「艦これ」いつかあの海で×ドリフトスピリッツ 2023 -いつかあの路で- 作:カービィ改二
少しずつ暴かれていく奈美子と時雨の過去…。
そしてそれに惹きつけられるかの如く、新たな挑戦者が時雨の前に現れます。
act.19「Two confessions(二つの告白)」
アイドルのイズミ…3人目の四天王を倒した時雨。
しかし彼女からの告白…皇帝の真実に動揺した事により、奈美子も時雨もショックを受けてしまった。
落ち込む奈美子、自室に引きこもってしまった時雨。
双方ともに明らかに精神的ダメージを受けていた。
何故奈美子は落ち込んだのか。
何故時雨は引きこもったのか。
奈美子、時雨と皇帝の関係は一体どのようなものか。
暴かれる時が迫る…。
―――カーファクトリー・ピット。11時過ぎ。
事故を起こしたイズミとの再会から3日が経過していた。
時雨が四天王のイズミを倒したという話を聞きつけ、トーコとアフロのヒロシ、神風のトオルが「ピット」を訪れた。
しかし奈美子の放心した姿、時雨が引きこもっているという話を聞いて皆驚いている。
「時雨とナビ子のヤツ、一体どうしたんだ?せっかく四天王のイズミに勝ったと聞いて祝いに来てやったのに…」
「時雨ちゃん、俺達の前から逃げるように去ったと思ったら…今時雨ちゃんは?」
ヒロシの言葉に、ハルカが重い口を開く。
「実は…時雨さん、もう3日間も部屋に引きこもっていて…」
「何ぃ!?時雨ちゃん、もう3日も部屋に閉じこもってるのかぁ!?」
「はい…ご飯だけは用意してて、お風呂にも入ってるみたいなんですが、鍵もかかっていて部屋には入れないんです…それにこんな手紙も…」
そう言ってハルカが取り出したのは時雨からの「しばらく一人にさせてください」という殴り書きの手紙だった。
「『しばらく一人にさせてください』…かぁ…」
「あいつら、こりゃ深刻だな…」
「…とりあえず問題を一つずつ片づけていきましょう。まずは話しやすそうな奈美子ちゃんから話に行きましょうか」
トーコの提言で、まずは奈美子の方から話を始める事を決めた。
彼女はワンエイティが止まっている整備ガレージの端っこの椅子に座り、下をガックリと向いていた。
「奈美子さん」
「…ハルカちゃん」
何とかハルカの方を見て返事をする奈美子。だが声に元気はなく、抜け殻同然の状態だった。
「アフロさんたちが…」
「……」
だが、ハルカの言葉に奈美子は目を背けた。
するとアフロのヒロシが茶化すように言いだした。
「ナビ子よう、青春時代にはよくある話だぜぇ?もう『皇帝』なんて忘れて、俺様に乗り換えたらどうなんだ?この『腐れアフロのヒロシ』によう?」
「……あんなの、私の知っている『皇帝』じゃない…」
「ダメだこりゃ、聞く耳持ってくれねぇや…ってナビ子、今何つった?」
奈美子は放心気味にぶつぶつとつぶやいたが、ヒロシはある事に気が付いた。
「『私の知っている皇帝』じゃねえ?…お前、『皇帝』を知っているのか?」
「…!」
「なあ、ナビ子…どういうことだ?」
「あっ…えっと、その、つまりその…」
疑問を投げかけるヒロシとトオル。
だが、奈美子は答える事にいまだに躊躇している。
すると、その様子を見かねたトーコが発破をかけるようにこう言い寄った。
「水臭いわね!私たちは仲間でしょ?1人で抱え込んでいても、何もいい事はないわ!」
「トーコさん…」
「さあ、白状しなさい」
「うう…」
トーコの発破に奈美子は白状するように真相を言いだしたのだった。
「ええと…実はその、『皇帝』は私の兄さんなの…」
「なっ…!?お、おいナビ子、マジかよ?」
「…ごめんなさい、今まで隠していて」
その言葉を聞いたトオルが驚いた顔をして反応した。
そしてそれに釣られて他の面子も驚きの反応をする。
「そ、そうだったの…!じゃあ奈美子ちゃんはずっと、お兄さんを探していたという事なのね…!」
「マジかぁ…」
「奈美子さん…そうだったんですね」
「皇帝」が奈美子のお兄さんである事について、さすがに一同は騒然とするしかなかった。
そしてイズミから「皇帝」の行為について聞いた時にショックを受けていた時にショックを受けた理由についても納得したのだった。
奈美子が言葉を続ける。
「兄さんは数年前に家を飛び出したきりで、長い間会ってなかったの…」
「……」
「私はずっと兄さんを探して、『皇帝』と呼ばれるドライバーになっていたことを突き止めた…」
「そういうことだったのかよ…しかしなぁ…ようやく探し当てた兄貴が、とんでもない卑劣な男になっちまったなんてなぁ」
するとヒロシの言葉に、ハルカが怒りの形相を露にするように言葉を発した。
「アフロさん!そんな言い方ってないと思います!!…だいたい、イズミって人たちの話も真実とは限らないじゃないですか!嘘かもしれませんし!」
「は、ハルカちゃん…お、おお…そうだよな、すまねぇ…ナビ子…」
「……」
全てを話し終わると、奈美子は再び口数を減らしてしまった。
ヒロシの謝罪に対しても反応は薄い様子だった。
しかしなぜ奈美子が落ち込んでいるのかという事を理解したトーコやトオルは、次の問題を口にした。
「さて…あとは」
「…時雨の方、だな」
「…部屋には鍵がかかって、心配で声をかけたのですが、全く返事も無くて」
「じゃあ、今日もずっと部屋にいるのかぁ?」
「はい…」
すると、落ち込んでいた奈美子がすっ、と立ち上がった。
「…行きましょう」
「奈美子さん、大丈夫ですか?」
「…時雨の方も、心配だから」
心配するハルカの声に、奈美子が反応した。
自分の事もそうだが、それと同様に時雨の事も心配になったのだ。
皆が揃って時雨が閉じこもる部屋の前にやってきた。
ハルカがノックする。
「時雨さーん!奈美子さんやアフロさん、トオルさんが来ましたよー!少しだけでも顔見せてみませんかー?」
「おおーい、時雨ちゃーん!元気出してくれよー!俺たちゃあ、心配してるぜー!」
「時雨ー!少しでいいから話がしたいの!お願いだからドアを開けてー!」
ハルカに次いでヒロシと奈美子が声を発する。
すると流石に顔を見せないといけないと思ったのか、鍵が開いたかと思いきや扉がゆっくりと開いた。
「時雨…」
「……入ってくれ」
時雨の様子はいたって健康体だった。
3日間引きこもっていたとはいえ、さすがにご飯はちゃんと食べていたこともあるのだろう。
時雨はドアの前にいた5人を部屋の中に入れた。
5人が入ったその部屋は必要最低限の洋服と、作業用のツナギ、そしてハルカが元々使っていたタンスや机とベッドくらいしか置かれていなかった。
その様子にハルカはほっとした。
気持ちが大きく荒んでいるという訳ではないようだ。
「ほえぇ…ここに時雨ちゃんは住み込みで働いてたんだな…」
ヒロシはそう軽く呟いた。
自分と同じような子供部屋。
その空間に時雨は住み込みで働いていたというのが明らかになった。
ハルカが声をかけた。
「時雨さん…大丈夫ですか?」
「うん…心配をかけてごめんね」
謝る様子で時雨はそう静かに言った。
「心配したぜ時雨ちゃん、一体何でこんな事になってたんだぁ?」
「色々と、考えることがあってさ…」
「考える…?」
「僕の、記憶のことで…」
失っていた記憶を思い出した。
そう時雨が言った次の瞬間だった。
「えっ!?…まさか時雨、記憶を取り戻したの!?」
「な、奈美子さん」
時雨が言った「記憶」…その言葉に奈美子が食い入るように反応した。
だが、奈美子やハルカの反応に対してヒロシたち3人の反応は疑問に満ち溢れているようなものだった。
「記憶を、取り戻す?」
「…どういうことだぁ?」
「お前ら、どういうことだ?」
時雨と奈美子を懐疑的な目で見るトーコ、ヒロシ、トオル。
ハッキリ言って疑っていると言っても過言ではない。
「あっ……えっと…それはその…」
奈美子はしどろもどろになって答えることしか出来なかった。
つい口から、時雨の秘密を口にしてしまったが故に一気に窮地に陥っている。
ここで話すべきか、誤魔化して秘密を貫き通すべきか。
究極の二択だった。
だが、その選択を決めたのは奈美子ではなかった。
「奈美子…もういいよ」
「時雨…?」
時雨の目は、全てを白状しようという決心の目をしていた。
全ては自分を、奈美子を助けてくれた人々の為にも…
ここまで来た以上、全てを白状するべきである。
そう時雨は思っていた。
疑心暗鬼になっていた3人を向いて、時雨は自分が覚えている事、思い出した事の全てを話そうと決心したのだった。
「…皆にも、いろいろと助けられたからね。僕は、僕の事を話せる限り話したいんだ」
「時雨……」
「だから、しっかりと聞いてほしい」
「時雨ちゃん…」
「……わかった。始めてくれ」
トオルの言葉を聞いた時雨は、自らの覚えている事、自分の事をポツリポツリと話し出した。
記憶喪失である事。
自分がどこから来たのかすらわからない事。
放浪しつつ箱根の峠を訪れた際、奈美子とハルカに助けてもらった事。
警察や役所にも行ったが自分の正体はまだわからない事。
「ピット」に住み込みで雇ってもらっている事。
以前のワンエイティは「ピット」のものだったという事。
時雨は自分が話せる事のすべてを、トーコ、ヒロシ、トオルに対してすべて話した。
「……」
「そ、そうだったのか…」
「信じられないぜぇ…」
トーコは唖然とし、トオルは「そうだったのか」としか言葉が出ず、ヒロシは「信じられない」と口にするしかなかった。
まあ当然と言えば同然だろう。
記憶喪失であんなにも箱根の峠を駆け抜けることが出来るなど、現実味が無さすぎる。
皆時雨の境遇については飲み込むことがとても困難と言うべき状況だった。
しかしそんな中でも奈美子とハルカはただ黙っていることしか出来なかった。
するとそんな中で声を出したのはトオルだった。
「だけどよ…時雨が言ってる事が事実なら、ヒロシ、お前とんでもないことしちゃったんじゃねえか?」
「えっ?」
「ナビ子が無理やりバトルするようにお願いしたとはいえ、お前…何も知らない赤の他人に、バトルを挑んだんだぜ?しかもそれで負けたっつーのもなかなかのもんだ」
「………」
トオルの言葉を聞いて、ヒロシは顔面蒼白になった。
説明を受けて、いくら奈美子が悪いという事があっても自分がとんでもない事をしたのではないかと思うようになっていった。
するとその時だった。
「す…すいませんでしたぁ!!」
ヒロシは突然時雨に土下座したのだった。
「ヒロシ…」
「何も知らない俺が…無理くりあんなバトルに付き合うから、時雨ちゃんにはここまでずっと大変な目に…原因は明らかに俺とナビ子だと思うぜぇ、本当にすいませんでしたぁ!!」
「私も謝るわ…今まで大変な目に遭わせて、本当にごめんね、時雨…」
ヒロシが土下座をしたのを見て、奈美子もその横で時雨に対して土下座するのだった。
二人は完全に罪悪感に溺れていた。
幾ら事情を知らなかったとはいえ、記憶喪失者をバトルに付き合わせるなんて明らかに異常事態だ。
赤の他人を、記憶喪失というハンデを持っているものを無理くりバトルに巻き込んでしまった結果ずっと今まで時雨は苦労を重ねる事になった。
そう考えると2人は時雨に対して頭を必死で下げるしかなかったのだった。
「ふ、二人とも顔を上げてよ。あれは自然の成り行きの結果だと僕は思うんだ。どっちが悪いとかそう言う話じゃないと思う…」
「いや、だからってよぉ…事の発端はと言えば、俺がナビ子に無理にナンパしようとしたことが全ての原因だぜぇ…」
「そうよ…それで私が無理やりバトルするようにお願いしたんだから、今考えてみてもとんでもない事をしてしまったと思うわ…本当にごめんね、時雨…あなたが怒るのも当然よ」
罪悪感に包まれていたヒロシと奈美子に対して、時雨は「終わった事はもう仕方がない」と言いたげな口調でこう言った。
「僕は別に…怒ってはいないよ」
「時雨ちゃん…」
「時雨…」
顔を上げる二人。
するとここで、時雨は言葉を続けた。
「それで……ここからが、本題なんだ」
「…本題?」
「時雨ちゃん、まだ話があるのかぁ?」
「少しだけど…思い出したことがあってね」
「それは何だ?」
「……大切な事だから、しっかりと聞いてほしい」
そう言って時雨は軽く息を整えて、こう断言するのだった。
「僕は、恐らくだけど…初めて箱根に来るまでに、皇帝に命を助けられたんだ」
「え…!?」
「まさか!!」
「そうなの!?」
「てことは…時雨ちゃん、皇帝に会ったって言うのかぁ!?」
「嘘だろ…!」
驚きの事実に動揺を隠せない5人。
何と時雨は皇帝に会っていたのだという。
そんな事を言われてしまったら、先ほどの奈美子の話を聞いていた以上驚くしかなかった。
「兄さんに会ったの…!?時雨、本当なの!!?」
「わっ…」
時雨の肩を掴んでがくがくと揺らす奈美子。
時雨の首がぐわんぐわんと前後に揺れる。
奈美子が更に動揺しているのは、目に見えてわかった。
「な、奈美子さん!落ち着いてください!」
「そ、そうだ落ち着けぇ!とりあえず時雨ちゃんの話を聞こうぜぇ!」
ハルカとヒロシが制止にかかる。
「ご、ごめん…時雨」
「げほ…その、今言ってたけど、皇帝って言うのは…奈美子のお兄さんなのかい?」
「あっ…うん。ごめん、時雨には言ってなかったわね…」
「…そうなんだ」
時雨の肩から手を放す奈美子。
一方で時雨はどこか納得するようにそう言った。
「奈美子とは最初色々あったけれど、結果から言えば僕を助けてくれたんだ…そんな人のお兄さんが、悪い事をするわけがないよ」
「時雨…」
時雨は奈美子の事も思い、そう伝えた。
だが、ここでトーコがある疑問を話す。
「でも時雨ちゃん、あなたが会ったのは本当に皇帝なの?」
「えっ…?」
「あなたの話を聞く限り、奈美子ちゃんの前にある人物に助けられて、それが皇帝だと思っているみたいだけど…その根拠っていうのも、あるんでしょう?」
「…そうだな。今までの話を聞く限り本当に時雨は皇帝に会ったのかがわからねーな。第一何で皇帝だってわかったんだ?」
トーコやトオルが疑問を口にした。
すると、その疑問に答えるかのように時雨はこう言葉を続けた。
「…トオル、君は覚えているかい?ジュンが言っていた事を…」
「ジュンが言っていた事?たしか、皇帝が車を乗り換えたってことか?」
「そう。その時ジュンは『皇帝はR35 GT-Rに乗り換えた』って、言ってたよね」
「ああ、言ってたな」
「GT-Rの特徴って言えば、その流線型のボディとリアのテールランプだと思う」
「…そりゃそうだが」
疑問に思うトオル。何故ここでGT-Rの特徴を言ってきたのか?
すると時雨はその言葉に続けてこう断言した。
「僕も色々と調べた上で断言できることがある…僕は、ここに来るまでにR35GT-Rの助手席に乗ったんだ」
「何だって…!?」
「R35のGT-Rに…?そりゃあ、箱根近辺でR35に乗ってる奴は皇帝くらいしか浮かばねぇが…」
「じゃあまさか時雨、あなたは兄さんの車に乗ったって言うの……!?」
「…絶対とは言いきれないけれど、僕は皇帝の車に乗ったんだと思う。…あの車の後ろ姿と、丸目のテールランプは…僕の記憶に残っている」
「……」
ざわつく5人。
時雨はどうやら皇帝の車に乗せてもらうほどのことを経験したのだという。
そしてリアの丸目テールランプとその流線型のボディという車の外観、そこから時雨は自分が乗ったのをR35GT-Rであると断言するのだった。
だが、論拠にはまだ乏しい。
時雨が本当に皇帝に会ったのかどうかという部分では、まだ説明不足と言っても過言ではなかった。
すると時雨はそれを見て、こう提案するのだった。
「僕についてきてほしいんだ。皆、来てくれるかい?」
「え…どこに行くんだ?」
時雨の言葉に、ヒロシが疑問を投げた。
「僕が…『気が付いたらいた』場所に」
「……?」
「大所帯で行くのもどうかと思う。3台で分けて行こう」
「…それって、遠いの?」
「少し、時間がかかるかもしれない」
そう言って時雨は、自室を出てガレージへ向かった。
こうして時雨の先導により、時雨と奈美子、ハルカとトーコ、ヒロシとトオルがそれぞれ車に乗ってある場所へと向かうのであった。
―――45分後。
近くの駐車場で車を降りた6人は、ある場所にいた。
「……ここだよ」
「え…?ここ…?」
「ここって…どう見ても砂浜だよなぁ?」
小由原駅から数キロの場所にある、相模湾に面した砂浜の波打ち際。
近くの駐車場に3台を止めた6人は、時雨が指示した場所へとやってきたのだった。
夏ではあるがサーフスポットや海水浴場としては穴場なのか人の数は少なく、波もどちらかと言えば穏やかである。
「今僕が思い出せるものだと、一番最初に…気が付いたらここにいたんだ」
「ここに、倒れていたって事…?」
奈美子がそう言った。
どうやら時雨における記憶を失った後の初めての記憶は、砂浜に打ち付けられていたことらしい。
「本当に、打ち付けられていたというべきなのかな。海から運ばれてここに来たと言えばいいかもしれない」
「………」
「僕は正直、意識を失いかけた状態だった。でも、そんな状態で助けてくれた人がいたんだ」
「それが…兄さん?」
「…断言はできないけれど、僕はそうだと思う。」
「………」
「でも、だったらなんでここに打ち付けられていたってわかったんだ?意識を失ってたんだろぉ?」
「…臨死体験、って言うのかな。倒れていた時、僕の体が宙の少し離れたところから見えて…その際に周りも見渡していたんだ。それで、僕がイズミたちの前から逃げた際に…その時の記憶に残っていた光景、この場所を偶然突き止めたんだ」
「臨死体験…マジかよぉ」
「でも、じゃあどうやって臨死体験から元に戻ったんだ?」
驚くヒロシに対して、トオルは時雨に質問する。
「その感覚は時間にして5分もなかったと思うけど、突然目の前が真っ暗になって自分の体に引き戻された…というべきなのかな」
「……」
「真っ暗になったあと、僕は気が付いたら背負われてゆっくりと運ばれていったことに気がついた。でもまたそこで意識を失ったけど…再び意識がある程度整った時、僕はGT-Rのシートで横になっていたんだ」
「…リクライニング全開で置いてくれてたってことか」
「そうだと思う。でも、意識が整ったあと直ぐに真っ暗になった。眠ってしまったんだろうけど…そこからは運ばれていたこと以外、覚えてはいないんだ」
波打ち際にいた時雨を皇帝であろう人物が見つけ、車で運んだ。
これが時雨の経験したことらしい。
砂浜に打ち付けられていた時は意識がはっきりしなかったが、GT-Rに乗っていたという事だけははっきりと記憶が覚えている。
そして気持ちが良すぎたのか、皇帝の姿と車の内部を軽く見た瞬間意識を失ってしまったのだという。
「ねえ…時雨は、兄さんがどんな姿だったのか覚えてる?はっきりとは分からないと思うけれど…」
「…薄っすらと覚えてるのは、黒のジャケットを着た男性だったということかな。容姿もとても綺麗だった」
「………」
「奈美子ちゃん、実際どうなの?お兄さんの姿は、あなたが覚えているものと一致する?」
「…絶対とは言えないけれど、可能性はあります」
「……」
「兄さんはとても容姿端麗で…時雨が言ってるジャケット、兄さんはそんな服を好んでいたので…兄さんだったんじゃないかな、と思ってます」
「……そうなんだ」
「でも、ちょっと待ってくれよ。だったらなんで皇帝は時雨ちゃんを助けたんだぁ?」
「え……」
「時雨ちゃんが波打ち際に倒れていたのはともかく、そこに皇帝がたまたまいたなんて、出来過ぎやしねえかぁ…?」
ヒロシが疑問を口にした。
「それについては、僕は本当に偶然だったと思うんだ」
「偶然?」
「なにか事情があってこの砂浜にいて、そこで僕を見つけた…僕はそう思うんだ」
「事情、か」
「その事情って…何なのかしら?」
「…僕にはわからない。でも、それなりの事情があったんだと思う」
「……」
トーコの質問に時雨が答えると、皆黙りこくってしまった。
すると時雨は、もう一つ教えたいものがあると言わんばかりにこう言った。
「みんな、もう1つ行きたい場所があるんだ」
「もう1つ…?」
「車で行くから、来てほしい」
そう言って時雨たちは駐車場に戻り、それぞれ車に乗り込むのであった。
◇ ◇ ◇
さらに30分後。
時雨たちがいたのは、山の中の小屋だった。
その小屋は、バス停の待合所でもある。
場所としては第一葦柄峠から車で30分ほどの距離だった。
「…ここだよ」
「この小屋は…?」
物事を思い出したかのように語る時雨。
バス停の中にあるその小屋は、木造で椅子が備え付けられているくらいだった。
壁には時刻表くらいしか張られていない。
「はっきりと目が覚めた時、僕はここにいたんだ」
「GT-Rで運ばれた後に…気が付いたら、ここにいたの?」
「うん」
最初に海で目は覚めていなかったが意識はあった。
GT-Rに乗っていた時も、目は覚めていたが目の前はぼやけて見えていた。
意識が混濁していたのだろうが、ここでは意識がはっきりとした。
何となくではあるが、砂浜にいた事だけは意識で残っていたのである。
だが、目を覚ました時はこの木造家屋…小屋の中にいた。
「恐らく僕は、さっきの海岸から車で運ばれてきたんだと思う」
「そうなんだ…」
「こんな山奥まで…ですか?」
「うん。それで目が覚めた後僕は、バス停に書いてあることをみて、この道なりに沿っていけば…遅かれ早かれ駅を目指せると思って歩いていったんだ」
「ここから駅って…おいおい数時間はかかる距離じゃねえか!バスには乗らなかったのか?」
「その時の僕は、無一文だったからね…」
「ああ、そうか…それで、歩きの末葦柄峠に?」
「うん…かなりの時間歩いたのは覚えてる」
「なるほどな…確かにここの道をずっと行けば、葦柄峠には着けるが…」
「それであの時、俺とナビ子の前に現れたってわけかぁ…」
「…大変だったわね」
時雨は皇帝がここまで運んできたのだろうと断言したそうに口にした。
そしてどうやってあの時、葦柄峠に来たのかということも。
すると、ふと浮かんだ疑問をヒロシが時雨に話した。
「でもよぉ…仮に皇帝が時雨ちゃんを助けたところで、なんでこんな山奥の小屋で降ろしたんだろうなぁ?」
「……」
「普通だったら、倒れている人を見つけたのなら病院とかに運んだり助けを呼んだりするってのが筋だろぉ?バス停に書いてある駅もアリだと思うし。なんでこんな山奥なんかに、それこそ時雨ちゃんを置き去り同然にしちまったんだろうなぁ?」
「それは…わからない」
「……」
すると一考して時雨はこう言った。
「これは僕の推測なんだけど…皇帝が僕を置き去りにせざるを得ない程、不測の事態に陥っていたんだと思う」
「人助けより大切なこと…か?」
「多分、そうなんだと思う」
「それって…何だ?」
「…僕にはわからないかな」
そう言うと時雨は黙ってしまった。
人の命が危うい状態で、それ以上に緊急の事態とは一体何なのか?
そこについて時雨は答えを導く出すことは出来なかった。
それでも皇帝の名を汚すことは自分としても許せない。
だからこその答えは「わからない」だった。
すると、時雨は奈美子たちを見てこう言った。
「…どんな形であれ、波打ち際にいた僕を誰かが助けてくれたのであろうというのはきっと変わらない事実だ。ここまでのことを踏まえて、仮に皇帝が僕を助けてくれたというなら、とてもじゃないけど…皇帝が悪事を働くとは思えない」
「時雨…」
時雨は断言した。
自分を助けてくれたであろう皇帝が、悪事を働くとはとても信じられない。
それはまるで奈美子を擁護するかのようでもあった。
「皇帝が本当に僕を助けてくれたのか、そして助けてくれたのならなぜ、ここにどうして置き去りにせざるを得なかったのか、なぜ皇帝が悪事を働いている事になっているのか…僕は知りたいんだ」
「……」
皆時雨の言いたいことは分かった。
時雨曰く皇帝は自分を助けてくれたのだろう。
そして皇帝はよっぽどの事態があった結果時雨を置き去り同然にせざるを得なかったのだろう。
そう時雨は言った。
だが、新たな謎を残すことになってしまった。
時雨の正体、皇帝がなぜ病院に運ばなかったのか、そして皇帝は本当に時雨を助けたのか?
これらの謎が散りばめられることとなってしまった。
「時雨が言いたいことは大体分かったが…皇帝の謎、また増えちまったな」
トオルはそう言った。
「でも、ここまで来てしまった以上…もう一人の四天王に会うしかないわ。そうすればきっと何か情報を得れるかもしれないし」
奈美子は気持ちを切り替えたかのようにそう言った。
そしてその言葉にヒロシもこう言った。
「イズミちゃんを倒した以上、もう一人の四天王のチームが時雨ちゃんたちに挑んでくるだろうなぁ」
「だったら、倒せばいいんだ。降りかかる火の粉は払えばいい」
ヒロシの言葉に、時雨は物騒そうにそう言うのだった。
だがそう言った時雨の目は真剣だった。
「…一旦、ピットに戻りましょうか。もしかしたら…新しいチームから挑戦者が来てるかもしれませんし」
そうハルカが言い、一度「ピット」に戻る事が決まったのだった。
―――30分後。
ピットに戻ってきた3組。
すると、店の前のポストに封筒がある事にハルカが気が付いた。
「あれ?手紙が…」
どうやら時雨への挑戦状らしい。
既に時雨がこの「ピット」の従業員であるという情報は既に広がっているようだ。
「…時雨さん」
そう言ってハルカは時雨に挑戦状を手渡しした。
封筒の封を切り、中身を確認する。
差出人は「『マシンヘッズ』メンバー 穴熊のカンザブロウ」らしい。
「挑戦状だ…僕と勝負してほしいらしい」
「どれ?…ほう、『マシンヘッズ』の傘下チームらしいな」
トオルが封筒の差出人を確認を確認し、「マシンヘッズ」の文字を確認した。
「マシンヘッズ?」
「四天王の最後の一人、ソウイチのチームだ。美濃沢峠を縄張りにしている」
「ついにここまで来たのね…」
遂に最後の四天王のメンバーから挑戦状が送られてきた。
すると
「…えっ?まさか?」
「どうしたぁ、時雨ちゃん?」
手紙に書かれていた内容に驚愕した時雨。それにヒロシが反応した。
「『皇帝の居場所を知っている。知りたければ『竜王会』のメンバーと自分に勝ってほしい』…って!?」
「「「「「えっ!?」」」」」
時雨が口にした内容に、驚愕する一同。
これは何が何でもバトルをするしかないだろう。
「まさか…本当なの!?」
「見る限り、そうらしいけれど…」
「バトルの日付とかは?何か書いてある?」
「今日の14時半に、第一美濃沢峠に…えっ!?」
トーコの問いに時雨はピットの時計を見る。
時刻は14時25分を指し示ていた。
「おおい!!待ち合わせの時間まであと5分しかねぇじゃねえか!!」
「これは急いで行った方がいいみたいね…!」
ヒロシが時間を確認し、トーコが2人を峠に行くよう促すかのように言った。
「時雨、急ぎましょう!美濃沢峠までのルートは私が先導するわ!」
「わかった。皆、僕と奈美子は美濃沢峠に先に行くよ。後を追ってきてくれ」
「わかりました、お気をつけて!」
「すぐ追いつくからな!頑張れよ~!」
そう言って走ってピットを後にする奈美子と時雨。
すると去り際にトオルがアドバイスを投げかけてきた。
「時雨、相手は箱根でも随一の頭脳派集団だ!気を付けて戦えよ!!」
「…!」
その言葉を聞いた時雨は軽く振り返り、こくりと頷くのだった。
奈美子と時雨は急いでそれぞれの愛車に飛び乗り、一路美濃沢峠に車を走らせるのだった。
◇ ◇ ◇
―――第一美濃沢峠、往路スタート地点駐車場。
「カンザブロウさん、本当に来るんでしょうか?手紙を置いたとはいえ、見てない可能性ってのも…」
「まあまあ、可能性にかけてみるのも…」
そこにいたのは、将棋の騎士の格好をした男と、チームメンバーたち。
グレーのアテンザに乗るこの男が、手紙の差出人である「穴熊のカンザブロウ」だった。
そんな男に疑問を投げた「竜王会」のチームメンバー。
既に待ち合わせの時間を20分もオーバーしている以上、果たして本当に時雨たちが来るのかは疑心暗鬼だった。
するとその時だった。
「…エンジン音?まさか!」
美濃沢峠に近づく2台のエンジン音。
片方は先導車の旧型のL20エンジン。そしてそれに追従する透き通ったSR20エンジン。
黄色のS30Zと、青色の武装されたワンエイティが美濃沢峠の駐車場に入ってきた。
「おお…!」
カンザブロウは感心したかのように声を上げた。
ダメ元で手紙を置いたのだが、まさかこうも釣り糸のエサに引っかかってくれるとは。
カンザブロウ自身でも嬉しい誤算ではあった。
2台が駐車スペースに横並びに停車し、それぞれの車からドライバーたちが降りてくる。
車を降りた2人は、男たちの中心にいた騎士の男に迫り声をかける。
「…遅れてごめんね。あなたが…『穴熊のカンザブロウ』?」
「ようこそお越しくださいやした。いかにも、あっしが『穴熊のカンザブロウ』でやんす。あんたが時雨さんと…ナビゲーターのナビ子さんでよろしくて?」
カンザブロウの言葉に時雨は頷いた。
「ええ、そうよ。手紙を読んだけど…皇帝の居場所を知っているって、本当?」
「手紙を読んでいただきやしたか…本当でござんす。勝負であっしが万が一投了すれば、感想戦代わりにお答えしてよござんすが…」
「…わかったわ。腐っていても真実は見えてこないからね」
「この勝負、受けて立つよ」
「わかりやした。では早速手紙の通り『竜王会』のメンバーと勝負を願いやす。スタートラインへご移動を」
「時雨、行きましょう」
「うん」
そう言ったところで、時雨と奈美子もワンエイティに乗り込んでスタートラインへと移動していく。
「最初は…よし、リキ。彼女たちと勝負願います」
「はい!」
そう言ったところで、チームメンバーの一人が車に乗って移動するのだった。
―――vsリキ
推奨BGM:WAITING FOR YOUR HERO(from SUPER EUROBEAT vol.203)
左レーン、R32。右レーン、ワンエイティが並ぶ。
「……」
「時雨、この峠は初めてだけど、直線が多いコースよ。最初から全開で行きましょう」
奈美子のアドバイスに、時雨はこくりと頷いた。
第一美濃沢峠往路は、最初に第1コーナーであるヘアピン。そこからロングストレートを経てトンネル内の左直角ロングコーナー、トンネルを抜けた後のそこから短いストレートを経て岩をくり抜くように存在する右直角コーナー、そしてまた短いストレートを経て最終の右直角コーナー、最後にドリフトラインが存在しない緩い左コーナーの先にゴールという作りになっている。
コーナーの作り的には右レーンが有利だが、左直角ロングコーナーの存在もあるので決して左レーンも不利という訳ではない。
アクセルを踏んでエンジンの調子を確認する。
整備はある程度してあったので、ほぼ十分に実力は発揮出来そうな感じである。
タコメーターの動きにも安定感があった。
ハンドルを左右に動かしてもちゃんとタイヤが曲がっている事が認識できた。
エンジンとタイヤの調子を確認出来たところで、カーナビのカウントが始まった。
バトルの時が迫る。
3
2
1
GO!
「…!」
「(…行け!)」
カウントと共にアクセルを踏み込み、ギアをPレンジからDレンジへ。
2台のエキゾーストからバックファイアーが吹き出る。
2台が並んで加速…していくと思いきや、ワンエイティが先手に出る。
徐々に速度差が付き、第1コーナーに到達するまでにテールトゥノーズの状態だった。
「(加速でおいていかれる…!?速い!!)」
R32のドライバーがそう驚愕しつつも、アクセルを踏み込み続ける時雨。
目の前に第1コーナーの右ヘアピンが迫る。
このヘアピンはドリフト区間が短く、クイックなハンドル操作とアクセル操作が必要とされる。
「速い…曲がれるのか…!?」
「(…やってみるしかない!)」
100キロ以上の速度でコーナーに突入しようとするワンエイティ。
一方のR32は距離を置いて80キロ台で突入しようとしていた。
「(ここ、だ!)」
ドリフトライン直前、アクセルを抜いたかと思いきやあえてハンドルを少しだけ右に曲げて100キロ台から一気にブレーキを掛ける。
速度は70キロまで落ちていた。
速度が落ちたのは単にブレーキを掛けただけではない。
ブレーキを全開でかけた瞬間、ハンドルを右に曲げていたこともあって既にワンエイティのリアはスライドを始めていたのである。
リアがスライドを始め、マシンがドリフト態勢になる。
そして白煙を上げようとした瞬間、マシンの前輪はドリフトラインを踏みつけた。
それを認識して、時雨はアクセルを一気に踏み込んでハンドルを左に曲げた。
短い区間ながらもヘアピンでドリフトしていくワンエイティ。
一方のR32も負けじとくらいついていた。
こちらの速度も70キロ台はドリフト時に出ていたのである。
「っう…」
何とか食らいつくR32。しかし外側の走行ラインという事もあり、ワンエイティとの差は徐々に開く。
同じ速度でコーナーでドリフトしている以上、インコースのワンエイティが有利であることは明らかだった。
「(…いける!)」
一方のワンエイティ。コーナー出口のドリフトライン直前でアクセルオフ、カウンター状態のハンドルをニュートラルに。
そして前輪がドリフト来を踏みつけた瞬間、アクセルを再び全開に踏み込む。
目の前に見えたのはアーチ橋、そしてそこを突き抜けるように続くロングストレートだった。
「(ここで、突き放す!)」
目の前のストレートに突撃していくか如くアクセルを全開で踏み込む。
判定は「Excellent -0.23m」。
立ち上がりの良さもあって一気に加速していくワンエイティ。
長いストレートである事もあって速度計は一気に160キロまで加速した。
「……!!」
280馬力の性能を持つR32が、ワンエイティに一気に離された。
R32はどんなに踏んでも135キロくらいまでしか上がらない。
速度面でもワンエイティは有利だった。
ロングストレートで一気に距離は20m程まで広がる。
「(……)」
ワンエイティはトンネルに入り、目の前には直角の左コーナーが迫った。
幾ら相手との距離差があるとはいえ一歩ミスをするとすぐにR32に食いつかれてしまうかもしれない。
そう思った時雨は速めにブレーキを掛けて速度を抑える。
メーターは160キロから110キロまで減速させる。
直角左コーナーが迫る。
「(右レーンで左コーナーである以上…)」
アウトコースの走行レーンとは逆向きのコーナーであれば有利なやり方はただ一つ。
もはや慣れ過ぎて伝家の宝刀と化していた、あのやり方で距離差を縮めさせない。
ブレーキを離してアクセルオフ、ハンドルを右に切る。
そして反発させるかのように再びハンドルを左に切る。
マシンが一気に曲がる感覚に陥った。
そして遠心力でリアタイヤがドリフトし始める。コーナーのドリフトラインが迫り、前輪がラインを踏んだところでアクセルを踏む。
リアタイヤにエンジンパワーが伝わる。
ドリフトし始めたタイヤはさらにアンダーステアに陥ってドリフトしていく。
アンダーステアを認識した時雨はハンドルをすぐに右に切ってカウンターを当てる。
速度はアクセルを踏み続けた事で120キロ台をキープし続けていた。
長い長いコーナーをカウンターを当て続けて走行レーンの中心を走るかのように駆け抜けていく。
そしてトンネルを抜けて数十メートルほど走ったところにコーナー出口のドリフトラインがある。
「(もっと速く…いけるはずだ…!)」
ドリフトラインが数メートルのところまで迫る。
それを認識した時雨はアクセルオフからハンドルをニュートラルに戻す。
滑走状態に陥るワンエイティのハンドルをしっかりと握り、真っすぐ走るように操縦する。
そしてドリフトラインを踏みつけてアクセルオン。
判定「Good! -1.45m」。
気持ちが焦ったのか、判定ラインよりも速くアクセルオンしてしまった。
それでもマシンは加速していく。
後方のR32は既にワンエイティのバックミラーから消し去ることが出来ていた。
「(これが、3人も四天王を倒したヤツの実力なのか…!)」
R32のドライバーは半ば自分の敵ではないと思っていた。
流石に相手は伊達に四天王を3人も倒した人物である。
自分が先鋒に指名されたこともあって、もしかしたら自分が敵う相手ではないのかもしれない…そう思っていたところもあったが、まさか2つのコーナーだけでここまで振り切られるとは思ってもいなかったのである。
R32のドライバーにとっては時雨の実力は明らかに予想以上だったのである。
第2コーナーをR32が駆ける頃、ワンエイティは既に第3コーナーの岩の中を抜け、完全に独走態勢に入っていたのだった。
「ダメだ……速すぎる!」
そう言ってR32のドライバーは降参した。
その後も必死に走ったはいいが、左レーンに右コーナーが2つも続いていたがために自分のふりは一切変わらなかった。
ワンエイティの圧倒的有利な状況で状況は続き、最終的にその状況は変わらなかった。
―――勝者、時雨。
タイム差としては4秒近くであった。
本気の走行が初めてのコースでここまでのタイムを出せるのは、はっきり言って時雨の順応能力が異常に高い事をも示していたのだった。
◇ ◇ ◇
―――第一美濃沢峠、往路スタート地点駐車場。
先鋒のドライバーが敗北したことについて、カンザブロウは少し驚いたかのようにこう言った。
「先鋒のリキが黒星を喫するとは…!…まあ、次の棋士に期待でござんす。不用意に動かず、勝機をじっとうかがう。それが穴熊の生き様でござんす…」
敗北の一報に少しは驚いたようだったカンザブロウだが、大きくは動揺していなかった。
寧ろ次の相手を指名するだけの淡々とした態度を取るだけであったのだった。
「…いいよ。誰でも相手になるさ」
時雨は次の相手に対しても、自信が多少あるようにそう呟くのだった。
―――40分後。
時雨と奈美子は「竜王会」のメンバーの殆ど…10名近くを倒すことに成功していた。
時雨がカンザブロウに話しかける。
「さて、大体倒したけどどうかな?」
「『竜王会』に対してここまでの実力を発揮するとは…!仕方ありやせん。こうなればあっし自らが出張るほかありやせんね。早速始めるとしやしょう!」
「わかった…始めよう」
そう言ってカンザブロウは愛車に乗り込み、時雨と奈美子も再びワンエイティに乗り込んでスタート地点へと移動していくのだった。
◇ ◇ ◇
―――vs穴熊のカンザブロウ
推奨BGM:PLASTIC(from SUPER EUROBEAT vol.205)
相手の車はグレーのマツダスピードアテンザ。
コースは復路で左レーン、アテンザ。右レーン、ワンエイティ。
2台がスタートラインに並んだ。
「(必殺の『王手飛車取り走法』、今こそ!)」
ハンドルを握りカンザブロウはそう思っていた。
相手がどれほどの実力であるかはある程度分かるとはいえ、それでも自分の目で実力を見てみたい。
そんな思惑も彼にはあったのだった。
「……」
皇帝の情報を求める時雨と奈美子。
このバトルに勝てば何かしらの情報を得られるかもしれない…そう思った時雨の両手両足には一層気合が入った。
必要であればニトロを吹かすなどの無茶をして、何が何でも相手に勝ちに行く。
ここで自分が止まる訳にはいかない。
求めるものの為にも、真実を知る為にも、そしてパートナーの為にも。
そう時雨は思っていたのだった。
アクセルを踏み込み、エンジンの回転数を上げる。
回転数を確認して、目の前を見る。
カーナビのカウントが静かに始まっていた。
3
2
1
GO!
「「―――!!」」
ギアをDレンジに入れる時雨。
対してギアを1速に入れるカンザブロウ。
2台のマフラーからバックファイアーが噴出し、2台が一気に加速する。
先行したのはワンエイティ。ノーズの部分だけ先行していた。
「…ふう」
ギアを4速に入れるカンザブロウ。
短距離でありながら一気に加速し、ワンエイティとはある程度の距離を維持しつつ走行出来ていた。
だが目の前に最初のコーナーである直角左コーナーが迫る。
「(まだ速度は乗っていない…っ!)」
時雨は速度の事をある程度頭に入れていた。
アクセルオフでハンドルを左に曲げ、テールスライドし始めるのを確認する。
後輪が徐々に滑り出す中で、前輪がドリフトラインを踏みつけたのを把握してアクセルを踏み込む。
ワンエイティは一気にドリフト態勢に入った。
「(ほほう、では…!)」
カンザブロウの右手親指がニトロスイッチに向かってそのままボタンを押した。
第1コーナーと第2コーナーの間のストレートで一気に加速するアテンザ。
ワンエイティを一気に引き離しにかかってきた。
「(序盤から使ってきた…!)」
時雨にとっては「一気に逃げる作戦なのか」と思わずにはいられなかった。
ニトロを使う事はドライバーであれば誰だって出来る事だろう。
だが、適正箇所で使う事はある程度経験が無いと難しい。
下手をするとスピードロスになってしまう事もあるからだ。
カンザブロウはそれにおいて1つの丁度いいポイントで使ってきたという訳である。
だが、それは同時に1つのリスクを持っているものでもあった。
「(……落ち着け)」
自分がニトロを先に使うという事は、相手にニトロの存在を思い出させるという事でもある。
だからこそ、相手には「自分にもニトロがある」という一つの心理的なゆとりが出来るようにもなってしまう。
そのゆとりは大きく、自分も有利な場所で使えばニトロで追いつくことは十分可能であるという事を思い出させることが出来てしまう。
だが、左レーンと右レーンでニトロを使う場所が必ずしも同じとは限らない。
もしかしたら左レーンで使っていい場所において、右レーン側がニトロを使うとそれは大きなタイムロスになってしまう事があるというのは自然の摂理でもある。
カンザブロウが使ったミドルストレートでも時雨はニトロを噴射しなかった。
まだ時雨にとっては「使うべき場所が別にある」と思っていたからである。
そのポイントは、時雨にとってはまだ先なのであった。
アテンザとワンエイティの車間距離は一気に車2台分にまで広がった。
第2コーナーが迫る。
「(まだだ…)」
ハンドルを軽く右に曲げたかと思えばアクセルオフ、ブレーキを一瞬だけ踏んでハンドルを左に曲げる。
フェイントモーションで車の重心が左から一気に右に持っていかれる。
120キロから110キロへ速度を下げる。
そして前輪がドリフトラインを踏みつけたのを認識してアクセルを一気に踏み込んだ。
ドリフト状態に陥ったワンエイティはアンダーステア気味にリアをスライドさせる。そしてスライドと共にハンドルを右に曲げてカウンターを当てる。
だがコーナー区間はものの数秒もない。
再びアクセルを抜いてハンドルをニュートラルに。
そして前輪がドリフトラインを踏みつけたのを認識してアクセルオン。
ワンエイティが立ち上がりで一気に加速していく。
アテンザとの距離差はじりじりと縮まっていく。
「(立ち上がりで縮まっている?まさか…!)」
「(…いける!)」
時雨には手ごたえがあった。
先行するアテンザを猛追するワンエイティ。
その距離差はみるみる縮まっている。
だがこれだけでは追いつけない。
もう一押しが必要だった。
アテンザは第3コーナーに侵入して既にドリフトしていた。
ワンエイティもトンネル直前のドリフトラインに迫る。
ハンドルを軽く右に曲げながらブレーキを咄嗟に踏み、速度を一気に130キロから100キロまで落とす。
ハンドルを曲げながら減速していく事で、マシンが自然とパワースライドを始める。
そして前輪がドリフトラインを踏みつけたのと同時に、アクセルを全開に踏み込む。
白煙を上げ始めるのと同時に、マシンが徐々に加速しながらドリフトするのを時雨は認識していた。
長い長いコーナーでにマシンを寄せてアテンザとの距離を徐々に詰めていく。
そしてコーナー中間で、アテンザはロングストレートに入りかけていた。
ハンドルを握りながら、マシンのカウンターを当て続ける。
そしてその中で、時雨は右手の親指をハンドルに取り付けられたニトロスイッチに伸ばした。
「(ニトロを使うのが許されるのは、使われる覚悟がある人だけ…!)」
コーナーの75%を抜けたところでニトロスイッチを押す時雨。
ワンエイティのマフラーから青い炎が吹き出る。
加速に振り回されるかの如くハンドルが暴れかける。
後輪にパワーが伝達され、ドリフトしているタイヤがアウトに膨れかける。
だがそれでもカウンターを当て続け、マシンが外に膨れぬように走行ラインをキープする。
そしてコーナー出口。
踏み続けたアクセルを抜いたかと思いきや、キープし続けていたハンドルをとっさの判断で一瞬だけニュートラルに。
そしてその一瞬で前輪がドリフトラインを踏みつけたと認識した時雨は、そこで再びアクセルを全開に踏み込む。
「(っ…いけ…!!)」
「(…まさか!?)」
その追いつく様子に動揺するカンザブロウ。
コーナーでの判定は「Excellent +0.21m」。
少しタイミングが遅いながらも、ほぼ完ぺきなタイミングでコーナーを脱出することが出来ていた。
立ち上がりの加速もあって先行するアテンザに肉薄するワンエイティ。
メーターは180キロを出していた。
だがそこからの加速はほぼ無いも等しかった。
それでも立ち上がりで失速気味だったアテンザを、アーチ橋の上でオーバーテイクすることは出来た。
あっという間にテールトゥノーズの状態から更に5m程引き離すことが出来た。
「(…やっぱり180キロ以上出ない!この車にも限界が近づいているのか…!?)」
「(リミッターカットのユニットを付けるのを忘れてた…!)」
時雨は覚悟していたが、奈美子はあるものの存在を忘れていた。
いずれ時雨のワンエイティに装着するべきであったスピードリミッターカットの装置。
これを奈美子は購入していたが、それをワンエイティに装着していなかったのだ。
これは時雨のマシンを勝手にいじる訳にもいかないという事もあったのと、時雨があまりにも動転してそっちを何とかする事が優先事項になってしまった事も大きいだろう。
「っ…!」
目の前に最終コーナーである左ショートヘアピンが迫る。
アテンザがいる左レーンが有利。だが車間距離は既に車2台分まで広がっていた。
ワンエイティがフェイントモーションでコーナーをドリフトしていく。
サイドブレーキを掛け、ハンドルを左に曲げるカンザブロウ。
ドリフトラインでアクセルを踏みつけてドリフトし、直ぐにカウンターを当てる。
そしてそのままアクセルを抜いて再びハンドルをニュートラルにしたら、
短いコーナーでありながら確実に減速する。こうすれば確実に速くは曲がれる。
コーナーの内側という事を含んでも相手のワンエイティには追いつけなかった。
1つのヘアピンで詰められるほどの車間距離ではなく、差が開きすぎていたこともあって結局アテンザはワンエイティに追いつくことができなかった。
そしてそのままワンエイティはアテンザを引き離しつつゴールラインを駆け抜けたのだった。
「ふむ…あの実力なら確かに…」
カンザブロウは納得するようにそう言ったのだった。
しかし負けた事に対して、彼は悔しさというよりは満足感を得ていたのだった。
「(工夫をしないと勝てなくなってくるかな…何とか策を講じないと)」
「(あのパーツを付ければ…いや、付けないとこれから先…)」
一方の時雨と奈美子。
ワンエイティの限界というものを察知した二人は、ワンエイティへのさらなるチューンの必要性を把握していたのだった。
―――勝者、時雨。
タイム差は2秒近くだった。
―――第一美濃沢峠、往路スタート地点駐車場。
駐車場にいたのは、奈美子と時雨がよく知る2人の男の姿だった。
駐車したワンエイティから降りた2人を、男たちが迎える。
「うっひょーい、時雨ちゃん!その調子だと勝ったみたいだなぁ!」
「よう、お疲れさん!おめぇらの走り、見事なもんだったぜ」
「ヒロシにトオル!」
「来てたんだね」
二人の男に奈美子と時雨がそれぞれ反応した。
「ああ、今さっき何とか追いつけたぜ。あ、ワークスとピットの嬢ちゃんたちは流石に店番があるから置いてきたが…」
「そうなんだ」
トオルの言葉に時雨がどこか納得したかのように帰した。
「いやいや、さすが四天王を3人まで倒しただけはありやすね…!降参でやす、参りやした」
車から降りて時雨と奈美子の方にやってきたカンザブロウはそう語った。
「…コイツが手紙の差出人か?」
「ええ、そうよ」
トオルの質問に奈美子が答えた。
すると時雨がカンザブロウに言葉を続けた。
「僕たちの勝ちだね。それじゃあ手紙の通り、『皇帝』の居場所を教えて欲しいんだ」
「約束でござんすからね。この直ぐ近くのある場所でござんすよ。半年ほど前からね…」
「ん…?この近くのある場所だと?『皇帝』はそこを根城にしてたって事か?」
トオルが質問する。するとカンザブロウはそれに答えるようにこう言った。
「いえ、そう言うわけではないようで」
「じゃあ、何故?」
「何故って、『皇帝』はおいそれと動けない状態でしたからねえ…」
「皇帝が、動けない?どういうことだい?」
「イマイチ話が見えてこないわね…『皇帝』はどこにいて、今何をしているの?」
「えぇ、それがですねぇ…」
するとカンザブロウが言葉を続けようとした時だった。
バリバリと別のエンジン音が遠くから響いてきた。
まるで挑戦者が現れたかのようだ。
「あぁん?誰か来たみたいだぜぇ」
「この音は…?」
「L型っぽいな…スカイラインGT-Rか?」
車の音に疑問を持ったヒロシと時雨。
そうトオルが言うと音は徐々に近づいてきて、駐車場に入ってきた。
音の正体は、銀色でファイアーパターンのステッカーが貼られたR34スカイラインGT-Rだった。
「R34だわ…誰かしら?」
「丁度いいところに来たでやんすね。ちょっとあの車のドライバーを待ってみやしょう」
「え?」
カンザブロウが「待ってみよう」と言ったR34のドライバー。
駐車場に止めたR34からドライバーが降りてきて時雨たちの方にやって来た。
「ふむ…カンザブロウ君。あれほど息巻いていた割に、見た感じ負けたようだねぇ、キミ」
「いやいや申し訳ない…この二人、あっしの想像以上に速いでやんすよ」
「…?」
「あの、この人は?」
奈美子がカンザブロウに声をかける。
「ああ、お二方。居場所の件ですけどね、あっしよりこちらの御仁に聞くといいかと思うでござんすよ。何せ、『当事者』の方でござんすから」
「当事者…?」
カンザブロウに話しかけ、時雨や奈美子の前に立ちはだかったのは、白衣を羽織った冷たい目つきの男だった。
彼の言う「当事者」とは一体どういう事なのか?
それを知る為にはバトルで解き明かすしかない。
(第19話End)