「艦これ」いつかあの海で×ドリフトスピリッツ 2023 -いつかあの路で- 作:カービィ改二
遂に最後の四天王との特訓を交えた決戦へ。
赤髪のアラタ、そしてDr.ソウイチとの出会いから2日後。
時雨と奈美子は「皇帝」に挑める態勢を整えるべく、特訓をする事になった。
マシンを整え、美濃沢峠のドライバーたちとの特訓…最終決戦に挑むことになる二人。
果たして二人はバトルの果てに何を見るのか?
最後の四天王との決着の時も、徐々に近づくのだった。
―――カーファクトリー・ピット、ガレージ。
時刻は午前9時半。
この日、箱根一帯は雨雲に覆われてあいにくの雨模様と化していた。
「折角の特訓なのに、よりによってこんな雨になるなんて…」
ワンエイティの前輪右タイヤを新品に取り換えた奈美子は、多少がっかりした口でそう言った。
「まあ、天気予報で言っていましたからね…」
多少慰めるように、マシンの左側面を拭き終えたハルカは返事した。
「雨…やみそうにないね」
一方の時雨はラジエータ水の補給をしながらそう言った。
「本当にやるのかな…特訓」
「まあ、やるんじゃないでしょうか?向こうも雨天中止とは言っていなかったんですよね?」
「そりゃあ、そうだけど…」
ワンエイティの後ろで顔を合わせた奈美子とハルカはそう互いに主張する。
「でも、嵐って訳でもないですし…これくらいの雨なら問題なくできると思うのですが…あれ?」
ハルカがワンエイティのフロントの方を向くと、そこにはガレージのシャッター前の軒下で雨空を見つめる時雨がいた。既にラジエータ水の補給は終えたようだ。
「…やまない、雨は」
時雨はぽつりとそう呟きかけた。
奈美子とハルカはその様子を見ていた。
だが、その様子に気が付かなかったように時雨は言葉を続けた。
「やまない雨は……ないさ」
「え?」
「何か言った?」
時雨が何かを言ったかのように聞き取ったハルカと奈美子。
すると、その声に気が付いたかのように時雨は奈美子とハルカの方を振り向いた。
「え?ああ、えっと…僕は、大丈夫」
「とりあえず、これで準備完了ですね」
「じゃあ、早速だけど…あれ?」
「…誰か来たのかな」
ピットのガレージに近づいてくる2台のエンジン音。
その音は時雨や奈美子、ハルカにとっては聞き覚えのあるものであった。
赤黒ツートンのハチロク、黄色いレーシングカーストライプの入った青いBRZ。
窓を開け、ドライバーたちが中から声を出した。
「おーい二人ともー!応援に駆けつけてやったぜぇ~!」
「ヒロシ…に、トオル!」
「よお、お前ら!ここまで来た以上、折角だから見届けさせてもらうぜ」
「べ、別にいいのに…それに、こんな雨の中で…」
驚く奈美子と時雨に対して、親し気にヒロシとトオルは言った。
「何言ってんだよぉ!お前らは俺達『神風』の仲間だろぉ?チームメンバーのトラブルには助太刀に入るのが、本当の仲間ってもんだろぉ!」
「そうそう、あと俺としても『皇帝』について気になるからな…是非一緒に行かせてくれよ」
そう言うヒロシとトオルに対し、奈美子と時雨が顔を合わせて相談した。
「う~ん…どうする?」
「まあ、一緒に来るだけだろうから…いいんじゃないかな」
「それもそっか」
二人は同意するように互いにそう言うのだった。
そして奈美子がヒロシとトオルにこう叫んだ。
「ちょっと待っててー!すぐ行くからー!」
「…じゃあ、行こうか」
そう言って奈美子と時雨はS30Zとワンエイティに乗り込む。
すると、乗り込む前に2人に対してハルカはあるものを差し出した。
「きっと長くなると思ったので…お弁当を用意したんです。こっちは時雨さん、こっちは奈美子さんのです」
ハルカの右手に持っていたのは風呂敷に包まれた時雨の弁当、左手には同様に奈美子の弁当が渡されていた。
どうやら長くなるだろう…そう思っていたのだ。
「え…ハルカさん、いいの?」
「いいんですよ!私も応援してますからね」
「うわー、色々ありがとう!ハルカちゃん!」
「あ、ありがとうございます…」
まだどこか不慣れなのか、喜んで受け取った奈美子に対してたどたどしく時雨は受け取った。
「特訓は大変だと思いますけれど…気を付けてくださいね」
「ありがとう、ハルカちゃん!」
「…ありがとう。じゃあ、行ってくるね」
そう言って2人はそれぞれの車に乗り込んだのだった。
ワンエイティのエンジンキーを入れ、マシンを始動する。
エンジンの音は文字通りの好調というべき状況だった。
「(…いずれ戦う事になるかもしれない、皇帝…奈美子の為にも、僕の為にも…道を切り開いてみせる)」
エンジンが動き出し、軽くアクセルを踏んで空ぶかしさせる。
そしてその間に奈美子のS30Zがガレージから出ていく。
そしてそれを追うように時雨もワイパーのレバーを動かした上でワンエイティを動かしてガレージから出た。
4台が合流して奈美子先導の元、雨の中で美濃沢峠へと向かうのだった。
―――午前10時、第二美濃沢峠、往路スタート地点。
既に「マシンヘッズ」のメンバーたちが傘を差しながら集い、ソウイチが特訓の内容について話し出そうとしていた。
「よく来てくれた、2人とも。雨でもあるし、手短に話させてもらう」
ドライバーたちの中心にいたDr.ソウイチは、やってきた時雨と奈美子に説明するように言葉を続けた。
「君たちには我々『マシンヘッズ』のメンバーたちと、この第一美濃沢峠、並びに第二美濃沢峠で特訓としてバトルしてもらう」
「……」
Dr.ソウイチの言葉に時雨はこくりと頷いた。
「やること自体はこれまでと同じく、バトルしていくことであると思ってくれて構わない…しかし1点だけ注意がある」
「注意…?」
「絶対に手を抜かない、全力で相手をするという事だ。我々に油断して負けたという事になってしまった場合、皇帝には敵わないと私は思っている…」
どこか「壁を乗り越える事であるのを忘れるな」「絶対に油断するな」と言わんばかりの口調でソウイチはそう時雨たちに伝えた。
すると、時雨はこう言った。
「わかりました…僕も、皇帝の存在を追い求めているんです。追いかける以上…全力で戦います」
その目つきはもはや強者のものと言っても過言ではなかった。
こんなところで負けてなんていられない…そう言わんばかりの顔をしていた。
「よし、その意気だ…では早速だが、『マシンヘッズ』のメンバーと再戦と行かせてもらう」
「……」
「まずは今の君たちの腕前を見させてもらおう。…きたまえ、カンザブロウ!」
時雨が頷いたのを見てソウイチが呼ぶと、和傘を差した棋士の男が再び奈美子と時雨の前に現れたのだった。
そして現れた彼が言葉を続ける。
「どうも。今日はあいにくのお天気でやんすが…今度はあっしもしくじりませんよ。さあ、再戦でござんす!」
「…わかった。始めよう」
そう言って奈美子と時雨、カンザブロウはそれぞれワンエイティとアテンザに乗り込み、スタート地点へと移動するのだった。
◇ ◇ ◇
―――vs穴熊のカンザブロウ
推奨BGM:L.O.V.E.(from SUPER EUROBEAT vol.241)
相手の車は変わらずアテンザ、コースは第二美濃沢峠の往路。
左レーン、ワンエイティ。右レーン、アテンザ。
2台がスタートラインに並び、エンジン音を木霊させる。
「(さて…お手並み拝見と行かせてもらうでやんす。あっしもあの後幾分走り込んだものなので…!)」
「(まずは…肩慣らし)」
2台のドライバーは互いにそう思っていた。
時雨はただアクセルを踏み、エンジン回転数を調整する事だけに集中していたのだった。
そんな時雨を見て奈美子は一言だけ伝える。
「時雨…雨の中で走るとなると、あなたも自覚はしていると思うけれど…走りが変わる事だけは、理解しておいて」
「奈美子……うん、わかった」
奈美子の言葉がどこか時雨にとっての緊張の糸を緩める要因になったのかもしれない。
真剣そのものだった表情が、軽く緩んだようにも思えた。
「(忘れてはならない…ここはあくまで、皇帝に追いつくための段階であるという事を…!)」
初心を思い出したかのように、時雨はそう思ったのだった。
そしてそう思う中で、カーナビのカウントが始まる。
3
2
1
GO!
「「―――!」」
歯ぎしりをしつつ、ギアをDレンジに入れてアクセルを全開に踏み込む時雨。
一方のカンザブロウもギアを1速に入れ、アクセルを踏み込む。
2台は共にスタートダッシュを決め、マフラーからバックファイアーが吹き出る。
加速としてはほぼ互角と言ったところだった。
「(あっしのアテンザと雨の条件で互角…)」
普通のドライコンディションならともかく、今回のバトルはレインコンディション。
加速の面では安定性のあるアテンザの方が有利ではあった。
そしてその甲斐もあって、多少馬力が上であるはずのチューンドのワンエイティにも引けを取らなかった。
スタート直後のストレートを駆け抜け、2台が第1コーナーに迫る。
第1コーナー、第2コーナーはどちらも左直角コーナー。
カンザブロウは雨やアウトコースである事を理解しており、コーナーの20m程前からブレーキを速めに踏む。こうすることで安定性を上げた上でコーナーを駆け抜けるようにする。
だが、次の瞬間だった。
「(…!?)」
カンザブロウが見たワンエイティは、ブレーキポイントを限界まで遅らせていたのかオーバースピードとも言うべきスピードでコーナーに飛び込んでいく。
「―――!!」
スタート直後のストレートで前もって時雨は車の進路を左レーンの右端…車線境界線のギリギリまで進路を変更していた。
ドリフトラインの数メートル手前でブレーキを一気に踏み込んでフルブレーキング。
一気に態勢を崩したワンエイティは、ハンドルを左に切ってリアタイヤをスライドさせる。
ドリフトラインでアクセルを踏み込み、一気にテールスライド。
オーバースピード気味のワンエイティは、そのままフロントを岩壁スレスレ10cmまで攻め込まんと言わんばかりにインを攻めていった。
そしてコーナー出口のドリフトライン直前でアクセルオフ、ハンドルをニュートラルに戻し、アクセルを再び一気に踏み込む。
文字通りのアウトインアウト。
だがその走りはコーナーの入口と出口では走行レーンの外側まではみ出る寸前までマシンを操作していたが、コーナーの中間では文字通りの壁スレスレまでマシンをドリフトで攻め込むという際どいものだった。
「(あの人は、こんなに攻めた走りをするドライバーだったんでやんすか…!?)」
ドリフトするアテンザの中でカンザブロウは驚愕するしかなかった。
晴れの時以上にワンエイティはコーナーを攻めている。
雨の状態が得意なのか、それとも彼女が成長しているのか。それとも相手がコーナーの内側であるということが理由なのか。
カンザブロウが疑念に思う間もなく、距離差は一気に開いていく。
ワンエイティは第1コーナーも第2コーナーも際どいアウトインアウトで、失速を極力抑えつつ一気に駆け抜ける事が出来ていたのであった。
第1コーナー、第2コーナーと抜け、ワンエイティはあっという間に車2台分の車間距離が開いていた。
「(でも…)」
カンザブロウ自身はまだ諦めてはいなかった。
まだ残りコーナーは4つもある。そのうち第3コーナーである右直角コーナーと最終の右ロングヘアピンがあれば追いつけるだろう…そんな算段を立てていた。
そしてその為には、例の装置も使う必要がある…彼はそうも思っていた。
第3コーナーである右直角コーナーをフェイントモーションで駆け抜けるワンエイティ。
そしてそれを追わんと、1秒ほど遅れてアテンザもドリフトしていく。
コーナーでの安定性はこちらの方が高いのか、それとも内側を走っているという有利な条件もあるのか、ワンエイティとの車間距離はほんの少し縮まったかのように思える。
そしてコーナー出口。目の前にアーチ橋が見え、ロングストレートが見える。
ドリフトするアテンザにカウンターを当てていたカンザブロウは、ハンドルをニュートラルに戻してドリフトラインを踏みつけた瞬間にアクセルを踏み込み、ハンドルに取り付けられていたニトロスイッチを右手親指で押すのだった。
「(今こそ…!)」
コーナー立ち上がりで加速していくアテンザ。
ニトロの効果もあってワンエイティには徐々に追いついていく。
だが、それを見たのか次の瞬間だった。
「―――!!」
ワンエイティのマフラーからも青い炎が吹き出る。
どうやらワンエイティの方もニトロを使ったようだ。
だが、その加速はこちら以上だった。
ワンエイティとの距離差は縮むどころか離れていく。
「っ……!」
軽く歯ぎしりをしながらハンドルを握り続ける時雨。
メーターは200キロを示していた。
雨という条件で200キロ以上の速度を出すのはあまりにもリスキー。
だが、こうでもしないと後々勝てなくなる可能性があるというのは時雨でも理解していた。
だからこそ、前もって危険な領域を把握しておく。
その為にも時雨は雨の中でニトロを使ったのだった。
そしてそのまま第4コーナーの高速コーナーを抜け、第5コーナーの手前でブレーキを全開で踏んで再び左直角コーナーをドリフト。
コーナー出口でアクセルを踏み込んだかと思いきや、ここで右にハンドルを一気に曲げる。
そのままドリフトした状態を維持したかと思いきや、最終コーナーである右ロングヘアピンコーナーもカウンターを当てた状態から一気にドリフトして150キロ以上という速度で駆け抜けていったのだった。
2つのコーナーを1つのコーナーに変換するかのように、時雨はドリフトして走り抜けていくのだった。
「(こ、ここまでやられるとは…)」
そう思ったカンザブロウは、既に意気消沈と言ってもいい状態だった。
第5コーナー直前のストレートの時点で、ワンエイティは既に最終コーナーをドリフトして駆け抜けていっていた。
自分の目が正しければ、インコースの自分以上にはるかに速いスピードでワンエイティはコーナーを駆け抜けてる。
インコースである自分があの車以上に攻める事が出来ないのであれば、追いつけるはずもない…こうなってしまった以上もはや自分に敵うはずもない。
そう思ったカンザブロウはコーナーを攻めるという最大限の抵抗をしつつも、負けを認めたのだった。
―――勝者、時雨。
タイム差は4秒もあった。
リミッターを外した時雨は、カンザブロウなど敵ではなかったのだった。
◇ ◇ ◇
―――第二美濃沢峠、復路スタート地点駐車場。
「あちゃー、また負けたでござんす。今回は行けると踏んでたんですがね…!」
「残念だったね…まあでも、僕達も負けるわけにはいかないからね」
レース後に会話を交わすカンザブロウと時雨。
するとカンザブロウはアドバイスと言わんばかりにこう言うのだった。
「まあ、あっしを倒して満足してもらっては困りやす。如何せん『特訓』はまだまだ始まったばかり…油断するんやないでござんすよ!」
「…ありがとう。頑張るね」
「まだまだ序の口、どんどん行きましょう!」
ゴールラインを駆け抜けた2台のドライバー、パートナーは互いにそう掛け合ったのだった。
一方で往路スタート地点で結果を聞いたソウイチは、時雨に手渡されていたトランシーバー越しにこう檄を飛ばしたのだった。
「ふむ、まずはカンザブロウを倒したか。よし、要経過観察だ!四天王を蹴散らしてきた腕前を引き続き診せてくれたまえ!」
「…お願いします」
檄を飛ばしたソウイチに対し、時雨は粛々とそう言うのだった。
―――第二美濃沢峠、復路スタート地点。
「次の相手は手ごわいぞ…『道楽先生』こと、タダヒコ次期院長だ!」
そうトランシーバーからソウイチの声が聞こえ、駐車場で待機していたのは…白衣の男とシルバーのR34GT-Rだった。
そこに時雨と奈美子が向かうと、その男が話しかけてきた。
「…『皇帝』のことについてはすまなかった。せめて特訓に付き合って、君たちの役に立てればと思う」
「道楽先生…」
「わかりました…お願いします」
男が謝罪すると、奈美子と時雨はバトルを受け入れるかのようにそう言うのだった。
すると男は彼らしいある言葉も付け加えて言うのだった。
「ま、これも道楽なんだが…!」
「何もかもが道楽…なのかな」
「でも腕前は確かなものがあるわ。油断大敵ね!」
「わかってる…バトルする以上、勝ちに行く!」
男はどうやら本当に「道楽」でバトルをするつもりらしい。
だがこの時点で時雨の表情は完全に戦闘モードに移っていた。
会話を交わした3人はそれぞれの車に乗り込み、スタートラインへと移動していく。
◇ ◇ ◇
―――vs道楽のタダヒコ
推奨BGM:RING MY BELLS(from SUPER EUROBEAT vol.242)
コースは第二美濃沢峠の復路。
雨は未だに降り続いている。
左レーン、ワンエイティ。右レーン、R34GT-R。
「(私もあの後、幾分鍛えてきたからな…!)」
「……」
車の中でハンドルを握る2人。
雨は大雨から静かに降り続く状態に変わっていた。
雨が降り続く中、2台のエンジン音がスタート地点にこだまする。
そしてそんな中で、カーナビのカウントが始まろうとしていた。
3
2
1
GO!
「「―――!!」」
スタートダッシュを決め、バックファイアーをマフラーから吹き出しながら加速していく2台。
雨の中、安定して加速していくのはR34GT-Rだった。
タイヤが上手く地面を掴まないワンエイティに対し、R34GT-Rは徐々に差を広げつつある。
「(先手は取ったが…この感覚はなんだ?)」
「……」
違和感を感じながらも先行するタダヒコのR34GT-R。
先手を取られたとはいえ、時雨は至って冷静だった。
如何せん時雨はアクセルをスタート直後こそ全速力だったが、110キロに到達する時点でパーシャルスロットルまで調整していたからである。
第1コーナーである左超ロングヘアピン。
そこに向かって加速し続けても、変にスピードを出したところでオーバースピードで外にマシンが膨れるという事を理解していた。
だからこそあえて速度を調整させたのである。
2台の前に第1コーナーである左超ロングヘアピンが迫る。
「くっ…!」
「…!」
雨の中、ブレーキを速めに踏み減速するR34GT-R。
一方でワンエイティも同様にブレーキを踏んで適正速度まで減速させる。
R34はそのままサイドブレーキを踏んで無理やりドリフト状態に持っていく。
一方のワンエイティは滑る路面を有効活用するかのごとく、ハンドルを左に切ってはマシンをドリフト状態に持っていく。
インコースであるワンエイティが、R34との距離差を一気に縮める。
コーナー通過速度はどうやらワンエイティの方が上のようだ。
「(雨とはいえ、外に持っていかれる…!)」
タダヒコにとってはある誤算が生じていた。
スタート直後のストレートで全開走行に入ってしまったR34GT-Rは、第1コーナーをややオーバースピード気味に突入してしまったのである。
雨で滑る路面の中、アウトコースのオーバースピードは致命傷に近いものがあった。
「(…いける!)」
一方のワンエイティ。コーナー直前で75キロという適正速度にコントロールしていたこともあり、マシンは走行レーンの中央を走り抜けるかのような綺麗なラインに乗る事に成功していた。
カウンターを当て続け、走行レーンの中央を走り抜けるかのようにワンエイティをコントロールしていく。
「く…!」
アウトに膨れていたR34GT-Rを、ワンエイティはあっさりとパスした。
コーナーの7割を抜けたところでの出来事だった。
必死に外に膨れないように調整し続けるR34GT-R。一方で一定角度のカウンターを維持しながらドリフトしていくワンエイティ。
失速の度合いが少ないのはどちらなのかについては…素人が見てもわかるものだった。
コーナーで追い抜いたワンエイティは、立ち上がりでも差を開く事を模索していた。
「(…ここだ!)」
コーナー出口寸前で、アクセルを離してハンドルをニュートラルに戻す。
そしてワンエイティの前輪がドリフトラインを踏みつけた瞬間に再びアクセルを全開で踏み込む。
判定…「Excellent -0.42m」。
判定としては完璧だった。
「(離される…!)」
一方のタダヒコ。
コーナーでのマシン制御に手間取っていたこともあるのか、判定は「Good! +1.23m」。
立ち上がりでも相手に着実に差が開かれつつあった。
ワンエイティのリアとR34GT-Rのノーズとの車間距離はおおよそ1台分まで広がる。
第2コーナーは右直角の高速コーナー。
ワンエイティはブレーキを光らせ、マシンをコントロールした上でフェイントモーションに入る。
ハンドルを軽く左に曲げたかと思いきや、ドリフトライン直前で一気にハンドルを右に切る。
反動の力を付けたワンエイティは一気にドリフト状態になる。
一方のR34GT-Rもサイドブレーキをかけてドリフト状態に。
アテーサETSの影響もありドリフトしにくいR34GT-Rを無理くりドリフトさせる。
インコースで有利であるはずのR34GT-Rだが、差は思うように縮まらない。
時雨自身雨を完璧に味方に付けていたのだった。
滑る路面を有効活用し、一気にドリフトしていく。
ドリフトしやすいFR車両を手懐け、速度域を維持しながらR34GT-Rよりも高速でドリフトしていく。
「(雨という条件を味方に付けれると思ったが…!)」
タダヒコにとってはR34GT-Rの安定性を有効活用しようとしていた。
安定性を武器にすれば、あのワンエイティには有利であるかもしれない。
しかし時雨はその逆を行き、安全性という言葉を投げ捨てたかのように一気にドリフトしていく。
そのスピーディな走りは十分リスクが伴うものであり、速さはタダヒコが及ぶレベルではなかった。
だが、まだタダヒコは諦めてはいなかった。
2台が第2コーナーを抜け、ロングストレートに突入する。
「よし…!」
「―――!」
第2コーナーを抜け、ニトロスイッチを先に押したのはタダヒコだった。
そしてそれを追うかの如く時雨もニトロスイッチを押す。
一瞬加速で追いつきかけたR34GT-Rだったが、テールトゥノーズになった時点で再びワンエイティとの距離差が生じ始めた。
「(バカな…!)」
向こうのニトロがどうやらこちらのR34GT-R以上に効いているようだ。
メーターは186キロを示し、ニトロが切れたR34GT-Rは徐々に速度を落としていく。
「(怖い…けど…)」
先行し、R34GT-Rを引き離しつつあるワンエイティ。
一方でドライバーの時雨は、アーチ橋が迫る速さに多少の恐怖を感じた。
いくらなんでも速すぎるのではないか?そう時雨は思う事もあった。
だが、自分が追い求める「皇帝」はきっとこんな速度になっても全く動じるはずがない…時雨はそう認識していた。
だからこそ、恐怖を感じてもアクセルを踏み続けた。
メーターは210キロを示しつつ、第3コーナーである右高速コーナーとアーチ橋をくぐり始める。
「(踏まないと、追いつけないから!)」
そう思ったところで第4コーナーの左直角コーナーが迫る。
ニトロが切れて失速する中でも190キロを示すワンエイティに対し、アーチ橋中間でブレーキを早々にかけ始める。
マシンをオーバースピード気味でありながらも減速させ、レーンの右端ギリギリまでマシンを寄せていく。
「(…譲れない!)」
ドリフトライン直前でハンドルを一気に左へ切ってマシンをテールスライドさせていく。
ノーズは左端の壁ギリギリまで迫り、インベタ隙間15cmと言ってもいい程マシンをコーナーの内側に寄せてドリフトしていく。
ドリフトアングルは35度ほど。派手なドリフトアングルである事もあり、マシンは少しだけ失速する。
そしてその状態でカウンターを当て続け、再び走行レーンの右端に到達する頃には既にアクセルを抜いてハンドルもニュートラルの状態にあった。
そして自然な状態で駆け抜けるワンエイティの前輪がドリフトラインを踏みつけた瞬間に、再び時雨はアクセルを全開に踏み込む。
立ち上がりでも確実に後方のR34GT-Rとの差を付ける事が出来ていた。
「(くっ…立ち上がりで差が付く…!)」
タダヒコはただただ食らいつくのに必死になっていた。
だが、コーナーでの立ち上がりで明らかに差がある以上、こちらが追いつくのはもはや限界というものがあった。
立ち上がりの速度で差が付いたことによって、2台は短いインターバルの中で確実に差が開きつつあるのだった。
「(…このまま逃げ切る!)」
第5コーナーと最終第6コーナーはどちらも右直角コーナー。
コーナーの間のインターバルも短い事もあり、時雨はこの2つのコーナーをまとめて1回のドリフトで駆け抜けようとする。
第5コーナーのドリフトライン直前でブレーキを7割ほど踏み込み、ハンドルを左に数度ほど切って90キロ台まで減速させる。
そしてドリフトラインを踏みつけた瞬間、ハンドルを一気に右に切りかえす中でアクセルを全開に踏み込んでテールスライド。
だがここでの角度は通常の60度ほどではなく、90度というさらに深い舵角だった。
舵角を増すことでアングルを一気につけて、そのまま2つのコーナーを1つのコーナーとして抜けてしまう…そのための手順だった。
路肩を使い、アウトからインに攻めていったワンエイティはそのままコーナーの外側に膨らむように…文字通りのアウトインアウトの状態でドリフトしていった。
ラバーポールギリギリまでワンエイティのノーズが迫る。
それでも駆動力を維持し続ける為に時雨はアクセルを踏み続けた。
「…!」
奈美子はこの動作に驚愕していた。
まさか2つのコーナーを1つのコーナーに見立てて駆け抜けてしまうのか?
やっと奈美子はその事実に気が付いた。
それでも時雨は気にすることなくワンエイティをドリフトさせていく。
そして最終コーナーの直前でドリフトし続けるワンエイティは、カウンターを当て続けながらもクリッピングポイントにノーズを接近させる。
クリッピングポイントに限りなく近づいたワンエイティは、コーナー出口に向かって徐々にアウトに膨れていく。
だがそれは間違えなく時雨の描いた「アウトインアウト」のラインだった。
ワンエイティの走行ラインを見定めた時雨は、ただただアクセルを踏み続けていく。
左側の壁にぶつかる寸前でカウンターを当てていたハンドルをニュートラルに戻し、アクセルオフ。
そしてそのまま最終第6コーナー出口のドリフトラインをワンエイティの前輪が踏みつけた瞬間、再び全力で踏みつけるのだった。
「(―――これで、逃げ切る!)」
そんな思いと共に時雨は最終ストレートをアクセル全開の状態で逃げ切るのだった。
「(…!)」
ドリフトし続けていくワンエイティを追い続けるR34GT-R。
だが2回のドリフトによって速度が落ちたR34GT-Rは、ワンエイティよりも遅くコーナーを立ち上がった。
第4コーナーで振り切れかけ、第5コーナー、第6コーナーで攻め続けるも結局は追いつけなかったR34GT-Rのドライバー…タダヒコはもはや諦めるしかなかった。
「…ここまで、やるとは」
最終コーナーを立ち上がった時点で、ワンエイティは既に最終ストレートを駆け抜け、ゴールラインを駆け抜けていたのだった。
―――勝者、時雨。
速度差と攻めの走りを生かしたことによって、タイム差は4秒近くまで広がっていた。
◇ ◇ ◇
―――第二美濃沢峠、往路スタート地点駐車場。
「ぬぬぬ…道楽とはいえもう少し行けるかと思ったが、もはや限界か…!」
「僕達には追い求めてるものがあるんで…負けるわけにはいかないんです」
バトル後に車を降り、会話するタダヒコと時雨。
実力を認めたかのようなタダヒコに対し、時雨は譲れないものがある事を断言するようにそう言い放った。
「ふっ…認めよう、いい走りだった。だがまだ改善の余地はある。特訓の中でトライアンドエラーを繰り返して、さらに磨き上げるよう頑張りたまえ」
時雨の言葉にタダヒコはどこか納得したかのようにそう言い放つのだった。
「ありがとうございます」
「僕達、頑張ります」
彼の激励に対し、そう2人は返事するのだった。
すると二人の会話が終わったのを見計らって、ソウイチがトランシーバー越しに檄を飛ばしてきた。
「道楽先生を倒したみたいだな…いいだろう、その調子だ。引き続き要経過観察だ!」
―――30分後、第一美濃沢峠復路スタート地点。
次の相手を待つ2人の前に現れたのは、よく知るメガネの男だった。
「重ね重ねすいませんです…特訓相手、精一杯頑張ります!」
「カズヒトさん!」
「次の相手なんだね…」
この時の相手は車酔いのカズヒトだった。
その顔はどこかおぼつかない顔であった。
「き、緊張してきたな…うぐ、ちょ、ちょっとすいません…」
そう言ってカズヒトは愛車であるBM9レガシィの後ろに隠れ、吐き気を催していた。
「…医者の不養生って、こう言う事を言うのかしら」
「これは…どうだろう」
吐いているカズヒトの後ろ姿を見て、奈美子と時雨はそれぞれ呟くのだった。
「すいません、いきましょう」
「……」
戻ってきたカズヒトに対し、時雨は軽く頷いて奈美子共々車に乗り込むのだった。
◇ ◇ ◇
―――vs車酔いのカズヒト
推奨BGM:WAR(from SUPER EUROBEAT vol.243)
コースは第一美濃沢峠の復路。2つの直角コーナーのあと、長いストレートと超ロングコーナー、2回目のロングストレートを駆け抜けた後に最終のヘアピンを駆け抜けてゴールとなるコース。雨はまだ降り続く。
左レーン、ワンエイティ。右レーン、BM9レガシィ。
ここまでの相手もそうだが、彼との第一美濃沢峠でのバトルは時雨にとっては初めてのものであった。
だからこそ、前とは同じやり方は必ず通用するとは限らない。
そんな事は時雨自身がよく理解していた。
「(パワーでねじ伏せるだけじゃ駄目だ…腕も磨いていかないと)」
先ほどまでストレートでねじ伏せていた時雨だったが、リミッターを外した後に戦った後の2人に対してはここからはそう言うわけにはいかない。
パワーでねじ伏せるだけなら出来る…腕も磨く必要がある。
そう思いながら、エンジン回転数を上げるべくアクセルを踏み込む。
そしてそんな中でカーナビのカウントが始まる。
3
2
1
GO!
「「―――!!」」
2台のドライバーがアクセルを全開に踏み込み、ギアを変える。
スタートダッシュを決めた2台が、バックファイアーを噴出しながら一気に加速していく。
ワンエイティが加速差で徐々に先行する。
だが目の前に迫るのは右ヘアピンコーナー。
アウトコースであるはずのワンエイティにとっては不利なコーナーである。
「っ―――!」
ブレーキを踏み、ハンドルを軽く左に曲げる。
ワンエイティがカーブとは逆向きになる。速度は120キロから80キロまで減速する。
そしてドリフトライン直前でブレーキをリリースしたかと思えば一気にハンドルを右に曲げ、マシンを一気にドリフトの態勢に持っていく。
お得意のフェイントモーションで走行レーンの内側にマシンを寄せ、ドリフトラインでアクセルを踏み込んでテールスライド。そしてハンドルを左に切り返してカウンターを当てる。
一方のレガシィもブレーキングでドリフト。
傍から見ると2台はパラレル状態でドリフトしていく。
だが、アウトコースである以上ワンエイティが差を付けられるのは言うまでもなかった。
ドリフトしていく中でもじりじりと差が開く。
コーナー出口のドリフトライン寸前でアクセルを抜き、ハンドルをニュートラルに。
そしてワンエイティの前輪がドリフトラインを踏みつけた瞬間、アクセルを全開に踏み込んで加速していく。
レガシィが先行し、ワンエイティがリアに食らいつく形で2台はロングストレートに突入する。
そしてその突入する瞬間だった。
「(ここで…!)」
「(…食らいつく!!)」
2人がニトロスイッチを押したのは、ほぼ同じタイミングだった。
2台のマフラーから青いバックファイアーが吹き出て、一気に加速していく。
ニトロの性能はワンエイティの方が上なのか、先行するレガシィにワンエイティは並び、そして追い抜いていった。
ワンエイティの速度計は206キロ、レガシィの速度計は188キロを示していた。
「(速い…!)」
カズヒトは必死になりながらアクセルを踏み、ハンドルをしっかりと握ってマシンをコントロールする。
4輪駆動のレガシィである以上、マシンの安定性こそあれどワンエイティには純粋な加速勝負で負けていた。
「(っ…!)」
一方の時雨は歯ぎしりをしつつ舌を嚙み切りそうな状態であった。
マシン後輪にパワーが伝わって加速していくのはいいが、ハンドルをしっかりと握らないとマシンが下手したら暴れてしまう。
高速域の中でアクセルをほぼベタ踏み、それでもハンドルに意識を集中させる。
ワンエイティ先行の中で2台はアーチ橋を抜け、第2コーナーであるトンネル目前の右直角ロングコーナーに迫る。
「っ…!」
「…!!」
2台がほぼ同じタイミングでブレーキを踏む。
レガシィは強めに踏むが、ワンエイティは6割程度と言っていい程のブレーキングだった。
「(オーバースピード!?)」
カズヒトはそう思うしかなかった。
自分のマシンよりはるかに速いスピードでコーナーに突入しかけている。
本当に曲がるのか見ているこちら側としても不安になるレベルだった。
「(曲がる…いや……曲げるんだ!)」
一方の時雨。
自信というほどではなかったが、何が何でもワンエイティをドリフトさせようという意識がはっきりとしていた。
オーバースピード気味にコーナーに突っ込む。
ドリフトライン直前でハンドルを一気に左に切り、ワンエイティの前輪がドリフトラインを踏みつけた瞬間にアクセルを全開に踏み込んだ。
「―――!!」
激しい音を上げながら白煙を上げてドリフトしていくワンエイティ。
そんな中で時雨はハンドルを右に曲げてカウンターを当て続ける。
そして時雨自身はもはや全身が炎に包まれるかの如く熱くなっていた。
速く走れると感じた時の、あの感覚が時雨に蘇っていた。
明らかにオーバースピード気味だったワンエイティは、走行レーンの中央に存在するレールを駆け抜けるかのように綺麗な弧を描いてドリフトしていく。
オーバースピード気味でも、地面に食らいついていたワンエイティは外に大きく膨れる事もなく走行レーンの中央を駆け抜けていた。
「(速すぎる…!?)」
ドリフトして食らいつこうとしていたカズヒトはただ相手の速度に驚愕するしかなかった。
何とかしてこちらもアクセルを踏み込もうとしても、限界をわかっている以上踏み込めない。
下手したらアンダーに膨れてしまうかもしれない。
その恐怖心がアクセルを踏み込めずにいる大きな原因になってしまっていた。
目でワンエイティを追い続ける事しか出来ず、その差はみるみる開いていった。
「(これだ…)」
コーナー出口のドリフトラインの数メートル手前で時雨はアクセルオフからハンドルをニュートラルに戻し、ドリフトラインを前輪が踏みつけた瞬間にアクセルを踏みつける。
判定…「Excellent -0.62m」。
ほぼほぼ完璧なタイミングでアクセルを踏みつける。
全身が炎に包まれる感覚はまだ続いている。
第2コーナーの後のストレートで95キロから145キロまで一気に加速していく。
普段よりも速く走れているような感覚に時雨は陥っていた。
「(皇帝に追いつくためには…この全身の感覚を、上手く維持し続けるしかない!)」
いつこの炎に包まれる感覚が生じるかは時雨には分からなかった。
それこそ運と言うべきなのだろう。
だが生じてしまえば普段よりも速く走れて、その上でコーナーを速く駆け抜ける事が出来そうなのは、時雨でもわかってはいた。
完全に自分の世界に入っていた時雨はただただアクセルを踏み続ける。
バックミラーに映っていたレガシィの姿は、2個目のロングストレートでみるみる小さくなっていった。
目前に迫る大岩をくり抜いたロックシェッドの中にある第3コーナー…右直角コーナーに対しても、突進していくかのようにマシンを走らせていく。
ハンドルを少しだけ左に切り、フェイントモーションの下準備に取り掛かる。
「(ここで、ケリをつける…!)」
コーナー直前でアクセルオフからブレーキロックさせるかの如くブレーキを踏み込み、ハンドルを一気に右に。左レーンの右コーナーである以上、フェイントモーションで走るというのは時雨のやり方として定石と化していた。
ワンエイティの前輪がドリフトラインを踏みつけた瞬間、ブレーキをリリースしてアクセルを踏み込んでテールスライドさせる。
そして一定のアングルが付いた瞬間に今度はハンドルを左に切り返してカウンターを当てる。
ほんの一瞬の直角コーナーであるが、それでも一度ミスを擦ればすぐに差が縮まってしまう以上時雨は意識を集中し続けた。
全身が炎に包まれる感覚はまだ続いている。
そして数秒もしないうちにすぐコーナー出口のドリフトラインが迫る。
「(…行ける!)」
そう確信した時雨は、ワンエイティの前輪がドリフトラインを踏みつけた瞬間にアクセルオン。
立ち上がりで加速を得たワンエイティは、もはやその車の独壇場と言っても過言ではなかった。
それでも負けるわけにはいかないと時雨はアクセルを踏み続ける。
一方で時雨は気が付いていなかったが、第3コーナーを抜けたワンエイティのバックミラーにレガシィの姿はもはや写っていなかった。
それでも時雨はペースを維持し続け、最終コーナーもほぼ同じような感じでドリフト。
そのままゴールラインまでまっしぐらだった。
「だ、ダメだ…うぐ……」
2つのコーナーとストレートで振り切られたレガシィのドライバー…カズヒトは、ワンエイティの狂気じみた速さに吐き気を催していた。
ハザードを出し、2つ目のロングストレートの中間でレガシィは減速してレーンの右端の路肩に停車するのだった。
カズヒトのギブアップにより勝者は時雨であることが確定した。
タイム差についてはもはや言うまでもないだろう。
◇ ◇ ◇
―――第一美濃沢峠、復路スタート地点駐車場。
「はぁはぁ…やっぱり敵わなかったかぁ…うぐっ!」
そう言って車を降りたカズヒトは再び草むらの方に向かって走り、そして案の定嘔吐していたのだった。
「ここまでくると、もはや才能だね…」
「…ゆっくり休んでね」
ワンエイティから降り、カズヒトの状態を見かねた時雨と奈美子はそう互いに呟いたのだった。
すると再び二人の会話が終わったのを見計らって、ソウイチがトランシーバー越しに檄を飛ばしてきた。
「ようし、その調子だ。引き続き要経過観察だ!」
―――さらに20分後、第一美濃沢峠復路スタート地点。
次の相手を待っていた時雨と奈美子の前に、2人が知っているあの人物が現れるのだった。
「君は…」
「先日はどうも」
「アラタくん!」
ジャケットを着てサングラスを付けた赤髪の男…言う間でもなく次の相手はソウイチの息子こと、赤髪のアラタだった。
「パパから聞きました。特訓、僕もお付き合いします!」
「ありがとう…じゃあ、よろしくね」
アラタの言葉に時雨はにこやかにそう返事した。
「…今回は前のようにはいきませんよ?( ̄ー ̄)ニヤリ」
「私たちだって、『マシンヘッズ』の他の皆との特訓を通じてパワーアップしたんだから!」
「相手させてもらうよ」
「正々堂々、勝負です!」
そう互いに言葉を交わした後、3人はマシンに乗り込むのだった。
◇ ◇ ◇
―――vs赤髪のアラタ
推奨BGM:TIGER MASK(from SUPER EUROBEAT vol.244)
左レーン、DC5インテグラ。右レーン、ワンエイティ。
コースは第一美濃沢峠の復路。
エンジンを始動した2台が、エンジン回転数を調整するべくアクセルを踏み込む。
「……」
アクセルを踏み込んでエンジン回転数を調整する時雨。
そんな中で「あの感覚」について考えていた。
あの感覚を出来れば最初のコーナーで上手く発現出来るようにしたい。
皇帝に挑むことになる以上、相手のスペックがわからないこともある。
でももし自分がその力を発揮する事が出来たのなら…
その為にも何としてでも、最初のコーナーでそれを発現させてみたい。
そう時雨は思っていたのだった。
そしてそう思う中で、カーナビのカウントが始まろうとしていた。
3
2
1
GO!
「行け…!」
「―――っ!」
2台のドライバーが共にエンジン回転数を上げたままギアを動かし、アクセルを全開に踏み込む。
バックファイアーが2台のマフラーから噴き出て、言う間でもなく猛烈な勢いで加速していく。
最初のドリフトラインが存在しない右カーブを抜け、2台はほぼサイドバイサイドの状態で第1コーナーの左直角コーナーに迫っていく。
「―――!」
「っ…!」
ワンエイティ先行の状態で2台がコーナーに突入する。
時雨の視界からコーナー入口のドリフトラインが消えた瞬間、アクセルオフでブレーキをフラッシュさせたかと思いきやハンドルを一気に左に切る。角度としては75度程。
その状態にハンドルを持っていったかと思いきや、リアを更にスライドさせるべくアクセルを踏み込む。
そのタイミングは正しくワンエイティの前輪がドリフトラインを踏みつけた瞬間とほぼ同じ。
だが時雨がアクセルを踏み込んだその瞬間だった。
「(っ…ここで、来るのか!?)」
ドリフトラインを踏みつけた瞬間にアクセルを踏み込んだ瞬間、時雨に全身が炎に包まれる感覚が襲った。
最初のコーナーからあの感覚が時雨に現れたのである。
そしてワンエイティはレーンの中央に存在するレールの上を走り抜けるように、コーナーを駆け抜ける。
「(は、速い…!?)」
コースが違うとはいえ、まさか初っ端からここまで攻めたキレキレの走りをするとはアラタは思っていなかった。
インテグラがアウトコースである事もあり、ワンエイティとの距離差は一気に開く。
ワンエイティのリアとインテグラのフロントの間に、車1台分の車間距離があっという間に開く。
文字通りのストレートパンチをもろに食らった感じである。
だが、それを見たアラタは第3コーナーを抜けた直後にはあの行動に出る。
「(ここで使わないと、追いつけない!)」
最初のストレートでDC5インテグラのマフラーから青いバックファイアーが出る。
ニトロスイッチを押して加速したのである。
いや、使わないと追いつけないというべきだっただろうか。
時雨のアタックでペースを乱されたアラタは、早々にニトロを使うという戦略に出た。
「……」
先行した時雨は至って冷静だった。
まだコースにある4つのコーナーのうち1つしか抜けてないのである。
目の前には岩の中をくり抜いたロックシェッドが迫る。
そしてそこに合わせるように左高速コーナーが迫る。
ストレートを走る中、インテグラに食らいつかれるワンエイティ。
ニトロを使った事によってインテグラは追いついたのだ。
あっという間にインテグラはワンエイティを抜き、テールトゥノーズの状態へ。
「(乱されるな…この感覚を、維持し続けるんだ)」
追い抜かれても冷静なままでいた時雨。
両手両足から全身が炎に包まれる感覚。
この感覚派1つ目のコーナーを抜けた後から今でも続いていた。
目先に迫る高速コーナー。
150キロ台で走るワンエイティのハンドルを掴み続け、コーナーに迫っていく。
そして高速コーナー手前でアクセルオフ、ブレーキを踏みハンドルを60度ほど左に切る。
リアタイヤがスライドし始め、ドリフト状態の一歩手前へ。
そしてワンエイティの前輪がコーナーのドリフトラインを踏みつけた瞬間、アクセルを全開にしてリアタイヤをさらにスライドさせる。
そしてスライドしてある程度の角度が付いたところで、ハンドルを右に切り返してカウンターを当ててドリフト状態を維持し続ける。
「(何とか前に出たぞ…)」
一方のインテグラ。
アラタは第2コーナーまでにワンエイティを追い抜き、多少ではあるが有利な立場にいた。
サイドブレーキを引いてリアタイヤを滑らせ、ドリフト。
2台はインテグラ先行のパラレル状態でドリフトしてコーナーを駆け抜ける。
駆け抜けてインテグラが先行する状態でコーナー出口が迫る。
「(この先のロングコーナーで…差を付ける!)」
「……」
ワンエイティの前に迫るドリフトライン。
目の前がスローモーションに見える中で、両手両足に意識を持っていく。
全身が炎に包まれる感覚は、一度コーナーでミスを起こすとすぐに感覚がなくなって失速してしまう。
だからこそ、コーナーでは意識を集中させる必要があるのは言うまでもないものであった。
ゼブラゾーンが終わり、黄色のドリフトラインが迫る。
ワンエイティの死角にドリフトラインが入った瞬間、時雨はアクセルを抜いてハンドルをニュートラルに戻した。
そして次の瞬間である。
「(―――ここだ!)」
ワンエイティの前輪がドリフトラインを踏みつけた瞬間、それを認識したかのようにアクセルオン。
判定…「Excellent -0.23m」。
ほぼ完璧なタイミングでアクセルを踏み込んだ時雨。
130キロだったワンエイティは一気に150キロまで加速する。
全身が熱い感覚はそのまま残っている。
ワンエイティはインテグラを追い抜き、再び車間距離を徐々にではあるが車1台分まで広げる。
「(インコースじゃ向こうに分がありすぎるのか…!)」
アラタにとってアウトコースである事は分かっていても、それでも差が付く事で焦りが生じていた。
インテグラ側もコーナーを抜けて加速するが、136キロ程までしか加速しない。
立ち上がりでは明らかに向こうの方が有利なようである。
だがそれでもアラタにとっては焦りは少なかった。
「(この先のコーナーで食らいつく!)」
走行する2台はトンネルに突入する。
そしてそのトンネルの中からコーナー出口付近までは第3コーナーである右ロングコーナーが存在する。
走行レーン上アラタの方が有利であるのは言うまでもない。
だが、時雨の調子は通常時とは違う。
時雨自身その事は分かっていても、アラタにはその事はあまりわかっていなかった。
インテグラとワンエイティの車間距離は1台分ある。
「(逃げるぞ…!)」
ハンドルを左から右に切り返し、タックインを発生させてリアをスライドさせるアラタ。
ドリフトライン上でアクセルを踏み込むことでインテグラがテールスライドし、白煙を上げてドリフトしていく。
ハンドルを左に切ってカウンターを当て続け、コーナーの内側まで攻めるようにドリフトしていく。
バックミラーに映るワンエイティが徐々に小さくなる。
インコースである事もあり、差は確かについていた。
速度は100キロ台だった。
「―――!」
一方のワンエイティ。
ワンエイティがコーナーに突入する直前、時雨はハンドルを少しだけ左に切る。
そしてブレーキを踏み、一気にハンドルを右に切り返す。
フェイントを発生させ、ドリフトライン上でアクセルを踏んでライン上に乗るようにドリフトしていく。
ラバーポールとの隙間は10cm程まで迫る。
だがそれでもドリフトによって間違えなく失速はしていた。
ハンドルを左に切ってカウンターを当てる中で、ワンエイティはコーナー上のレールに乗ったかのようにアウトインアウトでコーナーを抜けていく。全身が熱い感覚はまだ続いている。
速度はこちらも100キロ台。
だが、速度差が互角である以上インテグラとの差は徐々に開きつつあった。
それでも時雨はある賭けに出ようとしていた。
「(まだだ…逃がさない!)」
ドリフトしていく中でトンネルを抜け、コーナー出口付近でで時雨はニトロスイッチを押す。
失速していたワンエイティが水を得たかのように一気に加速していく。
ただ、コーナー出口のドリフトライン寸前で一瞬だけアクセルを抜き、カウンター状態からニュートラル状態に。そしてそこで再びアクセル全開にして、ワンエイティが加速していく。
コーナーを抜け、ストレートを駆け抜けていくワンエイティ。コーナーを走る間は100キロ台だったワンエイティが170キロまで加速し、インテグラに一気にくらいついた。
「っ…速い!」
加速していくワンエイティをみて、アラタは動揺するしかなかった。
急いでニトロスイッチを押し、負けじと加速する。
接近するワンエイティがそのまま追いついたかと思いきや、ストレート上にあるアーチ橋のちょうど真ん中でそのままサイドバイサイドからオーバーテイク。一気に車間距離は0.75台分まで開く。
アラタのインテグラも加速こそしていたが、目の前にはあるものが迫っていた。
「(…!!)」
「(しまった…!)」
最終コーナーである左ヘアピンコーナー。
アウトコースであるインテグラにとっては明らかに不利であるのは言うまでもない。
急いでブレーキをかけ、減速するインテグラ。
前に出たワンエイティはブレーキングしたかと思いきや、インテグラとはテールトゥノーズの状態になっていた。
最終コーナーであるヘアピンが迫る。
「(これで、終わらせる…!)」
ブレーキをリリースしたかと思いきやハンドルを左に切り、ドリフトライン上でアクセルを踏み込む。
時雨自身が全身が熱い感覚を維持しながら、テールスライドの状態で突入したワンエイティはこのコーナーでもレーン上のレールを駆け抜けるかのようにドリフトしていく。
ドリフト状態でカウンターを当て続け、時雨が集中した際に見える幻覚のベストライン上をワンエイティは思い描いたかのようにピッタリとドリフトしていった。
カウンターを当てながらコーナーのクリッピングポイントを攻め、130キロというスピードでコーナーを抜けていく。
当然、コーナー出口のドリフトラインでハンドルをニュートラルにしてアクセルを踏み込むことは忘れなかった。
そこからゴールラインに向けて走る間も、当然アクセルを全開にして走り抜ける。
最終コーナーだけでも、ワンエイティとインテグラの車間距離はあっという間に開いたのだった。
全身が熱い感覚がコーナーを立ち上がった瞬間も残っていた。
普段以上の加速度で、ゴールへまっしぐらだった。
「(もはやお呼びじゃないのかな…)」
最終コーナーのアウトコースだったインテグラ。
オーバースピードで突っ込んだことによってドリフトのタイミングが遅れ、結果としてインテグラはコーナーの外側に膨れてしまった。
間一髪接触にしそうになりつつなんとかコーナーを立ち上がるも、その速度はワンエイティの速度には到底及ばないものであった。
そしてインテグラがコーナーを立ち上がったところで、ワンエイティはゴールラインを駆け抜けていたのだった。
ワンエイティから遅れる事3秒、インテグラも何とかコーナーから立ち上がりつつゴール。
だが、時雨の勝利という事実は何も変わらないのだった。
―――勝者、時雨。
インテグラは2本もニトロを使ったにも拘らず、ワンエイティには3秒も差を付けられてしまっていたのだった。
◇ ◇ ◇
―――第一美濃沢峠往路スタート地点
「流石ですね、お二方…」
路肩に停車したインテグラから降りたアラタは、既にワンエイティから降りていた時雨と奈美子に対して実力を認めるようにそう言った。
「ありがとう。君もいい走りだったよ」
アラタの言葉に対し、時雨は返事をするように言った。
「僕、少しはお役に立てたでしょうか?(´;д;`)(不安)」
「勿論、いい特訓になったわ!」
「それなら…よかったです。お二方なら…もし皇帝とバトルする事になっても、追いつけるかもしれません。応援してますよ!」
その言葉を聞いたアラタは、サングラスを掛けていても喜んでいるのがわかった。
そして三度、二人の会話が終わったのを見計らってソウイチがトランシーバー越しに檄を飛ばしてきた。
「アラタにも勝利したか!いいぞいいぞ、引き続き要経過観察だ!」
―――12時前。第二美濃沢峠往路スタート地点駐車場。
「マシンヘッズ」のメンバーたちの殆どを倒し、時雨と奈美子のワンエイティはソウイチがいる第二美濃沢峠往路スタート地点に戻って来ていたのだった。
雨はまだ降り続いているが、雨脚は収まりつつある。
そこには、愛車であるランエボⅩの前で待っていたDr.ソウイチの姿があった。
ワンエイティを駐車させ、奈美子と時雨がソウイチの方向へと向かった。
「ソウイチ先生。僕達、あらかた倒してきました」
「お相手していただけますか?」
「ふむ。我が『マシンヘッズ』の面々にここまでやらせるとは…よし、精密検査だ!君たちが『皇帝』に対抗できるか否か…今度は私自身がじっくり見極めよう!」
「お願いします」
ソウイチの言葉に時雨はそう答えるのだった。
「…経過観察はじっくりやらせてもらおう。第二美濃沢峠をゴールしたら、そのまま第一美濃沢峠に向かってくれ」
「2段構え、ってことですか?」
「うむ。あと、第二美濃沢峠をゴールしたら走行レーンを切り替える事も忘れないようにしてくれ」
「…わかりました。お願いします」
その言葉に納得した時雨はそう言って、再びワンエイティに乗り込んだ。
一方のソウイチもランエボⅩに乗り込み、マシンを動かし始めるのだった。
◇ ◇ ◇
―――vsDr.ソウイチ
推奨BGM:FEEL THE POWER(from SUPER EUROBEAT vol.246)
コースは復路。左レーンにランエボⅩ、右レーンにワンエイティが並ぶ。
2台が並び、アクセルを踏んでエンジン音を轟かせる。
「(特訓の総仕上げだ…さあ、見せてもらうぞ!)」
「(…ここは、譲らない!)」
2台のドライバーが互いにマシンのアクセルを踏み込み、エンジン回転数を調整する。
特訓の最終仕上げ。長いようであっという間に特訓は終わりつつある。周りのドライバーたちからも実力を認められつつある時雨にとって、ソウイチは最後の壁である事は言うまでもなかった。
…思えばここまで長かったものである。4人の四天王を倒すまでの道のりというのは、時間にしてあっという間だったかもしれないが、その時間というのは自分にとってはとんでもなく長く感じた。
だが、ここまで来てしまえば最後の戦い。
皇帝へ向かうまでの、最後のステップを時雨は踏み出そうとしている。
ここまでの戦いの事を回顧しつつ、時雨はハンドルをしっかりと握った。
そんな中でカーナビのカウントが始まろうとしていた。
3
2
1
GO!
「「―――!」」
ドライバーは互いにアクセルを踏み込み、ギアを切り替える。
タコメーターの青ランプが点灯していた2台は、バックファイアーを噴出しながらロケットスタートで加速していく。
スタート直後のストレートで、一気にニトロ未使用時の最高速度まで持っていく。
メーターは140キロを出していた。
だが
「(チューニングされているとはいえ、加速はほぼ互角だ…)」
時雨はバトル前、「相手のマシンの方がスペックは上なのだろう」と考えていた。
実際、加速勝負ではほぼ互角…いや、この先のコーナーの事を考えればランエボⅩの方が優勢であった。
徐々にワンエイティと差を付け始めるランエボⅩ。
やはり280馬力級とは言えチューニングされているランエボⅩに対してワンエイティは不利と言っても過言ではなかった。
「(直線で食らいつけないなら…コーナーで食らいつく!)」
時雨のマインドセットの切り替えは意外と速かった。
これまで多くのマシン上の有利不利を経験してきた以上、時雨にとっては「格上相手にはどう戦うべきか」という一種のセオリーがあったのである。
パワーがあるマシンは基本的にコーナーで振り回される。そうならばこの車の軽さを生かしてコーナーで食らいつけばよい…そう時雨は思っていた。
「(さあ、最初のコーナーだ…どう攻めるか見せてもらおうか)」
ドライバーズシートで、サイドバイサイド状態のワンエイティを見てソウイチはそう思った。
最初の攻めが肝心であることはソウイチ自身よく理解している。
だからこそ、第1コーナーのヘアピンに彼女の可能性を見出してみたいと思うのだった。
2台に第1コーナーの左ロングヘアピンが迫る。
「(ここ、だ…!)」
アクセルオンの状態でハンドルをすっ、と右に切ったかと思いきやアクセルオフで一気にブレーキをかける。
速度は140キロから90キロまで減速する。
そしてブレーキをリリースして、ワンエイティの前輪がドリフトライン上を駆け抜けた瞬間にハンドルを一気に左に切ってアクセルオン。
アクセルオンと共にハンドルを右に切ってカウンターを当てながら、フェイントモーションのドリフトでヘアピンを駆け抜けていく。
ワンエイティはコーナー中央のラバーポールまで隙間15cmのところまで攻め込んでいき、距離を離されないように必死にアクセルを踏み込む。
一方で左レーンを走るランエボⅩもワンエイティと同じタイミングでブレーキをかけたかと思えば、ワンエイティに負けじとドリフトする。
「(…ふむ。食らいついてきているか)」
ドリフトし、カウンターを当てながらワンエイティの姿を右ミラーでちらりと見るソウイチ。
典型的なフェイントモーションだが、ここまで攻めてこれてきた分遅いという訳ではなさそうだ。
だが、アウトコースという事もあり車間距離はじりじりと広がる。
サイドバイサイドからパラレル状態になる…つまりテールトゥノーズの状態にまでマシンの距離差は広がった。
「(あとは立ち上がり勝負…逃がさない!)」
ロングヘアピンをドリフトしていく中で、ワンエイティはランエボⅩに徐々に後れを取っていた。
だからこそ、食らいつくためには立ち上がりでも勝負する必要がある。
先行されている分、息苦しさを感じる。
追いつくためにアクセルを踏むが、やはりアウトコースという部分はやはり不利なのだろう。
そしてその息苦しさを感じる中、ワンエイティとランエボⅩはコーナー出口に到達する。
「「―――!」」
コーナー出口でアクセルを離し、ハンドルをニュートラルにする両者。
アクセルを踏み込むソウイチ、そしてワンテンポ遅れて時雨もアクセルを踏み込む。
互いにタイミングとしては互いのマシンの前輪がドリフトラインを踏みつけた瞬間だった。
ランエボⅩがコーナーを立ち上がり、加速していく。速度は90キロから115キロまで加速する。
一方のワンエイティもランエボⅩに食らいつくように加速する。こちらの立ち上がりは90キロから120キロまで加速した。
文字通りのドッグファイト。
立ち上がり一つで2台の車間距離はテールトゥノーズのビタビタに張り付いた状態だった。
「(食らいついている…?ワンエイティのコーナーの立ち上がりが速い!?)」
ソウイチは食らいついている事に驚愕した。
インコースのランエボⅩが立ち上がりでワンエイティに負けている。
馬力はほぼ拮抗しているとはいえ、まさか追い付かれるとは思わなかった。
だがその驚愕している中で、早々に第2コーナーの右直角コーナーが迫る。
テールトゥノーズで絡み合った2台は第2コーナーに突入していく。
「(何があったのか…見せてくれ!)」
ソウイチはそう思いながらブレーキを踏み込み、早めにドリフトの状態に持っていけるようにする。
だが、ワンエイティは減速を最小限にしているようだった。
一瞬ブレーキをかけたかと思いきやそのまま水しぶきを上げながらドリフト状態になる。
「(突っ込みが、速い…!?)」
ソウイチはワンエイティの速さの秘訣を見出しかけていた。
時雨のブレーキタイミングが通常のドライビングよりも遅く、それでいてコーナー通過速度はこちらと拮抗…このブレーキタイミングの差で時雨は何とかランエボⅩに食らいつけているのではないかと考えた。
そして考える中でランエボⅩがテールスライド、そのままコーナーをドリフトしていく。
「「―――!!」」
2台がパラレル状態でドリフトしていく。
だが、アウトコースであるランエボⅩはインコースであるワンエイティに完全に食いつかれていた。
2台が横に並びかけた瞬間、コーナー出口のドリフトラインを2台が共に踏みつけた。
アクセルを離してハンドルをニュートラル状態にしていた両社は、共に同じタイミングでアクセルを全開にして踏み込む。
「(まさか…!)」
立ち上がりの瞬間、前回でアクセルを踏み込む両者。
加速で優っていたのは…ワンエイティだった。
立ち上がりの速度でランエボⅩを追い抜いたのである。
最初のコーナーでの差が一気にひっくり返った。
ソウイチはこの現象に驚かざるを得なかった。
「(コーナーでの突っ込みも速いし、コーナーの立ち上がり速度も速いのか…!)」
ソウイチは時雨の速さの秘訣をそう分析した。
第2コーナーを抜けた直後のストレートで互いにアクセルを踏み込み、2台は共に加速していく。
目の前のストレートに向かって、全力疾走と言うべき加速で走り続ける。
「(この感覚だ…勝つには、この感覚を維持し続けるしかない!)」
一方のワンエイティのドライバー、時雨。
こちらは既に全身が炎に包まれる感覚に包まれていた。
あの速度差というのも、全身が炎に包まれる感覚に包まれていたから…ゲーム用語で言うなら「Spirits状態」というべきだったからだろう。
全身、特に両手両足が燃えるような感覚に包まれながらも、ハンドルをきっちりと握ってアクセルを踏み込み続ける。
ストレート区間でワンエイティは155キロまで加速していた。
「(…これは)」
一方のソウイチ。時雨のワンエイティとは立ち上がりでリードが開きつつあった。
数十センチ程ずつではあるが、徐々にワンエイティとの差が開く。
そんな彼の目は、時雨のワンエイティが青い炎に包まれているように見えていた。
人から見ればオーラと言うべきものなのだろうか。
そんなオーラがワンエイティを包むように如実に表れていた。
「(人馬一体の走りをする者には、オーラが付きまとうと言うが…まさか時雨君は、その域に到達したとでもいうのか?)」
ソウイチは走り屋の中において、人馬一体のドライビングをする者にはオーラというものが付くという話を聞いたことがあった。
自分はまだその領域に到達した事が無いが、一度経験した者の話によると「全身が炎に包まれる感覚」になるという。
そしてその速度域を維持し続ける事が出来れば、マシンセッティングにも左右されるが間違えなくトップクラスの速さを出すことができるという事も…。
もし彼女がその技術や才能を体得していたというならば、それはそれで興味がある。
彼女の走りをよりさらに分析してみたい…そうソウイチは思うのだった。
「(これ以上―――食らいつかせない!)」
ストレート区間で徐々に差が開くワンエイティとランエボⅩ。
第3コーナーである高速コーナーが迫る。
アクセルオフでハンドルを右に切り、ドリフトライン上で再びアクセルを踏み込んでリアを軽くスライドさせる。走行レーン上に存在するレールを駆け抜けるようにワンエイティはドリフトしていく。
目の前の視野は確実に狭くなりつつあった。
「(―――速い!雨の中でこれほど攻められるとは…)」
ソウイチはワンエイティのコーナーでの速さに驚愕していた。
オーラを維持し続けながら走り続けるワンエイティ。
その走りはまさしく分析しようとするソウイチを近づかせまいと引き離すかのように走り続けていた。
第3コーナーは右コーナーである以上、ランエボⅩが引き離されるのは言う間でもなかった。
FRマシンにとっては不利な雨の状況で、ワンエイティはそのハンデを気にしないか…いやむしろハンデをも味方につけたかのように速さを披露していく。
ワンエイティとランエボⅩの距離差は車1台分にまで広がっていた。
「(ここまで来たなら…もう逃げ切るまでだ!)」
第4コーナーは左の直角コーナー。
ハンドルを右に曲げて進路を調整した上でアクセルオフ、ブレーキをかけたらドリフトラインをワンエイティの前輪が踏みつける。
そしてその瞬間、アクセルを踏み込んでハンドルを一気に左に曲げる。
速度自体は155キロから110キロまで減速していた。
ドリフトし続ける中、カウンターを当ててハンドルを右に曲げ続ける。
そんな中でワンエイティのノーズはラバーポールとの隙間8cmというギリギリの状態まで攻めていた。
そしてコーナー出口のドリフトラインが迫る。
ハンドルをニュートラルに戻し、アクセルオフ。
そしてじっくり待ったかと思いきやワンエイティの前輪がドリフトラインを踏みつけた瞬間に再びアクセルオン。
110キロ台だったワンエイティは一気に135キロまで加速する。
「(向こうに不利な左コーナーで追いつけないとは…)」
一方のランエボⅩ。こちらも何とかコーナーで120キロ台を出していた。
だが、追いつけない。向こうの突っ込みと立ち上がりで確実に差がついてしまうのである。
左レーンを走っている以上左コーナーがランエボの方が有利であるが、それは同じ速度で突っ込み、ドリフト、立ち上がりが出来た場合である。
それが突っ込みと立ち上がりという2つで負けている以上、その差はドリフト速度で優っていても追いつけない。
ランエボとワンエイティは距離差が確実に開きつつあった。
2台の前に第5コーナーと最終コーナーが迫る。
どちらも右直角コーナーである。
「(雨で滑る以上…)」
時雨は第5コーナーと最終コーナーを1つのコーナーに見立てていた。
雨で滑る中ではわざわざドリフトを繰り返すのではなく、1つのコーナーで見立てながらドリフトしていけばいいのではないのかと思っていた。
雨であればドリフトを維持し続けること自体は容易である。
だからこそ、時雨はそれをやりたいと考えていた。
「(1つのコーナーとして、攻め抜けばいい!)」
マシンを走行レーンの左端…道路の中央ギリギリまで進路を移動させたうえで、アクセルオフからブレーキを踏んで減速させる。
速度は151キロから110キロまで減速。
「(描くべき道は…ここだ…!)」
時雨の目には走るべき走行ラインが映っていた。
第5コーナーを思いっきりアウトインアウト、そのまま第5コーナーと第6コーナーの中間をアウト目いっぱいに膨れたかと思いきやそのまま最終コーナーに突入。
求められるのは、第5、最終コーナー共にインに迫る場合壁スレスレまで必要があるかなり際どいライン。
少し操作をミスれば左側の走行レーンにはみ出すことも、壁への接触も十分にあり得る危険性のあるものだった。
それでも時雨は博打に出るのだった。
それはソウイチにリードを取ってとどめを刺すためか、それとも皇帝を追い求めるという一種の使命感からか。
「(目一杯に外側から…)」
ハンドルを左から一気に右に切り返し、フェイントモーション同然でコーナーに突入する。
ドリフトラインをワンエイティの前輪が踏みつけた瞬間、ハンドルを踏み込む。
アウトから一気にインに進路を変えたワンエイティは、コーナーの中間…正しくクリッピングポイントにおいて壁にぶつかる寸前までにマシンのインをコーナーの内側まで接近させた。
隙間にして10cmもない、かなりギリギリのライン。
目の前には岩肌しか見えない。
速度も間違えなく120キロ以上は出ている。そんな中で時雨はハンドルを左に曲げてカウンターを当て続ける。
猛スピードで周りの風景が動いていく中で、時雨はドリフトし続ける事をやめなかった。
「(しぐ、れ…!)」
奈美子は一種の恐怖を感じていた。
幾ら特訓の最終段階とはいえ、ここまで際どい走りをするようになるとは思ってなんかもいなかったのである。
だが、時雨だからこそ信じてはいた。彼女であればどんな壁も乗り越えられるはずだという、一種の過信にも近い信用を置いていた。
そんな彼女が恐怖を感じるほどの際どいドライビング。
それはまさしく時雨が自らの限界を超えようとしていることの裏返しとも言えるのだった。
「(まさか…!)」
一方で後方から追っていたソウイチ。
コーナー出口のドリフトラインが血がづいているワンエイティに対して、違和感を感じていた。
普通であればコーナー出口で立ち上がるはずである。
だが、時雨はそんなことをする気配が全くない。
ソウイチにも「まさか」と思わせるやり方だった。
だが、ソウイチ自身は2つのコーナーをセオリー通り2回のドリフトで抜けようとする。
幾ら雨とはいえ、4駆であるランエボⅩではそちらの方が速いと考えていたからである。
だが、ワンエイティはFR。だからこそ滑らせ続ける事には向いているのである。
そして第5コーナーを抜けてコーナー出口のドリフトラインを抜けても、ワンエイティはドリフトし続けていたのだった。
「(そのまま抜けるのか…!?)」
「(…いける!)」
ソウイチは疑問を持っていたが、時雨は確信していた。
第5コーナーと最終コーナーの間でアウトに目いっぱい膨れるワンエイティ。
走行レーンの正しくギリギリと言うべき際どいラインだった。
少しミスをしたら左レーンにはみ出してしまう可能性というものは十分にあり得た。
だが、ワンエイティはドリフトし続けながらギリギリ走行レーンの中に収まっていた。
速度は130キロ以上をキープしながらそのままアウトからインにワンエイティは進路を変える。
ドリフトし続ける中、再びハンドルを右に曲げて進路がコーナーの内側になるように調整する。
調整時間は1秒にも満たない。その中でワンエイティのハンドルを右に曲げて進路をアウトに膨れないように走行ラインを調整したのだった。
ワンエイティはコーナーの外側から内側へ一気に切り込んでいく。
「(曲がるのか…!?)」
「―――!」
コーナーの内側に向かってドリフトしていくワンエイティ。
クリッピングポイントを狙ったかのように走っていくマシンは、ノーズを隙間7cmもないほどまでマシンをクリッピングポイントで攻め込んでいた。
カウンターを当て続けながらワンエイティはコーナー出口でアウトに膨れていく。
そしてコーナー出口寸前、ハンドルをニュートラルに戻してアクセルオフ。
ドリフト状態が続いていたワンエイティのドリフトを止めるようにマシンをコントロールする。
その状態で走ったワンエイティは、コーナーに存在するラバーポールとも隙間10cmもないほどまでに攻め込んでいた。
そして次の瞬間、コーナー出口のドリフトラインをワンエイティの前輪が踏みつけた。
「(な…!)」
「(逃げ切る!)」
アクセルを全開にしてグリップを回復するワンエイティは、130キロから加速。
最終コーナー後のストレートで、ワンエイティは130キロから160キロまで加速していく。
ワンエイティのバックミラーに映ったランエボⅩは小さくなっていった。
2回のドリフトを行っていたランエボⅩの立ち上がりは明らかに遅く、ワンエイティにも明らかに遅れていた。
これは勿論、コーナーのアウトコースであったことも大きいのだが。
ワンエイティは完全にランエボⅩにコーナー勝負で優っていたのだった。
「(よ、よし…面白い……)」
コーナーを立ち上がりつつもワンエイティに先行されたソウイチは、ずっとひた隠していた内なる自分の思いが動き出そうとしていた。
車に対する情熱と言うべきなのだろうか。
そんなものが、彼の心の中で疼きだしていた。
そして疼きだす中、ワンエイティとランエボⅩはそれぞれゴールラインを駆け抜ける。
ワンエイティはランエボⅩに3秒近くのタイム差を付け、チェックポイントを駆け抜けたのだった。
―――第二美濃沢峠往路スタート地点駐車場。
「ソウイチ先生がリードを取られてるだって!?」
「やっぱりあのワンエイティ、バカッ速なんだな…」
マシンヘッズのメンバーが、状況報告を聞いて狼狽する。
するとその情報を聞いたヒロシとトオルが互いに話し出した。
「ワンエイティがランエボⅩを放して先行した、かぁ…これなら、万が一『皇帝』とバトルになっても何とかなるんじゃないんすかね?」
経過報告を聞いたヒロシが、トオルに対してそう呟いた。
するとトオルはこんな言葉を口にした。
「どうだろうな?腕の過信ってこともあるだろうし…何にせよ油断は禁物だろ」
「そうっすかね…」
トオル自身、自分の事のように真剣な声でそう言うのだった。
すると、トオルがある事に気が付く。
「…雨、上がったな」
「あ…」
空を見上げると雲こそかかっていたものの、既に雨は収まっていたのだった。
◇ ◇ ◇
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「時雨…!」
「雨が、あがった…!」
同じ頃、第二美濃沢峠復路から第一美濃沢峠往路スタート地点に向かう中で、ワンエイティの車内で奈美子が時雨に話しかける。
その内容は言うまでもなく、雨が上がったという事だった。雲の隙間から太陽が顔を覗かせる。
雨の中で動かしていたワイパーを、レバースイッチを切り替えて止める。
そして奈美子は幾ら雨が長かったとはいえ、温度が高い以上移動中であっても案外すぐに路面は乾くだろう…そう考えていた。
「移動中のほんの10分程度でも、路面はすぐ乾くわ…」
「……」
「コンディションが変わる雨上がりが一番怖いのよ…時雨、気を付けて!」
「わかった…でも、攻めないとソウイチ先生には勝てないから!」
するとそう言い切った時雨はあることに気がついた。
「(求められるのは…突発的な事態への対処…!?)」
もしやこれをソウイチは見越した上の特訓だったのか?
そう時雨は考えたのだった。
いくら封鎖されているとはいえ、何が起こるかがわからないのがストリートバトル。
そういう意味でも特訓というのは必要だったのでは?
そう時雨は思った。
「(雨の中での走り自体は悪くなかった。だが……もっと、全身全霊をかけてかかってこい!!私の『病院送り走法』に跪くがいい!!)」
「(まだ僕は踏める…踏み抜いて見せる!)」
2台が第一美濃沢峠のスタートラインに近づく中、時雨のワンエイティは左レーンへ移動。
一方のソウイチのランエボⅩは右レーンへと移動する。
「さあ…オペを始めようか!!」
そうソウイチが言い放った瞬間、ワンエイティとランエボⅩは第一美濃沢峠往路スタート地点のスタートラインを駆け抜けた。
ワンエイティにワンテンポ遅れてランエボⅩが追う状況が続く。
2台の前に第1コーナーである右ショートヘアピンが迫る。
ワンエイティ先行の状態で第1コーナーに迫る。
「(…行くぞ!)」
「(っ…!)」
第1コーナー直前で一瞬30度ほどハンドルを左に切り、アクセルオフからフルブレーキング。
直ぐにブレーキをリリースしてハンドルを一気に右に曲げる。
そしてドリフトラインを踏みつけた瞬間、アクセルを全開に踏み込む。
フェイントモーションでコーナーを駆け抜けていくワンエイティ。
だがその瞬間だった。
「―――!!」
コーナーでアウトに膨れるワンエイティ。
タイヤの食いつきが明らかに悪くなっているのである。
コーナーの中間にあたるクリッピングポイントから離れ、1m程の隙間が空いていた。
「ーーー!?」
カウンターの角度をさらに深くし、なんとか滑るマシンをコントロールする。
グリップが切れかかっているのか、ワンエイティは時雨の意図せずに2車線分の幅のある走行レーンの左端スレスレ…つまり壁際までボディを寄せかけた…一つタイミングやハンドルの舵角にミスがあれば壁にぶつかっていた可能性は高かった。
壁スレスレでアクセルを離してグリップを回復し、自然とハンドルをニュートラル状態に。
そしてそのままドリフトライン上で再びアクセルを踏み込む。
しかし思った以上に加速が伸びない。どうやら意図せず壁スレスレまで近づけた事で動揺してしまっているようだ。
これまで散々ドリフトで酷使した事もあり、タイヤは既に限界寸前と言ってもいいレベルだった。
「(タイヤのピークが完全に過ぎている…僕が、追い詰められるのか?)」
ここまでの連戦によって、完全に時雨のワンエイティのタイヤは悲鳴を上げつつあった。
伊達に20戦近くほぼ全開走行でドリフトばかりしていたのだから、タイヤがへたれても無理はないだろう。
だがこれは己を限界まで追い込む特訓。そう割り切っている部分も時雨の中にはあった。
速度は110キロまで減速し、後方からはランエボⅩが迫ってくる。
「(きたな…さあ、どうする?)」
ソウイチはワンエイティの限界を見越した上でそう思った。
一方のランエボはコーナーでも安定してドリフトしていき、ワンエイティとの距離差を徐々に詰めた。
あっという間に2台はテールトゥノーズの状態になって、コーナーを脱出する。
速度は125キロを示しており、すぐにワンエイティに追いついてしまう。
「(さあ、どう戦うか…!)」
第1コーナー出口でアクセルを踏み込んだソウイチは、それと同時にハンドルに取り付けられていたニトロスイッチを右手で押した。
立ち上がりで食らいついていたランエボⅩは一気に加速してワンエイティをオーバーテイクする。
ストレートで一気に加速していくランエボⅩ。立ち上がりのもたつきもなく、スムーズに加速していく。
ニトロを用いる事で速度は190キロ台まで加速する。
「(―――逃がさない!)」
一方の時雨もここぞと言わんばかりにニトロスイッチを押す。
こちらも立ち上がりで115キロから190キロまで加速する。
タイヤの限界が来つつあるのか、それとも立ち上がりでのミスもあったのか、時雨の思うとおりにマシンの加速が伸びない。
何とかワンエイティのノーズとランエボⅩのテールには車間0.5台分の距離を持ってランエボⅩを追撃するが、それと同時に加速に応じて視野角が一気に狭くなっていく。
一応これまでにも何度か200キロ以上の速度を出している以上、視野角が狭くなるのは時雨もこれまで何回も認識していた。
ハンドルが普段以上に暴れているようにも時雨は感じていた。
だが、それ以上に不可解な現象が時雨を襲っていた。
「―――!?」
ガラスに大粒の水が大量に落ちてくる。
眼の前に現れるは、大粒の雨。
「(また降り出した…!?)」
アーチ橋を抜けるワンエイティのフロントガラスに、雨粒が再び降り出してきた。
空は太陽が覗かせているとはいえまだ曇り空。
雨が降って来ていてもおかしくはない状態だった。
ここまではまだ雨が降っているだけだと思うだろう。
だが、次の瞬間だった。
「(これは、現実じゃない…これは、なんだ…)」
ランエボⅩを追いかける中でトンネルに入ったワンエイティ。
だが、雨は降りやまず、ワンエイティのフロントガラスを叩きつけて降り続ける。
「トンネルの中に入っている」にもかかわらずである。
そして奈美子はそれに全く気が付いている様子ではない。
文字通り、「時雨にしか見えない雨」だったのである。
「(僕にしか見えない、雨が降り続いているのか…!?)」
もはや見ているのは幻覚といっても過言ではないだろう。
雨脚は一瞬でさらに強くなる。もはや嵐や集中豪雨と言っても過言ではないくらいである。
眼の前の雨が強くなる中、高速域で視野が一気に狭くなる。
トンネルを走るワンエイティはランエボⅩのテールに忍び寄る。
そして忍び寄る中、トンネル内のドリフトラインが迫る。
「(オーバースピード!?)」
助手席の奈美子が恐怖を感じた。
だが、声を出すことは出来なかった。
恐怖で声を出すことが出来ないくらい、それくらい猛烈な突っ込みだったのだ。
アクセルをリリースしてそのままブレーキをフラッシュさせたかと思いきや、一気に90度以上ハンドルを一気に左に曲げてドリフトラインで再びアクセルを全開で踏みつける。
オーバースピード気味のワンエイティは、進路をぐいとコーナーの内側…ワンエイティの進行方向におけるレーンの左端までマシンのノーズをピッタリとくっつけるかの如くドリフトしていく。
あまりにも際どい走り。先ほどまでのコーナーリングにおいても、隙間数十cm単位のドリフトは何度かあった。
だが、ここでのドリフトはその数cmではない…明らかに5cm以下のトンデモなく際どい走りであった。
だが、コーナー前でほとんど減速しなかったワンエイティは、先行してブレーキをかけていたランエボⅩに確実に食らいつきつつあった。それどころか、間違えなく追いつけている。
そして壁と5cm以下のコーナーリングをしたワンエイティはクリッピングポイントを抜けると一気にアウトに膨れ、走行レーン目いっぱいにアウトに膨れていく。
「(追いついてきている…!?インコースとはいえ、何という突っ込みだ…!)」
一方のランエボⅩ。
ドリフトしていく中で左ミラーに映るワンエイティを見ていたが、その速さは明らかにこちらが出来る速度のはるか上を行っていた。
ランエボⅩのコーナー通過速度は135キロほどである。
だが、向こうのワンエイティは間違えなく170キロ以上出ている。
驚異的なコーナーリングスピードと度胸である。
あっという間にワンエイティはランエボⅩとサイドバイサイドの状態…それどころか、追い抜いてしまった。
「くっ…!」
「(全身が熱い…でも僕は、止まるわけにはいかない!)」
動揺したソウイチはコーナー出口でランエボⅩがドリフトラインを踏みつけた瞬間にニトロスイッチを押す。
そしてほぼ同じタイミングで、時雨も2本目のニトロを使うべくワンエイティのニトロスイッチを押した。
だが、時雨がニトロスイッチを押した瞬間だった。
「ーーーーー!!!」
170キロ台から一気に加速していくワンエイティ。
ランエボⅩを立ち上がりで完全に振り切りに来る。
だがアクセルを全開で踏み込む中で、視野が狭くなっていた時雨の視界が突如として真っ白になった。
更に白くなる目前にはキイインとマイクのハウリングに近い音が時雨の両耳を貫いた。
文字通りのホワイトアウト…そう言うべき状態だった。
ーーーキイインと耳鳴りがしたかと思えば、極限まで狭くなっていた視界は一気に真っ白になった。
炎に包まれていた全身…特に両手両足の感覚は、ほとんどなくなった。
全身の感覚が全くもってない。
視界のすべてを奪われたような感覚に陥っていた。
そして…ホワイトインから再び感覚を取り戻した時、自分はどこか見知らぬ場所にいた。
眼の前に見えたのは、どこかで見覚えのあるレンガの建物。居住棟だろうが…どこかで、本当に見覚えがある。
一方で先程までの雨は完全に止んでいた。
「ここ、は…」
周りを見ると、やはりここは軍隊の駐屯地とも言うべき場所だと認識した。
だが、間違えなく時雨が知っている時代のものではない。
何十年も前のものかもしれない。
だが、時雨にはどこか懐かしさをも感じた。
自分がもしかしたら、ここに来たことがあるかもしれない…
そう思った瞬間だった。
後ろから視線を感じたので振り向く。
「君、たちは…」
そこにいたのは、6人の女性たち。
左端の少女は明るい茶髪のボブヘアーと黄色いカチューシャの女性。だが、大怪我をしているのか左腕にギプスを付け、顔の半分…左目付近と右腕の一部は包帯でぐるぐる巻きになっている。
その隣にいたのは…黒髪ロングヘアーの着物を羽織った女性。この女性もやはり大怪我をしているのか、左目付近と頭の一部は包帯でぐるぐる巻きになっている。そして右腕にギプスを付けていた。
左から3番目にいた女性…ボブカットの黒髪の女性も案の定頭と右腕に包帯を巻き、しかも首にはコルセットを付けていた。
右から3番目の女性…女の子は、肌色の髪の毛でありながら、セミショートの髪をお団子付きのツインテールにしている。彼女もやはり重傷なのか、頭は包帯でぐるぐる巻き、右目も隠れていた。そして右足も折れているらしく、松葉杖の状態。
右から2番目の女性は栗色のロングヘアーを水色と白のツートンカラーのリボンでツインテールにしている。だが彼女もやはり重傷の為か、左腕にギプスを付けている。そして頭と左足には包帯がまかれていた。
右端の女性は灰色のセミロングヘアーで緑色のカチューシャ。彼女も言う間でもなく重傷で、頭と右足、右腕に包帯がまかれていた。
左端の女性が敬礼し、緑髪ショートヘアの女性が時雨に対して軽く右手を振ると、彼女たちはわかっていたかのように、時雨たちが今いる場所…駐屯地みたいな場所の出入口から、どこかへと去っていくようだった。
「みんな……」
時雨は右手を伸ばす事しか出来なかった。
6人の女性が出入口から去っていこうとする中で、黒髪ロングヘアーの女性が時雨に気が付く。
すると彼女は、時雨に対して首を横に振った。
目元が隠れていたために感情こそ明白ではないが、何処か顔はにこやかに思えた。
そしてどうやら自分に対して、「こっちに来てはいけない」と言いたげのようだった。
女性に歩いて向かう中で、右腕を伸ばす事しか出来なかった時雨。
するとその女性は、時雨に対してある事を言いたげに口を動かす。
「みんなのことを、宜しくね…」
そう言いたげにその女性は口を動かした。
時雨に声は聞こえなかったが、何となくではあるが口の動きでそんなことを言っているように察した。
その瞬間、時雨の動きが止まって伸ばしていた右腕がだらんとなった。
そしてそれを見た黒髪ロングヘアーの女性は、にこやかな顔で出入口の方向を向いて、そのまま他の女性たちと同様に歩き去ってしまった。
「………」
一人残された中で立ち尽くすことしか出来なかった。一人になってしまった以上これから自分はどうすればいいのか。
「僕は……まだ、やり残したことが…ある、のか、な……」
ふと時雨はそう呟いた。
一瞬少女たちが向かった方向に歩もうとしたが、時雨は途中でそれをやめた。
もしあの出入口を超えてしまったら、自分はもう今生きるべき場所に戻れなくなってしまうかもしれない。
そう、自分には戻るべき場所があるのである。
皇帝を追いかける、皇帝の真実を知る……過去の記憶はともあれ、今の自分のやるべきことはそれである。
その事に時雨は出入口に近づいている最中に気が付いたのである。
時雨は出入口とは真逆の方向を振り向いた。
「戻ろう…僕には、やることがまだあるんだ…この雨が、収まるまで…」
そう時雨が呟いて歩き出そうとすると、再び視界はホワイトアウトするのだった。
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「―――――!!」
場面はワンエイティとランエボⅩが第2コーナーと第3コーナーの間でランエボⅩを引き離しにかかる状態から数秒立ったところである。ワンエイティのテールとランエボⅩのノーズの車間距離は車1台分にまで広がっていた。
岩をくり抜いたロックシェッドに存在する第3コーナー、そして最終の第4コーナーはどちらも右直角コーナー。
左レーンを走る時雨にとっては不利な条件である右コーナーである。
だが、ワンエイティは全くもってブレーキを踏む気配がない。
それどころかコーナー直前までランエボⅩを振り切りにかかりに来ているように思えた。
「(まさか、ノーブレーキで突っ込む気か!?)」
「し、時雨…!」
ソウイチと奈美子にとっては恐怖でしかなかった。
もはや猪突猛進と言ってもいい程の攻め具合だった。
明らかにオーバースピードでコーナーに突進していく、青い炎に包まれるように見えていたワンエイティ。
だが、次の瞬間だった。
「―――!!」
ワンエイティはコーナーの真ん中に存在するラインをなぞるかのように、160キロ以上の速度で第3コーナーに侵入する。
ドリフトライン寸前までアクセルを踏み込んだかと思いきや、アクセルオフでハンドルを右に切り、そして再びドリフトライン上でアクセルを踏み込む。
ノーブレーキで直角コーナーを走行レーンの両端までフルに生かした全開走行だった。
結果としてワンエイティはほぼノーブレーキングでドリフトし、165キロ以上という普通ではあり得ない程の脱出速度でコーナーを駆け抜けてしまったのである。
「(曲がった…だと!?)」
ソウイチにとってもそのコーナーは確実にブレーキを踏まないと曲がり切る自信はなかった。
だが、時雨のワンエイティはノーブレーキでコーナーを突っ込んだかと思いきや、そのままコーナーを突破してしまった。
それは、最後の第4コーナーにおいても全く同じであった。
立ち上がりで20キロ以上の差を生じていた2台の車間距離は、1つのコーナーであっという間に差が開く。
ここまで立ち上がりの速度で差があると、コーナーの内側外側関係なしに立ち上がりと進入速度だけで全てをひっくり返すことが出来てしまう…そんな状況に陥っていたのである。まさに鬼神の如き走りと言っても過言ではないだろう。
「(この期に及んでここまでの潜在能力を持つとは……もはや私では手に負えないレベルだ…!!)」
ソウイチは第3コーナーにおいてかなりのショックを受けていた。
自分の限界をはるかに超えたドライビングを、相手は出来てしまっている。
ランエボⅩは第3コーナーで軽くブレーキングし、130キロ台でコーナーを突破する。
だがそういうコーナーワークをしている以上、もはや立ち上がりでも追いつくことは困難だった。
そして時雨のワンエイティは全く減速することなく最終コーナーを第3コーナーと同じようにノーブレーキングで駆け抜けてしまった。
距離差は3台以上まで広がり、ニトロを仮に使ったところで到底追いつけるものではなかった。
ソウイチはこの時点で諦めの感情を抱いていたのだった。
時雨はとんでもない速度でコーナーを抜けている…それだけが言う間でもない事実であった。
「―――みん、な…」
時雨の口からそう言葉が出たのと同時に、時雨は「あの場所」から意識が戻ってきた。
今まではほぼ無意識でハンドルやアクセルを操作していたが、やっと両手両足の感覚が…否、全身が炎に包まれる感覚が戻ってきたのだった。
一方でソウイチが諦めたタイミングで、時雨のワンエイティは青い炎に包まれながらもゴールラインを駆け抜けた。
ゴール寸前において、時雨は先ほどの幻覚から目を覚まして箱根に意識が戻っていたのだった。
「(あ……戻って、これたんだ…)」
ゴールラインを駆け抜けた事に気が付いた時雨。
ブレーキをゆっくりと踏みながら減速、そして走行レーンの左端にマシンを停車させてサイドブレーキを引いた。
「やったーっ、時雨!ソウイチ先生に勝ったのよ!!」
「………」
「時雨…?」
「…えっ?」
「大丈夫?バトルは終わったのよ。疲れてる…?」
バトルが終わって停車した直後、時雨は茫然とハンドルを掴んだままだった。
何処か疲れているのか?そう奈美子が質問した。
「あ…えっと、ううん。僕は大丈夫…」
「これで四天王を全員倒したのよ!時雨、本当にすごいわ!」
「……そう、なんだ。自覚が無いかな…」
すると、停車したワンエイティの前にランエボⅩが停車してソウイチが右腕を窓から出した。
どうやら先導してくれるらしい。
「先導してくれるみたいね。行きましょ」
「あ…うん。行こう」
そう言って時雨はサイドブレーキを解除し、ワンエイティを発進させた。
「(速度を落として、やっと雨が降り止んだ…)」
最初にいたスタート地点に移動する中で、時雨はそう思っていた。
先ほどまでの雨…幻覚によるものであるとされるそれは、今は全くもって見えなかった。
天候は晴れ間がのぞき、雲がどんどんと減ってドライコンディションになる中で、雨粒はどこにも見受けられなかった。
やはり先ほどのそれは、幻想だったのだろう。
しかし、時雨には様々な疑問が浮かんだ。
先ほどの雨は本当に幻覚なのか?
自分の精神に何かしらの問題があるのではないか?
幻覚の中で見たあの少女たちはいったい何者だったのか?
幻覚の中で見たあれは一体何処だったのか?
時雨にとっては、謎が謎を呼ぶという負のスパイラルに陥ってしまっていたのだった。
「(僕には…まだ、雨が降り続いてる…)」
ゆっくりと車を動かす中で、時雨は心の奥底でそう思うのだった。
だがそれでも、時雨がソウイチに3秒以上の差をつけて勝利した……それだけは言うまでもない事実だった。
―――第二美濃沢峠往路スタート地点駐車場。
「おおっ…!」
駐車場に入ってきた車に対して、アフロのヒロシが反応した。
先行して入ってきたのはよく知る青色のワンエイティだった。
そしてその後ろにランエボⅩが続いて入ってきた。
2台は駐車場の端っこに、横並びするようにそれぞれ駐車するのだった。
ヒロシとトオルが、駐車したワンエイティから降りてきた時雨と奈美子に近づき、2人を祝する。
「やったなあ時雨ちゃん!まさか四天王全員に勝っちまうとはなぁ…!」
「流石だな、ここまでやれたのなら仮に『皇帝』とバトルする事になっても何とかなるかもしれねえな」
「あ、ありがとう…」
「…どーも」
すると、会話の中でDr.ソウイチが4人に近づいてきてこう話しかけた。
「ふむ…ここまでやるとは。いや、恐れ入ったよ」
「ソウイチ先生…」
ソウイチは納得した表情でそう言うのだった。
「経過観察は極めて良好だ。ここまでの実力なら、万が一『皇帝』とやりあう事になっても…何とかなるかもしれん」
「ありがとう、ございます」
その言葉に、時雨はどこか胸をなでおろしたように見えた。
これで、自分が求めるものがより近づいたのかもしれない。そう思うと、時雨はホッとしたのだった。
するとソウイチと時雨が会話を交わした直後、トオルのスマホから着信音が鳴った。
「俺のか。わりぃ…ん?もしもしどうしたサイゴー。おいおいちょっと落ち着け。お前のラップは…」
すると、トオルの言葉が止まった。
「何だと!?」
かと思いきや、再びトオルが驚いたかのように言葉を発した。
「ど、どうしたんすか、トオルさん?」
「トオル…?」
ただ事でない事を感じ取ったヒロシが、トオルに声をかけた。
時雨もその言葉に続いて話しかける。
すると通話を切ったトオルが、ヒロシと時雨に対してこう言った。
「…詳しい話は後だ。おいナビ子に時雨、すまねぇが俺たちは一旦葦柄峠に戻る。何だか『連合』がヤベェみてぇだ…」
「やばい?」
「それって…」
奈美子と時雨が疑問を発しようとした瞬間、トオルは遮るようにこう言うのだった。
「悪いが急がせてもらうぜ…ヒロシ、お前も来い!」
「へ!?り、了解っすトオルさん!」
そう言うとトオルとヒロシは急いで互いの車に乗り込んで、血相を抱えながら去っていった。
どうやら神風連合にただ事でない事が起きているようだ。
すると今度は奈美子の電話から呼び出し音が鳴った。
実は時雨は携帯電話を持っていないのだ。
「電話…?もしもし?…イズミ?」
「…?」
電話の相手は…アイドルのイズミだった。トオルたちのただならぬ様子の直後の電話である以上、不吉な予感しかしなかった。
「え…!?なんですって…!?」
「奈美子?どうしたんだい?」
「え……景虎、峠…?…ええ…わかったわ、直ぐ向かうわ」
そう言って奈美子は電話を切った。
「奈美子君?どうしたんだね?」
「いま、イズミから電話があって…『皇帝』のチームとバトルになって、チーム配下のメンバーである…『骸骨のドライバー』?に負けたって…」
「何だって!?」
奈美子の言葉に驚愕した時雨。
遂に皇帝とその一味が現れたのだという。
「遂に皇帝が、現れたというのかね…!?」
「『皇帝』は、チームメンバーも含めてとても速いって…」
「……!」
「それで、『皇帝』のドライバーたちは第一景虎峠と第二景虎峠を占拠した、って…」
「景虎峠…」
「最後に…箱根を頼む、って…」
そう言って奈美子の声はトーンダウンした。
するとそれを見て時雨はこう言うのだった。
「奈美子…すぐにワンエイティのタイヤをスペアのものに変えて、景虎峠に向かおう!ゆっくりしている暇はないはずだ…!」
「え、ええ…すぐタイヤを持ってくるわ!」
「あとはニトロだ…私が手伝おう。皆でやればすぐに終わる事が出来るはずだ」
「ラジエータ水やエンジンオイルもすぐに入れましょう!」
「残っている諸君も整備を手伝うんだ!急いで終わらせるぞ!」
様子を見ていたマシンヘッズのメンバーたちに、ソウイチがそう指示を飛ばした。
マシンヘッズのチームメンバーたちはテキパキと動き、時雨のワンエイティは10分もしないうちにガソリン満タン、タイヤ新品、ラジエータ水満タン、エンジンオイルも新品の状態になっていたのだった。
そしてその状態になった事を確認した2人は急いでワンエイティとS30Zにそれぞれ飛び乗り、第二美濃沢峠を後にして景虎峠に向かうのだった。
遂に箱根の四天王を全員倒すことに成功した時雨。
だがそれに呼応するかのごとく、「皇帝」の一味も箱根に現れた。
彼らは時雨にとっては未知の峠、「景虎峠」を占拠したという。
果たして、走りの先に見える「皇帝」とそのチームメンバー達はどのようなドライバーたちなのか?
そして、「皇帝」の真実とはいかに?
「皇帝」との直接対決は…一歩ずつ、確実に迫っているのだった。
(第23話End)