首輪付きの山猫、赤い銃に繋ぐ   作:飴玉鉛

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【邂逅/再会】【開戦/因縁】

 

 

 

 

 

 

 剥き出しの鉄筋が振動する。グリッド086全体に反響するのは、火薬の炸裂音だ。

 

 時が来て、温度が消えた。

 

 兵器を積む格納庫から寒暖という熱の差異がなくなって、さながら人や物が生む音が、底のない静寂の沼へ沈んでいくかのような息苦しさが場に満ちた。

 

 鉄と油の臭いが漂う格納庫の中。地獄の窯が開かれたのを肌で感じた四人の猟犬は、今この時は取り戻した人間性を捨て去り戦闘機械へ回帰している。

 キング、シャルトルーズ、ゴースト、そしてレイヴン。百を超えたか、千に達したか、はたまた万に届いているか。再現されたデータは白い魔力の残滓、幾度繰り返しても本物には及ばない。

 しかし、出来る限りのことはした。現状に於けるベストを尽くした。

 人事を尽くしたのなら、後は天命を待つだけ。何かの間違いで地上へ現れた悪魔を、在るべき場所へ送り届けてやる為に死力を尽くすのみ。人の世から悪魔を祓うのだ。

 

『時間だ』

 

 通信機越しに、猟犬達の飼い主の声がする。

 常よりも平坦で、故にこそ緊迫感に張り詰めているのが解った。

 機体の中で瞑目していた四人が、同時に目を開ける。

 

『ベイラムの独立戦闘団カラードが、このグリッド086に侵攻してきた。予測される標的は――』

 

 俺達だ、と飼い主が重々しく言う。

 まるで遠くからの殺気に、既に囚われているかのように。

 

『状況を説明しよう。こちらが雇い入れた独立傭兵のACとMTは前線に出ている。RaDの有する無人機とMT部隊、ACマッドスタンプ、解放戦線のMT部隊もカラードの迎撃に出ているが、ベイラムのAC二機とMT部隊に圧されているらしい。特にG9ラスティは脅威だ、奴一人でこちらの戦力を圧倒してしまえるだろう。お前達を投入しなければ、壊滅するのは時間の問題と言っていい』

 

 戦争あるところに独立傭兵あり。その理はルビコンにも適用されている。

 アリーナのランキングに載ってはおらずとも、一攫千金を夢見て密航してきた人間は多い。そしてその全ての傭兵がACを有しているわけではなく、MTを駆って参戦する者もいた。

 猟犬の飼い主はそうした、今は無名でもやがては名を成さんとする夢追い人を雇い入れている。だが彼らに期待しているのはあくまで頭数、れっきとした戦力の一角とまでは計算していない。

 聞けばRaDが、雇い入れた独立傭兵への報酬を支払うようだ。飼い主と件のドーザー集団の繋がりは深いらしい。どんな関係なのかはこの戦いの後で教えてくれるという。

 

 数の上で圧倒している味方が、実際には当たるを幸い薙ぎ倒されているという話に対し、猟犬達は特に何も感じなかった。確かに数は力だが、精鋭である独立戦闘団を押し潰せるほどではないだろう。G9の実力を知っていれば、飼い主の言うように烏合の衆として蹴散らされるのが関の山と判じられる。

 

()()()()()はどうした』

『改修した()()のクリーナーは、G3リンクスの迎撃に回した』

『最初のプランはどうした。クリーナーはカラードのMT部隊にぶつけるという話だっただろう』

『状況が変わった。G3はなぜかRaDの頭目、カーラの許へ向かっている。奴をカーラと対峙させるわけにはいかない、クリーナーの投入を前倒しにしなければ戦略が破綻していた』

 

 キング――617の詰問に、飼い主は落ち着き払ったまま応じた。

 しかしその声音は、どこか釈然としないもの。彼からすれば隠れているはずのカーラの居場所へ、なぜ敵が迷うことなく突き進んでいるのか腑に落ちないのだろう。

 理屈ではない、オカルトめいた異常な嗅覚である。だが実際には勘の良さもあるが、G3の豊富な敵基地襲撃の経験値による逆算に過ぎない。言語化して戦術教本に載せるのは難しくとも、守りに徹する敵本部の座標をG3は経験則で割り出せるのだ。勘の良さと経験が掛け合わさった首狩り戦術である。

 猟犬の飼い主は老練なハンドラーだが、理屈と理論を扱うプロフェッショナルであるからこそ、そうしたオカルトめいた経験則と勘の掛け算を処理できないのだろう。

 

『……そのカーラは戦えないのか?』

『部下のチャティ・スティック共々、ACで出撃する予定はない。奴らは弱くはないが、お前達の戦いについていけるほどではないからだ』

『死なれると困る人物というわけか。了解した、では俺達はどうする』

『G3は解放戦線の【壁】を単機で落とした怪物だ。クリーナーなどで奴の機体を消耗させられるとは到底思えん。だが……パイロットの方はあくまでも人間だ。どれほど超人的でも人間であるなら疲労は積み重なる、連戦を強いて少しでも勝機を作るのを目的にプランを変更した』

 

 スマートクリーナー。RaD製のイカレた兵器。作業用MTを改造して作り出した自立型大型兵器で、両腕には金属裁断用の超大型グラインダーブレードを搭載し、近づく敵を両腕で叩き潰す戦法を取る玩具だ。更に機体そのものに製鋼用の炉が搭載されており、背部の高炉煙突や頭部の排出部から、溶解した銑鉄を噴出して攻撃する手段も有しているが……所詮は玩具だ。

 並のAC乗りなら容易く葬ってしまえる代物だが、しかし相手取るのは白い悪魔である。対リンクスを意識して改修したスマートクリーナーは、装甲を増設し防御性能と耐久度を上げており、継戦能力を限界まで引き上げているものの、交戦相手の撃破は望んでいない。足止め要員としてもどれだけ仕事が出来るかは未知数だろう。

 

 キングの問いに答えたウォルターが続ける。

 

『短期決戦だ。速攻を仕掛ける。お前達は今から出撃し、クリーナーを撃破した直後のG3を襲え。決して休ませず間断なく攻撃を加え続けるんだ』

 

 こんな所で自分とカーラを――そして猟犬達を死なせるわけにはいかない。悪魔との対決が避けられないものならば、たとえどれほど危険な相手でも乗り越えねばならないのだ。

 飼い主は覚悟を決めている。ならば猟犬達も惑うことはない。しかし猟犬でありながら、自由を冠する鴉の名を持つ少女は些細な疑問を発した。

 

『ウォルター』

『……どうした、621』

『アーキバスは? フロイトは来ないの?』

 

 ここには無名の独立傭兵達と、ルビコン解放戦線の貴重な戦力、そして自分達とRaDしかいない。

 対カラード戦であてに出来るアーキバスの部隊はいなかった。

 そして、レイヴンが認める超人も。

 

『アーキバスは参戦しない。あてにするな、お前達』

『ん……企業勤めも大変だね』

 

 白い少女は、黒い機体の中で薄く笑った。

 悪魔に拘る戦友の姿を思い浮かべ、彼女は囁く。

 

 悪いけど、私が……私達が勝つよ、フロイト――と。

 

 

 

 果たして――

 

 

 

 振り下ろされる、極太の柱。

 

 赤々と熱されたグラインダーブレードが躱され、弱点である正面と背部の溶鉱炉の開口部へ、致命打を叩き込まれたスマートクリーナーが炎上して、純白の魔王の機体を炎で照らす。

 

『――見つけたぞ、死に損ない共』

 

 灰被りを自称する、シンダー・カーラの逃走経路を辿っていたのか、戦場となっていたのはグリッド086の下層に位置する昇降カタパルト付近だった。真下は深い霧で覆われた地上、落ちたら戦線復帰は不可能。真上はグリッドの天蓋で、横は雑多な工業設備の残骸で溢れていた。二機のスマートクリーナーが散々に走り回り、暴れ回った為だろう、焼け溶けた金属片等が激戦を物語る。

 だがしかし、しかしだ、大型兵器を二機同時に相手取ったというのに、純白の魔物の機体に傷はおろか汚れ一つもない。完全な無傷、消耗はゼロ。規格外のジェネレーター性能を鑑みれば、搭載火器がバズーカを除きレーザー兵装を主体としているため弾切れ等の損耗も期待できない。

 

 スリムなフォルムの機体は、鋭角な頭部とも相俟ってパワードスーツを着込んだ兵士に見える。赤い実体盾を備えているのが特徴的で、何より既存ACよりも一回り大きかった。

 猟犬達の機体が約十メートルなのに対し、ACホワイトノヴァは十五メートルほどもある。サイズ感はまさに大人と子供、性能差もそれに比例しているかもしれない。

 

『僕は仕事に関して手を抜いたことはない。やり残したこともね。だからこれははじめての残業だ。光栄に思ってくれ――レイヴン、僕に二度墜とされる奴は、君がはじめてだ』

 

 殺した。確実に。だがなんの奇跡か、生きていた嘗ての敵。殺し損ねていたのなら、今度こそ万が一がないように、徹底的に機体を破壊して周囲を破壊し尽くすだけだ。

 

 首輪付きの獣が牙を剥く。

 

 対峙する四機の猟犬が散開した。

 

 ここに、ルビコンを席巻する最大の戦火が花開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

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