「レイヴン」
レイヴン――レイヴン……レイヴン、と。赤子が覚えたての単語を連呼するように、口の中で何度も何度も転がして、紡いだ響きを反芻する。
悪くない。拾った名義だが気に入った。今後はこれが自分の名前になると思うと機嫌は上向いた。
強化人間C4‐621は、チャキ、チャキ、と己の髪を切る鋏の感触すら楽しみながら名を詠う。
「気に入ったのか、621」
「うん」
散髪してくれているのはウォルターだ。
621が長い髪を鬱陶しがっているのを見兼ね、手ずから鋏を用い整えてくれている。
時折り顔を掠める無骨な手と、近くに感じるこの気配も、白髪の少女の胸へと微睡みに似た心地良さを与えていて――子犬のように自分の手へ頬ずりしそうな少女に、老人は目を細める。
胸の真ん中、心の芯に去来する感情に蓋をしながらウォルターは言った。
「……レイヴンは数ある言語の一つで、ワタリガラスを意味する」
「そうなの?」
「ああ。正確にはコモン・レイヴンだが……名前にするなら、そちらにしろ。今のお前には、ただのレイヴンだけでは味気ないだろう」
「コモン・レイヴン……うん、いいね。ウォルターはどう呼びたい?」
「621でいいと言ったのはお前だ。事が済むまでは、そう呼ぶ。――だが、そうだな……」
ぷくぅ、と頬を膨らませる幼い反応にウォルターは苦笑した。仕方なく、言葉を足す。
「全てが終われば、コモン……と、そう呼んでみよう」
「うん。私は621、レイヴンだから」
コモン。共通、共有、共用……おおよそ、一般的という意。ウォルターはほぼ思いつきでこじつけただけだが、平凡で普通の人生を送ってほしいという願いを込めるのに相応しいと感じた。
少女の薄い表情は笑みを模る。レイヴンの感情の発露は、雪解けのように無垢で、今暫くは慣れそうにもない。本当に、以前までとは別人のように変貌していたから。
ACの生体ユニットに過ぎなかった状態と比べるのはナンセンスだが、人としての機能を取り戻した少女を見ていると、擦り切れたはずの心が酷く痛む。
ウォルターの葛藤を察せられる情緒は、今の621の中では育ち切ってはいない。意地悪く隣の席の少年をからかう程度に、まだ彼女は幼かった。
「そういえば、シャルトルーズは女の子だね」
「っ……またそれ? しつこいよ、ボクは男だってば」
「ううん、シャルトルーズはライセンス上だと女。だったらシャルトルーズは女の子ぶるべき」
「………」
隣で同じように散髪されている少年が拾ったのが、シャルトルーズというライセンスであった。幼い少年である619は、最初は何も感じていなかったようだが、こうして頻繁に誂われると流石に嫌気が差してきたのだろう。ぷいっと621から顔を逸らし、自分の髪を切ってくれている青年に不満を垂れた。
「617、コイツ黙らせて」
「俺を巻き込むな」
「だってコイツ、自分も男の名義なのに、ボクのことバカにしてくる」
「………」
猟犬部隊のリーダー格、纏め役へ自然と収まっていた青年は、キングという名義を拾っていた。
御大層な識別名だが、617は名前に拘りは無い為、特に思う所はない。本物の『キング』は相当な自尊心の持ち主で、自らの腕に格別の信を置く自信家だったのだろうなと思うだけだ。
彼ら猟犬部隊がまとめて三つのライセンスを盗み、我がものとして取得した時、本物達はACの残骸の中で酷い有り様になっていた。腐りゆくだけだった本物達をナパーム弾で火葬して、一応は供養してやったのだ、もはや本物達に割く感情は寸毫たりとも残っていない。
だが……。
「所詮は借り物のライセンスだ、男だの女だのと細かいことは気にするな。621、お前も余りからかうんじゃない」
「うん。正直
「
「ん」
彼らは全員、人間初心者だ。
感情表現は基本的に本能任せで、細かい部分は記憶にない過去の残照に頼っている。レイヴンがシャルトルーズを誂うのも、自分らしさを模索する為の実験でしかないだろう。
だがしかし、矢鱈と自分達の名義を気にする理由は、自身の人間性を確立する為ではない。キングの問いに頷いたレイヴンは――いや、レイヴンだけではなく、シャルトルーズも、そしてキングと此処にはいないもう一人の猟犬も、
キング、シャルトルーズ、レイヴン、この三人の独立傭兵を撃墜せしめ、死に到らしめたのは白い悪魔であったのだ。前者2名は彼の部下に殺られたが、レイヴンは機体性能で劣る相手に敗れている。それは――残っていた戦闘ログを回収し、悪魔を目にした猟犬部隊へある種の
621はまだいなかったが、618を殺られた初戦。
「……終わったぞ」
「ウォルター」
散髪が終わり、被されていたシーツを退かしたレイヴンが飼い主に餌を求めた。
「仕事、ちょうだい」
「そう急くなと言いたいんだがな……俺も急がねばならない事情がある。すぐに仕事を取ってこよう、それまで待てるな、621」
「待つ。待ってる間は私、ガレージにいるから」
言うだけ言って、レイヴンは軽い足取りで退室していった。
その最中にシャルトルーズの頭を撫で、お揃いの髪型だねと小さな笑みを落とし、捉え処のない鳥のような足取りで去る。
ウォルターがキングを見遣ると、彼は肩を竦めた。
「オールマインドに登録されている、リンクスのデータが更新されていた。最新の再現データを試したいんだろう」
「……お前も、あの男と再戦することになると考えているのか」
「ああ。親父、アンタは奴を可能な限り避けたいんだろうが、避けようとして避けられる敵じゃない。殺るか、殺られるか、俺達はいずれ生死を懸けて戦う気がする。……621、レイヴンはその時に備えているんだろう。アイツの力は、悪魔を祓うには足らないかもしれないが……俺達が付いている」
「……俺からは奴との無駄な戦闘は避けろと言っておこう。それから――」
「
「………」
ウォルターは嘆息した。
言いたいこと、感じたこと、思ったことは山ほどあるが、言っても従いそうにはない。
仕事を取りに行く。まずは実績を作り、企業に接近し、その力を利用する。慣れた仕事だ。猟犬部隊は仮想敵として悪魔を見据えているが、無駄に危険なリスクを犯すのはナンセンスだ。仕事を持ち込む前に、悪魔の気配がする仕事は可能な範囲で弾いておこう、とウォルターは決めた。
だが、それは無意味な決意であった。
近い未来、白い悪魔がレッドガンから一時離脱し、独立戦闘団を率いて遊撃に回っているとの情報を掴んだ彼もまた、悪魔との再戦を予感してしまったのである。
ウォルターに出来るのは、最高のサポートをすることだけだ。
「バイバイ、お爺ちゃん」
「あぁ……」
手を振る少年に頷いて、ウォルターはハンドラーの役目を果たす為に外出する。
外に出たウォルターを待っていたのは、ライセンスを取得できなかったが為に、表立って独立傭兵としての活動ができない620だ。
ジープの運転席に座る巨漢は、ウォルターに骨太な笑みを見せる。
「おいおい、どうしたよジジイ。辛気臭ぇ面しやがって」
「……出せ。行き先は分かるな?」
「ツレないねぇ。ま、いいさ。行き先は把握してる、どこへなりともエスコートしてやるよ」
ウォルターはこれから617達とは別行動を取る。
ハンドラーとして、そして秘密結社『オーバーシアー』の一員として行動する為には、ライセンスを有した傭兵として活動する617達を隠れ蓑にする必要があるのだ。猟犬達の仕事は個人的な伝手を使えばモニター越しでも得られる、猟犬達への指示も通信機越しで十分だ。この老体は猟犬の足枷になりかねない、離れておいた方が猟犬達も気兼ねなく、思う存分に働けるだろう。
620はウォルターの護衛だ。機動力と火力に長けた戦車型ACを駆る彼をウォルターの傍に置くべきだと617が主張し、他の猟犬も同調した為に、仕方なく単独行動は諦めた経緯がある。猟犬達の中で最も早く豊かな人間性を取り戻し、精神的に成熟しているこの男を、自分などの護衛に起用するのはとても勿体ないと思うが……これもまた、言うだけ無駄だろう。
――ウォルターは、仕事を得た。通信機越しに猟犬達へ獲物を示す。
「お前達、仕事だ。依頼主はアーキバス・コーポレーション、依頼内容はベリウス南部の汚染市街にある、大豊が開発したテスターACの撃破だ。ブリーフィングを確認しておけ」
猟犬部隊と、独立戦闘団の軌跡が交わる時が、刻一刻と迫っていた。
独立傭兵集団『
悪名高いハンドラー子飼いの強化人間部隊。レッドガンの白い悪魔の存在が波及し、618以外は死の運命から一時逃れて生存している。
旧世代型である第四世代で揃えられており、617、619、620、621の四人が構成員だ。
脳を焼かれた強化人間しかいなかったのが、ハンドラーの私情により再生治療を施され、自由への道を指し示されたが、人としての尊厳を取り戻してくれた恩義に応えハンドラーに従属した。
ルビコン3に密航を果たした彼らは、飼い主の指し示した獲物に食らいつくだろう。
アリーナランク4:キング(強化人間C4‐617)
搭乗AC:アスタークラウン
猟犬部隊の中軸である彼は、ルビコンへの密航を果たした直後、残骸と化していたACから独立傭兵としてのライセンス奪取に成功した。以降、表向きにはキングと呼称されるようになる。
ACの識別名アスタークラウンも、本物の『キング』のものだが、ACの名前に拘りがないキングは登録名義をそのままで放置。ルビコンにて全ての独立傭兵を支援するプログラム、オールマインドの作成したアリーナランクは4と極めて高いランクに在るものの、キングの腕前は本物を凌駕しているようだ。
キングは何かと形式を重視する傾向があるが、それに意味を見い出しているのではなく、形式そのものを通して一般的な感性を学習しているだけである。本物の『キング』とその仲間達の遺骸を供養したのもその一環でしかない。現在は猟犬としてウォルターの敵を噛み殺し、飼い主の仕事を学んでいる。飼い主のウォルターはキングを息子のように感じてしまって苦しんでいるようだ。
本物とは異なり、キングは軽量二脚型のACを駆る。単機でも名に恥じぬ戦闘力を発揮するが、真髄は僚機との連携にあり、本気で暴れ回る621の僚機が務まるのは彼のみであるようだ。
ウォルターを親父と呼び、慕っている。言動の多くはウォルターを真似たものだ。
アリーナランク6:シャルトルーズ(強化人間C4‐619)
搭乗AC:アンバーオックス
猟犬部隊の最年少の少年。女傭兵のライセンスを取得したせいで、621から女の子扱いされる。最初はなんとも思っていなかったが、からかわれる内に気になり始め、621を鬱陶しく感じるようになってきたらしい。次第にシャルトルーズという名前も気に喰わなくなってきたが、現状だと識別名を変更することはできない為、言葉に出来ないもどかしさを感じているようだ。
こうして情緒が育まれていく過程を見ると、彼ほど戦場の似合わない少年も珍しいかもしれない。
とはいえ四脚型のACを駆るシャルトルーズは、本物に一歩及ばないまでも優れた戦闘力を有し、遠間からの遠距離支援に徹した彼の脅威は計り知れないだろう。
アリーナ未登録:強化人間C4‐620
搭乗AC:識別名無し(ゴースト)
猟犬部隊の最年長となる巨漢。脚の遅いACのせいでライセンス取得が間に合わず、現状は名無しの権兵衛であり、ルビコンだと独立傭兵として活動することはできない。丁度いいライセンスを探してはいるが、早々都合のいいものは見つからないようだ。
再生治療を施される前は体力面に不安があったが、現在は外見に見合った膂力と体力を発揮できる。タンク型のACを駆り、圧倒的な火力で制圧するスタイルであり、伏兵として起用された場合は敵対者を容易に殲滅し得る。
猟犬部隊の中では最も成熟した精神を有し、年長者として619を特に気にかけているようだ。
アリーナランク23:レイヴン(強化人間C4‐621)
搭乗AC:ナイトフォール
猟犬部隊最強の個。ハウンズの得意とする連携を無視し、単独で作戦目標の達成を狙う狂犬。かなり早期にハンドラー・ウォルターに買い取られた事で、豊富な戦闘経験を積んでいる。
AC単機での行動は自殺行為のはずだが、レイヴンは本物を凌駕する実力を遺憾なく発揮し、ルビコンへの密航前に襲った惑星封鎖機構の宇宙港も、彼女がほぼ全て制圧してのけていた。
ウォルターの見立てでは、今の621――レイヴンは因縁の悪魔に匹敵するのではないか、と淡い期待を懐かれているものの、もはやあの次元はウォルターにも優劣を見極められない。
一番感情が希薄なようでいて、実際は一番感情豊かなようでもある、掴みどころのない性格。ガレージに何時間も籠もって愛機のカラーを変更したり、デカールを弄り、エンブレムを作ったりするのを趣味にしている。組み上げたアセンブルを試す遊び相手は、専ら白い悪魔の再現データだ。
ハンドラー・ウォルター
秘密結社オーバーシアーに属する、使命に殉じる覚悟を持った烈士――なのだが、そこに飼い犬を巻き込む覚悟はなかったらしい。迂闊にも飼い犬へ情を移し、苦悩の末に高い金を払って人間性を買い戻してしまった。この愚かしい甘さで、盤面がどう転ぶかは未知数である。しかし、少なくとも彼らの選択をウォルターは尊重するつもりであった。たとえどのような選択であっても。
昨今のルビコンでは、ベイラムは独立傭兵をほぼ起用しなくなっている。そのため主な依頼主はルビコン解放戦線やアーキバス系列企業ばかりであり、猟犬部隊と因縁深い悪魔とランダムエンカウントする可能性が高いと知って、最近は胃の辺りが痛んできている。
上記全てAIイラスト。外見全て捏造。
ブランチは全滅しています(死亡確定)
代わりにカラードがいます(危険信号)
ブランチよりカラードは行動的です(予告)