C4・621の報告に、彼女のハンドラーである老人は貌を険しくした。
617と619、620が担当した陽動作戦へのサポートにつき、レッドガンの撃破は621に任せていた。結果として作戦は成功し、多額の報酬を得られたのはいい。だが本当の難所はここからだ。
歩く地獄の二つ名で知られる英雄ミシガンは全盛期が過ぎ、参謀ナイルは前線を離れている。木星戦争で結成されて以来、ベイラムの切り札として運用されてきた精鋭部隊は、総長ミシガンの衰えとナイルの引退に伴い弱体化したと言っても過言ではない。ミシガンが鍛え上げた精鋭も、過酷な戦歴の中で消耗して、一部の突出した凄腕を除けば往年の精強さが抜け落ちていたのだ。
だが独立戦闘団カラードの創立と共に異動しても、未だレッドガンに籍を置き続けるもう一人の英雄リンクスがいる。あの白い悪魔、首輪付きの獣が健在であるだけで、レッドガンの脅威は全盛期を維持していると言ってもいい。赤き銃を掲げる部隊は、決してリンクスありきの弱卒ではないが、彼のプロファイリングを怠っていない者達は『ある事実』を意識せざるを得ないのだ。
木星戦争、アイランド・フォーの動乱。その他多岐に亘る戦役の最中、レッドガンから欠員が出たことは何度もある。しかしアーキバスは知っていた。そして対リンクスを意識しているウォルターもまた既知の事柄だった。――レッドガンの中で、白い悪魔が特に目を掛けていた者を殺傷した仇敵が、ただ一人の例外もなくリンクスの手によって殺されているという事実を。
悪魔の加護を受けた隊員を殺めた不届き者に、悪魔は執念深く追い縋り鏖殺しているのだ。つまり情勢的に見てもやむを得なかったとはいえ、レッドガンでも古株のG5を撃破したフロイトと協働した621は、リンクスの抹殺対象として認知された可能性が極めて高いということだ。
「以後の仕事では、リンクスが網を張っている危険性を視野に入れろということだな」
輸送艦の食堂内。617ことキングが言うのに、ウォルターは頷く。
「俺の目的は、俺の一存では話せない。仲間の同意を得られたら話すと約束するが……今はこれだけ伝えておこう。このルビコンでこなす仕事は目的を果たす為の手段であって、危険な敵を排除するのを目標にしたものではない。お前達のハンドラーとして、無駄なリスクは避けていきたいと考えている」
「だが、不測の事態を予測しろ……そう教えてくれたのはアンタだ」
「ああ、そうだな。俺も企業からの依頼を見極めるが、絶対に奴を避けられるとは言えん。過去の実績からして奴は異常だ。報復に出たリンクスの動向は恐ろしく正確で、ほとんど時を置かずにターゲットを見つけ交戦まで漕ぎ着けている。ターゲットを見つけ出す奴の嗅覚を誤魔化すのは困難だろう」
「じゃあ、逆にこっちから罠に掛けたら?」
ノート型のPCに向かい、自機の戦闘ログを見返していたレイヴンが言った。
ウォルターとキングがそちらに目を向けると、彼女は淡々と告げる。
「リンクスは強いよ。本人もだけど、機体性能も私達とは段違いだから。もし本当にリンクスが私達に狙いを定めて来るなら、私達に有利な場所で、私達が総出で掛かればいいと思う」
「……ボクから言わせてもらうと、依頼を出すのは企業の専売特許じゃない。アーキバスのアイツは誘えば来るんじゃないかな」
レイヴンの後に少年シャルトルーズが言うと、ウォルターは微かに目を剥いた。
言われてみればその通りで、柔軟な発想に感心してしまう。
独立傭兵から依頼を出すのは横紙破りにも見えるが、ルビコンにはドーザーのような命知らずや、無謀さが取り柄の独立傭兵が多数いる。そういう手合いを掻き集めれば戦力は用意できる。とあるドーザー集団の組織を乗っ取った、一回り以上年下の同胞――カーラを頼れば更に。
それにアーキバスのエース・オブ・エース、フロイトがリンクスに執着しているのは有名な話だ。総掛かりで挑むと伝えれば、独断専行で勝手に出向いてくる可能性も期待できる。
「出来たぜ野郎共。今日はレシピを参考に、炒飯ってのを作ってみたぞ」
無名のゴーストである620が、エプロンを着用した格好で、大きなトレーに平皿を数個乗せてやって来る。大男がテーブルの上に平皿を並べていくと、炒飯のいい匂いが鼻孔をついた。
ここ惑星ルビコン3では手に入らない、天然物の食糧を一年分持ち込んだのは、最近ゴーストと呼ばれるようになった620の発案だ。四人の強化人間の中で最も早く、そして最も豊かな人間性を取り戻しているその巨漢は、食になんら関心を示さない仲間達とハンドラーに代わり彼らの食を担当していた。
ゴーストは仲間達の話を厨房で聞いていたのだろう、食器を並べ終えると厳しい目で少女を見遣る。
「話は分かった。リンクスとやり合うとなっちゃ万全を期す必要はあらぁな。いつ不意を打たれるか分からんとなりゃ、こっちが待ち構えておくってのも理解できる。とくりゃ、オレらはオレらでやることがあんだろ」
「やること?」
「フォーメーションだ。テメェお得意の特攻が通じる相手か、奴は?」
首を傾げるレイヴンに、ゴーストは呆れながら言う。
「オレらがやり込んでるフォーメーションは、奴がホワイトユニコーンに乗ってた時のモンだ。今のアイツが乗ってんのはホワイト・ノヴァ……つったか? ソイツの相手は想定してねぇ」
「データが必要だな。親父、リンクスのACのデータはあるか?」
「手元にはない。だが621……」
「うん、オールマインドに登録があったよ」
レイヴンは旧型のノートPCの画面を、全員に見えるように回した。
すると、そこにはホワイト・ノヴァの性能や、それを用いたリンクスの戦闘データがあった。
飯を食いながら話し込み、口頭で陣形を練り始める猟犬達を尻目にウォルターは沈思黙考する。
(独立傭兵支援プログラム・オールマインドか)
アイビスの火以前のルビコンにはなかった存在。おそらく高度なAIによるものだと思われるが、他星系にも類似物はあるにはあった。
独立傭兵は企業にとってもいたら便利な存在だ。自らの保有戦力の保全のために、捨て駒として利用する分には助かるから、民間で武力を有し治安維持の観点からすれば不穏分子でしかない独立傭兵が存在するのを黙認している。故に独立傭兵達が独自に組合のようなものを成立させ、独立傭兵支援プログラムを立ち上げているのも無視し、アリーナというものまで特別に黙認していた。
だが、ルビコンの独立傭兵支援プログラムは、ウォルターからすればきな臭い。そもそもルビコンは惑星封鎖機構によって封鎖され、半世紀も外界と隔絶されていたのだ。企業が進駐してくる以前と以後のルビコンでは、ルビコニアンに封鎖をどうこうする力などあるはずもなく。であれば必然、独立傭兵支援プログラムが成立する余地など何処にもないはずだった。
オールマインドというプログラムはアイビスの火以前にはなく。そして、今回のこれだ。プロファイリングの結果、リンクスというAC乗りは非常にクレバーである。こと戦闘に際して遊びは微塵もなく、仕事を仕事として熟すプロフェッショナルだと評価できた。故に企業に属するリンクスが、最新兵器である自機の情報を、不特定多数の人間が確認できるアリーナに登録するわけがないと断言できる。なのにオールマインドには、そのデータがあった。
(リンクスのACの情報の仕入れ先、オールマインドの誕生した時期……どうにも胡散臭い。カーラにオールマインドの調査を依頼しておくべきだな)
ウォルターはそう考えた。老獪な切れ者である彼は、ルビコンにある不確定要素への警戒心が非常に強い。故にオールマインドの存在を知った当初から、オールマインドを怪しんで見ていた。
カーラ。灰被りを自称する、秘密結社オーバーシアーに属するウォルターの友人の娘。技術者として稀有な才覚を有し、かつての技研仕込みの知識と経験を受け継いだ彼女を頼れば、あるいは怪しげなオールマインドの分析と対応策を任せてしまえる。危うい状況の今のルビコンで、足が出るのを恐れてばかりもいられない。早期にカーラと合流するべきかともウォルターは思案する。
「――ウォルター?」
不意にレイヴンに呼び掛けられる。ハッとして顔を上げると、夕餉を平らげた面々が、夕飯に手を付けずに思索に耽っていたウォルターを見ていた。
ゴーストが呆れたように言うのに、シャルトルーズが続く。
「考え事か? 構やしねぇが、冷たくなる前に食っちまえよ」
「ボク達は今から新しいフォーメーション試しにいくね。ボク達がいないからって考え込んでばかりじゃダメだよ、お爺ちゃん」
「……ああ。そうだな……その通りだ」
トレーを持って、空になった皿を片付ける猟犬達。
彼らが真剣に話し合いながら、食堂から退室していくのをジッと見送る。
そうして、やっとスプーンを手に取った老人は、炒飯を掬い口に運んだ。
「……美味い」
雑な男飯ではない。ちゃんと、美味だ。
ウォルターはこみ上げるものを感じる。
彼らは、あの若者達は、生きるべきだ。死んではならない者達である。早く自由になって、普通の人生を生きていってほしいと強く思う。
それは感傷だ。友人達の遺志や、使命に誰よりも縛られ、自由意志を持てずに生きてきて。そして自ら選択する意思と自由を捨て去った己が、代償行為として望みを託しているだけである。
そんなことは分かっていた。分かっていて、願うのだ。彼らの未来を。
「………」
ウォルターは、杖を手に席を立つ。食器を片付けて、洗おうとシンクの前に立つと、便箋が蛇口に貼られているのに気づいて目を閉じる。
『オレがやるから親爺は寝てろ』と、ゴーストの字で書かれていた。
嘆息して踵を返す。ウォルターは重苦しい顔つきで、自室に向かい通信機を手に取った。技研の遺産技術を用い、カーラが開発したものだ。通信ログが残らず、アーキバスやベイラムの規格とは異なる形式であり、電波のプロテクトが頑丈であと数年は傍受の心配がない代物である。
『――誰かと思えば、ウォルターか。コイツはいざって時にしか使うなと言っておいたはずだ。それともアンタが無視できない何かがあったのかい?』
繋がった先から女の声がする。
それに、一瞬の沈黙を挟んで彼は返した。
「カーラ、頼みがある。『ブランチ』の名義で活動している俺達の……いや、617達のことだ」
『――G3、傾聴! これよりベイラム主導の特別任務の説明を開始する。いいか、こいつは貴様が望んだ仕事だ、武装採掘艦の撃破で疲れていました等と詰まらん言い訳はするなよ!
独立戦闘団カラードへ回す指令は、コーラルを向精神薬……要するに麻薬として用いる能無しの武装集団、グリッドを根城にするドーザー共の殲滅だ。今回は
ルビコンのドーザーは総じて命知らずだ。封鎖機構の監視下にあるグリッド上層に、度胸試しで向かう輩が後を絶たんと聞く。そんな馬鹿共の中に貴様が狙う相手がいるとは思えん。そこで一ついい報せを持ってきてやった。RaDというドーザー集団のトップに、近年突如として現れた奴がいる。名前は、シンダー・カーラ。貴様らカラードの仕事はグリッドを根城にするドーザーの殲滅だからな、気になるならそちらに向かうのもいいかもしれんぞ?
貴様らの艦船の補給ポイントと、封鎖機構の監視があるポイントを含め、要注意が必要な地点に関して説明する。耳の穴をかっぽじってよく聞いておけ! それからシンダー・カーラに関してはベイラムから捕獲の命令も出ている、間違って殺したりはするな! いいな!?』
「……少し聞かなかっただけで、やたら懐かしく感じるな」
相変わらずのミシガンの様子に、リンクスは薄く笑った。