首輪付きの山猫、赤い銃に繋ぐ   作:飴玉鉛

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猟犬は恩を知る

 

 

 

 

 

 冷酷な人でなし。

 

 掃いて捨てるほどいる死んだ方がマシな人間に、自分だけはならないと子供の頃は思っていた。

 

 だが、今や自分も人でなしの仲間入りを果たしている。

 

 人間性はともかく、腕だけは確かな闇医者に、計画に不必要な金を支払う。そして、己の頭上に振り下ろされる審判の時を、目を閉じて粛々と待った。

 

 手術中を報せる赤いランプが消える。重々しく扉が開き、枯れ木のように痩せ細った男が出てきた。

 

「……成功したか」

「簡単な仕事だよ。失敗などするものか」

 

 嫌らしい薄ら笑いを浮かべて、金の亡者である老人は愚か者をあざ笑う。

 

「まさか在庫処分同然のガラクタ共を、この手で()()()やることになるとはね。わざわざ高い金まで払うなんて、遂にヤキが回ったか、ハンドラー・ウォルター」

 

 治す、ではなく、直す。こうした言い回しから闇医者の人柄が伺い知れる。

 だがこの老人は、家庭では人好きのする好々爺で、老いた妻、息子夫婦、そして孫たちから慕われているというのだから分からない話だ。

 老人は、ウォルターに言った。常連の顧客に対する親切心で。

 

「……引退した方がいいよ、ハンドラー。アンタにそのリードは重すぎたらしいからね」

「………」

「自慢じゃないが腕には自信がある。起き抜けは体力が回復してないが、すぐに持ち直すだろう。四人とも目覚めて出てくるのに時間は掛からない。待つのはいいが……おすすめはしないよ」

 

 そう言ってウォルターの横を通り過ぎていく闇医者に、老人は何も言わずに沈黙を返した。

 言われるまでもなく、自覚はしていた。自分は何者にもなりきれぬ、外道にすら徹することの出来ない半端者であるなんてことは。手に巻きつけたリードが堪らなく重くて、耐えられない程に。

 

 多くの者を犠牲にした。多くの者を踏みつけ、消費し、死なせてきた。

 全てはオーバーシアー……亡き友人達の遺志を果たす、大義のため。

 

 だが――分からなくなったのだ。四人の猟犬を、このまま使い潰すほどの価値が、この使命に、大義にあるのかが。四人のリードをひいて、地獄に突き落としてしまっていいのか。自身が使う猟犬達と比べ、コーラルを焼き尽くして他星系にまで及ぶ災害を防止する使命に、価値があるのかどうかまで。

 無論、言われるまでもなくその価値があるのは分かっている。ああ、分かっているのだ。

 だが、ウォルターは老いた。老いて、弱くなってしまっていた。その弱さが迷いを生じさせた。有り体に告白しよう……ウォルターは、飼い犬達に、情が湧いてしまったのだ。それこそ自身の使命と天秤にかけてしまうほど。そして自身の使命に、地獄への道に付き合ってくれるか自由意志に託すほどに。

 

 自由意思を持つべきだ。それが人としての尊厳であると、ウォルターは昔から、現在に至るまで、死んだとしても信じ続けるだろう。その信念が、最後にウォルター自身の背中を押した。

 ――先日の、惑星封鎖機構の基地襲撃は成功している。宇宙港は確保した。以後、そして以前から仕事をさせて稼いだ金は、ウォルターに金銭面での余裕を与えている。その余裕を費やしての、四人分の再生治療だ。ほとんど余剰分の金は使い果たしたが、まだ()()()の強化手術分は残してある。自分のためにだ。自分に強化を施す為の資金をウォルターは残していた。

 

 閉ざされた扉が、再び開かれる。それをウォルターは覚悟を決めた目で見ていた。

 出てきたのは四人の若者達。617と、619と、620、621だ。どこか人形めいて自我の薄い猟犬達に、人の理性、感情が蘇っているのが、一目で分かるほどに変貌している。

 こうなると、着ている患者服の違和感が強い。

 

「……来たか」

「ああ、来たぜ、クソ野郎」

 

 呟きに応じたのは、最も体躯に優れた年長者、620だ。

 罵倒を甘んじて受ける。その手で今すぐに殴り殺されても文句は言わない。抵抗はするが。

 しかし、罵倒した相手を見る620の目は、どこか優しげだった。

 

「物好きな親父だ。高え金払ってまで、犬畜生に人の権利を買い戻すとはな」

「……変な爺さん」

 

 620の背中に隠れながらも、小柄な少年である619が感想を口にする。

 617は壁に背を預け、事の成り行きを見守る構えだ。621は――相変わらず何を考えているのか分からない、茫洋とした無表情のまま佇んでいる。

 

「……お前達は仕事をした。俺がルビコンに密航する為の資金を稼ぎ、必要な物を揃えたんだ。もともとお前達が稼いだ金だ、普通に生きていくことができるようになっただろう。これから先の仕事は俺がやる、お前達はこれから人として好きに生きろ。お前たちを縛るものは何もない、自由なんだ」

 

「ざけんな」

「ばかにするな」

「馬鹿か、アンタ」

「……無責任?」

 

 断罪を、あるいは別の何かを望みながら言ったウォルターに、四人は口々に言い放つ。

 巨漢、少年、青年、そして少女の予想外のリアクションに、ウォルターは一瞬の沈黙を挟む。

 そして得心がいったように言葉を足した。

 

「安心しろ。何もこのまま放逐する気はない。お前たちが望む戸籍も、住む場所も用意する。再生手術に比べたら端した金しか掛からん」

「違う、そうじゃない」

 

 嘆息して口をつぐんだ、呆れた様子の巨漢に代わり、壁に背を預けていた617が老人を睨んだ。

 

「俺達には何もない。名前も、権利も、義務も……そして過去も」

「――それは」

「与えると言う気か? 退職金のつもりで。馬鹿にするにもほどがある、俺達の尊厳とやらを気にするアンタにも、しっかり分かるように言ってやろう」

 

 617の口調はウォルターに似ている。ただし、そこに若さという乱暴さが足されていて、ウォルターには心地の良いものに聞こえた。

 彼は言う。

 

「言ったはずだ、俺達には過去がない。()()()()前のことなど、何も覚えていないんだ」

「………」

「覚えているのは、アンタの下で飼い犬をしていたことだけ。こんな俺達を放り出して自由だと? アンタの言う自由は、そこらで野垂れ死ぬ自由か?」

「働き口は紹介する」

「ウォルター。そうじゃない」

 

 後のことぐらい考えている。しかし、少女は頭を振った。

 鈴を鳴らしたように可憐な声は、外見にマッチしていて、けれど声音はウォルターを咎めている。

 

「責任、取るべき」

 

 責任は無論、取るつもりだ。

 だがウォルターの認識する責任と、彼女と他の三人が認識する責任は異なるように感じられる。

 どういうことだと困惑するウォルターに、今度は少年が言った。

 おずおずと、620の背中から顔を出しながら。

 

「ボク達には、何もないんだよ。()()以外」

「……どういうことだ」

「分かんねぇか、クソ親父。どういう経緯でオレらが()()なったかは覚えにねぇが、少なくともこれだけは分かりきってる。オレらには、居ねえんだよ」

「………」

()()()いない、帰る場所が……ないんだ」

「それは貴方のところにしかないの、ウォルター。貴方は私達から帰る場所を奪う気なの?」

 

 少年が、男が、少女が言う。

 帰る場所……? ウォルターはいよいよ戸惑いを隠せなくなった。

 

 なぜ自分にそれを求める。こんな男の何を見て、何を考えた。ウォルターは老体だ。しかしあの腕だけは確かな闇医者の手にかかれば、最新世代の強化手術を受け、自分で戦えるようにはなる。最初からそれをしてこなかったのは、ルビコンへ辿り着くまでに死ぬわけにはいかなかったからだ。そんな自分の所に居場所を求めてはならない、ウォルターはそう思った。

 しかしウォルターの想いを読んだのか、617は先んじて口を開く。

 

「勘違いはするな。金は貰う、仕事をしてな。アンタの下でこれまで通り仕事をして、アンタの遣り方を学ばせてもらうつもりだ」

「……ボクらは、何もないけど、戦いだけは覚えてる」

「アンタも本当はこの後、オレらに頼むつもりだったんだろ。もしよければルビコンに付いてきてくれ、仕事を手伝ってくれってな」

「――それは……だが」

「私達は、手伝うよ」

 

 友人達の遺志を遂げる。其のために、確かに自分だけでは不安があった。そして厚かましくも依頼を出すつもりでいたのは本当だ。

 言い淀むウォルターに、少女はにこりともせずに言う。

 

「名前はいらない。今まで通り、私は621でいい。ウォルターの仕事を手伝い、恩を返すまでは」

「恩……? そんなものはないぞ」

「あるんだよ、クソボケ爺。オレらは元々、廃棄処分待ちのガラクタだった、それを買い取り、こうして人間に戻してくれたアンタが恩人じゃなくてなんなんだ? あぁ?」

「俺達がアンタには恩があると判断した。アンタの意見は訊いていない。俺達を恩知らずの()()()()にするつもりか……()()

「死んだら死んだで、ボク達の自己責任。恨まない。それに……人には戻れたけど、()()()()()はボク達に選択肢を残してくれてるよね。()()()()()()()()()を、戦う術を」

 

 だから、と最年少の少年の後を引き継いで少女が言った。

 

「恩は返す。そのついでに、私達は貴方から()()()()()()()。だから……お金の稼ぎ方と、人生のこれからを、私達に教えて。ウォルター」

「お前達……」

 

 いいのか、それで。声を震えさせ目頭を熱くさせながら問う老人に。白髪の若者達は微笑み、あるいは苦笑し、もしくは無表情に頷いた。

 死の危険が常に付き纏うクソのような仕事に、老人の妄執――使命に付き合うと、彼らは言う。利用できる最高の戦力だ、願ってもない、是非にと快く受け入れるべきだ。

 だがウォルターは言葉を紡げなかった。立ち尽くし、目を覆った老人の傍を通り過ぎた四人が、老人に一人の時間を与える。その優しい気遣いが、彼らの人間性を証明していた。

 

 何も考えられない。混沌とした激情が、ウォルターの心をかき乱す。

 

 どれほどそうしていたのか、戻ってきた四人がウォルターの背中に向けて声を掛けた。

 振り返る。四人は以前、ウォルターの護衛として外に出た際に、身嗜みを整える為に購入した猟犬部隊としての隊服に袖を通していた。

 少女が無機質に、けれど包み込むような声音で唱える。

 

「行こう、ルビコンへ。仕事の時間だよ、ウォルター」

「――ああ。だが、その前に()()()()()、621」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 




イラストはAI絵。

感情を取り戻すことは弱体化と取るか、強化と見るかは人それぞれ。
金銭面で余裕ができてたら、ウォルターは(死ぬつもりで)自分で戦うことも視野に入れるやろうなぁ、という妄想からこの展開に。
仮に621達が去ってもやっていけるだけの稼ぎが、もう一人のイレギュラー候補のおかげで得られていたからこうなった、みたいな。
異論は認める。
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