返信したいのですが、書くのに集中するとどうしても滞ってしまい…
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『補給完了 強化人間C4-617 および619 620 621 待機モードへ移行します』
決して正の感情ではない。負の感情である。負の感情なのに、それは奇妙にも悪感情ではなかった。
複雑怪奇な感情を区分けすると、憐憫、罪悪感、贖罪の意識だろう。
ウォルターは惑星ルビコン3の人間だ、ルビコニアンなのである。故に謎の物質コーラルに由来する技術への造詣が深い。彼はかつて研究に取り憑かれ、妻すら実験台に送り込んだ男を父親に持つのだ。強化人間試験――今や旧型に成り下がった人々を生み出した悪鬼が、ウォルターの実の父なのである。
だから父の遺した負の遺産を利用する己が、途方もなく罪深いと自罰する。せめて彼らにも尊厳があるのだと思い込もうとすることも、実際は単なる逃避なのではないかと毎夜魘されていた。
父の遺した技術で、ACの操縦に必要な機能以外を削ぎ落とされた、純然たる犠牲者達。猟犬部隊として自身に飼われる者達もまた、普通の食事を口にすることすらできなかった。必要な栄養素だけを詰めた、流動物を機械的に流し込むだけで、彼らの
味は最悪だ。しかしマズイと感じる味覚もなく、飼い主に不満を持てるだけの心もない。補給作業が終わるなり、ウォルターの指示を待つ者達の視線を受けて、ウォルターは褪せることのない罪の意識に言葉を詰まらせる。彼らはまだ年若い……第十世代の最新強化技術が研究中で実用化が間近になっている。第四世代が施術されたのは今から六年前……まだ少年少女の頃の被験体だ。
617は、容姿で言うと二十歳近い青年。灰色の髪に嘗ての名残として金糸が数本残っている。顔立ちも整っており、強化人間にされていなければ、その前途は明るかったかもしれない。
619はまだ子供だ。12歳かそこらに見える、小柄な男の子である。ハウンズは皆、色素の抜けた髪を持つが、619のそれはひどく痛々しい。細い顔には手術の痕が消えずに残り、斜めに縫い合わされた糸が目に毒だ。第四世代が六年前のものだから、最悪六歳前後で売られて……。
……620はハウンズの中で最年長で二十歳半ば頃。大柄な男で、
そして、621だ。こんな状態ではなかったら、きっと世の男達が放っておかないぐらい、すらりとした手脚と腰つきは魅惑的でスタイルがいい。目元を覆う黒い視覚補助機に隠された顔も美しくて、歳は15歳から18歳……まさに少女が女へと孵化する境目で――
――いいや、似てはいない。似ても似つかない。
ただ、ウォルターが勝手に重ねて見ただけだ。
歳が近いというだけで……あの災害が起こる前に星外へ脱出した後、再び舞い戻る為の活動の最中、何者かに襲撃されて殺された最愛の一人娘――彼女と621を勝手に重ねてしまった。
「……ご苦労だった。今日は休め、お前達には休息が必要だ」
ウォルターがそう指示すると、強化人間達が退室していく。何から何まで指示しないと、戦闘行動以外はまともにできない若者達の背中を見ながら、ウォルターは今回の仕事を反省する。
猟犬部隊を二つに分けて派遣したのは失敗だった。
もし纏めてベイラム側へ派遣していたなら、最悪のイレギュラー要素の塊に襲われることはなく。逆なら猟犬部隊は四機で白い悪魔に対抗できていた。
それもこれも、あわよくば悪魔の味方側に立ち、安全に戦闘ログを得ようと欲張ったせいだ。勝利を目前にしたベイラムは報酬を出し渋り、逆に敗色濃厚なアーキバスが金に糸目をつけなかったのを見て欲を掻いたせいである。金を稼ぎ、少しでもいい機体を、武器を揃えてやろうとして……失敗した。
とんだ無能だ。
自らの無能さのせいで、617達を無用な危険に晒してしまうとは。
もう二度とこんな失敗はしないと誓う。より冷静に、慎重に、依頼を見極めて、情勢を読み、確実に資金を集め、必要な情報や物資を集める。簡単な仕事だ。617達に命を懸けさせるよりも、遥かに。その簡単な仕事を完璧に熟す頭と腕もないなら、友人の遺志を遂げられない。ウォルターはそう自戒する。
だが――本当の危機は、危機より脱したと思い込んで、気が抜けた瞬間である。
忘れていたわけではない。むしろウォルターは警戒を怠っていなかった。だからこそ、ウォルターが基地として運用する小型艦のレーダーが反応すると、すぐさま意識を尖らせられたが……困惑は隠せず、抑えられなかった。
『ハンドラーへ報告。レーダーに感、不明機が急速に本艦へ接近中』
「なんだと? 警告はしたか」
ウォルターが自動運行システムからの報告に確認を取ると、機械音声が応答する。
『警告は無視されました。不明AC――メインシステム戦闘モードのシグナルを検知しました。本艦への攻撃目的と推測。再度の警告――無視されました』
「襲撃……なぜ俺達を。機体構成……『アリーナ』にデータ登録は?」
『該当データ無し』
「……この星系でアーキバスやベイラムではないとなると、独立傭兵か? ますます分からん……いや考えるのは後だ。迎撃を――」
言いかけ、ウォルターは口をつぐんだ。
猟犬部隊は過酷な作戦に出動し、帰還したばかりである。
最も腕の立つ617は負傷しており、乗機も失っている。619は子供だ、再出撃しても体力面から見ても満足のいくパフォーマンスを発揮できまい。620にいたっては長期の活動が困難な体であり、619の方がずっとマシである。となれば――脚を止めてこちらを見ていた強化人間の一人に、ウォルターは苦々しく、しかし努めて冷静に問う。
「……621、不測の事態だが……いけるか?」
機体こそ失っているが、負傷の度合いは617より遥かにマシで。
体力も少し回復しており、619と620よりも満足に動ける状態。
一番の新参が、今動ける戦力の中で最高の状態だった。
少女は白い顔だ。生気のない機械のように淡々と頷く。
去来する幻覚、亡き娘の顔――ウォルターは強く目を閉じ、刮目するとハンドラーとして命じた。
地獄に落ちろ、ウォルター、と。自らを呪いながら。
「よし。619と620の機体構成は把握しているな? どちらが自分に合うか考えて借りろ。そういうわけだ、すまないが二人とも、621が望んだ方の機体を貸してやってくれ」
少年と巨漢が頷く。
621が最初に駆っていた機体が安物だったのは、腕で617に劣るこの二人の機体を高性能なものに買い替えたばかりで金がなかったからだ。G3リンクスという、いつエンカウントするかも分からぬ特大の脅威を意識せざるを得ず、機体を更新する必要に迫られた結果である。
今の619は四脚タイプの高機動火力型を駆る。武装は短距離ショットガンを二挺、メリニット社の開発した小型連装グレネードキャノンが二門。
620は重量タンクパーツを軸にした重量火力型。鈍重だが装甲は厚く、武装は弾幕用のマシンガンと大型バズーカ、そしてメリニット社のハイエンドモデルの大型グレネードキャノンを二門。
621は躊躇う素振りもなく、619の機体を選択したらしい。少年の頭に手を置いて、すぐに格納庫へと走り去っていった。
「頼んだぞ、621……」
まさか引き取ったばかりの少女に、自分達の命運を託す羽目になるとは。この事態の遠因である白い悪魔に、その資格はないと知りつつもウォルターは文句を言いたくなった。
こんなところで死ぬわけにはいかない。友人達の遺志を果たすまでは、なんとしても生き残る。
老人は杖をつきながらも、急いで管制室に向かった。せめてこの緊急事態に対処する621をサポートしてやらねば、ウォルターは立つ瀬がないと感じていた。
『アイビスの火』が起こる以前より、ルビコン周辺星系で活動している老境の独立傭兵。
成功率が一割にも満たない、劣悪な第一世代強化手術を受けて以来、常に傍らへ死の気配を漂わせる彼の名はスッラだ。
手術を終えて以降、ACエンタングルを駆って『狩り』のみを行なう狩人になった彼は、自らの雇い主を明かさずに影へ潜んでいるせいで、スッラは無名に近い独立傭兵である。
雇い主は固定。スッラは自らの狩る獲物を生き残らせておらず、積極的に売名するどころか、逆に自身の存在を隠蔽する異端の存在だ。果たして傭兵に分類してもいいのかすら怪しい。
身元も、動機も、理念も伺えぬ、経歴のない透明な刺客。何者かの私兵。
スッラの駆るACエンタングルは、黒を基調に赤と白が疎らに配色された歪つなもの。黒赤白の蛇が絡み合ったエンブレムと、あらゆる企業の取り扱っていない機体パーツで構成される。
開発元が不明の特殊バズーカと、最高の信頼性を誇るアサルトライフル、そして小型連装グレネードキャノンと、開発元不明のデトネーティングミサイルを武装として搭載。対AC戦闘と、艦艇を沈めるに足る火力を携えた不気味な狩人が、獲物のいる小型艦――独立傭兵部隊を使う『
攻撃の意思を明確に持ったACの接近だ、仮に相当な愚図が標的でも、エンタングルには気づいているはずだろう。スッラは冷酷な意思の表層で独語し、艦載機の発進を検知すると唇を歪めた。
雇い主から渡された情報によると、標的を飼っているのはハンドラー・ウォルター。同郷人としては礼儀よく挨拶をしてやるべきなのだろうが、生憎と善き隣人として訪れたのではない。
ウォルターの猟犬、それを間引く為に来たのだ。
スッラの雇い主……いいや飼い主は、大事にしている計画の為、不測の事態を招きかねない危険因子を極力排除しようとしている。その危険因子こそがアンティークである第四世代と、それ以前の強化人間たちであり。第五、第六の悲惨な世代の数少ない生き残りは、スッラがこの手で既に抹消していた。
残る第四世代の強化人間はほとんどいない。ウォルターの猟犬を間引けば、おおよその危険因子の排除は完了するだろう。そうなるとルビコンのウォッチポイントで活性化している、例の変異波形が自意識を持つまでは暇になる。例の変異波形と交信を行なうまでの余暇が、この仕事の報酬になるのだ。
平穏は好きだ。次の狩りに出向くまでの狭間の時間は何にも代え難い。そのために。
「ウォルター。お前の望みは察しがつくが……ここで頓挫させてやった方が、お前の為にもなる。悪いがここで飼い犬の
呟き。迎撃に出てきたACを見据える。
雇い主からの情報では、ウォルターの猟犬部隊は仕事から帰ったばかり。619と620は連続で出撃はできず、617と621は運の悪いことに
生き残っただけで大金星だが、大なり小なり負傷しているだろう。本当に運が無い……スッラはあの化け物を知っている、いや知らぬAC乗りはいない。雇い主はアレをやたら気にして、その動向に目を光らせ警戒しているようだったが、スッラはあの化け物にだけは関わらないと決めていた。自分は狩人である、悪魔退治は専門外。エクソシストでも呼び出して勝手に退治してほしい。
スッラの雇い主は企業を利用しようとしていた。故にレイヴンなる独立傭兵のルビコン潜入を手引きし、コーラルの情報を星外にリークさせたのだ。全ては計画の為、企業をルビコンに引き寄せてその勢力を利用する為だが……そのせいであの化け物まで確実にルビコンへ来るとなれば笑うに笑えなかった。
獲物が間もなく射程に到達する。意識の切り替えは、ない。
獲物を前に舌なめずり、関係のない事柄に気を割くのは三流だが、スッラからすればその思想そのものが凡俗である。常に死を隣人に生きてきたスッラにとって、いつどこで己が死のうと後悔はない。未練がないのだから、油断という余分な機能が存在しないのだ。生も死も生態の一部になっているのだから。
自身が一流だと驕ることもなく、歯車のように壊れるまで廻り続け、機能の一つとして戦闘に入る。しかしスッラは、自らの力を過信していなかったが一流の狩人だ。肌で感じる敵の圧力を敏感に感じ取り、ほんの僅かに感心した。
「――ほう。良い殺気だ……いや、殺気ではないな、この感覚は……」
だからどうしたという話ではある。死期をなんとなく察知するのははじめてではない。しかし、脅威を感じはした。有機的で細かな機動で、スッラからの射線を切りながら迫る強化人間。とても在庫処分の捨て値で売られたばかりの犬とは思えないが……この動き、データで見た覚えがあった。
「この動き、617ではないな。621か? 大したものだ……表面をなぞっているだけだが、
あるいは己が咬み殺されるか。情報通りなら実戦はこれで二度目のはず、それでこれなら長ずるとこの猟犬は化ける。だが、だからこそ、ここで狩ってやった方がこの犬も楽だろう。
しかし、もしもこの猟犬の牙が、狩人に届いたならば。せめて最期に忠告くらいはしてやろう。
この猟犬はやめておけ、と。
スッラを仕留めるほどの猟犬ならば、こちらの雇い主が目をつける危険性が極めて高い。
なんせ変異波形と交信できうる人材なんて――ほとんどスッラが狩ってしまっているのだから。
飼い犬に手を噛まれる、間抜けな最期を同郷の者にさせるのは気が引けた。
オールマインド
レイヴン(本物)の密航を手引し、惑星封鎖に風穴を開けた。
独自設定である。
が、状況証拠的にそうとしか見えない。作者には。
幾ら手練のレイヴン(本物)でも所詮は独立傭兵。情報も何もないルビコンに潜入する動機がなく、ならコーラルの情報を知らされ、依頼を受けたから来たと考えるのが妥当ではなかろうか。