VOBをパージし、作戦領域に現着した白いACホワイトユニコーン。
純白の機体には汚れ一つ、凹み一つなく、新品同然の新しさが残っている。
強化人間C4-621は、先立ってのブリーフィングでインプットしたデータの中に、この機体に該当するものがないのに気づくと、当初の予定や予測にないイレギュラー要素と判断した。
ハンドラーからの命令は退避、つまり交戦せずに離脱しろというもの。だが621は白いACのブースター出力と、自機と対象の距離を予測算出。白いACが現着した瞬間、自機の性能では退避が覚束ないのを理解していた。しかしハンドラーの指示は絶対、退避を念頭に置くのなら、一度白いACに手痛い損耗を与え、引き撃ちの要領で後退していくしかないと判断する。
普及型アサルトライフルを構える。と、同時に白いACのメインカメラが自機とその僚機を捉えた。
『独立傭兵? 逃げ出さない奴は久し振りに見たな。まあいい、仕事の邪魔をするなら排除する』
それは数多のAC乗りにとって、死刑宣告に等しい殺害予告。恐怖に呑まれ逃げ出しても責められはしない悪魔の魔力だ。
暗号通信。僚機617から。――近接射撃を仕掛ける。援護しろ、621。
先程まで援護に徹していた617からの指示。強制力はない、しかし先任の判断は聞く価値がある。今の621を主軸に置けない、危険な敵だと617は暗に告げているのだ。否はなかった。
暗号通信。自機から617へ。――了解。注意喚起。交戦対象の後続に、識別反応G6レッドの機体が接近中。現着まで残り一分。
レーダーがキャッチした反応を伝達すると、了解の文字が短く返信される。
そうして複合型リニアライフルを向けてきた白いACへ、先んじてメインブースターを全開に617が仕掛けた瞬間であった。ありえないことに、白いACが――
「――――!?」
621は即座にスキャン機能を使用。617の装備するガトリングガンの銃声が轟く方角に自機正面を向け直し、アサルトライフルを向けた。この反応の早さが功を奏し、放たれてきた弾丸が自機の装甲が最も厚い箇所に着弾する。予想を超えた速度域での衝撃に機体が揺らぐも、621はろくに戦況を把握できていないまま牽制射撃を行なった。
621の放った弾丸は掠めもせず明後日の方へ。FCS任せのアシスト機能が追いつかない? 機体を止めたままでは的にされる、ブースターを吹かし滑走しながら白いACを目で追った。
なんとか見つけた先では、617が早くも小破判定の損傷を受け、機体の各部から火花を散らしているではないか。冷却を要するほど酷使したガトリングガンを肩にマウント――左肩のパルスシールドを発生させながら、右手に大豊製のマシンガンを装備し、無作為にも見える精度で弾薬をバラ撒いていた。
617は白いACを捕捉し続けている。僚機の向きから逆算してメインカメラを向けると、やっと白いACを自機で捕捉できたが、ロックオンしようとする度にQBにより逃げられる。
被弾。視界の外、死角からの射撃。左肩に被弾し、ミサイルポッドが破損。誘爆する前に切り離しながら621は戦術パターンを変更。617にだけは当てないようにしながら、とにかく弾薬をバラ撒く。端から相手に当てることを度外視した、牽制の意味しかない射撃だ。
銃身の冷却を終えるやガトリングガンを取り出した617が再び弾丸をバラ撒く。自機も、僚機も、ひたすらに不規則機動で飛び跳ね、滑空し、滑走して的を絞らせない。猟犬の連携は、片割れが新兵とは思えぬほど有機的だ。しかし、白いACが発砲するごとに、どちらかが必ず被弾していた。
「――――ッ」
『この感じ、僕の戦型をよく研究している。それに感情の
後の戦闘を視野に入れ、弾数を温存し燃料を節約している様子だった白い悪魔が微かに笑った。
以前自分と交戦していながら生き残った猟犬部隊『ハウンズ』を、自分でも調べていたのだろう。一度交戦していながら生き残った相手は調査する、撃墜王の気紛れか――621達の飼い主まで特定されていた。単なる興味本位、好奇心の向け方は猫のようであり、危険な獣に照準されたような緊迫感がある。
『前のままなら二回は撃墜できているはずなんだが……腕を上げたか。だが独立傭兵相手に遊んでいられる状況じゃない。見逃してやってもいい……が、腕の立つ独立傭兵は、企業からすると目障りだからな。今後の仕事中にも邪魔立てされるリスクを考慮して……
戦闘中にも関わらず、呑気に口を動かす余裕に満ちた声音。白いACの被弾数が、あれだけの弾幕に晒されていながら未だにゼロだから余裕があるのか。
621は隔絶した力量差に
力量もそうだが、機体の性能が絶望的に隔絶している。
完成した第四世代の施術を受けた強化人間にとって、神経を接続した機体は肉体だ。
肉体の『延長』として武器を使うのではない、肉体の『一部』として動かすのでもない。完全に自らの体そのものとして機体を定義しているのだ。
故に、人機一体。ノーマルの人間とは異なる、生体パーツの真髄である。
強化人間C4ー621は実戦投入直後、つまりはロールアウトされたばかりでも、当然のようにACを動かせている。自分の体として動かす感覚なのだ、不随意な箇所など全く無い。
しかし、621は実戦経験がなく、起動されてからまだ間もないニュービーである。だから与えられた機体しか知らず、自機の性能になんら不満を持っていなかったのだが――621は、知ってしまう。思考能力を有し、敵戦力を評価する機能がある故に、
「ッ……!」
FCSは動体視力、敵味方の識別能力に。機体パーツの頑強さは骨格に。内蔵ジェネレーターは筋力に。そしてメイン・サブブースターは感覚、各種姿勢制御システムにそれぞれ直結する。
特に大事なのはFCSとジェネレーターだ。幾ら立派な機体を有し、高性能な武器を積んでいようと、目が追いつかなければ射撃精度は落ちるし、そも高機動型の相手の動きについていけない。必要な筋力がなければ十分に武器を取り回せないし、長く走る体力がないから対応できる範囲が限定される。
そういう意味で、621は全身に鎖を巻きつけられたような、不愉快なまでのもどかしさに苛まれた。
悪い機体ではないのだ。RaDなる技術屋集団の開発した機体構成は、実戦や探査に優れており、決して劣悪なわけではない。
しかし、安物だ。そして戦闘に特化してもいない。何より劣悪ではなくても最悪ではあった。つまり機体の目玉であるFCSと、心臓となるジェネレーターの性能が最低である。
外装はよくとも内装が貧弱極まり、これではせっかくの優れた武装――新兵からベテランまで愛用する者の多いアサルトライフル、強力なパルスブレードも宝の持ち腐れだ。こんなものではとても手練の敵と交戦できない。今回の仕事は強敵との戦闘を想定していないとはいえ、もう少しなんとかならなかったのだろうか? 621は主観性に乏しい、虫みたいな客観性で機体を酷評する。
――そして、最も理不尽なのは。
「ぁッ……!」
直撃。左腕が根本から弾け飛ぶ。加減を止めた白いACの姿が視界の中に一度も入らず、後ろから放たれた弾丸が621からブレードを奪い去った。
この射撃の感覚。間違いない、と621は断定する。
白いACは
見れば617が機体を寄せてきていた。そして背中を621へ預ける。
双方の死角を無くそうというのだろう。悪魔が猟犬の陣形を目にして一旦距離を置いたのを見て、僚機の意図を理解した621は――先任の617へと暗号通信を送る。
送信――当機では敵に追随できず。またそちらも追いつけず。早急な戦術の切り替えを提案。
返信――プランの提示を要求。
送信――提出、判断を請う。
返信――了解した。621、プラン遂行を託す。
送信――了解。
敵機、急速接近。
アラートの点灯。621の正面から、アサルトブーストによる超高速で突っ込んできた白い機影に、無銘の猟犬は咄嗟にアサルトライフルでフルオート射撃を行う。しかし、ホワイトユニコーンは特殊実体盾を構え、621の射撃を防ぎながら一直線に懐に潜り込み――勢いに任せた強烈な蹴撃を見舞う。
コアに直撃を受け、621の機体が吹き飛んだ。衝撃の中、喀血。鼻血も出た。
617が振り向きながら新入りを躱し、ホワイトユニコーンへとガトリングガンを向け発砲する。そしてパルスシールドを再展開した617がメインブースターを吹かし加速――悪魔に向け突貫しながら――左腕武装のパルスブレードをパージ。左腕を振って621へ投げつけ――621も同時にアサルトライフルを投げ渡しブレード発生機を隻腕で掴み――武装を交換、換装。
すれ違い様の、一瞬の連携を最後に一時別れる。
617が、声のない雄叫びを上げながら、死を覚悟して悪魔に挑んだ。白い悪魔はそれを迎え撃つのと並行して、異常な空間把握能力の中にいたままの621へバズーカを放ち直撃させる。
大破寸前の損傷。後一発の豆鉄砲でも機体は爆散するだろう。だが、怯まず爆炎を突っ切りながら新米猟犬は疾駆した。617が決死の近接射撃を仕掛けて悪魔の足止めを図る中で――
『――G6レッド、現着! これより任務を遂行――グオッ!?』
G3リンクスを
『ん? ……チッ、そういう腹か』
たった五秒。されど、黄金より貴重な五秒を、617は悪魔から勝ち取る。
首輪付きの悪魔は、621の機体状況と炉を止め完全停止したのを見て、パイロットは脱出したのだと誤認して捨て置いてしまったのだ。
経験不足とは思えぬ、猟犬として並外れた嗅覚が、強化人間C4-621にこの場に於ける最適解を導き出させていた。
レッドガンのG6が初陣だというデータ。G3が経験豊富なトップエースだという脅威。二つのデータを併せて計算し、G3の役割を見抜いたのだ。
すなわち、G3はG6を守るのを優先する。
これが唯一の活路だ。初撃の奇襲でG6のACの脚部を切り裂き、機動力を大幅に損なわせ、実質的な死に体に追い込んで放置。脇目も振らずにアサルトブーストを敢行、置土産にパルスの力場を爆発させる、切り札のアサルトアーマーを発動して、更にG6の機体を損壊させるのも忘れない。そのまま621は迅速に作戦領域からの離脱を図った。
そして617はパルスシールドを展開したまま後退、ガトリングガンでG6を狙う素振りを見せ、G3リンクスが盾を構えて射線に割り込まざるを得ないように誘導した。
『はぁ……これで死んでくれ』
急速に離脱していく二機を見て、部下を守る位置に立ったままリニアライフルをチャージ。弾速を加速させ射程距離を伸ばした弾丸を一発放つ。
その弾丸は、気が抜けているようで。
しかし必殺の威力を持って――617のコアを貫いた。
『ふ、副長……ッ、も、申し訳……ッ!』
『副長
『う、ぅぐ……な、なんて情けない……! クソォッ』
独立傭兵に構っているほど暇じゃない。G3の先の台詞に偽りはなく、作戦領域から離脱した二機を追う時間はなかった。
撤退の最中であるアーキバスの艦隊に向き直り、白い悪魔は呟いた。
よくない感じだ、と。そして呟きの続きは内心に隠した。
――次に敵として見つけたら、叱責覚悟で最優先での撃墜対象にしよう。あの猟犬達は危険だ。
617のACが爆散する。コアの
役目を終えた機体からいち早く脱出していた617は、左半身に深刻な火傷を負って。左脚を引きずりながら、よろよろと走っていた。
すると617よりも早く限界を迎え、機体を乗り捨てていた621が、前方から走り寄ってくる。
色素の抜け落ちた髪を揺らしながら駆けてきた621は、両目を黒い視覚補助機を巻きつけており。先任の617の腕を掴むと自身の肩に回させ、体を支えながら再び走り出す。
無残で無様な敗走。誇りもクソもない敗残兵。仕事もできない駄犬の群れ。
酷評されてもおかしくない、あのまま死んでいた方がマシだと罵られかねない様で。
一時間も、逃げて。
迎えの為に出したヘリで、必死に二人を探していた老人が――二人を見つけて、安堵した。
「よく……生き残った。早く乗って、休め。……すまない、俺のミスだ」
安心して、労って、そして悔やみ、謝る。そんな飼い主に、猟犬達は何も言わなかった。
言葉を口にする機能がないからだ。
疲れ切っていた621はヘリに乗り込むなり倒れ、半死人の617が飼い主に寄り添うのを見る。
先任の飼い犬。使い捨てのはずの駄犬はなぜか眩しく、羨ましい気がした。
錯覚……いや、幻覚だろう。
『621』
残機無限のゾンビアタック不可能な現実目線だと、初見で最適解と対抗策を打ち出す意味不明な化け物。仕留めるにはシナリオ面で詰ませる、盤外戦術が必須。スネイルのムービーガンはまさに大金星だった。
『アークライン宇宙港撤退支援作戦』
チュートリアル。とても親切な仕様。ヤバいボスを僚機に押し付け、プレイヤーはボスの僚機を倒すだけでいい。しかもそのボスの僚機は、ステージに出現した直後なら一撃で行動不能になってくれる。