「艦これ」いつかあの海で×ドリフトスピリッツ 2023 -いつかあの路で-   作:カービィ改二

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第18話です。
アイドルのイズミを含む「ガールドラッシュ」との寄木峠での最後の戦いが始まります。
果たして時雨はイズミにたどり着き、バトルに勝利できるのか?


act.18「Secret(アイドルの秘密)」

遂に時雨たちの前に現れた「ガールドラッシュ」のリーダーであり四天王の一人、アイドルのイズミ。

そんな彼女は「皇帝」の事を「最低の野郎」と見下していた。

だが皇帝の情報を聞きだすには彼女に勝利するしか方法はない。

寄木峠の戦いを制するのは誰か…?

ガールドラッシュと時雨の最後の戦いが始まろうとしていた。

 

 

 

―――第一寄木峠、往路スタート地点駐車場。18時半。

推奨BGM

 

辺りはすっかり暗くなり、街灯がついていた。

夜の峠が目覚めようとする中、イズミ達との話は続く。

 

「いけない、いけない~!『皇帝』の話になると、つい感情的になっちゃうわ!てへ!」

アイドルらしく感情を抑えようと振る舞うイズミ。

すると彼女に奈美子が食いついた。

 

「イズミ!私たちはその『皇帝』の話を聞きにここまで来たの!あなた達と『皇帝』の間に何があったか、教えてくれないかしら?」

奈美子の言葉にイズミは嫌そうな顔をしてこう言った。

 

「…誰かから聞かなかったのぉ?このチーム内で『皇帝』の話題はタブーなのよぉ?全くもう、ダメだぞ~。プンプン☆」

「うっひょぉぉ、イズミちゃんに怒られちゃったぜぇ!たまんねぇなぁ、おいおい!」

「…ヒロシは黙ってて」

「僕たちもその話は聞いているよ…でも、じゃあなぜタブーになったのか、それを含めて聞かせて欲しいんだ」

ヒロシがイズミの言葉に悶絶する中、そう時雨が依頼した。奈美子もその言葉にこくりと頷いた。

するとイズミがその言葉に反応して、ここのルールを口にした。

 

「フ~ン…そっかぁ。どんな事情があるか知らないけどぉ、だったら力ずくで聞きだす事ね!バトルといきましょうか☆」

「わかった。勝負しよう」

「んまっ、イズミさん!待って!!」

バトル目前に声を出したのは付き人のアマネだった。

 

「何よぉアマネ~!折角イズミ、やる気満々だったのに~!怒っちゃうぞ、プンプン☆」

「あなた自らが出る事はないわ、もう一度私にチャンスを頂戴!次はきっと勝って見せるわ!」

するとアマネの言葉に反応して、他の「ガールドラッシュ」の幹部たちも懇願するようにこう言いだした。

 

「そ、そうですわ!わたくしも、もう一度この方たちとバトルをさせて欲しいですわ!」

「私とてリベンジしたい思いは同じ…リーダー、是非チャンスを…」

「そうねえ、このまま負けっぱなしってのは、ちょっと癪よね…」

アリス、ミサオ、トモミ…幹部たちも次々とリベンジ依頼の言葉を口にした。

すると、それらの言葉にどこか納得したかのようにイズミはにっとしてこう言い放った。

 

「…わかったわ!みんなの夢を叶えるのが、アイドルのお仕事だもんね☆あなた達もそれでいい?」

イズミは時雨と奈美子の方を向いてこう言った。

 

「…いいよ。相手になるさ」

「誰が来ようと何度でも倒して、必ずあなたにたどり着いてみせるわ!」

時雨と奈美子は互いに「誰でもかかってこい」と言わんばかりの口調でそう言った。

 

「じゃあまずは…アリス、あなたからよ!この人たちを、捻り潰してあげて☆」

そう言ってイズミはアリスに視線を当てた。

 

「は、はい!イズミさん!アリスは…アリスは頑張りますわ!」

激励を受けたアリスは再びS15シルビアに乗り込むのだった。

そしてそれを確認した時雨と奈美子も再びワンエイティに乗り込む。

遂にガールドラッシュの幹部たちとの最後の戦いが始まろうとしていた。

 

 

 


 

 

 

―――vs夢の国のアリス

推奨BGM:FLAME AND FIRE(from SUPER EUROBEAT vol.189)

 

コースは往路。

左レーン、ワンエイティ。右レーン、S15シルビア。

 

「(あのワンエイティが相手とはいえ…アリスは、負けませんわ!)」

ドライバーズシートでアリスはそう思っていた。

アリスが時雨のワンエイティと戦うのはこれが初めて。

自分よりミサオたちを破っているとはいえ、決して自分が敵わない相手ではない…

そう思っていた。

 

「(あの時はロードスターでギリギリの勝利だったけれど…)」

一方の時雨。

こちらは何度も戦いを重ねるうちに、マシンのポテンシャルの判断に成功しつつあった。

エンジンやボディだけでなく、空力すら重視されているこのマシン。

油断とミスさえしなければ普通の幹部クラスならば間違えなく勝つことが出来るだろう。

ノーマルに軽く毛が生えた程度の生半可なチューンドとショップが本気を出したガチンコチューンド。

時雨にとってはそのハンデすら自信になっていた。

 

「(今の僕は、ワンエイティに乗っている…僕は、本気の走りをするだけだ。コーナー2つか3つで決着をつける!)」

そう決心し、アクセルを踏み込む。

サイドブレーキを引いたうえで一回ベタ踏みする事でエンジン回転数は8000回転まで跳ね上がり、そこでアクセルを抜くと徐々に落ちていく。

ワンエイティは確かに時雨のアクセルワークに答えていた。

そして当の時雨は最初から本気で行く…そう思っていた。

カーナビにカウントが表示される。

 

3

 

2

 

1

 

GO!

 

「…!」

「っ…!」

2台のドライバーが互いにアクセルを踏み込む。

先行したのはワンエイティ。

チューンドしている分加速もS15シルビアを軽々と追い越したのだった。

だが夜闇の中、第1コーナーの左ヘアピンが迫る。

第1コーナーに迫る2台。

ワンエイティはオーバースピード気味にコーナーに突入する。

 

「(速すぎる…!?)」

「―――!」

一気にブレーキを踏むワンエイティ。

それに釣られてブレーキを踏んでマシンコントロールするS15シルビア。

だが、ワンエイティのコーナー突入速度はS15よりも明らかに速かった。

メーターでは80キロは出ている。

普通のコーナーならともかく、きついヘアピンで80キロ…オーバースピードと言えばオーバースピードだった。

 

「(ここだ…!)」

ブレーキを踏んで速度調整しつつ、話してハンドルを一気に直角以上に左へ切る。

そしてその直後にアクセルを踏み込んで、リアタイヤをスライドさせる。

くい、と回頭したワンエイティはアウトから一気にコーナー内側まで攻め込んでクリッピングポイントを狙うかのようにドリフトしていく。

そしてドリフトする中でハンドルを右に切ってカウンターを当てていく。

S15シルビアの視界からワンエイティが消えかける。

 

「っ…!!」

一方のS15シルビア。

外側である事もあり、ワンエイティとの距離差は一気に広まっていく。

サイドブレーキを引いてドリフトするも、速度は55キロ程。

アリスにとってはヘアピンを80キロ以上のスピードで駆け抜けること自体が恐怖でしかなかった。

だが、アクセルを踏み込まないと追いつけない。

ハンドルを右に切ってカウンターを当てる中でもアクセルを踏み続ける。

だが、今度は勢い余って右端の壁ギリギリまでアウトにマシンが膨れる。

何とかマシンをコントロールしつつヘアピンを脱出する。

コーナー出口のドリフトライン直前にアクセルオフ、ハンドルをニュートラルにして再びアクセルを踏み込む。

だが、コーナー出口で見えたのは第2コーナーの先に姿を消しかけるワンエイティの姿だった。

 

「(速い…いや……速すぎますわ……)」

「(…誰も、僕のそばには近寄らせない)」

ボクシングで言えばストレートパンチが顔にもろに食らったかのような衝撃だった。

本来圧倒的に有利な環境のホームコースであるにも関わらず、派手な右ストレートが顔に命中したことで一瞬でアウェーに陥る。

それどころか第2コーナーでもワンエイティの速度が全く落ちる気配はない。

ワンエイティは第1コーナー脱出時に110キロまで加速していたが、そこから立ち上がりで一気に135キロまでスピードを付ける。もはやワンエイティは完全に自分の領域に入ってS15シルビアのドライバーの心を折りに来ていた。

そしてワンエイティはブレーキを一瞬フラッシュさせてドリフトしたかと思いきや、そのままトンネルの先に消えた。

 

「(元より、私がとても敵う敵ではなかったのですわね…)」

アリスの心は完璧に折れていた。

1つの相手に有利なコーナーを駆け抜けただけでここまで差がついてしまうとは。

しかもこの先の高速コーナーも間違えなく、自分では走ることが出来ない速度で…自分の想像以上に速い走行ラインで駆け抜けているのは想像が容易だった。

必死になって走らせるが、第2コーナーを抜けた時点でワンエイティは既に闇の彼方へと行方を暗ませていた。

ノックアウト…一言で言えばそんな状態だった。

 

勝敗は明確だった。

ワンエイティとS15シルビアのゴールでのタイム差はなんと6秒近く。

完璧にワンエイティがシルビアをぶっちぎったのだった。

 

◇ ◇ ◇

―――復路スタート地点駐車場。

 

「ごめんなさい、イズミさん…、アリスには、とても敵う相手ではありませんでした…!でも。ミサオさんやトモミさん、アマネさんがあなた達をきっと倒します!」

S15シルビアから降りたアリスは、既に車を降りて待っていた時雨と奈美子に対して「自分は所詮雑魚に過ぎない」と言わんばかりに断言したのだった。

だが時雨はそんな言葉に「自分に勝てない雑魚に興味はない」と言わんばかりにこう言うのだった。

 

「先を急がせてもらうよ」

 

 

 


 

 

 

―――第一寄木峠復路スタート地点駐車場。

アリスからバトンタッチされたミサオが時雨と奈美子の前に姿を現した。

 

「お前たちにこのまま敗北を喫したままでは、リーダーに顔向けできん。汚名返上の絶好の機会だ。今度こそは私に倒されてもらう!」

ミサオは時雨を見て、宣戦布告するかのようにそう断言した。

 

「悪いけど、僕たちも止まることは出来ないからね。譲らないなら退いてもらうよ」

「パワーアップした『スニーキング走法』にひれ伏すがいい!」

時雨の言葉に覚悟を決めるようにミサオは言い放った。

互いのマシンにドライバーたちが乗り込み、スタート地点へと移動していく。

 

◇ ◇ ◇

 

―――vs諜報員のミサオ

推奨BGM:FEVER OF LOVE(from SUPER EUROBEAT vol.194)

 

コースは復路。

左レーン、ダブルXセリカ。右レーン、ワンエイティ。

2台がスタートラインに並ぶ。

 

「(相手が速くなればなるほど、私も気合が入るものだ…!)」

ミサオはそう思っていた。

バトル相手が早ければ早いほど自分の走りもヒートアップできる。

心の中の情熱が、体を包み込むような感覚だった。

 

「(イズミに挑戦する以上、負けるわけにはいかない)」

一方の時雨もそう思っていた。

四天王に挑戦する以上、こんなところで立ち止まる事は許されない。

そんな思いが時雨の心を支配していた。

バトルで徹底的に叩き潰すことでしか道は開かれない。

実力差を見せてさっさと切り上げる。

そう時雨は思っていた。

戦法で言えば大逃げ…一撃離脱。

パワーと実力で叩き潰す。

自分が性能で有利なら、テクニックで有利なら…あまり長く付き合わずに相手の心を折りに行く。

アリスの時は無自覚だったが、今はそう自覚している。

前半であえて力を出し切って勝ちに行く…そんな思いが時雨を包んでいく。

そして思いが包む中で、カーナビがカウントを始める。

 

3

 

2

 

1

 

GO!

 

「「―――!!」」

エンジン回転数7000回転で、ギアをDレンジに変えてアクセルオン。

バックファイアーが吹き出る中スタートダッシュを決めて2台が加速していく。

だが、加速力勝負ではワンエイティの方が明らかに上だった。

 

「くっ…!」

加速で一気においていかれるダブルX。

あっという間に20m近く差が広まった。

だが第1コーナーが迫る。

トンネルに入り、直角の右コーナーが迫る。

ワンエイティがブレーキを掛け、減速したかと思いきやハンドルを右に曲げてドリフトを始める。

 

「(―――速い!?)」

ミサオにとって、その速度は自分の想定以上だった。

ダブルXはワンエイティよりも軽量のはずなのに、コーナーで追いつけない。

勿論左レーン走行中のミサオが不利な右コーナーであることを差し引いても、それでもワンエイティの速さは異常な程だった。

 

「くっ…!」

時雨の得意技であるフェイントモーションをこちらも実践する。

ハンドルを軽く左に切った後、ブレーキを踏んで一気に右に曲げる。

そしてそのままカウンターを当ててハンドルを左に切る。

以前よりは速く走れるように錯覚させられる。

だが、それでも速度差はあまり存在しなかった。

時雨が気が付かないうちに体得したフェイントモーションは、決して速いわけではない。

いや、車の性能差もあるのだろう。

 

「(何故だ…!相手のドライビングを模倣しても、ダメなのか…!?)」

第1コーナーを何とか抜けるダブルXセリカ。

しかし連続する第2コーナーには既にワンエイティの姿はなかった。

 

「(私も敗北から何度も走り込んだのに…)」

時雨に敗北した後、ミサオはコソコソとではあるが練習をしていた。

マシンのセッティングも調整し直し、消耗品のパーツも新品にした。

だが、それでも追いつけない。

それでもダブルXセリカは第2コーナーに突入する。

第2コーナーはコーナー角度も浅く、軽くドリフトするだけの高速左コーナー。

ブレーキを一瞬だけ踏んで、ハンドルを左に切ってドリフト状態に持っていく。

 

「くっ…!」

だが、動揺していたのかハンドルを左に切りすぎてオーバーステア状態。

急いでハンドルを右に切ってカウンターを当てる。

マシンがふらつくが、壁にぶつからないだけまだマシな方だ。

だがタイムロスは明確だった。

ドリフトラインで直前でアクセルを抜いてハンドルをニュートラルにし、ドリフトラインを再び踏みつけたらアクセルを踏み込む。

 

「(まさか…)」

目先に見えた第3コーナーには既にワンエイティの姿はもう存在しなかった。

既にワンエイティは第4コーナーの彼方。

明らかに時雨の方が自分よりも速すぎた。

格の違いを見事なまでに見せつけられてしまったと言ってもいいだろう。

 

「(こっちが速くなれば、向こうも速くなる…)」

そう言ってミサオは諦めの表情を顔にした。

何とかドリフトするも、ここまで実力の差を見せつけられてしまっては誰だって心が折れる。

 

―――時雨の大逃げ作戦、見事成功。

 

全開走行でもタイム差は4秒以上だった。

 

◇ ◇ ◇

 

―――第一寄木峠往路スタート地点駐車場。

既に降りていた時雨と奈美子に対し、ダブルXから降りたミサオはこう疑問を投げかけた。

 

「またしても敗北を喫してしまった!まだまだ私の『スニーキング走法』は不完全という事か…!?何故だ、何故気配を感じ取れた…!?」

すると時雨は非常に単純な事を言うのだった。

 

「悪いけど…元からストレートでもコーナーでも遅ければ、スニーキングしても相手に振り切られてしまうものさ」

「まさか…気配を感じる感じないの問題以前に、根本の速さが足りないというのか!?」

ミサオは愕然としてそう言うのだった。

 

「くっ…事実かもしれないが、だとしたらこの車では限界なのかもしれないな…」

峠に必要なのはテクニックもそうだが、速さを求める以上車のパワーや性能も必要である。

そんな初心があるのだった。

ミサオはその現実に直面せざるを得なかったのだった。

 

愕然とするミサオを裏目に、時雨と奈美子は次の対戦相手を求め再び移動していく。

 

 

 


 

 

 

―――第一寄木峠往路スタート地点駐車場。

「ガールドラッシュ」の部下たちと数戦交えた後、ミサオからバトンを受け継いだトモミがZ34の前に立っていた。

 

「『皇帝』からの脅迫状にイズミの仕事のバックレ、あなた達にバトルで負けちゃうし…あーあ、ストレスたまっちゃうわ」

トモミはがっくりとして、そう時雨と奈美子に愚痴をこぼした。

 

「……」

「貴方たちに勝って、スカッと解消させて?」

すると奈美子はこう言い返した。

 

「あなたにさらにストレスを与えちゃうこと、先に誤っておくわ!だって…私たちは絶対負けないんだから!」

そう言ったところでドライバーたちが互いのマシンに乗り込み、スタートラインへと移動していく。

 

 

◇ ◇ ◇

 

―――vsマネージャーのトモミ

推奨BGM:PAGAL(from SUPER EUROBEAT vol.192)

 

コースは往路。左レーン、ワンエイティ。右レーン、Z34。

 

「……よし」

トモミがバッグから取り出して手に取り付けたのは軍手。

軍手を付けた両手でハンドルを握る。

意外とハンドルを握る時の安定感は上がるようだ。

 

「……」

一方の時雨もここまで戦い続けてはいるものの、まだまだ心理的にも体力的にも余裕があった。

どうやらワンエイティのバケットシートが、通常シートに座っている時よりも体力消耗を軽減してくれているのだろう。

まだまだ自分が求める者は遠い先にある。

イズミ、もう一人の四天王、皇帝…。

その人々たちに挑む以上、一度勝った相手にそう簡単に負けを許すことなど自分としては許されない。

ならば初っ端から逃げきって心を折らせに行けばいい。

そう時雨は思っていた。

そして思いと裏腹にカーナビのカウントが始まる。

 

3

 

2

 

1

 

GO!

 

「…!」

「っ…!」

ギアを切り替え、アクセルを踏む2人。

互いのマシンからアフターファイアが噴き出て、一気に加速していく。

加速勝負ではチューンドのワンエイティに多少の分があった。

だが、セリカやS15シルビアの時ほどは引き離されなかった。

テールトゥノーズに2m程足したくらいだろうか。

そんな状態で2台は絡みながら、第1コーナーの左ヘアピンに突入していく。

Z34がブレーキを掛ける一方、ワンエイティはそれにさらにワンテンポ遅らせてブレーキを掛ける。

どうやらワンエイティの方がブレーキ性能も上のようだ。

 

「――――!!」

一気にハンドルを左に曲げ、ドリフトしていくZ34。

だが、インのワンエイティはその速度以上に高速でドリフトしていく。

インとアウトの差はあるとはいえ、初っ端から振り切られかけている。

 

「(……!)」

ハンドルをドリフトラインで左に曲げ、アクセルを踏み込んでタイヤをスライドさせた瞬間、時雨の両手両足にある感覚が蘇りつつあった。

カウンターを当てている両手、アクセルを踏み続ける両足が火の中にあるような、そこから全身が炎に包まれるような感覚だった。

以前のワンエイティでは、この感覚が出た時には通常以上に速く走ることが出来たような気がする。

そんな感覚が、再び時雨の中に宿ろうとしていた…いや、既に宿っていた。

ヘアピンコーナーを90キロ以上のスピードで駆け抜けるワンエイティ。

両手両足の感覚、精神状態が通常よりも高ぶっているとはいえ、明らかに通過速度は先ほど以上だった。

カウンターを当て続ける両腕はまだ熱い。アクセルを踏み続ける右足もまだ熱い。

その感覚を維持しながら、コーナー出口が迫る。

 

「(この感覚で一気に…逃げ切る!)」

コーナー出口のドリフトラインが迫る。

5m、3m、1m…アクセルオフにした上で、ハンドルをカウンター状態である右に傾けた状態からニュートラルに戻す。

そして前輪がドリフトラインを踏みつけたその瞬間、一気にアクセルを踏み込む。

 

「―――――!」

一気に前へと吹き飛ばされそうな感覚に陥った。

あまりにも強い追い風で、地上にいながら空中に投げ飛ばされそうな感覚。

ワンエイティの本性が、時雨を飲み込んでいく。

ドリフトの段階で85キロほどだったワンエイティは、一気に120キロまで加速する。

130キロ、135キロ…加速は止まらない。

目の前には第2コーナー、第3コーナーの連続する高速右コーナーが迫る。

だが両手両足の感覚、いや、全身の感覚はまだまだ熱い状態だった。

 

「(ここで決める…!)」

第2コーナーをほぼ減速なしのスピードで突入し、アクセルコントロールとハンドルだけでワンエイティをドリフト状態に落とし込む。

そのドリフトの進入角度は浅く、そして素早い。

ブレーキを掛けずに突入し、ハンドルを軽く左に切ってカウンターを当てつつほぼ130キロ台を維持しながら高速でドリフトしていく。

そしてコーナー出口のドリフトライン寸前でアクセルオフ、ハンドルをニュートラルにしてドリフトラインを前輪が踏みつけたらアクセルオンでまた加速していく。

文字通りのロケットの如く加速していくワンエイティ。

ここまで来ると、もはや完全にワンエイティの独壇場だった。

では肝心のZ34はというと…

 

「――――――」

完璧に置いてけぼりだった。

時雨が一気に加速した段階で既にZ34は完璧に振り切られていた。

ワンエイティが第2コーナーを高速で駆け抜けていくが、その時点でZ34は第1コーナーと第2コーナーの中間にいたのであった。

自分が出来ない速度でワンエイティは立ち上がり、そしてZ34をミラーから消し去った。

そんな状態になってしまえば、トモミにとってはストレスがたまるどころか諦めの感情しかわかないものだろう。

 

タイム差で言えば、5秒近くの差。

時雨にとってはもはや敵ではなかった。

 

◇ ◇ ◇

 

―――復路スタート地点駐車場。

 

「認めるわ、私の負け…」

既に待っていた時雨と奈美子に対し、トモミは実力を認めるかのようにそう言った。

 

「残念だったね」

「ハァ…さらにストレスをため込んじゃったわ」

「お気の毒様。私たちに道を開けたら、ゆっくり休んでいるといいわ!」

「……」

そう奈美子が言うと、トボトボとトモミはアマネに場をゆだねるのだった。

 

 

 


 

 

 

―――復路スタート地点駐車場。

「ガールドラッシュ」の部下たちと数戦した後、あのドライバーが時雨と奈美子の前に現れた。

 

 

「ついにここまで来たわね、あんたたち。借りはキッチリ返させてもらうわ!」

アマネは時雨たちにそう宣言した。

 

「いいさ…始めよう」

「何度やっても同じことよ!残念ながらあなたはこれからも借りっぱなしよ!」

「んまっ!それじゃ自己破産しちゃうじゃないの!ひどいわ、この悪徳業者!走る闇金!なーんて!オホホホ!」

アマネはシャレを言うようにそう言った。

 

「…?」

「…なんだかわからないけど、とにかく…行くわよ!」

多少困惑しつつも、時雨と奈美子はワンエイティに乗り込み、アマネのアルシオーネ共々スタート地点へと移動していく。

 

◇ ◇ ◇

 

―――vs付き人のアマネ

推奨BGM:SAVE ANOTHER DAY FOR ME(from SUPER EUROBEAT vol.195)

 

コースは復路。

左レーン、アルシオーネSVX。右レーン、ワンエイティ。

2台がスタートラインに並ぶ。

 

「(リニューアルした『ハーフ&ハーフ走法』にひれ伏すがいいわ!)」

「(ここまでくれば…あとは、乗り越えるだけだ)」

2台のエンジン音が夜の峠にこだまする。

ボクサーエンジンにワンエイティのエンジンも負けてはいなかった。

チューニングされている分、ワンエイティの方が有利かもしれない。

だが、腕が必ずしも時雨が勝るとは限らない。

アマネ自身も腕を磨いている可能性は十分にあった。

油断せず、叩き潰す…時雨はそう思っていた。

そんな最中、カウントが始まる。

 

3

 

2

 

1

 

GO!

 

「ふん!!」

「―――!」

男勝りな声を上げてギアを1速に入れるアマネ。

そして時雨もギアをDレンジへ。

2台のマフラーからバックファイアーが吹き出て加速する。

アクセル全開の中、加速力ではワンエイティの方が上だった。

徐々にワンエイティがアルシオーネを引き離す。

だが、加速勝負だけが峠のバトルではない。

トンネルに入り、直角の右コーナーが迫る。

 

「―――!」

息を止めるような感覚でコーナーに飛び込む。

一瞬でも油断したらマシンごと壁へ突っ込んでしまうかもしれないくらいの勢いで、時雨のワンエイティは走り抜けていた。

もはや時雨にはコーナーの先しか見えていない。

粘って粘って、そしてブレーキ。だがフルブレーキングにはしない。

速度は120キロから90キロまで減速し、ハンドルを一気に右に曲げる。

そしてアクセルオン。ワンエイティのノーズは一気にトンネルの右端の壁にまで迫る。

隙間10cm程。

それくらい一気にインにキレた走りをするようになった。

 

「(さっきよりも走りにキレがある…!?)」

徐々にコーナーで引き離されるアルシオーネ。

こちらもセンターポールギリギリまでノーズを近づけてドリフトさせる。

だが、速度が低いのかワンエイティとの差はどんどんと広まる。

 

「(離される!)」

アマネはカウンターを当てる中でアクセルを踏み続ける。

だがコーナーでも遠慮なく先行するワンエイティ。

じりじりと引き離され、あっという間にワンエイティとアルシオーネの車間は車1台分まで開いた。

出口のドリフトラインを前輪が踏みつけた瞬間、カウンターを当ててアクセルを踏む。

だが、その時点でワンエイティは1歩も2歩も先に行っていた。

アクセルを踏み込んでいくが、ワンエイティにはぐんぐん引き離される。

第2コーナー、第3コーナーである高速左コーナー、高速右コーナーと連続する。

ワンエイティのブレーキングは一瞬だった。

ブレーキをフラッシュさせたかと思いきやリアタイヤをスライドさせ、コーナーの内側を走るように駆け抜けていく。

第2コーナーをセンターポールギリギリまでノーズを寄せたかと思いきや、第3コーナーも壁ギリギリまでノーズを寄せていく。

クリッピングポイントを的確に狙った走りが、100キロ以上というスピードで成り立たせることが出来ていた。

 

「(速すぎる…!?)」

一方のアマネも負けじとアルシオーネをドリフトさせる。

ブレーキを踏んでタイヤをロックさせるかのようにドリフトさせたかと思えば、すぐに建て直しが求められる。

高速で短距離のコーナーが連続で続く以上、息継ぎ一瞬でドリフトしていく必要がある。

だが、左コーナーをアウトインアウトで抜けると次の右コーナーもアウトインアウトで走る事はほぼ困難だった。

コーナーのクリッピングポイントを、ドリフトのインベタ状態でドリフトしていく時雨の走りは理にかなっていた。

 

「っ…!」

第3コーナーを抜けたアルシオーネの視界には、ほぼワンエイティは見えなくなった。

第4コーナーを抜け、短いストレートでアクセルを全開で疾走するワンエイティの姿があった。

この時点でタイム差としては2秒以上。

ここでニトロを使っても最終コーナーである右ヘアピンの存在もあって、きっと追いつくことは出来ないだろう…そうアマネは思わざるを得なかった。

 

「こんな屈辱を…俺が…!」

男言葉が出るアマネ。

トンネルの先のワンエイティは、テールライトをアルシオーネに拝ませてコーナーの先に消えた。

 

 

この後、第4コーナーと第5コーナーの間でニトロを使うも暖簾に腕押し。

ストレートを走る間にワンエイティはヘアピンでドリフト状態に突入しており、完全に独壇場であった。

 

結果から言えば、ワンエイティはアルシオーネに対して4秒以上のタイム差をつけて圧倒したのだった。

 

◇ ◇ ◇

―――レース後、往路スタート地点駐車場。

 

「んまっ、負けたわ!借りは返せないままだわ!借金地獄だわ!!」

車から降りたアマネは、既に降りていた時雨と奈美子に対してそう言った。

 

「残念だったね」

「おあいにく様。無謀な返済計画は破産を招くわよ?」

「あらヤダ、そうみたいね!…イズミさんは速いわ。せいぜい気を付ける事ね!」

そうアマネは納得して忠告し、時雨と奈美子の前から立ち去るのだった。

そして立ち去ったところで時雨は奈美子と顔を合わせた。

 

「さて、あとは…」

「ええ、イズミのみね!」

奈美子の言葉に軽く頷いた時雨は、再びワンエイティに乗り込んでイズミの元へと向かうのだった。

 

 


 

 

 

―――第一寄木峠、往路スタート地点駐車場。

自車の青いFD3S型RX-7で待機するイズミ。

すると、エンジン音を轟かせてロケバニカスタムのワンエイティが横付けされるように駐車された。

ドライバー2人が降りてくるのを認識し、イズミもFD3Sの車両から降りてきた。

対峙する3人。

 

「約束通り皆破ってきたけど、どうかな。バトルしてほしい」

時雨はイズミに対してこう言った。

 

「え~?結局みんな全滅?…仕方ないなぁ。じゃあやっぱり私自ら…出撃しちゃうぞ☆」

どこか見下しようにイズミはそう断言し、FD3Sに再び乗り込むのだった。

時雨と奈美子もワンエイティに乗り込み、スタート地点へと移動していく。

 

◇ ◇ ◇

 

―――vsアイドルのイズミ

推奨BGM:BYE BYE TOKYO(from SUPER EUROBEAT vol.196)

 

 

コースは往路、左レーン、ワンエイティ。右レーン、FD3S。

 

「さぁて、頑張っちゃうぞ☆」

駐車場でのイズミ。

FDのエンジンキーを入れ、アクセルを踏んで空ぶかし。

ロータリーエンジンの快音がドライバーズシートでもしっかりと聞こえてきた。

 

「うんうん、調子いいぞ☆」

イズミはそうにんまりとして呟いた。

アクセルを軽く踏んでマシンをスタートラインに移動させる。

そして左レーンには、既にワンエイティが待機していた。

 

「……」

「時雨…」

「わかってる。ここで止まる僕じゃないよ」

「…気を付けてね」

一方の時雨と奈美子。

奈美子の言葉に、時雨はこくりと頷いた。

アクセルを軽く踏んで空ぶかしさせる。

 

「さぁて、行っちゃおうか☆」

「(―――ここは、譲れない!)」

時雨の両手両足に気合が入る。

強い相手であればあるほど気合が入る。

ハンドルを握る手の握力が増す。

絶対に失敗しない…負けない。

そんな思いが、時雨の中にあった。

寄木峠での最後の戦いが始まる…。

そんな中でカウントが始まる。

 

3

 

2

 

1

 

GO!

 

「ゴォー!」

「―――っ!」

イズミの左腕がギアを1速に入れ、時雨も同様にギアをDレンジに入れる。

2台のマフラーからバックファイアーが噴き出る。

一気に2台が80キロまで加速する。

加速としてはわずかではあるがワンエイティの方が有利だった。

やはりチューニングをしてある分ワンエイティの方が有利なのだろう。

だが、これまでのように楽にオーバーテイクできるという訳ではなかった。

伊達に国産トップクラスのコーナーリングマシンであり、ロータリーロケットと呼ばれるFD3SのRX-7である。

ワンエイティとFD3Sの差は3/4分ワンエイティが先行し、ギリギリFD3Sが食らいついていた。

 

「(先手を取られても…逃がさないぞ☆)」

「―――――」

イズミにはまだまだ精神的に余裕があった。

先行されてもコーナーで食らいつけばいいのである。

しかし当の時雨も似たことを考えていた。

引き離せないならコーナーで振り切ればいい。

そう思いつつ、第1コーナーの左ヘアピンに迫る。

ワンエイティとFD3Sがほぼ同じタイミングでブレーキを掛ける。

 

「―――!」

「っ…!」

何十回も同じことをやって来ているとはいえ、やはりコーナーに突入する時こそが一番の恐怖である。

それでも感情を押し殺し、時雨はコーナーに突入する。

コーナーリングに極限まで集中する…そんな心意気でブレーキをリリースした時雨は、前輪がドリフトラインを踏みつけたのと同時にハンドルを一気に左に曲げてアクセルオンにした。

リアタイヤから白煙が上がり、一気にドリフト状態になる。

滑るタイヤをカウンターでコントロールしながら、アクセルを踏み続けてドリフト状態を維持する。

メーターは80キロ台を維持しつつ、コーナーの左壁スレスレまでマシンをインカットで来ていた。

 

「(あっれえ…?!)」

一方で同じような感覚でドリフトするイズミ。

だが、コーナー時の走行ラインはレーンの中央を走るようなもので、インカットを実現していたワンエイティとは差が徐々に開く。

自分の想像よりもあのワンエイティは速いようだ。

伊達にエアロを武装しているだけはあるのかもしれない…そう思った。

タイム差は1秒近くまで広がっていた。

 

「(でも…逃がさないぞ☆)」

「(二度と食いつかれたりなんか、しない!)」

食らいつくイズミ、逃げる時雨。

だが時雨はもうバックミラーを見ていなかった。

食らいつかれるくらいなら自分の走りをして振り切る。

そして出来れば必要な場所でニトロを使ってさらに差をつけて確実に勝利する。

そう思っていた。

第2コーナーである高速右コーナーが迫る。

ブレーキをほぼ踏むことなく、アクセルワークだけでワンエイティをドリフトさせる。

コーナー直前でアクセルオフ、ハンドルを右に切ってその直後にアクセル全開でタイヤをスライドさせる。

そしてカウンターとして左にハンドルを切ってドリフトを維持する。

さらに次の瞬間…第2コーナーを抜け、ワンエイティの前輪がドリフトラインを踏みつけた瞬間だった。

 

「(ここだ…!)」

アクセルオフにした瞬間、ここで時雨はニトロスイッチを押す。そして再びアクセルを全開に踏み込む。

180キロまでしか加速できないのであるならば、逆にラストスパートではなく「減速前提の区間で使って短距離で一気に稼げばいいのではないか?」そう思っていたのだ。

 

「―――――!」

「な…!」

短いストレートで一気に加速するワンエイティ。

第2コーナーと第3コーナーの間でワンエイティは一気に170キロまで加速する。

そして続けて第3コーナー…ここも高速の右コーナーだった。

 

「(―――いける!)」

明らかにオーバースピード気味だった時雨ではあるが、取った対処法はアクセルオフとハンドル操作だけだった。

そしてワンエイティは、走行レーンの中央部分をなぞるようにドリフトしていく。

カウンターを当てる中で、ワンエイティは150キロほどまで減速する。

だがそれでもアウトに膨れる事はなく、コーナーでのスピード差でFD3Sとの差を付ける。

 

「―――!」

イズミはニトロを使われた事で、しまったと思っていた。

最後の最後に差し込もうと思っていたが、予想以上に差を付けられてしまっている。

だがそれでもこの車であれば問題ないと思う自分もいた。

 

「(最後のストレートで…!)」

ここは我慢の時。そうイズミは思っていた。

だが第3コーナー、第4コーナーである左高速コーナーと、ワンエイティとの差はどんどん広がっていく。

向こうのマシンは性能も高く、ドライビングテクニックもあるらしい。

第4コーナーでブレーキをフラッシュさせたかと思いきや、そのままコーナーの先へ消えた。

同様に第5コーナーでも殆どブレーキを掛けずにハンドル操作とアクセルワークだけでマシンをドリフトさせていた。

オーバースピードと取られてもいい速度でも、ワンエイティは体勢を崩すこともなく一気に駆け抜けていってしまう。いや、駆け抜けてしまったというべきか。

一方のFD3Sにも第3コーナーを抜け、第4コーナーの高速左コーナーが迫る。

 

「(少しタイミングが早いかもしれないけれど…)」

イズミの右手親指が、ハンドルのニトロスイッチを触れていた。

いつでも使える状態である。

前輪がドリフトラインを踏みつける直前にブレーキをフラッシュさせ、ハンドルを左に切る。

そして

 

「(今だ…ニトロON!)」

踏みつけた瞬間、食らいつこうとするFD3S。

速度は一気にコーナー区間だけで170キロまで加速する。

第5コーナーである高速右コーナーも、最終コーナーである左直角コーナーすらも勢いで突破しようとしていた。

第5コーナーではアウトに膨れてセンターポールギリギリをリアが擦りかけるようにドリフトしていく。

続く最終コーナーでもマシンの勢いは止まる事はない…と思われた。

コーナー中間でニトロの効果が切れ、マシンの加速が落ち着いてしまったのである。

 

「(いけない…!)」

使うタイミングを間違えたと思ったイズミだったが、既に時遅し。

最終コーナー中盤までに付けられた距離差はニトロだけで追いつけるものではなかった。

第3コーナーと第4コーナーの中間の時点でワンエイティとのタイム差は3秒近く差がついていたが、それでも2秒近くまでしか縮まらなかった。

ワンエイティは最終ストレートを抜け、既にゴールラインを駆け抜けていたのだった。

 

「……舐めやがって」

ドライバーズシートでイズミはそう言うのだった。

 

―――勝者、時雨。タイム差は2秒近くだった。

 

◇ ◇ ◇

―――第一寄木峠、復路スタート地点。

 

「よ、容赦ねえな時雨ちゃん…」

バトルの結果を知ったヒロシはそう呟いた。

ワンエイティとFD3Sが駐車場に横並びの状態で駐車となった。

 

「え~?え~?私の負けなの~?なんだかちょっと、嘘みたい☆信じられない☆」

「ふう……あれ?」

車から降りてそう呟くイズミ。

時雨が額の汗を奈美子から渡されたタオルで拭うと、どこかイズミの様子がおかしい事に気が付いた。

 

「…許さない…許さねえ……」

「どう、私たちの実力をわかってもらえた?…それじゃあ、『皇帝』の話を…」

イズミに奈美子が話を促したその瞬間だった。

みるみるうちにイズミの形相が変わっていく…どうやら彼女を焚き付けてしまったのかもしれない。

 

「ヤキ入れるぞコラアアアアアアアアアッ!!!」

 

「!!」

「ひえええええええ!!イ、イズミちゃんが豹変した!?!?」

あまりの変貌ぶりに驚くヒロシ。するとある事を思い出して口にした。

 

「や、やっぱりあの脅迫状の元レディースって話は本当…」

「ああ?ガタガタうるせぇんだよ、この腐れアフロが!!」

「ひぃぃ!?腐れアフロぉ!?」

「か、完全にキャラが変わったわね…!」

あまりの変貌ぶりに動揺するヒロシと奈美子。

するとイズミは自己紹介をするかの如く言葉を続けた。

 

「…お前らどうやら、あたいを本気にさせちまってようだな!元『麗泥魔鈍奈(れでぃまどんな)』の総長、『魔神玩(マシンガン)のイズミ』とは、あたいのことだぁ!!!」

「……自分から全部ばらしてどうするのよ…全く」

その自己紹介のような発言にトモミは呆れてものも言えなかった。

だがそんな彼女の態度に対しても、イズミは容赦なく言葉を吐く。

 

「ああ?硬い事言うんじゃねえよ、『刃苦血苦(バクチク)のトモミ』よぉ!!」

「(バトルの後にちらっと言いかけてたけど、やっぱりトモミさんもレディースだったのね…)」

奈美子は何処か納得するように思っていた。

するとイズミは時雨たちをぎろりと睨んだ上で、こう宣言した。

 

「あたい達の正体を知ったからには、このまま帰すわけにもいかねえ。もう1度、ガチンコ勝負と行こうじゃねえか!!」

リベンジ宣言を告げるイズミ。その目線は時雨を向いていた。

だが、そうイズミが言った瞬間だった。

 

「はあ…随分騒ぐのが得意なんだね。君には失望したよ」

「…んだとぉ!?」

「くだらない御託を並べるのは良いから、さっさと始めよう。僕たちはとにかく『皇帝』の情報が欲しいんだ」

「時雨……?」

時雨がイズミの変貌ぶりにも全くもって動揺している様子はなかった。

それどころか至って冷静に、完璧に肝が据わっているかのようにそう言った。

それどころかイズミをさらに焚き付ける発言をしてバトルを促す。

 

「ほほう…あたいをコケにするたぁいい度胸じゃねえかよテメェ。第二寄木峠でもう一度勝負だ、あたいについてきな!!」

「何だっていいよ。さっさと行こう」

そう言ってイズミはFD3Sに乗り込み、時雨と奈美子もワンエイティに乗ってFD3Sに付いて行くのだった。

 

 


 

 

 

第二寄木峠。

第一寄木峠往路から繋がり、5分程走ると第二寄木峠の往路スタート地点に到達する。

第一寄木峠とは異なり、複数のロングヘアピンコーナーと高速コーナーで構成されている。

第1コーナーである右直角ロングコーナー、第2コーナーである左ヘアピン、第3コーナーである左高速コーナー、第4コーナーである右ヘアピン、そして最終コーナーの左ロングヘアピンである。

この5つのコーナーで構成されている、比較的速度域の高いコースである。

 

推奨BGM:LOOKA BOMBA(from SUPER EUROBEAT vol.193)

コースは往路。左レーン、ワンエイティ。右レーン、FD3S。

横並びする2台の前で、時雨とイズミが言葉を交わす。

 

「ようし並んだな?早くバトルしようぜ!!あたいの愛車のFDが出番はまだかとウズウズしてるのさ!!」

「…いいよ。始めようか」

「パーティの始まりだぜ!!」

そう言葉を交わし、2人は再び車に乗った。

 

「(あたいの『オラオラ魔神玩走法』にひれ伏せ…!)ヤキ入れるぞこらぁぁぁぁぁ!!!!!」

イズミは完全にヒートアップしていた。

四天王の座を譲らない為にも、時雨というぽっと出の新参者にも負けないようにするためにも、そして女の走り屋としてのプライドというのもあった。

 

「時雨…」

「…心配いらないよ」

「……」

「今の僕なら勝てる」

運転席のバケットシートに固定された時雨は至って冷静だった。

イズミを焚き付けたのも事実だが、それでも彼女は「絶対に負けない」という自信を持っていた。

 

「(いずれ出会うであろう皇帝との戦いのためにも、ここで躓くことは僕が許さない!)」

止まる事は絶対に許されない。

そう自覚した時雨は、スペックでは明らかに自分の方が上であっても絶対に容赦しない事を心に誓っていたのだった。

FD3Sとワンエイティがスタートラインに並ぶ中、カーナビのカウントが始まる。

 

3

 

2

 

1

 

GO!

 

「―――!」

「よっしゃあ!」

ギアをDレンジに入れる時雨、そしてギアを1速に入れるイズミ。

バックファイアーが吹き出た2台は一気にどちらも130キロ台まで加速する。

トンネルに入った2台に、第1コーナーである右直角ロングコーナーが迫る。

 

「(最初のコーナーで差を付けてやらあ!)」

イズミは最初の最初に差を付ける事を決めていた。

ブレーキを軽く踏んで、そのままハンドルを右に切ってドリフト状態に入る。

一方の時雨も同じふうにブレーキを軽く踏み、前輪がドリフトライン上に到達した瞬間にハンドルを右に切る。

だが、両手両足にはそれと同時にあの感覚が沸々と蘇っていた。

 

「(―――両手両足が熱い)」

両手両足から全身に到達するまで、体中が炎に包まれるような感覚。

そんな感覚が時雨を襲っていた。だがこれは決して悪いものではない。

この感覚を維持している間、コーナーを素早く走ることが出来ると時雨は認識していた。

ドリフトする中でアクセルを踏み、カウンターを当て続ける。

自分が不利な右コーナーでアリながら、相手のFD3Sとの距離差はほぼ互角で差が開く事はなかった。

距離差としてはサイドバイサイドと言っても良かった。

 

「(振り切れない…!)」

一方でそれを気に入らなかったのはイズミ。

最初のコーナーで振り切る予定だったが、一気に狂ってしまった。

振り切れない。それどころか追い越されかけている。

 

「(っっ…あのワンエイティより前に…出ないと…あたいは、勝てない!)」

コーナー終盤。

脱出速度で差を付けようとするイズミは、右手親指でニトロスイッチを押した。

 

「(―――振り切る!!)」

ニトロを使い速度をぐんぐん上げるFD3S。

そして2台はテールトゥノーズの状態で第1コーナーを突破した。

ドリフトラインを踏みつける直前にアクセルオフにし、ハンドルをニュートラルにしている。

そしてトンネル出口…互いのマシンの前輪が踏みつけるのと同時に、再びアクセルオンにする。

コーナー脱出でその差はさらに広がった。

テールトゥノーズから0.5台分のリードをFD3Sを持っていた。

 

「(―――行ける!)」

イズミはそう確信した。

このまま最終コーナーまで逃げ切って、最後の最後で再びニトロを使って完封すればよい。

そうイズミは思っていた。そしてそう思う事で、どこか心にはゆとりがあったのだった。

 

推奨BGM:SQUEEZE ME(from SUPER EUROBEAT vol.204)

「(まだまだ…)」

だが、時雨自身は決して諦めてはいなかった。

心臓の鼓動がどんどん速くなっている事は、時雨自身が気が付いていた。体中から汗が流れ出る感覚である。

このワンエイティなら誰にだって勝てる…そんな思いが、時雨を包んでいた。

第2コーナーの左ヘアピンが迫る。

ブレーキを多少かけ、100キロ台に減速する。

先行するFD3Sを、時雨の目は確かに追いかけていた。

全身が炎に包まれる感覚はまだ残っている。

ヘアピンに入る直前で、アクセルを抜いてハンドルを左に切る。

そして次の瞬間、前輪がドリフトラインを踏みつけたと同時にアクセルを踏む。

判定…Excellent -0.02m。ほぼ完璧なドリフトだった。

そしてすぐコーナー出口のドリフトラインが迫る。

ドリフトラインを踏みつけて立ち上がるFD3Sに、ワンエイティは確かに迫っていた。

 

「(…よし!)」

前輪がドリフトラインを踏みつける瞬間、ハンドルがニュートラルになっているのと同時にアクセルオン。

そして同じタイミングで時雨は右手の親指でニトロスイッチを押すのだった。

立ち上がりで一気に加速するワンエイティ。

そしてその速さであっという間にFD3Sとサイドバイサイド…そのままリードを奪った。

 

「な…!」

1つのヘアピンで追いつかれたイズミ。

だが、イズミも負けてはいない。再びニトロスイッチを押してFD3Sに鞭を入れる。

2台は2個目のトンネルに入り、すぐに抜け出す。

そして2台がニトロを噴出し続ける中第3コーナーの高速左コーナー。

ワンエイティがコーナーに突入したかと思いきや、FD3Sもワンテンポ遅れてコーナーでドリフト。

さながらパラレルドリフト状態だった。

しかもこのパラレルドリフトは普通じゃない。双方ともニトロを使って加速しながらドリフトしていくのだ。

ワンエイティの速度が180キロで加速を止めたと思いきや、FD3Sは185キロを出していた。

そしてコーナー出口。

 

「―――!!」

「くっ…!」

走行レーンの真ん中を走っているワンエイティに対し、FD3Sはパワーがありすぎたのかレーンの外側に走行ラインがズレていた。はっきり言って壁ギリギリを走る際どい走りであった。

そしてそのずれが、ワンエイティとの距離差を明確にしていく。

テールトゥノーズに加えて車0.5台分の距離差。

ワンエイティがリードを取りながら3つ目のトンネルへ。

そしてその出口に第4コーナーのショート右ヘアピンが存在する。

 

「っ…!」

「うぐ…!」

ニトロが切れたワンエイティをアクセルオフからフルブレーキで減速させ、ドリフトライン直前でハンドルを左に軽く切ったかと思いきや、ドリフトラインを前輪が踏みつけた瞬間に再び一気に右に切ってアクセルオン。フェイントモーションで舵角を得ながらも、一気にドリフトしていく。

一方のFD3Sも負けじとフルブレーキからの高速ドリフト。

パラレルドリフトはワンエイティが先行するも、その速度差は5キロもなくマシン差が多少詰まった。

テールトゥノーズでワンエイティがFD3Sよりリードを取る。

 

「(次が…)」

「(ラスト!!)」

ワンエイティリードのまま最終コーナーである左ロングヘアピンが迫る。

2台は負けじとアクセルを踏み続け、限界までブレーキを踏まないように度胸を争う。

両手両足、全身が熱いままの時雨は相手を気にすることなく前だけを見ているのであった。

最後の最後、最終コーナーの左ロングヘアピンがワンエイティの手前5mまで迫る。

だが、最終コーナーに突入しかけたその瞬間だった。

 

「!!」

「時雨……えっ!?」

ある事に気が付いた時雨はフルブレーキを掛けて、130キロ台から60キロまで一気に減速する。

その直後にはハザードボタンに手を伸ばし、テールランプのハザードランプを点滅させる。

 

「!?」

イズミが異様な光景を目にした。

ブレーキを掛けてワンエイティが減速していく。

ワンエイティに迫るFD3S。

だが、ハザードランプを出している事は気が付けなかった。

 

「(ワンエイティが失速した!?)」

あっという間にワンエイティを加速でオーバーテイク。

そして最後の左ロングヘアピン。

ハンドルを左に切って、リアを滑らせてドリフトしていくFD3S。

そして次の瞬間。

 

「(もらった!!)」

ドリフトしている最中ハンドルのニトロスイッチを押して、逃げるようにニトロを使うイズミ。

コーナー途中でも加速していくFD3S。

一方のワンエイティはドリフトラインでも全くドリフトすることなく、最終コーナーをグリップで駆け抜けていく。

速度が50キロという事もあり、コーナーの中心ラインをゆっくり駆け抜けるように走っていく。

FD3Sとワンエイティとの距離差はさらに広まっていく。

 

「(これで……!!?!?!?)」

これはどう考えても自分が勝った。

だがそう確信した瞬間、イズミの前に映ったのは絶望的な光景だった。

コーナーの先の目の前の最後のトンネルに映るは、予想だにしない大きな車体。

しかも進行方向と逆向きに迫ってきている。

FDに比べると大きな巨体。その正体は…

 

「(前からトラック!?ここはクローズドの峠だろぉぉぉぉ!!!?)」

目の前に迫るのは、大型トラック。

本来の公道であればイズミのいる右レーンは対向車線。

だがどうやら、レース中の峠に一般車両が紛れ込んでしまったようだ。

そして時雨がドリフト前に気が付いたもの…種明かしをすれば赤と黄色のコーナー端のランプだったのである。

コーナー突入直前に、右レーンの赤ランプと黄色ランプの両方が点滅している事に気が付いた時雨は、危険であると判断して即座に減速。勝負を無効にしようとハザードランプを点滅させて減速したのだった。

だがハザードランプを付けたところで、相手が自分の走行レーンのランプに気が付かなかったのでは意味がない。

ワンエイティの失速はマシントラブルであると認識したイズミは、高揚していたこともあったのか右レーンにおける車接近ランプに気が付かずに思いっきりコーナーに飛び込んでしまっていたのだ。

それも、黄色灯と赤色灯の両方が点滅している事に全く気が付かずに…である。

 

「「うわああああああああああああ!!」」

FD3Sの速度、110キロ以上。トラックの速度は40キロ程度。

トラックのドライバーとイズミの双方が悲鳴を上げ、イズミはブレーキを掛けて更にハンドルを1回転近くまで回して左に曲がろうとする。

双方ともにハンドルを左に切ったことで接触は間一髪免れた。

だが低速走行であったトラックはまだしも、FD3Sは完全にグリップを失って制御不能の状態に陥っていた。

ブレーキを掛けて減速しようとするも、連戦の果てにブレーキがフェードしていたこともあり全くもって減速しない。

右レーンから左レーンにはみ出たFD3S目の前にトンネルの壁が迫る。

イズミにはアクセルを抜いてハンドルを右に切って、サイドブレーキを引きながらブレーキを掛ける事しかできなかった。

だが、そんなそれらの行動も制御不能状態のFD3Sに対して全くもって無意味と言っても過言ではなかった。

タイヤが消耗していたこともあってグリップを失ったFD3Sは、進行方向と真逆の向きを向く。

そして次の瞬間だった。

 

ドガッシャアアン!!!

激しい音がトンネル内にこだました。

FDがリアから100キロ以上のスピードで壁に激突したのだった。

マシンのパーツが四方八方に分散する。

衝撃のあまりボンネット、リアバンパー、リアウィングといった部品はあっという間に宙に舞った。

リアタイヤ2本も衝撃で外れ吹き飛んだ。

100キロ以上という猛烈な速度で正面から壁に突っ込んだFD3Sは、反時計回りに何回転もしながら左レーンから右レーンに走り抜けていった。

細かなパーツが吹き飛び、FD3Sのリアはむき出しの状態になっていた。

速度は全く落ちない。

そして右レーンにFD3Sは高速のままスピンして突き抜けていく。

 

ガッシャアアアン!!!

2度目の轟音。

今度はフロントから右側の壁に突っ込んだ。

クラッシュの反動で右回転していたFD3Sは左回転を始める。

左回転をし始めると、段々とFD3Sの速度は落ちてきた。

そして3回転してトンネルを抜け出したところで、左レーンを塞ぐかの如くFD3Sは無残な形で停車したのだった。

 

「―――!!」

ワンエイティの前に迫るFD3S。

だがこの時ワンエイティは事故を予測していたのか25キロという低速で走行していた為、左レーンから一時的に右レーンにレーン移動、そのままかわすことが出来た。

そして左レーンに戻り、時雨はマシンを停車させるのだった。

 

―――アイドルのイズミ、FD3S大破につき走行不能。

勝負は時雨の完勝だった。

 

 

 


 

 

 

推奨BGM

ワンエイティから降りた時雨と奈美子は、即座にイズミの救出のためにFD3Sの方向へ向かった。

 

「イズミ!!」

「しっかりして!」

衝撃のあまりフロントガラスにヒビが入り、右ドアガラスが割れ、エアバッグに顔を打ち付けているイズミ。

 

「う、うう…」

時雨と奈美子の言葉に気が付いた彼女は、ドアを開けて何とか自力でFD3Sから脱出したのだった。

モノコックは歪んでいたが、幸いにもドアが開かないという事はなかった。

 

「イズミ!」

「大丈夫!?」

「あ…ああ……何とかな…」

多少ふらつくイズミ。

だがマシンが大破した分彼女に大きな外傷は見受けられなかった。

どうやら激しくクラッシュしてパーツが分散した分、衝撃も分散したようだ。

見る限り、割れたガラスが原因であろう腕の切り傷と顔から軽く血が出ている。

また、右腕がブラブラとしている。恐らく骨折しているのだろう…。

だが何にせよ、マシンが盛大に爆散する程のあのクラッシュで軽い切り傷と打撲、右腕の骨折という怪我ははっきり言ってマシな部類だった。

 

「救急車、呼ぶ?」

「ま、待ってくれ…この事故はあまり大事にしたくはない…トモミたちを呼べば、あたしをよく知ってる病院を案内してくれるはずだ…」

「でも……」

近くからパトカーの音がする。

どうやらトラックのドライバーが警察に連絡したようだ。

近くにパトカーが迫り、警察官が近づいてくる。

 

「大丈夫ですか!?」

「うっ…」

「今すぐ救急車を…!」

パトカーから降りてきた警察官2人が状況を聞きに来る。

片方の警察官が救急に電話を掛けた。

そしてその間、もう片方の警察官によって実況見分が行われた。

 

◇ ◇ ◇

 

「うわああああっ、イズミちゃあああああん!!!」

「な、何という事でしょう…!」

「リーダー!大丈夫か!?」

「イズミ!!」

「イズミさん!!」

実況見分の最中、「ガールドラッシュ」の幹部たちが事故現場にやってきた。

事故の後、奈美子はヒロシに電話していたのだ。

そしてその直後、イズミは救急車でメンバーの車と共に病院へと運ばれたのだった。

 

「こりゃひどい…」

警察官の男は静かにそう呟くしかなかった。

FD3Sは原形をとどめないほどまでに見るも無残に大破していたのである。

事故現場に残っていたのはトラックのドライバーと警察官2人、そして時雨と奈美子だった。

ケガ人であるイズミはともかく、共に走っていた時雨と奈美子は実況見分に付き合わされることになったのだった。

 

「…で、自分たちが左レーンを走っていたらトンネル内の右レーンのランプが両方点滅している事に気が付き、危険だと思って減速した直後にトラックが走ってきたと…」

警察官は状況を聞くように問いただした。

 

「はい…」

時雨はそう呟いた。

 

「ふーむ…まあ本来この峠は共同暴走が許されてる場所だし、相手のトラックがそこに勝手に侵入したという事もあるしな…ルール適用の時間内だしお二人さんは大丈夫だろうけど、あの被害者は難しい事になるだろうな…」

「あの…イズミって、どうなるんでしょうか」

「詳しい事は分からないが…まあスピード違反とかそういうものはともかく、安全義務違反とかそういうのが問われるだろうな…」

「……」

「だがトラック側も本来クローズドの峠に紛れ込んでしまった以上、多少は過失を取られるだろう」

「……」

「まあ何にせよ、今回のケースは難しい事例だ。裁判次第としか言わざるを得ない…」

 

本来クローズドの峠におけるレース中で会った事、事故を起こした車線は本来トラックの進行方向であった事、イズミがもっと早く車を認知できたであろうという事、イズミの安全配慮義務の争点…

これらが争点になるだろうと警察官は語っていた。

一方で危険を早くに認知し、減速を促していた時雨にももしかしたら多少の過失はあり得るかもしれない…

そう警察官に言われるのだった。

 

その後、実況見分が終わった後FD3Sは警察の方に運ばれていったのだった。

 

 

 


 

 

 

―――事故の数日後。

第一寄木峠往路スタート地点駐車場。

推奨BGM

 

「……」

右腕にギプスを巻いて頭には包帯がまかれている中で、トモミに付き添われながら第一寄木峠往路スタート地点駐車場を訪れたイズミ。そしてそれを追うように「ガールドラッシュ」の幹部たちも追うようにやってきた。

あの後事故車両は案の定警察に運ばれていったらしい。

イズミ自身は右腕の骨折と頭部の打撲、腕の切り傷くらいで済んだ。

事故の裁判もトラックのドライバーが非を認めていることもあり、早々に和解の方向にあるらしい。

だが、大切なFD3Sが廃車レベルに大破してしまった事にショックを隠せないでいた。

それでもピットに「色々と話したい」と連絡を入れたことで時雨と奈美子、ヒロシの前に彼女たちは姿を現した。

トモミのZ34の助手席に乗り、頭には包帯を巻いて右腕にギプスを巻いた状態で時雨たちの前にイズミは姿を現した。

 

「い、イズミ!!」

「なんてこったぁ…」

「その格好は…?大丈夫なのかい?」

イズミの姿は時雨たちからしてもあまりにも痛々しいものだった。

 

「…ああ、何とか怪我はな」

「右腕の骨折とガラスが割れたことによる切り傷、あとは顔面の打撲と切り傷ってところね…。でも予想以上に怪我が大きくなくて、お医者さんも驚いていたわよ」

「そっか…」

トモミが病状を説明するかのように言った。

時雨はそれに安堵するかのように言うのだった。

 

「…しかし関東レディース界隈を総ナメにしてきたあたいが、こうも負けるなんてね。それも、あんな大クラッシュで……自分を驕った結果かな。あたいも腐ったってもんだ」

「…ところで、話って?」

イズミの言葉に時雨は疑問を思った。

 

「…あのバトルの後、色々考えることがあってな。元よりあのバトルは普通に考えてもあたいの完敗さ。んで、お前たちとはいい付き合いになりそうだなって思ったわけよ」

「……」

「とりあえず…あたいと、ダチになってくれないか?」

「え…?ええ、もちろん…ねえ、時雨?」

「うん…僕としても、嬉しいかな」

イズミの言葉に対し、時雨はにこやかにそう答えた。

するとイズミはその言葉を待っていたと言わんばかりにこう言った。

 

「よっしゃ!じゃあ、親愛の証にしたいから通り名のプレゼントだ!」

「と、通り名?」

「まずは…奈美子だな。『[大生糸(ダイナマイト)奈美子』!うおおカッケエ!強そう!!あ、文字はこれな」

イズミはどこか自画自賛するように通り名を与えた。

またトモミからメモをもらって当て字を見せた。

 

「…あ、ありがと。なんか字があまり強そうじゃないけど」

そしてイズミは続けて時雨を見てこう言った。

 

「時雨…お前はそうだな…『真鬼狼(しんきろう)』!!ほら影薄いしさ、蜃気楼ってピッタリだろ!ハハハ!!」

そう言ってまたトモミから2枚目のメモをもらって当て字を見せた。

 

「は、はあ」

「なんだよ~!もっと嬉しく反応してくれてもいいじゃねえかよ~!アハハ!!」

「(字面は時雨の方がカッコいいかな…)」

困惑する時雨に対して、イズミは肩をポンポンとしたそうに言った。

一方で時雨はその当て字に対して困惑しながらも、淡々と話すのだった。

すると、傍から言葉を聞いていたヒロシが自分にも通り名が欲しいと言わんばかりに話しかけてきた。

 

「イ、イズミちゃ…姉御!よ、よければ俺様…ごほん、私めにも一つ、何かいただけませんでしょうか?」

「ああ?お前はもう決定だよ、『苦鎖霊亜負露(くされアフロ)』!」

「あ、ありがとうございます!『苦鎖霊亜負露』、謹んで、頂きました!!」

イズミは完全にヒロシを見下すように通り名を与えた。

だが、ヒロシにとってその通り名はご褒美同然だったようだ。

「苦鎖霊亜負露」の通り名を貰ったヒロシは、頭を深く下げるのだった。

そしてその言葉を伝えた後、イズミは時雨と奈美子の方を見て言葉を続けた。

 

「…そういえばお前ら、『皇帝』について聞きたいんだったな?今日はあたい、そのことを話しに来たんだが…」

「皇帝の話を、遂に…」

「でもな…ハッキリ言って胸糞悪ぃ話だが、それでも聞きたいってのか?」

イズミはどこか「言わない方がいいのでは」と思いつつもそう言葉を口にした、

 

「ええ…どうしても知っておきたいの。『皇帝』の情報を…」

「僕からもお願いするよ」

イズミの言葉を聞いた奈美子と時雨ではあるが、もとよりどんな話であっても構わないと思っていた2人は続きを求めるのだった。

 

「……わかった。いいだろう」

そう言ってイズミは淡々としゃべり始めた。

なぜ『ガールドラッシュ』では『皇帝』の話題がタブーなのか、誰も語りたがらないのかを。

 

それは数か月ほど前の事である。

ガールドラッシュのメンバーの一部が、伝説のドライバー『皇帝』と偶然出会った。そしてメンバーの一人であるアリスをお気に召した『皇帝』が、彼女に対し幾度となく接触を試みたのだった。

嫌がるアリスを一丸となって守ろうとした『ガールドラッシュ』全体に対して、いつしか『皇帝』が執拗に卑劣な行為を行うようになってきた。例えば車への損傷、身内への嫌がらせ…。

 

「さらにチーム内にはアリス以外にも、『皇帝』に手荒にバトルを仕掛けられ、危うく大事故になりかけた人間もいるわ。もっとも、それはこちらの人間のテクニックの未熟さも原因ではあるけれど…」

トモミが事情を話した。

するとイズミがそれに対して言葉を続けた。

 

「汚ねぇ手口にも抵抗してたんだが、奴は伝家の宝刀と思ったのかね?どこから入手したのか、今回のリークさ。まぁ元レディースは事実だし、何にせよ公認の峠とはいえあんな大クラッシュを起こしたら事務所を解雇されれちまうのは避けられなかっただろうなぁ…どうしたもんかね、トモミよぉ!ハハハ!」

「アハハ、じゃないわよ!せっかくここまで築き上げたものが台無しじゃない……仕方ないわね。いっそ『暴走アイドル』として売り出しますか?アッハッハッハ!……ハァ」

イズミの言葉に対してトモミは軽く笑ったが、その笑いも呆れに一瞬で変わった。

すると

 

「あの…イズミさん、トモミさん、本当にごめんなさい。もとはと言えばアリスが…うっかり『皇帝』さんと鉢合わせをしたばっかりに…」

アリスが謝罪するようにイズミへ言った。

「んまぁ!アリスが謝る事はないわ…あなたは何も悪くないんだから!悪いのは全て『皇帝』よ!!」

アリスの謝罪にアマネが擁護するように言った。

 

「しかし聞けば聞くほど最低な奴じゃねえか、『皇帝』ってのはよぉ!何が伝説のドライバーだよ、聞いて呆れるぜぇ!ってあれ?」

イズミの話を聞いたヒロシが奈美子たちの方を振り向いた。

 

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「…な、ナビ子どうしたんだよ?それに…」

「そ、そんなの…」

そして奈美子が言葉を発しようとしたその時だった。

奈美子は明らかに動揺しているようだった。

 

「「そんなの嘘」だ(よ)!!!」

奈美子の怒りと絶望の叫びをかき消すかのように聞こえたもう一つの声。

 

「「「「「えっ……?」」」」」

ふと皆が不穏に思いその正体の方向を向くと、そこにいたのは奈美子の相棒……時雨だった。

その目は、怒りと絶望と悲しみが入り混じっているかのような…敗者を見下すような、そんな目をしていた。

 

だがそんな感情と裏腹に時雨の言葉は、怒りを通り越して覇気すら感じられた。

今までは比較的口数が少なかった時雨だが、それだからこそここでの動揺ぶりはイズミですら驚くほどだった。

こんなにも怒りと悲しみが入り混じった感情をむき出しにするとは思われなかったのである。

今にもイズミに食って掛かりそう…下手すると暴力沙汰になりそうな雰囲気になってしまっていた。

 

「お、おい…何だよ急に…そんなに怒る必要、ないじゃないか…」

時雨のあまりの豹変ぶりに流石のイズミも驚いていた。

それどころか、覇気を感じ取ったのか怯みかけていた。

 

「時雨さん…?」

「し、時雨……?どうして、時雨が…?」

アリスと奈美子が疑問を口にするも、時雨は全くもって聞こえていないようだった。

そんな中でも、時雨は激昂したかのように言葉を続ける。

 

「皇帝が、そんなことをするわけが……そんなことを、するわけがないんだ……!!」

「えっ…?」

「時雨……?」

「皇帝は…皇帝は、僕の……!!!」

そう言って激しく取り乱し、イズミにぐいと迫ろうとしていた。

だが次の瞬間、我に戻ったかのように時雨ははっとした。

過去の記憶が、ぐるぐると頭の中で一巡するかのようだった。

そして顔色がさーっとどんどん悪くなる。

そしてそのまま下を向いて、奈美子にこう言ったのだった。

 

「奈美子……ごめん」

「えっ?」

そして次の瞬間、時雨は走り出してその場から逃げようと車の方に走っていった。

 

「お、おい!!」

「ちょっと!どこ行くの!?」

「時雨さん!?」

「おい、待て!」

ガールドラッシュの幹部たちの声も時雨には一切聞こえなかった。

追いかけてきたメンツを振り切って時雨は急いでワンエイティに乗り込み、即座にエンジンを始動させた。

そしてそれを追いかけるかのようにワンエイティの助手席に乗ろうとする奈美子。

しかしドアにはロックがかかっていて開かなかった。

ドアを叩いて開けようとする。

「ちょ、ちょっと!時雨!ドアを開けてよ!時雨?時雨!!」

その直後、盛大にクラクションが鳴り響いた。

ピーーーーーッとヤン車の如く盛大な音を轟かせた。

文字通り「僕に近寄るな!」と言わんばかりの爆音だった。

 

「っ…!!」

「うお…!?」

「!?!?」

突然の爆音クラクションに奈美子はおろかヒロシやガールドラッシュの幹部たちも腰を抜かしてしまった。

盛大なホイルスピンの直後、発進するワンエイティ。幹部たちやヒロシ、奈美子を避けてあっという間に奈美子たちを振り切ったのだった。

まるで時雨は、奈美子たちに反抗するかのように峠を去った。

そのスピードは奈美子やヒロシはおろか、イズミを含むガールドラッシュの幹部たちが追いつけるようなものではなかった。

 

「し、時雨ちゃーん!!どこ行くんだよーーー!!」

「な、何だっていうんだい…」

「時雨さん…」

「……」

「時雨…どうして……」

奈美子はおろか、ヒロシやイズミを含むガールドラッシュの幹部たちすら時雨の変貌ぶりに茫然とするしかなかったのだった。

 

「―――あんなの…敗者の戯言だ…!」

時雨は運転席でそう呟き、涙を流しながらどこかへと走り去っていった。

 

 

人々の前に再び姿を現したのは、日が落ちた後再びカーファクトリーピットに戻った時だった。

そしてピットに戻ってきた時雨は即座に自室に飛び込み…自室の鍵を閉め、部屋に閉じこもるのだった。

ハルカが事情を聞きだそうにしても、「しばらく一人にさせてください」という紙をドア越しに渡して部屋に閉じこもった。

 

遂に3人目の四天王を倒した時雨。

だが、イズミから語られた事実はあまりにも残酷なものだった。

果たして時雨はもう一人の四天王に会うことが出来るのか。

そして何故時雨はあんなにも狼狽したのか。

答えは時雨自身だけが知っている。

(第18話End)

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