首輪付きの山猫、赤い銃に繋ぐ   作:飴玉鉛

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【狩猟/戦闘】【臨死/逆撃】

 

 

 

 

 

 リンクスという男は、多方面からあらゆる分析を行われている。

 

 戦場での戦型、兵装、戦闘パターン。

 日常での性格、言動、嗜好と趣味。

 人間関係、精神性、特定条件下での判断傾向。

 

 敵はおろか味方までも彼に注視し、プライバシーや人権を無視してまで解析されている。敵はリンクスを除くため。味方はリンクスを縛り、同等の超人を人工的に開発するためだ。

 しかしリンクスが表舞台に登場してから十余年、未だに彼のイレギュラーな戦闘力を解明し、普遍的で代用の能うモノへ落とし込めた者はいない。十年近くも星系を股にかける大企業が、なんとかして対処しようとしているというのに、たった一人の人間を『英雄』の頂きから引き摺り下ろせないのだ。

 異常である。しかしそんなことはもうこの時代では当たり前の常識だ。時代の名が『リンクス』なのである。故に現在に至るまで、ほとんどの人間が認知していない――それこそあのミシガンが理解し、警鐘を鳴らすまでベイラム本社も認識していなかったであろう、リンクスの異常な精神性に触れよう。

 

 彼は常に最善を選び続け、最高の路を辿り、最速で目標に迫る。合理性を尊び、無駄を省き、それでいて常時自らの生存に最も重きを置いていた。

 言葉にすればそれだけだ。戦闘に於ける最上の理想値を叩き出し続けることは、戦場に身を置く者からすれば目指して当然のことではある。しかし、時に兵士は自らの死を以て任務を達する、究極の自己犠牲が求められており、企業の支配するこの時代、世界に於いては自己犠牲を強要されるのも珍しくない。

 だがリンクスはそんな道理など一顧だにしていなかった。例え敵前逃亡して任務を捨て去れば、企業に睨まれると知っていようとお構いなしに自らの生存を最優先する。彼は常に冷静にリスクを管理し、回されてきた書類に判子を押しているだけのように淡々としているのだ。

 己さえ良ければそれで善し。リンクスという男は極論、生き物なら執着して然るべき住処すら捨てるのに躊躇がない、渡り鳥のような性格をしている。社会性を削ぎ落とし、狂人めいて自己中心的に生きる動物なのだ、リンクスは。結果としてベイラムに籍を置き続けているのは、単にリンクスという男が常軌を逸して強すぎた余り、家を捨てる必要に迫られていないからに過ぎない。

 

 そして彼は必要がなくとも、気紛れに襲われたなら容易に家を捨てられる。

 

 つまり、リンクスは()()()()()()()()()()。立場や役割の話ではない、精神が何にも縛られておらず、自らの在り方にのみ肩入れしている。

 

 首輪付き(リンクス)などとは笑わせる。彼は単独で国家転覆を行える特記戦力(ドミナント)の力を持ち、自由意志を捨て去ることがない先天的な超人――彼こそが本当の意味で『レイヴン』なのだ。 

 幼少期の環境が今の彼を形成しているとはいえ、本質的に自由な人である男がベイラムに籍を置いているのは、あくまでミシガンに恩義を感じているからでしかない。ミシガンの読み通り、対策しないまま彼が亡くなれば早晩、リンクスはベイラムに居着くことなく出奔し独立傭兵に回帰していただろう。上官へ感じている恩義とて、彼の本能ではなく理性に訴えかけているだけの物だ。

 

 ――翻って見るに、現在『レイヴン』を名乗る少女はどうか。

 

 第四世代の強化人間にされて人間性を失い、再手術で感情を取り戻して尚、飼い主に依存し。特筆すべき才覚を惜しみなく磨いて、短期間で異様な戦闘力を獲得した。客観的に見れば、才能の面に関して彼女はリンクスを凌駕しているかもしれない。少なくとも今のレイヴンの年頃だった時、リンクスはまだそれほどの戦闘力を有していなかった。

 もし両者に差があるとするならば、それは戦闘に対するモチベーションの差だろう。飼い主のために全力で実力を蓄えていく少女と、単なる仕事として流しているだけの男。スキルアップを怠らない二人だが、そこに掛ける情熱の差が如実に現れているだけの話なのかもしれない。

 

 であればこそ、彼女の本質は自由ではない。他者に隷属する首輪付き、『リンクス』だ。

 

 リンクスの名を持ちながら、何者よりも『レイヴン』である男。

 レイヴンの名を騙りながら、何者よりも『リンクス』である少女。

 共に『ドミナント』だ。だから、共感がある。

 

 ――視線の交錯。意識の接触――刹那、男は――少女は――幻視した。

 

 ACホワイトノヴァに乗り、渡り鴉と対峙するリンクス(少女)を。

 ACナイトフォールを駆り、首輪付きの獣に挑むレイヴン()を。

 二人は立つべき場所を間違えていた。逆だった方が相応しかった。

 

 

 

 須臾の間、一秒にも満たない夢のような幻の交感。

 

 

 

 次の瞬間には忘却し、始まる。

 天は遠く、地も遠い。グリッドという超高層領域の戦闘、まさに天と地の狭間の戦いだ。

 

『ッ――!』

 

 会敵するや即座に開戦。戦場に在って不必要な言葉を紡ぐ余分を猟犬は有さず、標的を確認して悠長に口を開いた悪魔の傲慢を穿たんと散開する。

 しかし、リンクスに驕りはない。言葉を紡いでいようとその手脚は無関係に動作を行ない、自らの言葉に気を取られた者がいれば、一撃で撃墜せしめる正確無比な射撃を見舞っていた。

 軽量二脚型のACを駆るキングは、自機を掠めるレーザー砲に全身の毛を逆立たせながら、自らと同型の機体を操るレイヴンと共に突貫する。突撃して距離を詰めんとする二機の背後で、戦車型ACに搭乗するゴーストがあらぬ方角に砲撃した。そしてその直上で四本の脚を開脚し、ホバリングして空中に留まるシャルトルーズの機体が、ゴーストの苛烈な爆撃を補完して隙間を潰す。

 ゴーストとシャルトルーズの意図は、超高性能のハイエンド機に乗るリンクスの機動を妨げ、制限することにある。片眉を動かしてリンクスは独語した。

 

『――君ら、さては【ブランチ】じゃないな?』

 

 初動だけですぐ自らの誤認を悟るリンクスの洞察力は悪魔的だった。

 

 本物の【ブランチ】達は個々の我が強い。連携する技量と性質はあれども、こうまで自分を殺して味方の接近を援護する優等生ではなかった。

 実際に彼らと対峙し、殺めたのだ。リンクスは目の前のAC達が、【ブランチ】のライセンスを奪取した偽物だと一目で看破してのける。キングとレイヴンの、一直線に己へ向かう機動も、彼らが偽物であると判断する材料になっていたのだが――それがどうしたというのか。レイヴン達にはどうでもよく、そしてリンクスにとっても標的の正体は些事であった。

 

『よかった。僕がレイヴンを殺し損ねていた訳じゃないのか。安心したよ、こちらの不始末で部下が死んだ日には、流石に申し訳なくなるからね』

 

 自らの周囲に炸裂する火薬の衝撃と炎に動じず、慌てもせず落ち着き払ったまま、リンクスの操縦桿を握る腕とフットペダルを踏む足が忙しなく動く。

 右手側の操縦桿から手を離し、真横から引き出したキーボードに手を添え、精密機械の如く正確に指令を入力しながら、左手側の操縦桿を前に倒してフットペダルを両方ともベタ踏みした。

 

 その場で軽く跳躍し、両足が地面に接地する直前――リンクスのACホワイトノヴァは、背部のメインスラスターから青白い火を噴出する。

 アサルトブーストだ。自機に向かってくる猟犬と鴉に、首輪付きの獣は自ら突撃したのである。

 

 超低空飛行。周囲の爆炎を背景に急速に距離を零とした三機。キングが装備するレーザーランスは、内蔵ブースタによる推力を得て、残像を引くほどの速度で光の槍を突き出した。

 当たれば致命打にも成り得る高威力の近接兵装。ガトリングガンを主体とした近接射撃を得手とするキングであるが、アーキバスから買い取ったこの兵器を完璧に習熟している。

 しかしリンクスはキングのアセンブルを見た瞬間に、彼のACアスタークラウンは装備する兵装のバランスが悪く、重量負荷が限界を超えているのに気づいていた。故に動作が鈍い。動きが鈍いならソフトに接触するのは――リンクスにとって――至極容易い。ACホワイトノヴァが生身の如く滑らかに動き、実体盾を装備する左腕でソッとレーザーランスの本体に触れた。

 自機の脇へ逸れるように押して、微かに運動エネルギーのベクトルを逸してのけたのだ。必然キングの機体はリンクスの機体と交錯し、すれ違った。超絶技巧の神業を魅せつけられ、キングは慄然としながら背後を振り向く――ような無様は晒さない。リンクスならこの程度は容易に成すと知り尽くしている、故に落ち着いて機体を振り向かせつつガトリングガンを構えた。

 

 その最中に接敵したのがレイヴンだった。左手に射突型パルスブレードを展開しながら、右手のマシンガンで弾幕を張っている。この一戦の為に彼女は火力型リニアライフルから、ベイラム製マシンガンに持ち替えていたのだ。リンクスは斜めに構えたシールドで、マシンガンの弾丸を明後日の方向へ受け流しつつ接近。両肩のスラスターから推力を捻出する火の噴射、コンマ一秒以下のQBにより地面へ着地したリンクスは、そのまま地面に倒れ込みながらレイヴンの刺突を避け、シールドの裏で展開したパルスブレードを一閃した。

 これをレイヴンは、リンクスとは逆に、刺突を放ちながら機体を真横に倒してQBで横移動――空中で真横に機体を倒していたことにより――上昇して、リンクスの斬撃を紙一重で回避する。異次元の機動にリンクスは違和感を覚える。鏡を目の前にさせられたかのような不快感を感じたのだ。

 

(今のバレルロール……僕の真似か?)

 

 二機のACと交錯したリンクスは、首筋を撫でる殺気を探知。無意識のまま実体盾を掲げるや、上方からパルスミサイルが振ってきたのを防ぐ。

 警報は鳴らなかった。なぜならこのパルスミサイルは、ACホワイトノヴァをロックオンせずマニュアル操作で放ち、あらかじめ()()()()()ものだったから。パルスミサイルが炸裂して機体に強烈な負荷を齎されると、リンクスはQBを行ない瞬時にその影響下から脱した。が、既視感を拭えない。

 チャージしていたレーザー砲を、タンクACに放つ。完璧なタイミングでパルスシールドを生じ、リンクスの射撃を最小限のダメージでゴーストは防いだ。レーザー砲を肩にマウントし、代わりにバズーカを右手に握りながら振り向いたリンクスへ、制圧射撃の如くキングとレイヴンが弾幕を張っている。そして更にリンクスの背後の上方からシャルトルーズが砲撃を直撃させに来た。

 

 対策されている、研究されている、そんなことは日常茶飯事だ。だが、ここまでの練度で、ここまで完璧に()()()()のは初体験であった。

 

()()()()()()()()()()()()()。皮肉だな、犬っころが鴉の名を継いだか』

 

 既知感の正体。連携力、練度、戦型から、いつか交戦した猟犬達が該当。この異様な照合能力の高さもまた、リンクスがイレギュラーたる所以だろう。

 白い悪魔から表情が消えた。

 いつものように無傷で切り抜けようという、スマートな戦法を棄却する。

 レイヴン達の弾幕を防いでいたシールドを降ろし、機体性能に物を言わせた急加速で包囲網を強引に脱した。その際に幾らか被弾したが、ホワイトノヴァの堅牢な部分の装甲に()()()()()()()()故に有効打とならない。まんまと包囲を抜け出したリンクスは、()()()()()()のは承知の上で戦術を決定する。

 

 四対一。練度は高く、そう何度も包囲網を築かれては死のリスクが高まる。であれば定石通り、最も弱い者から順次撃墜し数の利を崩すまで。

 

 しかし最弱が誰かをこの短期間の交戦の中で見極めるのは流石に困難だ。

 

 なら消去法で対象を絞る。漆黒のACナイトフォールはレイヴン、同色の黒いACアスタークラウンはキング。この両名は最も手強いとなれば、未知数の戦車型ACか、黄色を基調としたACアンバーオックスを駆るシャルトルーズ。このどちらかを先に落とすのが手堅いか。ではどちらを?

 知れたこと。力量を掴めぬなら、邪魔な方から先に潰せばいい。リンクスは右手のバズーカを、あろうことか()()()()()()()()()()

 

『――シャル(619)、そっちに行くよ、気をつけて』

 

 少女が秘匿通信で警告するや、少年はホバリングモードを解除し重力に引かれて自然落下を開始。速射に切り替えたらしい悪魔のレーザー砲が、凄まじい精度で連続して放たれる。QBで回避を試みるシャルトルーズだが8割を被弾、殆ど躱せていない。しかし致命打となり得る箇所への被弾は避けていた。

 

『ぅぅぅう――ッ!!』

 

 苦悶の呻き声を上げ、シャルトルーズは額に汗を浮かび上がらせながら、両腕のバズーカと右肩の大型火砲グレネードキャノンを発砲。左肩のパルスミサイルも発射した。だがホワイトノヴァは高速機動で動き回りながらも、人間離れして正確な速射で()()()()()()()()()()。中空で無為に爆発したバズーカの弾頭が、発砲された大型火砲の弾頭も爆炎に巻き込み無駄になる。

 なんという神業だ。だが山猫の技は悉くが神技、今更驚くには値しない。戦車型ACが地を駆け、無名の巨漢が雄叫びを上げながら突貫した。シャルトルーズの立て直しを援護する為だ。

 

『ウォォォォォ――!』

 

 右腕のガトリングガン、左腕の重ショットガンを連射し、両肩の小型連層グレネードキャノンを発砲するゴースト(620)。タンク型の地上での速力と、過剰なまでの火力に物を言わせた突撃は、エースの称号に相応しい凄腕であっても圧力と脅威を覚えるだろう。けれども、リンクスは冷静だった。

 背後から猛追するレイヴンとキング両名の弾幕と、小型連双ミサイルを機動力だけで振り払い、盾を構えて迫る戦車型のACへ自ら突貫。集中砲火に耐えられずシールドが破損するも、盾が役目を果たしている内に白兵戦の距離に達するや、リンクスは即座にゴーストへ強烈な蹴撃を見舞う。

 激烈な衝撃を受けて鼻血を噴き出し、ゴーストは一瞬気絶する。次の瞬間に目を覚ますも、その一瞬は命取りとはならなかった。ホワイトノヴァはゴーストを蹴りつけた勢いに乗り、そのまま空高くへと跳躍していたのだ。狙いは依然変わらず四脚型ACアンバーオックス、シャルトルーズである。

 なんとか体勢を立て直し、反撃を行うアンバーオックスに、ホワイトノヴァは超高出力のブレードを展開。一撃で撃墜するべく光の刃を振るい――

 

 

 

『――()()()()ッ!』

 

 

 

 アンバーオックスは両腕の武装をパージ、自らアサルトブーストでホワイトノヴァに接近する。

 武器の重さの分だけ身軽になり、更に振るわれた光の刃を左腕を犠牲にして防ぎつつ、空の右手を拳の形にしてリンクスを殴りつけた。

 

『ッ……!?』

 

 予想外の反撃と衝撃、リンクスの機体が硬直した。この僅かな隙を生むために、シャルトルーズは危険な橋を渡り切ったのだ。

 そう。ここまで全て、想定通り。幾百も繰り返した訓練の結実。少年は歯を噛み締めながら高速機動で離脱して――急接近するキングがブレード以外の全兵装をロックオンする。ゴーストが、レイヴンが同様に火力を集中した。この盤面、この刹那、悪魔を祓う狩りが成就する。

 

 ――殺られる!?

 

 リンクスの体感時間が止まる。

 

 自らの後方、5時と7時の方角から火線。自機の左側、9時の方からも火線。前方12時の方角から遅れながらも四脚型が砲口を向けてきている。

 時は止まった。

 止まった時の中で、思惟が弾ける。

 思考が奔る。

 意識だけが先行する。

 自機は硬直し入力を受け付けない。このままだと死ぬ、殺される! どうする、どうすれば? 回避は不可、防御も不可、アサルトアーマーの展開も間に合わない、どうする、どうする――?

 

『    』

 

 止まっているはずの時間の中、リンクスの手脚は高速で最短の指令を自機に入力した。

 如何なる指令も受け付けないはずの硬直状態(スタッガー)、しかし自機の硬直を無理矢理に解除する方法がACにはある。それはアサルトアーマーの展開だ。しかしそれが間に合わない、ならどうする? 答えは一つ。ハイエンドの最新鋭機である、ホワイトノヴァだけが取れる選択肢があった。

 

 ガコンッ、と機体が鳴る。

 

 不自然に手足が駆動し――()()()()

 

『――なっ』

 

 戦闘中の緊急変形など試したこともない、ぶっつけ本番の初公開。リンクス以外なら失敗し、機体制御もままならぬであろう無理な体勢の中、白い悪魔は伝説の所以を魅せつける。

 動けない中での変形、戦闘機形態に移行したホワイトノヴァが、アサルトブーストにより急加速を行い死地を突破。高火力だがその分、再装填に間を置いていたゴーストに向けて飛翔。コアの中心へと戦闘機形態のまま体当たりを食らわせ、ゴーストの胴体へ戦闘機の尖った先端で穴を開けた。

 

『20ォ――!』

 

 断末魔もなかった。超質量で肉体を押し潰されたゴーストが戦死する。すぐさま人型形態に変形して、タンク型から離れた白い悪魔が、全身に鳥肌を立たせたまま薄く笑う。

 

『……まず、一機』

 

 モチベーションという名の才能の面でレイヴンはリンクスを凌駕している。

 だが猟犬達が相手取っているのは、レイヴンより()()()()も長く戦火に身を晒し、戦い抜いてきた古強者であった。単純に年季が違う、培った技量の差はそう簡単には覆らない。

 

 ゴーストを呼んで叫んだのは少年シャルトルーズだった。痛々しい少年の悲鳴、慟哭にレイヴンは瞳孔を開く。少女は、怒りという感情を思い出した。

 

 

 

 

 

 

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