首輪付きの山猫、赤い銃に繋ぐ   作:飴玉鉛

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オールバニーの転身

 

 

 

 

 

 先の実戦を経てのゴタゴタから、リンクスは地震の予兆を察知した小動物の如くエスケープした。

 

 レッドガンの被った被害からして、承服した覚えのない副長という立場がある故に、詳細な被害状況の算出に駆り出されるのは明白だからだ。

 戦闘機形態での移動、移動、移動、補給、移動、移動、移動――と、二日と少しの間、一睡もせずに強行軍を決行した直後である。体に掛かる高強度のGのせいで、オートパイロットモードを用い仮眠することが出来なかったのだから、暫くの間は休みたくて仕方ないのだ。

 こちとら天然自然の人間様である。強化人間ばりの肉体労働、長時間勤務は勘弁だ。繊細かつ貧弱なもやしっ子を、少しは労ってもバチは当たるまい。というわけでレッド君に頑張って貰おう。

 

 とはいえだ、本当に何もしていなかったら角が立つ。なので仕方なく社員病院に赴いて、負傷した部下達のお見舞いをした。ルビコンじゃ滅多に手に入らない果物を持って。

 こういう時、自分が成績の良い優良社員なのだと自覚する。星外からの輸入は惑星封鎖機構のせいで無理筋だから、ルビコンに持ち込んだ施設で育てた高級な――星外だと平均的な――果物や、タバコや酒などの嗜好品を優先的に回してもらえる。そしてそれらを部下に回せば感謝ももらえるって寸法だ。

 自分の金じゃないから他人に出しても惜しくない、自分で味わってもいい、と二重の意味で美味しい立場である。飼い犬万歳、わんわん。

 

 そんな感じで部下からの感謝を受け取って回り、一通り見舞いを済ませると病院の敷地内にある公園で寛ぐ。霧のかかった空はルビコンの常、汚ねぇなと口の中で呟きベンチに背を預ける。

 

「――おやぁ? そこにいらっしゃるのは我らが撃墜王、副長閣下じゃないですか。こんなところで何してるんです?」

 

 ぐでーっ、とベンチの上で手脚を放り出し、溶けていると聞き知った声を掛けられる。

 女としては低い声、敬語では隠しきれない粗野で雑な語調。男勝りといえば聞こえはいいが、男所帯に長く在籍したせいで染められただけだ。

 横目に見ると、そこには私服姿の部下がいる。タイトな黒スカートを穿き、赤いシャツとハイヒールというラフな格好だ。鮮血のように真っ赤な髪を掻き上げピンで止めた髪型とも相俟って、かなり行動的で生命力に溢れた印象を生み出していた。掛けているサングラスも洒落ている。

 

「オールバニー、君の持ってるそれ、何?」

 

 気になって訊ねると、オールバニーは口角を釣り上げてニヒルに笑った。

 

 

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「副長、これ知らないんですか。コイツはクッソ不味いってウチでも有名な、下水で糞を煮詰めたみたいな新モデルのレーションです。栄養価だけはクソほど高くて、コイツさえ喰ってりゃ体調がおかしくなることだけはないですよ。それ以外に取り柄なんかないんですけどね」

「へぇ、僕みたいな高給取りとは無縁な奴だ。僕の喰ってるレーションは、カロリーメイトみたいな味だからね。懐事情のお寒いMT乗りとは違うんだ」

「うわ、ナチュラルに嫌味言いますね。だから顔と強さしか取り柄がないって言われるんですよ」

「仲間内で取り繕ってどうするんだ。僕は嫌だね、無駄に気疲れするのは」

 

 言いつつも、横目に見たままオールバニーを観察する。先のヴェスパー部隊迎撃戦で、彼女の駆る四脚タイプの重MTは撃墜されたらしい。瀕死の重傷を負わされても生きてるだけ幸運だ。

 手脚に異常はない。目立った傷跡は見えるところにはなかった。MT部隊のエース格だけあって、優先的に再生治療を施してもらえたのだろう。退院するのが矢鱈と早いのは、それだけ復帰を嘱望されているからだろうが……にしては不自然だ。

 

「僕に何してるんだって訊いたね? 見ての通りさ。君は退院してたから知らないだろうけど、部下達のお見舞いをして回って疲れたから休んでるんだよ。で、君は? 一ヶ月もしないで病院からお払い箱にされてるんだ、原隊復帰してリハビリがてらに訓練にでも打ち込むのが筋だろう?」

 

 指摘すると、オールバニーは途端に表情を消した。そして遠慮なく隣に座ってくる。

 仮にも上官に対する態度ではないが、そんな失礼さを気にしない、無鉄砲で投げ槍な雰囲気だ。自暴自棄めいた自嘲の笑みを湛え、愚痴るように言う。

 

「……聞いてくださいよ副長。こんなに美人な部下の頼みです、まさか嫌とは言わないですよね」

「嫌だね。愚痴るなら他を当たるといい」

「うっわ……終わってるわ、ホント。じゃあいいです、これは独り言なんで」

「独り言か。なら仕方ないな」

 

 本音をぶっちゃけると、オールバニーはドン引きした。だがリンクスに女の涙は効かない、愚痴を聞かされ嫌な気持ちを共有してやる気はなかった。

 リンクスはどちらかというと共感能力が高い。いっそ高すぎるほどで、だから負のオーラを漂わせる輩が嫌いなのである。精神的に打たれ強くない故に、あらかじめ意識的な冷淡さで跳ね除けないとどこまでも気分が沈んでしまうから、こうして冷血で最低な態度を取ることが儘あった。

 外行きに取り繕っていない、レッドガン内で私人としてのリンクスへの評価は、おそらく最低値を記録している。それで嫌われていないのは、彼の絶妙なバランス感覚のなせる技だろう。いわゆる仕事上の関係で終わり、直接関わらない範囲か、浅い関係で終わるなら最高の相手ではあるのだ。

 

「実はですね、私もレッドガンのコールサインを狙って頑張ってたんです」

 

 ふーん。と、相槌も打たない。

 リンクスは完全にリラックスしており、右から左に本気で聞き流していた。

 独り言に反応する義理はない。むしろ五月蝿いと邪険にしないだけ感謝して欲しい。

 勝手に呟いてる女が隣にいて、たまたまそれが耳に入っているだけだ。オールバニーはリンクスの性格を知っている為、特に気にしてはいないようだが、それでも最悪の態度だろう。

 

「高給取りになる為に訓練に打ち込んだお蔭で、MT乗りの馬鹿共の中じゃ、トップクラスの腕は付けられたと自負してます。かなり苦労したんです、せっかく積み上げたキャリアを投げ捨てるつもりはさらさらないんですよ、私も」

「……(お、蝶々。ルビコンにもいるんだな……なんか毒々しい色だけど)」

「でも……ダメでした。体に異常は――まあ、ほとんどないんですが、MTに乗ると……撃墜された時の記憶が蘇って、体が震えて、動かせないんです」

「……(なんか重い話してる? やめてくれ、鬱になるだろ)」

 

 ありがちな話だ。撃墜され、奇跡的に助かっても、死にかけた記憶がトラウマになり戦えなくなるというのは。リンクスは眉を顰め、前を見た。思ったことを隠さず口にする。

 

「ベイラム所属で良かったね。アーキバスなら再教育センター行きだ」

「私もマジでそう思います。総長にも『貴様がそんな繊細さを持ち合わせていたとはな! 臆病者はレッドガンには要らん! 改めろ、さもなくば荷物を纏めろ!』って怒鳴られましたよ」

「流石は総長殿、お優しい励ましだ」

「ですよね。意訳したら『他に出来る仕事を探せ、分からないなら相談しろ、本気で怖気づいてるなら退役した方が良いぞ』ってことですし。……ってか、ちゃんと相槌打ってくれてるんで、副長も優しいんじゃないですか?」

 

 ニヤニヤと笑いながらこっちを見ている視線を感じ、リンクスは露骨に嫌な顔をした。

 

「……じゃあ、最低なことでも言ってバランスを取ろうか」

 

 リンクスは自分が善人だと思ってはいないが、悪人だとも思っていない。彼は自らが中庸な人間だと自認している。善悪のどちらも面倒なだけで、高尚な哲学を語る舌は持ち合わせてなかった。

 オールバニーの本心は伝わっている。深すぎる共感性のせいだ。こういう時に、自分の感受性の鋭さには辟易とさせられる。

 

「要するに君は戦いが怖い、けど給料は維持したい、福利厚生も手厚くしてもらいたいわけだ」

「そりゃそうでしょ。だってここ、ルビコンですよ? 副長が封鎖機構の奴らを皆殺しにしてくれるまで出ていくのも無理ですし。ってなると、レッドガンで働けなくなったら、仕事なんか慰安婦か土木工事、工場勤めとかしかない。低賃金で肉体労働とかやってらんないですわ」

「今のルビコンじゃ高給取りだからね、レッドガンは。気持ちは分かる。ってわけで、君に提案してあげようか。オールバニー、僕の専属オペレーターにならないかい? 給料は今より上がるよ」

 

 どうせリンクスにその話がしたかったのだろう。頼むから専属オペレーターにしてくれ、と。

 しかし嬉色を浮かべるオールバニーの現金な反応に、リンクスは冷や水をぶちまけた。

 

「ルビコンに来てから女日照りだし、君が専属で世話してくれるなら助かるからね。僕は同業者は相手にしない主義だけど、僕より先に死にそうにないオペレーターなら話は変わる」

「は? ……あぁ、そういう……割と、っていうか、かなり最低ですよそれ」

 

 ほぼ直球な物言いに、オールバニーはあからさまに引いた。

 リンクスに、()()()()強権を使う趣味はない。ないが、この条件を呑まないならこの話はなしだ。

 冷淡な目を向ける。下卑てはいないが、優しさのない無機質な瞳である。

 

「当たり前だろう。レッドガンは高い金を払って君に再生治療を施したんだ、なのにそちらの都合でその立場を降りるなら、それはオールバニー、君自身の責任だよ。僕が君の求め通り迎え入れ、仕事を斡旋してやるのはいいが、一度それをしてしまったら他の連中にも同じことをしてやらないといけなくなる」

「じゃないと不公平だ、って話になる……と」

「ああ。それにオペレーターとして迎え入れるなら、君より優秀な娘は幾らでもいる。そっちの分野を専門にして訓練してる娘からも睨まれるんだ、雰囲気は悪くなるだろう。というか、今の今まで僕に専属オペレーターがついてない理由が分からないわけじゃないだろう」

 

 隣の男が下半身で物を言っているわけではないと理解したオールバニーは、こくりと頷く。

 リンクスのオペレーターの座は、いわゆるボーナスに近い。給料に色がつくのはもちろん、他の連中に比べ簡単なお仕事になるからだ。おまけに担当した相手が死んだ場合のストレスと無縁なのも大きい。誰もリンクスが死んでしまうとは思っておらず、必ず生きて帰ってくれるパートナーが人気になるのは必然だろう。しかも相手がとびっきりの美形となれば尚更である。

 

「なら僕が君の体目当てに引き込んだ、ってことにしないと色々と角が立つ。もともと君とは悪くない関係は築けてあるし、幸いオールバニーは容姿(みてくれ)もいい。僕の言い分もすんなり受け入れられるはずだ。僕が女に軽薄なのは事実だしね? で……ここまで言っておいてなんだけど、君にはあるのかい? 僕が僕の気に入ってる職場の雰囲気や、和を乱してまで君を迎えるメリットが」

「あー……んー……まあ、はい。ないですね」

 

 そうだろう。

 深刻な顔をして再度頷いたオールバニーに向けた目は冷めたまま。

 リンクスとしては、惚れてるわけでもない女一人のために、わざわざ自身の風評やら何やらを犠牲にしてまで救いの手を差し出す義理はないのだ。

 これで他に勤め先がなく、見捨てられたら飢死するなら話は別だが、彼女にはレッドガンで培ったスキルがある。建築の為の重機やら何やらに乗って金を稼ぐぐらい簡単だろう。高い給料をもらいたい、生活水準を維持したいというのはオールバニーの事情でしかない。

 ならリンクスには、本当に義理はないのだ。無理を通したいなら相応の対価を差し出さないと、リンクスはともかく周りが納得しないのである。

 

 オールバニーはおずおずと言った。

 

「私は……処女じゃないですよ」

「むしろこの環境と、君の歳で処女なわけないだろ。そうだったら逆に引く。処女は10代までしか相手にしないよ、僕はね」

「赤裸々なシモの嗜好とかホントどうでもイイんですが……ヤッてるフリ、とかじゃダメっすか」

「僕はいい。けどさ、君に周りの目を誤魔化す自信はあるのか?」

「……ないです」

 

 男は鈍いからいいだろう、しかし女はその手の機微に敏感だ。一組の男女を見て、あの二人はヤッてるだのヤッてないだのを見抜く眼力は凄まじい。そこに関してはエスパー級だと言えた。

 もしオールバニーがオペレーターになったら、周囲の環境にどうしても女が増える。それらのコミュニティから弾かれたら、まあ、ストレスフルな日々を送る羽目になるだろう。オールバニーは女としてそれが想像できる。男所帯で生活すればセクハラこそされど、その手のストレスはない。しかし女所帯に交じったなら、どうしても女の暗黒面に触れるのだ。

 

「僕とそういう関係になるのが嫌ならオススメはしない。よほどゾッコンに惚れない限り、誰か一人を選んで誠実に尽くせる男じゃないからね、僕は」

「……や、私は別にそういうのは気にしないんですが……副長は女として見るなら全然アリですよ。なんせ殺しても死にそうにないってのは、この業界じゃかなりのアタリですしね」

「ふぅん。じゃ、どうする?」

 

 オールバニーは逡巡する、だが長考にまでは到らず頭を下げた。

 

「よろしくお願いします。公私両面でサポートさせてください」

「分かった。じゃあ、先に帰って話を通しておくといい。こういうのは早い方がいいよ」

 

 これ、僕のドッグタグ。そう言って差し出した認識票を受け取り、オールバニーは立ち上がって再度頭を下げた。そして早足に立ち去る。

 後ろ姿を見送りながら、深々と嘆息する。

 物好きと言うかなんと言うか、こんな男の所に来るとはオールバニーも中々業が深い。リンクスは憂鬱になって溜め息を溢した。

 

「だから……職場恋愛は嫌なんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、副長!」

 

 休養を終えて職場に戻ると、アセアセと副長室内で走り回っていたオールバニーを見掛ける。

 時間的に見て、レッドあたりが整理していた仕事を引き継いだのだろう。ここに来る際に遠くに見えたレッドが、かなり疲れた顔をしていたからこの予想は外れていないはずだ。

 もうオペレーター……サポート役に就くのが決まったのか。このスピード人事っぷりからして、ミシガンに話を通したのかもしれない。レッドの激務を知るからこそ、彼の負担を減らすために副官役もやらされることになったのか。

 

「やあ、早速世話してくれてるようで嬉しいよ」

「やあ、じゃないんですが? 秘書みたいなこともするって聞いてないんですけどね!」

 

 怒っているオールバニーに、リンクスは苦笑する。スーツを着て、黄色いネクタイを締めている格好が意外と似合っていたからだ。

 

「僕の専属になるってのはそういうことだ」

 

 したり顔でそういうリンクスに、オールバニーはムッとした顔のまま一枚の書類を差し出す。

 なんだ、と思って受け取ったリンクスは、途端に嫌そうな顔をした。

 

「それ、総長からの命令書です。すぐ自分の所に出頭しろ、さもなければ飯抜きだ、ですって」

 

 それ、と書類を指差しての台詞に、リンクスは天を仰ぐ。

 またぞろ仕事の時間らしい。忙しくて結構なことだ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 




※オールバニーの外見は作者の捏造です。
※AIイラストです。

リンクスの専属オペレーターをそろそろ出したい。誰がいい?

  • オリジナル
  • ベイラムMT部隊のオールバニー
  • フィオナ・イェルネフェルト
  • 霞スミカ
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