G3リンクス、墜ちる。
其の報は燎原の火の如くレッドガンを駆け巡り、人の口に戸は建てられぬ故に噂は広まって、他星系の系列企業、本社にまで届き、果ては敵対的な企業にまで『朗報』が浸透した。
あの悪魔が死んだのか! と敵は愚か味方にまで喜ぶ者が続出する。良くも悪くもリンクスという英雄の存在は、多くの人間にとって頭痛の種であった証左と言えよう。となれば必然、怨敵、あるいは目の上のたん瘤だった人間の死に様がどんなものだったか、気になってくるのが人情というものである。
機体の整備で不具合が出たまま出撃し、爆散したという噂。惑星封鎖機構の精鋭部隊と相打ちしたという真実。食事の際に毒を盛られて苦しみながら死んだ、輸送機に乗っている最中に恨みを持つ者から襲撃を受け死んだ、痴情の縺れで女に刺されて死んだ、等。真実味だけはある噂まで流布される始末。
挙げ句の果てには遂に悪魔が強化手術を受けて、さらなるパワーアップを果たして新型機体の慣熟訓練中だという噂まで流れ、悪魔を恐れる面々を戦慄させた。これには様々な噂を面白半分で流した、ベイラム本社勤務のG2ナイルも苦笑いを禁じ得ず、短時間の星間通信でミシガンと笑い話の種にした。
リンクスは機体を捨てたが生きている。噂に惑わされずに真実を知るのは、現状だと原隊のレッドガン所属の面々と、その関係者、およびベイラム本社の幹部連中だけだ。リンクス戦死の誤報を積極的に流布するつもりはない。味方の動揺は酷いらしいが、それも短い期間だけ。アーキバスあたりが遅れて進駐してきて、戦端が開かれる頃には前線に復帰する予定だから問題ないだろう。
彼が封鎖機構の陣取るステーション上で撃破し、鹵獲した機体は秘匿され、ルビコンに進駐した直後に建造した工廠にて、データの吸い上げや修理、改修の最中である。惑星ルビコン3に一番乗りを果たして、土着の勢力と惑星封鎖機構しか脅威がなく、ライバル企業アーキバスのいない今が好機なのだ。
技術屋共は喜々として、リンクスをしてベイラムの十年先は行っている、惑星封鎖機構の機体を弄くり回している。そしてその工廠のある基地は、レッドガンが総出で守護しており、土着勢力を現段階では刺激せず戦力の拡充を図っていた。ルビコンの先住民、土着勢力の
無論そんな弱腰外交など一時凌ぎのものでしかない。本音ではもちろん、封鎖機構の技術を自分達のものにするまでの時間稼ぎに過ぎず、それが済めばすぐにでも本性を露わにするだろう。ルビコニアンも莫迦ではない、ベイラムの基地をすぐにでも叩くべきだという意見は出ていた。
だが、慎重派が足を引っ張っている。
ベイラムは惑星封鎖機構なる得体の知れない組織を介さずに、土着民の企業と直接商売がしたいだけで、それ以外はルビコンへの企業定着しか望まないと主張しているのだ。
もしそれが事実であったなら、無益な戦争を自分達から始めることになる。星外の企業から齎される食料などの物資はルビコニアンも欲しているのだ、穏便な交渉でそれが得られるならば、武力行使で立ち向かうべきではないと、希望的観測から躊躇しているのである。実際、ベイラムは持ち込んだ物資を供出したり相手企業と積極的に交流していたのは事実であり、慎重派の声を大きくする為の工作に手を抜いていない。……そうした工作は優秀なのだから、本当にお偉方は困ったものである。
一方リンクスはベイラムの腹黒い交渉や、未来に展開する戦略などには完全にノータッチだ。彼は戦闘専門のAC乗りであり、政戦略に関わりを持てる権限はない。そもそも興味もなかった。戦えと言われたら戦うし、殺せと言われたら仲間以外は平然と殺す。理想や理念はなく、悪も正義も加味しない。
自分達が侵略者であり土着民が可哀想と思うことすらない冷血な男だ。でなければ木星、アイランド4での現地民の声に流されていただろう。徹頭徹尾自分と仲間達の今と未来にしか関心がないのだ。視野が狭く、志が低いとも言えるが、首輪のリードを持つ側からすると非常に都合の良い怪物だった。
リンクスは戦士ではない、兵士でもない、獣だ。独立傭兵の両親を持ち、一時は単身で生計を立てた身上がそうさせるのだろう。彼は戦いに誇りを持ち出さず、理念を語る舌を持ち合わせない。だが獣であるからこそ、自らの縄張りを守る為の爪牙、愛機には尋常ならざる拘りがあった。
彼は今、新造中の自らの機体の設計図を見て、技術局のトップに様々な無理難題を放り投げるのに大忙しだ。やれ戦闘機への可変機構を備えたACにしろだの、ジェネレーターはエクドロモイの奴にしろだの、装甲は厚くて軽くしろだの、火力型と速射型を複合したレーザーライフルが欲しいだの。反動は低くて貫通力の高いレーザーキャノン、実弾としてバズーカが欲しい、取り回しの良い高出力ブレードも欲しい、あれも欲しいこれも欲しいと要望を出す。なんならルビコンの土着企業である、エルカノやBAWSにもパーツ・武器の発注や製造依頼を求めていた。その様は実に生き生きとしていて、聞かされている側の技術局長の目は死んでおり、毛髪はご臨終を迎えそうである。
「ふうーっ、今日も実りある、有意義な一日だった」
今日も今日とて無理難題を言いたい放題していたリンクスは、お偉方からリンクスの要望を叶えろと投げ槍に言われている人達に同情することもなく、のびのびと休暇を愉しんでいた。
額の汗を拭い、ジープに乗り込む。運転手の男がハンドルを握り、基地内を走り出すのを尻目にしながらリンクスは自らの新型機に思いを馳せた。
(要望が半分も通れば御の字、現実的には三割、駄々をこねて時間を掛ければ四割ってとこか)
現場を知っているからこそ、そういう判断が出来る。なのに相手の迷惑も考えずひたすら妄想の産物としか言えない案――我儘を言い募ったのだから最悪である。
しかし命を懸けて持ち帰った成果が使われるとなれば、欲張りたくなる気持ちも分かって欲しい。新型機の設計段階から技師達に差し入れを沢山持参したのだし許してくれるだろう。
もう27にもなるが、男の子なのだ。男盛りの若者である。ACホワイトは自前の機体で、後継機のホワイトユニコーンは実績で勝ち取った。ならその実績の積み重ねの先に、最強で最高の、自分だけのワンオフ機を欲しがってもいいじゃないか。それが許されるだけの仕事はしてきたつもりである。
「……新兵諸君もよくやる」
「辺境の貧乏人共です、そりゃ真面目にやるでしょうよ」
ジープが通り掛かった訓練場の横。レッドガンの候補生達が、体力作りのマラソンを終え格闘訓練に移行しているのを、ジープの助手席に座って眺める。
運転席の部下が相槌を打つのは適当に聞き流した。特に返事を求められていないと感じたからだ。
この新兵達は、ルビコニアンだ。土着企業とコネができて、そこそこ民間と交流した結果、彼らは星外の食料や技術、未来への明るい展望を夢見てレッドガン訓練部隊の募集に応じた。
思想/志操の面も調べ、面談し、クリアした者だけが仮入隊を許されているだけのよそ者だが、彼らもゆくゆくは真の仲間になるかもしれない。というか大半はなるだろう。
彼ら全員は、ルビコンから出て行きたいと願う者達であるはずなのだ。
ルビコンは貧しい。ライフラインは確立されているが、主食はワーム、つまり虫だ。それだって満腹になるまで食えるほどの量はないらしい。
星外の食い物を知り、ルビコンの外の文化も知れば、嫌気が差すのもおかしな話ではなかった。
ベイラムだってこんな星、コーラルがなければ進駐することはない。他の星の貧困層だってもう少しマシな食生活を送っているのだ、当然だろう。
軍隊飯のクオリティはお察しだが、リンクスのご機嫌取りの為にレッドガンは他より良い飯を回されている。ルビコニアンにとってはそれすらもご馳走であり、政治担当としてルビコンに派遣された幹部の、じわじわと真綿で首を絞めるが如き懐柔策は効果を発揮していると言えるだろう。
惑星封鎖機構のせいで、ルビコンの民はルビコンしか知らずにいた。そこに来訪した企業に夢を見てしまうのは、上も下も変わりがない。たとえ全てのルビコニアンが、ベイラムや後に進駐してくるであろう企業の真の目的がコーラルにあると知っていても。誰も彼もがルビコニアンの掲げる大志、警句に従順であるわけではない。自分だけでも出て行ってやると思う人間は必ずいる。
尤もそれを加味しても、ルビコニアンの崇高な志の為、スパイとして潜り込もうと目論む者もまたいるだろうが。そんなことは現場も、上の連中も織り込み済みだ。内偵は常に目を光らせているし、不穏な行動をしている者を既に何人も検挙して、暗部に連れて行っているのをリンクスは知っていた。
「……ん。……止めろ」
「え? あ、ああ、はい」
ふと、
リンクスの指示に従い車を止めた部下に、すぐ戻るから待っていろと命じて降りる。
訓練場に向かう。するとこちらに気づいた新兵達の教官が慌てて駆けつけ敬礼するのに返礼し、気にするなと無理なことを言いながら一人の訓練兵に歩み寄った。
組んだ相手を一方的に倒して、涼しい顔をしている青年だ。リンクスが近寄ると直立不動になり、敬礼をしてみせた彼に答礼せず。リンクスは、まっすぐにその青年の目を見た。
「君、名前は?」
薄い金の髪をウルフカットにした、精悍な面構えのハンサムな男。
元は白いだろう肌も健康的に日焼けをして、生気に満ち溢れている。他新兵のルビコニアン達とは一線を画する存在感があった。
その青年はリンクスの着ている隊服と隊章を見て所属を知り。そして胸や肩を飾る、大袈裟なほどきらびやかな勲章を見て。正体を察して瞠目し、注視しなければ分からぬほど僅かに緊張した。
彼は、はきはきと名乗る。
「はっ! レッドガン訓練兵、
新兵達の間を駆け抜けるざわめきを無視し、リンクスは無表情に問う。
「ラスティ。君はどの世代の強化人間だ?」
「……っ」
「隠さなくていい。君の身体能力は、一瞥しただけで群を抜いていると分かるほどにある。強化人間のそれだよ、君のは。で? 何世代だ」
「……は。自分は、
「そうか。ラスティ、君の名前は覚えた。励むといい」
言うだけ言って背を向けて、さっさとジープに戻る。
背後のざわめきやらなんやらは丸ごと切り捨て、物言いたげに見てくる運転席の部下に言う。
「あの新兵、重心移動がAC乗りのそれだぞ。視野が広い、胆力もある、かなりの腕だ。多分ヴォルタ達以上……総長殿に匹敵するかもな」
「え!? ……えぇっ!?」
「現時点でだ。訓練と実戦を重ね成長すれば、僕以外のレッドガンが総出でも危なくなるかもしれない。ルビコニアンからのスパイだろうが……ま、あれだけの凄腕だ。組織だってのものじゃなく個人の判断による行動だろう、おそらくはね。今回の募集要項がガバガバ過ぎて、レッドガンの新兵募集はさぞかし潜り込み易かっただろうさ。目的は何かな? ……なんでもいいか」
慌て、混乱する部下に車を出せと指示する。
リンクスの勘と、
「う、上に報告は……?」
「僕からしておく。とはいえあれだけの
早々にG9あたりのコールサインでも与えてもらって、自分の僚機にさせよう。
リンクスがそう呟くと、部下はぱくぱくと口を開閉し。やがて、完全に閉じた。
(目的はなんでもいい。腹を割らせて、色々聞き出せたら――
いや。
リンクスはルビコンが嫌いだった。最初から漠然とそう感じていたが、実際にルビコンの地を踏んで以降は更に嫌いになっている。速く出ていった方がいい、そんな気がしてならないのだ。
具体的にはコーラルが嫌だ。ばっちぃ虫みたいな気配が星全域で蠢いているように感じている。
根拠のない虫の知らせだが――生まれ持ったこの感覚があるからこそ、リンクスは英雄になれた。絶対の信頼をこの感覚に置いているのだ、いまさらこの超常的な異能の感覚を疑う気はない。
なんであれ、あの男は自分の部下にする。直属にして傍に置き続ける。自分以外だと、アレが裏切るようなら手に負えないだろう。
なにより現時点で磨かれた後の宝石だ。虐めれば、ポスト的に丁度いい遊び相手になる。馬が合いそうでもあるのも、個人的にポイントが高い。
リンクスは、異常者だ。
彼の異能的感覚は、トントン拍子で勝手に認識を進め自己完結する。
そしてその感覚が外れた試しはなかった。少なくとも、今のところは。
異常者であり、例外的超人である彼と対等になれるのは、一部の傑出した存在だけだろう。
それは現状、ミシガンだけだった。彼がいなければ、リンクスはレッドガンにはいない。意味不明で根拠のない勘でも、実績と信頼があれば耳を傾ける度量をミシガンは具えている。それがどれだけリンクスにとって有り難く、得難いか。故にリンクスは、恩人であり唯一敬愛する上官にだけは、自身の感覚を言語化して伝えるのを怠る気はなかった。
――レッドガン所属正規パイロット。
リンクスの報告に、ミシガンは難しく唸った後に怒号を発していた。
「ラスティだったか? 貴様がそうしたいのならすればいい。だがな! しっかりリードをつけて、貴様がきちんと散歩をさせろ! 世話を怠るようならすぐにでも捨てるぞ、その場合貴様の役立たずな逸物ごとだ! 自慢の逸物を賭ける覚悟があるならレッドガンに迎えてやる! 分かったなら復唱しろ!」
アーキバスに行った場合のラスティは、ニューエイジの強化人間であると自己申告している。本作だと第四世代と自己申告。真相は闇の中。
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評価もどんどんください(厚顔)。いやぁランキング載りたいんですよ。載った方がたくさんの人に読んでもらえて嬉しいので。
お願いします!なんでもしますから!(なんでもするとは言ってない