首輪付きの山猫、赤い銃に繋ぐ   作:飴玉鉛

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動乱の渦中から、その後の小さな革命

 

 

 

 

 

 大恩ある企業を酷評するのは、社命に対し忠実であらんとする社員として非常に心苦しい。しかし今回は敢えて、そうした心情を切り捨て申し上げる。

 

 無論、一個人が企業に意見するどころか、天に唾するが如き悪罵をぶつけるのは自殺に等しい愚行だと理解している。だが事が企業の今後の隆盛に関わるとなれば、この身命を捧げる覚悟で経営陣を諌めねばなるまい。我らがベイラム・インダストリーは、遺憾ながら一つの致命的欠陥を有しているのだ、と。

 

 ベイラム・インダストリー及び系列企業の上層部は、口惜しいことに無能としか評価できないのだ。

 

 公平を期して述べるなら、経営や開発に関しては有能だが、企業間闘争の軍事に関しては口出し無用を願い出たくなるほど害悪であった。お偉方の頭には黴でも生えているのだろうか?

 違うと言うなら提言する。今一度じっくり軍事専門書を熟読した上で熟慮して頂きたい。

 幾冊かの軍事専門書を真に読みとけば、社是にある物量による制圧は考えなしに力押しをする、思考停止の免罪符ではないとお分かり頂けるはずだ。限りある資源を有効に活用し、物資含む人的資源を効果的に運用することで物量は真価を発揮する。量さえあれば百戦して百勝を得られるわけではない。

 

 上層部が現実的な軍事を理解していなくとも、一定の成果を得られるのは、ひとえに自分達の立てた下策中の下策、思考停止した正面対決ですら、優れた統率力でなんとか勝利をもぎ取れる名将がいるからだ。ここで言う名将とは、ベイラムAC部隊の切り札、レッドガンの総長ミシガンのことである。

 彼がいなければ今頃、木星でもアイランド4でも、軍事衝突の末にアーキバスに遅れを取り、取り返せない失点が幾つも積み上がったに違いない。なのにベイラムの上層部はミシガンの成果を当たり前のものとしてしか受け取らず、一向に作戦立案能力を改めようとはしていなかった。

 

 もう一度申し上げる。遺憾の意を表明しよう。

 

 長期的な目線を持つ者からすると、ベイラムは沈みゆく泥舟に見える。今だから告白するが、私もまたベイラムに見切りをつけて、出奔する計画を密かに立てはじめていた。

 身命を賭しての諫言と言いながら、斯様に逃げ出す準備をしていたことはお目こぼし願いたい。

 しかし私は、出奔を思いとどまるに足る情報を掴んだ。嘘か真かベイラム上層部がそうした怠慢を是正しつつあるというのだ。もしもお偉方の思想と運営方法を改善、改革するなら未来はある。今暫し様子見することにして、ついでにことの真相を確かめようと情報を集めた。

 

 どうやらベイラム上層部の、軍事面での思考停止的な戦力運用に風穴を空けたのは、社是に真っ向から反するどころか、非現実的な戦果を度々積み重ねる一人のイレギュラーであるようだ。

 

 強化人間部隊『レッドガン』のトップガン。AC乗り界隈に名高いエース・オブ・エースだ。彼は物理的にも部隊運用的にも無理が出た作戦があると、上層部へ怒り心頭に発したミシガンに単機で任務に放り出され、その悉くで目を瞠るほどの戦果を叩き出し続けた。そうなると上層部は彼に目をつけ、何度も何度も無茶ぶりとしか言えない任務を押し付けはじめたのだ。馬鹿なのか?

 単機での燃料基地襲撃、単機での通信基地襲撃、単機での敵艦隊の撃墜、単機での、単機での、単機での……有能な人材を使い潰すことに定評のある上層部は、レッドガンのエースを使えば大抵なんとかなると理解すると更に酷使したではないか。本格的に頭の病院に通うのをオススメする。

 件のエースは幸運にも社命に忠実だった。アーキバスの骨のない部隊など、例のエース――リンクスのACを目にすると戦意喪失し、敵前逃亡を図るようになる始末。挙げ句の果てには依頼中にリンクスと遭遇すると、当たり前みたいな顔で仕事を放棄した独立傭兵が、契約内容に反するとして違約金を求め出すまでになった。まさにアーキバスの悪夢的な存在である。

 すると頭に極彩色のお花が咲き乱れるベイラム上層部は気を良くして、考えなしにリンクスの酷使を加速する有り様だ。流石に疲労困憊したリンクスが溜まりに溜まった鬱憤を爆発させても不思議ではない。企業に対して忠実なリンクスが、こんな趣旨の発言をするようになったのも無理はないだろう。

 

「もう無理だ。これ以上は死ぬ。転職しよう」

 

 イレギュラー・リンクス、ベイラムに愛想を尽かす。その一報は電撃的に広まり、敵対企業であるアーキバスまでもがそれを信じて秋波を送った。

 これもまた当然だろう。強化人間だと周囲から見做されてはいるものの、情報通にはリンクスが生身の人間であると露見しており、畏れられているのだ。アイランド4での出撃率を見るに、ただの人間が熟せる仕事量の限界は超えているし、過労死寸前ともなれば転職という名の離反をしてもおかしくはない。普通なら企業からの離反は死を意味するが、一人軍隊に等しいリンクスほどにもなると引く手数多だろう。現にアーキバスは熱烈にリンクスを勧誘した。

 これに慌てたのはベイラム上層部だ。以前リンクスの齎す戦果を疑い監視として付けられた本社の人間からも、彼は化け物だと報告されてその戦果が本物だと認識していたはず。リンクスが離反なんてしようものなら、彼の脅威がそのまま自分達に降りかかるのは目に見えていた。なのになぜ今までその可能性に気づかなかったのだろう。軍事担当幹部はロボトミー手術を受けるべきだ。

 

 遅きに失した感は否めないが、上層部はリンクスに纏まった休暇を与え、さらにハニートラップに等しい女性を複数、機会があるごとに送りつけ、多額のボーナスを出すなどあからさまに優遇措置を施した。さらにご機嫌伺いとして本社のエリート様が頭を下げて媚びる始末である。無様だ。

 過激な上に馬鹿な一部の幹部が、リンクスを暗殺してしまえと宣ったこともあるらしいが、流石にそれは一蹴されている。アーキバスが先例となって、度々暗殺者を差し向けたが、悉く失敗していたことぐらい把握していたらしい。保身にだけは長けているようで結構なことだ。

 だがリンクスは本社からの掌返しに絶対零度の態度で応じた。今更何を言ってるんだと取り付く島もない。事ここに至って漸く慌て出した上層部は、半ば捨て鉢にリンクスに何か希望はないかと訊ねたらしい。そこまでして漸くリンクスは要求した。それが譲歩だと何人が理解出来ただろうか?

 

「幾らなんでも貴方達が立てる作戦はお粗末過ぎる。こんなのは僕だからなんとか出来るだけで、普通ならとっくの昔に死んでいるだろう。特別に教示して差し上げるが、組織的に上手く切り盛りできるミシガンがいなかったら、僕がいたとしてもとっくに前線は破綻しているはずだ。企業として真っ当で効率的な利益を得たいなら、少しは軍事に理解のある人間を幹部に起用してくれ。そうだな……僕としてはレッドガン副長のナイルあたりなら信頼できる」

 

 鶴の一声だった。上層部はリンクスの提言を真摯に受け止め――はしなかったが、単機で一個軍団に匹敵するであろうリンクスの、殺気を放つ目が告げていた。ナイルを幹部にして作戦立案担当にしなかったら離反すると。なるべくそれは避けたい上層部は、渋々見下していた現場の人間を幹部に引き入れた。

 実権はあくまで参謀の範囲を逸脱しないものだが、これまでの例にない人事である。斯くして無能な軍事部門の参謀は更迭され、幹部はナイルの意見を優先的に聞き入れることが決定される。素晴らしいとしか言えない展開だ。

 

 願わくばレッドガン副長ナイルの登用、抜擢によりベイラムの未来が明るくなりますように。一人の社員として、また責任ある立場の者として、切に願うものである。そして出来れば件のエースを素体にクローン作成、または本人の強化手術を手掛けたいなとささやかな希望を述べたい。

 

 ――ベイラム先進技術開発局、および強化技術研究開発部局長コジマの殴り書きより。(※遺棄済)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 髪はボサボサ、目の下にはくっきりと浮かぶ黒い隈。清潔感がなく、全身から草臥れた雰囲気を醸し出すその男が、幽鬼のようにフラフラしながらACのコア・ハッチから這い出てきた。

 

「……ご苦労だった、G3」

 

 厳格さと苛烈な気性で知られる男は、部下達の前で無様を晒した者を見つけた場合、普段なら口汚い罵倒か鉄拳を繰り出していただろう。だが地獄の獄卒のように厳しいその男が、短くとはいえ素直に労いの言葉を掛けたとなれば、疲弊している男の熟した仕事が如何に過酷だったのかが伺い知れた。

 レッドガンの属する基地の格納庫には、総長ミシガン以下、全ての部隊員が勢揃いしている。横並びになって彼らが迎え入れたのは、誰しもが最強と信じ同じ隊に属するのを誇りとする英雄だ。赤い銃に自ら鎖を繋いだ白い悪魔である。彼の成し遂げた偉業に、多くの部隊員が目頭を熱くさせていた。

 

「……流石に疲れた。だがまあ、()()にはなったと思っていいかな、総長殿」

「いけ好かないクソ共の鼻を明かし、レッドガンに作戦決定の権限を手繰り寄せたッ、貴様にしか成せない馬鹿げた仕事だったと認めるッ! いいかよく聞け、一度しか言わんぞッ! 貴様を部下に出来たのは……チッ、言いたくはないが、俺の生涯で最高の幸運だろうなッ! 目利きに自信がついたぞ!」

「ははっ……褒められると、やはり、気分が良い。もっと普段から、褒めてくれ。そうすれば、優しい総長殿だと、皆に慕われるぞ……?」

「喧しいわ! ――役立たずども、何を黙っている! 手に持っているのはなんだ、持ってて嬉しい新品の玩具か!? バカ丸出しで突っ立ってる暇があるなら……先に逝った馬鹿な同胞にィ! ……捧げェ、筒ッ!」

 

 ミシガンとリンクスの関係は、不思議なものだった。

 上司と部下なのに対等で、親子ほど年の差があるのに遠慮がなく、性格も容姿も能力適性も全く違うのに朋友のようだった。

 二人のやり取りに、微笑を浮かべる隊員達と訓練生達。それを見咎めたのかミシガンは怒鳴り激しい命令を下して。途端、表情を引き締めた面々が、長筒の銃を虚空に掲げて空砲を鳴らした。

 それは鎮魂の儀式。先に散った仲間を偲び、訣別する行ない。沈痛な、或いは神妙な面持ちで、空砲の齎す音の余波を感じ、余韻に浸る。

 この時ばかりは悪童根性の抜け切らないイグアスも、面倒を嫌うヴォルタも真剣な――ほんの少し意外そうな目でミシガンを見つつ、長筒を捧げ軍靴を揃えていた。

 

 事の発端は、リンクスがACホワイトユニコーンを受領してからのこと。

 

 激化するアイランド・フォーの動乱で、一挙にアーキバスのヴェスパー上位2名を仕留めたことで、勢いに乗ったベイラムはアーキバスの主要拠点へ攻め掛かるようになった。この動乱で主導権を握ったベイラムは、一秒でも早く惑星アイランド4からアーキバスを追い払ってしまいたかったのだろう。ベイラム側の部隊が疲弊し、損耗が出るのを織り込んでの力攻めを敢行したのだ。

 だがアーキバス側もやられてばかりの馬鹿ではない。いや、現場にある程度の裁量権があり、『再教育センター』や『ファクトリー』という悪名高い『人材再利用システム』があるお蔭で、捕虜等を有効に活用できる分、作戦遂行力と人的資源に関してはアーキバス側に分があった。

 V.ⅧスネイルがV.Ⅴに昇格し、アイランド4の戦線を広域に亘り掌握することで、企業間の旗色は一挙に変わることになる。ふざけた脳死戦術で運用されていたベイラム部隊を、アーキバスは各地で間引き戦術で刈り取りつつ徐々に後退。敵方から捕虜を取るなり、捕虜はすぐさま『ファクトリー』に送り込んで、自社勢力の捨て駒として再利用。しかも敢えて再利用中の人材を乗せた機体は通信を常にオープンにし、ベイラム側の士気を削った。

 

 そうした中で、遂に後退を続けていたアーキバスが反撃に出た。レッドガンから取った捕虜、コールサイン持ちのG6からG13までの正規部隊員を、数カ月間の丹念な『再教育』により洗脳を施して、レッドガンが出張る戦場に投入。捨て駒として敵の精鋭部隊を抑える作戦に出た。

 斯様な悪辣な策によりレッドガンの士気を著しく乱し、アーキバスへの憎悪は激しくなるのは自明のことだっただろう。リンクス含むレッドガンの主力が出張る戦域は捨て、アーキバスは主要地域以外を軒並み抑え、非正規戦により兵站を脅かすハラスメント行為に終始したのも大きい。その間主力を温存し、きたる決戦の時に向け十分な力を蓄えるアーキバスをレッドガンは侮蔑した。

 

 斯くして、リンクスの忍耐が限界を迎えることになる。

 

 使えると見れば酷使し、使い潰すベイラム上層部に怒りを募らせ。精鋭部隊レッドガンすら平然とすり潰すように運用する、頭蓋骨の中に蛆虫を詰め込んで物を考えている気になっている俗物共を一掃してしまおうか、と不満を漏らすまでになった。目にかけていた後進を自らの手で撃ち殺すこと数度、仲間殺しや粛清任務に耐性がなかったリンクスが怒り狂うのも当然だろう。

 すわリンクスと、彼に同調する部隊員が、ベイラム側の不穏分子に早変わりする直前に。レッドガン副長のナイルと、総長ミシガンが待ったをかけた。

 規律と責任を守るミシガンは、確かに上はクソだが大部分の将兵に罪はないと内心を吐露。そこで穏便に事態を改善する策を――特例上位ランカーの枠組みにも収まらぬ例外、リンクスにしか出来ない荒唐無稽な策を提示した。それは脳味噌の代わりにノミの死骸を詰めた上層部でも理解できるほど、リンクスの脅威を徹底的に叩き込み、上層部から譲歩を引き出すというものだ。

 

 無論リンクスにだけ重荷を押し付けるほどレッドガンは惰弱ではない。ミシガンを筆頭に、不自然でない範囲で己の功績をリンクスの物として捏造し、その手のデータはナイルが改竄し管理した。いわば今回の件における『英雄リンクスの脅威』は、レッドガン全体が協力して作り上げた偶像なのだ。

 割合としてはリンクスが六割、残り四割が他隊員の実績という――現実的に見てもリンクスの桁外れさ、規格外さを表しただけなのだが……果たして『英雄リンクス』は自らの有用性と実力を、物覚えの悪い上層部に改めて証明。その上で無理難題を押し付ける事はせず、レッドガンの参謀を本社に異動させ、ベイラムが抱える最大の問題点を大きく改善させるに至る。以て――レッドガンは悲惨な末路を辿った同胞を弔ったのだ。

 

 ――イレギュラーを擁するとはいえ、前線の一部隊が星系を股にかける巨大企業から譲歩を引き出し。あまつさえ体質を、ほんの少しとはいえ改善するという偉業。協同で成し遂げた大きな、しかし決して表沙汰にはならない一つの成果は、レッドガンへ更に強固な団結力を齎した。

 

「……私がこれから負う、諸々の面倒毎のストレスも慮ってほしいものだね」

「この俺をベイラムに引き込んだんだ、貴様の自業自得と割り切れ!」

 

 ただ一人、魔窟そのものな本社に異動することになるナイルが苦笑い気味に愚痴ると、ミシガンは大口を開けて大笑いした。珍しく豪放磊落な、爽快な笑い声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 




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