帥父「……?」
ルビコン解放戦線の重要拠点『壁』の陥落。
惑星封鎖機構による封鎖により半世紀もの間、星外と断絶していたルビコニアン達は震撼した。
ベイラム最高戦力、リンクス単機による破格の戦果は、さながらコミックのヒーローの如く非現実的な領域に達している。『壁』に集っていた地上防衛部隊、ジャガーノート二機、AC四機、設置砲台が彼一人に撃破され、蹂躙されたのだ。ルビコン解放戦線は悪魔の魔力に戦慄している頃だろう。
諜報部からの報せによると解放戦線の帥父サム・ドルマヤンは、リンクスに撃破されたものの、他のパイロット達――六文銭、リング・フレディ共々生け捕りにされ、捕虜になったようだ。運良く左半身が焼け落ちただけで生き延びていたリトル・ツィイーも捕虜収容所行きにされているらしい。
これで解放戦線には非ランカーの烏合の衆であるAC乗り数名と、ランカーではあるが実力不足のインデックス・ダナム、実質的な解放戦線の指導者ミドル・フラットウェルしか戦力になりそうな手合いがいなくなった。コーラルを汲み取り、ルビコニアンが同胞と分け合う為にある『武装採掘艦ストライダー』は木偶の棒に過ぎない。もはや解放戦線は星外企業の脅威たり得ないだろう。
だが。
「解放戦線に今倒れられては困る。ルビコンの害獣共にはベイラムの餌場を荒らしてもらわねば」
そう言ってモニター越しに部下へ指示を出しているのは、強化人間部隊ヴェスパーの実質的トップである男、ヴェスパー次席隊長スネイルだ。
裏から手を回して無数にいる独立傭兵やドーザーに、解放戦線からの依頼を優先的に受けるよう工作を進めているらしい。ベイラムと正面切って事を構えるのは時期尚早と考えているようだ。
どこをどう工作すれば目論見通りにできるかは見当もつかない。やはりスネイルは有能だ、ということだろう。自分には到底真似できない――真似する気は毛頭ないが。
「あの男は何を考えて、土着の害獣共を捕虜にしたのやら……捕虜収容所の特定を急ぎなさい。捕虜は解放戦線の要人達だ、情報を流してやれば、放っておいても害獣共が勝手に救出を図る」
矢継ぎ早に指示を出すスネイルはもとより、司令部に缶詰になっている者達もこちらには気づいているだろう。チラチラと見てくる視線を無視し、スネイルに近づいた。
「……フロイト、ここで何をしているのです。鹵獲したパーツの解析はまだ済んでいませんが?」
スネイルはモニターの光に照らされた顔を向けてくる。常と変わらぬ顔色なのは流石だが、疲れているなと他人事のように思った。
上手く隠せているが、開口一番に嫌味を飛ばしてこない時点で心身に余裕がなくなっているようだ。
「いや何、疲れていそうだと思ってな、フィーカを持って来てやった」
「……誰のせいだと?」
思ったことをそのまま口に出すと、スネイルは露骨に顔を歪め吐き捨てる。
そんな彼のデスクに湯気を立ち上らせるカップを置くと、嘆息したスネイルはカップを手に取り、彼らしくなく無警戒に口を付けた。
疑り深く、慎重なスネイルがこういう態度を見せるのはフロイトにだけだ。フロイトが自分に毒を盛る可能性は完全にゼロだと理解しているのである。
「不味い、相変わらず泥水のようだ。封鎖機構のせいでまともな珈琲すら入荷できない、本当に煩わしい限りです……ベイラムですら進駐時、幾らかのプラントを持ち込んでいるというのに、どうしてアーキバスはその手の機微に疎いのでしょうね。ルビコンにはこの私がいるというのに」
「リンクスのご機嫌取りだろう。奴はルビコン行きを嫌がっていたと聞く、単体で戦略規模の戦力にヘソを曲げられては困ると、損得勘定をしただけだ」
スネイルはくしゃりと顔を歪めてフィーカを置いた。
「疲れているなら休め、体は俺達にとって何にも代えられない資本だぞ」
「貴方がするべき仕事も私がしているのです、休めるわけがないでしょう」
「人に任せるということをしないからそうなる。少しは部下に仕事を割り振ったらどうだ」
「私に任せ過ぎる貴方に言われたくありませんね。上層部は馬鹿だ、なぜ私ではなく貴方を首席隊長にしている? フロイト、私と席を替える気は?」
「悪いが、ない。スネイルを上官にしてしまったら、面倒な命令に逆らえなくなるからな。それとお前ではなく俺が首席なのは、お前が野心を隠そうともしないからだ。上は野心のあるお前より、俺を首席に置いていた方が都合がいいと考えているんだろう。俺はスネイルの重石でもあるわけだ」
「……でしょうね。愚図な上層部は、余程この私が恐ろしいらしい」
「上に睨まれ、下には疎まれる、スネイルを首席にして、独裁者になられては困ると、周囲はそう評価しているらしいぞ。人望が無いな、次席隊長殿?」
「………」
何も考えず本音のみを吐き出すフロイトに、スネイルは閉口した。
頭のいいこの男のことだ、言われるまでもなく理解しているだろう。しかし理解していても取り合う気がないのは、スネイルにとって誰も彼もが知恵の足りない馬鹿で、知識の浅い無能で、技能が十分ではない愚図ばかりだからだ。取るに足らない無能共を見下しているし、信用していないからどんな小さな仕事も、信頼して任せるということができない。
能力面では万能の人であるスネイルの、数少ない欠点だ。
「上に登り詰めたいなら、ポーズだけでも他人を信じているように見せろ。貶し、罵倒し、見下すのではなく褒めてやれ。そうすれば自ずと人望が出る」
「……珍しいですね、貴方がそんな馬鹿げたことを言うとは。誰の入れ知恵です?」
「本音だ、スネイル。お前に倒れられては困る、お前が倒れたら誰が俺の仕事をする?」
「貴方が自分でやればいいだけでしょう……!」
「断る」と即答すると、スネイルはこめかみに青筋を浮かべた。
「私利私欲だが、今は俺が現場を離れる方が危うい。適材適所だ、本来お前が出るべき所にも、俺が代わりに出向いているだろう? お前に掛けた分の負担は、それで相殺していると思うがな」
「……事実だけに言い返せないのが癪ですね。せめて貴方に並ぶ者が、後一人か二人いてくれたら私も楽が出来るのですが」
「ああ、それか。その件に関しては心当たりがある」
「……なんですって?」
これもまた私利私欲だが、此処に来た主題とするにあたって、相応の建前は用意してきた。
普段のスネイルには鼻で笑われるだろうが、ルビコンでは封鎖機構のせいで星外からの支援がなく、先のミシガン抹殺失敗の煽りでヴェスパーに欠員が出ている為、一応聞く耳は持っている。
柔軟性が出ているのではない、単にルビコンに進駐しているアーキバス勢力のトップとして、各方面に無理が出そうになっているからだ。猫の手も借りたい状況なのである。――その猫のせいで今の窮状があるとも言えるのだが。
「ベイラムのテスターAC撃破作戦で、俺と協働した独立傭兵達だ。中でもレイヴンという奴は、あるいはこの俺にも並ぶ腕を持っていたぞ」
「フロイトに並ぶ腕の持ち主が独立傭兵如きに? 俄には信じがたい。ですが……言いたいことは分かりました。そちらに依頼を出し、自分を協働に回せと言いたいのでしょう」
「話が早いな。その通り、アーキバスのエースである俺と協働を繰り返せば、奴らはアーキバスの紐付きだと印象づけられるはずだ。元々ベイラムはルビコンだとほとんどの独立傭兵を起用していない、食い扶持を稼ぐにはアーキバスとの繋がりを強く持った方がいいと考えるだろう。ゆくゆくは外部へアーキバス専属のAC部隊を確保できるかもしれん、旨味はあるはずだ」
「……解放戦線は泥舟だ、そこに乗りたがる者はいない。いたとしてもパワーバランスすら理解できない愚図はこちらもお断りだ。一定の仕事を期待できるなら確かに悪い話ではない、か」
ベイラムの開発したテスターACと、追加機動装甲ユニット・
これを凄腕の独立傭兵集団と共に撃破した後、来援した独立戦闘団カラードのAC二機と交戦したフロイトは、オペレーターからの通信で敵に更なる増援が来ると知って撤退を選択した。
ただでさえG9ラスティは手強く、僚機のメーテルリンクも精鋭なのだ。ここでまともに交戦すれば敗れると判断して辛くも窮地を脱していたが、彼は抜け目なくレイヴンの破壊した敵ACの大型パルスブレード、その破損したパーツを回収して撤退している。レイヴンの腕前に惚れたと言っても過言ではないフロイトではあるが、機体をアップグレードできる可能性は見過ごさない。
結果論ではある、しかしフロイトの私欲に満ちた行動は、アーキバスにとって益になるものだ。そして難物のフロイトを操縦する方法論はスネイルも把握している。彼は熟慮し、頷いた。
「……その独立傭兵は駄犬ではない、確かですか?」
「ああ、俺が保証しよう」
「……いいでしょう。丁度貴方に頼もうと思っていた仕事があります。件の独立傭兵に依頼を出し、後ほど合流する形で仕事を完遂してください」
「分かった。で、その仕事はなんだ?」
フロイトの問いにスネイルは、今後を見据えるならかなり重要になる作戦を開陳する。
事は、急を要するのだ。
『621、お前に仕事だ』
いつものようにガレージに籠もっていたレイヴンは、飼い主からの通信に首を傾げた。
「……私? 他の皆は?」
『617と619は、お前とは別口の仕事がある。これから説明する、よく聞いておけ』
「分かった」
『依頼主はアーキバスだ。ベリウス南部のガリア多重ダムを襲撃する、レッドガンの精鋭G4ヴォルタとG5イグアス、新人のG13ホーリーの撃破を目的にしている。レッドガンはガリア多重ダムで稼働している、四つの変電施設を破壊し、ルビコン解放戦線のライフラインを破綻させるのが狙いらしい』
「ふぅん……どうでもいいけど、作戦内容が敵に漏洩してるとか、ベイラムって実は馬鹿なの?」
『……アーキバスはベイラムに対するスパイを多数潜り込ませている。諜報へ特に力を入れているんだろう。変に侮るな』
うん、と素直にレイヴンは頷いたが、彼女の率直な疑問にはウォルターも内心同意していた。
お粗末な情報管理の皺寄せがレッドガンに――ミシガンにいっていることを思えば、知らない仲でもないミシガンには同情してしまう。
だが、企業の力を利用せねばならない以上、友人達の遺志に報いるためにも同情して終わらせるわけにはいかない。ベイラムが独立傭兵の力を不要と見ている以上、アーキバスに肩入れせざるを得ないのが実情なのだ。恨むなら上層部の無能さを恨んで欲しい。
『続けるぞ。617と619は、標的の後詰をしている部隊を襲撃し、足止めする。そちらには俺の方からも620も出している、お前は心配しなくていい。621、お前は自分の仕事に集中しておけ』
「うん。ガンズなんとかっていうのを三人落とせばいいんだね」
『ああ。だが依頼主はレッドガンを侮っていない。特に標的には新型のACが混じっているらしい、万一仕損じて解放戦線に打撃が行けば、解放戦線をベイラムに対する防波堤にしたいアーキバスの思惑は崩れ去る。そこでアーキバスは今回もお前に協働機を出すことにしたようだ』
「誰?」
『お前も知っている男だ』
「フロイト?」
『……そうだ』
いいね、と彼女は呟いた。足手まといにはならないだろうと感じたから。
それに彼はレイヴンを『戦友』と呼んだ。戦友、悪くない響きだった。
「戦友。戦友。……友達、か」
呟く鴉は、薄く笑みを浮かべていた。
ちょっとリンクスが強すぎて動かし辛いので、今後は暫くレイヴンや、彼女に関わりのある人に視点を動かします。
ちょいちょいリンクス側も描写します。