「艦これ」いつかあの海で×ドリフトスピリッツ 2023 -いつかあの路で- 作:カービィ改二
早乙女峠編も終盤に近づいてまいりました。
あの胡散臭い男とのバトル。
早乙女峠の刺客たちを倒しつつある時雨たち。
自らの成長と共に相手との走りで経験を積み、実力を確かなものにしていく。
一方でワンエイティの今後の細かなチューニング方針はまだ定まってはいないが、最低限チューニングして相手に対応できるようにするという事だけは決まった。
…リズムマシーンのゲンを倒してから、数日が経ったのだった。
―――カーファクトリー・ピット、昼過ぎ。
「へー、『BNワークス』のあのイケイケな姉ちゃんの父親が刺客だったとはなぁ!」
この日は月曜日だった。
店が休みである「神風のトオル」は時雨の様子を見に、「ピット」へやってきていたのだった。
「そうなのよ。お父さんと再会できて、トーコさんよかったわー!」
「いやあ、今日はいい話聞いたぜ。実は俺、そういう温まる話にどうにも弱くてなぁ!」
「ト、トオルさんってちょっと見た目のイメージと違いますね…?」
「見かけで判断しちゃいけねえな、お姉ちゃん!俺ぁこう見えて優しい男なんだぜ」
「はは…」
トオルたちとの会話で軽く笑いが出た時雨。
何事も無い些細な雑談ではあった。
するとトオルが気になった事を口にした。
「しかし遅ぇなヒロシのヤツ。どこで道草くってやがんだ?」
この日、トオルはヒロシに声をかけて「ピット」に来るように言っていたのだった。
だが、一向に来ない。彼がいるからとはいえ別に何かが変わるという訳ではないが。
その時だった。
「ん、俺のスマホか…?ちょっとごめんよ」
トオルのスマホが振動した。どうやら電話らしい。
「…ヒロシ、てめぇどこほっつき歩いて……ってあれ?誰だてめぇ。うちのヒロシをどうした?…んだとぉ!?」
そう言うとトオルはスマホの電話を切って、急いでピットから飛び出していった。
どうやら緊急事態のようだ。
「と、トオルさん!?」
「行っちゃった…」
「何かヒロシの身に起こったのかも!?追いかけよう、時雨!」
「う、うん。すぐ行こう」
「あ、お気をつけて~!」
そう言って奈美子と時雨は急いでガレージに止まっていたワンエイティに乗り、BRZを追いかけて第一早乙女峠に向かうのだった。
◇ ◇ ◇
時雨と奈美子を乗せたワンエイティは、トオルのBRZを追いかけて第一早乙女峠往路スタート地点までやってきた。
「あれか!?」
「あれって…」
駐車場に車を止めた3人が見た先には、ロープでぐるぐる巻きにされたヒロシが、胡散臭い金髪の外国人風の男と一緒に待っていたのだった。
「トオルさーん、ナビ子ー、それに時雨ちゃーん!面目ねっす、この不肖ヒロシ、捕まっちまいました~!助けてくれ~!!」
するとヒロシの言葉に続いて、ぐるぐる巻きにした張本人であろう、サングラスを掛けた外国人風の金髪男が話し出す。
「ハロー、ハロー!餌につられてウェルカム、エブリバディ!」
「あなた…まさか、ゲンさんが言っていた『サトウ』?」
奈美子が名前を思い出したかのように質問した。
「オーイエース!ミーの名は『アーティスト・サトウ』!人呼んで『走る芸術家』!ナイス・トゥー・ミー・チュー!」
「これは、一体何の仕打ちだって言うんだい?」
「普通に私たちに挑戦してくればいいじゃないのよ!ヒロシには関係ないでしょ!?」
時雨と奈美子が疑問を口に出す。
「ノー、ノー、ノー。マサヤもシゲルもゲンも皆ユーたちにロストしてマース。念には念をインするため、メンタルシェイクをつけるためデース!」
どうやらこれはサトウによる作戦のうちらしい。
するとトオルがどこか納得するように言いだした。
「全く、ヒロシのバカタレが…。まぁ確かに奴の言う事も一理ある。峠のバトルってのはメンタル要素も大きいからな」
「じゃあ、あの人は…」
「動揺を誘い、コンディションを乱す作戦をしたってわけだ…舐めた真似しやがって!」
「ザッツオーライ!見なさい、チームメイトのこのソローな様子!平穏を保とうとも、ユーたちのガラスのハートはウィルブレイク、スーン!さぁ、困りましたデースね?アーハン?」
なぜヒロシをさらったのかを説明するかのようにトオルは説明した。
一方で作戦が成功したと考えて鼻高々に言うサトウ。
だが、ここから時雨と奈美子はサトウの予想しない返答をしだす。
「いや…僕たち、そもそもそのアフロの人とチームメイトとかじゃないんだけど」
「…ワッツ!?」
「さっきも言ったけど、ヒロシは本当に私たちとは一切何にも関係ないから!」
「リ、リアリー…!?」
2人はバッサリとそう互いに言うのだった。
「な、ナビ子~!?時雨ちゃんも殺生なぁ~!!」
「ハッハッハ!バッサリ言われたな、ヒロシ!」
2人の反応に動揺するサトウとヒロシ。
一方でトオルはバッサリ言われたことに笑っていた。
「ガッデム!!つ、つまりあれデースか!ミーの涙ぐましいこの陽動オペレーションは効力ナッシングという事デースか!」
「…まあ、そうなるね」
その時雨の言葉で遂にしびれを切らしたサトウは、怒りが爆発するかのように言い放った。
「ア、アンフォギーバボー!許しませんよ!こうなった以上バトルデース!ミーのチーム、『シュガーベイブ』とバトルしなさい!こ、コテンパーンにしてやりマース!」
時雨を指さし、勝負するようにサトウは促した。
「時雨!」
「わかってる…誰だっていいさ。勝負しよう」
「最初は…シゲキ、ゴートゥーバトルデース!コテンパーンにやっちゃいなサーイ!!」
「は、はい!」
サトウの言葉に驚きつつもチームメンバーの1人が車に乗り込んだ。
それと同時に時雨と奈美子も車に乗り込み、スタートラインへ移動するのだった。
―――vsシゲキ
推奨BGM:WELCOME TO THE REAL WORLD(from SUPER EUROBEAT vol.141)
コースは往路。
相手の車種は白黄色ツートンのS13シルビア K's。
時雨のマシンとは姉妹に当たる1台。
左レーン、ワンエイティ。右レーン、S13シルビア。
2台がスタートラインに並ぶ。
ギアをPレンジに入れてアクセルを踏み込む。
回転数を一定域にキープするようにする。
3
2
1
GO!
2台のギアがほぼ同じタイミングでPレンジからDレンジへと…S13の方はニュートラルから1速へと移る。
赤いバックファイアーを2台は噴出して、一気にトップスピード近くまで加速していく。
姉妹車と言うべき2台は、多少チューンされているワンエイティが徐々にリードを広げる。
だがそんな2台に第1コーナーの右高速コーナーが迫る。
時雨はコーナーが近づいてもアクセルを踏み込み続けていく。
だが
「(オーバースピードか!?)」
S13のドライバーは驚愕するしかなかった。
自分の車では曲がらないのでドリフトラインの10m程手前で多少ブレーキング。
ハンドルを右に曲げてタイヤを滑らせる。
直ぐにカウンターを当てる為に左にハンドルを曲げる。
しかしそう曲げて視線を前に移した時だった。
「(…速い!?)」
ワンエイティはブレーキランプを一瞬フラッシュさせたかと思いきや、殆ど失速が無い状態でドリフト。
ハンドルは一度右に曲げたかと思いきや殆ど左にカウンターを当てる事が無い。
そのままコーナー終わりのドリフトラインを踏みつけて一気に加速していく。
速度差は少なくとも10キロ以上はあるだろう。
だがすぐに左のコーナーが迫る。
ものの10mもしないうちにすぐ第2コーナーの高速左コーナーが迫る。
このコーナーも一瞬ブレーキをフラッシュさせたかと思いきや、音が鳴っているかどうかわからない程度のドリフトでワンエイティは加速しながら突破する。
速度の減速がほとんど見えなかった。
「(どんな走りしてるんだよ…!)」
S13のドライバーは必死に食らいつくしか術が無かった。
なんとかこちらも最小限のドリフトをするが、相手との距離はどんどん離されていく。
ロックシェッドに入り、ストレートでも離される。
出口付近の左直角コーナーが迫る。
ワンエイティは軽く減速したかと思いきや、そのままタイヤを滑らせて左に車を曲げた。
内側のクリッピングポイントを狙ったかのごとくベストとも言うべきラインを駆け抜けていった。
見るからに向こうはおそらくサイドブレーキを一切引かずに荷重移動のみでドリフトしている。
「(向こうに出来るなら…俺だって!)」
S13のドライバーは半ばムキになっているようにも思われる。
如何せん姉妹車対決である。
向こうに出来るのであればこちらでもできてしまうだろう。
そう男は思っていた。
突っ込むようにブレーキのタイミングを遅らせようとするS13。
だが、ドリフトラインを踏みつけた瞬間だった。
「(…アウトに膨れる!?)」
タイミングをミスったのか、オーバースピードすぎたのかアウトに膨れるS13。
角度も付けすぎてズルズルとリアが右側の壁に吸い寄せられるかのようだった。
ハンドルを細かく操作して何とか壁への接触はなかったが、速度低下は深刻だった。
110キロから60キロまでみるみる低下してしまっている。
なんとかカウンターを当てて態勢を立て直す。
そしてロックシェッドを抜けたところにあるドリフトラインを踏みつけ、アクセルを踏み込む。
だが、そこには思いもよらぬ光景が見えたのだった。
「(うそ……だろ)」
そこにワンエイティの姿はほぼ見えないも同然だったと言っても良かった。
S13シルビアはほぼお呼びでないと言わんばかりに振り切られてしまった。
第4コーナーでリアだけを見せたワンエイティは、そのまま死角に消えて見えなくなった。
ここまで振り切られてしまうともはやS13のドライバーには降参以外の選択肢はなかった。
姉妹車対決の結末はあまりにも単純明快なものであったのは言うまでもないだろう。
◇ ◇ ◇
―――往路スタート地点駐車場。
「フ、ファッ!?シゲキがロストですと!?ありえない、ありえナッシング!!」
部下の敗北に大きく動揺するサトウ。
だがそうなった以上サトウは次の部下を見てこう言った。
「誰か、誰か速くコテンパーンにしてやりなさい!」
サトウ自身は明らかに狼狽しているのが時雨と奈美子からもわかった。
「誰でもいいさ。相手するよ」
動揺するサトウに対して時雨は多少自信ありげに答えるのだった。
―――vsリュウヤ
推奨BGM:FOOL FOR YOUR LOVING(from SUPER EUROBEAT vol.145)
相手の車は青のNAロードスター。コースは復路。
左レーン、NAロードスター。右レーン、ワンエイティ。
2台がスタートラインに横並びで並ぶ。
「(……少しずつ、気分が高揚してきてる)」
時雨はそんな事を思っていた。
ハンドルを握る握力が少しずつ強くなっているような気がする。
アクセルやブレーキを踏む足の力もこわばってきているようにも思う。
だが、ここまで来た以上戦うしかない。
時雨はそう思っていた。
そしてそう思う中で、カウントが始まろうとしていた。
3
2
1
GO!
「っ!」
「ふん!」
2台のドライバーが共にアクセルを踏み込む。
ギアを変えた瞬間、赤いバックファイヤーと共にロケットスタートを決める2台。
スタートはワンエイティが先手を取る。
ロックシェッドの直前にある第1コーナー、左直角コーナーが迫る。
ハンドルを少しだけ右に曲げた直後にアクセルオフ、ブレーキを踏んで一気にハンドルを左に曲げる。
タイヤが滑り始めたかと思いきやアクセルを踏み込んで、ハンドルを右に切り返してカウンターを当てる。
「……」
NAロードスターが徐々に後方から迫る。
左ミラーがヘッドライトでチカチカと光る。
ドリフトラインを踏みつけた瞬間、アクセルオフにしてハンドルをニュートラル、そのままアクセルを踏む。
バックミラーにはNAロードスターの後ろ姿が映る。
まだ立ち上がりでは追いつけているようだ。
軽やかさを生かして加速も悪くない。
「(相手に有利なコーナーなら、向こうが速いんだ…でも)」
ロックシェッドを抜けて超ロング右ヘアピンコーナーが迫る。
右レーンである時雨にとっては有利。
それを見越して、やや早めにブレーキを掛けてコーナーに突っ込む。
「(不利な状況だったら、どうする!?)」
ドリフトラインを踏みつけた瞬間、ハンドルをぐいと右に曲げてアクセルを踏み込む。
リアタイヤが滑り出したのをきっかけにハンドルを左に少しだけ切り返し、ドリフト状態を維持し続ける。
コーナーワークとしては外側から一気にコーナーインに詰め寄り、ギリギリを駆け抜けていく。
「っっ…!」
左レーンのロードスターは何とかドリフトするも、距離差はみるみると広まっていく。
アクセルを踏み込み、とにかく必死に食らいつく。
だが距離差は広まるばかりだった。
パーシャルスロットルで何とかマシンを維持し続ける。
「(もっとスピードを上げねえと……うわっ!!)」
躍起になってアクセルを全開に踏み込んだ瞬間だった。
タイヤが悲鳴を上げてリアがコーナーの向きに余計に滑り出してしまい、カウンターを当てるのにも限界があったこともあり、ドリフトライン直前でマシンがハーフスピンをしてしまった。
右レーンに出る事もなく左レーンに収まっていたが、その間にも時雨のワンエイティは見えなくなった。
「(どんなテクニックを使ってんだよ、あの女!)」
停止していたNAロードスターのドライバーはそうドライバーズシートで叫ぶしかなかった。
結果は言うまでもなく時雨の勝利だった。
◇ ◇ ◇
―――復路スタート地点駐車場。
リュウヤとバトルして更に20分後。
時雨と奈美子はシュガーベイブのチームメンバーたちを殆ど倒し尽くしていた。
サトウのマシンの近くにワンエイティを止めた時雨と奈美子がサトウに話しかけに行く。
「あらかた倒したんだけど…」
「あ、アンビリーバボー!…こうなれば仕方アリマセーン、このアーティスト・サトウ自らが『アヴァンギャルド走法』にて相手しますデース!」
サトウ自身はどこか観念したかのようにそう言うのだった。
「何だっていいさ。始めよう」
一方で時雨自身はもはや相手の走らせ方には興味が無かった。
自分が前に行けばいいだけの話。そう思っていたのだった。
そしてサトウが愛車に乗り込んだのと同時に、時雨と奈美子もワンエイティに乗り込むのだった。
―――vsアーティスト・サトウ
推奨BGM:RASPUTIN, PASTERNAK AND MOLOTOV(from SUPER EUROBEAT vol.147)
相手の車は赤のS2000。
コースは復路。
左レーン、ワンエイティ。右レーン、S2000。
互いのエンジン音を響かせながら2台がスタートラインに並ぶ。
「(どんな走りをするかは知らないデスが、ミーのドライヴィングにルーズというワードはない…!)」
「(ここで僕は止まることは出来ない…全力で行く!)」
互いのドライバーがそう思いつつ、闘志を静かに表す。
2台のエンジンが回転を始め、エキゾーストノートが木霊する。
そしてそのカウントにシンクロするように、カーナビのカウントが始まろうとしていた。
3
2
1
GO!
カウントと共にアクセルを全開に踏み込み、ギアをPレンジからDレンジへ。
手慣れた作業になりつつあった。
回転数、6700回転。
ロケットスタートを決めたワンエイティ。
だが、S2000もロケットスタートを決めた事で一歩ペースが遅れる。
加速勝負はノーズの分だけS2000が先行した。
「(フン、さすがにワンエイティデースね)」
「(先手は取られたけど…シゲルやゲンさんの時に比べると、決して力負けしてない!)」
先手を取られても時雨は決して動揺していなかった。
シゲルのGC8インプレッサやゲンのランエボ5に比べると、S2000は比較的非力なのでその差は話されるものではなかった。
それどころか食らいつけている事に多少の心の安定もあった。
「(やるからには、この先のコーナー勝負!)」
ドリフトを得意としている以上、言う間でもなくコーナーでの勝負になる。
第1コーナーのロックシェッド入り口付近の左直角コーナーが迫る。
ブレーキを一気に踏み、ドリフトラインを踏んだ瞬間アクセルを踏み込んでハンドルを左に曲げた。
「…っ!」
「(速い…!)」
ノーズの部分だけワンエイティがリードを取る。
サトウ自身コーナーリングの速さには驚いていた。
コーナーの有利不利もあるとはいえ、ほぼ互角と言ってもいい程くらいついてきている。
S2000も負けじと慣性でドリフトし、ワンエイティとはほぼ互角のペースでいた。
ドリフトラインを踏みつけた瞬間、ほぼ同じタイミングでアクセルを踏み込む。
脱出速度で言えばほぼ互角だと言える。
ロックシェッドの中に入り、すぐ出口が近づく。
「(…この先のロングヘアピンで、エスケープ…!)」
ロックシェッド出口に存在する超ロング右ヘアピン。
ここで差をつける事さえできれば一気に優勢になる。
そんなことは時雨もサトウも理解していた。
2台がもつれたままコーナーに突入する。
ワンエイティは左に一瞬ハンドルを切ったかと思えば、すぐにブレーキを踏んでハンドルを右に曲げた。
タイヤが一気に滑り出す。
ドリフトしながらアクセルを踏み込み、なんとかドリフト状態を維持し続ける。
一方のS2000もブレーキングだけでタイヤを滑らせ、右にハンドルを曲げてアクセルを踏み込む。
踏み込んだ直後、ハンドルを左に切り続けてドリフト状態を維持し続ける。
そしてコーナーの20%も満たない位置でアウトのワンエイティを追い抜いた。
長い長いコーナーが続く。
「(…ナウ!)」
コーナーの60%を過ぎた部分。
待っていたと言わんばかりにサトウがハンドルに取り付けられていたニトロスイッチを左手親指で押した。
カウンターを軽く当て続けてマフラーから青い炎が吹き出る。
S2000は力を得たかのように一気に加速し、あっという間にマシンは140キロまで加速する。
ワンエイティとの距離差はあっという間に20m以上まで広がる。
「(…それが君のやり方か)」
第2コーナー中心で追い抜かれた時雨だったが、全くもって動揺していなかった。
コーナー出口で1秒以上差が生まれていたことで、時雨の心にはふつふつと感情が目覚め始めていた。
絶対に逃がさない…そんな反骨精神のような感情が。
コーナー出口のドリフトライン直前でアクセルオフにした上でハンドルをニュートラルにして、ラインを踏みつけた瞬間にアクセルを踏み込む。
「(先に手の内を披露することは簡単だと思うけど…)」
第3コーナーが迫る。
時雨が有利な高速直角左コーナーである。
S2000がニトロの反動でコーナーのアウトに膨れて苦戦している中、時雨の目はコーナー直前のドリフトラインを捉えていた。
直前でフルブレーキング、その反動でハンドルを左に曲げた瞬間タイヤを滑らせる。
アクセルを踏み込んで再びカウンターでハンドルを右に曲げ続ける。
そしてS2000との距離が徐々に近づく中で、コーナーの出口が近づく。
自分が考えるタイミングであれば、きっと追いつける。
相手は先ほどよりも遅い。ワンエイティのノーズとS2000のテールとの距離差はほぼ5m程。
「(相手を間違えると、こうなるってことだ…!)」
ドリフトラインを踏みつける直前にアクセルオフ、ハンドルをニュートラルにする。
そして、ドリフトラインを踏みつけたと認識した時雨は、アクセルを全開にしたと同時にハンドル右側のニトロスイッチを押す。
ワンエイティのマフラーから青い炎が吹き出て、一気に加速していく。
加速はまさしく暴れ馬の如く。コーナー出口で立ち上がっていたS2000を完全に捉えていた。
「(な、まさか…!?)」
時雨の視線にはもはやS2000は存在しなかった。
周りのスピードに合わせて、集中線のようなものが視界に入って視野はとても狭い状態だった。
ロックシェッドに突入する直前にはあっという間にワンエイティがS2000をオーバーテイクした。
ニトロによる速度差で、あっという間にマシンとの距離差は10m以上まで広がった。
「(くっ…!でもまだこの先のコーナーで…!)」
サトウ自身諦めてはいなかった。
まだ3つもコーナーが残っている。
この3つのうち2つは右コーナーなので自分が有利だ。
そう認識していた。
だが、結果は思いもよらぬ方向に倒れていく。
「(まさか…!?)」
勢い任せで第4コーナーに突入するワンエイティ。
110キロほど出ていてもアクセルオフだけでタイヤを滑らせ、ほぼ減速することなく突破していた。
そしてそのまま2つ目のロックシェッドもニトロ使用時の加速を維持したままぐんぐんとS2000との距離を離していった。
とてもではないが、太刀打ちできない。
サトウはそう思ってしまった。
「オー、マイガー……」
第5コーナーの高速右コーナー、最終コーナーの高速左コーナーでもその差は一切詰まる事はなく、ワンエイティはS2000をぶっちぎったままゴールラインに到達した。
勝者、時雨。
タイム差から言えば1秒近くの差があった。
同等クラスの同挙動マシン対決は、時雨の勝利に終わったのだった。
―――第一早乙女峠往路スタート地点駐車場。
駐車場に2台が止まり、3人がそれぞれ車から降りた。
「ア…アンビリーバボー!ま、まさか…ミーが負けた…!?」
バトル結果に動揺するサトウ。
すると、動揺するサトウにヒロシが疲れたかのように言った。
「あの、俺、もう帰っていいかな…」
「こ、このアフロ!エニィウェア、何処でも好きに行きナサーイ!この役立たずが!」
ヒロシの背中を蹴り出すようにして押し出し、サトウは帰ろうとした。
押し出されたヒロシはバランスを崩して転倒してしまった。
「うわっとっと…!ぐえっ」
「…お取込み中悪いんだけど、あんたに聴きたいことがあって。『皇帝』について何か知っている事はない?どうしても会いたいんだけど」
「『エンペラー』…?」
すると、でまかせを言うようにサトウはこう言葉を続けた。
「ハハ…ハハハ!レジェンドとか言われてますが、そんなもの、ミ、ミーのボスのジュンがコテンパーンにしてやりましたよ!!」
サトウは誇らしげに言ったが、それに対して時雨と奈美子は質問するまでだった。
「何だって!?」
「う、うそ!ジュンって、『ハートビーツ』のリーダーの?」
「それは一体いつの事なんだい?」
すると時雨たちの詰問に対し、サトウは逃げるようにこう言い放ったのだった。
「ええい、それ以上の質問は直接彼に聞きナサーイ!バット、ユーたちはジュンには敵わナーイ!ビコーズ、彼は『エンペラー』を軽くひねったタフガイ!コテンパーンにされるがいいデース!」
そう言うとサトウは愛車であるS2000に乗り込み、逃げるように走り去っていった。
そしてバツが悪そうにヒロシが話しかける。
「…そ、そりゃ、ウッカリ捕まった俺も悪かったと思ってるけどよ、ナビ子よぉ?も、もう少しこう、いたわりの言葉とかさ、欲しかったりするわけよ…」
だが、奈美子の返答は予想とは異なるものだった。
「何よヒロシ、本気にしてたの?」
「えっ?」
「ふぇ?」
「あれは勿論みんな嘘よ。もう私たち、皆仲間じゃない!あなたもトオルも!ねえ、時雨?」
「え?ま、まあ…そうだね」
本当は「いや、別に大した仲間というわけではないけれど」と言おうとしたが、それを言ってしまうと空気が最悪になりそうだと思った時雨はやむなく言葉を濁らせたのだった。
一方で時雨の顔は苦笑いだった。
「そ、そうか…だよなぁ~!ナビ子~時雨ちゃ〜ん、俺、俺~!…グズッ」
「柄にもなく泣いてんじゃねえよヒロシ!うっとうしいぞ…」
「だ、だっでぇ~…」
男泣きするヒロシ。声をかけたトオルはそれに一言だけ声をかけて時雨たちに疑問をぶつける。
「良い走りだったぜ、二人共。だがあのサトウって野郎、『皇帝』がジュンに負けたって言ってたな?」
「うん、言ってたね」
「それが本当なのか確かめないと」
「だな…こりゃ俺としても気になる話だ」
「四天王の一人、ジュンか…もし『皇帝』を破ったのが本当なら、生半可じゃ勝てそうにないわね」
奈美子は多少不安を浮かべながら言い、トオル、ヒロシ、時雨もその言葉に静かに頷いた。
「皇帝」がジュンに負けた…事の真相を確かめる為には、四天王のジュンに直接会って尋ねてみるしか方法はない。
時雨たちは来るべき決戦に整えるべく峠を後にしたのだった。
―――夜。
「(………)」
カーファクトリーピットの浴室にある湯船につかりながら、時雨は考え事をしていた。
「(今回の相手…サトウや雑魚はともかく、幹部クラスとなると調子が良くないと現れない"あの感覚"を維持できないと勝てなくなってきている…)」
そう。ワンエイティの戦闘力が限界に近付いている…そんなことは乗り手である時雨がよく理解していた。
葦柄峠はまだ相手がそれなりの相手だったのでまだ何とかなっていたところはあった。
だが、早乙女峠のライバルたちはそれ以上に元々の車の性能が高い。
雑魚クラスなら何とか自分のドラテクで勝ち星を重ねていたが、それでも幹部クラスとなると今回の複数回のバトルによってその限界が徐々に露呈しつつあるのではないか。
この調子で次の「ジュン」とやらには勝てるのだろうか。
時雨はそう思っていた。
「皇帝を追う為には、単純なメンテナンスだけじゃ駄目だよね…。もっと方針を、明確にしないと…」
単純なパワーを求めるだけでは、単純にメンテナンスをし続けるだけでは自分には操作できないであろう。
時雨はそう思いながら湯船につかりながら茫然と考え続けるのだった。
だがワンエイティには、間違えなくその時が近づいていたのだった。
(第12話End)