首輪付きの山猫、赤い銃に繋ぐ   作:飴玉鉛

14 / 34
運命はきっと赤い

 

 

 

 

 

「クッ……!?」

 

 死角から放たれた、特殊実体盾と連結してパージされていた中型バズーカの弾頭。ラスティが初見のそれを躱せたのは、敵機ホワイトユニコーンの挙動がバズーカが死角に位置するように誘導するものだったこと、加えてバズーカと盾が連結されたのを目にした際に違和感を覚えたからこそだ。

 偶然で躱せるものではない。警鐘を鳴らせる卓越した戦闘勘、並外れた技量が回避を実現させる。真横を掠めた必殺の魔弾を辛うじて躱せたことが、ラスティの腕を証明していた。

 だが咄嗟の回避動作で生じた隙を、みすみす見逃す敵機ではない。針の穴程度の機動の隙間に、正確に差し込まれる火線がラスティの軽量逆関節二脚タイプの機体を直撃した。フルチャージしたリニアライフルの弾丸が、ラスティの右腕を奪い去り、堪らず呻き声を漏らしてしまう。

 

『真っ直ぐ下がるなと言ったろう』

 

 間合いを取れ! チャージショットを受けた瞬間、敵機の取る攻撃が近接によるものと読み、機転を利かせて退避したまではよかった。だがその回避行動へ与えられた評価は辛口である。

 アサルトブーストによる直進急加速により間合いを潰した白い機体が、加速力を乗せた痛烈な蹴撃を浴びせてラスティの機体を強制的に制御不能(スタッガー)状態にさせる。マズイ、と思う暇もない。吹き飛んだラスティの機体へと、QB(クイックブースト)で踏み込んだ敵機が迫り、青白い剣でコアを切り裂いた。

 

 贈り物は撃墜判定。振り上げた拳を震えさせ、寸での所で八つ当たりを止めたラスティは、『アリーナ』に於ける仮想戦闘プログラムを終了する。

 ハッチを開いてコアから出たラスティは、同時に敵機のコアから出てきた上官に目をやった。

 場所はAC格納庫(ハンガー)だ。機体が組み上がっていない為、二つのコアが宙吊りにされている。上官は階段(タラップ)を降りて鉄網状の架設通路を歩み、コアから離れて開けた場所に出ていた。下層階に設置されているモニターで、戦闘シミュレータの様子を見ていた観衆が歓声を上げるのに、軽く手を上げて応えるとラスティを待つ姿勢を取っている。上官を待たせるわけにもいかず、ラスティは苦い心境のまま脚を動かした。

 

 十戦十敗。今日だけで、だ。連日連夜激しい訓練を重ねているというのに、未だに同じ相手から一勝も取れていないのが、強さに自信を持っていたラスティには信じられない想いである。

 これが、英雄。ただ純然たる強さのみで伝説と称される男の技量。自分なら勝てはせずとも善戦はできると驕っていた、以前の己がひどく滑稽だった。

 悔しい。一人の男として、戦士として情けない気持ちに駆られる。だがラスティは切り替えた。

 これほどの男に目を掛けられ、僚機に指定されたのだ。連日の訓練の中で、確かに腕を磨けている実感もある。折角強くなれるのに、その絶好の機会を逃しては愚か者の誹りを免れない。

 

「G9ラスティ、前にも言ったがいいセンスだ。昨日よりも進歩している」

 

 上官がラスティを手放しに褒める。このリンクスという男は、教導した相手を褒める労を惜しまない。褒めるべき点はきちんと褒める性質である。

 頭ごなしに叱ることもなく、失点を指摘し改善を促す程度。指導者としての資質も高いようだ。

 しかしその反面、見込みがないと見ると指導をしない男であり、見込みありと見られて可愛がられている後進には慕われるものの、そうでない者には遠い存在として距離を置かれていた。

 歩く地獄ことミシガンとは正反対だ。あの男はどれほど部下がダメでも決して見捨てず、名前と特徴を記憶し的確なアドバイスを送る。上に立つ者として優れているのは明らかにミシガンで、彼のためなら命を惜しまない部下が多い一方、リンクスの場合は自ら命を懸けて戦う者は少ないだろう。

 

「惜しいのは()()が前面に出過ぎていることかな。ラスティ、君は接近戦を好んでいるみたいだが、君に合っているのは中・遠距離からの射撃戦だよ。ブレードは捨ててグレネードキャノン、リニアライフル、弾幕用のマシンガンで武装を固め、接近された時に備えてのパルスシールドを積んだ、中型寄りの軽量機のアセンブルが最も適している」

 

 下される評価をラスティは黙って聞いた。リンクスの評は的確である。芯を喰った指摘だ。だが、だからと言ってハイそうですかとは簡単に頷けない。

 ラスティの反応を気にもせずにリンクスは続ける。

 

「射撃精度はパーフェクトだ、言うことはない。しかし射撃時の間合いの取り方と、近接戦を仕掛ける時の間合いの詰め方、この二つのクオリティに明確な差がある。ラスティ、君は狙撃を得意としているな? そういう動きだ」

「……副長殿はお見通しですか」

「これだけ模擬戦を繰り返したら流石にね。いいかいラスティ、接近戦と射撃戦のクオリティ、この二つの間にあるギャップが付け入る隙きになっている。このギャップを埋められないなら剣は捨てた方がいい。近づかれる時に真っ直ぐ下がりたがる癖は、君が剣を意識してしまっているから出ているんだ。近接戦で上を行く相手からすれば、君のその癖は至極読みやすいよ」

 

 ――というのは、リンクスほどの化け物視点の話。確かにラスティは狙撃を最も得意にしている、その点だけはリンクスを凌駕していた。だが彼に酷評されている近接戦の腕前も、レッドガンで対応できるのはミシガンと悪童コンビのみである。無論、リンクスは除いてだが。

 

「……私が接近戦を切り捨てれば、今より強くなれますか」

「なれるね」

 

 拘りを捨てろ、好みを無視しろと言われたのに対し逡巡しながら問うと、リンクスは即答した。

 

「半年でいい、射撃戦の戦闘機動を君の中で極めろ。それが出来たら……そうだね、一年ほどかな? 一年間接近戦の腕を磨き、こちらも満足のいくクオリティになったら、訓練中に二つの戦術を組み合わせるように研鑽するんだ。それまでは射撃戦オンリーでいた方が、君の()()は跳ね上がる」

「副長殿の助言に沿えば、私が副長殿に並べると?」

「少なくとも今の僕には並べる。まあ一年と半年後の僕が、今の僕より弱いとは思えないけどね」

 

 呆れた。この男はまだ強くなる気なのか。呆れが表情に出てしまったらしくリンクスは苦笑する。

 

()()()()がなんであれ、強くなっておいて損はない。君ももう仲間だ、()()()()相談してくれていい。親身に応じると約束するよ」

「では……そのうち相談させていただこう」

「待っている、ラスティ」

 

 朗らかに伝えられる台詞。こちらの正体をはっきり見破っている言動に、危機感は抱けなかった。

 というのも彼は最初からラスティの正体に気づいている。ミシガンもそれは伝えられているようだ。なのに彼のスパイ行為を――流石に重要度の高い機密には近寄れないが――黙認している。

 なぜ? スパイと知っていながら放置している理由が分からない。分からないが……排除する気ならいつでも排除できるのに、こうして半年近くも放置されては危機感も持てなかった。

 

 今のように、暗に腹を割ってくれと言ってくるのはこれで三度目。ラスティは迷っている。

 

 リンクスは読めない男だ。気紛れで、かと思えば親身で。酒の席に無理矢理連れて行かれ、風俗にまで連行された時は閉口させられたが……悪い奴ではない。ひたすらに強く、悪魔的に強く、超人的に強いが、その強さには理由がない、危険な存在でもあった。だが、どうにも嫌いになれない。

 たった三ヶ月間の訓練期間を終えたラスティを抜擢し、すぐにG9のコールサインを与えてくれた恩人だからか? 若輩の新参者相手に、正規パイロットになってからの三ヶ月間で、みっちり訓練をつけてくれた恩義があるから? どちらでもあるし、どちらでもないだろう。

 この男の強さに理由はない。志もなく、近く侵略者としての本性を剥き出しにするベイラムに忠実な姿勢を持っていることから、いずれ打倒しなくてはいけないと確信していたのだが……どうにもこの男は、ルビコンからさっさと出て行きたいと思っているらしい。そういう旨の発言を酒の席でしてきた。

 

 そして、探るようにラスティを見ていた。

 

「………」

 

 新参の若輩者がコールサイン持ちになったことで、レッドガン部隊の中でラスティは疎まれていた。後ろ盾はリンクスのみで、彼は実力を示せばすぐに認められると言っていたし、実際に腕を確かめた後はラスティを認める者も現れ出していて、レッドガンは居心地のいい部隊だと評価できた。

 腹を割れと伝えられても、それは危険な賭けだ。どうしても二の足を踏む。だが……スパイ行為の最中にベイラムから、そのライバル企業のアーキバスがルビコンに進駐を果たしたという最新ニュースを得られている。アーキバスがどういう企業か、それとなく探りを入れてみると山ほど出てくる悪名……特に『再教育施設』と『ファクトリー』なる部門が聞くだに不愉快だ。

 アーキバスが今後ルビコンで躍進すれば、ルビコンの人々は搾取されて、塗炭の苦しみの中で血の涙を流すことになりかねない。ならば、まだマシなベイラム――というよりレッドガンに与し、利用した方が遥かに良いはずである。だがその後は? ルビコンと、ルビコニアンの未来の為に、ベイラムをこの星から叩き出したい。しかしそのための手段が見えなかった。

 

 スパイと分かっている存在を放置する、意図の読めないレッドガン総長と副長。腹を割って話をして何になる? よしんば彼らを説得できたところで、彼らは所詮ベイラムの走狗に過ぎない。

 だがリンクスのあの態度が分からなかった。どんなつもりで、あの男はラスティを取り立てている。

 

「――言い忘れてた。そろそろ僕の機体が組み上がる頃だ。取りに行って帰ったら、そうだね……僕の方から胸襟を開いて話をしようと思う。君が応じるかは自由だが、楽しみにしていてくれ」

 

 まるでラスティの迷いが大きくなっているのを見透かしたように、リンクスはそう言った。

 自分の方から腹を割って話をする、だからその時は付き合えと。ラスティにも否はない。スティールヘイズ――ホワイトユニコーンと同じパーツを多く採用した、青と黒のカラーリングを施した強力な機体。これを駆り、雌雄を決さんとして銃を執る前に、リンクスの真意を彼も知りたくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一年前。

 

 ――惑星アイランド4で、運命の()()糸が悪戯をしていた。

 

 一時非戦闘区画として指定された中立地帯。アイランド4の利権に関することのみ、アーキバス不利、ベイラム有利の不平等条約が締結され、両企業の幹部による調印がなされた。

 写真を撮る光が幾度も焚かれ、ベイラムの者は薄い笑みを湛え、アーキバスの者は無表情のまま握手を交わす。その中にはベイラム専属AC部隊レッドガンの者達が護衛としてついていた。

 AC乗りは有事に備え、離れた位置に停泊する輸送艦の格納庫で待機し、要人警護はMT部隊の腕利きが担当している。故に、ベイラム側の要人の身の安全は確約されたも同然だ。なぜなら何かがあれば伝説的AC乗りが駆けつけることになっているし、アーキバスも無論それは承知しているのだ。迂闊な真似をして身を危険に晒すことはあるまい。

 

 そのAC乗り。ベイラム側の要人にあてにされている男、リンクスは中立地帯の街へ繰り出していた。

 

 予想外に長引いた戦局に身を置いていたリンクスは、ストレスの限界に達していたのである。企業相手の小さな反抗、G2ナイルを本社に送り込む偉業を達成して、緊張の糸を緩ませたのだ。

 少しぐらいサボってもバレんだろ、という浅はかな行動である。無論バレないはずがなく、慌てたナイルとミシガンによりなんとか隠蔽が間に合い、記録の上ではリンクスも真面目に待機任務に従事していたことになるが、後にミシガンからこってり絞られる羽目になる。

 後で走る地獄と化したミシガンに追い回されることになるとは露知らず、呑気な山猫は束の間の自由を謳歌した。骨休めも立派な仕事だと嘯きながら。

 

 そんな真面目なのか不真面目なのか、優等生なのか不良なのか、一貫しない社員猫はベイラム色の開発著しい街を練り歩き。誘致された民間人の中を、するすると滑るように闊歩した。

 そして、目が止まる。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 正確にはその一人に、だが。

 

「――やあ、ちょっとお時間を貰えないかな? ()()()()()()

「――――?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 声を掛けられ、反応する者達。杖をつく老人は三白眼で一瞥し、無表情無反応を維持したまま動揺し。巨漢がズイと老人と山猫の間に割って入り、小柄な少年は一歩距離を取る。懐の拳銃にいつでも手を伸ばせる態勢だ。そしてリーダー格と思しき青年は動かぬまま重心もスッと落としている。

 若者達は全員が白髪。人権を剥奪された施術の犠牲者達の特徴。唯一、声を掛けられた少女だけは、茫洋としていて掴みどころのない反応だ。明らかに警戒されているというのに、緊張感の欠片もない山猫同様、彼女はバイザーに覆われた両目で金髪を整え天パを隠した青年を、まっすぐに見据えている。

 

 リンクスに緊張感がないのは、彼は今仕事中なのにサボり(オフ)の最中であり。対して少女は、リンクスに害意がないのを感じ取っていたからだ。

 だが何を感じたのか、目元を黒いバイザーで覆い隠した白髪の少女は、魅入られたように一回り年上の男を凝視していて。とうのリンクスは軟派な台詞をぬけぬけと口にした。

 

「もしよければ僕と遊ばない? 退屈させないよ?」

「………」

 

 ナンパである。

 この男、ストライクゾーンが広かった。たとえ少女が10代半ばでもお構いなしだ。

 しかしこのご時世、おかしな光景ではない。遥か昔の時代ならロリコンの誹りを受けるだろうが、この時代では成人認定は早い段階でなされる。この少女の年頃は成人だと見做されるのだ。

 故に山猫の声掛けは不自然ではない。だが反応のない少女に代わって老人が口を開いた。

 

「すまないが……俺達は仕事の帰りだ。俺は兎も角、コイツらは疲れている」

「ん? アンタ……いや、そうか。無粋なところに声を掛けてしまって申し訳ない、そちらの娘が余りに可愛くて、ついナンパしてしまった。ご老人、邪魔者は去るからそう睨まないでくれ」

 

 老人と若者達は――ハンドラー・ウォルターと、猟犬部隊だ。

 リンクスは間抜けにも、今更彼らの正体を察した。独自の調査を依頼し、顔ぐらいは知っていたのだ。なのにこうも迂闊に声を掛けたのは、そう、言葉通り少女(621)に目を引かれたから。

 なんだか、彼女しか目に映らず。それは相手も同じようで……一目惚れ、というのとは違う。もっと別の何かを互いに感じたから、なのかもしれない。ハンドラーが単身で伝手のある小企業のところへ出向こうとしたのを、猟犬部隊が総出で、勝手に護衛として付いてきた形だったのが、少女は男を見ていた。山猫が背を向けて、手を振りながら去っていき、見えなくなるまでずっと。

 

「621、あの男が誰か知っているのか」

「………」

 

 ウォルターは知っている。二度も猟犬達を危機に追いやり、一度目では猟犬の一人を討った相手だ。何よりあの男はとてつもない有名人である。知らないはずがない。

 しかし、少女は首を左右に振るのみ。知らない男だった。自ら知ろうとしたこともなかった。

 だがこの日を境に、少女は取り憑かれたようにして、『アリーナ』の仮想戦闘プログラムを繰り返す。

 相手はあの男の駆るACホワイトユニコーン。何度も何度も負けては挑み、負けては挑み。同じ飼い主に飼われる仲間の617や619、620を巻き込んで意欲的に挑戦を繰り返して。

 

 そして遂には、621は単機で白い悪魔を撃墜できるまでになった。

 

 無論それは、所詮再現されただけの仮想データに過ぎない。しかし彼女は、ウォルターの知る中でもトップクラスの技量を獲得したのだ。瞬く間に猟犬部隊のエースにまで成り上がり、触発されたように研鑽を積んだ617も、それに引けを取らない腕を身に着けた。617を僚機にすれば、あるいはその逆であっても、安定して白い悪魔を撃破してしまえるまでになったのだ。

 だから……機は熟したというべきなのだろう。慎重に選んだ仕事と、稼いだ金で、装備と機体を現状手に入れられる中で最高のものを揃え、ウォルターはルビコンへの密航計画を実行に移す。

 その為の初動、最も大事な作戦に、621達を送り込む。

 

 

 

猟犬部隊(ハウンズ)、作戦領域到達。フェーズⅡに移行』

 

 

 

 星外にある惑星封鎖機構の基地施設襲撃に挑む。

 ウォルターの友人達の遺志を果たす為にも、失敗は許されない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




挿絵はAIイラストです。顔とAC操縦技術だけが取り柄の男。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。