首輪付きの山猫、赤い銃に繋ぐ   作:飴玉鉛

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ガリア多重ダム防衛戦 2/2

 

 

 

 

 

 

『――出撃しろ、役立たず共!』

 

 レッドガン総長ミシガンの命令と共に、輸送ヘリのハッチが開く。

 三者はレバーを引いた。行動は迅速だ。下された指令に間を置かず即応できるように、課された過酷な訓練によって体が覚えているのだ。

 何も考えずとも体が勝手に動く。意識して逆らわなければ上官の命令に即応する。企業の私兵部隊の指揮系統を一本化し、総括するミシガンが仕込んだ軍隊組織の恩恵だろう。兵隊個々人の人間的個性を無視し、有機的な戦闘単位に落とし込まれた精鋭達の行動には、一瞬の遅れも介在しない。

 三つの機体が投下されて浮遊感に包まれたのと同時だった。容赦なく降り注いだ火線がヘリに直撃し大きな火球へ変わってしまう。案の定、敵襲だ。

 一瞬視界を掠めたのはレーザー。アーキバス系列企業製のそれは、もう腐るほど目にしている。見間違えることなどありえない、もし出撃が遅れていれば多少は損傷を負っていただろう。危険を回避した数瞬の間で、ひゅぅ、と軽快な口笛を鳴らしたヴォルタが軽口を叩く。

 

『やってくれるじゃねぇか』

『おい、生きてるな後輩』

『はい。しかし、帰りはどうするんでしょうか……』

『ダッハハハ! 今から帰りの心配をするなんざ余裕だな、ホーリー!』

『事前に別のヘリを手配してるに決まってんだろうが、馬鹿かテメェ』

 

 接地の寸前でブースターを吹かし、勢いを殺して着地したACは二機。ヴォルタの戦車型機キャノンヘッドと、ホーリーの中量機グンタイアリだ。イグアスのヘッドブリンガーは、桁外れの飛行性能を見せつけるかの如く二機の頭上で滞空し、レーダーを用いて敵機の位置を割り出した。

 

『9時の方向、崖上だ。敵は二匹』

『分かっちゃいたが、レーダーの性能もいいな。つくづく恨めしくなるぜ』

『恨み言はテメェの新型を壊した鼠に言えや』

 

 相変わらず言葉は軽い。だがその所作は戦場に在るのに相応しく、敵の位置の確認と、示された方角に機体の正面を向けるのは早かった。

 頭部パーツのガンカメラが襲撃者を捉える。リンクした映像データが即時後方に送られて、敵の正体に関して照合が行われた。だが敵の片割れは照合結果を待つまでもなく看破できる。

 

 ――濃蒼の装甲はフレーム強度を最低限保つ程度、漆黒の関節部は装甲とは反対に頑健。コアパーツの背部は不自然に後ろに長く、脚部と腕部パーツは空戦を意識した細身なもの。

 搭載火器はシンプル。レーザードローン格納器を両肩に、パルスブレードを左腕に、レーザーライフルを右腕に装備。そしてレーザーハンドガン二挺を腰の両サイドに装着している。

 コアパーツの不自然な形状は、判明している情報を参照すれば得心できる。コアパーツには二つの隠し腕が格納されてあり、更に合計三基の特殊レーザードローンを納めているらしい。

 

 あれは宿敵アーキバス・グループのトップエース、強化人間部隊ヴェスパーの首席隊長V.Ⅰフロイトが駆るACロックスミスだ。仮想敵として頭と体に叩き込まれた存在である。

 

『V.Ⅰフロイト……! なんだってこんな大物が……!?』

『狙いは俺達レッドガンの戦力漸減、ってところか』

『狼狽えてんじゃねぇ、ハナからテメェらに相手させる気はねぇよ』

 

 それだけ本気で潰しに来たということだ。イグアスは好戦的に嗤う、アレは俺の獲物だ、と。

 好戦的で粗暴な性根の持ち主ではあっても、戦闘のプロであるイグアスの判断はクレバーだ。機体性能に差が有り過ぎる為、いつもの如くヴォルタとコンビを組んでも真価は発揮できない、ならば自分が速攻でV.Ⅰを潰し、その間にヴォルタとホーリーはもう一機を抑えていればいいと考えた。

 フロイトは手強い、侮れないだろう。一対一なら格上だと言ってもいい。だがそれは、機体性能が同等であればの話だ。リンクスを相手に逃げ延びた腕は買うが……裏を返せばリンクス以上の化け物ではないということでもある。ならば自分でも、フロイトをこの新型の性能を活かして殺し切れる。

 

『――やることは分かっているな? G5、ヴェスパーのトップエースを抑えろ!』

 

 ミシガンもイグアスと同じ考えらしい。無意識下でイグアスの深層心理が安心する。口や態度でどれほど反抗しようと、彼はミシガンの能力は信頼していて――絶対だと思い込んでいる。 

 なんせ何年も前から散々に打ちのめされ、力の上下関係を思い知り、本人は絶対に認めないが屈服しているのだ。ミシガンが自分と同じ判断をしたという事実は、イグアスの自信を補強した。

 

『ケッ、抑えろだぁ? 別に俺がアレを殺ってもいいんだろ』

『活きがいいな。奴はリンクスを相手にして逃げ延びた凄腕だぞ、貴様にやれるのか?』

『やってやるよ。二度と俺を役立たずだなんて言わせねぇ』

『吐いた唾は呑めんぞ、G5――話は聞いていたな、G4、G13! ヴェスパーのエースはG5が撃墜するそうだ、貴様らは敵の片割れを落とせ!』

『片割れを、ねぇ……構わねぇがありゃ誰だ? まあいい、やるこたぁ変わんねぇんだ。脚を引っ張んじゃねぇぞ、ホーリー』

『了解!』

『お喋りはそこまでにしとけ、来やがったぜッ』

 

 崖上から二機のACが飛び降りる。獰猛に嗤いながらイグアスは飛翔した。

 イグアスのヘッドブリンガーが飛び立つのを見たナイトフォールとロックスミスは飄々とした調子で言葉を交わす。そこに緊迫感はない。

 

『――新型は俺を狙うか。悪いなレイヴン、こちらは俺が頂こう』

『いいよ別に。代わりにってわけじゃないけど、どっちが早く片付けるか競争する?』

『粋な提案だ、乗った。失望させてくれるなよ、俺の戦友ならな』

『そっちこそ。私の「戦友」を名乗るなら、相応に粋がってみせて』

 

 対して襲撃を仕掛けた超人と猟犬にも緊迫感はない。否、むしろ緊張感の欠片すらなく、なんでもない遊びに出掛けるかの如き気安さがあるのみだ。

 頂きに手を伸ばし続ける努力の超人と、雑念なく闘争に専心する鴉を騙る猟犬は、共に尋常の感性から逸脱した規格外である。種の割れている副腕を隠す意味はないと、開幕から四腕を広げたフロイトはさながら蜘蛛のようで――最初から様子見する気のないレイヴンは、死の翼で羽ばたくかの如く飛翔する。

 

 異様なプレッシャーを纏う二人と赤き銃の兵が激突する。

 

『馬鹿がッ!』

 

 示し合わせたように左右に別れたナイトフォールとロックスミス。ヘッドブリンガーは躊躇う素振りもなく連携を捨てた敵機に、連携を崩す手間が省けたとばかりにブースターを吹かして、勇猛果敢に攻めかかった。左腕に大型パルスシールドを展開し、右腕の大容量ブレードを構える。

 ヘッドブリンガーのパルスブレードは、その実ブレードがオマケに過ぎない代物だ。大型の右腕装備は見掛け通りブレードを展開できるが、他に実弾のマシンガンを内蔵しているのである。高速で飛行し間合いを保ちながら弾丸をばら撒くイグアスに、フロイトは微かに眉を動かした。

 

『ほう、()()()()()()()()分かっていたが、ブレードに実弾銃を……面白い仕掛けだ』

 

 被弾ゼロ。ロックスミスはヘッドブリンガーの間の開け方で、なんらかの遠距離武装を使うと判断し身構えていた。故にQBによる横回避が間に合い、ばら撒かれる弾丸の雨を避けられた。

 そして回避と同時に仕掛けている。フロイトが十八番とするレーザードローン射出、数は十五。戦友との競争があるのだ、フロイトもまた速攻を仕掛けるつもりでいる。瞬く間に自機を包囲する小型のドローンを見て、イグアスは失笑した。()()()()()は訓練で何度も経験した、なんならリンクスにその対処法を叩き込まれている。いまさら怖じ気て、戸惑う青さはなかった。

 

『しゃらくせェッ! んなガラクタで俺を殺れると思うなよォッ!』

 

 ()()()()()()()()()()()()()。リンクスの教えはそれだ。AC操縦の師といえるリンクスは、このドローンを()()()()()撃墜できる。初見でも実証してのけた。だが彼は自らの技量を客観的に把握しており、自分に出来ることが他人にも出来ると思い込む、頭の軽い愚者などではない。

 故にレッドガンの正規隊員なら――リンクスの認識する精鋭なら――誰でも出来る対処法を考案した。ドローンは厄介だがロックオン性能は脅威足り得ない、高速で動き回るなら容易く躱せる代物であり、仮に当たっても一発や二発程度ではACの装甲を破れない。ならばやることは簡単だ、ドローンを放った相手に向けて突撃し、接近戦に持ち込む。接近戦に持ち込めたなら、レーザードローンは自機への誤射を避けようとして、命中精度が著しく低下するのだ。そしてこの新型ヘッドブリンガーなら接近戦もお手の物。勝てる。

 

(近接射撃の訓練をよ、そりゃもうウンザリするほど積んだんだ。すぐにでも殺してやるよ……!)

 

 内心を声には出さず、イグアスが一直線に突っ込む。対してフロイトは哄笑した。

 

『――この動きッ!? ハ……楽しませてくれる!』

 

 イグアスの選択した戦術行動は、フロイトが幾度となく思い描いたリンクスの挙動の一つだ。臆さずに自身に接近戦を挑む姿に、白い悪魔の姿を見る。

 しかし、だ。悪魔の住まう魔界へ至らんと渇望する超人が、レーザードローンの弱点を見逃して対処法を磨いていないはずがない。ほぼ反射でフロイトは操縦桿を引き、フットペダルを踏む。

 反射行動とはいえ稚拙さは皆無。幾度も繰り返し、肉体に染付かせた癖だ。マルチタスクを異能めいた域に磨き上げた男の反射は、最善最優の戦術を最速で選択する。

 右手を操縦桿から離し、電子盤のキーボードを素早く叩いて、目の横の高さに設置した五つのスイッチを具える操縦桿を左手で後ろに引きながら――最初に中指、次に小指、薬指、人差し指と順を辿り、その後に全てのスイッチを同時に握って押す。果たしてロックスミスはフロイトの入力に応えた。

 左腕からパルスブレードを展開しながら前に突き出した格好のまま静止して敵機の接近を牽制、副腕はレーザーハンドガンをロックオンした相手に自動で連射を開始し弾幕を張り、さらに手動で指令を送れる三基のドローンは主の細かな操作に従った。イグアスの不覚は放たれていたドローンの数を正確に把握していなかったことだ。三つの特殊なドローンがあることは聞いていたが、同時に飛び立った十を超える数のドローンを数えられてはいなかった。

 

 故に虚を突かれる。

 

『ッ!? ん、だぁッ!?』

『隙を見せたな』

『グぉッ!?』

 

 背後から猛追してきていた三基のレーザードローンは、他の十二基のドローンが射撃精度を落としたのにも関わらず、フロイトの追加指令を正確に受け取り精密射撃を行なった。

 迸る三連の火線がイグアス機の背部を穿ち、オートで作動した姿勢制御によりイグアスの意に沿わぬ動作が発生する。微かに硬直した動作に困惑した隙を見逃さず、QBで急接近したロックスミスが会心の連撃を贈った。副腕の弾幕を悉く着弾させながらのブーストキック、流れるようにブレードの出力を最大に引き上げての斬撃。弾幕とブーストキックによりシールドが割れたヘッドブリンガーは、ロックスミスの斬撃をまともに受けて装甲を溶断されていた。

 

『――チィッ、やりやがったな、テメェ!』

『今ので墜ちないか。流石に頑丈だ……だが機体を乗り換えてまだ日が浅いと見た。動きはよくてもキレがないぞ、訓練が足りていないんじゃないか? レッドガン』

 

 通信は繋がっていない。故にフロイトの指摘にイグアスが応えはしないし、仮に指摘が聞こえていてもイグアスが反応することはなかっただろう。

 彼は咄嗟に装甲の厚い箇所で、フロイトの斬撃を受け止めたのだ。強化人間として神経を機体に接続しているが故の細かな姿勢制御である。コア前面の装甲が焼かれても、フレームや中枢システムは無傷のままだったが、直撃を受けた直後とあれば余所事に気を割く余裕はない。

 

 訓練が足りないと称したのはフロイトである。しかしレッドガンでもイグアスの訓練量は随一だ。

 格上相手に噛みつき、食い殺す気概を込めてのエンブレム。イグアスは人柄や性根とは正反対に努力の人であり、確かな力量に裏付けられた技量を持つ。だから自分に自信があるし、今の自分を育て上げたレッドガンという部隊に、密かなプライドと執着を持っていた。

 だが、比較対象が悪い。フロイトにとって訓練とは遊びであり、どれだけ長く続けても苦痛に感じることなどありえない。そんな異常者とは違って、感性自体はまともなイグアスは、訓練というのは拷問に近い苦痛を伴う。どうしても訓練を楽しめる異常者とは、自身の錬成に掛ける密度が違った。

 

 フロイトとイグアスに優劣があるとすれば、きっとそれだけだろう。

 

 言葉は荒く、心は激昂していたが、イグアスに叩き込まれている戦技はどこまでもクレバーだ。付け焼き刃ではないが、機体に完全に慣れるまでになってない段階で、フロイトに近接射撃戦を仕掛ける愚を悟ったが為に、彼は両肩のグレネードキャノン二門を同時に放つ。拡散する六つの弾頭がFCSに入力されたデータに従い、一定の距離まで飛翔した途端に爆発した。標的の周囲を爆炎の衝撃で包み撃墜することを目的とした、範囲攻撃型の実弾兵装である。それを放ちながら後退したイグアスは、ヘッドブリンガーにマシンガンを掃射させた。

 

 教科書通りの戦技である。ただし、エース格の行なう基本に忠実な戦技は、それだけで脅威だ。

 しかし独創性がない。奇抜さもなく、創造性もなく、基本を極めた先にある型を破った自由さと柔軟さが足りない。フロイトは少年のように笑った。惜しいが遊び相手にするには足りない、と。

 

『やるな。だが底は見えたぞ』

 

 今度は当たった。ロックスミスは爆炎に少し焼かれ、右足の装甲がほんの微かに溶解している。

 だが、敵機との機体性能の差は感じ取っていても畏れていない。フロイトの心に恐怖という感情が搭載されていないのもあるが、アーキバスのトップエースは見抜いたのだ。

 ()()()()()()、と。一分としない内に墜とせる算段がついた。だがこのまま墜としたのでは面白くはない、望み得る限りの最大の戦果を見据え、アーキバスのトップエースは少し欲張る。

 フロイトは己の空間認識能力の広さを活かして把握していたのである、自らが戦友と呼ぶ少女の狩りの推移を。だからこそこの欲は、油断などではないと断じられた。

 

 ロックスミスが三基のドローンを格納し、再びレーザーハンドガンによる苛烈な弾幕を張った。イグアスは再展開した盾でフロイトの猛攻を防ぎ、遅滞なくリロードしたマシンガンで掃射する。短い交戦で敵機の回避軌道を割り出す当て勘は、流石は精鋭と名高いレッドガンのもの。幾らかの命中弾を敵機に叩き込み、高速で右側に回り込んでくる敵機を照準し続ける。

 

 そして、見た。誘導されるがままに気づいてしまった。

 

 イグアスは目を剥いて、驚愕に突き動かされて叫ぶ。

 

『ッ――何してやがんだ、ヴォルタ! ホーリー!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地を駆ける移動砲台に等しいACキャノンヘッドの弾幕と、長距離ショットガンを躱す中、レイヴンの嗅覚は前衛を張るG4ヴォルタが侮れぬ強敵だと嗅ぎ取っていた。この敵の力量は、体感による主観だが、おそらく自身の僚機であるキング――617に匹敵している。戦闘となると、取り戻したはずの感情が抜け落ちるレイヴンは、冷徹な戦闘機械と化して冷酷に見極めた。

 ヴォルタと比べると遥かに弱いG13ホーリーを先に墜とす、と。決断してからの行動は早い。レイヴンはひらりひらりとキャノンヘッドの猛攻と猛追を躱しながら、じわじわとホーリーのACグンタイアリへと接近し、間合いに最も近く捉えた瞬間にQBを行ない一気に詰め寄った。

 

 刹那の間。瞬きの瞬間。

 

 全く自分の攻撃が当たらないレイヴンに、ヴォルタが驚愕しているのを置き去りにした一撃。射突型ブレードによる刺突が、コア内のホーリーをたったの一撃で葬ったのだ。

 

『チッ、アーキバスはどこからこんな奴を拾ってきやがった! なんで俺はコイツに――』

 

 ――兄貴に近い圧力を感じちまってる。

 

 後進が戦死したことにヴォルタは動揺しない。戦場で一々悲しみに暮れるほどセンチメンタルな精神構造をしていないし、そもそもG13のコールサインを持った者は代々早死している。自身を敬い慕う後進は可愛かったが、さして長い付き合いがあったわけでもなし、戦闘行動に支障を来たす優しさはない。

 だが、ヴォルタは敵の強さを肌で感じて焦っていた。敵機は軽量型、しかもパイロットが凄腕。こういう手合いは後衛の火力で面制圧を加えて圧倒するのが定石だ。キャノンヘッドはこの手の敵の機動力にはついていけないからである。堪らず悪態を吐いたヴォルタは、持久戦を覚悟した。相棒のイグアスが敵を粉砕し、援護に来るのを待つことにしたのだ。

 

 だが機動力を活かしてヴォルタを翻弄せんと迫るレイヴンの圧力に、彼は耐えかねて叫んだ。

 

『オヤジ、コイツは誰だ!? 只者(ただもん)じゃねぇぞ……!』

『――照合が終わった。ソイツはrb23、識別名レイヴン、ACナイトフォールだ』

『レイヴンだァッ? ソイツは兄貴が殺したはずだろうが、生きてましたってのか? いや、以前見た奴と戦型が違ぇ、コイツはレイヴンじゃねぇ!』

『……想定が甘かった、レイヴンの正体は今はどうでもいい。奴らは手強い、いつでも脱出レバーを引けるようにしておけ!』

『あぁ!? ……ッ、クソ、死人は棺桶の中で大人しくしてろ!』

 

 ヴォルタが猛る。

 

 彼は極めて優秀なAC乗りだ。その力量は特例上位ランカーに匹敵する。そんなヴォルタだからこそ相対する敵機と、自身の知る最強の存在が撃墜した相手の戦型が異なると看破できた。

 優れた技量の持ち主であればあるほど、一度身に着けた癖、戦型が簡単に変わることはない。リンクスですら例外ではなく、基幹の戦型を拡張し、発展させ、手札を増やし続けているだけだ。それに同じ戦場に立ち目撃してもいる。リンクスがレイヴンを確実に殺したところを。コアをブチ抜かれて生きているような輩は人間ではない、ならこの敵はレイヴンの名を騙る別人だ。

 誰が、なんのために。そんな疑問をかなぐり捨て、ヴォルタは全力で機体を操る。待ちに徹しての遠距離戦ならなんとか保たせられる自負があった。そしてそのヴォルタの姿勢にレイヴンは舌打ちする。冷静だ、焦っていてもこの獲物は隙を見せない。機動力では圧倒しているものの、直線的な速力ではどうにも追いつけない。リニアガンのチャージショットの火力なら装甲を抜けられるはずだが、それを確実に避ける技量がG4にはある。最近はこういう奴ばかりだと愚痴りたくなった。手強い相手ほど逃げに徹してくるのだ。こういう時、もっと脚の速い機体が欲しくなる。

 

 ――その時、レイヴンは気づいた。

 

 自身の正面、ヴォルタの背後。離れた位置で交戦していた戦友が、不自然な挙動を見せたのに。

 ロックスミスの背中が見える、そしてヘッドブリンガーがロックスミス越しに、こちらの戦況を視認した瞬間が見える。パルスキャノンに外装が似ているグレネードキャノン二門が、こちらを照準したのを計器が観測、警告のアラートがコア内に鳴り響く寸前にレイヴンは動いた。

 

 イグアスが教え込まれた戦型は、相棒とのコンビ運用を基幹としている。単機で戦闘も行えるが、高火力を誇る相棒への援護こそが根底にあるのだ。故にイグアスはヴォルタの危機を見た途端、体が反応して援護を見舞っていた。

 ほとんど無意識に近い、反射の行動。自機の性能なら確実に行える援護砲撃で、レイヴンとヴォルタの間に砲弾を撃ち込み強制的に間合いを開かせた。一瞬の判断、須臾の行動は、流石の腕だと称賛されて然るべき領域にある。だが――レイヴンは舌打ちした。戦友が、自分を出汁に使ったと察したのだ。

 

『イグアス、助かったぜ! 後でタバコでも奢って――』

『――グぁッ、が、ァァアァ!!』

 

 まんまと距離を稼いだヴォルタが相棒に感謝したのと同時だった。

 イグアスが凄まじい断末魔を迸らせる。

 

 ヴォルタへの援護へと傾いた意識、実際に砲撃を加えた反動、二つの隙をフロイトは見逃さず、副腕が構える二挺のレーザーハンドガンと、右主腕が持つレーザーライフルでチャージショットを放ち、自機の真横に対空させた三基のレーザードローンに掃射を加えさせ、更にその最中にも止まらず急接近して斬撃して、トドメにアサルトアーマーを叩き込んだのだ。

 

 イグアスが撃墜され、その機体が墜落する。

 

 唖然とするヴォルタの耳に、ミシガンの怒鳴り声が響いた。

 

『――撤退だ! G4、今から指定する座標に向かえ、回収に行く!』

『な……イグアスはどうする!?』

『回収は無理だ、諦めろ……分かったなら復唱しろ!』

『ぐ、ぐぅぅうう……!! 了、解……ふざけやがってぇ……!』

 

 ヴォルタが機体を翻し、アサルトブーストで撤退を開始する。

 それを追いかけはしない。直線移動なら戦車型の方が速いし、逃げながらでも背後に射撃する程度は朝飯前に熟してくるだろう。追うだけ無駄に疲れるだけだとレイヴンは見切った。

 そんなことよりも、レイヴンは不貞腐れたように繋げられてきた通信に応じる。

 

『俺の勝ちだな、レイヴン』

『……そっちがズルした。無効だよ、こんなの』

『俺はそちらに攻撃していない、流れ弾が飛んだだけだぞ』

『ふん……』

 

 フロイトは実に得意げだったが、あからさまに膨れている戦友の様子に苦笑した。

 

『……悪かった。謝罪の代わりと言ってはなんだが、()()()のパーツをお前達が買えるように手配してやる。それで機嫌を直してくれ』

『え、いいの?』

『ああ。今回の戦闘で痛感したが、機体性能の差が酷すぎる。今のままだと俺はリンクスに届かん。それはお前もだろう、戦友?』

 

 良い物を使うのは戦争の基本だ。

 

 着地したロックスミスの足元には、大破したヘッドブリンガーがあった。

 そのパーツを一介の独立傭兵に売るとフロイトが言うと、一転してレイヴンは目を輝かせた。

 当然、機体を解析し、吸収した技術を活用するのはヴェスパーが先だろう。しかしその後であっても良い物が手に入るなら、飼い主のために戦うレイヴンとしても不服はない。

 

『運ぶのを手伝ってくれ。口利きは任せろ、なんとかする』

『うん。……ん?』

 

 フロイトの要請にうなずき、レイヴンはヘッドブリンガーに近づいた。

 そして気づく。

 

 G5イグアスが、まだ生きていることに。

 

『………』

 

 瀕死の重傷を負って気絶している男の末路を少し想像した。

 レイヴンは、微かに同情する。可哀想に、と。いっそここで殺してあげようかな、と。

 だが、引き金は引かなかった。

 

 顔も知らない相手の命や尊厳よりも、レイヴンにとっては弾の一発の方が価値がある。

 

 それだけの話であった。

 

 

 

 

 

 ――第四世代の強化人間を、殺さずにいること。

 

 その危険性を、神ならざる身に想像することはできない。

 

(頭が……(いて)ぇ……耳鳴り、が……)

 

 ルビコンに漂うコーラルの行方は、果たして。

 

 

 

 

 

 

 




ガタッ
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