「艦これ」いつかあの海で×ドリフトスピリッツ 2023 -いつかあの路で-   作:カービィ改二

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第13話です。
早乙女峠編もクライマックス。

そして時雨に悲劇が…


act.13「Top Driver(一流のドライバー)」

アーティスト・サトウを破り、四天王の一人が皇帝を倒した…そんな話を聞いた奈美子と時雨。

一方で並み居る「ハートビーツ」の幹部たちを倒したことによって、遂にその人物が動き出そうとしていたのだった。

早乙女峠最速の名を持つ男が、時雨と奈美子に迫る。

そして、早乙女峠の連中たちとの決着の時が迫ろうともしていた…。

 

 

推奨BGM

 

―――アーティスト・サトウを倒して数日後の夕方。

「カーファクトリー・ピット」。

時雨と奈美子が別の場所で作業をする中、ハルカは整備ガレージにてワンエイティのコンディションを確認していた。

 

「ん~…」

ハルカはワンエイティのボンネットを見ながら、苦い顔をしていた。

どうやら何か思うところがあるらしい。

 

「(まさかこの車…)」

ハルカは時雨から「車をパワーアップさせたい」という要望を聞いて一度ワンエイティの中身を確認していた。

タイヤやニトロといった、ビギナーズオーダーで手に入れたパーツはトーコからもらったものが使われているが、ボンネットの中身はほぼノータッチ同然であった。

今後さらなる強敵たちに挑めるようにするには、間違えなくパワー系とパワートレイン系のチューンは必須だろう。

その事は時雨や奈美子、そしてハルカにとっても共通認識の一つであった。

そしてエンジンを一度ボンネット内部から取り出そうとしたところだった。

ピンポーンと呼び出しベルが鳴った。

どうやら店の入口にお客が来たようだ。

 

「お客さん?」

ワンエイティのボンネットを閉じ、お店の入口の方にハルカは向かっていった。

ハルカが店先を確認したところ、そこにいたのは角刈りの金髪に黒い革ジャン、左目の周りに血しぶきのような真っ赤なフェイスペイントを塗った男だった。

 

「フン、何だこの工場は…。本来であれば一流の私が足を踏み入れるべき場所ではないな…決して、そう決して!」

「いらっしゃいませ…!み、見かけはそんなにきれいじゃないかもしれませんが、仕事はきちんとこなしますよ!」

何かを見下す男の言葉に、ハルカは多少反論するように言った。

 

「フン…別にどうでもよい。私のような一流の人間は、もう二度とここに来ることはないだろう。決して…そう決して!」

「おーい、来たぜー…って、ん?」

男の言葉に反して、聞き覚えのある声がした。

トオルである。仕事を終えて彼もまたピットにやってきたのだ。

 

「てめぇは…ジュン!自らおでましたぁ、ご苦労なこったな?」

「フン…神風のトオルか…」

どうやら、トオルとは面識があるようだ。

だが、男はトオルを見下すように言った。

 

「どこの馬の骨とも知らん連中に、無残にも敗北を喫したそうじゃないか…。二流、いや三流の腕前が露呈したな…!」

「んだとぉ!?今から俺とバトルして白黒つけるか?あぁ?」

「と、トオルさん!落ち着いてください!」

喧嘩腰になるトオル、そして一色触発になりかけない状況を制止するハルカ。

 

「そうだ落ち着け。私が用があるのは貴様ではないぞ神風のトオル。ナビ子とかいう女と、その他1名はここにはいないのか?」

すると、店の奥からお目当ての二人が現れたのだった。

 

「…僕たちを呼んだかい?」

「…私が奈美子よ。いい?『な・み・こ』。貴方が噂の四天王の1人、ジュンね」

この時、いつ刺客が来ても問題ないように時雨は服を普段着に着替えていた。

 

「フン、いたのか…。すまないな、私の視界には一流のものしか映らないのでね。…いかにも、私こそが『”天使の咆哮”ジュン』!人呼んで『一流のドライバー』!」

店にやってきた男…ジュンは自己紹介するようにそう言った。

 

「ケッ、一流一流うるせえぜぇ!ところでお前何しに来やがったんだ!?」

「ヒロシ、いたんだ」

トオルを追いかけてやってきたであろうヒロシも、そこにいた。

 

「フン…三流アフロに答える義理もないが、チームメンバーの体たらくを受けて、二流の分際で箱根を騒がせている輩を始末しに来たのだよ!!」

ジュンが時雨の方を見てそう断言した。

どうやら文字通りの宣戦布告と言うべきだろう。

 

「バトルという事かい?いいよ…相手になるさ」

時雨はその言葉を覚悟していて、一方で何処か待っていたかのような口調でそう言った。

 

「うむ。では早速…」

「ちょ・っ・と、まったぁー!!!」

早速バトルを始めようとしたジュンの言葉に反してそう言ってそこに現れたのは、見覚えのあるドレッドヘアーの花ピアス男だった。

 

「マ、マサヤ!?今更どの面下げてやってきた!!貴様らの尻拭いの為に一流の私がわざわざ出向いているというのに…!」

「そうなのよ、ボス。もう一度俺っちたちに、チャ・ン・スをもらえないのかなぁ、と」

マサヤはどこか懇願するようにジュンに話した。

 

「ほう、チャンスだと?」

すると、マサヤに連れられて見覚えのある面子がぞろぞろとやってきた。

 

「…リーダー、我々としてもこのまま引き下がるのは非常に心外。もう一度機会を頂きたい」

「……(無言で頷く)」

「ハーイ、というわけでデースネ!ギブ・ミー・リベンジ!させて欲しいわけデース!リーダー、OK?アーハン?」

スローハンド、リズムマシーン、アーティスト。

ハートビーツにおける4人の幹部たちがピットに揃っていた。

 

「ほう、いいだろう…!お前たちが揃いも揃って二流風情かと嘆いたところだ。私の前で、見事一流を証明してみせよ!」

「そう来なくっちゃネ!」

「再戦か…まあ、いいさ」

「…じゃ、俺っちから行かせてもらうヨ!パワーアップしたFC3Sで、もう一度勝負だヨ!早速早乙女峠に行こうか!」

マサヤが時雨にバトルを促すかのようにそう言った。

 

「いいよ。いくらでも返り討ちにするまでさ」

一方の時雨はそう静かに呟くのだった。

「ハートビーツ」の幹部たちとの再戦が決まると、皆ピットから第一早乙女峠へと移動していくのだった。

 

 


 

 

 

―――vsグルーヴィ・マサヤ

推奨BGM:OUT OF SIGHT(from SUPER EUROBEAT vol.108)

 

 

対戦相手は変わらず白のFC3S。

コースは第一早乙女峠往路。

左レーン、ワンエイティ。右レーン、FC3S。

2台が往路スタート地点のスタートラインに並び、エンジン音を互いに響かせる。

 

「(俺っちのリベンジ、とくと見・せ・て・や・る・よ!)」

「(あのドライバーに勝つ以上、直ぐに振り切る…!)」

2台のドライバーが互いにそう思いつつ、アクセルをだ外に踏み込む中でスタートカウントが始まろうとしていた。

 

 

3

 

2

 

1

 

GO!

 

「…!」

「よっと!」

共にギアを動かし、アクセルを踏み込む2人。

ロケットスタートで2台からアフターファイヤーが吹き出る。

加速勝負はほぼ互角。2台は並びながら第1コーナーである高速右コーナーに迫る。

 

「(勝ち続ける為には…!)」

「!?」

FC3Sが軽くブレーキを踏むことで失速する。

だが、それに反してワンエイティはアクセルをオフにするだけだった。

アクセルオフと共にハンドルを右に切り、再びアクセルオン。

ハンドル操作と荷重移動だけでマシンをスライドさせた。

スライドと共にハンドルを軽く左に切ってカウンター。

コーナー出口のドリフトライン直前で再びアクセルを抜いてハンドルをニュートラルへ。

そして次の瞬間にはアクセルを踏み込んでいく。

この時点でFC3Sとの差は5m以上に広がった。

 

「(速い…!?)」

マサヤは驚愕するしかなかった。

パワーアップはさせていたが、それでも追いつけない。

それどころか振り切られかけている。

第2コーナーの高速左コーナーも同様。

ほぼブレーキを掛けずにアクセルワークだけでドリフト。

一方でこちら側は必ずブレーキングした上でドリフト。

速度差が付くのは言うまでもなかった。

 

「(嘘だろ…!)」

速度差がありすぎて防戦一方…隙がタイミングが、全くもってなかった。

第2コーナーを抜けた後のロックシェッドまでのストレートでも差が確実についた。

そしてロックシェッド出口の第3コーナー…左直角コーナー。

ワンエイティはブレーキをフラッシュさせるように踏み込み、そのままマシンの体勢を崩してドリフト。

ほぼ勢い任せではあるが、確実に距離は引き離されていく。

 

「こりゃあ…お呼びじゃないって、カンジかな…」

第3コーナー出口の時点でマサヤはそう悟るしかなかった。

第4コーナーでワンエイティの姿はマサヤの視界から消えてしまったのだった。

結果はあまりにもあっさりとしたものであった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

―――復路スタート地点。

 

「参ったな、俺っちまた負けちゃったヨ~」

「残念だったね」

「どう?時雨も速くなってるんだから!」

マサヤの言葉に対して軽く言い放つ時雨。

マサヤとの実力差は既に大差がついていたのだった。

それを見かねたジュンが、マサヤを叱咤するように言った。

 

「マサヤ…あれだけ啖呵を切っておきながら情けない…!次だ次!こやつらを倒して一流の名乗りをあげよ!」

ジュンはハートビーツの部下たちにバトルで時雨を倒すように促すのだった。

 

水温88度、油温91度。

 

 

 


 

 

 

―――復路スタート地点駐車場。

時雨たちがハートビーツの部下たちを数人倒すと、そこに待っていたのはあのサングラスの男だった。

 

「時雨にナビ子よ、以前のようにはいかんぞ。お前たちのデータはあの時のレースで全て採集済みだからな…」

グレーのGC8インプレッサと共に駐車場で待っていたシゲルが、相手の手の内を把握しているかのようにそう言った。

 

「何でもいいさ。僕たちも走りこんできているんだ」

「そんな情報は役に立たないわよ?」

時雨と奈美子はどこか自信があるようにそう言った。・

 

「…では見せてもらおうか。お前たちの成長の度合いを!」

「いいよ。僕も譲れないからね」

互いに啖呵を切るようにそう言い、ドライバーたちがだ外のマシンに乗り込んでスタートラインへと移動していく。

 

 

◇ ◇ ◇

 

―――vsスローハンドのシゲル

推奨BGM:FEELING OF THE NIGHT(from SUPER EUROBEAT vol.116)

 

 

相手は白のGC8インプレッサ、コースは復路。

左レーン、インプレッサ。右レーン、ワンエイティ。

 

「(ここからが本当の勝負だ…)」

アクセルをいくらか踏み込んでいた時雨はそう思った。

まだマサヤレベルならともかく、一度勝っているとはいえ自分のワンエイティとインプレッサでは純粋な戦闘力で差がある。

そんな格上相手には何か策を講じた上で自らのドリフトで勝負するしかないだろう。

ドライバーズシートで両手を見つめ、ぎゅっと手を握って感覚を確かめる。

両手の熱い感覚を確認した後、時雨はハンドルをしっかりと握った。

互いのエンジン音が響く中、カーナビのカウントが始まる。

 

3

 

2

 

1

 

GO!

 

「「―――!」」

2人がアクセルを互いに踏み込む。

ロケットスタートでアフターファイヤーが吹き出る中、先行したのは案の定インプレッサだった。

 

「―――っ!」

「(…ここは先行して当然)」

シゲルはどこか安堵したかのような感情でそう思っていた。

自分が有利な左コーナーであれば確実に差をつけることが出来る。

そうどこか自信を持っていたのである。

ワンエイティは食らいつきつつも、徐々に差が広まりつつあった。

第1コーナー、ロックシェッドに入ったと思いきやすぐにドリフトライン。

インプレッサが5m程先行してドリフトしていく。

そして負けじとワンエイティもそれに食らいつく。

だが、インとアウトの差もあって徐々にインプレッサが距離を引き離す。

コーナー出口では距離差は10m程まで広がっていた。

だが、決してここで時雨は諦めていなかった。

 

「(…このコーナーか)」

迫る第2コーナー。

ここは第一早乙女峠屈指の超ロングヘアピンコーナーだった。

コーナー入口のドリフトラインが迫る。

 

 

「―――!」

「くっ…」

インプレッサがドリフトしていく。

そして内側のワンエイティもハンドルを切り、ブレーキングからドリフトしていく。

インにべったり食らいつく事でインプレッサとの距離差を徐々に縮める。

長いコーナーが終わり、ドリフトライン。

アクセルオフの状態でハンドルをニュートラルにして、再びアクセルを踏み込む。

2台がインプレッサ先行のテールトゥノーズの状態でコーナーを脱出する。

インコースとアウトコースの差もあり、第2コーナー出口の時点でなんとかワンエイティはインプレッサに食らいつくことが出来ていた。

だが、ここから先どうにかして策を講じなければインプレッサに負けてしまう。

すると、時雨はある事を考え付いたのだった。

第3コーナーである左ロング直角コーナーが迫る。

すると、時雨にとっては妙案が頭に浮かんだのだった。

 

「(…今まで自分は、どこか相手のニトロに振り回されがちなところがあった)」

ふと時雨はそんな事を思っていた。

これまでのバトルでは相手のニトロ使用に応じて自分もニトロを使っていたところがあった。

ではそれを自分が相手にやるとしたら?

時雨はそう考えていた。

そしてそう考えているうちに、ドリフトラインを踏みつけたワンエイティ。

時雨はハンドルを左に切ってドリフトを始めた。

一方のシゲルもそれに合わせてドリフトを始める。

 

「(だったら…あえて不利なタイミングでニトロを使って、揺さぶる!!)」

インにつけ、センターポールギリギリを走るワンエイティ。

ハンドルコントロールも極限までセンターを維持し、軽くカウンターの為に右にちょこちょこと曲げるだけだった。

そして、コーナー中盤。

 

「(…今だ!)」

ハンドルを右手で押さえながら、ニトロスイッチを左手で時雨は押した。

青い炎がエキゾーストから噴き出る中、ワンエイティはコーナー中盤からぐんと加速していく。

あっという間にインのインプレッサを追い抜き、コーナー出口に到達する。

ハンドルを軽く右に切り続けてカウンターを当てながら、決してスピンしないようにハンドルを操作し続ける。

タイヤもギリギリなこともあって、少しだけアウトにワンエイティはコーナーの外に膨れつつもコーナー出口に迫る。

 

「(アウトに少し膨れるけど…脱出速度は、間違えなくこっちが速い!!)」

時雨はそう確信した。

 

「(…まさかこのタイミングで、だと!?)」

シゲルにとっては動揺するしかなかった。

本来ストレートで使用するつもりだったが、まさかこうも先手を取られるとは…油断していた。

 

「(ならば…!)」

シゲルの左手がニトロスイッチに近づき、直ぐにニトロを押す。

イン側を通るインプレッサは、ワンエイティのリードを許さんと猛追する。

そしてあっという間にワンエイティを追い抜いてしまった。

コーナー出口のドリフトラインで再びアクセルを踏み込んで加速しようとする。

だが、その瞬間目の前にあるものが映ったのだった。

 

「―――!!」

迫る第4コーナー。

このコーナーはロックシェッド入口の右直角コーナーだった。

アウト寄りの今の自分では、間違えなく今のスピードでは外に投げ出されてしまう。

急いでブレーキを掛ける。

 

「くっ…!!」

ブレーキを大幅に踏んで失速するインプレッサ。

手中にハメられた…シゲルはそう思わざるを得なかった。

だが、ニトロの効果が切れていたワンエイティは冷静に第4コーナーをやり過ごす。

適正速度である80キロ台にマシンをコントロールし、アウト・イン・アウトの走りで第4コーナーを素早く制した。

 

「(バカな…!)」

ストレートでその伸びは明白に出た。

コーナーでスピードロスしたインプレッサは加速が伸びず、もたつく一方。

しかしワンエイティは水を得た魚のように一気に加速してストレートで差を広げていく。

そしてロックシェッドを抜けて第5、最終第6コーナーである右高速、左高速のコーナーが連続で迫る。

だが、ブレーキをほぼ踏まずにドリフトを行う手法を体得していた時雨にとってそれはまさしくチャンス同然だった。

ほぼノーブレーキでドリフトし、2つのコーナーを駆け抜けていく。

 

「っっ…!」

第5、第6コーナーを駆け抜けるインプレッサ。

最終ストレートでインプレッサはワンエイティに猛追するが、その差は楽に縮まるものではなかった。

時雨によるニトロ使用による相手の揺さぶり作戦…見事なまでの時雨の勝利だった。

 

◇ ◇ ◇

 

―――往路スタート地点駐車場。

 

「…まさかここまで強くなっているとは。データの想定範囲外だった」

インプレッサから降りたシゲルは観念したかのようにそう言った。

 

「残念だったね」

「貴方が収集した自慢のデータ、それはもう過去のものよ!」

シゲルに対して時雨と奈美子は誇らしげに答えるのだった。

 

「ええい、次だ次!ゲンは速く準備しろ!!」

シゲルの敗北の報を聞いたジュンは、そう叱咤するしかなかった。

 

 

水温91度、油温94度。

 

 

 


 

 

 

―――往路スタート地点駐車場。

シゲルとのバトルの後何戦か部下たちとバトルをしたころには日が落ち初め、夕日が落ちかかっていた。

そして駐車場には、あの職人柄の男が愛車と共に待っていた。

 

「アンタらにはホントに感謝しとる。だからこそもう一度、全力でぶつかり合いたいと思っていたとこだ…!」

ゲンは正々堂々の勝負をするように時雨たちに懇願してきたのだった。

 

「僕としてもしっかりとケリをつけておきたい…バトルしよう」

「望むところよ、ゲンさん!」

2人はその言葉に答えるかのように、そう返事したのだった。

 

◇ ◇ ◇

 

 

―――vsリズムマシーンのゲン

推奨BGM:DAY&NIGHT(from SUPER EUROBEAT vol.126)

 

 

 

コースは往路。

進行方向に左レーン、ワンエイティ。右レーン、ランエボ5。

ハンドルを握り、勝つ事だけに意識を集中させる。

 

「(今日は気持ちが整っている…あの時とは違う!)」

前回のバトルでゲンは、トーコが現れたこともあって動揺していた部分も確かにあった。

今回はその懸念材料が無いので心の動揺は抑え目だ。

きっと普段通りの走りが出来るだろう。

そうゲンは思っていた。

 

「……」

一方の時雨はワンエイティのマシンコンディションが気になっていた。

インターバルがほぼ無い全開走行を複数回。

ハートビーツのチームメンバー達…それこそ雑魚とのバトルを含んでいる為にある程度手を抜く事は出来ていても、それでも流石にマシンには確実に負荷がかかっている。

流石に不安材料があるが、今更バトルから逃げることなどは出来ない。

何とかしてバトルをこなしていく必要があった。

幸いにもこれが終われば次の相手はランエボの時ほど苦戦しなかったS2000が相手だ。

ここで何とか逃げ切るしかジュンにたどり着く可能性はない。

今は全力を出し切るしか勝ち目はない。

そう時雨は思った。

 

「(何とかして勝ち星を挙げないと…)」

時雨はそう考えてもいた。

ライトを付けた2台がスタートラインに並び、カウントが始まる。

 

3

 

2

 

1

 

GO!

 

「っ―――!」

「―――!!」

ギアをDレンジへ帰る時雨、ギアを1速に入れるゲン。

2台のエキゾーストからアフターファイアが出て、スタートダッシュと共に加速していく。

加速勝負ではランエボ5が有利だ。

ワンエイティはみるみる引き離される。

 

「(やっぱり速い…!)」

時雨は覚悟していたが、やはりランエボ5とのパワー差が厳しい。

加速で一気に離される。

スタート直後のストレートで一気に10m近く離された。

第1コーナーの右高速コーナー、直後の第2コーナーである左高速コーナーが迫る。

引き離したランエボは、軽くブレーキングしてグリップで2つのコーナーを抜ける。

ドリフトが必要な個所とはいえ、ブレーキングのみのグリップでも抜ける事は可能だ。

的確なラインを走っていれば決してタイムは遅くない。

それどころかグリップであればドリフトよりも速く抜けることだって可能と言えば可能だ。

だが、引き離せるとゲンが思った瞬間だった。

 

「む!?」

ロックシェッドに入ったランエボ5のバックミラーに映ったのは、軽くドリフトしてコーナーを抜けたワンエイティの姿だった。

振り切れない。それどころか差が一定に収まっている。

 

「(追いついている…?あの高速コーナーで、ワンエイティが!?)」

「(…コーナーでチャンスがあるなら、まだ……!)」

ゲンは軽く動揺した。まさかドリフトばかりのあのワンエイティがこちらより速いとは。

時雨はそこに策を見出すしかなかった。

自分が得意な左コーナーは相手より速いドリフトをして何が何でも追い抜く必要がある。

自分が不利な右コーナーはとにかく差を広げないように徹する必要がある。

兎に角コーナー勝負。そうじゃないとあのランエボには勝てない。

 

「(有利な立場で、さらに差を広げるんだ…!)」

ロックシェッドに入り、出口付近の左直角コーナーが迫る。

ランエボ5はサイドブレーキを引き、リアをドリフト状態へもっていく。

 

「(少しアウトに膨れたが…)」

ロックシェッドを抜け、ドリフトラインを通り抜けてバックミラーを軽く見る。

ワンエイティは確実に迫って来ていた。

 

「(…!)」

第3コーナーの出口で、時雨にはある感覚が生じていた。

両手両足から熱くなる感覚。

速く走りたいという意志が具現化したような…その感覚は全身にも伝わる。

 

「(だが…ここで差を開く!)」

第4コーナーの右ロング直角コーナー。

ドリフトラインでサイドブレーキを引き、ドリフト状態へ。

カウンター状態を維持しながら、ゲンの左手親指がニトロスイッチに伸びる。

 

「(……!)」

コーナーの中間でニトロを使用する。

ランエボはコーナーリング中の失速を抑え、加速しながらコーナーを抜けていく。

ワンエイティとの差は20m近くまで広がった。

 

「(向こうがそう使うなら…)」

時雨には目算があった。

自分が有利なところで使えば相手には少しは追いつける。

それも、この先には時雨にとって圧倒的に有利なコーナーがあった。

第4コーナーの出口でアクセルオフの状態でハンドルをニュートラルにし、再びアクセルを踏み込む。

そしてすぐに第5コーナーの超ロング左ヘアピンが迫る。

ブレーキを踏み、減速させたうえでハンドルを左に切る。

体が熱を帯びている感覚は未だに残っている。

 

「(ここだ…!)」

コーナーを40%程抜けたところで、時雨の左手はニトロスイッチに指が伸びた。

ニトロスイッチを押すことでエキゾーストから青い炎が吹き出る。

ドリフトするワンエイティはドリフトしながらみるみる加速していく。

 

「(な…!)」

コーナーの立場上不利なランエボ5。

なんとかドリフトしていたが、明らかにワンエイティよりも速度は遅かったのである。

カウンターを当てながら、左を確認するとワンエイティがあっという間にサイドバイサイドの状態に迫った。

そしてそのままワンエイティは、立ち上がりにおいて高速でランエボ5をオーバーテイクした状態で2個目のロックシェッドに入っていった。

 

「くっ…!」

自分の有利な状態でニトロを使ったかと思えば、それ以上に相手が有利な場所でニトロを使われてしまった。

コーナー出口のラインでアクセルを踏み込んで立ち上がりでの追いかけを狙うも、ロックシェッドに入ってもその差はワンエイティのテールとランエボ5のフロントで5m程しか迫ることが出来なかった。

 

「(やはり…速い!)」

ゲンは時雨の実力を認めるように、そう思うのだった。

最終第6コーナーである右直角コーナーで、ワンエイティは華麗にフェイントモーションを決めてランエボとの距離差が縮まるのを抑えていた。

一方のランエボ5もなんとかドリフトするも、ワンエイティにはテールトゥノーズになるくらいまでしか追いつけなかった。

そして立ち上がり。ランエボ5もコーナー出口のドリフトラインでアクセルを全開に踏み込むも、コーナーでの速度域を維持していたワンエイティを絶対に追い抜けるほどの加速力ではなかった。

素の性能差もあって徐々に差は縮まったものの、第6コーナーの後のゴールに到達した時点で、ワンエイティのフロントとランエボ5のフロントはほぼ2mほどしか離れていなかった。

 

「見事だ…」

ここでも間一髪時雨はギリギリの勝利を挙げたのだった。

 

◇ ◇ ◇

 

「いやあ、やっぱりアンタらは強い…!今のワシではどうやっても勝てそうにねぇ…」

ランエボ5から降りたゲンは、時雨の実力を認めるかのようにそう言った。

 

「そう、かな。間一髪ってところだよ」

ワンエイティから降りた時雨は、どこか謙遜するようにそう言った。

 

「謙遜する必要はねぇ。ジュンさんじゃねえが、あんたらは一流だ。ワシにはわかる…きっと『皇帝』にも出会えるだろう。頑張るんだぞ!」

ゲンは激励するかのように、時雨たちを送り出すのだった。

 

「ありがとう…頑張るね」

「私たちきっと、『皇帝』までたどり着いてみせるから!」

時雨と奈美子はそう言って、再びワンエイティに乗り込むのだった。

 

 

水温98度、油温102度。

 

 

 


 

 

 

―――復路スタート地点駐車場。

辺りは日が落ち、真っ暗の中であの男が愛車のライトを付けて待っていたのだった。

「HAHAHA!ナイス・トゥー・ミーチュー!リベンジタイムの始まりデース!イッツ・ア・ショーターイム!!!」

その男はどこか胡散臭くそう言い放った。

 

「残念だけど、あなたのショーに付き合ってる暇はないの!通してもらうわよ!」

「…ここは譲れない!」

奈美子と時雨の2人もバトルに応じるように返事したのだった。

2台のマシンにそれぞれドライバーたちが乗り込み、スタートラインへと移動していく。

 

 

◇ ◇ ◇

 

―――vsアーティスト・サトウ

推奨BGM:LOVEBREAKER(from SUPER EUROBEAT vol.134)

 

 

コースは復路。

左レーン、ワンエイティ。右レーン、S2000。

 

「(あの車には一度負けている以上、ミーにロストという文字は許されない…!)」

「……」

ドライバーズシートで両手両足の感覚を確かめる時雨。

辺りはすっかり真っ暗となり、2台のヘッドライトだけがスタートラインに映っていた。

今は…とにかく勝つ。そしてジュンを引きずり出す。

今の時雨にはそれしか考えることは出来なかった。

エンジン音が木霊する中、カーナビのカウントが始まる。

 

3

 

2

 

1

 

GO!

 

2人がアクセルを踏み込み、ギアを所定位置へ。

ワンエイティはDレンジ、S2000は1速へ。

2台のエキゾーストからバックファイアーが出てスタートダッシュ。

ほぼ横並びの状態…いや、一歩だけS2000が抜け出して第1コーナーである左直角コーナーが迫る。

 

「っ…!」

S2000がブレーキを踏んだと思いきや、ワンエイティもワンテンポ遅れてブレーキを踏む。

一気に踏んだことでタイヤロック同然の感覚になる。

直ぐにブレーキを離した直後にハンドルを左に曲げてテールスライド。

後輪を一気にスライドさせてドリフト姿勢に持っていく。

そしてドリフト状態になったらハンドルを右に回してカウンター状態へ。

アクセルワークでドリフトを維持しながら、コーナーを抜けていく。

一方のS2000はサイドブレーキを引いてタイヤを強引に滑らせる。

ハンドルを左に切り、直ぐにカウンターを当てる為にハンドルを右に。

インとアウトの差もあり、ワンエイティとの差は多少詰まっていた。

 

「(でも、オンリービギニング…!)」

サトウ自身差が詰まっても決して動揺しすぎているというほどではなかった。

ロックシェッドに入り、ドリフトラインを再び踏む。

両者ともにアクセルオフにした上でカウンター状態のハンドルをニュートラルに戻し、再びアクセルを踏み込む。

ロックシェッドを抜け、直ぐに第2コーナーである超ロング右ヘアピンが迫る。

S2000はドリフトラインを踏みつけ、S2000をインに寄せてドリフトしていく。

 

「っ…!」

右コーナーである以上不利な時雨。

早めにブレーキを踏み込み、マシンを一気に60キロまで減速させる。

速度が下がったのと同時に早めにハンドルを左に切ったかと思えば、直ぐにハンドルを右に切り返す。

そしてハンドルを右に切った瞬間…ドリフトラインを踏みつけたのと同時に、アクセルを踏み込む。

アクセルを踏み込んだのと同時にカウンターを当てる為に再びハンドルを左に切り返す。

ワンエイティはドリフトしてロングコーナーのセンターポールギリギリにマシンを寄せる。

だが、目の前に映ったのはあの光景だった。

 

「(―――ニトロを使ってる!)」

S2000のリアに見える青い炎。

どうやら相手はニトロを使っている。このコーナーで更に差を広げるつもりのようだ。

 

「(ここでジ・エンドデースよ、ワンエイティ!)」

勝ち誇ったかのようにサトウは思っていた。

110キロ以上の速度でコーナーを突破したS2000はワンエイティとの差を20m程まで引き離すことが出来ていた。

ワンエイティが第2コーナーの出口に差し掛かるころには、S2000は第3コーナーのロング左直角コーナーの入口にいたのだった。

もはや振り切られるも同然だった。

 

「(まだだ…!)」

コーナー出口でアクセルを踏み込み、加速するワンエイティ。

時雨の目線は確実にS2000を捉えていた。

第3コーナー。左の直角ロングコーナーが迫る。

最初のドリフトラインの直前でアクセルオフにしてブレーキを最小限踏み込み、ハンドルを左に切ってマシンをスライドさせる。

インベタの状態で壁スレスレを走り抜け、徐々に差を縮めていく。

だが、決定打とは言えない。

多少差が縮まっても、追い抜けなければ意味はない。

ロングコーナーでS2000のテールとワンエイティのフロントの差を10mまで詰めても、まだ追いつけたとは言えない。

 

「(コーナーで差が詰まらないなら…!)」

一か八かの賭け。

残りのコーナーは3つ。

この3つで何とか追いつかなくてはいけない。

いや、方法はもう1つ。

やるしかない。時雨はそう決心していた。

第3コーナーを抜け、直ぐロックシェッド入口にある第4コーナーの右直角コーナーが迫る。

S2000との距離差は15m程。

ハンドルを少しだけ左に切った直後にニュートラルに戻したかと思えば、ブレーキを踏み、ハンドルを右に切る。

直後再びハンドルを左に切ってカウンターを当てる。

ドリフト状態のワンエイティの視界に入ったのは、短いながらも存在するストレートだった。

ニトロスイッチに指を伸ばす。

コーナー出口のドリフトラインが迫る。アクセルを抜き、ハンドルをニュートラルに戻す。

そしてドリフトラインを踏みつけた瞬間だった。

 

「(ここだ…!)」

スイッチを押したのと同時にアクセルオン。

判定も「Excellent +0.31m」。

完璧なタイミングでニトロを発動したワンエイティは、まるで鳥が羽ばたいて舞い上がるように一気に加速していく。

前を走るS2000との距離差はみるみる縮まっていく。

速度は120キロ台まで上がる。

 

「(なっ…!この短いストレートで、詰めてくる!?)」

S2000のバックミラーに肉薄するワンエイティのヘッドライトが映った。

間違えなくこちらより向こうのスピードが速い。

 

「(この先のコーナーで…!)」

そう。第5コーナーと最終第6コーナーが迫る。

この2つは高速右コーナーと高速左コーナー。

ここで失速さえしなければ勝負はほぼイーブンに持ち込める。

そうサトウは思っていた。

S2000は軽くブレーキランプを光らせ、マシンを100キロまで減速させる。

ドリフトラインを踏みつけた瞬間、ハンドルを右に切ってドリフトする。

軽くテールスライドしたのを抑えるようにハンドルを左に切り直し、ドリフトし過ぎないように調整する。

だが

 

「(まさか…!)」

肉薄するワンエイティが離れないどころか食らいついてくる。

減速した隙を突かれたのか、第5コーナーで向こうがほとんど減速しなかったのか、あっという間にテールトゥノーズ。

それどころか第5コーナーと第6コーナーのインターバルでサイドバイサイドの状態にまで陥った。

そして最終第6コーナー。

S2000は軽くブレーキをフラッシュさせるが、ワンエイティはほぼノーブレーキでコーナーに突っ込む。

リアタイヤにはかなりの負荷がかかる中、ワンエイティはほぼグリップ同然のドリフトでコーナーを抜けていった。

速度差は軽く15キロはあるだろう。

あっという間にS2000は追い抜かれ、そのままワンエイティのテールランプを拝めることしか出来なかった。

 

「あ、アンビリーバボー……」

サトウはもはやお手上げと言わんばかりにそう言わざるを得なかった。

己の慢心と相手のテクニックの結果、1秒近くの差をニトロ1本の使い道でひっくり返されてしまった。

そう断言せざるを得ない。

 

勝者、時雨。

ゴールラインを駆け抜けた時、ワンエイティとS2000の距離差は3m程だった。

 

◇ ◇ ◇

 

―――往路スタート地点駐車場。

 

「ガッデム!!トゥデイは撤退しますが、三度ものオネスティー!次こそはリベンジしマース!!」

「ふう…まあ何だっていいさ」

サトウの胡散臭い言葉に呆れ気味に時雨は済ませた。

 

「アンド、ミーはロストしましたが!ジュンはエンペラーをも倒したナイスガイ!ユー達、ネバー、ネバー勝てまセーン!!」

捨て台詞と言わんばかりにサトウは言葉を続ける。

だが、奈美子はその言葉に疑問を投げかけた。

 

「…ねぇそれ、前も聞いたけどホントなの?その話、他の人は誰もしてなかったけど…」

「ファッ!!?う、疑うんデースか!?」

揚げ足を取られたかのように動揺するサトウ。

すると時雨もこう言葉を続けた。

 

「だって、ここまで倒してきた人たちは誰もそんな事を言ってないよ。僕たちが疑うのも当然さ」

「…えっと……す、全ては…バトル!!バトルすればワカリマース!!それでは、ミーはこれで!アデュー!!」

「あ、ちょっと!」

そう言って、傍から見ても冷や汗を大量にかいていたサトウは再びS2000に乗って逃げるように峠から去っていった。

やはりジュンが皇帝に勝ったという噂は時雨たちに疑念ばかりを持たせることになってしまった。

 

「行っちゃったね…でも、とにかくこれで」

「ええ、時雨。ジュンとの対決ね…!」

早乙女峠のドライバーたちとの決着の時は間違えなく近づいていたのだった。

 

水温、99度。油温108度。

 

 

 


 

 

―――早乙女峠往路スタート地点。

推奨BGM

 

 

日が完全に落ち、真っ暗闇の中ジュンは愛車である黄色の80スープラで待機していた。

そしてそこに、ワンエイティから降りてきた時雨と奈美子が迫る。

 

「全員倒したけど、どうかな」

「フン、結局奴らは壊滅か…やはり私が出るしかないようだな」

時雨の言葉に対し、重い腰を上げるように動き出すジュン。

だが、ここでも彼はトオルと同じようにある事を提言したのだった。

 

「だが、バトルする以上こちらのルールに従ってもらう」

「ルール?」

「貴様ら、第一早乙女峠と第二早乙女峠があるのは分かるか?」

「……まさか、その両方で勝てって?」

そのルールは、一度同じルールで戦っている以上時雨にとっては慣れたものだった。

 

「ほう…二流の割には呑み込みが早くて助かるな」

「トオルの時もそうだったからね」

「む…まあいい」

話の腰を折られたかのようで少しだけジュンはムッとした。

 

「最初に第一早乙女峠を往路で走った後、その後に続く第二早乙女峠を走れ。間でレーンを変える事も忘れずにな。ゴールは第二早乙女峠のゴールラインだ」

「…わかったよ。バトルしよう」

そう時雨はルールを快諾するように答えた。

早乙女峠にも第一早乙女峠と第二早乙女峠が存在する。

ジュンからの提案は、これまで走ってきた第一早乙女峠だけでなく、第二早乙女峠でも勝利しろ、というものであった。

空を少し見上げ、ジュンは何かを察知したかのようにこう言うのだった。

 

「曇り空だ…さっさと始めよう」

気が付かぬうちに、夜空は灰色の雲が埋め尽くし始めていた…。

 

◇ ◇ ◇

 

 

―――vs"天使の咆哮"ジュン

推奨BGM:ROCK OVER EMOTION(from SUPER EUROBEAT vol.142)

 

「(二流は決して一流には叶わない事、思い知らせてやる!決して…そう、決してェェ!!)」

ジュンは愛車である80スープラのドライバーズシートでそう思っていた。

 

「時雨、ここが正念場よ…最初から全開で行きましょう!」

「わかった…ここは譲れない!」

一方のワンエイティ。

助手席の奈美子の言葉に時雨はこくりと頷いた。

2台がスタートラインに並ぶ。

右レーン、ワンエイティ。左レーン、80スープラ。

スタートラインに横並びで停車する2台の前に立った男は…マサヤだった。

 

「それじゃ、カウントいくよー!!」

それに合わせて互いのエキゾーストノートがスタート地点にこだまする。

マサヤは右手を上げカウントを始める。

 

「ゴー!」

「ヨン!!」

「サン!!」

「ニー!!」

「イチ!!」

 

「GO!!!」

腕を振り下ろした瞬間、2台のマシンはスタートダッシュを決めて加速していく。

吹き出るバックファイアー、流れるように光るテールランプ。

だが、スープラとワンエイティの差は歴然だった。

 

「(よくここまでワンエイティ如きでやってきたと思うが…それもここまでだ!!)」

「…!」

加速差は280馬力級のスープラの方が明らかに格上だった。

スタート直後のストレートで10m近く引き離された上で、第1コーナーと第2コーナーが迫る。

右の高速コーナーと左の高速コーナー。

スープラが数mリードした状態でコーナーに突入し、それに続くようにワンエイティもコーナーへ。

2台はテールを軽くスライドさせたかと思いきや、そのままコーナーを突破する。

第2コーナーもほぼノーブレーキで2台はコーナーを突破する。

第2コーナーと第3コーナーの間のストレートに入る。

 

「(ちっ、ここで速度差が落ち着いたか)」

「(…おかしい…?)」

最初のコーナー2つではドリフトの速度差もあったのか、差が少しだけ縮まったように思えた。

だがそこからスープラがさらに加速していく。

一方でワンエイティ側も必死にアクセルを踏むが、調子が明らかにおかしい。

時雨自身コーナーの立ち上がりの加速の時点で違和感を感じていた。

明らかに加速が鈍くなった。速度の伸びが先ほどよりも明らかに遅い。

 

「(こんなに加速、鈍かったっけ…?)」

時雨自身、明らかに違和感を感じていた。

マシンに何か問題が生じているのでは?そう時雨でも直感出来た。

自分の調子は決して悪くはない状態を維持できている。

だとしたら間違えなく車の方が限界に近付いているのだろう。

 

「(間違えなく僕が追いつめられている…。でも、何とかして前に…!)」

兎に角ストレートではガマンしかなかった。

スープラとワンエイティの距離差は一気に15m近くまで広がっていた。

ロックシェッドに入り、スープラ先行のまま第3コーナーの直角左コーナーが迫る。

コーナー直前でハンドルを右に切ったかと思いきや、ニュートラル状態でアクセルオフ、ブレーキを踏んで減速、ドリフトラインを踏みつけた瞬間にアクセルを踏み込んでハンドルを切り返す。

だが、その瞬間時雨をあの感覚が襲ったのだったのだった。

 

「(っ…全く何なんだ、これは…!)」

また、あの感覚だ。

両手両足が一気に熱くなり、やがて全身が炎に包まれるような、そんな感覚。

その感覚によって全身が熱くなり、体中から熱を発する。

それでもこの感覚に包まれている間はコーナーというコーナーを普段以上に速く駆け抜けることが出来るように感じる。

それにこの状況になると視野角が一気に狭まって、周りの音はほとんど聞こえなくなって、理想の走行ラインが幻覚のように見えてしまう。

決して悪い感覚ではないが、体中が熱に包まれるという意味では嫌だった。下手したら体が本当に炎に包まれて燃え尽きてしまうのではないか…そう錯覚させる。

だが現状が防戦一方である以上、時雨はこの感覚に頼わざるを得なかった。

 

「(でも…この感覚を保てば、まだ勝機はある!!)」

全身が熱を発して一気に炎に包まれる感覚に陥った。

時雨は勝利を確実にするために、確実にミスをしない事を心掛けた。

何度かこの感覚に陥って感じたのは、どうやら熱が冷めてしまう原因はドリフト時の判定が影響しているようだ。

ほぼピッタリのタイミングでドリフトしないと、この感覚は水をかけられたかのように喪失して失速してしまう。

とにかくミスをしない事、それが勝利への近道だった。

 

―――一方のジュン。

第4コーナーである右ロングヘアピンをドリフトしながらカウンターを当てていた。

こちらはストレートと第3コーナーで一気に引き離したことで多少の余裕があるようにも思えた。

 

「(スープラの2JZエンジンを持ってしまえば、ワンエイティなど格下なのだ…一流でもない奴らに無理に本気を出す必要はない)」

ジュンは時雨たちやワンエイティを格下に見下していた。

車の戦闘力も根本的な速さも明らかに280馬力級のスープラの方が格上。

最初からこの勝負には勝てると思っていた。

スープラがワンエイティ如きに負けるなんてことは天地がひっくり返ってもあり得ない…

そう心のどこかで思っていたのだった。

 

「(もし食らいついてきていたら、私の天使の咆哮をみせてやろうと思ったが……!?)」

天使の咆哮。それこそがジュンの得意技。

それを奴らに見せてやろうと思っていたが、初っ端に振り切ってしまった以上それを披露する事すらできない。どこか失望しているところがあった。

だが、その失望をひっくり返すような光景がそこにあった。

 

「(バカな…!ワンエイティが迫ってきている!?)」

ジュンは右ミラーをみて軽く動揺した。

ストレートでは確実に差が付いたはずのスープラがコーナーワークで負けている。

右コーナーであるとはいえ、まさか食らいついてきているとは。

こちらのコーナースピードより明らかに向こうが速い。

言う間でもない事実がジュンを襲った。

 

「っ…!」

出口のコーナーラインを踏みつけてアクセルを踏むも、油断してタイミングをずらしてしまった為に加速が伸びない。

だが第5コーナーの超ロング左ヘアピンが迫り、ブレーキを踏む。

ドリフトラインを踏みつけた瞬間、アクセルを踏んでハンドルを左に曲げる。そこからハンドルを切り返してカウンター状態にする。

だが重いスープラはタイヤが持たず、コーナーのアウトに膨れがちになり、センターポールギリギリでドリフトし続ける。速度低下は言う間でもなかった。

 

「(くそ…!)」

ジュンはやむなくハンドルのニトロスイッチを押した。

だがマシンの速度は回復して100キロ台まで上がるが、コーナーラインはかなり際どいラインだった。

センターポールに右ボディを接触しながらもレーンをはみ出さないように必死にハンドルを操作する。

 

一方のワンエイティもコーナーに突入する。

「(あの車が失速している…?まさか…!)」

時雨にとっては千載一遇のチャンス同然だった。

だがこのコーナーは時雨にとって不利な右コーナー。

フェイントモーションを成功させて、横滑りするワンエイティ。だがタイヤの向きはほぼ車と水平だった。

ドリフト中はハンドルの角度を数度だけ右に曲げるゼロカウンター同然の状態でコーナーを駆け抜ける。

相手のコーナーラインが際どい中、時雨のワンエイティは幻覚で見えていたコーナーライン…理想的なアウトインアウトのラインの上をワンエイティは確実に走っていた。

 

「(っ…しまった!)」

ニトロを使うも使いどころが悪かったジュン。

ワンエイティとの差はみるみる縮まった。

時雨自身は確実にスープラのボディを捉えていた。

第5コーナー出口で、マシンの差は8mほどまで迫っていた。

ロックシェッドに入り、最終第6コーナーである右直角コーナーが迫る。

 

ブレーキを踏み、マシンをコントロールする時雨。

先行するスープラはギリギリ視野角に入っている。

ハンドルを右に切ってドリフトさせたかと思いきや、左に切り返してカウンターを当てる。

そしてカウンターを当ててワンテンポ遅れた時だった。

 

「(ここだ…!)」

時雨はハンドルに取り付けられていたニトロスイッチを左手で押すのだった。

失速気味だったワンエイティは水を得た魚の如く加速していく。

自らの有利なコーナーでワンエイティは確実に速度を稼いでスープラに迫る。

そして出口のドリフトラインを踏みつけた瞬間、アクセルオフにしたかと思いきやハンドルをニュートラルにしてアクセルを再び踏み込んだのだった。

マシンはさらに加速する。

 

「な…!」

ニトロを使って迫るワンエイティ。あっという間にスープラとサイドバイサイドになった。

だが直後にニトロの効果が薄れた事でマシンが完全にオーバーテイクとまではいかないが、ボンネット分だけワンエイティが先行する。

そして目前には第一早乙女峠のゴールラインが近づく。

 

「―――!」

「っ…!」

ゴール直前のドリフトラインが無い左高速コーナーの存在と、性能差もあって多少は差を詰めたスープラ。2台はほぼ横並びの状態…コンマ数秒だけワンエイティが先行した状態で第一早乙女峠往路のゴールラインを駆け抜けたのだった。

間一髪、時雨が勝利した事で勝負は第二早乙女峠に移る。

 

 

 


 

 

 

―――第二早乙女峠移動中の車内

推奨BGM:FIGHTIN' OVER FREEDOM(from SUPER EUROBEAT vol.145)

 

「(何とか前を取ったけれど、どうにかして攻めていかないと勝てない…!)」

「(まずいわ…これまでの走りでワンエイティのコンディションが間違えなく低下している。って、これは!)」

移動中のマシンでもパーシャルスロットル状態で速度を維持し続ける時雨。

メーターは130キロを維持していた。

前方に集中していた時雨はメーターを見ていなかったが、水温警告灯と油温警告灯が点灯している。

早乙女峠の部下たち4人との連戦は、間違えなくワンエイティにダメージを与えていたのだった。

先ほどの戦いではなんとか先手を取るも、その差はほぼ無いに等しい。

一歩でも油断すればすぐにオーバーテイクされてしまうだろう。

時雨自身もマシンが悲鳴を上げている事については理解していた。

だが、ジュンに勝つためには何とかリードを保って逃げ切るしか方法はない。

 

「(今さら時雨に『降参しよう』なんて、言えるわけがない…!)」

4人のドライバーを倒し、ジュンにたどり着くことが出来た。

もし止まってしまったらまたやり直しになってしまうかもしれない。

そんなことになったら時雨にとっては面倒だろう。

奈美子は口をつぐむしかなかった。

 

「(一流が二流に負けることなどあるはずがない…!先ほどのは油断だ。ここから先、巻き返せばいい…!)」

一方のジュンも先手を取られた事で動揺してはいたが、次のチャンスを虎視眈々と狙っていた。

 

「(『天使の咆哮』たる所以、このバトルを持って教えてやろう…一流の私が華麗にハンドルを裁く事で…エンジンが、タイヤが、マフラーが、極上の音を奏でるのだ!それはまるで、天使のように!!)」

ジュンは次のコースにおいて、最後の切り札を発揮しようと決断していた。

第二早乙女峠のスタートラインが迫る。

ウィンカーを出してスープラが右レーンに移り、ワンエイティが左レーンに移ってレーンチェンジした。

マシンの位置は先ほどとは逆だが、距離差はほぼ第一早乙女峠を抜けた時と同じだった。

だが、その時だった。

 

「!?」

「(っ…!)」

ぽつ、ぽつとフロントウィンドウに水が落ちてきたと思いきや、その勢いは一気に増してきた。

 

「……!」

「(よりによって降り始めたか…!)」

突如として降り始めた雨。

その雨脚はあっという間に土砂降りの大雨となった。

路面はスタート地点に移動するまでに完全に濡れ、路上の埃も雨風で一掃されつつあった。

 

「時雨、ワイパーを…」

奈美子の言葉に反し、時雨はほぼ無反応だった。

その直後、フロントのワイパーが高速で動き出した。

 

「時雨…?」

「―――――」

無反応とはいえ、ワイパーの存在は無意識に操作していた。

レバーを回しすぎてワイパーの速度は最大になっていたが。

雨の中2台はスタートラインを駆け抜ける。

2台が駆け抜ける事で水しぶきが舞っていた。

もはや集中豪雨とも言うべき大雨である。

排水システムがなっているので陥没、ということはないだろうが…それでも雨のコンディションはドライバーたちに影響を与えようとしていた。

 

「(絶対にぶっ潰す…ってあれ?)」

第1コーナーの直角左コーナー。

ロックシェッドに入り、ブレーキをフラッシュさせたかと思えばワンエイティはそのまま慣性でドリフトしていった。

一方のスープラも辛うじて食らいつく。

だが、明らかに向こうのペースが上がったように思えた。

ワンエイティが有利という事もあり、距離差はテールトゥノーズの状態にまで広がる。

 

「(バカな…!向こうのペースがさらに上がったとでもいうのか!?)」

ジュンは愕然とした。

この大雨があのドライバーをさらに目覚めさせたとでもいうのか。

マシンが滑る中、スープラはパワーもあって立ち上がりに苦心している一面もあった。

 

 

推奨BGM:DANCING AROUND THE WORLD(from SUPER EUROBEAT vol.152)

「―――――」

突如と降り始めた大雨は、ワンエイティにとってはまさしく恵みの雨だった。

温度が上昇していたエンジンルームを冷やす勢いの大雨であったのである。

視界を白い線の雨が大量に打ち付ける。

夜の雨という極限状況において、時雨は一心不乱にアクセルを踏み込み続けていた。

ブレーキもほぼ一瞬踏んだかと思えば、アクセルオンと共にハンドルをくいと曲げてテールを一気にスライドさせた。

だが、その角度は通常時よりも浅い角度ではあった。

 

「(雨が降ったことで路面が滑って…ドリフトしやすい!これなら、あの車にも負けないかもしれない!)」

気持ちか、ワンエイティのエンジンも調子を取り戻しているような気がする。

立ち上がりの速度も多少回復したのかもしれない。

雨のドライブは丁寧さがものを言うが、ここでの時雨は更にスピードが上がっていた。

夜というスピードが出る状況、雨という悪いコンディション。

この2つが時雨をさらに速くさせる要因になっていた。

夜になると普段以上にキレた走りになる時雨。

雨というコンディション…コンディションが悪ければ悪くなるほど速さが際立つのだった。

 

「(すごい…!天候すら、時雨は味方につけている…!)」

時雨のドライブを見て奈美子はそう思った。

雨であればハイパワー車も過度なパワーに苦心することがある。

一方でワンエイティであればドラテクさえあれば何とかなる事も少なくない。

その目はただ前だけを見ていた。

第2、第3コーナーの右高速コーナー、右ロング直角コーナーも勢いのまま走り抜けていく。

ワンエイティが駆け抜けた後には水しぶきが舞った。

 

「(うぐぐ…!こんな雨では…!)」

一方のスープラ。雨の中思うようにパワーを発揮できずに後塵を拝していた。

ただでさえ後輪に負荷がかかる中でニトロを使った暁にはマシンがスピンしてしまうだろう。

有利な右レーンにも関わらず、距離差はほぼ変わらなかった。

 

「(まだ両手両足の感覚も残っている!!)」

一方の先行気味の時雨。

両手両足が熱い感覚、全身が炎に包まれる感覚はまだ残っていた。

この感覚もあってか、スープラとは負けず劣らずの勝負を行うことが出来ていた。

だが、性能差もあってスープラが右サイドに迫る。

そして迫った直後、第4コーナーである左高速コーナーが目の前に現れる。

高速コーナーという事もあり、ブレーキを一瞬踏んだかと思いきやアクセルオンでハンドルを左に。

そのままグリップに近いドリフトでコーナーを抜けようとしていた。

だが、スープラはギリギリ右サイドにいた。

ほぼ同等のスピードでコーナーに飛び込んだのだろう。

サイドバイサイドの状態で、2台はストレートに突入する。

 

「(仕掛けるなら…今しかない!見るがいい、我が天使の咆哮を…!!)」

「―――!」

ジュンの左手がニトロスイッチに触れた。

スープラは一気に加速し、ストレートで一気にワンエイティを引き離しにきた。

速度は一気に130キロまで加速する。

だが、ジュンはある事を忘れていた。

第5コーナーが迫る。

 

「しまっ…!」

このコーナーはロックシェッド内の左直角コーナーだった。

ニトロを使って加速していたこともあって慌ててブレーキを踏むが、雨というコンディションの中でブレーキ制動距離は普段以上だった。

止む無くサイドブレーキを引き、ハンドルを一気に左に曲げた事で失速するスープラ。

ドリフトアングルは明らかに必要以上で、アウトに膨れる状態だった。

 

「―――!」

露骨に見えた隙を、時雨が見落とすはずが無かった。

ブレーキを速めに踏み、ハンドルを左に切る。

ドリフトラインを踏みつけた瞬間、アクセルを踏んでカウンターへ。

体が炎に包まれる感覚はまだ残っていた。

スープラに対してテールトゥノーズの状態にまで追い込む。

加速が少し鈍る中、スープラに食らいついていた。

そして出口のドリフトライン。

ハンドルをニュートラルにして、アクセルを踏み込む。

そしてその瞬間、スープラとワンエイティはサイドバイサイドの状態になった。

 

最終第6コーナー。高速右コーナーが迫る。

ロックシェッド出口と出口のドリフトラインが重なる。

最後の気力を振り絞り、ハンドルを左に曲げて、アクセルオフからハンドルを右に曲げて再びアクセルを踏み込む。

 

「―――!」

「っ…!」

2台がパラレル状態でドリフトする。

コーナースピードは少しだけスープラが上。だが、ワンエイティも食らいつく。

直ぐに出口のドリフトラインが迫る。

アクセルを離し、左に切ってカウンター状態だったハンドルをニュートラルに。

 

「(これで…とどめだ!)」

「(―――逃がさん!!)」

2人共にアクセルを全開に踏み込む。

目先の緩い右コーナーの先に見えるゴールラインに向かって一心不乱にアクセルをただ踏み続ける。

立ち上がりでスープラに振り切られかけた瞬間、時雨はニトロスイッチを押す。

ワンエイティが加速し、130キロ台まで加速する。

一方のスープラも加速で少しだけおいていかれるも、ワンエイティの右サイドにいた。

ワンエイティがボンネット分だけリードしていた。

だが、ニトロを使ってスープラを振り切りかかったその瞬間だった。

 

グシャッ、ガシャン!!

「―――――!!!」

あまりにも嫌な音がした。

ボンネットが上に跳ね上がったかと思いきや、フロントウインドウに黒い液体が飛び散り、アクセルを踏み込んでも全く力が出せなくなった。

エンジンブロー。高回転で負荷をかけすぎた事によって遂にワンエイティは悲鳴を上げたのだった。

ワンエイティのライトが消灯し、目の前が真っ暗になった。

ゴールラインを目指して車線上を走るようハンドルを少しだけ右に切って車線に対して水平になるようにハンドルを強く握り続ける。

暴れる車体を必死になって直進させようとしていた。

 

「しめた…!」

遠慮なくアクセルを全開まで踏み込むジュン。

躊躇なくアクセルを踏み続け、水しぶきを上げて加速していく。

だが、最終ストレート直前にあるドリフトラインの無い緩いコーナーで、ハンドルを軽く右に切ったその瞬間だった。

 

「(な、何だ!?何故車が言う事を聞かない!?)」

突如としてハンドルもブレーキもアクセルも言うことを聞かない。

それどころか車が浮いているような感覚に陥った。

 

ハイドロプレーニング現象。

突如振り出した大雨は、あっという間に箱根の道路のあちこちに水たまりを生み出していた。

大きな水たまりを思いっきり踏んだスープラのタイヤは、突如として排水が追いつかない状態となり、マシンの制御が効かなくなってしまった。

コーナーで曲がることが出来ず、スープラは推進的に直進して失速するワンエイティを追い越したところで、走行している右レーンから左レーンへ飛び出した。

位置としては丁度失速するワンエイティの目先にいる。

だが、目先に迫るは…

 

「うおおおお…!!」

スローモーションの如く目の前に迫るガードレール。

ブレーキを掛けても雀の涙ほどしか減速しない。

ハンドルを曲げても、殆ど曲がらない。

制御不能。もはやジュンにはどうしようもなかった。

そして次の瞬間。

 

ガリガリガリガリ、ガシャッ!!

時雨の目の前を遮るようにスープラがクロスしたかと思えば、ガードレールとスープラの左サイドボディが擦るように接触、マシンの悲鳴とも言うべき音がした。

左ボディを擦ったスープラは、ぶつかった反動で大きく右に跳ね飛ばされた。

 

「―――――!!」

眼の前のスープラに動揺した時雨はブレーキを踏むこともハンドルを切ることもできなかった。

ガードレールと接触したスープラは反動で右に跳ね飛ばされた。

そして跳ね飛ばされた瞬間、ワンエイティの視界からスープラは右に消えたかと思えば、100キロ以上の速度でフロントから岩壁に突き刺さった。

ガッシャーン、と激しい音がした。

衝撃でパーツが四方八方に吹き飛んだかと思いきや、スープラはそのままリアが右回転してスピン。

間一髪で玉突き事故は回避できた。

エンジンブローで失速状態だったワンエイティは、ハンドルを真っすぐに保ちながら何とかゴールラインまで滑走していく。

そして次の瞬間には、ワンエイティはゴールラインを駆け抜けていた。

一方のスープラは壁に接触した反動でマシン全体にダメージを追い、ぶつかった衝撃でリアウィングが破損。

ブレーキを掛けてなんとか停止するも、走行不能の状態。右側の壁に左ボディとボンネットに大きな凹みを生じ、フロントのバンパーは見事に吹き飛んで、エンジンが露出するという致命的なダメージを負って停止したのだった。

 

勝者、時雨。

ゴールラインを先に駆け抜けることが出来たワンエイティは、勝つには勝った。

だが、ワンエイティと80スープラの2台は走行不能とも言うべき状態だった。

滑走状態だったワンエイティはブレーキをかけてなんとか停止するも、エンジンからは白煙がモクモクと出ていたのだった。

 

 

 


 

 

 

推奨BGM

勝負後、2台の中のドライバーたちは殆ど動くことが出来なかった。

如何せん雨脚が強すぎて外に出ることが出来なかったのだ。

目の前が見えなくなるほどの超大雨。そんな台風並みの大雨が小康状態に落ち着くには、10分ほどの時間が必要だった。

 

「まさかこんな事になるなんて」

「…………」

言葉を発した奈美子に対して動揺のあまり声を出すことの出来ない時雨。

時雨と奈美子には勝利の感覚は全くなかった。

はっきり言って、相手がアクシデントを起こさなければこんな結末はあり得なかっただろう。

だが、もし1つミスをしていたらあんな事故を起こしていたかもしれない。

10分ほどして雨が小康状態になった事で、二人はやっとスープラに近寄ることが出来た。

そしてスープラに近寄った瞬間、右ドアからドライバーが出てきた。

 

「うぐぐ…」

「ジュン!」

「大丈夫かい!?」

奈美子と時雨が近寄る。

ドライバーであるジュンは打撲はあってもどうやら大きなケガはないようだ。

だが、ぶつかった衝撃で体を痛めたのかふらふらになっている。

奈美子と時雨はジュンの肩を掴んで支えるのだった。

「うう、すまない…」

そして支えようとした瞬間、別の2台のエンジン音が木霊してこちらに近づいてきた。

 

「うわっ、ひでぇ事故だな…」

「おおい、おめぇら大丈夫かぁ!?」

いつまでも戻ってこない2台を気にして、トオルのBRZとヒロシのハチロクがゴール地点に追いついて来ていたのであった。

 

「大丈夫よ、あくまで事故を起こしたのはスープラだけだからね…」

「そうかぁ、って時雨ちゃんは!?」

「僕たちは、大丈夫だけど…」

「大丈夫か、ジュン?」

「壁にぶつかった衝撃で軽く打撲した程度だ…一流のドラテクでマシンコントロールしたからな…何とか大丈夫だ」

「全く、無茶しやがって…」

トオルやヒロシにとってはあまりにも凄惨な光景だった。

2人の無事を確認したヒロシはワンエイティに目を向けた。

普通じゃない状態そのものであることも、一目で理解していた。

ワンエイティのボンネットがエンジンオイルで黒く塗りたくられ、エンジンからは白煙が上がっていたのである。

 

「うわあ、なんてこったぁ!ワンエイティは…こりゃあまさか、エンジンが…?」

「…ええ。今までの無理が祟ったんでしょうね」

「……」

「ともかく、レッカー呼ばねえとな…こりゃもう動けないだろ」

「ああ、大丈夫よ…すぐに来るはず」

夜の雨という条件が無ければ、時雨は負けていたかもしれない。

だが、代償としてエンジンを大破させるという結果になってしまった。

一方のトオルは、ジュンを支えながらスープラの方を見に行っていた。

 

「左レーンのガードレールに接触して、スピンした挙げ句岩肌の壁に突き刺さったのか…」

「うぐぐ…認めん…こんな結末、私は認めんぞ!!」

「いい加減認めろ、ジュン。ゴールラインの先にいるのは明らかにワンエイティ。一流一流って言っていたお前は派手にクラッシュして走行不能の状態じゃないか。事故を起こしたのもお前の責任。これでも負けを認めないのか?四天王の名が泣くぜ?」

「うぐぐ…クソっ!!」

「しかしブレーキ痕が思ったより短いな…何があった?」

「…突然ハンドルもブレーキも効かなくなってな…恐らく大雨によるハイドロプレーニング現象だろう…」

「ハイドロでやられたのか…これだから雨のバトルは嫌いなんだよな」

スープラの走っていた跡を確認したが、ブレーキ痕は1度目の接触までは存在しなかった。

明らかなハイドロプレーニングだった。

すると、トオルに支えられていたジュンは時雨と奈美子の方を向いてこう言った。

 

「ナビ子と…時雨と言ったか?潔く認めよう。お前たちも一流だ!この私と同じくらいな!!」

「は、はあ」

「全く、めげねぇ奴だな…って、あれ?」

ジュンがそう言ったところで、これまで走ってきた方向から2台の車両運搬用トラックがやってきた。

そしてその2台はワンエイティの手前で停止したのだった。

2台のトラックのそれぞれから降りてきたドライバー、それは…

 

 

「時雨さん、奈美子さん!大丈夫ですか!?」

「あーあー、ハデにやっちゃったわねぇ」

どちらも顔見知りの人間だった。

 

「ハルカちゃん、トーコさん!よかった」

「…心配かけて、ごめんね」

「まあ今はともかくこの雨だし、さっさと移動させましょう。今は小康状態だけど、急がないと。『ピット』でいいわね?」

「はい、お願いします!」

「…お願い、します」

そう言ってトーコは運搬車をワンエイティの前に止め、二人にロープをワンエイティにくっつけさせる。

トラックの荷台にワンエイティを乗せ、二人は運搬車の助手席に座るのだった。

 

一方のハルカは時雨たちの方ではなくスープラの方に向かっていた。

こちらのスープラも現状走行不能状態で、移動させようにも出来ない。

「あの…さっき来ていた、ジュンさんですよね?」

「…そうだが」

「お乗せしましょうか?随分ダメージがあるようですし…」

「…良いのか?」

「困ったときはお互い様ですよ」

「うぐぐ…すまない、恩に着る…一流のサービスに感謝する」

涙声でジュンは答え、運搬車にスープラを乗せるのであった。

 

 

 


 

 

 

―――30分後。

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カーファクトリー・ピット。

事故を起こしたスープラとエンジンブローを起こしたワンエイティがピット内には鎮座されていた。

自損事故という事もあり警察沙汰にするほどではなかったが、2台の様子はあまりにも痛々しいものだった。

雨脚は再び強くなり、土砂降りとなっていたのだった。

 

スープラは両方のフロントライトが破損し、フロントガラスにヒビも入っている。フロントバンパーと左ボディ全般、リアには大きなダメージ。パーツが四方八方に飛び散ったこと言うまでもなく外傷も大きかった。エンジンにもダメージが散見された。

対してワンエイティはボディ全般には損傷はないように思えたが、エンジンが破壊されてしまった為に吹き出たエンジンオイルがボンネットを黒く濡らしていた。エンジンからの水蒸気は収まっていた。

 

ハルカはスープラの状態を確認しながらジュンに説明した。

「かなり大きなダメージがありますね…。内側に相当来てますでしょうし」

「そうか…」

ハルカの言葉にジュンは覚悟を決めていた。

130キロ以上の速度で壁に擦った挙句、壁に激突したのだ。

最悪廃車もおかしくはない。

ジュンは覚悟を決めていたのだった。

 

「で、本題なんですが……」

ハルカは時雨のワンエイティを見て、2人を呼び出した。

 

「ハルカさん…」

「これ…難しいよね…」

時雨と奈美子は絶望に打ちひしがれたかのような表情をしていた。

素人である時雨でも、エンジンが完全に破壊されていることは言わんばかりだった。涙目にもなっていた。

自らの格上相手に5回も連続でずっと全開走行をしていたのだ。しかもニトロをそれぞれ使っている。

あそこまで無茶を擦ればそりゃ壊れる。

時雨でも無茶をした事は分かっていたが、それでも状況が状況故に止めることは出来なかった。

 

「申し訳ないんですが、この車は廃車処分にした方がいいと思うんです」

時雨がハルカから告げられたのは、余りにも残酷な宣告だった。

だが、時雨自身覚悟はしていた。

ここまで破壊されてしまった以上どうしようもないだろう。

 

「……」

「やっぱり…直すのは難しいのかな?」

「エンジン本体に物凄いダメージが入ってしまっているんです…これだけならともかく、これからの事を考えるとこの車を修理する事はあまり薦められません」

「これからの事、と言うと?」

「…エンジンルームを見て頂けますか?」

ボロボロになったワンエイティのボンネットをハルカが開き、時雨、奈美子、トオル、ヒロシがエンジンルームを見る。

 

 

 

推奨BGM

「これ、見てくださいよ。私が気が付かなかったのも悪いんですが…」

ハルカが指を指したのはエンジン本体だった。

破壊されていたとはいえ、普通のワンエイティのエンジンに思える。

だが

 

「エンジン…?」

「何だ、エンジン?ん?」

トオルがある違和感に気が付いてボンネットを覗き込む。

エンジン部分をじっくりと見つめる。

そしてある事に気が付いたかのように、ハルカに話しかけた。

 

「なあ嬢ちゃん…この車って、ワンエイティのタイプⅢだよな?」

「はい…」

ワンエイティの事を聞いたトオルが改めて見返す。

 

「このエンジンって…」

「トオルさん…?」

ヒロシがトオルを不思議そうに見る。

そんな中で、ハルカがエンジンの正体を伝える。

 

「…CA18DETエンジン。ワンエイティの初期型に搭載されていたエンジンです」

「おい、嘘だろ…タイプⅢのワンエイティに、CA18が乗せられていたのか!?」

トオルは驚いた表情でハルカを見た。

 

「と、トオル…?」

「CA18って、何?」

「私が説明しますよ」

奈美子と時雨の疑問にハルカが答えるように言った。

 

「いいですか、時雨さん。本来時雨さんが乗っていたワンエイティには、SR20DETというエンジンが搭載されているんです。こちらは大体205馬力となっているんです」

「205馬力…?」

「対して、今まで時雨さんが乗って来ていたワンエイティのエンジンはCA18DETエンジン…。こちらは175馬力しかないんです」

「じゃあ単純に考えて、30馬力も違うのかい?」

「はい…それに、この車にそのエンジンが乗っていること自体が異常なんです」

「それって…どういうこと?」

時雨を見てトオルが話しかけた。

 

「時雨、ワンエイティにも複数の型式があってな…」

「型式?」

「その中でもお前が乗ってきたこの車は、ワンエイティのタイプⅢ型ってヤツなんだ。だが、さっき言った非力なエンジンはタイプⅡ、それも10年間くらい販売されたワンエイティの中でも、マイナーチェンジ前…初期の2年間に発売されたヤツにしか搭載されていない」

「つまり…このワンエイティに乗っているエンジンは、本来この車には搭載されていなかったという事…なのかな?」

時雨が聞き返すように質問した。

 

「ああ…そうだ」

「この車が捨て値で売られていたのも、この車が事故車で修復されたものだったから…と言えば、納得です」

「じ、事故車…そうだったのかぁ…」

事故車という言葉に対しては、普段からあまりメンテナンスが施されていないAE86に乗っているヒロシも反応した。

そう、当初ハルカが買ったこの車は一言で言えば事故車だったのだ。

中古車ディーラーで捨て値同然の価格で売られていたのを買い取ったハルカだが、その正体はとんでもない事故車。

メンテナンスは施したとはいえ、マシンの非力さまではカバーできなかった。

元々研究用であった為にそれでも問題はなかったが、まさか時雨のような訪問者が使うとは予想できるはずが無かった。

なんでもエンジン故障を起こしてSR20エンジンがダメになってしまったので無理くりCA18エンジンに乗せ換えた…というのが事の真相らしい。

はっきり言って時雨の才能が無ければ、ここまでやってこれはしなかっただろう。

そうハルカは断言するのだった。

 

「本当に、すいません…もっとちゃんと確認しておけば、ここまで時雨さんに苦労を掛ける事はなかったと思います」

「僕は別に…あまり気にしていないよ」

「でも…これからの車、どうしましょう…」

「………」

マシンが破壊されてしまった事で、閉ざされてしまった皇帝への挑戦の道。

5人は黙り込むしかなかった。

答えのない問題だった。

新しい車を買うか、それともこの車を無理くり修理するか。

大抵はその2つである。

奈美子のS30Zを使うという手もあるが、それでは確実に手詰まりになってしまうだろう。

だが時雨に、新しい車を買うだけの資金があるのか。

3人は頭を抱えるしかなかった。

 

 

 

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すると何かを思ったかのように、トオルがスープラの状態を見ていたジュンに話しかけた。

 

「そういえば…ジュン、お前が『皇帝』に勝ったのは本当なのか?サトウの奴から聞いたんだが」

「あ…」

奈美子が思い出したかのように声を出し、ジュンを向く。

 

「こ…皇帝、だと!?」

その言うと、しどろもどろにジュンは話し始めた。

 

「おお、おう!!勿論だとも!!以前、軽くな、軽くひねってやったわ!なんにせよ私は一流だからな!!」

だが、トオルはジュンの感情を見てあっさり嘘であると見切った。

 

「目が泳いでるぜ、ジュン…サトウとかいう奴が『お前が皇帝に勝ったことがある』とか言ってたんだが、口から出まかせだな?」

「うぐぐ…実は、その通りだ。『皇帝』に会った事などない…。一流同士、一度手合わせ願いたいとは常々思っているのだが…」

「そうだったんだね…」

「まぁ、あの胡散臭いサトウの言う事だから、眉唾物かもって思っていたんだけど…」

ジュンの告白に時雨と奈美子も「まあわかっていた」と言うような感情をしていた。

 

「詫びと言ってはなんだが…一流の情報を教えてやる。『皇帝』は最近車を乗り換えたとの事だ。シゲルが掴んだ最新の情報だ」

「乗り換えた…?」

「いつ?何に乗り換えたの?」

するとジュンは、その情報を誇らしげに語った。

 

「日産GT-R、R35型!R32の時でさえ無敵と言われていた男だ。R35に乗った『皇帝』には、この私以外もはや勝てる者はいないだろう!決して…そう、決して!」

「R35、GT-R…」

「ありがとう!『皇帝』を探す時の有力な情報になるわ!」

「R35のGT-Rか…ただでさえ伝説と言われる男が、さらに強力な武器を手にしたな…しかしジュンもそれ以上知らねぇなら、やはり他の四天王を訪ねるしかねぇな」

「…そんなに、その車は速いの?」

「そりゃ速いぜぇ!あんなの、俺様達から見れば反則級のスーパーウェポンだぜぇ!」

「スーパーウェポン…そうなんだね」

多少驚きつつも、そうなんだと時雨は言った。

すると時雨を見てトオルがある事を提案してきた。

 

「時雨、お前さんいっその事280馬力級のマシンに乗り換えないか?」

「え…」

「トオル…?」

トオルの提案に驚く時雨と奈美子。

とはいえその提案は決して間違いという訳ではなかった。

 

「お前は立派な神風連合の仲間なんだ。助けさせてくれよ。それにお前さん、もったいないぜ。こんな形で峠を引退なんて」

「……」

「パーツとかはともかく、多少だったら俺が金を工面してやる。まあマシン自体は性能がピンキリでも結構中古で手に入るからな…」

「……」

その提案に時雨は黙りこくるしかなかった。

もしその提案を飲んでも、また事故るのではないか?

一種の恐怖が時雨には植え付けられていたのだった。

それに、ワンエイティにずっと乗って来ていた自分が他の車に乗り換えて今まで通りの実力を発揮できるのか?

時雨にとってはそんな未知数である部分がある以上、「車を乗り換えたい」とは言い切ることは出来なかった。

 

「…少し、考えさせてほしいんだ。今すぐ助けてほしい、とは僕には言えない」

「……」

「それに、もし別の車に乗り換えても同じように走れるかはわからない…」

「仮に乗り換えるとしても、できればワンエイティやS13シルビアに拘りたいのか?」

「…S13シルビア?」

「ワンエイティはS13シルビアと兄弟車と言われる関係なんだ。時雨ちゃんなら、シルビアでも問題なくいけると思うぜぇ!」

ヒロシが説明するように言った。

 

「ヒロシが言う通り、お前さんならS13やシルエイティ…つまりワンエイティのフロントをS13シルビア、ワンビアに変えた車なら、これまで通り上手く走る事が出来ると思う」

「そっか…二人がそう言うなら、そのS13シルビアや、シル…エイティでも問題はないと思う」

「…だがそれは別個体でも構わない、と言ってもいいんだな?お前が乗ってきた車は流石に修理しても、結構お金がかかるだろうしな」

「…僕はワンエイティ、あるいは同系列のマシンなら何でもいい。でも、さっき言っていたSR20エンジンっていうのも気になるんだ…」

「…わかった」

「今は別に…いらないからね。自分でも車を考えたいんだ」

「…それは、ワンエイティやシルビアに拘ってか?」

「……うん」

その時雨の返答にトオルは「そうか」としか言うことは出来なかった。

だが、必要であれば金を工面する…いわばスポンサー同然になるという事だけは、時雨とトオルの間で約束が執り行われたのだった。

 

2人目の四天王「”天使の咆哮”ジュン」を倒した時雨と奈美子。

しかし愛車であるワンエイティはエンジンブローによって走行不能の状態に陥ってしまった。

新たなマシンを探し出す必要がある中、果たしてこの状態で2人は四天王への挑戦を続けることが出来るのか。

物語は新たな展開を迎え始める。

 

 

 


 

 

 

――――翌日。

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「(んー…これも違うな)」

トオルは自宅ソファに座りながら、タブレット端末に表示されている中古車カタログサイトやパーツカタログサイトを見て、考え事をしていた。

 

「(しかしアイツの要望も参ったな…単なるワンエイティだけじゃ、限度が来てしまうだろうに)」

中古車カタログには安値で売られている国産車ばかりが写っていた。

280馬力級のマシンであっても、時雨であれば待ちえなく乗りこなすことは出来る…トオルは走りを見てそう確信していた。

同じ日産車のFRスポーツであるフェアレディZのZ33やZ34、S15シルビアとかであれば、さらにレベルアップが出来るとは思うのだが…そうトオルは思っていた。

だが彼女がワンエイティに拘る以上、そのワンエイティ…S13シルビアというくくりだけは取り外さないようにするべきだろう。

何とかして程度のいいワンエイティかシルビアを探し出す。

カタログに描かれているシルビアやワンエイティは性能面でもピンキリだった。

すると、あるサイトを覗いた時だった。

 

「(…ん?このいかつい車は……何だこれ?)」

カタログのある車がトオルの目に留まったのだった。

前金を用意した上で抽選を実施し、確率で手に入るというコンプリートカー。

それは自分が想像する以上にパワフルな、いかつい外観だった。

そしてこの出会いが時雨の運命を左右する事になるとは、まだトオル自身も思ってもいなかったのだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

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―――ほぼ同じ頃。

カーファクトリー・ピットでツナギ姿の時雨は、置かれていたパソコンを用いてある調べ物をしようとしていた。

ブラウザをクリックして、インターネットの検索エンジンが表示される。

 

「(えっと…R、35…GT…アール…っと)」

キーボードの位置に戸惑いながらも検索ワードを入力し、Enterキーを押す。

昨日ジュンが言っていたGT-Rという車について時雨は調べようとしていたのだった。

そして直後に表示された情報…それこそ、R35型GT-Rの外観だった。

 

「……」

丸目のテールランプ、流線型のボディ、一目でGT-Rとわかるフロントライト、抑え目のリアウィング。

インパクト抜群な車だった。とてもかっこいいと思った。

こういう車の事をスーパーカーというらしい。そしてこんな高級車に乗っているという皇帝とは、大層立派な人物なのだろう。

そうGT-Rの外観の画像を複数見て思った。次第に時雨はGT-Rという車に釘付けになる。

だが、その時だった。

 

「(……あれ?)」

ふと頭に違和感が生まれた。頭がずきずきと痛む感覚。

フラッシュバックする不思議な光景。

黒い何か、赤い丸の光。

それが自分の存在に気が付いたかのように、遠ざかっていく。

その光景は一瞬で終わった。

だが、ブラウザに今表示されているのは黒いGT-R…フラッシュバックした光景は、まるでこのGT-Rのテールランプのようだった。

 

「(僕は…この車に、会った事が……ある?)」

時雨の失われた記憶が、沸々と甦るような…そんな感覚だった。

何かを思い出すような、そんな感覚。

もしや自分はGT-Rという車に会ったことがあるのではないか。

だがそう思った時だった。

 

「時雨さーん!」

「!」

部屋の向こうから自分を呼ぶ声がした。

パソコンのブラウザを閉じ、急いでその声の方向へ向かう。

 

しばらくしてパソコンはロック画面に移ったが、時雨の違和感はその後しばらくの間残り続けるのだった。

(第13話End)

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