「リンクス、貴様には話を通しておいてやる。ベイラム・グループは宗旨替えを決断した、ルビコニアンとの見せかけの友情は、燃えるゴミの日に捨て去るつもりらしい」
命令を受け司令室に出頭した首輪付きの山猫に、老境の豪傑は椅子の背もたれに背を預け、明後日の方を向いたまま言った。
デスクの上には湯気を吐くマグカップ。匂いからして珈琲だろう、秘書の類いがいないことから、自分で注いで愉しんでいたのかもしれない。
「そうか、なら宗旨替えのついでに模様替えをする日も近いな」
「地図の上に経済圏を敷いて回る丁寧さは期待できん。雑に絵の具をぶち撒けるのが関の山だ。残念ながらお絵描きが上手な画伯など、ベイラム・グループにはおらんからな」
「フッ、画伯気取りなら掃いて捨てるほどいるのにね」
気のない返事をしながら、リンクスは来賓用のソファーにどっかりと腰を落とすと、ミシガンは含み笑いをしながら揶揄をする。彼の毒塗れのユーモアにちょっとツボってリンクスは笑った。
又聞きで知った話だが、ベイラムは一応、土着の企業やルビコン解放戦線に話を通し、コーラルに関する利権に対して交渉を持ちかけてはいたらしい。
どこまで本気だったかは、部署が異なる上に門外漢なリンクスに知る由もない。しかし形式的には新しい情報導体、エネルギー資源としてコーラルの供出を求め、対価として外貨を支払うという真っ当な商売をしようとはしたのだ。だがルビコン解放戦線をはじめ、ルビコニアンはこれを拒絶している。
ルビコン土着企業の方は、利益の為に裏取引に応じているだろうが……企業が企業らしく、まともに交渉して断ったのはルビコニアンの方である。ベイラムも期待していなかったにしろ、商売人としての遣り取りが成り立たないなら武力行使に踏み切るのは――少なくとも企業として正常な反応だろう。
「本題に入るぞ。上はコーラルの利権を巡る争奪戦へ、本格的に参戦することを内々に決定した。戦略上の大目標を通達してきたんだ、レッドガンには腐るほど仕事が回されている」
――革張りのソファーに許可なく腰掛け、茶請けの菓子に手を出すリンクスの態度は、傍目には傍若無人な振る舞いに見えるだろう。
だがミシガンとリンクスは対等である。老雄が山猫を引き抜く際にそういう契約を交わしていた。
他に目がある時は上下関係を意識するが、事情を知る者しかいない場だと、リンクスとミシガンはお互いにラフな態度になるのだ。素で声が大きいのに変わりはないものの、立場に付随する面子を守らねばならず、舐めた態度を見せられたら怒り狂いそうな老雄の貌は、穏やかで気の抜けたものになっている。
歳の離れた兄弟、あるいは盟友か。長年の戦歴を共にした戦友として、対等な立場で話が出来る相手が貴重なのに変わりはない。
老雄が肩から力を抜いて相対できるのは山猫の他に、永久欠番のG2ナイルしかいなかった。
「大目標、ね……大仰に言ってるが、どうせいつもの侵略行為だろう? 土着の人間達を抑圧し、支配して搾取する、企業様のお家芸だ」
「ざっくり言えばその通りだな。俺は火星から、貴様は木星から、アイランド4を経て何度も繰り返した侵略行為だ。やることは何も変わっていない」
「ルビコニアンの穏健派には同情するよ。可哀想だと思わないか? 星外企業との融和だなんて、叶うわけもない幻想を見せられた挙げ句に、結局は踏みにじられるんだからね。アーキバスへの対処に苦心してる、ルビコン解放戦線の皆さんにはお悔やみ申し上げたいな」
「それもこれも、貴様が新型を受領するまで待つ判断がされたからだ。上は余程貴様の働きに期待しているらしいぞ、後発のアーキバスが着々と勢力圏を広げているというのに、悠長に構えていたんだからな。貴様に任せればこの遅れを取り戻すのは容易と踏んでいるんだろう。楽は出来んぞ、リンクス」
「はいはい、いつものいつもの。だが僕がどれほど優等な営業マンでも、所詮は個人だ。大勢を決するのはミシガンの役柄だろう。――で? どうして此処にラスティがいるんだい?」
ベイラムの見せかけの融和政策は終わりだ。お優しい商売人の顔を捨て、残虐な侵略者へと転身する時が来たのである。ベイラムが誇る最強の暴力装置、白い悪魔の新たな乗機の完成と共に。
しかし腑に落ちなかった。いずれはそうなると知っていたし、なんならルビコニアンも一部の頭お花畑な連中以外、ベイラムを信じていたわけではない。いずれ敵対することになるのは覚悟していただろう。だがわざわざ敵対するタイミングを、ルビコン解放戦線からのスパイである、G9ラスティのいる場所で話す理由が分からない。本心では重く受け取っていないが、形式的に問う。
「………」
ラスティは腰の後ろで手を組み、無表情で部屋隅に直立していた。彼は黙して語らず、同胞が受けるだろう弾圧に対する激情を欠片も表に出していない。
ミシガンは鼻を鳴らした。
「コイツは貴様の飼い犬だ。飼い主として貴様が面倒を見るという話だったと記憶しているぞ」
「ラスティから話が漏れたら僕の責任だって?」
「そういうことだ。去勢されたくなければリードを手放すなよ」
ラスティがスパイであるという証拠は、実のところ一つも挙がっていない。なのに彼が確定で黒だという前提で話を進めているのは、ルビコニアンに対するベイラムの募兵に応じた者達は、一律でスパイだと決めつけているからだ。そこに例外は一切ない。――尤も、ことの真相はリンクスがラスティをスパイだと断じたからだが、何事にも表向きに用意した建前は必要である。
リンクスは眉を落としてラスティに詫びた。
「ラスティ。帰ったらこちらから胸襟を開いて話をしようと言ってたのに、こんな所に呼び出されることになってすまないな」
「……気にしないで貰おう。今の私はレッドガンのG9だ、守秘義務は守る」
「君の立場だとそう言うしかない、か……悪いが君との話は後だ。ミシガン、ベイラムの大目標や戦略について教えてくれ」
ラスティも最初は敬語を使っていたが、レッドガンがそういうものに拘らないと理解してからは、こうして砕けた物言いをするようになっている。
言葉遣い程度で目くじらを立てる者は、少なくとも此処にはいなかった。
ミシガンはマグカップに口を付け、喉を潤した。
「最終的に達成しなければならんのは、バスキュラープラントに到達し、延伸工事を終わらせ、コーラルを吸い上げることだ。その為にまずコーラルの湧き出る井戸を探らねばならん。先にコイツを幾らか確保し、調査するのが上の意向になる。コーラルがどれほど有用な資源か確かめたいらしい」
「バスキュラープラントね……アレは遠目に見た感じ、例の大災害で大部分は使い物にならなくなっているだろう。おまけに迂闊にあそこへ近寄れば、封鎖機構が騒ぎ出す、アーキバスも妨害してくるとなると、アレに手を出せるのは本当に最後の最後になるだろうね。最速で一年から二年、手こずれば三年ってところかな。長期的計画になる、お偉方としては順序立てて大目標の達成を目指すなら、コーラルの埋蔵量や性質を正確に調べ上げ、利用方法に目星をつけておきたいだろう」
「ベイラムも営利企業だ、取り扱う商品を知悉しておきたいと考えるのは当然だな。そしてその為に邪魔になるルビコン解放戦線は排除し、アーキバスも同じく蹴散らす。現状で惑星封鎖機構の介入は避けたい、煩わしいが少数での作戦行動を主にしなければならん」
惑星封鎖機構の技術を幾らか接収した故に、ベイラムとレッドガンはその脅威を把握していた。今現在の戦力では、局地的には勝利を拾えるものの、全体としては敗北を免れないだろう、と。
連中の制圧艦隊、機動兵器、いずれもベイラムを凌駕している。パイロットの練度も高く、いくらリンクスがいても決戦を挑むには不安があるはずだ。
リンクスから言わせてみても、自分だけが勝利を重ねたとして、他で負け続けたら意味がない。仮に勝てたとしてもベイラムの戦力は疲弊し、そこをアーキバスに突かれたら必敗である。惑星封鎖機構の介入は出来る限り避けるべきだと、現場と上層部の見解は珍しく一致していた。
「戦力の拡充、ライフラインの拡大は並行して行うが、それは俺達の仕事じゃない。俺達が担当するのは土着の反抗勢力と敵対企業の撃滅だ、当面はいつも通りの仕事に終始するだろう」
「第一段階は理解した。第二段階はどうする?」
「その前に、貴様の身の振り方に関して話しておくぞ」
長々と話し込むには忍耐力が足りないリンクスが、結論を急いで話を進めようとするも、ミシガンが待てと言うように声を張り上げる。
「G3リンクス。貴様は惑星封鎖機構の最優先排除対象だ。過日の衛星砲で、貴様のいた基地が吹き飛ばされたことは忘れていないだろうな?」
「……まさか僕がここにいるのは迷惑だって言いたいのか? 封鎖機構を刺激し過ぎるのは避けたい、危険人物は仕舞っておこうって?」
「そうらしい。――よって、レッドガン総長として貴様に命じる。G3リンクス、貴様には
雑に投げ出された辞令の書類が、来賓用ソファーの前にあるデスクに乗る。
リンクスは天を仰いだ。
「僕に
有り体に言えばそういうことだ。ベイラムからドック、ハンガー付きの輸送艦、必要最小限の人手を回してやるから、少数の人員でこそこそと
「上は切り札として貴様を温存しておこうという腹だが、俺は貴様を遊ばせておく気はない。何よりいつ頭の上から狙撃されるか、役立たず共も気が気じゃないだろう。貴様の所在を明確にし、惑星封鎖機構の目をレッドガン、ベイラムの主要施設から逸らす。貴様も退屈な地下暮らしは避けられる。おまけに
「……はあ?」
「手元にある辞令の裏に、俺の書いた遺書も同封してある。読んでみろ」
突然ミシガンの死んだ後の話をされ、リンクスは胡乱な目を向けた。
すると遺書だなんて縁起でもないものを読めと言われ、山猫は嘆息して辞令を手に取った。
「どうあれ、俺が若造の貴様より先にくたばるのは確実だ。どんな精神論を語ろうと、現場を張れるのは長くてあと五年、裏方に回っても十年保つかどうかも分からん」
「ミシガンが死んだ後、僕の首輪の繋ぎ先をあらかじめ決めておこうってことか」
「そうだ。先立ってのヴェスパー迎撃で、俺がくたばった時に備えて書き残していたが、どうせ近々貴様にも話を通しておくつもりだった。遺書という形なのは、あの戦闘の前に書いたからだな」
ということは、ミシガンは病を得て近い内に死んでしまう、なんて話ではないということだ。そこに関しては安心しつつ、遺書に目を通したリンクスは心を締め付けられる。
――要約すると、ミシガンが死んだ後は、レッドガンは解体する。
リンクスはミシガンの死後、ナイルかそれ以外の誰かがベイラムの子会社を創業し、戦闘を主要な仕事にした便利屋の実行部隊隊長に内定している。解体したレッドガンの連中も、望めばその子会社に移れるようにしていて、万事、ベイラム上層部も承知しているとのことだ。
リンクスがベイラムと衝突しないように、危険視されないように、両者の間にワンクッションを置くべく子会社の創立を認めさせたのだ。他ならぬ、ミシガンが。
「……僕を手の掛かるガキ扱いするとはね」
「事実だろう、どら猫め。貴様の世話にどれだけ俺が骨を折ったか、知らんとは言わせんぞ」
「……ハァ。何から何まで、本当に至れりつくせりだ。今回のこれは、この子会社を創立した際の予行演習にしろってことかい?」
「そうだ。基本的にベイラムからの依頼を最優先に受けろ、だが独自の裁量権も認められている。よそからの依頼も好きにしていい」
「……よく認めたね、お偉方が」
「それだけ貴様と、決定的に決裂し、敵対するのは避けたいというだけだ」
万感を呑み込む。口に出して感謝すれば、確実にミシガンからの鉄拳が飛んでくるだろう。
貴様と俺は対等だ! 対等な戦友の行く末を世話してやるのは、上官として当然の仕事だ! とでも言いながら。故に、彼が求めるのは感謝ではない。
仕事と、成果だ。自分抜きでもやっていけるという実績を、ミシガンは求めている。
「……了解した。で、僕につける人員は決まってるのかい?」
「オールバニー、ラスティは確定だ。整備員、技師を十人手配する。昔取った杵柄だろう? 貴様が独立傭兵だった頃より遥かに恵まれているはずだ。これで十分だな」
「個人で現場を張るには十分過ぎる。だが補給はどうする?」
「追々手配する。決まったらオールバニーに連絡しよう、仔細は奴から聞け」
「分かった。となると僕は戦略に関われない、第二段階以降はそちらから回される仕事を逐次片付けるだけでいいってことか」
「ああ、そうだ。他に気になることはあるか?」
「……そうだね。それじゃあ、ミシガン、貴方の差配に従う代わりに、一つ条件を出そう」
「条件だと? 大きく出たな……まあいい、言ってみろ。聞くだけ聞いてやる」
「貴方の葬式は、僕に喪主をさせろ」
虚を突かれたように、ミシガンは一瞬言葉に詰まった。
そしてリンクスの台詞を呑み込むと、老雄は大口を開けて爆笑する。
豪放磊落な笑いだ。デスクを何度も叩き、腹を抱えて苦しそうにして、笑いが治まると顔を真っ赤にして老雄は激怒した。
「――減らず口を叩くな、若造! そこに直れ、修正してやる!」
勢いよく立ち上がったミシガンの怒気にあてられ、瞬時に身を転じたリンクスが司令室から飛び出していく。それを追い掛けることはせず、ミシガンは忌々しげに嘆息して腰を落とした。
ちらりとラスティを見た老雄は、煩わしそうにシッシッ、と手を振る。
「もう用は済んだ。G9、貴様はリンクスとここから出ていくことになる、荷物を纏めておけ」
「……貴方は」
「なんだ」
「……いや、なんでも。……失礼する。どうか壮健であれ、総長」
敬礼して、踵を返した狼が退室した。
そろそろ登場人物まとめもしておこうかな…。