激烈な運動から生身の肉体を保護し、長期間の活動を経ても万全のバイタルを保つ、科学の進歩と共に最新技術で更新され続けてきた悪魔の戦装束。体の線を浮き彫りにする、新型の白いパイロットスーツを首輪付きの獣が着用した時、敵と定められた者達は敗着し、あるいは落命してきた。そして、今度もそうなる。
リンクスは機体中枢に位置するコアのハッチに暗証番号を入力、眼球の虹彩を読み取り、生体認証をして開かれたハッチの向こうへ乗り込む。コクピット内の上部に備え付けている被り物には手を伸ばさず、手元のコンソールを開きメインシステムを立ち上げた。所作に思考は挟まない、全て体が覚えている。
『こちら独立戦闘団カラード専属オペレーター、オールバニー。母艦カイラムより全艦載ACへ、通信感度の試験を開始。ホワイトノヴァ、スティールヘイズ、インフェクション、どうか』
「――こちらホワイトノヴァ、搭乗者リンクス。通信感度は頗る良好、火器管制及び搭載火器、機体状況も文句なしに万全だ。G9、そちらはどうか」
強襲艦カイラムのカタパルトハッチに直結している格納庫には、三機のACが並んでいた。
中央に屹立するのはベイラムが誇りし最新鋭機。開発コンセプトはベイラムの社是に真っ向から反しているものの、搭乗者がリンクスだから特例として建造された次世代の
純白の機体の在り処こそが戦場の玉座となる。魔力燻る声が右側の機体に呼びかけると、リンクスの前機体ホワイトユニコーンと同型である、スティールヘイズの搭乗者がクールに応じた。
『こちらスティールヘイズ、G9ラスティ。通信感度は良好だが、神経接続端子に不備が見られる。こちらで手直しできる程度のものだ、整備員を呼んで工具を貸してくれ』
『了解、整備班のデイルを向かわせる』
「出撃を前に丁寧な仕事をしてくれる。オールバニー、担当者は作業の簡略化に成功したのかい? なら工費は削減していいね。
『
「お優しい措置だことで。G13メーテルリンク、君はどうだ?」
続いて左側の機体に呼びかける。先日G13のコールサインを頂いたメーテルリンクは、
『オールグリーンです、閣下。こちらは何も問題ありません』
「君の機体は名前こそ前と同じだが、それ以外は全て違う。ベイラム製のACには慣れたかい?」
『これでも隊長経験のある身です、慣熟は済ませました。赫々たる戦果をご期待下さい!』
結構、とリンクスは優しげに囁く。
女を――特に自身を慕う女なら――垂らし込むのに手管は要らない。さも特別に気にかけていますよと見せかけるだけで、メーテルリンクはリンクスの役に立とうと奮起するだろう。
内情に詳しくない彼女は知らないが、『G13』のコールサインは、レッドガンにて代々早死した者達がつけていたもの。顔も知らない先任のホーリーが戦死したことで、とりあえず下げ渡されただけのものである。しかしメーテルリンクは、やっとリンクスと同じレッドガンのコールサインを貰えたことに喜んでいて、この不吉なナンバーを宝物のように機体へ刻んでいた。
「総員傾聴」
艦内放送のチャンネルを開き、スピーカーが美麗な声を発する。熱烈な悪魔信仰者と化したメーテルリンクは、上官の声に爛々と目を輝かせ聞き入った。
「僕達『カラード』はこれからグリッド012へと侵攻し、ドーザーの最大派閥……あー」
『ジャンカー・コヨーテスです』
「ああ、それ。ジャンカーなんとかっていう、野良犬にも劣るジャンク共を殲滅することになった」
艦内で苦笑いの雫が滴る。雨音のようにポツポツと。
リンクスもまた薄く笑いながら続けた。
「本作戦の意義は『防疫』にある。皆もコーラルは知っているね? 僕達がルビコンくんだりにまで送り込まれる元凶になった、そりゃあもう素晴らしい万能資源なんだが……ジャンク以下の鼠共はコイツを麻薬として摂取して気持ちよくなっているらしい。一人でラリってる分には放っておいても構わないが、えてして鼠ってのは疫病の温床になりがちだ。文明人である僕達人間にとって害悪でしかない。よってベイラムは未開の地であるルビコンに、衛生という素晴らしい観念を持ち込むことを決定した。汚物よりも質が悪いウイルス共を、一片も残さず駆逐するのが今回の仕事になる」
『ドーザーはベイラム製品の粗悪品も市場に流すし、後ろ暗い経歴の独立傭兵の隠れ蓑にもなる。ベイラムの今後の戦略の為、こうした不確定要素を排除するのが今回の仕事ってことだ』
「オールバニー、説明ありがとう。彼女は僕の言葉を解読する達人でね、普段から重宝しているが、余計な仕事ばかりさせてると後で機嫌を直すのに苦労する。ここからは皆にも理解しやすい表現で話そう。――先日僕達の母艦に、MTが10機搬入された。MTのパイロットも同数だ。彼らをMT部隊として編成し、G13の指揮下に組み込む。MT10機とAC一機の部隊でグリッド012に正面から殴り込んでくれ。当然激しい抵抗に晒されるだろうが、相手は買い手のつかないペットショップの犬以下だ、鴨撃ちにして適当に掃討しろ。ある程度の掃除を済ませるか、G13の要請があり次第G9を投入する。彼が到着したらMT部隊は撤収していい、仕上げはAC二機でやってもらう」
アットホームな職場らしい、緊張感のない説明だった。尤も作戦行動自体はカラードの面々も既知の事である。故にドーザーを駆逐するのに、それだけでいいのかと疑問を呈する者もいた。
なんせ奴らは意地汚く、生き汚い。敗北を悟ればすぐにでも散兵となって逃げ惑うだろう。向かってくる敵は討てるだろうが、逃げ隠れする雑魚を探し回るのは骨が折れそうである。
部下達の懸念は当然織り込み済みだ。ルビコンを未開の地呼ばわりされたラスティは苦笑し、上官の話の最中なのにざわめく連中の気配にメーテルリンクが苛立っている中、リンクスは言う。
「仕上げが済んだら、後はお片付けだ。メインの抵抗をMT部隊とG13が、敵主力をG9、頑固な油汚れをG13とG9がそれぞれ打ち崩した後、最寄りのベイラム基地からミサイルを数発撃ち込んでグリッド012を完全に破壊する。作戦行動は以上の段階で折り返し地点となる」
ミサイル? 封鎖機構の監視するこの惑星で使えるのか? そうした懐疑の声は尻細みする。独立戦闘団はミシガン亡き後、レッドガンの後釜になると予測される部隊だ。所属隊員達はそうした噂をまことしやかに囁き合い、今から高位のポストを狙って研鑽を積んでいる。馬鹿には出世の芽はない、それぞれ考える頭を持っていて、彼らは最強の英雄の熟す役割を察したのだ。
「僕の仕事はミサイル攻撃を邪魔する可能性のある、封鎖機構の目を引き寄せることだ。僕は単機でここのグリッド最上層に向かい、そこで狙撃されながらダンスコンサートでも開催しておくよ。僕を無視してミサイルの撃墜に狙いを切り替えるようなら、衛星砲の狙撃ポイントを照準する子機達を狩り尽くすだけだ。それからもし
本命はベイラムを冒す危険な病原体である。これを抹殺すれば防疫になるのだ。
他企業であればトップガンとして祭り上げられても不思議ではない、G4とG5のコンビを打ち破るような独立傭兵は捨て置けないだろう。
「作戦は以上。出撃だ。各々、命を大事にして仕事に当たれ。死にそうなら逃げていいからね」
『――こいつはマズイことになったよ、ウォルター』
『………』
『目障りなドーザー共が殺られたのはいい。ブルートゥのクソ野郎を殺ってくれた件に関しちゃ、ベイラムに感謝してやりたいが……奴らに盗まれた私の
『……やはりあの男は危険だ。俺達が身を寄せ、隠れ蓑にし得るドーザーに狙いを定めている』
『
『……プラン通りにいく。解放戦線には内々に話を通した。俺のところのハウンズと、掻き集めた解放戦線の戦力と独立傭兵、そしてお前の手下で迎撃し、奴らを撃破するしかない』
『戦場はRaDの本拠地だろ? 廃墟にされたら溜まったもんじゃないんだけどね……』
『俺達が殺られるよりはマシだ。それより、万一作戦が失敗した時の備えはしてあるんだろうな?』
『敗けた後のことを考えるのは性に合わないんだが……仕方ないから考えてはおいた。とりあえずは二通りね』
『二通りだと?』
『ああ。一つはアンタの提案通り、私とチャティがアンタらのハウンズに回収してもらう準備だ。そしてもう一つが――』
――秘密結社の生き残り達が、密やかに会議を行ない。
猟犬を束ねるハンドラーは、豪胆な女傑のプランに目を見開いた。
開戦は近い。それはこのルビコンの戦火に、一つの節目を齎すものだった。
次回、ハウンズ(&その他大勢)VSカラード開戦