「艦これ」いつかあの海で×ドリフトスピリッツ 2023 -いつかあの路で- 作:カービィ改二
新たな峠からの挑戦。
時雨の中でも更に何かが疼きだします。
act.14「Invitation(お茶会への招待状)」
箱根の四天王の2人目が敗れ、愛車であったスープラが大破した…
そして挑戦者のワンエイティもエンジンブローで走行不能状態に陥った。
そんな話は3日もしないうちに箱根中に広がった。
広くとも狭い箱根の土地。
バトルの話というのはあっという間に伝わるのである。
マシンが無い時雨だが、それでも走り屋であることには変わりない。
彼女たちにまた一人、新たな挑戦者が現れようとしていた。
―――――気が付いたら、自分は木造家屋にいた。
廊下を何処かに向かって歩いていく。
窓の外は雨模様。
何かを確認しに自分はただ歩いていた。
数名の自分と同じような女性たちが黒板の前で自分の名前を探していた。
黒板には複数の部隊名とそれぞれの部隊に名前が書いてあった。
「1YB、3H…?」
どこかで聞いたことのある名前だ。だが、はっきりとは思いだせない。
「~~~、~~~」
誰かが自分に話しかけてきている。
緑髪のボーイッシュな少女。同僚だろうか。目元はほぼ見えない。
彼女に連れられて配属部隊へ向かう。
ドアをノックした先には、巫女風の服を着た黒の長髪女性と、その妹のショートヘアの女性。
ショートヘアの女性は異様にカリカリしていた。
そして気が付くと、黒髪ショートヘアの女性と先ほどの緑髪の少女が口論になっていた。
話の内容は…聞き取れない。
自分が興味が無いから意識を閉ざしているのか、それとも体の異常で聞こえないのかはわからない。
そして気が付くと、自分と同じくらいの年齢のベージュのショートヘアーの女の子、茶髪のツインテールの気強そうな女の子、空色のロングヘアーのぽわぽわとした女の子もそこにいた。
どの子も目元は見えないが、どうやら口論になっている…。
「…皆、お茶にしない?みかん持ってきたんだ…」
そう自分が言ったところで、目の前が真っ白になった。
◇ ◇ ◇
「この作戦、きっと私たち1YB3Hの最初で最後の作戦」
場面が少し飛んだのか、黒髪ロングの女性がそう自分に話しかけてきた。
どうやら自分たちは何か重要な作戦に出撃する事になるらしい。
「どうしてこれが僕たちの最後の…なの?」
ふと自分が声を発しているのがわかった。
だが自分が話したくて話しているわけではない。
意識とは関係なく自分の声がした。
「私たち1YB3Hはね、全滅覚悟の、寄せ集めの、ハンパ者の、囮艦隊なのよ!!」
黒髪ショートヘアの女性がそう断言した。
その声に自分は茫然とするしかなかった。
「けれど、そんなことはさせない…提督と共に出来るだけの準備をする。私たちの提督なら…ずっと共にいたのだから。他の者たちにハンパ者なんて言わせるか絶対!私たち、二戦隊は…!」
「第一部隊、第三部隊よ」
「……私たち1YB3Hは…!」
ショートヘアーの女性とロングヘアーの女性がそれぞれ断言した。
「……沈まない。必ず帰ってくる」
何かを思い出したかのように、時雨は呟いた。
◇ ◇ ◇
「―――!?」
呟いた瞬間だった。
気が付くと自分たちはもう既に大海原に出撃していた。
空を飛ぶ艦載機。そして敵軍とも思われる艦載機群。
まだ、自分は夢の中にいる。時雨はそう錯覚で来た。
「くそっ…!」
兎に角主砲と副砲で火の粉を打ち落とす勢いで敵機を打ち落とす。
四方八方、無我夢中になって打ちまくる。
東を向けば西、西を向けば南、南を向けば北…文字通りの四方八方からの敵軍だった。
どれだけの弾を打ったか。どれだけ必死になった事か。
何とか味方の活躍もあって敵機は離脱したのだった。
◇ ◇ ◇
「―――――」
どれだけ海の上を進んだろうか。
自分は気を失っていたのだろうか。
月が上がり、向かうべき場所の赤い海が見えてくる。
ふと見ると、黒髪ロングヘアの女性の武装が酷く燃えているではないか。
「姉さまは私の後ろを…!~~~、並びに~~は右舷を守って。~~~は左舷をお願い」
名前の部分は混沌とする意識の中、よく聞こえなかった。
だが、どうやら自分は護衛に着く必要があるようだ。
赤き空…中枢が、近づいてくる。
その中で時雨はふと目を閉じた…。
◇ ◇ ◇
「―――!?」
砲撃の音でハッとした。
まだ終わらなかった。
火の粉が舞い、砲撃も爆発も炸裂する。
だが、少なくとも劣勢ではない。
自分たちと同じような人間たちが、敵軍を駆逐している。
仲間たちが助けに来てくれた!そう思われた。
だが
「ココ…ハ…トオレナイシ……。……トオサナイ……ヨォォォォォ……ッ!」
その声と共に、視界に入っていた敵の首領は敵軍の一部を吸収し、力を蓄えたかと思えば巨大化したではないか!
「何、これ…」
自分はそう呟くことしか出来なかった。
あまりにも巨大すぎる敵の前に自分は立ちすくむしかなかった。
意識が朦朧とする中で必死になって武器を構えるも、次の瞬間には砲弾が命中して思いっきり海にたたきつけられた。
「っ…!」
何とか立ち上がるも、顔からは血が出ていた。
艤装も破損し、間違えなく攻撃力は低下しているだろう。
だが、このままでは勝てない。
どうすれば突破口を見出せるか?
そう思った瞬間だった。
「斉射、始め!!」
友軍の砲撃が始まった。かなりの数の砲弾が飛び交っている。
爆発と爆風が海に響き渡る。
敵の首領は間違えなくダメージを受けている。
度重なる友軍の支援により、かなり混乱している。
その隙を縫ってダメージを追っている緑髪ショートヘアの女性の傷に応急処置を施す。
だが、その最中だった。
「時雨、どこにいるの!?付いてらっしゃい!!」
自分を呼ぶ声がした。行かなくては。
破損した武装の一部を切り離し、身軽になった状態で声の方向へと向かう。
声の主は黒髪ショートヘアのあの人物だった。
「いい?私が突入するわ。援護しなさい!」
「―――!」
その言葉に理解を通し、2人で互いに敵軍の中枢へと向かう。
砲撃の中を、まるで針の筵を縫うかのように突き抜けていく。
そして目前までたどり着いたその時だった。
「時雨!」
その声の方向を向くと、黒髪ショートヘアの彼女が海面から跳ね上がっていた。
それに合わせて、慌てて両腕で足場を作る。
そして足場を彼女が踏みつけた瞬間、思い切り腕を上げる。
空を舞う彼女。狙いは間違えなく中枢の敵首領だった。
そして次の瞬間!
「沈めえぇぇぇぇぇぇぇっっ!!!!!」
怒りの砲撃、そして爆発。
爆発と共に敵首領がいた、その本陣は崩れ落ちていく…。
辺り一帯を巻き込む大爆発に、時雨が巻き込まれたのは言うまでもない。
爆発に巻き込まれた先に見えたあの人物に、右手を伸ばした。
恐怖と絶望で声すら出なかった。ただ目の前が赤い炎で包まれていく。
ああ、自分はどうすればよかったんだ…
―――そう思った瞬間、再び自分は意識を失った。
◇ ◇ ◇
―――ドサッ!!
嫌な音がした。
全身を叩きつけたのか、体中のいたるところが痛い。
どうやら自分はベッドから転げ落ちてしまったようだ。
「あ、あぐ……」
またあの夢だった。
長く長く、長すぎる夢だった。
しかも今回は爆発に巻きこなれて目の前が真っ白になった。
大きな武装をしたあの黒髪ショートヘアの女性はどうなってしまったのか。
時雨には分からなかった。
窓の外はただ日が指すばかり。悪夢とは関係ないように、青空が広がっていた。
すると、ドアをノックする音が聞こえた。すぐに扉が開く。
そこにいたのは自分がよく知っている顔の雇主…ハルカだった。
バタバタと心配そうに部屋に入ってきた。
「だ、大丈夫ですか!?今物凄い音がしたので来たんですけど…」
「な…何とか」
時雨には答えることが出来なかった。
あんな夢を見て唸り声を上げるなと言われたら逆に無理だ。
異形の敵たちとの大決戦。
砲弾が空を舞い、魚雷が海を進み、空は闇に包まれ、巨大な敵に抗い続けた。
恐怖で精神が崩壊しそうになった。
だが、そんな悪夢を見ていたと言ってもきっと彼女は信じてくれないだろう。
口をつぐむしかなかった。
「ケガはないみたいですね、よかった。あ、ご飯はもうできてますので…」
「…ありがとう、ございます」
そう言って布団を整えた時雨は、落ちた布団を整えてハルカと共に部屋を出るのだった。
――――時雨の目覚めから数時間後の昼間。
カーファクトリーピットに一人の女性が訪れた。
その人物は封筒を持っており、時雨にそれを手渡したのだった。
「…待ってますよ」
帽子をかぶったモブらしき女性が時雨に手渡したもの、それこそが挑戦状…であり、「招待状」だった。
そう言って彼女は愛車であるFTOに乗って何処かへと去っていったのだった。
急いで奈美子を呼び出し、挑戦状が来たことを告げる。
「…招待状?」
招待状の封を切り、手紙を見る。
どうやらバトルの申し込みと見て間違えないようだ。
待ち合わせの場所は、第3の峠である
「第一寄木、峠…か。でも困ったな…」
「話はもう伝わってるはずなんだから、少しは考えて挑戦状を送って欲しいところよね…」
時雨と奈美子は困惑するしかなかった。
ジュンとのバトルから3日ほど経ったが、ずっと使っていたワンエイティは廃車となっていまや「ピット」の奥に眠っている。
部品取り用としてマシン自体は残っているが、エンジンが破損した時の衝撃でいくつかのパーツは駄目になってしまっていたのだった。
何にせよボディもエンジンも完全に再起不能と言ってもいい状態だった。
あまり急ぎではないと思われるが、それでもこういうバトルを断るのは走り屋としての掟に反するものなのだろうと時雨は思っていた。
それを見かねたハルカがある提案をしてくる。
「時雨さん、次の車が決まるまで私のロードスターを使ってみませんか?」
「…え?」
ハルカの提案、それはハルカが本来マイカーとして所有するNCロードスターを借りてバトルに挑むというものだった。
「ここではバトルを受けちゃった以上、断るという事はあまりいい印象がしませんしね…」
「でも…ハルカちゃん、本当にいいの?」
「いいんです。それに…時雨さんにとってもいい経験になると思います」
「どういうこと?」
「時雨さんはずっと、あのワンエイティに乗ってきたわけですよね?」
「うん…」
「他の車に乗る事で、きっと今までの自分がどういう走りをしていたのかとか…色々と考えさせられると思うんですよ。走り屋って言うのはやはり経験がものを言いますからね…」
「それは…そうなのかもしれないけど、ハルカさんのロードスターって、今までのワンエイティと馬力とかも違うんじゃないかな…」
「確かにあのワンエイティに比べると軽量でコンパクトなマシンですけど、馬力自体は170馬力で時雨さんが今まで乗ってきたあのワンエイティと大差ないんですよ。あ、でもNAエンジンなんですけどね」
「NAエンジン…?」
「一言で言えばターボが搭載されていない自然吸気エンジンね。本来NAエンジンはターボ車両より非力なんだけど…ワンエイティとNCロードスターじゃ10年以上生まれた年が違うからね」
「え…。ワンエイティって、そんなに古い車だったの?」
「はい…あのワンエイティに搭載されているエンジンはマイナーチェンジ前の初期の初期なので、下手したら20年近く違うんです」
「そうだったんだ…」
「でも、時雨ならきっと乗りこなせると思うわ!それに私はこのチャンスを生かしてみるのもいい経験になると思う。ハルカちゃんも使っていいって言ってるし…どうする?」
「……じゃあ、乗ってみようかな」
「わかりましたー!時雨さんのワンエイティに付けてたニトロとECU、タイヤくらいなら問題なさそうだったので、すぐ取り付けちゃいますね!」
そう言ってハルカはワンエイティに取り付けられていた汎用のニトロキット、ECU、タイヤをすぐにNCロードスターに取り付けるのだった。
◇ ◇ ◇
整備が終わった後、ガレージに止まっていたNCロードスターに時雨と奈美子は乗り込んだ。
エンジンキーを回しマシンを始動させる。
「…これが、NAエンジン」
「どう?エンジンを掛けてみて…」
「うん…何か、今までとは違う感じ…」
「必ずしもワンエイティ以上にパワーがあるという訳ではないけど、きっと乗りやすいマシンになっていると思うわ。マシン自体もワンエイティよりコンパクトだし、少し無茶をしてもリカバリーが効くマシンだと思う」
奈美子が説明するように言った。
いままでのワンエイティに比べると、エンジンは透き通るような音だった。
だが整備がよっぽどされているのか、車の心地よさすら感じる。
前のマシンがどれほどひどかったのかも思いしれた。
すると、右ドアの窓をハルカがノックしてるのに気がついた。
ボタンを押して窓を開ける。
「その車は加速寄りのセッティングにしているので、ある程度格上のマシンにも敵うことは出来ると思いますよ」
「そうなんだ」
「少しチューニングがされていますが、時雨さんならきっとすぐに乗りこなせるはずです!」
「うん…この車、ちょっと乗ってみようと思う。今は…待っている人たちがいるしね。頑張るよ」
「じゃあ、行きましょうか時雨。相手が待つ峠…寄木峠へ!」
「……」
時雨はコクリと頷き、窓を閉めてギアをDレンジに変える。
クリープ現象で動き出したNCロードスターを、ゆっくりと動かしてガレージから出すのだった。
「お気をつけて~!」
ガレージから抜け出したNCロードスターを、ハルカは手を振って見送ったのだった。
―――30分後。
時雨たちは第一寄木峠の往路スタート地点パーキングにいた。
第一寄木峠を2往復したあとにNCロードスターを駐車場に止め、車を降りてドライバーたちを探す。
「寄木峠…少しだけ走ったけど、バトルとなると…」
「ええ。多少はコースも分かったと思うけれど、バトルとなると話は別よ。気を付けてね、時雨」
「…うん」
すると時雨は持っていた封筒を見てふと不思議に思った事を言った。
「…『お茶会への招待状』、か」
「それ、ホント不思議な挑戦状よね。ってあれ?あの車は…」
ノロノロと駐車場に入ってきたのは赤黒ツートンのAE86。
駐車場の一角に駐車したその車から出てきたのは、見覚えのあるアフロ男だった。
「よぉ、二人とも!やっぱりここにいやがったか」
「ヒロシ?なんでここに…」
「おめぇら二人が挑戦状を受け取ったって聞いてなぁ。気になって来ちまったんだぜぇ」
「もうそんな噂が?」
「それに寄木峠は女の子のドライバーも多いと聞いてるし、一目見ておこうと思ったんだ!」
「そ、そうなんだ」
「…おめでたいわね。本当にそうだったらこんな峠なんて待ち合わせ場所には…ってあれ?」
ヒロシに呆れた奈美子の視線に入ったのは、赤いS15シルビアの付近で待つ女性ドライバーの集団と、中心にいるロリータファッションの衣装に包まれた女性だった。
時雨たちを見ると、当の衣装に包んだ大人しそうな女性がこちらにやってくる。
「あれは…」
「ほら、言ったとおりだろ?…っておい、こっちに来るぞ。まさかあれが差出人の姉ちゃんじゃねえか?予想通りのお嬢様っぷりだぜぇ…!」
どうやら、この女性が刺客のようだ。
たくし上げた女性は時雨と奈美子に挨拶してきた。
「ようこそ秘密の花園へ…わたくしは女性だけのチーム、『ガールドラッシュ』の一員、『夢の国のアリス』ですわ。あなたが時雨さん…そして奈美子さんですわね?」
「うん、僕が時雨さ。…この挑戦状は、あなたが?」
時雨が封筒と手紙を見せた。
「ええ、確かに。…この度は遠路はるばる寄木峠にお越しくださいましたことを、感謝申し上げます。」
「結構礼儀正しいのね…。でも私たちも、『ガールドラッシュ』の人に会いたいところだったの!」
「では早速ですが、私達の挑戦を受けて頂けませんでしょうか?」
「…いいよ。勝負しようか」
「それではわたくしのお友達のチーム、『ワンダーランド』のミカさんがお相手して差し上げます!」
「わかった…始めよう」
「ミカさん、準備はよろしくて?」
「はい、いつでも行けます!」
そう言ってアリスに声をかけられた女性が、スタート地点へとマシンを動かすのだった。
そしてそれに合わせて時雨と奈美子もロードスターに乗り込み、マシンを移動させていく。
推奨BGM:BLUE(from SUPER EUROBEAT vol.154)
―――vsミカ
相手の車は赤色のFTO。
左レーン、FTO。右レーン、NCロードスター。
寄木峠は複数のトンネルと直角コーナーが連続する、低速域と高速域が融合するコースである。
そしてこのコースを牛耳るチームのメンバーは皆…時雨と同じ、女だった。
「……」
時雨はどこかこわばった感情を抱いていた。
如何せん借り物のマシンだ。
壊すわけにはいかないが、多少走っただけではマシンの性能もよくわからない。
しかもバトルとなれば初めての峠。
コンディション上時雨が圧倒的にアウェーだった。
だが、勝負には勝つ必要がある。何が何でも勝つ必要がある。
ハンドルを握る手に気合いが入った。
アクセルを踏み込んでエンジンの感覚を確かめつつカウントダウンを待った。
カーナビにカウントが表示される。
3
2
1
GO!
カウントが変わった瞬間、Dレンジに変えてアクセルを踏み込む。
2台がロケットスタートで加速していく。
加速自体はほぼ五分と言ったところだろう。
スタート地点から目と鼻の先、早々に左ヘアピンコーナーが迫る。
2台がサイドバイサイドの状態で突入していく。
「(今までの走りが、本当にこの車でも出来るのか…!?)」
お得意のフェイントモーションが出来るのか時雨には不安な節があった。
アウト寄りのコーナーではフェイントモーションを多用するのが時雨の走りだった。
同じFRだがターボはない。さらにマシン自体も小型で軽量。
あのドリフトがこの車でも出来るのか?
あの加速がこの車でも出来るのか?
その思いを胸に、第1コーナーに突入する。
「…っ!」
スタート直後で速度が乗っていない車を、アクセルオフからブレーキをフラッシュさせるように踏んで一瞬だけハンドルを右に切る。そしてブレーキを抜いた状態で、ハンドルを一気に左に切った。
ドリフトラインを踏みつけた…そう認識した直後にアクセルを踏む。
「(出来た…けど…!)」
マシンは一気に左を向き、ドリフトしていく。
だが、そのドリフトアングル…角度は自分の想像以上だった。
明らかにカウンターを当てないとスピンしてしまいそうな角度であった。
ハーフスピン寸前の状態でカウンターを当て、一気にハンドルを右に曲げる。
ヘアピンカーブにおける横滑りする視線の中で、何とか意識を保ち続ける。
そしてコーナー出口。アクセルオフにした上でカウンターのハンドルをニュートラルに戻し、ドリフトラインを踏みつけた直後、再びアクセルを蹴るように踏み込んだ。
「…!」
加速が、伸びる。
ワンエイティの時よりも加速が良いように思える。
しかも思いのほかワンエイティよりもコーナーリングスピードが速いようにも思える。
FTOとはコーナーの内側と外側の差もあって15m程引き離されていたが、まだ序盤なのでいくらでもチャンスはあった。
第2コーナーが迫る。
第2コーナーはトンネル丸ごとがコーナーで、右高速コーナー。
ドリフトラインが迫る。
アクセルオフにし、ハンドルを右にぐいと曲げる。
そして曲げたかと思えばすぐにハンドルを左に切ってカウンターを当て、アクセルを再び踏み込む。
「っ…!」
ハンドルが軽い。ワンエイティの時よりも曲がる感覚がある。
だが、それだからこそ曲げすぎてしまう。
壁スレスレのインベタの状態でコーナーを駆け抜けていく。
100キロ以上でドリフトしてる最中、トンネルを抜ける直前でドリフトラインが見えた。
あっという間にドリフトラインが迫る。
トンネルのライトにドリフトラインが光っているのが見えた。
そして前輪がドリフトラインを踏みつけようとした瞬間、アクセルを一度抜いてハンドルをニュートラルに。
直後ドリフトラインを踏みつけた瞬間、アクセルを再び全開まで踏み込んだ。
「(あの車、やっぱり捨て値で売られていたって言うのもわかる気がする…)」
ここでの加速もワンエイティの時以上だった。
明らかにこの車は速い。
前を走るFTOにも楽についていく事が出来る。
ヘアピンで付いた距離差は、みるみる縮まっている事に気が付いた。
幾らメンテナンスを施さされているとはいえ、根幹のパーツなどが劣化しているようじゃマシンの本気は出せるはずがない…そんな当たり前のことを、時雨は今更気が付いた。
トンネルを抜けた先、再びトンネルがありそこも右高速コーナーのドリフトラインがあった。
2回連続の右高速コーナーと言えば、いくらでもチャンスはあった。
入口のドリフトラインを踏みつける。
アクセルオフからハンドルを右に曲げる事で慣性でマシンをスライドさせ、アクセルオンで左にカウンターを当てた。
先ほどよりもハンドルを右に曲げる角度を多少抑える事で、マシンの走行ラインは多少コーナーのセンター寄りになった。
だが、少なくとも際どいラインにはならなかったはずである。
すぐにコーナー出口が迫る。
再びアクセルオフにしてからハンドルをニュートラルにして、ドリフトラインを踏みつけた瞬間にアクセルを踏み込む。
マシンはさらに加速していく。
あっという間にNCロードスターは、立ち上がりでFTOをオーバーテイクした。そして差はどんどんと開く。
「っ…!!」
FTOのドライバーは驚愕するしかなかった。
最初のヘアピンでの差がたった2つのコーナーで一気に縮まって追い抜かれてしまった。
言葉で書くだけでも驚愕するしかない。
「(これが…NCロードスター)」
一方で時雨は、マシンの軽さと身軽さを感じ取っていた。
この車はワンエイティよりもコーナーで速い。
しかも自分がワンエイティで培った技術をここでも応用できる。
だからこそ、より速く走れる。
だが、一方でこんな事も思っていた。
「(あの感覚は…この車にはない)」
時雨はワンエイティの時に感じ取っていた、体や車が燃え盛るような感覚を覚えていた。
周りの音が聞こえなくなり、視野が狭くなり、速く走っているように錯覚させられるあの感覚。
だが、このNCロードスターからは一切それを感じることが出来ない。
このマシンにあの感覚が重なれば、さらに速くなれるのではないか?
そう時雨は思っていた。
目の前に、第4、第5、第6の連続コーナーが迫る。
どのコーナーも高速コーナーばかり。
第4コーナーの左コーナーが迫る。
だがアクセルオフからハンドルを右に多少切り、ブレーキを軽く踏んだ上でハンドルを左に切り返した瞬間だった。
「っ…!?」
ハンドルを曲げた瞬間、マシンが一気にくいと曲がった感覚になった。
マシンの車重が軽い分、コーナーでも軽やかに曲がることが出来る。
だが言い返せば曲げすぎてしまうリスク…オーバーステアもあり得るという事だ。
センターポールギリギリにマシンノーズが迫った。
カウンターの角度を余計に付け、なんとか接触は避けた。
「(ダメだ…!軽いこの車じゃ、曲がりすぎて逆に扱いづらい…!)」
よりにもよってフェイントモーションが足枷になった。
この車でフェイントモーションはヘアピン以外必要ないのかもしれない…そう時雨は思った。
だが、ワンエイティに慣れてしまうとあの感覚のまま走りたいと思っていた。
コーナー出口でアクセルオフにした上でハンドルをニュートラルにして、再びアクセルを踏む。
加速はワンエイティの時以上だった。
「(速いけど…軽やかすぎる!)」
時雨にとってはワンエイティにはどこか重厚さがあるように思えた。
しかしこのNCロードスターはそれがあまり感じられない。
ワンエイティとNCロードスターの間には100キロの車重差があるが、それを時雨は感じ取っていた。
ワンエイティと同じように走る事はこの車にはできない。
だが、出来ればあの感覚のまま走り続けたい。
第5コーナー、最終第6コーナーを駆け抜ける間も、時雨はずっとそう思い続けていた。
「ダメだ…追いつけない……!」
一方で、FTOのドライバーは完全に防戦一方だった。
相手の軽やかさに、自分のドリフトが追いつけない。
もはや白旗を上げた方がいいと心の底では思っていた。
そして第6コーナーを抜けた後、トンネルの出口の先に映っていたのは…既にゴールラインを駆け抜けたNCロードスターの姿であった。
「(あの時までみたいに速く走るには、やっぱり僕にはワンエイティしかない…)」
ゴールラインを駆け抜けた時雨は、そう確信するのだった。
ワンエイティに乗り続けていた事、それが時雨への足枷になっていた。
ワンエイティじゃないと、あの車と似た車じゃないと自分は速く走れない。
そう時雨は確信するしかなかった。
◇ ◇ ◇
―――第一寄木峠往路スタート地点駐車場。
「すいませんアリスさん!負けました…」
時雨の対戦相手は申し訳なさそうに、アリスに結果を報告する。
その知らせにアリスは多少驚いたようだった。
どうやら彼女がこうもあっさりと破られるとは思っていなかったようだ。
「み、ミカさんがやられるなんて…。でも『ワンダーランド』の力はこんなものではありませんのよ!」
アリスは次の相手を指名するかのように部下の一人に目線を合わせ、時雨とバトルをするように促す。
「…何だっていいさ。誰だって相手になるよ」
一方の時雨は、挑戦者を求めるように言って次の相手を待ち構えるのだった。
◇ ◇ ◇
―――同じころ、カーファクトリー・ピット。
ショップの呼び出しベルが鳴り、店先に向かうハルカ。
するとそこにいたのは、これもまた見覚えのある顔の人物だった。
「よう、お嬢ちゃん!」
「と、トオルさん!?」
テンガロンハットをかぶった革ベストの男…神風のトオルだった。
誰かを探すように店に視線を向ける。
「実は時雨に話があったんだけどな…今あいつはいるか?」
「あの…今さっき、行き違いで…」
ハルカは「ガールドラッシュ」のメンバーから挑戦状が来たことを話した。
「そうか……ってなると、寄木峠に行ったんだな?」
「はい…」
すると、トオルはある疑問が浮かんだ。
「…ん、ちょっと待ってくれ。あいつは車を今持っていないんだろう?じゃあどうやって…」
「私のNCロードスターをお貸ししたんです」
「嬢ちゃんのNCロードスターを?」
「はい…ニトロとかタイヤは大丈夫そうだったので取り付けたのですが」
「…そうか。まあでもガールドラッシュの連中はそれなりの腕利きと聞くからな…」
トオルの予測では下っ端レベルのチームなら勝てるだろうが、四天王の一人には勝てるとは思わない…それがトオルの算段だった。
だが一方でこれは今のうちに例の話をしてしまった方が得策だろう…そうトオルは思ったのだった。
「よし分かった。ちょっと寄木峠に行ってくる」
「え、今からですか?」
「ああ。この話は時雨に直接伝えた方がいいと思ってな…」
「わ、わかりました。お気をつけて」
「だがもし時雨がここに戻ってきたなら、俺が来た事と『新しい車の目途がついた』とだけ伝えておいてくれ」
「は、はい。伝えておきます」
「それじゃ、邪魔したな!」
そう言ってショップを去ったトオルは、颯爽と寄木峠へとBRZを走らせるのであった。
―――最初の相手とバトルして30分程が経った。
「ワンダーランド」のメンバーたちは殆どが時雨に敗れていた。
もはや残っているメンバーはリーダーのアリスと数名程度だった。
「さて、どうかな…僕とバトルしてほしい」
S15シルビアの前で待っていたアリスに、時雨が話しかけた。
アリスは多少動揺しつつも、ある程度は覚悟はしていたようだった。
「まさか『ワンダーランド』の皆さんにここまで…。こうなれば仕方ありませんわ。わたくし自らお相手致します!必殺の『ハンプティ・ダンプティ走法』、見せてあげますわ!」
「…いいさ。始めよう」
そう言ってアリスは自分のマシンに、そして時雨と奈美子は再びロードスターに乗り込むのだった。
◇ ◇ ◇
推奨BGM:GIVE ME YOUR LOVE(from SUPER EUROBEAT vol.158)
―――vs夢の国のアリス
相手の車は赤のS15シルビア。
左レーン、S15シルビア。右レーン、NCロードスター。
コースは復路。
相手の車はターボが搭載されているspec-RのS15シルビア。
とはいえ、時雨が絶対に不利という訳では必ずしもなかった。
自分のマシンの軽やかさ。
これを生かしてドリフトしていけばチャンスはいくらだってある。そう思っていた。
だが、未だにこの車の特性は掴んだようで掴めない。
本当に勝てるかどうか不安な面もあった。
「……やれることを、やるまでだ」
時雨は自分自身を奮い立たせるようにそう一人呟いた。
カーナビにカウントが表示される。
3
2
1
GO!
「っ……!」
「…!」
ギアを1速に入れたアリス。
ギアをDレンジに入れた時雨。
互いにアクセルを踏み込み、バックファイアーが2台のマフラーから噴き出たのと同時に加速していく。
出だしはS15シルビアが前に一歩出た。
最初のトンネルに入る。
第1コーナーはこのトンネルの終盤にある高速右コーナーだった。
「っ…!」
サイドブレーキを引き、ドリフトさせるアリス。
S15シルビアが白煙を上げてドリフトする。
一方のNCロードスターはコーナーの壁スレスレまでマシンを寄せ、リアを派手に曲げながらドリフトしていた。
「(速い…!)」
アリスはそう言いながらも、S15シルビアをハンドル調整しながら駆け抜けていく。
そしてトンネル出口のドリフトライン。
ニュートラルにハンドルを戻し、アクセルを踏み込む。
一歩先にいたNCロードスターだが、加速でS15シルビアに食らいつかれていた。
「(やはりロードスターですわね…)」
アリス自身あのNCロードスターに何か細工がされているのではないかと思っていたが、そういうわけではない事に安堵した。
クラッチを切ってシフトアップしたかと思いきや、アクセルを踏み込んでロードスターを引き離しにかかる。
「っ…!」
時雨自身理解していたが、やはりS15シルビアとNCロードスターの差は大きい。
相手は250馬力、自分は170馬力。
普通にストレート勝負では太刀打ちできない。
それどころか左コーナーでも相手に先手を取られてしまう可能性が高い。
高速コーナーが多く、機敏な動作が必要とされるこのコースでは思った以上に差は開いていなかった。
だが、何とかして手を打たないと勝てない。
第2コーナーの高速左コーナー。
速度を維持するためにアクセルオフでのドリフトを余儀なくされる。
ドリフトライン直前でアクセルオフ、そのままハンドルを左に切ってタイヤを滑らせる。
そしてタイヤが滑った瞬間にアクセルを踏み込み、カウンターを当てる。
直ぐにコーナー出口が迫る。
アクセルオフにした直後、ハンドルをニュートラルにするようにせわしなく動く。
ドリフトラインを踏みつけた瞬間、アクセルを再び踏む。
だが、視界に入ったのは赤いS15シルビアの姿だった。
1つのコーナーであっという間に差を詰められ、追い抜かれてしまった。
「(コーナーだけでなく、短いストレートだけでも差が付く…!)」
相手に有利な左コーナーだけでなく、短いストレートでもその差はみるみる広がっていった。
明らかにS15シルビアの方がストレートでも速いのである。
第3コーナーでなんとかS15の前に出るものの、直後のストレートでオーバーテイクされてしまった。
S15シルビアとの距離差が広まる中迫ってくる第4コーナー、第5コーナーは、どちらも時雨に不利な左高速コーナーだった。
両者ともそれぞれトンネルの入口と出口に存在するコーナーであるが、ドリフトラインを踏みつける直前にブレーキを最小限に踏み、左に曲げるハンドルの舵角も最小限まで抑え、アクセルを踏み続ける事でNCロードスターは何とかS15に追いつかんとする。
100キロ近くでのドリフトが続いた。
だがそれでも、相手に有利な条件ばかりが続いたことで、その差は徐々に広がるばかりだった。
そして第4コーナーの直後にあるストレートでも、その差は広がるばかりだった。
「(ここまで来れば…もう大丈夫でしょうか)」
第4コーナーを走り抜けたアリスはどこか安堵したかのように思った。
序盤のコーナーではNCロードスターに先手を取られたが、それ以降のコーナーでは基本的にS15シルビアが馬力差もあって追いつき、差を広げていった。
あっというまに車1台分ほどの距離が広がった。
最終コーナーである右ヘアピンが迫る。
アリスは「このコーナーを無難に抑える事さえできれば勝つことが出来る」…そう思っていた。
油断しないように早めにブレーキを踏み、適正スピードまでマシンをコントロールする。
速度は60キロ台まで減速した。
「(こうなった以上、最後の賭けだ…)」
息を止めるような展開だった。
それでも時雨は最後の最後まで諦めるつもりは一切なかった。
最終右ヘアピンコーナー。ここに自分が出来る事を最大限施す。
そのつもりだった。
ドリフトし始めたS15を追いかけ、オーバースピード気味にNCロードスターはコーナーに突入する。
「(やるしか…ない!)」
ブレーキをガツンと踏み、ハンドルをぐいと曲げてテールを滑らせる。
レーンの外側から一気に内側に迫るNCロードスター。
壁スレスレまでフロントが迫り、ハンドルを左に曲げてカウンターが当てる。
クリッピングポイントスレスレを駆け抜けたNCロードスターは、ヘアピンコーナーのインを最大限に攻めていたこともあり、S15シルビアとの距離差は確実に縮まっていた。
そして、その瞬間だった。
「(ここ、だ…!)」
ニトロスイッチに左手親指が伸びた。
マシンは80キロ台から一気に加速する。
コーナー出口でセンターポールギリギリまでラインが膨らむも、ハンドルをニュートラルにしてアクセルを全開に踏み込んだ。
時雨に有利なコーナーであったもあって、S15シルビアとNCロードスターの距離差はテールトゥノーズの状態にあった。そして…次の瞬間には速度差でサイドバイサイドからオーバーテイクに成功した。
あっという間にNCロードスターがS15シルビアを追い抜いたのだった。
「(ま、まさか…っ!)」
ニトロを使わずに逃げられると思っていたアリス。
まさか最後の最後で諦めずにニトロを使ってくるとは…油断していた。
急いで右手でニトロスイッチを押し、S15を強引に加速させる。
だが失速していたこともあり、立ち上がりではもとよりロードスターより加速が劣っていた。
そしてなんとかNCロードスターに食らいこうとするS15シルビアは、テールトゥノーズの状態からNCロードスターとの差がほぼ互角と言っていい程まで縮まった。
S15シルビアが加速で食らいつき、ニトロを使っていたNCロードスターに肉薄する。
そしてその瞬間、2台が駆け抜けたのはゴールラインだった。
「そんな…」
「………」
―――勝者、時雨。
NCロードスターとS15シルビアの差はNCロードスターがノースの数十センチをなんとか先行していたことで決着となったのだった。
―――往路スタート地点駐車場。
「あ…危なかった…」
駐車場で停止したNCロードスターの車内で、サイドブレーキを引いた時雨はそう静かに呟いた。
「何とか勝てたわね…時雨、この車で本気のドライブをしたと思うけど、どうだった?」
一息ついた時雨に対し、車の感想を求めるかのように奈美子が話しかけた。
「…このロードスター…は軽くて、ワンエイティ以上に機敏に走れると思っている。でも、この車じゃ駄目だ…純粋にパワーがあのワンエイティと同じくらい足りない…それに、ワンエイティでの感覚がこの車では生かせない…」
時雨自身、ロードスターの非力さについては走っているうちにある程度は痛感したようだった。
やはりCA18のワンエイティとNCロードスターはあまり馬力に差が無い事を考えると、非力さを感じても仕方ない話ではあろう。
「感覚…そっか」
「早めに車を探さないと、いけないね」
「…そうね」
そう結論を出したところで時雨は車から降りた。奈美子もつられて降りた。
「うおー時雨ちゃん!見事だったぜ。やっぱり速いなあホント!」
駐車したNCロードスターに駆け寄ってくるアフロのヒロシ。
口調からしても、調子がよさそうにヒロシは時雨の事を褒めていた。
「…まあまあかな」
その言葉に時雨は口をごまかすことしか出来なかった。
そして横に止まったS15シルビアから出てきたアリスが、時雨と奈美子に話しかける。
「…何という事でしょう。わたくし、敗北を喫してしまいましたわ。まだまだレッスンが足りませんわね」
「僕達の勝ちだね。じゃあ…奈美子から聞きたいことがあるから、聞いてあげて欲しい」
「聞きたいこと、でしょうか?」
そうアリスが言ったところで、奈美子が気になっていた質問をする。
「あなたでも他の人でもいいわ。『皇帝』に会ったことがある人っていたりする?」
「えっ!!…『皇帝』ですか…」
奈美子が皇帝という言葉を言うと、アリスの顔はサッと曇った。
しどろもどろしてどうやら答える事にかなり躊躇しているようだ。
「はい…え、と、そ、それについてはイズミさんから箝口令がしかれていまして…わ、わたくしからはお伝えする事ができないんですの…」
「イズミ、さん?」
「イズミって確か…四天王の1人で、おめぇたちのリーダーの事だよな?」
「はい…」
「何だ…?チームと『皇帝』の間に、何かあったってのか?」
そうヒロシが質問した瞬間だった。
「模索しようとしても無駄だ。『皇帝』に関する話は、私たちのチームの中では…タブーなのだ」
そう言って突如現れた、全身ラバースーツの女性。
時雨たちに話があるようだ。
「時雨と奈美子とやら…我々はお前たちに何も伝える気はない。即刻帰りたまえ」
「え…でも」
「そうよ!そう言われて『ハイ分かりました』と簡単に引き下がるわけにはいかないわ!」
「ミサオさん…!こ、この方たち、『皇帝』について情報を集めている方々で…その…」
そうアリスは言うも、何かに気が付いたのか口をつぐんだ。
「全て調べは付いているさ…。ところでアリス、お前は口を滑らせたりしてはいないだろうな?」
「いえ…イズミさんから箝口令が敷かれてますし、忘れてしまいたい話ばかりですし…」
「…ならいい。黙っていればいい」
ラバースーツの女性がそう言ったところで、ヒロシが話しかける。
「おいおい、姉ちゃん。どうしたって言うんだよ?ちょっとくらい教えてくれたっていいじゃねえかよ~?」
「フン…『神風連合』の鉄砲玉、『アフロのヒロシ』か。この者たちに散々な目に遭わされたくせに尻尾を振って徒党を組むとは…見下げた男だな」
「な、何をぉ~!!言ってくれるじゃねえか!!俺様とナビ子と時雨ちゃんはもうすっかりマブダチなんだよ!固い絆で結ばれてるんだぜぇ!?」
「いや、僕は別に…」
「時雨、水を差すのはやめなさい」
「……」
時雨が「いつの間にそんなことになっているのか」、と口に出そうとしたところを奈美子に止められた。
「とにかく、リーダーの許可なしには『皇帝』について話すことは何もない。帰りたまえ」
「…そうはいかないわ!いくらチーム総出で隠されても、『皇帝」についての情報なら…私たちはそれを知りたいの!」
「フン…バトルは避けられないようだな…!改めて自己紹介させてもらおう。私は『諜報員のミサオ』!まずは私のチーム、『シャドウズ』が相手をしてくれるわ!」
だが、一触即発の状態の中で声を上げた者がいた。
「ふ、二人とも、ちょっと待ってくれ!いくら何でも話が先に進み過ぎだ」
「え?」
「む?何だ、バトルをするつもりではないというのか?」
「…言っておくけど、この車は借り物なんだ。今日は事情を説明してやむなく貸してもらっているけど、先の連戦でマシン性能は間違えなく落ちている。この車じゃ間違えなく勝てない。少し時間をほしい」
「あ…!」
「…何だと?少し前にエンジンブローの情報は聞いていたが、新しく乗り換えたのではなかったのか?」
「違う、借り物だよ」
そう。時雨のマシンはあのワンエイティではなく借り物のNCロードスター。
ただでさえ相手が速くなる中で、それに今回の複数回のレースでコンディションが間違えなく低下している中で、これ以上無理をして破壊してしまったらもう顔が上がらない。
時雨は制止をかけるのだった。
「…では30分待ってやる。タイヤを取り換えろ」
「…!」
最低限タイヤを変える猶予だけはくれるようだ。
「我々も決して暇という訳ではないからな。無理なら残念だが…む?」
「この音は?」
「あっ、あれを見ろ!」
ミサオが言葉を続けようとしたその時だった、
ボクサーサウンドが遠くから響いてくる。
どうやら誰かが峠にやってきたようだ。
そして駐車場に姿を現した車…それは見覚えのある黄色のレーシングストライプを纏った、青色のBRZだった。
やってきたBRZは時雨たちに近づくようにして止まった。
「おーい、大丈夫かー!?」
BRZから降りてきたドライバーの顔は、時雨や奈美子でも顔なじみの顔であった。
「トオル!」
「と、トオルさん!?」
「どうしてここに?」
一同が口々に質問するも、車を止めたトオルは時雨を見て一目散にやってきた。
「遅れてすまなかったな、時雨。実はいい話があったから来たんだけど、ピットにいってもいなかったからな…ピットの嬢ちゃんに聞きだして、直接訪ねさせてもらったぜ」
「ハルカさんから…」
「…貴様、四天王の『神風のトオル』か?なぜここに?」
時雨と話すトオルの姿に、ミサオが疑問に思ったように質問する。
その言葉にトオルがミサオに視線を向ける。
「おっと、お前らは『ガールドラッシュ』の幹部の奴らか?」
「…そうだが」
一方でトオルも相手の事を軽く確認した。
「割り込んでわりぃな。だが時雨の車は借り物なんだ。セッティングが施されているとはいえノーマルに毛が生えたくらいのマシンらしいし、今日これ以上本気で走ると間違えなくマシンに支障をきたしちまうだろう」
「その話なら、先ほどもしたが…」
ミサオが多少うんざりしたかのように言った。
すると、トオルが思いもよらぬ言葉を口にした。
「だが安心してくれ、車の話はもうケリがついた」
「何だと?」
「えっ?」
「え…!」
「!?」
トオルの言葉にミサオだけでなく、時雨と奈美子、ヒロシは驚くしかなかった。
「ちょ、ちょっと待ってよトオル…車の話がケリがついたって、どういうこと?」
「まあ待てナビ子…というわけで嬢ちゃん。納車は数日以内に終わる見込みだが、どれくらい待てる?」
動揺する奈美子を横目に、トオルはミサオの方を向いて言った。
「…長くて1週間だ」
「1週間か…よし、そんだけありゃ十分だ。こいつらなら車を用意できるはずだし、待っててくれねぇか?」
トオルは納得したかのようにミサオに依頼した。
「…では、1週間後の夜10時にこの峠で待っている」
「ああ、頼んだぜ」
トオルの言葉にどこか納得したかのように、そう言って諜報員のミサオと夢の国のアリスは峠を去っていった。
アリスは普段以上に深々と頭を下げたように見えた。
駐車場には奈美子と時雨、そしてヒロシとトオルだけが残された。
「やれやれ、なんとかあいつらを撒くことが出来たな。だがここからが本題だぜ二人とも」
「…トオル、車のケリがついたって」
「ああ、確かに言ったな」
トオルに対して時雨が疑問に思ったかのように話しかけた。
「その話…本当なの?」
疑問に思ったかのように奈美子も言葉を口にする。
「本当だ。実は面白い車が見つかってな…俺としても興味があって、ポンと抽選に参加しちまったわけよ」
「抽選…?いやその前に興味があった、って?」
「時雨の実力を見込んで、俺が独断で車を注文しといたわけよ」
その話を聞いて、時雨と奈美子は愕然とするしかなかった。
「え…」
「そ、そんな勝手に…」
「まーホントは注文自体抽選販売だったからダメ元だったんだけど…なーんか不思議な事に抽選に当たっちまってな!ハッハッハ!」
「だからって…!」
「まさかトオルさん…」
ヒロシはトオルが時雨に対して入れ込んでいるのではないのかと察した。
だがその言葉の続きを話そうとしたとき、トオルはこんな事を言いだした。
「まあお金のことは安心しな。これは俺が買いたくて買ったんだ…正直お金はいらねえよ」
「え…」
「買いたくて買ったものを、時雨にプレゼントするって事なの…?」
「ああ。俺としても時雨の本当の実力に興味があるしな」
「……」
トオルは車をプレゼントする事を全くもって厭わないような表情で言った。
一方で時雨にとってはあまりにも複雑な感情でしかなかった。
よりにもよってこんな形で新しい車と乗る事が決まってしまうとは。
展開があまりにも急すぎて言葉が出る事が無かったのだった。
「3日後には届くらしい。その時には『ピット』に運んでやる」
「……」
「ま、ともかくそれまではじっくり待っていてくれよ」
トオルの言葉に、3人は言葉を失う事しかなかった。
ガールドラッシュの幹部を一人倒し、新たなマシンを待つことになった時雨。
意図しない形とはいえ、新車も用意される事となった。
果たして彼女を待つ新たなマシンとは一体…?
時雨の走り屋としての再起の物語が、ここから始まろうとしていた。
(第14話End)