子見――敵戦力評価を定める。システムの言う通りだ、最優先排除対象に認定するに足る、ルビコンに入れてはならない最悪の脅威だ、と。
二機の大型陸戦機が火花を散らしながら滑走する。六機陣形の先鋒だ。悪魔が知らぬその機体の識別名は特務機体カタフラクト。後続に特務機体エクドロモイの射撃型と近接戦型という、最高性能執行機が一機ずつ。遊撃として陣形の外縁に位置取る、エース専用のHC機体と、最後方からの援護射撃を担当する狙撃型LC機体が一機ずつだ。第一波のバルテウスですら、大半のAC乗りを鏖殺してしまえる戦力であり、六機構成の第二派は明らかに過剰戦力と言えるだろう。喩え惑星封鎖に綻びを生じさせた凄腕の独立傭兵集団『ブランチ』でも、この部隊を前にすれば撤退を選択するに違いない。
だがオーバーキル確実の陣容を前に、純白の撃墜魔王は悪戯めいた笑みを浮かべるばかりだ。
『様子見の第一波は終わり……第二派が本命の一斉攻撃か。楽をさせてほしいな、まったく』
欲を言えば一騎打ちを連続してやりたかった。各個撃破なら楽な仕事だからだ。
声音は軽く。最新の高級玩具の展示を目にした子供のように目を輝かせて。
伝説のAC乗りリンクスは、無線通信を開局して嘯いた。
『ルビコンの鳥籠を維持する皆さんは、ウチよりも五年、いや最低でも十年は技術力で先を行ってるね。自慢の愛機が時代遅れのガラクタに見える。
――
総長殿も思い出話だけじゃ物足りないだろうしね、遠足のついでに
ただでさえタフな仕事になるのに、封鎖機構の技術を取り込んでしまおうとは、今後レッドガンの立場はますます良くなるのではないか? なんと崇高な労働意欲に満ちた忠誠心なのか。
自らの諧謔に失笑したリンクスは、オールバニーの戸惑った反応をスルーして己を戒める。敵機の鹵獲は努力目標に過ぎない、無理そうなら完全破壊を躊躇う気はなかった。
だが――機体性能の格差はパッと見で十年近く、苦戦は強いられそうではあるものの。
お手本のような『対リンクス戦』で構築する戦術と、教科書通りの優等生な陣形を見て、
そんな戦術、リンクスはとっくに履修済みだ。何度も経験したテンプレートには飽き飽きしている。教科書通りの戦術は有効だが、有効であるからこそ使い古されているのは自明だろう。となれば対策の対策が講じられるのもまた、環境の変わり続ける最前線では自然な流れである。
『機動兵器の性能の違いが、戦力の決定的な差ではないということを
授業料は、君らの機体だ』
戦力評価。
常時飛行を実現するジェネレーターと巨体での高速移動を為すブースター性能は驚異的。大量の武装を積んだ構成も悪くなく、パルスアーマーの常時展開を可するサブジェネレーターも良し。
武装コンテナを保護する装甲も厚く、誘爆による自爆の危険性も無視できるレベルだ。惜しむらくは無人機ゆえの、回避行動の読みやすさ。火力の集中が容易であり、武装コンテナの破壊が防ぎづらい点だが、それを成せるのは一部の凄腕だけだろう。有人機にすればなおのこと改善可能だ。
ただ搭載している二門の火炎放射器は、はっきり言って塵だ。固定されているため可動範囲が狭く、機体ごと振り回さなければ敵機に当てられない。あんなものは躱してくださいと言っているようなものであり、ブレード状の火炎を放射するため負荷も高く、パルスブレード以外の近接兵装がほしいなら実体剣でいいだろう。積載重量が嵩むだろうが、ジェネレーターへの負荷を軽減し、パルスアーマーの負荷限界の低下や武装コンテナの高熱化を防げるはずだ。
評価はA判定。撃墜時の機体状況は大破。鹵獲後、修理と改修を行えば実戦投入も不可能ではない。データ取りを優先し、惑星封鎖機構の技術を接収し研究後、新たに建造するのも有りだろう。
次。
側面と背後を守る圧倒的な装甲は、AC規格の兵器をほとんど完璧に防ぎ切る。戦車型だけあって陸上機動力も素晴らしく、その質量と装甲に任せた高速の体当たりだけでも脅威になる。回転砲塔により全周を極めて強力な火力でカバーできる点も魅力的だ。しかし、正面に明確な弱点のコアMTがあるのは何故なのだろう。組み立てた方もだが、設計者は酔っ払っていたのか?
高速機動でコアMTから射角を切れはする。操縦そのものは既存MT技術から流用も可能なのではないかと推測すれば、それはメリット足り得るだろう。良くも悪くもパイロットの腕次第で脅威レベルは変動するが、リンクスほどの技量があると、正面の弱点を突くのは至極容易かった。
評価はC判定。正面のコアMTを狙える隙を、僚機が巧みにカバーしてきた敵機がいた為、単独で相手取る場合よりも遥かに手強かった。最低でも二機の高機動、高火力の機体が僚機として付けばCからB判定まで評価は上がる。このまま実戦投入するなら、単独運用は厳禁とするべきだろう。なお撃墜時の機体状態は、二機ともコアMTを破壊しているのみなので良好である。
次。
ACとほぼ同サイズの機体達だ。前者はレーザーを発射するスナイパーライフルを持った狙撃型。逃げ足は速いがACの例に漏れず操縦者の腕次第で強くも弱くもなる。エイムアシスト頼りの射撃しかして来なかったが、そのFCSの性能もレッドガンのどの機体よりも上だった。しかしパイロットが迂闊で、下手ではないが立ち回りの最中にこちらの射程に入った為、リニアライフルのフルチャージショットで
後者の高級宝箱は前者の上位互換。中級宝箱よりも一回り大きく、おそらく封鎖機構勢力内ではベイラムなどでのAC相当の機体だろう。装備している盾の強度、両肩のパルスキャノン、高出力のブレード、ACを凌駕する装甲の厚さと、比較にもならない飛行性能と機動力が目玉だ。フレアも搭載しており、ロックオンを外してくるが、マニュアル操作で対処は能うため問題ない。こちらのホワイトユニコーンよりも、性能面では体感でおおよそ二倍近く差があるように感じたが、近接射撃戦中こちらの右腕を持っていった際に生じた気の緩みを突いて、ブーストキックを食らわせブレードで両断し撃破した。
両方とも余裕がなく、撃破時の機体状態はスクラップ同然だろう。どれだけデータを回収できるかは技術屋に聞いてほしい。高級宝箱の脅威度はB判定。G5イグアス辺りが適性ありか?
そして最後に。
『ばかな。たった一機のACに……既製品の寄せ集め如きに、我々特務隊が壊滅……!? リンクス、これほどの化け物だったとは……! シ、システムに報告を――』
中級、高級宝箱よりも数割増の機動性、ミサイルやプラズマライフルを装備した射撃特化と、ブレードとマシンガンを装備した接近戦特化の二機セットでの運用がなされていた。射撃特化型が高精度の射撃でこちらの動きを制限し、接近戦特化型が隙を見て大型ブレードで串刺しにしようとしてきたのは、連携として定石通りであるものの、とても厄介だった。
何せ腕が良い。他の連中とは一線を画している。おそらく封鎖機構のエースパイロットなのだろう、連携を崩し片割れを撃墜するのには苦労した。実体盾とバズーカも喪失してしまっている。
流石にキツかった。
右腕は根本から吹き飛び、武器もブレードしか残っておらず、頭部パーツのガンカメラも左半分が消し飛ばされて、数本のコードが辛うじて繋がっているだけだ。メインカメラが映す視界は通常時の二割程度、それもノイズが酷くてほぼ何も見えない状態である。もう勘だけでカバーするしかなく、残った一機を相手にするのは不可能に近いだろう。しかし――それは平凡な分析だ。
努めて冷静に、嘗てなく死を身近に意識して冷や汗を掻きながらも強がる。敵は怯んでいる。怯えが隠せていない。オープンチャンネルで挑発して、メンタルを揺さぶればなんとかできそうだ。
『やあ、聞こえるか惑星封鎖機構のエリート様』
『オープンチャンネル……リンクスか――!』
『本当に良い機体に乗っているな? だが肝心のパイロットは坊やのようだ。パパから貰った高い玩具を乗り回してばかりいるから腕が追いついてない』
『なんだと』
『こちらは例えるなら非武装の自動車だ、窓から顔を出して拳銃を撃つしかない。なのに最新の戦車を相手に出来たのは――君らが単に、玩具が実は兵器だと知りもしなかった坊やだからだよ』
挑発は苦手だ。何せ育ちが良い。口汚さとは無縁のお上品な家庭の出なせいで、どうしても語彙に品格が滲み出てしまう。だから下町育ちの田舎者には都会のウィットの利いた皮肉が通じない。
モンスターマシンに乗る坊やは一瞬沈黙したが、すぐに冷静さを取り戻してせせら笑う。品のなさに生命力の強さを感じさせられた。これが若さか。
『……は。死に損ないが何をほざくか。幾ら貴様の腕が立とうと、そんな機体ではこのエクドロモイに付いてこれまい。ここで貴様を始末し、大尉達の無念を晴らしてくれるッ』
『エクドロモイというのか。良い名前だ。僕のホワイトユニコーンが霞んで、自慢の機体が貧相な自転車に見えてしまうよ。ああ――上等なモンスター・マシンに乗っていながら、自転車相手に壊滅している坊やには違いが分からないかな? 覚えておくといい、君らが僕をここまで追い込められたのは機体性能のお蔭だよ。君らの腕は、レッドガンだといいとこ訓練生レベルだ』
『――負け惜しみを。減らず口を聞く気も失せる。もういい、貴様の戯言に付き合う気はない、これで終わりにしてやる――!』
しかし、どうしたものか。実際のところ、本当にヤバい。大ピンチだ。
リニアライフルは右腕ごと失くしたし、バズーカも盾もない。ブレード一本でエクドロモイとかいうモンスターマシンの相手はしたくないのだが……。
視界も悪い。運悪く生き残りは射撃特化型だ。引き撃ちされたら的にされて普通に死ぬ。挑発が上手ければ相手から近づくように仕向けられたのかもしれないが、育ちの良さが仇となって相手は距離を保ち迂闊に近寄ってくれない。相手が女パイロットだったら口説いて腰砕けにしてやれたものを。
さあどうする、リンクス。相手は下がったぞ。機体性能の差で追いかけても追随できない。引き撃ちに徹する冷静さを残した相手に、どうやって近づいて撃墜する? 視界が悪いぞ、これに頼れば逆に疲れる。疲れるのは嫌だ、楽がしたい。楽をして、近づいて、墜とす手は何がある?
プラズマライフルが向けられて、今に放たれる寸前なのが辛うじて見える。殺気が装甲を貫いてこの身に届いているぞ。真面目にどうするリンクス、散々悪魔だの英雄だのと持ち上げられた稀代の大天才リンクスなら、天才的閃きで窮地を脱するのだろう。スマートに、そして華麗に。
周りを見ろ。利用できるものはないか。何か、何か。……ん?
(――閃いた)
リンクスはブレードを展開、破れかぶれの特攻を仕掛ける。
だがそんなものが通じるような素人ではなく。エクドロモイはプラズマライフルを照射、放たれた火線が一直線に駆け抜けて。もはやまともな機動を発揮できない様子の白い機体に直撃し、大爆発を起こした。
『――やったか! ハハハハ、悪魔め! 大尉達の無念を思い知れ!』
勝利を確信し喝采を上げる封鎖機構のパイロット。
彼はエースと呼ばれるに足る技量の持ち主だった。しかし……実戦経験が浅い。
故に、口では冷静さを保っていても。
戦術判断を感情で鈍らせずとも。
――仲間達を次々と撃墜してのけた悪魔に、心の奥底では恐怖していた。
その恐怖が命取りである。
『ハハハハ……は、は……?』
悪魔を撃破したという確信が、気の緩みを生んで。派手な爆発が、不自然なことに気づくのが遅れた。
そして機体が発する警告のアラーム、何事かとレーダーに視線を落として。
頭部のメインカメラが半分吹き飛び、隻眼が放つ赤い光。手負いの獣ほど恐ろしいものはないと、圧倒的な機体性能に飽かした戦果しか知らぬ若者は心得ていなかった。
『――
ゾッとするほど優しい声。猫なで声での、最後の教示。
ほとんど何も見えていないはずの白い悪魔は素手だった。武器は持っていない。
彼はプラズマキャノンの着弾タイミングに合わせ、ブレードで近くに転がっていたバルテウスのキャノン砲を切り裂き、ブレードをパージして爆発の規模を嵩増しした直後に高速移動していた。
ここは重力の弱い衛星軌道上の宇宙ステーション。そこらにデブリと化した破片が浮いていて、隠れられはせずとも視界を妨げる異物がある。故に吹かせるブースターは最小限、倒れ込んだような前傾姿勢で地を這った白い獣の接近に、封鎖機構のパイロットは精神的な弛緩も手伝って気づけなかった。
強烈なブーストキック。激しく揺れるコア内部で、喀血し意識を明滅させながらも、若者は咄嗟に反撃をしようとして。持ち上げられた銃に、優しく添えられた左腕が反撃を予防。流れるような膝蹴りが更にコアを直撃する。鼻血。隙が大きくなったのを見た悪魔の左拳による殴打、殴打、殴打。気絶。
原始的で野蛮な攻撃は、お上品な紳士の洗練された暴力の槍だ。リンクスは動かなくなったエクドロモイが、オートパイロット機能が作動する前に、素早くコアハッチをこじ開けると、中からパイロットを弾き出した後に拳を突っ込む。そしてコア内のコンピュータを、悪魔の左手がぐちゃぐちゃに破壊した。
『……はぁぁぁ。終わった。……いや、残業があったか』
そこらに浮いていたパイロットを左手に掴み、優しく味方艦がいる方へ放り投げる。ふわふわと飛んでいくパイロットの回収も頼みながら、リンクスは気怠げに呟いた。
残業。嫌な響きである。よき労働は定められた時間内でのみ達成される、定時退社は基本だ。なのに残業する羽目になるとは、ベイラムきっての優良社員としては甚だ遺憾であった。
リンクスは目に付いたマシンガンを拾う。武器管制に接続できるか……できない。ホワイトユニコーンはリンクスたっての要望で、相手の武器を奪えるシステムを積んでいるのだが、流石に惑星封鎖機構の武装は管轄外らしい。ではどうするか。マシンガンを捨て、思考する。そして結論した。
『……頼むからもう少し頑張ってくれよ、ホワイトユニコーン』
リンクスは、愛機に語りかける。
ブースターを吹かして衛星砲に接近していく。これで死んだら嫌だなぁ、と思いつつ。彼は怯える素振りもないままに、アサルトアーマー・システムを起動した。
展開される攻性バリア。直撃を受けた衛星砲にとっては掠り傷だろう。しかしその掠り傷は、衛星砲の照射口に刻まれている。大過を考慮するなら発射はしないはずである。
ホワイトユニコーンは各部から火花を散らしていた。
中破していた機体状態からして、アサルトアーマーの展開衝撃に耐えきれなかったのだろう。大急ぎで最後のアサルトブーストを行ない、慣性を生むとコアハッチを開いて脱出した。
『パイロットスーツを着てなかったら死んでたな』
背後で爆散する機体を乗り捨てて、リンクスは任務を完遂する。
初の機体放棄を経て帰還していくリンクスは、味方艦に回収を頼んだ。
『こちらG3リンクス、聞こえるかオールバニー。作戦は成功したが、機体を失った。ただちに回収してくれ。こんなところで僕を死なせないでくれよ』
『――りょ、了解! 副長が機体を捨てるの、はじめて見た……』
何やら戦慄しているオペレーターの声を聞き流しながら。
リンクスは、自らの最後の機動を反芻していた。
(あの感覚、はじめてだな。腕をまた上げられる。帰ったら復習しよう)
彼は仕事に対して真摯で、勤勉だった。
数カ月後
ルビコン3に先んじて進駐したライバル企業が、惑星封鎖機構の機体を鹵獲し、技術を吸い上げているという情報をキャッチ。熾烈な暗闘を繰り広げ、データの奪取を狙う最中、アーキバスは因縁の悪魔が愛機を失い、封鎖機構から奪取したデータを元に、ベイラムの技術局が新型ACを開発していると知った。
○回予告『リンクス抹殺作戦』
新型を受領しに向かう輸送機、それに乗るリンクスの暗殺を狙ったアーキバスのAC部隊が迫る……!
※予定は未定。間に別の話が挿入されるかも。