強化人間C4-621起動
意識レベル、標準値。覚醒しました
覚醒しました
覚醒 しまし た
621……お前に意味を与えてやる。仕事の時間だ。
『――ブリーフィングは聞いていたな? 今から内容を詰める。少しでいい、耳を貸せ』
飼い主。雇用主。持ち主。
ああ、呼び名はなんでもいい。AC操縦に最適化され、それ以外の機能を剥奪された生体パーツは、自らの識別名を呼ぶ声に反応を示さず、
仕事を命じられる。AC操縦に関わる仕事なら問題ない。恙無く遂行する、不可能でも命令に沿う。たとえこれから死んでこいと命じられようと、なんの感慨もなく死の旅路を歩むのみ。
無感情なのではない。あるかなしかで言えば感情はある。だが課せられた仕事、役割を果たす工程で、なにを犠牲にしても揺れ動く心の波が削ぎ落とされているのだ。『物』にそんな感傷は不要だという合理的な判断と、搭載する機能として無駄と見る無機的な思想がある。
脳を焼かれた強化人間とはつまり、施術者による思想の体現だ。廃人とすら評することができない、人間的な要素を削除された、ACを構成するパーツの一つへ徹させる物だということである。
――不可解。所有者は、当方に確認を取る。なぜ? 解は……『人』の中には『物』を大事にし、愛着を持とうとする属性があるらしい。当方の所有者はそうした属性の持ち主なのだろう。
――無理解。所有者の思想は合理的ではない。意味があるとも思えない。
――音声再生。「621、お前に意味を与えてやる」音声再生。「621、お前に意味を与えてやる」音声再生。「621、お前に意味を与えてやる」音声――「意味を与えてやる」
――意味。所有者がそう望むなら、当方に与えられる意味を……。
『この惑星での動乱は、間もなくベイラムの勝利という形で終息するだろう。敗北を認めざるを得なくなったアーキバスは、スムーズな撤退が行える内に、せめてこの星で得た希少な特産物を保持して撤収したいと考えている。そこでお前達の仕事だ。621、お前に僚機として617をつける。アークライン宇宙港より撤退を開始する、アーキバスの艦隊を護衛するんだ』
621は現在、ACを輸送するヘリの中にいた。
自身に向けての説明を正確にインプットして、命令内容を履行する立ち回りのプランを構築する。
『たった今、申請していた防衛対象のデータと、ベイラムが投入するだろうと予測される戦力予想データが入った。お前達の機体にデータを送信してある、今の内に頭に入れておけ。特にベイラムから送り込まれてくるらしい、レッドガンのコールサイン持ち三名、G4とG5には注意するんだ。もう一人のG6は新米だが、侮るなよ。レッドガンは精鋭だ、油断すれば撃墜されるぞ』
撤退する艦隊の防衛――となると、艦隊には多数の人員や物資が積載されているだろう。必然、脚は遅くなり、襲われた際の抵抗も薄弱になると予測される。自機のACが高機動型にアセンブルされている理由は理解した。後は自分と僚機がどう動くかだが、それはハンドラーに指示を求めればいいだろう。
ハンドラー・ウォルターは続けて言った。
『それから、お前達にはアーキバスからの依頼を受けてもらうが、619と620はベイラム側の依頼に送り込んである。619達が受けた仕事では
依頼の二重取りだ。かなりリスキーな立ち回りである。幾ら吹けば飛ぶ民間個人事業主といっても、両方の企業から睨まれそうであるが……飼い主に上手く切り抜けられる
ウォルターの意図としては、技量向上に意欲的なハウンズに、有用な戦闘ログを手に入れさせてやる気なのだろうが……それにしても不可解である。
――難解。『興味』があれば? どうすればいいのか。
621はウォルターの言葉に、ほんの微かに困惑する。共有しろとはっきり命令された方が分かりやすいというのに、なぜわざわざ迂遠な物言いをする?
しかし、困惑する621とは異なり、僚機になる617に戸惑った様子はない。スムーズに了解の意を文面にして送信していた。それなりに長く飼われている先任の反応からして、慣れたら自分もそうするようになるのだろうかと、薄い思考が621の焼け残った脳に走り抜け、消える。
『作戦領域に到達した。ヘリのハッチを開放する、二人とも配置につけ……お前達ならやり遂げられるだろう、期待している』
期待している。
期待? 音声再生。「お前に意味を与えてやる」。当方に与えられた意味とは、なんだ?
分からない。いずれ、分かるようになるのだろうか。
617に疑問送信。返信。
――お前の「意味」は、お前が決めろ。
――自主性、尊厳、それがウォルターの望む、お前が獲得するべきものだ。
――俺の「意味」は、ウォルターの望みを叶えること。621、お前はどうする。
ハッチから機体が投下される。重力に引かれて落下していく中、メインシステム戦闘モードを起動しながら621は思考する。
自主性、尊厳? それは、なんだ。まるで……『普通の人間』が持つものではないか。物ではない人になれ、と? 命令ではなく、願い、祈り……?
頭が重い。切除されたものを、自らの手で搭載させようという試みは、ひどく――難しい。
だから差し当たり、仕事をする。これも与えられたものだ、仕事を重ねていけば、いずれ所有者の意図を理解できる時がくるかもしれない。
仕事に移ると、621は617が僚機に選ばれた理由を理解する。
ロールアウトされたばかりの621に、僚機との連携は覚束ないのだ。故に621が好きに動き、それを実戦経験のある617が援護するという形を取ったのだろう。
621は銃を撃ち、襲来したベイラムの武装ヘリ、MT部隊を迎撃しながら学習する。617が援護射撃をしてくるタイミング、617の戦闘機動、全てをつぶさに見て取りながら対応し、自身も僚機の脇を固めるように動いた。それを間近で見ている617は、621の適応力の高さに目を細める。
素晴らしい性能だ。ウォルターは良い拾い物をしたらしい。如何に同世代の強化人間といえど、性能は決して均一ではないのだ。個体性能差はどうしたって出てくる。そういう意味では、あの新米はすぐにでも617を凌駕してしまうだろう。これは幾つかの死線を潜り抜けた経験が、617に洞察させる直感であり――少し、面白くない気がする。
負けない。いや、負けたくないのか? 俺は。
ウォルターの影響か、物言いが似てきた617は懐疑する。
彼もまた依然成長途上だ。621という
ウォルターは、617の示す反応に、微かに口元を緩めて。
そして。
青褪めた。
『なッ――あ、アレは!?』
『うわぁぁぁ!? あ、悪魔が、悪魔が来てる――!?』
『ホワイトユニコーンだと!?』
『上の馬鹿共、何がレッドガンのエースはこちらで抑えるだ、こっちに来てるんじゃねぇかよ!』
ウォルターは、レーダーの示す反応を見る。
襲来する白いACを見る。
通信の繋がっているアーキバスの部隊の音声を聞く。
そして、ベイラム側の依頼に送り込んでいる619達から入手した、ベイラムの無線コードからも。
『先行部隊に伝達。こちらレッドガン所属、G3リンクスだ。
待たせたな、これより戦線に突入する。諸君らはそのまま、各自の仕事を適当に済ませてくれ。
命は大事にするんだ、アーキバスの連中とは違って、諸君らに代わりはいない』
爆発的に向上する、敵部隊の士気。雄叫びをあげ、炎を纏ったかのような気炎が立ち上る。
ウォルターは、叫んだ。
『――いかん、退避しろ617、621ッ!』
叫びは届き。しかし命令遂行は困難。
VOBを装着し、高速で作戦領域に突入してきた白いACは、運悪くか、はたまた運命の悪戯か。
621と、617が、真っ先に交戦する
銃を構えた。
首輪付きの悪魔の機体と――未だ無銘の、赤い猟犬の二機が。
『621』
プレイヤーとしての目線なら、チュートリアルでイレギュラーと交戦する羽目になる。言うまでもなく負けイベ、どれだけ腕が立っても装備的に絶対に勝てない。
如何に生き残るかが目標で、僚機をどう使うかがポイントになる。