天災に巻き込まれたら色々可笑しくなった。   作:kisuzu

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皆様いかがお過ごしですか?

私は今、なんの経験もないのにボートのCOXをやっています。大会の結果は俺の監督にかかっているらしいです。

俺は小説が書きたいだけなんだぁ!!!
どうしてこんなに時間がなくなっていくんだい?


雪国にて春を待つ

青年と少女が走っていた。

 

紫水晶の瞳を持つ少女は厚手のウールのコートに身を包み、その下には暖かいセーターとタートルネック、足に厚手のレギンスとブーツに、頭にはニット帽が被せられ、首元はふわふわのスカーフで覆われていた。

 

それでも厳しいウルサスの寒さは、長い髪の先を雪に濡し、凍りつかせる。

 

青年は、パーカーの上に取外し可能なファーのついたフードがある黒い防寒ジャケットを重ね、手には黒い革の手袋が嵌められていた。黒髪には雪が積もり、その鋭い瞳は冷たい風に負けずに周囲を見渡している。

 

雪の中、二人は息を切らしながら走り続けたが、冷たい風が容赦なく体力を奪い去っていった。雪はますます激しく降り、視界は白く霞んでいた。青年さ少女の手を強く握りしめていたが、次第に力が弱まり、足は鉛のようになっていく。

 

「リサ…もう…少し…」

 

言葉はかすれ、息が上がり過ぎてもはや声にならないほどだった。

 

少女もまた疲労に喘ぎながら、青年の言葉に顔を向けた。その顔は青白く、呼吸は荒く、身体全体が震えていた。

 

足元の雪は足を重くし、一歩進むごとに抵抗が重くなる。

 

今にも倒れるのではないかと思ったとき――その時は訪れた。

 

青年は全身の疲労と冷え切った体に耐えきれず、ついに足がもつれ、前のめりに雪の中へと倒れ込んだ。冷たい雪が顔に触れ、一瞬の寒さが意識を鈍らせる。リサの手を握っていた力も完全に失われ、彼の手は無力に雪の上に落ちた。

 

「エリオット!」

 

少女は叫び声をあげ、すぐにそばに駆け寄る。体は冷たく、雪が瞬く間に周りに積もっていく。

 

少女は必死に引き起こそうとしたが、青年の体重と自分の疲労で、なかなかうまくいかない。

 

「起きて、エリオット…お願い、まだ…まだ逃げなきゃ…」

 

青年は弱々しく微笑むばかりで、その体はピクリとも動かない。

 

「もう…時間がない…リサ、行け…」

 

声は言葉の意味を捉えるのが困難なほど震えていた。

 

少女は青年の手をしっかりと握りしめ、失われていく体温を感じた。

 

「ダメ…エリオット、ここで諦めちゃダメ…」

 

少女は全力で、必死に肩を揺さぶった。だが、青年の体は重く、反応がない。呼吸は浅くなり、その息は白い霧となって酷寒に消えていく。

 

小さな手を震わせながらも、青年の体を引き起こそうとした。しかし、疲労と寒さにより、彼女自身の力も限界に近づいていた。少女の涙が凍えた頬を伝い、青年の顔に落ちたが、彼の目は虚ろで、ほとんど意識がない。

 

周囲の雪は絶え間なく降り積もり、二人を冷たい白い布で覆っていった。青年の黒い髪には雪が積もり、その鋭い瞳は次第に閉じられていく。彼の体温は徐々に奪われ、生命の灯火が消えかかっていた。

 

 

「逃げろ…置いて…行け…」

 

青年は、微かに声を絞り出したが、その声は風にかき消されそうなほど弱々しかった。

 

「絶対に…諦めない…」

 

少女は涙を流さずに泣きながら青年の体を覆うようにして、その体温を少しでも守ろうとした。

 

足跡がすぐに雪に上書きされて消えるように、白一色の世界が全身を包み込み、時間の渦がやがて二人の存在を呑み込むだろう。

 

そうなる前に、いや、ついにと言うべきか。追跡者たちの足音と怒号が一層近づき、影が霧の中から浮かび上がり、その姿がますますはっきりと見えてきた。青年は最後の力を振り絞り、少女の手を弱々しく握り返す――

 

「――ようやく大人しくなったか…」

 

その足を踏みつける軍の指揮官らしき男。部下を楯にするようにして、後から現れたその人間は周りと違う軍帽を被り、軍人にしては痩せた体に立派な軍服を纏った部隊の隊長は、鼻を鳴らした後

 

「捕縛しろ」

 

男――ウルサスの将校が忌々しげに吐き捨てた。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

144:名もなき真宗派 ID:7ESMhexsv

 

つまり、警察幹部という公職につくものが不正をしているというわかりやすい【悪】があれば【強盗】という悪は薄れ、正義の義賊に早変わり、ということですよ。

 

 

 

145:名もなき転生者 ID:hKi0fDm8O

 

いきなり誰かと思ったらメスガキの人か 急に賢くなりすぎて無い?なんか理性回復剤とか飲みました??

 

146:名もなき転生者 ID:seBRoPLv7

 

あぁメスガキの

 

147:名もなき転生者 ID:8NvrwD0LT

 

メスガキね?

 

148:名もなき転生者 ID:p4xPiJNSI

 

おいやめろ、その書き方だとそいつがメスガキみたいに見えてくるだろ

 

149:名もなき転生者 ID:CrZjfvpcS

 

可能性としてはあり得る。いや、むしろそうであってほしい。

 

150:名もなき転生者 ID:/VDNhtPEh

 

ただの願望かよ、金髪碧眼女児金髪碧眼女児金髪碧眼女児

 

151:名もなき転生者 ID:TMWMerCvz

 

ぺろぺろぺろぺろ

 

152:名もなき転生者 ID:8jGDMlcBZ

 

スレのIQを下げるな

 

153:名もなき転生者 ID:O53ZCkrQd

 

何だただのメスガキか…

 

154:名もなき真宗派 ID:gEXotYAJr

 

ただのとは何ですか、ただのとは

 

155:名もなき転生者 ID:pAbgFNGGr

 

おこちゃって、かわいいんねぇ

 

156:名もなき警察 ID:Or26cFqub

 

言っとくけどこの情報知ったお前らのこといつでも逮捕できるから、真面目にやらんとお前らまとめて逮捕するぞ

 

157:名もなき転生者 ID:DoPZB9/J8

 

は?

 

158:名もなき転生者 ID:YkcX3Tqz+

 

職権乱用定期

 

159:名もなき転生者 ID:aNWlVEMPV

 

残念でした、俺ウルサス

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

俺は自分の住所を晒し上げたところで、立てておいた。スレを見た。

 

緊急:仕事中なんだけど、目の前で二人組が武装集団に追い詰められてるんだが助けるべき?

詳細:雪山にて二人組が数十人の男たちに襲われて逃げている。二人とも走ってるけど、相手も殺す気はないのか、刃物持ちつつも、ボウガンは使ってない。

 

俺;武装なし。全身防具アリ。鈍器としても使える硬さはある。

 

1:名無しの転生者 ID:PUBiy2imI

 

それ何の仕事だよ

 

 

2:名無しの転生者 ID:bz2IsNR1f

 

別に関係ないなら無視でよくない? そんなの助けてもきりないじゃん。

 

 

3:名無しの転生者 ID:uRsLOqW2w

お前絶対カズテル住みだろ

 

 

4:名無しの転生者 ID:nlDPZ6xlg

 

テラなんてそんなもん定期

 

 

5:名無しの転生者 ID:TdQIzVbC8

 

いや、まぁそうなんだけど。二人組って武器持ってるのか? 持ってないなら助けるべきだろ

 

 

6:名無しの転生者 ID:wil5FujHi

 

ロリか否かだ。

 

 

7:名無しの転生者 ID:Heag83FbS

 

<<5 こいつどこにでもいんな

 

 

8:名無しの転生者 ID:JB0tGuAuK

 

実際このコミュニティってどれくらいの大きさなわけ?

 

 

9:名無しの転生者 ID:YZLmw2nfQ

 

掲示板に打ち込んで参加しないやつだっているし、正確なところは分からんが。コテハンつけてるやつが結構いたはず。300人くらい? 

 

 

10:名無しの転生者 ID:dw6CW5Sr8

 

全然あったことねぇ…

 

 

11:名無しの転生者 ID:s9U3gjMeX

 

じゃぁ俺達が知らないだけか…結局どのくらいなんだ?

 

 

12:名無しの転生者 ID:aXevyGFpn

 

つまり思ったより広いってことだな!

 

 

13:名無しの転生者 ID:1jWtiK7QM

 

どうでもいいだろ。どうせ増えたり減ったりだ。

 

 

14:名無しの転生者 ID:ND4Dkbb9H

 

そんなこと言わないでよ

 

 

15:GIN ID:aNWlVEMPV

 

ちょっといいか、関係ない話一旦ストップ。

 

 

16:名無しの転生者 ID:iqCxh7Dv0

 

はい

 

 

17:名無しの転生者 ID:tNWuebTlJ

 

えい

 

 

18:名無しの転生者 ID:HrxQStP+m

 

そい

 

 

19:名無しの転生者 ID:zod0NT0IP

 

佐井

 

 

20:名無しの転生者 ID:w61kMa1Mz

 

誰だよ佐井

 

 

21:GIN ID:aNWlVEMPV

 

<<5 ロリだぞ

 

 

22:名無しの転生者 ID:5oTd4+5aw

 

マ ジ か よ !!!!!

 

 

23:名無しの転生者 ID:KUippdPCI

 

うるせぇ。掲示板だけどうるせぇ

 

 

24:名無しの転生者 ID:LVHnTXLiz

 

目が痛い。頭もいたい。

 

 

25:名無しの転生者 ID:zzDtQyoGM

 

感情の振れ幅がでかすぎる。なんかエネルギー受信したわ。その子の写真みたいかも

 

 

26:GIN ID:aNWlVEMPV

 

はいよ【画像】

 

 

27:名無しの転生者 ID:AVqH84Gik

 

エネルギー受信…?

 

 

28:名無しの転生者 ID:qjNc/RBAL

 

おぉ、かわいいね。

 

 

29:名無しの転生者 ID:6JDXhLi0L

 

おぉロ…り…?

 

 

30:名無しの転生者 ID:05pyA0J54

 

なんだただの変態か

 

 

31:名無しの転生者 ID:dnccxV3OX

 

5を起爆剤にすべての話を巻き返したのすげぇ…すげぇ

 

 

 

32:名無しの転生者 ID:aNWlVEMPV

 

ありがとう。でも時間ないんだよなぁ

 

 

33:名無しの転生者 ID:glqxTrGPQ

 

とっとと助けろアホ

 

 

34:名無しの転生者 ID:YkogTLhs1

 

ロリを前にして何してんの? 早く保護しろよ

 

 

35:名無しの転生者 ID:X0jGyIXG7

 

  無 能

 

 

36:名無しの転生者 ID:hbJJLqeGA

 

早くしてもらっていいですかねぇ…早くその子を保護してお風呂に入れるんだよあくしろよ

 

 

37:名無しの転生者 ID:EtnzWDTj4

 

頭ラテラーノ

 

 

38:名無しの転生者 ID:tMRMd/DSO

 

はよ保護はよ

 

 

39:名無しの転生者 ID:19tm7mGO8

 

よし、準備できました!

 

 

40:名無しの転生者 ID:rNf9x4Sog

 

援軍か?

 

 

41:名無しの転生者 ID:ehkFcJUXn

 

全部脱ぎましたよ!

 

 

42:GIN ID:aXmR/kCDM

 

敵だった…

 

 

43:名無しの転生者 ID:JjWm7qq/q

 

敵で草

 

 

44:名無しの転生者 ID:pUXVbg+4c

 

なんだただの変態か

 

 

45:名無しの転生者 ID:NYpPDdiKv

 

我 知 展 開

 

 

46:名無しの転生者 ID:mHKgYR5Jf

 

なんか領域展開とかしました?

 

 

47:名無しの転生者 ID:HJ+9GqP+M

 

このネタしってるってことだろ。いい加減真鍋

 

 

48:名無しの転生者 ID:sOynxeAQs

 

誰だよ真鍋

 

 

49:GIN ID:aNWlVEMPV

 

じゃぁもう助けるぞ。

 

 

50:名無しの転生者 ID:PorFCHI9h

 

あ、よろ~

 

 

51:名無しの転生者 ID:RvRa2eyty

 

なるはやでな

 

 

52:名無しの転生者 ID:bA7VIJgtU

 

まだやってなかったんだ。遅いね。

 

 

53:GIN ID:aNWlVEMPV

 

殺す

 

 

54:名無しの転生者 ID:ALEEVpRzA

 

キレるの早すぎぃッ!

 

 

55:名無しの転生者 ID:kY+WA2L7I

 

  無 能

 

 

56:名無しの転生者 ID:JgLIgvfYx

 

<<55 一番辛辣で草が生える

 

 

57:GIN ID:aNWlVEMPV

 

あ、ミスった。

 

 

58:名無しの転生者 ID:+nkWPpfUU

 

なにどうした?

 

 

59:名無しの転生者 ID:OmU06+1RV

 

死んだんじゃないのぉ

 

 

60:名無しの転生者 ID:nCLgxrxFe

 

まぁ転生者っつても人だしな。力もないのに首つっこんだらそうなる

 

 

61:名無しの転生者 ID:n8DDBtMQ5

 

RIP

 

 

62:名無しの転生者 ID:BRPe3fTJN

 

他人事でも無いゾ

 

 

63:GIN ID:aNWlVEMPV

 

いや、そうじゃなくて。俺コミュ症だったわ…

 

 

64:名無しの転生者 ID:KsNsSggiT

 

は?

 

 

65:名無しの転生者 ID:M2AF0DyQP

 

歯?

 

 

66:名無しの転生者 ID:rR8GvrKc0

 

teeth

 

 

 

67:名無しの転生者 ID:XJgu1DgCW

 

    歯

 

 

68:名無しの転生者 ID:OJrQ/9dUG

 

 

 

 

69:名無しの転生者 ID:P/SIrGKsl

 

しょうがねえからまとめてやる。は? なにいってんの? 

 

 

70:GIN ID:aNWlVEMPV

 

フィルター型憑依者です。

 

 

71:名無しの転生者 ID:dNhfDfGx8

 

理解した。

 

 

72:名無しの転生者 ID:zZJ4LJjrZ

 

なるほどぉ

 

 

73:名無しの転生者 ID:owPHLYbdW

 

しゃーないな。どんなタイプ?

 

 

74:名無しの転生者 ID:9w+1QSd9y

 

え なに? どういうこと

 

 

75:名無しの転生者 ID:iO79lSzoP

 

良くわからないかった

 

 

76:名無しの転生者 ID:g9jfzG1Cw

 

把握した。フィルター突破文考え徳代

 

 

77:名無しの転生者 ID:3tM+MubLb

 

誰だよ徳代

 

 

78:名無しの転生者 ID:6CEdnPIDu

 

<<77 いちいちうるせぇなぁ!

 

 

79:名無しの転生者 ID:ZfJ2iba8D

 

喧嘩やめろ

 

 

80:名無しの転生者 ID:nHQ6Kw3pK

 

フィルター型憑依者:連絡帳掲示板で規定された転生者の区分。正確には、何らかの肉体に転生者の魂がインストール。そのご肉体の影響か、肉体との親和性の問題か。魂の残滓が、い色々な考察はあるが、言動及び行動に一定の制約を受ける。長時間その肉体を使い続けることで緩和されるが、期間が定かではない。

 

 

81:名無しの転生者 ID:uPFtB4boM

 

なるほどね…どんなタイプって、どういう制約かって話?

 

 

82:名無しの転生者 ID:zLKRkGz83

 

まぁそれもあるけど、強さとかね

 

 

83:GIN ID:aNWlVEMPV

 

基本的に行動に制約はない。強いて言えば武術とかよくわからんけど勝手に動く。強い。早い。

そんで言動は喋りたいこととを固い文体にしたのが出る時と、真反対のことが出る時があって、関係なくね?みたいなことが出るのもたまに。

 

 

84:名無しの転生者 ID:T+RZuXmWs

 

銃床だな

 

 

85:名無しの転生者 ID:rxZlilR6I

 

???????

 

 

86:名無しの転生者 ID:/TpTc4mDY

 

重症だな

 

 

87:名無しの転生者 ID:9n5gKzr7R

 

OK

 

 

88:名無しの転生者 ID:vRGoFCmrK

 

とりあえず、確保出来たら味方だと思われるのでは?

 

 

89:名無しの転生者 ID:/dPHzvJr/

 

なるほど行動で示せばいいのか

 

 

90:GIN ID:aNWlVEMPV

 

いや、あのですね。その見た目がよくないんですよね

 

 

91:名無しの転生者 ID:mzlJuyD7/

 

え? もしかして人外?

 

 

92:GIN ID:J4vj6AQkS

 

一応人ではあるよ。人型でもあるし。

 

 

93:名無しの転生者 ID:sgsRP0caJ

 

人型? もしかしてなんかグルビアのパワードスーツ的なの着てる?

 

 

94:GIN ID:gOJmh43Nd

 

そうそう! そんな感じ!

 

 

95:名無しの転生者 ID:PTQbhF6E3

 

脱げばいいじゃん 脱げないの?

 

 

96:GIN ID:aNWlVEMPV

 

脱げはするけど、顔は見られたくないんだよ

 

 

97:名無しの転生者 ID:lYCbbTTHW

 

なんじゃそりゃ、とりま助けてから、これだけ言えればいいぞ。「私は正義の味方だ!」ってできたら明るく。

それで、毒気が抜けたら儲けモノ。出来なきゃ普通に害意がないことも伝えれてるしok

 

 

98:名無しの転生者 ID:kfFffV5JR

 

でもそれ反対のこと言ったら不味くね? 「世界の敵だぁ!」とか

 

 

99:名無しの転生者 ID:lt42oFL9H

 

抽象的な表現だからその場合でも後からうまいこと理論でカバーできる。実際助けてはいるわけだし

 

 

100:名無しの転生者 ID:9Rb6y/Cqh

 

もしかしたら、「悪の敵だぁ!」みたいな変換の可能性もあるわけだしな。なるほどうまいな。

 

 

 

よし、それでいこう。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

早朝、ベルドラゴには冷たい風が容赦なく吹き荒れ、雪は刃のように鋭く降り続けていた。

 

外出禁止令の出た街は死んだように静かで、店は全て閉まり、住人の姿は一人として見えない。

 

そんな、誰も外に出てはいないはずの街の通りを疾走する人影が2つ。

 

薄紫の霞がかった瞳を持つ少女と、鋭い瞳をした青年が息を荒げながら、何かから逃げるように、必死に走り続けていた。

 

「もう少しだ、リサ。もう少しだけ頑張ってくれ!」

 

青年は雪の中で立ち止まり、少女――リサに振り返った。その声は優しいが、表情には切迫感があふれている。

 

リサは疲労と寒さで息を荒くしながら、弱々しく頷いた。

 

「分かってる、エリオット。でも、もう足が...」

 

彼女の声はかすれ、凍えた唇が震えている。本当ならすぐにでも休ませてあげたいが、状況がそれを許さない。

 

後ろからは、追跡者たちの足音と声が迫ってきている。

 

「止まれ!」

 

と、軍用のトレンチコートを纒った、厳つい男達の先頭を走る者が声を張り上げた。

それはもう、何度も掛けられた制止の言葉だ。そして絶対に受け入れられない勧告でもある。

 

「早く、リサ!」

 

エリオットと呼ばれた青年はもう一度、後ろを振り返り、迫る軍人たちの影を確認すると、さらにリサを急かした。

 

細い体は重ね着しているにもかかわらず、震えていた。リサは寒さに震えながらも、エリオットの後を必死に追った。彼女の息は白い霧となって朝空に溶ける。

 

リサの手を強く握り走る。二人の足元には厚く積もった雪が重くのしかかり、一歩進むたびに足を取られる。足音はサクサクと雪を踏みしめる音を立て、その音が後ろからも大量に迫ってきている事実が重くのしかかってくる。

 

二人は必死だった。捕まれば殺される。いや、リサは捕まっても死にはしないだろうが、それでも一生監獄暮らしだ。

 

「捕まったら…研究も…何もかもが終わるんだぞ!」

 

エリオットが速度を上げようと、リサに苛立ったように声をかける。

 

「分かってる...!」

 

それに負けじと、リサは苦しそうに息をつきながら答えた。

 

このまま逃げ切るのは厳しいと判断したエリオットは追っ手を撒くため、予定より早く目に入った裏路地に身を滑り込ませた。

 

狭隘な通りは、湿り気を帯びた石畳に霜雪が降り、足元はまるで氷のように冷たい。両側に立ち並ぶ古びたレンガ造りの建物は、その黙然たる姿で時の流れを物語り、苔むした壁は年月の重みを一層際立たせている。

 

両側に建造物という壁があるおかげか、屋根の庇が左右から伸びて、奇しくも路地に第三の屋根を形成していて、表通りほど雪が積もっていないのが幸いだった。

 

「路地に入ったぞ!」

 

声に背を押されるように加速して、走る、走る。

 

そのまま一気に奥深くまで走り切り、角を曲がった。次の直線はいくつもの道に分かれていたが、迷わず一番近い角まで走り抜ける。

 

「リサ、急げ!」

 

エリオットの声は震え、恐怖と焦りが混じっていた。リサの手を強く握り、ゴミが散乱する細道の中を必死に駆け抜けていく。

 

とにかく敵の視界から消えなければという一心で身体を動かしていたが、何も考えずに路地に入ったわけではない。前々から逃走計画は立てていたのだ。

 

――それでもこの吹雪は想定外だ…!

 

だが、そんなことは知ったことかと雪は無情に勢いを増しながら降り続ける。不安にかられ後ろを振り返ると、誰もいないことに安堵した。

 

「もう少しだからな…!」

 

目的地へとつながる最後の曲がり角が見えた時、リサにそう声をかける。

 

――その時だった

 

「――!? お前ら!」

 

突如目前にあった角から飛び出してきた兵士の一人が、驚愕に顔を染めた。

 

だが驚きは1秒にも満たず、迅速に捕縛しようと伸ばした警棒を振り下ろす男に、エリオットは”カタナ”を引き抜くと同時に振り抜き、弾き飛ばすと、そのまま高く上がった”カタナ”を上段に構えて、頭へ振り下ろした。

 

「うぉ!?」

 

スタミナが切れかけているとは思えないほど、素早く正確に放たれた一振り。

その速度に相手は目を見開いたが、今度は一瞬にも満たない時間となった。

 

「グッ…! …」

 

肉が裂け、骨が砕ける音が響き渡った。刃が皮膚を切り裂き、喉を通り、脊椎を一瞬で断ち切ると、首から大量の血が噴き出す。

 

赤い液体が空中に舞い、エリオットの服とその周囲を赤黒く染めた。

 

男の首は勢いよく地面に転がり落ち、その目は驚愕と恐怖に見開かれ、瞳孔は開ききり、血に濡れた顔は、エリオットには死体というよりも、恐怖の表情が永遠に刻まれた彫刻かのよう見える。

 

「はぁ…はぁ…!」

 

激しい呼吸を繰り返しているのは、人を殺めたからではなく、無呼吸運動が心臓へと多大な負荷をかけたために過ぎないが、それでも動き出すには数秒かかる。

 

「ふぅ…はぁ…ふぅ…」

 

少しでも体力を回復しようと、深く呼吸を繰り返す。

 

その間、兵士の胴体神経の残滓によって痙攣し、次第に動かなくなっていった。

 

「ねぇ…」

 

首と胴体が分かれた男を見てもリサに動揺は見られなかい。それどころか、袖を引っ張り早く移動しようと促してくる。

 

「行こう」

 

無言の、エリオットは頷くと、再び歩みを進め始めた。鋭い瞳で周囲を警戒しながら、リサの手を強く握りしめて、黒い髪には雪が積もり、服には返り血を浴びており、その鋭い瞳も相まってどことなく狩猟動物を連想させた。

 

「あの角を曲がれば、後は楽勝だ…!」

 

エリオットは、なるべく明るい声を心がけながら歩いていく。

 

そして、目的の角まで中ほどに差し掛かったとき、突然、銃声が響いた。

 

パァッン!

 

――大丈夫。見つかったわけではない。

大方、ウルサス軍が誰かを間違えて発砲でもしたのだろう。野蛮な連中が――

 

と、吐き捨てそうになるのを抑える。

平気でそういうことが起きる軍だと経験からよく知っていた。もちろん指揮官と部隊の特色に依存するが、こういう雰囲気を許容する何かが今の、ウルサスにはあった。

 

 

エリオットは気分を悪くするだけで済んだが、リサは驚きのあまり足を止め、バランスを崩してしまう。すぐに傾く体を引き寄せ、その華奢な肩を前から支える。

 

「立ってくれリサ…」

 

そして抱きかかえるような恰好のまま、か細い声でリサを励ました。

いや、励ます…というには、些か懇願の意を含みすぎた音色に聞こえた。

 

二人は、もう随分な時間、ずっと走りっぱなしだった。体力の消耗も激しく、まともな休息も取れていない。それでも雪はとどまるところを知らず、一気に勢いを増し、まるで天がその怒りを白い矢となって地上に放っているかのように激しく、二人の進行を妨げるように降り積もっていく。

 

「ごめんなさい」

 

申し訳なさから、小さな謝罪がリサの口から漏れた。だが、すぐに怒号がそれをかき消す。

 

「いたぞ!」

 

――見つかった!

 

「クソっ!」

 

エリオットは近くの小路に飛び込み、リサを引き入れた。だが、狭い通りはさらに深い雪に覆われ、足を取られる度に焦りが募った。雪は冷たく、無慈悲に降り続け、残り少ない二人の体力を削り取っていくかのようで、特にリサは、もう息も絶え絶えで、ほとんどエリオットが引きづっているようなものだ。

 

 

「走れ!」

 

エリオットは振り返りざまに叫び、リサの手をしっかりと握り直した。無様で、もつれそうになりながらも走る。

 

白い雪は冷酷な監視者のように、二人の動きを見逃さなかった。自らの足跡が追跡者の如くついて回る。

 

――クソっ!あと少しだったのに!

 

直前に銃声を聞いていたことで、本能的に射線から逃れようと、違う方向の道に飛び込んでしまった。そんなことしなくてもウルサス軍が発砲することはないと分かっていたのに。

 

なにせ、リサが遮蔽物となっている。彼女をこちらが連れている以上、手荒な真似は絶対に取れないはずだ。

 

悔しさが後からこみ上げてくる。

だがそれでもエリオットには、逃げる当てがあった。

 

「こっちだ! 追え!」

 

背後からは追跡者たちの声が風に乗って聞こえてきた。軍人たちの足音が近づき、鉄槌のように激しく打つ心臓が加速する。まるでついて周る自身の影のように迫り、逃げ場のない焦燥感が二人を追い込んだ。

 

しかし…

 

――見えた!

 

エリオットの心に希望が宿る、もうこれ以上は早くならないと思っていた足が加速する。

 

エリオットが予定を変えて目指していた場所、保険という名の第二の目的地が目に入ったのだ。

 

路地の奥、そこに木製の扉があり、その周りには古びたポスターが幾重にも貼られていた。ポスターは風雨にさらされて色あせ、もはやその文言を読むことは叶わなかった。扉の隙間からは暖かな灯りが漏れ、かすかな人の気配が感じられた。扉の前には、古びた郵便受けがあり、中には紙切れがいくつか突っ込まれていたが、誰も取り出す者はいないようであった。

 

「ここだ!」

 

と、エリオットは路地の奥に見つけた扉に駆け寄り、急いでそれを開けて、中の様子をうかがった。

 

狭い部屋には古めかしい家具が置かれ、暖炉には火がくべられている。

 

合図だ。

 

それを確認してからエリオットはリサを引き入れ、震える手で扉を静かに閉じた。

 

 

部屋の中は外の冷たさとは対照的に暖かく、リサはエリオットに寄りかかるように倒れ、荒い呼吸を繰り返している。

それを受け止めたエリオットも疲労がきていたのたろう、二人はドアの前に崩れ落ちた。

 

リサはエリオットの肩に寄り添い、お互いに荒い呼吸を感じながら静かに息を整えようとしていたが、外から軍人たちの怒号と足音が迫ってきた。

 

息を潜め、心臓の鼓動が耳元で大きく響くのを感じた。

 

エリオットもまた、全身の緊張を解くことなく、外の音に神経を研ぎ澄ませる。

 

――絶対に見つかっちゃダメ…

 

リサは心の中で何度も繰り返した。二人はドアの陰に身を潜め、息を殺していた。床ににはひび割れが走り、埃が薄く積もっていたが、そんなことに気を取られる余裕はなかった。

 

その時、外の足音が一層大きくなり、すぐ近くで止まった。ドアの向こうから兵士たちの声が聞こえてくる。

 

 

「いたか!?」

 

急な大声に身体がはねそうになるなるのを二人は意識して抑えた。リサは心臓が止まりそうなほどの恐怖を感じ、エリオットの手を強く握りしめた。その手は冷たく震えていたが、その握り返す力には頼もしさを感じる。

 

聞こえてきた声は如何にも粗暴そうな印象で、軍人というよりはゴロツキのようだ。

 

「いや、いない…」

 

もう一つの声は、低く冷めた印象を与える声で、軍人とは斯くあれというのを思い描いたような、軍人然とした態度で実に対照的だった。

 

狭い通りに風が一層強く吹き抜けて、まるでこの路地一帯が楽器のように不気味に音を奏でた。その音に自分の呼吸が隠されていることをエリオットは願った。

 

「まだ近くにいる! 探すぞ!お前はあっちだ」

 

「分かった」

 

それだけ会話すると、足音が再び動き出し、ドアのすぐそばを通り過ぎる音がした。リサは息をすることさえ恐れ、喉の奥が苦しくなった。エリオットもまた、全身を硬直させて音の動きを追っていた。

 

足音は一度、彼らのいる家の前で止まり、兵士の重いブーツの音が立ち止まる。リサはその瞬間、体が氷のように冷たくなり、絶望感が一気に押し寄せてきた。

 

――見つかる…

 

その恐怖が頭をよぎった。

 

しかし、兵士は次の瞬間、再び動き出し、足音が遠ざかっていく。リサは信じられない気持ちで息を吐き出したが、その音さえも極力抑えた。エリオットもまた、目を閉じて安堵の息を漏らした。

 

 

「ふぅ…」

 

そうして声が去った後もエリオットの心臓は胸を打ち続け、冷たい汗が背筋を伝った。

 

逃れてきた世界は依然として二人を追い続けているが、風の音は二人の物音を不明瞭にし、雪は二人の逃走路をも覆い隠して、追跡者たちの視界を奪う役割も果たす。

 

「どこにいるってんだ?」

「案外そこらへんに埋まってるかもな」

 

そのおかげか、再び遠くからも軍人たちの声が聞こえたが、次第に遠ざかっていく。

 

白銀の世界が再び静けさを取り戻した。

 

二人の荒い呼吸音だけが聞こえる時間が続き、そうしてただ、酸素を求める機械として、数分呼吸を繰り返すと

幾分かマシになってきたのかエリオットが言う。

 

「もう、大丈夫だ…」

 

暖炉の火は、淡いオレンジ色の光で部屋の一角を照らし、揺れる炎が壁に影を踊らせていた。部屋の奥には一つの寝台があり、毛布が乱雑に積み重なっていた。その毛布は所々がほつれ、長い年月の使用を物語っていた。

 

少しでも温まろうと、リサはエリオットに寄り添いながら暖炉の前に座り込んだ。手をかざし、暖を取る様子は、寒さから解放された喜びを感じさせたが、瞳には未だ恐怖の影が残っていた。

 

「あっ…本だ」

 

だが、その影が完全に消えるのに時間は必要ないようだった。

 

部屋の片隅には、古びた本棚があり、その上には埃をかぶった古い本が無造作に並んでいた。窓際には小さなテーブルがあり、その上には錆びたランプが一つ置かれていた。ランプのガラスはひび割れており、長い間使用されていないことが窺える。

 

「リサ、読む時間はないぞ」

 

それを見て、心苦しくはあったが、苦言を呈すようにエリオットが言う。

 

「分かってる」

 

不満げな表情のまま、了承の意を評した少女――グルビアのセルシオ大学博士号取得者であるリサ・アルハイムは拗ねたような、でも楽しそうな不可思議な表情で暖炉の火を見入るように見ている。

 

「まぁ、逃げ切れば好きなだけ読めるさ」

 

と、エリオットは囁いた。その声は焚き火に吸い込まれ、リサの耳に届くかどうかもわからなかったが、微かに頷いた気がした。

 

その時、部屋の扉が静かに開き、一人の男が入ってきた。【赤い風】という地下組織に所属し、逃亡者を助けるための情報を持っているという男だ。

 

三週間前にレストランで出会い、その伝手で偽の身分証を手に入れたのをきっかけに付き合いが始まり、隠れ家も用意してもらった。最もそれが見つかったためにこんな目にあっているわけだから、エリオットはこいつの顔を見ていると、ぶん殴りたくなってきた。

 

だがまぁ、今回の逃走劇や、こういう場合に備えて、路地のポストに赤の紙が差し込まれ、暖炉がついている部屋はセーフハウスという合図を決めていたおかげで、こうして一息つけているので、エリオットは我慢してやった。

 

アレクセイは微笑を浮かべながら近づき、暖炉の火を見つめていた。

 

「どうやら、うまくいかなかったようだな」

 

と、彼は低く囁いた。

 

「よし、着替えろ。既に街は軍が包囲している。警備がこれ以上厳重化する前に、準備しろ。目的地が露見すれば、警備の厳重化は避けられないからな」

 

そういってアレクセイが袋を差し出した。

 

無骨な質感を持つ濃い灰色袋の表面は、何度も使用されてきた痕跡があり、ところどころに擦り切れた部分や小さな傷が見受けられ、上部は丈夫な革製のストラップでしっかりと閉じられており、金属製のバックルがその端を固定していた。バックルには、ウルサス軍の紋章が刻まれており、側面には、持ち運び用の太い革製ハンドルが付いている。

 

ウルサス軍で採用されている背嚢だ。民間には出回っていないはずだが…

それを見たエリオットは眉をひそめたが、リサはすぐに理解し、無言で頷いた。

 

ーー確かアレクセイは元軍人。その伝手を使ったか、きっと軍にいた頃に個人で持っていたものよ

 

リサの声が頭に響き、エリオットはなるほど、と内に湧き上がった疑念を押し殺した。

 

そして袋を開けると、中からウルサス軍の制服が現れた。その制服は丁寧に畳まれており、深い緑色の布地に黒いラインが入っている。布地はしっかりとした織りで、触れると冷たく滑らかな感触がした。制服の肩には銀色のエポレットが付き、階級を示す金色の刺繍が施されている。

それを上着を脱いでから、制服を羽織り、ボタンをキツく閉めていく。堅く模範的な軍人に見えるように。

 

「似合ってるぞ大尉」

 

着替え終わったエリオットを見て、アレクセイが階級章を指して揶揄う。

 

「なら、一階級昇進だな」

 

それにエリオットも余裕ありげに笑って見せる。その姿はどこからどう見ても、すっかり威厳ある将校に見えた。

 

「小物も用意しておいたぞ、確認してくれ」

 

アレクセイの言葉に従い、袋の中を見てみると制服に付随する装備品も整然と収められていた。黒い革製のベルトに、軍帽。さらに、制服のポケットには、緊急時に使うための小型の道具や書類までもが入っているのが見えた。

 

「助かる」

 

と、エリオットは息を整えながら、それらを回収し、短く礼を言った。

そうして差し出された変装を一通り終えると、タイミングを見計らったアレクセイが冷静な声で言った。

 

「これで準備は整ったな。次の行動に移る前に、状況を確認しておこう」

 

しかし、その瞳には微かに不安の色が見え隠れしていた。

エリオットはその不安を感じ取りながらも、努めて無視する。今は時間がないのだ。

 

「計画通り構わないだろ?」

 

と問いかけた。

アレクセイは一瞬の間を置いてから答えた。

 

「いや…北の森へ向かう。そこに隠れ家がある。龍門に繋がるルートは既に警備が厳しくなっているから無理だろう、理由はわからんが龍門も封鎖措置を実行してるらしい」

 

その言葉にリサは小さく頷いたが、何かが引っかかる様子だった。

 

「アレクセイ、この状況下でなんでそんなに詳しいの?」

 

と、彼女はふと疑問を口にした。

アレクセイは一瞬、瞳を曇らせたが、すぐに冷静な表情に戻った。

 

「それは、【赤い風】は龍門にもいるからな。それより早く移動するぞ。嬢ちゃん今は質問の時間じゃない、その天才的頭脳に後でいくらでも教えてやるから今は黙ってな」

 

しかし、その一瞬の曇りをエリオットは見逃さなかった。疑念が芽生えた。

 

――本当に信じていいのか?

 

と、自問自答する。

その時、ドアの外から足音が聞こえてきた。一人や二人ではなく、十人ほどが近づいてくる音だ。エリオットはアレクセイの瞳を見据えた。

 

「アレクセイ、何か隠していることがあるのか?」

 

暖炉の炎が静かに揺れる部屋の中、木の薪がはぜる音だけが響いていた。厚手のカーテンが窓を覆い、冷たい風を遮断しているため外の様子は分からない。

 

アレクセイは一瞬ためらい、その後、急に態度が変わった。

 

「いや…もう隠す必要もない」

 

その言葉を聞いた瞬間、エリオットはアレクセイが裏切り者であることを確信した。

 

「裏切ったな…」

 

と奥歯を噛み締めながら、アレクセイに向かって一歩踏み出した。

 

アレクセイは冷笑を浮かべ、

 

「遅すぎたな、エリオット。もうすぐ軍がここに来る。お前たちは終わりだ」

 

と言った。

リサは毅然とした態度で、エリオットの背中に手を伸ばし、彼を止めた。

 

「ここで争っても無駄よ。なんとかして逃げ出さないと。」

 

言い終わると同時に、外から突然騒音が響いた。金属の靴が石畳を踏み鳴らし、急かされるように進んでくる足音が一段と大きくなった。

 

扉が激しく揺れ、次の瞬間、銃床で力強く叩かれた。重厚な木製の扉が震え、その音は部屋中に響き渡る。エリオットとリサは互いに視線を交わし、目前の危機にどう動くかを共有する。

 

「まだ抵抗する気か?」

 

アレクセイが皮肉げに歪めた口で煽った。

 

再び扉が叩かれる。今度はさらに強く、ヒンジが悲鳴を上げるようにきしんだ。兵士たちの怒号が混じり、命令を飛ばす声が聞こえた。

 

その瞬間、狭い室内に五人の兵が踏み込んでくる。老人に道を譲るようにアレクセイは一歩後退り、冷たい笑みを浮かべて、少しバツが悪そうに謝った。

 

「悪いな、俺はウルサス軍に復帰するんだ」

 

リサとエリオットが逃げ出そうとした瞬間、兵士の数人が前に進み出て、無言で二人を取り押さえようとする。

 

「畜生…!」

 

“カタナ"に手をかけたエリオットだったが…

 

「動くな!」

 

と、一人の兵士が叫び、リサの腕を強く掴んだ。冷たい床の感触が彼女の背中に伝わり、彼女は苦痛に顔をしかめる。

 

「リサ…!」

 

人質を取られる形になってしまった以上、エリオットにできることはなく、別の兵士に捕まえられ、強引に押し倒された。

 

それでもリサを助けるため、力を出そうと必死に叫んだが、兵士たちの力は圧倒的で、全力で抵抗したものの、兵士たちの数と力に圧倒されてしまう。

 

力て叶わないならと、望みは薄くとも口で反撃に出ることにする。この中で唯一可能性がありそうな、裏切者に――

 

「――アレクセイ…! 本気でそいつ等を信じてるのか…!?」

 

エリオットは信じられなかった。軍に裏切られ復讐に燃えていたこの男が、こうも安々と協力するなんて。

 

「ふん、俺も自分を切り捨てたウルサス軍なんざ信じちゃいねぇさ」

 

だが、アレクセイは冷めた態度で、自分の決断に後悔している様子は微塵もない。

発言と態度の矛盾、それがエリオットから現実感を奪う。

 

「だったら…!」

 

矛盾を突くように、言葉を投げかけようとしたが、アレクセイはわかっていると言わんばかりに、発言を遮った。

 

「だが、ここにいるシュールは違う。俺は同期を信じるよ。シュール、これで俺は軍に戻れるんだよな?」

 

呼びかけられた、将校服を着込んだ細身の男は、その大きく丸い瞳をリサに固定したままアレクセイに言う。

 

「そいつも拘束しておけ」

 

いや、正確には既に将校はアレクセイを言葉を交わすべき相手とすら認識しておらず、まるでゴミ出しを忘れていたのを思い出したかのように、あっけらかんと部下に対して命令を下した。

 

「何いってんだよぉ!? シュール!?」

 

アレクセイは怒りに満ちた声で叫ぶ。

それでもシュールと言われた将校は依然として、アレクセイには見向きもせず、能面のような表情で再度、兵士たちに指示を出した。

 

「連れて行け、そいつの存在はもう不要だ」

 

その言葉に従い、兵士たちはアレクセイを家から引きずり出していく。

 

「やめろ! 俺は軍曹だぞ! 一兵卒ども!」

 

腕を掴まれ強引に連れ出そうとすると、抵抗して暴れたため、暖炉に映る陰影が影絵劇のようにごちゃごちゃとなる。

 

「同期を裏切るのか!? 軍への復帰を手伝ってくれるんだろぉ!? なぁ!?」

 

最終的に、2人で両側から腕を挟み込むと、さすがにその力には敵わず、体をジタバタさせつつも、連れて行かれた。

 

しかし結局、部屋の外に連れ出されても、寒さなど感じていないかのように友――だと信じている者に必死に呼びかけ、叫んでいる。

 

アレクセイにとっては、それが最も重要なことなのだろう。――自身の命よりも

 

「なぁ…! シュール…!」

 

両脇を屈強な軍人二人に固められながらも抵抗を続け、旧友へと懇願を続けるアレクセイ。

 

とうとう苛立った兵士の一人がその後頭部を剣の柄で殴り、白い地面に膝まづかせた。

 

そこで初めて将校はアレクセイを見た。本人の意識を正確に表すのであれば、アレクセイという虫を視界に入れたというべきかもしれない。

 

「感染者が…もういい、殺せ。死体処理は後続部隊が請け負うことになっている。奴らも暇で参ってる頃だ」

 

その言葉の前半以外は部下への説明に過ぎなかった。

 

「待っ…!」

 

ザシュッ!

 

一言でその処遇を込められた哀れな裏切り者は、その場で首を刎ねられ、僅かな血の香りと静寂が部屋に充満する。

 

「ようやく静かになった…」

 

暖炉の炎が再び静かに揺れる部屋には、裏切りの余韻だけが残されていた。指揮官は一瞬、暖炉の火を見つめた後、ゆっくりと部屋を後にした。その背中には、一片の悔恨も見られなかった。

 

それを見届けた時、リサの瞳が冷たい光を帯び、心の奥底から力が湧き上がってきた。アーツの発動に意識を集中させ、周囲の空気が微かに震えた。感情に干渉するアーツは、目に見えない波動となって兵士たちの心に侵入していった。

 

リサの心臓の鼓動が速まり、そのリズムに合わせてアーツの力が強まっていく。その瞳に宿る冷たい輝きは、兵士の精神に直接触れ、深い恐怖と不安を植え付けた。

 

「なんだこれ…!」

 

と、一人の兵士が呻き声を上げ、その手が震え始める。

 

その【音】は意識の中で最も脆弱な部分を刺激し、心を乱す。兵士たちは一瞬のうちに冷や汗をかき、動揺が彼らの表情に現れた。

 

【音】はまるで鋭い刃のように彼らの精神を切り裂いていく。【音】が体を縛り、動きが鈍くなったその瞬間、リサは自身を上から押さえつけている手から逃れた。

 

 

エリオットもまた、リサのアーツの効果を感じ取り、再び抵抗を試みた。彼は力を振り絞り、自分を押さえつけている兵士の腕を振りほどくと、兵士たちが動揺している間に、素早く立ち上がり、近くにあった椅子を蹴飛ばす。

 

その椅子が兵士の足元に転がり込み、一瞬の隙を作り出した。その隙を見逃さず、エリオットは暖炉の火掻き棒を手に取り、全力で振り下ろした。その鋭い先端が一人の兵士の顔に当たり、火掻き棒の先端に残った赤熱が皮膚に触れた瞬間、煙が立ち上がり、焦げた肉の匂いが部屋に充満した。

 

兵士は激痛に叫び声を上げ、顔を押さえながら後退した。エリオット火掻き棒を振り回し、別の兵士を叩き倒した後、

それを将校に向かって投げつけた。将校はその動きに驚き、身を避けるも、棒は肩にかすり、その勢いで後退した。肩口には焼けた傷が残り、その痛みに顔を歪めた。

 

リサもまた、その機を逃さず動いた。彼女は近くにあったランプを手に取り、兵士たちに向かって振りかざした。兵士たちは一瞬の混乱に陥り、その隙にリサは素早く窓へと駆け寄る。

 

 

「…! 追え!」

 

机に手をつき苦しげに呻きながらも、将校が一番初めに正気を取り戻し、指示を出したが、兵士たちは一瞬の混乱から立ち直れていない。もうしばらく立ち尽くしたままだろう。

 

 

リサが窓を開け、外の冷たい空気が部屋に流れ込んだ。彼女は窓枠を越え、外へと飛び降りた。エリオットもまた、兵士たちの混乱に乗じて窓へと向かい、外へと逃げ出す。

 

 

まだこんなに力が残っていたのか、という程の速度で風景が後ろに流れてゆく、二人は全力で走り、石畳の道を駆け抜け、共に白い世界の中を彷徨う。ただ前に進むことしか考えられず、ひたすらに雪を踏み潰した。

 

 

走って、走って、走って…

 

二人は息を切らしながら、やがて大きなアーチ状の門の前にある広大な広場に出た。

広場は冷たい風が吹き抜ける場所であり、風がゴウゴウと鳴り響く中、広場全体が荒涼とした雰囲気に包まれていた。石畳は年季が入り、所々ひび割れ、苔が生えている。その上を急ぎ足で駆け抜ける二人の靴音が乾いた音を立てて響いた。

数百メートル先にある門は威圧的な高さで、古びた石造りのアーチが並びその向こう側にはさらに高い城壁がそびえ立ち、まるで逃げ場のない牢獄のように自分達を取り囲んでいるとエリオットは感じた。

 

 

「はぁ…!はぁ…!」

 

呼吸しているのが信じられないぐらい息が苦しい。

裏小路にいる時にあった建物という障害物がなくなったことで、強風が直に身体を叩いてくるが、追手のいる後ろには引き返すことはできない。

 

「グっ…!」

 

周囲の建物は低く、窓は鉄格子で閉ざされている。窓から漏れる微かな明かりが広場をぼんやりと照らし出しているが、人の気配は感じない。広場にも当然のように人影はなく、表通りだというのに誰もいないのは皆が物々しい様子の軍を恐れているからだろう。

 

「もう少しで外だぞ…!」

 

エリオット葉励ましの言葉を口にしたが、その矛盾に自分で気づいていた。

 

街の外に出たところで、どうにもならない。軍は全包囲の態勢で街に検問を置いているだろう。

 

このまま進んだところで、待っているのは避けられない死だ。

 

どうしようもない。

肺が痛んでしょうがない。

――それでも進むしかない。

 

路地に入る道まで、あと少しだというのに、とっくに限界の二人ではその少しが絶望的な遠さと同等の意味を持っていた。

 

もはや雪は大粒となり、吹雪となって視界を奪っていく。二人の足跡もすぐに玉塵に覆われて消え、軍人たちの足跡も同様に消えていく。それでも追跡は厳しく、遠くからは彼らの足音と叫び声が風に乗って聞こえてきた。

 

 

「もう少しだ、リサ。もう少しだけ頑張って…」

 

エリオットは門まで中ほどの位置、ちょうど噴水の横で立ち止まり、リサを振り返った。かける声は優しいが、先刻と比べると随分と弱々しい。

 

紡がれる言葉も機械的で、自分への暗示染みたそれはリサになんの力も与えられない。

 

――限界

 

その言葉が脳内に浮かぶとともに、足元が突然重くなり、全身の力が抜けた。

 

視界はぼやけ、冷たい雪が容赦なく顔に打ち付けると、胸の奥に鋭い痛みが走り、呼吸が困難になったその瞬間、膝が力なく折れ曲がった。

 

次の瞬間、前のめりに倒れ込む。繋いだ手はリサの手を離れ、無力に雪の中へと落ちる。口元から白い息が漏れ、息をするたびにその白い霧が薄く広がっては消えていった。

 

――体が重い。

 

倒れた瞬間に全身が雪の中に半分以上沈み込んだ。黒い髪に雪が降り積もり、冷たい感触が頭皮に染み渡る。白いはずの景色は暗くなり、音も遠のいていく。

 

冷たさが意識を徐々に奪っていく。

 

ーーーーー

 

広場の中央にある古い噴水、今は水が枯れ果て、黒ずんだ石像が寂しげに立っている。その石像は長年の風雨に晒され、形が崩れかけているが、かつての栄光を思わせる荘厳さを未だに保っていた。

 

その傍らに行き倒れた男と、それを引き上げようと必死な少女が見える。

 

周りを剣で武装した男達が取り囲むと、一歩遅れて、将校が現れた。

 

「ようやく大人しくなったか」

 

制服を焼かれた腹いせか、二人の重なり合った手を踏みつけると、鼻を鳴らした。

 

「捕縛しろ」

 

言葉短く、当初の目的を果たすべく兵達に簡潔な指示を与える。

 

「了解しました、少尉」

 

と、兵士は深く頷き、部下に指示を伝えるために振り返った。

 

「拘束するぞ」

 

兵士たちは無言でリサに近づき、その手を縛り上げようとした。

 

「その女が目的地に到着するまで、気を抜くな。もし反抗するようなら、徹底的に教育しろ」

 

と、少尉は冷ややかに続けた。

 

「はい、少尉。しかし、彼女の仲間が現れる可能性は?」

 

と、兵士が恐る恐る尋ねた。

 

「その場合も同じだ。全ての脅威を排除し、我々の任務を完遂するのだ」

 

と、少尉は鋭い視線を質問した兵士――冷静な兵士に向けた。その目には、一切の妥協も許さない冷酷な意志が宿っていた。

 

リサの目の前に立ったウルサス兵の一人が、無言のまま腕を掴んだ。冷たい手の感触が肌に伝わり、リサは思わず身震いする。

 

兵士は無表情のまま、彼女を力ずくで拘束し、縄で両手を縛り上げた。

 

その瞬間、リサは必死に抵抗しようとしたが、素早く反応した数人の兵士に押さえつけられてしまった。

 

「大丈夫、すぐに終わる」

 

と、少尉は嘲笑を浮かべながらリサにの上向けて言った。そのまま手でリサの髪にそっと優しく触れる。

その言葉と行動にリサは恐怖を感じ、冷たい汗が背中を伝った。

 

妙に執念深い瞳は、リサを舐め回すように見つめた後、軍人のものに切り替わる。

 

「よし、撤収だ! トラックまで戻るぞ、これでアントン少佐もお喜びになるだろう」

 

ひと仕事終えた少尉は、無意識の内にほとんど独り言のように己の成果を噛み締めた。そこに先程までの妙な気配は既にない。

 

 

「すみませんぇーん」

 

突如場違いな女の声が響いた。

 

「ここらへんでアイス屋さんってありますかぁ?」

 

「は?」

 

雪国で、しかもこの吹雪の中、氷菓子が食いたいなどと宣う阿呆がいるとは、どうやら自分が思うよりこの大地はまだまだ広いらしい。

 

頓珍漢なことを言い始める女に、正気かどうかを尋ねる気も起きない少尉は、適当に脅せば何処かに逃げていくだろうと考えて、威圧的に声を張り上げた。

 

「我々はウルサス軍である。この地区は現在外出禁止令が出ている。旅行者だろうと拘束する権限が我々にはある。即刻立ち去れ、さもなくば裁判にかけられ二度と祖国の土を踏めなくなるぞ!」

 

その言葉が終わると、待っていたかのように金属が何かにぶつかる音が響き。

 

「うわぁ!」

 

と、何故か兵士の一人が驚愕の声を上げて倒れ伏した。それが合図だったかのように、拘束していたはずの少女が走り出す。

 

それを見て、一瞬目を丸くした少尉は、

 

「何をしている!?早く捕まえろ!」

 

と、少尉が怒鳴り声を上げたが、少女も、そしてその女も既に逃げ去っていた。

 

「クソっ追うぞ! 急げ!」

 

周囲を急かしながら、走ろうとしたとき、何か硬いものが足に引っ掛かり転びそうになる。

 

「なんなんだ!」

 

何に躓いたのか確かめようと下にやると、

最初に倒れた兵士のすぐ側に落ちたフライパンを見つける。

 

「なめやがぁてぇ!!!」

 

雪空に獣のような唸り声が響いた。

 

ーーー

 

 

雪はさらに強く降り続け、二人の姿を白い幕の中に閉じ込める。

 

 

エリオットは耳元で甲高い声が叫び、身体をゆすられている気がしたが、軍人たちの怒声も吹雪の音も、もう聞こえない。

 

不思議と雪が酷く暖かくて、まるで羽根で編まれた毛布のようだ。

 

――まぁよくやった方か、

 

心地よいまどろみに包まれてエリオットは悪くない気分だった。

 

視界は白い霧に覆われ、遠くの影もぼんやりとしか見えない。

 

立ち上がる気力だって残ってない。

 

そのうえ、なんとなく周りに気配を感じる。どうやら囲まれたようだった。

 

――終わり…か

 

突然、不思議な感覚が全身を駆け巡る。

重力から解放されたように、身体が軽くなったのだ。まさか…とエリオットは考える。

 

――死んだのか…俺は?

 

未だに思考しているという事実に疑問を携えた、白く霞んだ視界は、その答えである使命を捉えた。

 

――リサ

 

頬に凍った雫がキラリと輝いた気がした。

 

――そうか、涙さえこの極寒の気温と過酷な大地はこの少女から奪い去ってしまったのだ。

 

必死にエリオットを起こそうと、ろくに鍛えてもいない筋肉に力を込めるリサ。

 

その表情のなんと痛々しいことか。

雪が彼女の髪や服に降り積もり、その細い体躯をさらに白く、凍えさせようと包み込んでいた。

 

ごめんな、リサ――

 

エリオットはもう残っていないはずだった体力を生み出して、立ち上がった。

 

 

ーーーーー

 

 

リサは吹雪の激しい広場からエリオットを引き込んで、路地に隠れた。だが、リサの体格では精々30歩ほどの距離移動が限界で、奥に見える角にあと一歩届かない。表通りから小路を覗き込めばすぐに見つかってしまう。

 

そうして往生していると、当然のように無線で会話する声が近づいてきた。

 

「確保しました…はい…了解。…おい、男は殺しておけ」

 

再び、隊員の陰に隠れるようにして残酷な指示を飛ばす将校の男。

 

「あぁそれと、その女…拘束したあとは指揮車に乗せろ」

 

粘着質な声が響き渡る。命令を下した男の目には、どこか狂気が宿っているようだった。その指先は、まるで獲物を狙う猛禽のように震えていた。

 

「危険では?」

 

反論する兵士の声には、ためらいと不安が混じっていた。相手が何者かもわからないまま、彼はこの異様な命令を受け入れざるを得なかった。

 

「両手で足りなきゃ両足も縛っておけ。股は開いたままでな」

 

既に仕事への達成感で緩みきった口からは、横柄な言葉が次から次へと吐き出される。

 

その様子は、周りの兵にはまるで罠にかけられた獣を弄ぶかのような残虐性を感じさせた。いずれにしても、それに異を唱える者はここにはいないようだった。

 

言葉の意味を理解したのか、する気もないのか。無言でリサへと近づくウルサス兵。

 

リサは、全身に緊張が走り、息を呑んだ。命令の意味を完全に理解したわけではなかったが、その響きからくる恐怖が彼女の心を揺さぶった。ウルサス兵たちが無言で彼女に近づく様子は、獣のようにさえ見えた。

 

リサの目の前に立ったウルサス兵の一人が、彼女の腕を掴んだ。冷たい手の感触が肌に伝わり、リサは思わず身震いする。その瞬間、彼女の中で何かが弾けたように、抗う力が湧き上がってきた。

 

「いやっ!触らないで!」

 

リサは叫び、全力で抵抗しようとした。しかし、その努力は無駄に終わった。

 

瞬く間に拘束され、両手は背後で固く縛られる。続いて、足も強引に縛り上げられた。縄が食い込み、痛みが走った。

 

 

「大人しくしろ!」

 

腹に蹴りを入れられると、リサは大人しくなってしまった。兵士はそれになんの興味もなさげだ。それもそうだろう、彼らはただ命令に従い、行動する。その結果などは考慮の範疇外なのた。

 

その間も、リサの心臓は激しく鼓動し、恐怖と絶望が胸を締め付けた。しかし、彼女は諦めなかった。必死に抗うことで、少しでも自分の尊厳を守ろうとした。

 

「指揮車に乗せろ」

 

再び命令が飛び、兵士たちは無言のまま、リサを持ち上げた。彼女の体は、まるで人形のように扱われ、指揮車の方へ運ばれていった。

 

 

しかし突如振るわれた刃が、彼の歩みを止めた。

 

「うぉ…!?」

 

突然の凶刃に尻もちをつくと、地面の柔らかくも冷たい感触が痛みを和らげた。

 

安心するのも束の間、視界に赤いカーテンが引かれていく。

 

「んなぁ…!」

 

すぐに立ち上がり獲物を引き抜いたのはさすがウルサスの軍人と褒めるべきだろう。

兵士は理解していた。

 

今自分が人生に幕を下ろさずに済んだのは偶然に過ぎないと、もし命令にすぐに従ってあと一歩踏み込んでいれば、もしその男が万全の体調であれば死んでいたと理解している。

 

それでも、今が全てだ。過去の恩情も、何もかも結局はその時しか力を持たない。

 

このあまりに広い世界において、自分たちは雪に、そして理不尽に埋もれて死んでいく被害者でしかないのだ。

 

だから、

 

「エリオット中尉ぃい!」

 

“刀”を抜いて、かつての仲間に斬りかかる。心の痛みをかき消すべく、雄叫びというには悲痛すぎる叫び声を上げながら、力を振り絞って振るわれた刃が恩師の肌に迫り――

 

「――許せ」

 

そして”カタナ”が胸を刀が貫いた。あのとき見たままの、鮮やかな手並みだった。

 

ーーーーー

 

建物の隙間から漏れる微かな灯りが、かすかに路地の一部を照らしていた。その灯りはぼんやりとした明暗を描き、影が揺れ動くさまは幽霊のごとく不気味であった。

 

灯りの小さな暖かさが、エリオットという亡霊を突き動かす、影と連動するように、フラフラと体をよたらせる。

 

「やってやるよ…」

 

傍らには数ヶ月前までは仲間だったものが倒れている。

 

――ああ、そうだ俺が殺した。

 

思い出したように、頭に響いたその事実が精神を、肉体を、視界を揺らす。

 

――クソっ…!

 

歩くために手をついた壁には数々の落書きが無秩序に重なり合い、互いを知らぬ者たちの思いが寄せ集まって一つの画布となっていた。

 

その何十人もの意志など、天災は気にかけない。誰かの熱意も理想も何もかも、このウルサスでは全てが、雪に体温を奪われて死んでいく。

 

――まるで白い迷宮に囚われたようだ。

 

視界一杯に映るかつての同僚達。

そのいずれもが、武器を携え、空虚な冷たさを詰め込んだ瞳をこちらに向けている。

 

そのすぐ側には錆びついた鉄製のゴミ箱が所々に転がり、震えた鼠がその間を音もなく駆け抜ける様は、まるで自分たちのようであった。

 

「袋のネズミ…ってな」

 

――まぁ、女を守って死んだのなら。実に上等な人生だったさ。

 

「法月流剣術皆伝。エリオット・バーウッド…全員まとめてかかってこい…!」

 

型にすらなっていない構えで名乗りを上げると、前衛の隊員の後ろに隠れるように立つ将校は、クロスボウを片手に顔を押さえた。

 

「フッ…なんだ、弟子を斬り殺した後に名乗りを上げるのが極東流か?」

 

可笑しくてたまらないといった様子で、その手からは覆いきれない嘲笑がこぼれ落ちて、醜い表情筋がエリオットの目に入り込んだ。

 

「お前は、技術部の人間らしいが…皆伝ねぇ…たった一本の剣でこの人数相手は覆せないことは分かるだろう。たとえニ本でも同じこと。ましてお前らはエリートだ。頭がいいんだろ? 格好つけたいのは分かるが…投降したらどうだ?…」

 

仮に投降したところで、本当に見逃すはずもないが、呆れたような声色に、エリオットは思わず決意が揺られそうになる。そう、その通りだ、なんの意味もありはしないと。

 

そんなものはとうに失われてしまったんだと…

 

「ん…?」

 

隊長が声を上げるが、エリオットにはそれを気に掛ける余裕はなかった。

こうしている間にも、じわじわと首を絞めるように雪が積もり、頭に、肩にそしてに獲物を動けなくするために、脚を覆って、踝を固定して…

 

黒い雪(・・・)が全員を抱擁するように、包むと、のしかかる重量が爆発的に増加し、誰もそのばから動けなくなった。

 

そして音もなく幽霊のように浮かび上がるシルエットに、初めにリサが気がついた。

 

「誰…?」

 

“それ”は突然だった。

 

目の前に追い詰めた獲物、確実な勝利。これから得るばずであろう高い報酬と、それによる数ヶ月の豪遊生活に思いを馳せていた将校は剥き出しの敵意を乱入者に向ける。

 

「誰だ!?」

 

自身の甘い夢を、圧倒的な質量で塗りつぶす存在の登場。自身の独壇場という名のキャンパスを破壊した怒りを、下手人へとぶつけてから、その異様さに身の毛がよだった。

 

――いや、人ではない。

 

“それ”は具現化した死だ。

その佇まいは精密で無駄がなく、機械的な規律と冷酷さが滲み出ている。

 

鉄と鋼で構成された”それ”の姿は、まさに生ける要塞であった。特殊機械工学に基づいて設計された装甲は異鉄繊維の編み込まれた外套に包まれていたが、首元から僅かにその特異な鎧の一部が見えた。

 

後頭部から腰にかけては、無数のチューブが絡み合い、複雑に絡み合う。まるで生物のように脈動し、ゆっくりと呼吸しているかのような音を立て、口元へと連結された管から漏れる冷却ガスが周囲の空気を白く染め、本能的に身を引くほどの冷気を纏う。

 

コートの表面は無骨な金属板で構成され、長きに亘る戦いと、それと同じだけの勝利と歴史の痕跡を物語る無数の傷跡で覆われていた。

 

例外として一切の傷がない箇所、常に磨いているのか、黒光りする金属板。無傷である唯一といって良いそこに刻まれた紋章は、守護する組織の威厳と権威を示し、その存在感を一層際立たせている。

 

ただその徽章を知るものは、その威光に恐れ、慄くだろう。だが、残念ながらその所属を表す模様を知るものはこの場においてエリオットただ一人であった。

 

【帝国近衛軍】

 

その存在を知らぬものはウルサスにおらず、その実態を知る者もまたいない。

 

皇帝に利する刃は、沈黙を守り、ただそこに存在した。まるでこの地にいることが必然――この地こそが自身であるという風に。

 

「た、直ちに立ち去れ! …き、聞いているのか!?」

 

将校がクロスボウの照準を合わせて震える声で威嚇する。一方で、何も見えていないように"それ"は

 

黒々とした鋼鉄の面頬が顔全体を覆い隠し、その容貌は酷く不明瞭だ。面頰には視界を確保するためか網のような線が入り。その下にあるのであろう乾いた瞳が不気味な赤光を放っていた。

 

そしてその不気味な視線が鋭く刺すように、しかし俯瞰するように”死”が男を見た。

 

「15【暗号】」

 

低く、響く声が男たちの間に動揺を波紋させる。

 

「21、5【暗号】」

 

番号を呟きながら、一挙手一投足に、その身に宿したウルサスの確固たる意志が伴う、この世で最も偉大なる”帝国の尖兵”は足を、一歩前にした。

 

「26【暗号】」

 

重厚な鋼鉄の靴が地面を踏みしめるたびに、鈍く低い音が大地に響き渡り、その一歩一歩が地面を揺るがしているという錯覚を与える。動くたびにチューブが軋み、排熱機構の機械音が不気味に響き渡るその様は、鉄の獣が目覚めたかのように、近づいてくる。

 

「42【暗号】」

 

「ヒィェ゙…!」

 

その姿は、まるで絶対的な力を体現するかの如く、足音を立てて近付く冷気が周囲の温度を一瞬にして下げ、首を伝って落ちる汗が、氷のように冷たく感じた。

 

”死神”は、その姿を見るだけでその場にいる全員に恐怖と畏敬の念を抱かせる。

 

数十人の兵士がそれぞれが狭い道で人数の差を最大限活用しようと広がり、全員が鋭い剣や槍を構え、緊張の糸が張り詰める。

 

「――49」

 

次の瞬間、”帝国の近衛兵”が一歩前に踏み出し、その動きはまるで風のごとく速く、静かだった。

 

「なに!?」

 

まず、一閃。目に負えぬほどの速度で、内蔵式ナイフが装着された腕で首を落とさんと迫る。

 

「――へっえ…?」

 

刃が首に触れる瞬間、敵の目は驚きと恐怖で見開かれた。刃が首の皮膚を切り裂き、筋肉と骨を音もなく分断すると、首は勢いよく空中に浮かび上がり、ゆっくりと回転しながら落ちていく。降り抜かれた刃の軌跡を辿るように、鮮血が飛び散り、白い雪に紅の花を咲かせた。

 

「嘘だろ…」

 

落ちた首が雪に半分以上沈んで、その虚ろな眼孔があろうことか仲間たちの方を恨めしげに向いていた。

 

「ヒィ…!」

 

見た後続の者たちはすっかり怖気づいてしまう。

 

「てめぇ!」

 

そんな中、一人の兵士が勇敢に突進してきたが、”近衛兵”の右手の刃がその攻撃を受け止め、左手の刃が逆突きを繰り出した。

 

「ぎゃぁぁぁ!!!!!」

 

鋼鉄の刃が胸元を貫き、その兵士は叫び声を上げながら地に倒れる。”近衛”はそのまま次の敵に向かい、瞬時に向かってきた数人の兵士を次々と斬り伏せる。

冷徹な計算のもとに繰り出される攻撃には無駄というものが一切なかった。

 

それはウルサスを代表するとまで言わしめた、帝国の力そのもの。

 

それを見ても数で押せると考えたのか、臆せず、8人が一斉に攻撃を仕掛けるが、”帝国”はそれをすべて読んでいたかのように、次々と攻撃をかわし、反撃の一撃を繰り出す。右手の刃が敵の喉を狙い、左手の刃が心臓を突き破った。

 

「うごぉ…!」

 

また一人

 

「クソ…!」

 

後ろに控えていた指揮官が、ボウガンを発射するが、突き刺さった剣を起点に死体を持ちあげ、生ける盾として使い潰すことで射撃を防ぐと、死体を切り捨て、一挙に駆け出した。

 

その動きは予測不能で、まるで風のように素早い。全ての矢を避け、最短距離を駆け抜ける。どうしても軌道上を逸らせないものは叩き折って進む。

 

「来るなぁ!」

 

0.1秒。それが男が引き伸ばした命の長さだった。

 

「ゴハァ!」

 

部隊を統率するのに必要な喉仏を切り裂くと、声ならぬ声を上げ、指揮官は倒れた。

 

そこからはあっという間だった。

敵兵たちは次々と倒れ、黒い雪が舞い上がる。”帝国近衛兵”はその中を冷酷な眼差しで進み続け、一人また一人と敵を蹴散らしていく。その姿はまさに”死”であり、彼の前に立ちふさがる者は次々と命を落としていく。

 

戦場には金属音と悲鳴が響き渡り、黒い雪がその音を吸い込むように降り続ける。利刃の内蔵式の鋼鉄の刃は、まるで生き物のように次々と鋭い攻撃を繰り出し、数十人の兵士たちは瞬く間に壊滅していく。

 

といっても.中には逃げ出したものもいた。

 

ある者は足元の雪に躓き、無様に倒れ込む。ある者は振り返ることすらできず、ただ前を見て逃げ去った。背後の同胞を見据えた彼らを責めるには、”相対者”は…敵とさえ呼べないほどに生物としての次元が違いすぎた。

 

「死ねぇ!」

 

そんな一人残った兵士が勇敢に槍を突き出すも、”悪魔”はそれを一瞬で避け、鋭い一撃で槍を持つ手を斬り落とす。続けてもう一方の刃が、その兵士の胸を深く貫き、即座に命を奪う。まるで流れ作業のように、次々と敵を無慈悲に切り裂いていくその姿は、戦場の悪夢そのもの。

 

「――53」

 

最後の一人が倒れると、戦場には再び静寂が訪れる。”悪夢”は冷酷な眼差しを静かに閉じ、コートを揺らしながら。冷たい黒い雪が降り続け、数十人の兵士たちの屍が静かに横たわっていた。

 

「あの…」

 

その背中に声をかけると。大きな”それ”の背中はゆっくりと振り返った。

 

少女の目に、無敵の要塞の権化が、その冷たい瞳と機械的な呼吸音が映り込み、絶えず心を蝕んだ。

 

それはまさに、鉄と血で築かれた剣であり、深淵を雪ぐ蔭であり――

 

――そして百年以上もの長い年月の間、正義なき者の前に立ちはだかり、其のいずれも打ち砕き。強者であり続けた悪魔、皇帝の近衛兵の姿そのものであった。

 

御伽話であれば、窮地に現れた英雄に掛ける言葉は決まっていた。この状況で、しかし、大学を飛び級した少女でさえ、なんと言葉をかけるべきか分からなかった。

 

「貴方は…?」

 

出てきたのはあまりにも陳腐なフレーズ。ある種時代遅れとさえ言えるその言葉は、

しかし全く持って御伽話らしくない返答が返ってきた。

 

「――57」

 

少女は困惑した。何を言うべきか皆目見当もつかない。

 

いや…より正確には、どんな言葉でさえ不適切だったのだろう。

 

「63【暗号】」

 

聡明な少女の頭脳を以てしても意味を理解できぬ数字を唱えながらも、その面頰の奥にある視線が少女を確かに捉える。

 

「ヤツは…”顔削ぎデーモン”だ!」

 

視線から庇うように、構えを取ったエリオットが、数十の死体を築き上げた”それ”に恐れも抱かず立ち塞がる。

 

否、その膝は武者震いとでは誤魔化しきれない程に震えていた。それでもなお、己が使命を果たすために文字通り立ち上がったのだ。

 

「70 83【暗号】」

 

そんな決意もつゆ知らず、悪魔と見紛うほど真っ黒な漆のような外套を羽織った”暴力”が数字を唱え続ける。

 

「どういうつもりだ?」

 

赤黒い斑点と染みで黒いキャンパスを染め上げた”デーモン”に、エリオットは険しい視線と共に真意を問いただす。

 

「90 92 94 96【暗号】」

 

しかし、問われた方は詰問さえなかったかのように、ただ立ち、ただ視線を青年の腰あたりに向けるのみ。

その視線はエリオットという個人を見つめてはいない。

 

「答えろ!」

 

それが相手にされていないなら、まだいい。むしろ生き残るためには、どうでもいいと思われた方が好都合だ。

 

しかし、違う。

 

エリオットには分かった。この”怪物”は自身の背後にいる少女に視線を送り続けているのだと。

 

「ふぅ…!」

 

ゆっくり、落ち着くために白い息を吐く。

 

本来であれば、今すぐリサを抱えて逃げるか、目眩ましなりなんなりするべきだったが、生憎と青年はそのどちらの術も失って久しい。

 

今はただ、いつ襲われても対応できるように、ひょっとすれば何か奇跡でも起きて、目の前に騒ぎを聞きつけた警邏隊でも現れ、目の前の”伝説”の興味がそちらに移ってはくれまいかというのが、今の心境であった。

 

震える膝を抑えようと努力するも、相対する暴力の権化に斬りかかる。

 

斬り結び合うことなく。その時、剣戟を軽く腕を振るだけで受け止め、エリオットが死を覚悟した時、”死人”はようやく口を開いた。

 

「私は、帝国の刃。ひと振りの剣である」

 

そう、【皇帝の利刃】は自身の存在を大地に刻むように言った。

 

 




作者はアークナイツ8章で止まってる雑魚。
利刃がカッコよかった。でも動きが分からなかった。また、書いてる途中だよ、でも利刃が分からないから現状これしかないんだよ。
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