「艦これ」いつかあの海で×ドリフトスピリッツ 2023 -いつかあの路で-   作:カービィ改二

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大変お待たせしてすいません。
pixiv優先していたのですが一段落したのでこちらも続けて投稿します。
宜しくお願い致します。

第24話です。
特訓を終えた時雨に新たなバトルが迫ります。
そして時雨の内なる感情が剝き出しに…


迎撃!皇帝親衛隊編
act.24「Desperate Defeat(絶望的敗北)」


最後の四天王こと、Dr.ソウイチとその仲間たちとの「特訓」を終えた時雨と奈美子。

特訓を終えたその時、取り巻きである「神風連合」に危機が迫っているという電話が入ったかと思いきや、「ガールドラッシュ」のリーダー、アイドルのイズミからSOSを奈美子が受け取る。

皇帝が率いるドライバーに「ガールドラッシュ」が敗北した…その一報を聞き取った二人は、マシンの整備を行った直後に「景虎峠」へとワンエイティとS30Zを走らせるのだった。

皇帝が率いるドライバーの正体とは一体何者なのか?

謎を追い、二人は車を急がせるのだった…

 

 

―――13時過ぎ。

 

「まもなく目的地地点です」

ワンエイティのダッシュボードに設置されているカーナビの案内がそうスピーカーから声を発した。

前を走るS30Zの誘導を受けながら、ワンエイティは急ぎ第一景虎峠の往路スタート地点駐車場へと滑りこむのだった。

2台が駐車場に到着した時、雨は完全に止んで路面もドライコンディションになっていた。

雲も離れ、太陽の光が峠に照り付けているのだった。

2台は第一景虎峠の往路スタート地点に存在する駐車場に静かに入り、駐車場の端っこに2台を駐車させた。

車を降りた二人は周囲を確認する。

 

「ここが景虎峠…」

「ええ…って、あれは!」

「あっ…!」

ある事に気が付いた奈美子が声を上げる。

そして時雨と奈美子の視界に入ったもの、それは駐車場において、多くの男たちが「ガールドラッシュ」のドライバーたちを屈服させるかのように羽交い締めにしていた。

既に駐車場には20台以上の車が駐車されており、時雨と奈美子はなんとか隠れるように駐車場の端っこに車を停止させたのだった。

ワンエイティが移動する際に静音器を取り付けていたこともあったのか、それとも丁度2チームのバトルが終わったばかりだったのか、双方のチームには気がつかれてはいないようだ。

だが、遠目から見えたものは…相手チームのチームメンバーであろう男たちに羽交い締めにされている「ガールドラッシュ」のメンバーたちの姿だった。

 

 

推奨BGM

「あれは…一体何が!?」

「とにかく、早く止めないと!」

「うん!!」

時雨と奈美子は羽交い締めにされていたガールドラッシュのメンバーたちの元へと向かうのだった。

ガールドラッシュと対決したそのメンバーたちの中心にいた奇妙な外観の男の両手には、松明が握られていた。

ガールドラッシュのメンバーたちが羽交い締めにされている中、男は車に火を点けようとしている。

だが、その車はFD3Sではあるが事故を起こした時の個体ではない。どうやらアイドルのイズミの新しい車のようだ。

 

「くっ、この雑魚共!手を放しやがれ!!やめろ―――ッ!!」

羽交い締めにされていたイズミが悲鳴に近い叫びを吐き出した。

すると松明を持った男がイズミをせせら笑うようにこう言った。

 

「突如現れた名もなき新参者に敗北してクラッシュしたのに加えて、苦心して買い替えた愛車が僕に燃やされる…まさに泣きっ面に蜂だねえ。燃える様、見てみたいだろ?どんな気分かな?さぞ悔しいだろうねぇ?ウフフフ…さあ、始めようか!!」

奇妙な外観…白く塗った顔面・耳たぶに大量のピアス、髑髏柄のバンダナで口元を覆っている、スーツ姿の男がそう言い放った。

 

「おやめになって!燃やすなら…わたくしの車を燃やしなさい!」

イズミ共々羽交い締めにされている夢の国のアリスがそう言い放った。

だが、男はフッ、と嘲笑するようにこう言い返した。

 

「ウフフ…大丈夫だよお嬢ちゃん。リーダーの車を燃やしたら、次はキミの車の番だよ…!」

「待ちなさい!」

「ん!?」

嘲笑するように言い放った男に対し、横槍を入れるように奈美子が声を出した。

男は奈美子と時雨の方を振り向く。

男のチームメンバーたちもじろじろと奈美子と時雨を見ていた。

 

「…何だい、キミたちは?折角盛り上がってきたところに水を差すなんて、どういう神経をしているんだい?」

「それはこっちのセリフよ!人の車に火をつけるなんて、そんなことが許されるとでも思ってるの!?」

「一体これは、何の仕打ちだっていうんだい!?」

「奈美子さん!時雨さん!」

現れた二人に対し、アリスが声を上げた。

すると髑髏柄のバンダナで口を覆っている男が呆れるようにこう言い放つ。

 

「…折角楽しい見世物が始まるところだったのに…敗者は勝者に何をされようが、文句は言えないだろう?」

「…それは、あなた達のボスの『皇帝』の考えなの!?」

男の主張に奈美子はさらに質問で返すようにこう言い放った。

するとその言葉にフン、と鼻で笑うように笑みを露にしたかと思えば、男は主張を続けた。

 

「まあ、そうだね。だって、程度が低すぎるからね!見知らぬドライバーに負けて過去の愛車であったFD3Sを廃車にしちゃったし、それに僕と走ってあんな腕前で『四天王』だなんて、ちょっと図々しすぎるよねぇ!?ハハハ!」

「んだと、テメェ…!」

その男の主張に対し、イズミは完全にブチ切れ寸前だった。

だがブチギレる寸前で、バンダナの男が率いるであろうチームのメンバーが羽交い締めをさらに強くして拘束する。

すると男はさらにせせら笑うかのようにこう言うのだった。

 

「四天王の残りも僕の仲間が潰しに向かってるけど、どうせたかが知れてるよね…!」

「…じゃあ、さっきのトオルの電話も」

「ええ、間違いないわ…この連中が原因のようね」

「……!」

奈美子の言葉を聞いた時雨に、どこかスイッチが入ったかのようだった。

皇帝は恐らくではあるものの、時雨の命の恩人である。

だからこそ、こんな事をするはずがないのである。

そして、今まで走り合ってきた仲間たちが得体のしれない謎の集団にバカにされている。

それらだけでも、時雨の怒りを増長させるのには十分だった。

今までどこか抜けていた目の様子が変わり、完全にスイッチが戦闘モードに入ったかのように時雨はこう言い放った。

 

「…僕と勝負してくれ。君たちの好きにさせる事は、これ以上看過出来ない!」

「時雨!…そうね。そこの人、あなたにバトルを申し込むわ!」

バンダナの男に対し、時雨と奈美子はそう互いに言い放った。

文字通りの宣戦布告である。

すると男はそれをどこか喜ぶように、バンダナの上からも不気味な笑みをしているのがわかるのようにこう言い返すのだった。

 

「ウフフ…いいだろう。僕は『皇帝』親衛隊の1人、『スペード』。まずは僕のチームである『皇骨軍』が相手をしようじゃないか」

「…わかった」

「そこの素行の悪い女みたいに、手ごたえなさ過ぎて失望させたりしないでよね?」

「…いいさ。ここは譲れないからね」

「無駄口を叩けるのも今のうちよ!アンタを踏み台にして、私たちは『皇帝』にたどり着くんだから!」

「ウフフ…まあいい。先にスタートラインへ移動してくれ。こちらでチームメンバーを選任する…逃げるんじゃないよ?」

「……」

時雨は軽く頷き、奈美子と共にワンエイティに乗ってスタートラインへと移動するのだった。

そして移動する中で、2本の松明を部下の一人に渡して消火するように指示したスペードは、そのままチームメンバーを選任する。

 

「…そうだねえ、トモノブ。君が彼女たちを潰してこい。負けは許されないからね?」

「へ、へい!」

スペードから選任された男は、どこか慌てて愛車である赤いJZZ30ソアラに乗り込むのだった。

 

 

 


 

 

 

―――vsトモノブ

推奨BGM:I NEED YOUR MISTERY(from SUPER EUROBEAT vol.69)

 

 

 

第一景虎峠はスタート直後のストレートから、岩肌付近の第1コーナーの右ヘアピンコーナー。しばしのストレートの後、第2コーナーである左直角コーナー、第3コーナーである左高速コーナーが2つ続く。

第3コーナーを抜けた直後、そのまま第4コーナーの右直角コーナー。第4コーナーを抜けてほんの一瞬のストレートを抜けたとも行や第5コーナーの左ヘアピンコーナー。そしてそのまま第5コーナーを抜けた後、高架の下にある最終コーナーの右高速コーナーを駆け抜け、最終ストレートを走り抜けた後にゴールとなる、高速コーナーとヘアピン2つの低速コーナーが複合した、テクニックが必要とされるコースとなっている。

左レーン、JZZ30ソアラ。右レーン、ワンエイティ。

スタートライン前に2台が並んでエンジンの空ぶかしを始める。

 

「(ふん…何者だか知らねえが、皇帝の配下チームのメンバーに勝負を挑むなんて、いい度胸してるじゃねえか。ま、俺の走りに屈服すればいい…!)」

そうソアラのドライバーはそう思っていた。

自分は皇帝の配下のチームのメンバーでもあるし、実力は多少はある…そう思っていた。

 

「―――――」

一方のワンエイティの時雨。

静かにハンドルを握り、アクセルを踏み込んでエンジンレスポンスを確認する。

 

「どう?先ほどまでの特訓でマシンのコンディションとか気になるけど…」

奈美子が心配そうに時雨に話しかけた。

エンジンオイルやタイヤは交換し、ラジエータ水もガソリンも満タンになるようにした。

一応の連戦への対応は出来るはずであると思ってはいたが、それでも奈美子にはどこか不安があった。

すると奈美子の言葉に時雨はこう言うのだった。

 

「―――何十回もバトルを重ねてきたんだ。そう簡単に折れる僕じゃないよ」

「時雨…」

時雨の言葉にどこか不思議な感覚を覚えた奈美子。

すると心配するかのように奈美子は時雨にこう言うのだった。

 

「…時雨がこれから走る峠は全くの未経験のはずよ。ウォーミングアップもなしに全開走行というのは危険だけど…今回はやむを得ないわ。最初のうちは…油断も禁物だから、気を付けて」

一応、スタート前に軽くコースマップ自体は確認したとはいえ奈美子にとっては不安があった。

コースやカーブの事をわかっていても、いざ実際に走るのでは大違いだからである。

だが時雨はその意図をわかっていつつもこう言うのだった。

 

「奈美子……心配してくれてありがとう。でも…だからこそ、僕は負けないよ。僕を信じて欲しい」

「…わかったわ。私は時雨を信じる。だから…頑張って!」

奈美子の心配を受け取った時雨は、それを受け入れつつもどこか自分に自信があるようにそう言うのだった。

そして「頑張って」という言葉に対し、時雨は自信ありげにこくりと頷くのであった。

多少は先ほどまでの連戦による特訓の効果も出ているのかもしれない…時雨自身でもそう思うのだった。

だがそれでも、自分は油断せずに挑戦していく。

皇帝の配下チームと言っていたが、彼らに自分の力を見せつけるまでである。

そんな思いを時雨が抱く中で、カーナビのカウントが始まろうとしていたのだった。

 

3

 

2

 

1

 

GO!

 

「「―――!!」」

2台のドライバーが一定のエンジン回転数でギアをDレンジ(ソアラは1速)に変え、アクセルを全開で踏み込む。

2台のエキゾーストからバックファイアーが吹き出る中、2台はスタート地点を蹴りつけるかのように加速していく。

だが、スタートの加速時点で既に大きな差が生じていた。

 

「な…速い!?」

ソアラのドライバーは驚愕するしかなかった。

スタートダッシュでワンエイティが一気に車2台分もの車間距離を付けたのである。

幾ら自分が先鋒とはいえ、いきなりここまで差が付けられるとは思わなかった。

ワンエイティのバックミラーに映るソアラは一気に小さくなった。

1JZという優れたエンジンを載せているはずのソアラだが、そんなマシンが格下であるワンエイティに早々に振り切られかけている。

 

「(一気に差を付けた以上、あとはコースの下見も兼ねてマイペースでいく…)」

時雨は最初に大きく差を付けた事で、心理的な余裕を感じていた。

だからこそ、最初はあえて一気に逃げた上である程度ペースダウンする…そんな走り方をしてマシンに負担をかけないようにしようとしていた。

スタート直後のストレートで加速した2台の前に、最初のヘアピンコーナーが迫る。

 

「―――!!」

前もってレーンの左端まで進路を変えていつつも、140キロに到達していたワンエイティのブレーキを目いっぱいに踏む。

因みにワンエイティのABSは競技同様のモノとして撤去されている…つまり下手したらブレーキロックが発動してしまう。

そしてのではないか…そう思わせるくらい、時雨は目いっぱいにブレーキを踏み込んだ。

だがペダルを一度ベタ踏みにして徐々に弱めた事によって、なんとかブレーキロック発動寸前ではあるものの何とか減速していくのだった。

140キロから100キロまで減速したワンエイティの目の前にドリフトラインが迫る。

 

「(無茶だ…!曲がらねえ!!)」

追いかけていたソアラのドライバーにとってはその速さは次元が違うものであった。

明らかにオーバースピードでワンエイティはヘアピンに突っ込んでいく。

ワンエイティに対しソアラは適正位置で外側から走行レーンの内側目いっぱいまで切り込んでいくようにドリフトしようとする。

 

「(外側から内側へ……まだ…今だ!)」

ドリフトラインをワンエイティの前輪が踏みつける。

そしてその瞬間、リアタイヤを滑らせるようにハンドルを一気に130度以上右に切って、アクセルをパーシャル状態まで踏みつける。

アクセルを踏みつけると同時にリアタイヤが一気に時計回り方向に滑り出す。

そしてワンエイティが右側の壁の方向を向く寸前、時雨はハンドルを一気に切り返して左に曲げた。

コーナーのクリッピングポイントを絶妙に狙ったドリフトで、何とか右端の壁スレスレ30cmを駆け抜けていくワンエイティ。

カウンターを当て続ける中、アクセルだけは踏み続ける。

コーナーの外側から突入したワンエイティは、ドリフトで一気にコーナーのクリッピングポイントを駆け抜けたかと思いきやそのままコーナー出口ではラバーポールとの隙間40cmという、最初にしてはかなりギリギリまでコーナーを攻めていた。

 

「(…逃げ切る!)」

マシンがラバーポールまで隙間30cmと近づこうとした瞬間、再びワンエイティの前輪がドリフトラインを踏みつけようとしていた。

コーナー出口でドリフトラインを認識した時雨はアクセルを離し、ハンドルをニュートラルに。

マシンを慣性に任せ、スライドし続けるマシンのドリフトを止めるように調整した。

そしてドリフトラインを前輪が踏みつけた瞬間、再び時雨はアクセルを全開にして踏み込む。

アクセルを踏み込んだことで推進力を得たワンエイティは一気に加速して、そのままコーナーを脱出する。

 

「(このまま!)」

判定は「Good! -1.23m」。

どうやら気持ち的には少し早かったようだ。だが、決してタイミングが悪すぎるわけではなかった。

コーナーワークに関しても文字通りのアウトインアウトだが、一発目の走行にしては上出来と言うべきだろう。

何せ彼女はこのコースを走るのは初めてなのである。

 

「(曲がった…!?)」

コーナー入口付近のソアラのドライバーはただ茫然とするしかなかった。

あのドライバーはこのコースのホームグラウンドなのか?

そう錯覚せざるを得ない程ワンエイティは異様なまでにコーナーを攻めていた。

しかしこちらも伊達に皇帝の配下チームのメンバーの一人。

向こうのワンエイティに出来るのであれば、同じFRマシンであるこのソアラでも出来るだろう…そう誤解してしまうのだった。

だが、次の瞬間だった。

 

「アウトに膨れる…!?」

ソアラのドライバーは肝心の事を忘れていた。

ソアラはワンエイティに比べて重いのだ。

単純に考えても400キロ以上の差がある分、ワンエイティのような軽快なドリフトをしてしまうと直ぐにマシンは外に膨れてしまう。

タイヤを滑らせてドリフトするソアラ。だがハンドルを曲げてラバーポールを狙ったかに思えたソアラは、レーンの中央を走り抜けていく。

そしてそのままアウトに膨れ、コーナー出口のドリフトライン寸前で左端の壁に左ボディをこすらせるのだった。

 

「離された…!?」

多少擦らせただけなので走行には支障はなかった。

だがスピードのロスは大きく、速度は50キロまで減速してしまっていた。

結果としてワンエイティの姿はコーナーを抜けた時点で既に第2コーナーでフェイントモーションからドリフトをしていく状態であった。

 

「おい…嘘だろ……!」

ソアラのドライバーは驚く事しか出来なかった。

ワンエイティはもはや後ろを見ていないかのように自分の世界に入っていた。

完全に後方のマシンを振り切り、独走態勢。

この先3つの有利なコーナーがあるとはいえ、ソアラのドライバーは最初の最初で心を折られてしまったのである。

たった1つのコーナーで時雨は相手のドライバーの心をねじ伏せてしまったのであった。

 

「信じらんねえ…」

ソアラのドライバーがそう呟いた。

その後も彼は必死になってコーナーを攻め続けたが、一度付いた差は一切と言ってもいい程縮まらなかった。

 

そしてその結果はタイム差にも出ており、ソアラのドライバーが全力で踏み込んとはいえゴールの時点でワンエイティとソアラのタイム差はなんと6秒近くも出ていたのであった。

 

◇ ◇ ◇

 

―――往路スタート地点。

トモノブが負けた、という知らせを聞いてスペードはどこかあざ笑うようにこう言った。

 

「へぇ、『皇骨軍』の1人目を潰したね。まあとはいえトモノブは下っ端中の下っ端だから、同然と言えば当然だけど!ウフフフ…それでも、思ったよりはやるみたいだね!面白くなってきたよ…精々もがき苦しませてやるよ!さあ皆、あの二人をガンガン潰しにかかろうか!」

「時雨…無茶するなよ」

スペードは次のドライバーを指名するようにそう言った。

一方で拘束中のイズミも時雨を心配そうに言うのだった。

そして時雨には次のドライバーが迫ろうとしていた。

ドライバーズシートで次のドライバーが迫る様子を見ていた時雨は、一人こう呟くのであった。

 

「何だっていいさ…ここは、譲れない!」

 

 

 


 

 

 

―――30分後。

時雨と奈美子は「皇骨軍」のメンバーの殆どを倒すことに成功していた。

10人ほどいたチームメンバーのうち、残ったのはチームリーダーの「スペード」だけであったのだった。

復路スタート地点に移動していた彼に対し、時雨と奈美子が接近して話しかけた。

 

「さて大将、残ったのはあなただけよ」

「僕と勝負してくれ…いや、僕と勝負しろ!」

黒のGRBインプレッサの前で待っていたスペードに対し、奈美子と時雨は互いにこう言い放った。

するとスペードは、どこかにやけたかのようにこう言うのだった。

 

「『皇骨軍』に対してまさかこれほどの実力を…?ウフ…驚いたよ」

不気味な笑みを表したスペード。

するとバトルを許可したかのようにこう言うのだった。

 

「やるじゃないか。じゃあ、僕とバトルといこう。僕の『スケルトン走法』、たっぷり味わってよ!スタートラインに移動してくれ」

「…何だっていいさ。始めよう」

そう言って時雨と奈美子は再びワンエイティに乗り込むのだった。

そしてそれを追うように、スペードも愛車であるGRBインプレッサに乗って移動していく。

 

◇ ◇ ◇

 

―――vsスペード

推奨BGM:I WANNA LOVE U TONIGHT(from SUPER EUROBEAT vol.91)

 

 

コースは第一景虎峠復路。

第1コーナーである左直角コーナーを抜けると第2コーナーである右ヘアピン。第3コーナーは左直角コーナー、そのまま第4コーナーは高速右コーナー、第5コーナーは直角右コーナーと続く。そして最終コーナーである左ヘアピンを抜けると、ストレートでゴールとなる。

左レーン、GRBインプレッサ。右レーン、ワンエイティ。

路面は完全に乾ききり、ドライコンディション。

 

「相手はいくらチューンされているとはいえ、ワンエイティなんだ…僕が負けるはずがないよ」

スペードはどこか相手を見下している節があった。

相手のワンエイティは随分派手な外観に見えたが、それもあくまで見掛け倒しだろう…いや、エアロに固執だけなのだろうと思っていた。

サーキットで走るならともかく、ストレートではあまりにも派手過ぎるエアロだ。

そして何よりもワンエイティは明らかに自分のインプレッサよりも格下なのだ。

自分の腕さえあれば絶対に勝てる…そう思っていた。

 

「……」

一方の時雨。グローブをしっかりと握る中、こちらは自分の車が見下されているだろうという事を察していた。

如何せん相手は以前のバトルで何度も苦戦した4駆のインプレッサ系列のマシンだ。

軽量スポーティな280馬力マシン。しかも今回はハッチバックと来てさらに軽量化されている。

普通であれば、自分が圧倒的に不利なのは言うまでもない。

だが、それはあくまで今までもそうだった。

R34GT-Rだって、ランエボⅩだって、時にランエボⅧやGDB-Aインプレッサだってバトルしてきた。

経験値としてはこちらにも決して引けを取る事はないだろう。

何より自分には先ほどまでの特訓を兼ねたバトルによる一種の「情熱」がある。

そこにチューニングしたマシンを合わせれば…明らかに格上のスーパーカーなどでなければ、280馬力級くらいなら勝つことはできる。

そう時雨は思っていた。

先ほどまでの特訓を乗り越えてきたことが、時雨にとっては間違えなく自信になっているのは言うまでもないだろう。

そしてそんな状態の中、2台のカーナビがカウントを始めるのだった。

 

3

 

2

 

1

 

GO!

 

「「―――!!」」

スタートと同時にギアを変え、一気に加速していく2台。

マフラーから青色のバックファイアーが噴き出す中、2台は一気に120キロ以上まで加速していく。

 

「(フフ…ここまでやってこれた以上、互角と言ったところ…!?)」

スペード自身、自分が率いるチームのメンバーの殆どを倒した以上自分にも就いてくることはできるだろうとは思っていた。

だが、ワンエイティのスタートダッシュはインプレッサよりも長いものだった。

あっという間にスタートダッシュだけで10キロ近くの差が付いた。

インプレッサの前にワンエイティが先行してテールトゥノーズの状態になる。

 

「(ワンエイティの癖に、小癪な…!)」

接近してくるワンエイティに対し、不快感を示したスペード。

だが、まだバトルは始まったばかり。第1コーナーである左高速コーナーが迫る。

 

「(でも…コーナーワークはそう簡単に負けるものじゃないのさ…!)」

スペードは意気揚々と自信ありげにそう思っていた。

伊達に皇帝の親衛隊と呼ばれるだけある以上、自分の走りには自信がある。

2台の前に高速コーナーが迫る。

 

「―――!!」

前もって進路を走行レーンの右よりに寄せていたワンエイティ。

一瞬のアクセルオフの間にブレーキをフラッシュさせ、ワンエイティの前輪がドリフトライン上である瞬間にハンドルをぐいと左を曲げて再びアクセルオン。

フェイントモーションからカウンターを当てて20度ほどの浅い角度を付けながら、ワンエイティは120キロ以上の高速でコーナーに突入してドリフトしていく。

走行ラインとしてはワンエイティのノーズがラバーポールとの隙間10cm程まで迫っている程のラインだった。下手したらカナードが接触するのではないか…そう思わせるほどの中々際どい走りである。

 

「っ…!」

スペードの方もインプレッサをドリフトさせる。だが、ドリフトラインの手前でブレーキを踏み過ぎたのか思うように速度が伸びない。速度計は110キロを示していた。

アウトコースであるはずのワンエイティとは確実に差がつき、有利のはずのインプレッサが徐々に差を広げられつつあった。

 

「(まさか…!)」

スペードにとってはあまりの誤算であった。

最初ののコーナーでワンエイティには食らいつけると思っていたが、全くもって歯が立たない。

こちらは必死のアタックを仕掛けても鉄壁の様に跳ね返されるも同然だった。

ワンエイティとの差は一気に車2台分近くまで広がる。

 

「(くそっ…最初から苦しい!)」

この先のコースはスペードにとって不利な右コーナーが多い地帯である。

だからこそ、最初のコーナーで差を付ける事が出来なかったのはスペードにとってはあまりにも誤算であると言っても過言ではなかった。

そして誤算の中で、第2コーナーである右ヘアピンが迫る。

 

「―――っ!!」

先行するワンエイティはブルブレーキで減速し、コーナー直前のドリフトラインでマシンを少しだけ右に進路を曲げていた。

フルブレーキによって130キロ台から75キロまで一気に減速させる。

そしてそこからハンドルを120度以上右に傾けた状態でアクセルを踏み込み、リアタイヤをスライドさせる。

ハーフスピン寸前まで角度をつけ、コーナーの外側から内側に向けてマシンをドリフトさせる。

一方で下手したらスピンしそうな中でカウンターを当て続けることも忘れない。

 

「(っ…熱い!)」

走り続ける中で、時雨は両手両足から全身が炎に包まれている感覚に陥っていた。

速く走れるときに限って現れるあの感覚が、第2コーナーのヘアピンに突入した瞬間から現れていたのである。

全身が燃え盛るような状態の中で、アクセルを踏み続けてハンドルを握り続けてマシンをコントロールする。

そんな感覚を時雨が抱きながらワンエイティはコーナー出口に到達しようとしていた。

 

「(ここ、だ…!)」

1つミスをすれば全てが崩壊しかねないと思っていた時雨は、あえて早めのアクセルオフでハンドルをカウンター状態からニュートラル状態に戻す。

テールスライドが収まったマシンはラバーポールギリギリを駆け抜け、ドリフトラインを踏みつける。

そしてその瞬間、時雨は再びアクセルを全開に踏み込む。

早めのアクセルオフとハンドル操作によって、時雨はある程度落ち着いてアクセルを踏み込む事が出来ていた。

 

「(っ…差を付けられてしまった以上…こちらも攻め込むしかない…!)」

一方で先行するワンエイティを追うインプレッサ。

こちらも何とかヘアピンを抜けてはいたが、アウトコースである以上先行するワンエイティと差が付くのは避けられなかった。

車間距離としては車3台分にまで広がってしまっていた。

ヘアピンを抜け、第3コーナーである左直角コーナーが迫る。

 

「(攻め込まないと…追いつけない!)」

先行するワンエイティはフェイントモーションからドリフト状態に入っていた。

見た感じだと明らかにスピードロスが大きいと思われる大がかりなものである。

だが、それでも速い。

あんなにも大掛かりなドリフトでなぜ速く走られるのか?

そんな疑問を持ちながら、ブレーキを踏んでインプレッサを減速させる。

ハンドルを一気に左に切り、軽量であるインプレッサが一気にコーナーの内側にまで迫る。

そして内側に迫ったのと同時にハンドルを右に切り返してカウンターを当てる。

だが、その時だった。

 

「(…なっ!?)」

ゴリッ、という嫌な音がした。

どうやら左フロントを壁に接触してしまったようだ。

幸いにも擦った程度だったので、マシンにダメージはない。

だが、スペードのメンタルを動揺させるには十分すぎる出来事だった。

コーナーのインに攻めすぎるあまり、インプレッサのフロントがコーナーの内側に擦ってしまった。

自分ではドライビングに自信があったのだが、まさかコーナーに擦ってしまうとは。

追い込まれている事にスペードは気が付いた。

壁を擦った反動は少なからずインプレッサの走行ラインにも影響を与え、インプレッサは一気にアウトに膨れてしまう。

アウトに膨れている事に気が付いたスペードは急いでカウンターを止め、ハンドルを左に切り返す。

だが、接触の反動以上にメンタルの動揺は大きく、コーナーのラバーポールを数本なぎ倒し右レーンに車体の右半分をはみ出してコーナーを脱出した。

仮にラバーポールが硬いものであった場合、間違えなくインプレッサはお陀仏になっていただろう。

 

「(普段はこんなミスなんて…!)」

そう、あり得ないのである。

皇帝の親衛隊を自負している自分は、ドライビングも自信があった。

だからこそ、あんなミスはあり得ないと言ってもおかしくはなかった。

ミスをリカバリーするべくアクセルを踏みつけるスペード。

だが、ラバーポールをなぎ倒した事によるスピードロスや立ち上がりのタイミングが完全に遅れた事もあり、その加速はワンエイティには到底及ぶものではなかった。

先行するワンエイティは第4コーナーである右直角コーナーで既にドリフトしている。

車間距離は4台分以上まで広がっていると言っても過言ではないだろう。

 

「(……まさか、あのワンエイティ)」

必死になってアクセルを踏みつけて追いかけるスペードだが、ワンエイティの事をどんなに追いかけてもリアのテールランプを拝むのが精一杯だった。

ここまで差を付けられてしまうと、最終コーナーである左ヘアピンで食らいつくのももはや困難と言っても過言ではないだろう。

すると、ある事をスペードは思い出していた。

 

「(皇帝が気にかけていた、あの『疫病神』なのか…!?)」

そう考えると、スペードの額から汗が流れた。

皇帝が気にかけていたという「疫病神」。

襲撃前、スペードは皇帝がある事を呟いていた。

「箱根に『疫病神』がいる」と。

そのドライバーの素性は知られてこそいないが、そのドライバーとバトルした強者は最悪クラッシュしてしまうという。

実際四天王の2人があるドライバーとバトルして敗れ、クラッシュしてマシンを廃車にしてしまっていた。

そしてドライバーはどちらも同じ相手と戦ってクラッシュしたのだという。

勿論皇帝はそんなドライバーの事を「噂程度」と言ってはいたが、懸念材料としては十分なものであった。

 

「(じゃあ、あの素行が悪い女がクラッシュして車を乗り換えたのも…あの車が原因だったのか!?)」

そう思うと、もし自分が戦っている相手が本当に「疫病神」だったら…自分の車に何かしらのアクシデントが待っているのではないか。

そう思うと、彼は皇帝が激怒した時以上に怖気づいてしまった。

そしてメンタルの状況はマシンにも表れていた。

 

「(しまっ……!!)」

よそ事を考えた結果、スペードは上の空になっていた。

第4コーナーのドリフトラインが迫っていたのにもかかわらず、オーバースピードで第4コーナーに突っ込んだ。

慌ててアクセルオフからブレーキを踏み、ハンドルを右に曲げる。

だがブレーキングポイントが明らかに遅れていたインプレッサは完全にコーナーの外側に膨れてしまった。

そしてそのままアウトに膨れたインプレッサは間一髪左側の壁との隙間数cmのところで立ち直し、なんとかコーナーの内側にマシンをスライドさせていった。

だが、ドリフトなしのグリップ走行で走った事で完全にスピードとしてはロス。

第1コーナーの時点で車間2台分だった2台の車間距離は完全に振り切られているも同然の状態。

コーナーを辛うじて突破したスペードの目に見えたのは、第5コーナーである高速コーナーはおろか最終コーナーをドリフトしていくワンエイティのテールだけだった。

いくら自分が有利のはずである左ヘアピンが存在するとはいえ、ここまで振り切られてしまうともはやこれ以上の挽回は困難であることは、スペード自身が自覚していた。

完全に勝負はついていたのだった。

 

「くそっ…なんてこった……」

スペードは完全に観念したかのようにそう言うのだった。

そしてこれ以上「疫病神」とのバトルはしたくない…そんな思いも持っていた。

下手に事故るくらいならさっさと降りるべきだ…そう安全策を取り、走りも保守的なものになってしまっていた。

この後スペードは何とか第5コーナーと最終コーナーをドリフトしたものの、結果から言うと惨敗したのは言うまでもないだろう。

 

「―――追いついてこない」

「すごいわ時雨…完全に振り切ったのよ!」

一方の時雨と奈美子。

最終コーナーを立ち上がって、時雨が左の窓に視線をずらすと完全に後ろにはインプレッサの姿が見えなかった。

奈美子も左ミラーを確認して、相手が来ていない事を確認したのだった。

そしてそのまま最終ストレートを立ち上がってワンエイティがゴールラインを駆け抜ける。

時雨の完勝であった。

 

なお、タイム差としては5秒近くもの差があった事を記載しておく。

 

 

 


 

 

 

推奨BGM

―――第一景虎峠、往路スタート地点駐車場。

2台のマシンが駐車場に止まる。

皇骨軍のメンバーたちは、時雨のワンエイティが先導である事から「スペード」の敗北を察し、「ガールドラッシュ」のメンバーにおける拘束を解放するのだった。

 

「ま、負けた…『皇帝』親衛隊の僕が…」

「残念だったね。箱根にもまだまだ速い走り屋はいるんだよ」

「精々出直してきたらどう?」

「くっ…!」

車から降りてへなへなと膝をついたスペードに対し、時雨と奈美子は先ほどまでの嘲笑を全て返してさらに見下すようにそう言い放つのだった。

そこへ「皇骨軍」の監視から解放されたイズミとガールドラッシュのメンバーたちがやってきた。

 

「奈美子に時雨、ありがとな…仇取ってくれて」

「本当にありがとう。あやうくイズミの車がまた廃車になるところだったわ…」

イズミとトモミが時雨と奈美子に対して感謝の言葉を口にした。

 

「…僕の力なんて些細なものさ。奈美子のアドバイスや、守るべきものがあったからだよ」

「守るべきもの…あたいらの事か?ハハハ!上手い事いうじゃねーか!」

「それにさ、私たちって『ダチ』でしょ?」

イズミ、トモミと時雨、奈美子が会話する中で、夢の国のアリス、諜報員のミサオ、付き人のアマネも会話に交じってきた。

 

「本当にありがとうございました。わたくしたち、『皇帝』一味の前に手も足も出なくて…」

「いや、私たちとしても不甲斐ない事をしてしまった。申し訳ない」

「あそこまでやられるなんて、あたしたちも正直思っていなかったわよ…」

3人がそれぞれ言葉を口にする。

 

「そんなに、速かったんだね…」

「はい…」

「この場は一旦収まったけれど、まさか皇帝が実力行使をしてくるなんて」

3人の言葉に時雨が一言だけ返事をし、アリスが「はい」と言うのだった。

一方の奈美子も驚きながら呟いた。

するとある情報を得ていたイズミが、こう言ったのだった。

 

「…ところで小耳にはさんだんだけど、奈美子。『皇帝』は実はその…お前の兄貴であることは、本当なのか?」

その言葉に二人はどきりとした。

だが、そこは全てを言おう…と思ったのか、一瞬躊躇したかと思えばすぐに話を続けた。

 

「ええ、事実よ…でもそんな人が、こんなチームの黒幕だなんて僕には信じられない!」

すると、奈美子のその言葉を聞いたスペードが立ち上がって嘲笑するようにこう言うのだった。

 

「何だって…?…ウフ、ウフフ…これは愉快だ!」

「!?」

「僕らを散々罵っておいて、その黒幕は命の恩人の兄だって言うのかい!?」

高笑いをするかのようにスペードは不気味な笑みを浮かべていた。

 

「まだいたのか…外道が」

「…まだ、そうだと決まったわけじゃないわ!」

あざ笑うスペードに対し、ミサオと奈美子は互いに言い返した。だがスペードは意に介さないように言葉を続ける。

 

「なるほどなるほど、あの狡猾で残忍で傲慢、極悪非道な『皇帝』閣下が、キミのお兄さん…ウフフフフ、いやぁおかしいね!」

するとその言葉にイズミは吠えるようにこう言うのだった。

 

「さっきからペラペラと…!てめぇ、いい加減に…?」

だが、イズミの前に腕を伸ばして制止させたのは時雨だった。

 

 

推奨BGM

「時雨!?」

「悪いけど、これ以上君には変に彼女や彼女達に関わらないで貰いたいね」

「…!?」

「それとも何だい?また僕とバトルして、二度も無様な負けを味わいたいとでもいうのかい?君がリベンジしたいというのならば、今すぐスタートラインにつくよ。何本でも敵わないさ、その都度君は僕に負けるだけだからね。今の君では僕に絶対に勝てないよ」

ここに来て今までとは明らかに違う、異様なほどに饒舌になった時雨。不思議と口の動きは早かった。

その言葉は単純ながらも、どこかかなり威圧的で自信があるような態度で時雨はこう言い放つのだった。

強者だけが得る事が出来る言霊…いや、圧力。そんなものが、時雨の言葉には含まれていたのだった。

普段は基本的に大人しい時雨だったが、この時に限って言えば時雨のオーラと言うべきものが言葉にまで出ていた。

 

「(な、何なんだコイツ…そんなムキになる必要あるのかよ…)」

その圧を感じ取ってしまったスペード。

これでまた再びバトルをしたというのであれば、今度こそ自分のメンタルが崩壊してしまうかもしれない。

そう考えた彼は時雨の言葉に対し、押し黙る事しか出来なかった。

 

「時雨、そこまで言わなくても…」

「いや、ダメだよ奈美子。君のお兄さんをバカにするのは…僕が許さない」

「いくらあなたにも事情があるからって…」

「それも言っちゃダメだ!こんな奴に弱みを握らせちゃダメだよ。今はとにかく、奈美子も黙って欲しい」

「……」

会話の支配権は完全に時雨の独壇場になっていた。

普段は影の薄い時雨が、ここにきて何者をも寄せ付けない太陽のような存在になっていた。

そんな時雨の言葉には言霊と言うべきものが備わっていたのか、スペードは完璧に屈服してしまっていた。

 

「…スペード、だったかな。僕が君とのバトルの勝者である以上、ここでは僕に主導権はあるはずだ」

「っ…」

「僕は君みたいに、車を壊すなんてことはしないよ。それよりも僕の質問に答えてほしい。『皇帝』は今どこにいるの?いったい彼は何を企んでいるんだい?」

すると時雨の言葉に対し、スペードは首を横に振ってこう言うのだった。

 

「…僕は何も知らないよ。僕はただ、便乗して遊んでいるだけなのさ。『皇帝』が何を考えているのかなんて、ちっとも興味はないよ」

スペードは降参したかのようにそう言うのだった。

するとその言葉を聞いて、時雨は「わかった」と言わんばかりに立ち去ろうとするのだった。

だがその瞬間、イズミが時雨に対して話しかける。

 

「おい、時雨!こいつ…何か知ってるかもしれないんだぞ!もうちょっとは追求しないのかよ!?」

「そうですわ!折角私たちが被害を受けたというのに…」

「これ以上この人に質問したところで、何も情報は得れないよ。過去に僕が散々苦戦したインプレッサに乗っていながら、明らかに格下のワンエイティに乗っている僕に勝てない…そんな捨て駒に過ぎない人を相手にするのは、時間の無駄だよ」

時雨はドライバーだけでなく車をも馬鹿にするかのような、見下した口調でそう言うのだった。

あまりに露骨な態度に、それまで飄々としていたスペードも怒りを顕にした。

 

「な…車をバカにするのか!?」

「でも正直、折角情報を得られると思ったのに…君には失望したよ。君みたいな負け犬のドライバーに振り回されている車も泣いているさ」

「負け犬だと…ふざけるな!!」

「僕に負けたのは事実じゃないか。それに君は言ったはずだ。敗者は勝者に何をされようが、文句は言えないだろう…ってね」

「っ……!!」

「い、言う時は思い切って言うのね…時雨」

流石に足蹴にされ過ぎたのか…それまで飄々としていたスペードはどこへやら、完全に怒りに満ちているのがバンダナの上からも分かった。

そして「負け犬」と言った事に対してトモミは驚きの表情を隠していなかった。

以前会った時は静かだった時雨が、ここまで言うとは思ってもいなかったのだ。

 

「まあ、あとはこれ以上僕たちやガールドラッシュに関わらないと約束するというなら…どこでも好きな場所に行くといいよ」

時雨はスペードと愛車であるインプレッサを見下すように、だがどこか武士の情けや慈悲を与えるかのようにそう言うのだった。

 

「…それは約束しないとまた痛い目に遭いそうだから、約束する。まあでも、『負け犬』な僕と話している間に、他の四天王とやらも皆倒されているかもしれないよ?」

何処か負け惜しみのように、スペードは顔を下げてそう言うのだった。

するとそれに対して時雨も再び返事する。

 

「…じゃあその代わり、僕から君に…他のメンバーや皇帝に会ったら伝えてほしいことがあるんだ」

「ほう…いいよ。言ってみてよ」

再びスペードが顔を上げる。

 

「他の四天王を倒したかもしれない親衛隊の走り屋も、君が言う『皇帝』も、僕が全員排除するよ。そして代わりに僕がこれから景虎峠を制圧すると…何人たりともかかってこいと伝えてくれ」

「なっ…!?」

「し、時雨!」

「おおい!いくら何でも焚き付けすぎだろ!!」

「遅かれ早かれ皇帝の親衛隊とは戦うことになるんだ。それくらい君に頼んでもいいだろう?」

あまりにもビッグマウスで自信有りげな、それも皇帝と仲間たちを焚き付けるような時雨の言葉に驚愕したスペード。時雨のその言葉は、文字通り皇帝と親衛隊への挑戦状…はたまた宣戦布告と言っても過言ではなかった。

そして一拍置いて、彼は再びあざ笑うように…どこか状況を楽しむようにこう言うのだった。

 

「…ウフフ…わかった。じゃあこの事は他の仲間に伝えさせてもらうべく、一旦退かせてもらうよ。散々僕をコケにした以上、せいぜい潰されないように頑張るんだね!アーッハッハッハ!」

どこか背伸びしながら高笑いするようにスペードは言い放ち、インプレッサに乗ってこの場を後にした。

その逃げ足は、まるで時雨から逃げるかのようにとんでもなく速いものだった。

 

◇ ◇ ◇

 

GRBインプレッサに乗って箱根の山道のどこかに消えたスペード。

だが、時雨の威圧に対して彼はこう思っていたのだった。

 

「(箱根の四天王なんて大したことが無いと思っていたけれど、その上にあれ程のドライバーがいるなんて信じられなかった…)」

山道を静かに走るインプレッサの中で、彼はどこか恐怖感を持ちながらそう考えていた。

皇帝の「疫病神がいる」という呟きは聞いていたが、スペードにとっては半信半疑も同然だった。

だが、実際に「疫病神」はいた。

ロケットバニーカスタムのワンエイティに乗った、黒髪の女性というとんでもない疫病神が。

 

「(あれ程の実力を持っているのであれば、彼女の言った通り…本当に『皇帝』は、彼女に倒されてしまうかもしれない…!)」

スペードは焦りと恐怖を感じながら、「皇帝」に出来事を報告するべく山道をひた走っていくのだった。

 

だが残念なことに、スペードはこの時点で皇帝と行き違いになってしまっていたことをここに記載しておく。

 

 

 

―――一方の時雨。

こちらはただただ無言でテキパキとタイヤをスペアのものに取り換えるのだった。

果敢なアタックによってマシンのタイヤには確実に摩耗が蓄積されていたのだった。

そうである以上、これから先親衛隊の他のメンバーと戦う以上マシンが持たなくなってしまう。

そこでチームの危機を助けたお礼として、イズミからスペアのタイヤを交換してもらうのだった。

イズミやガールドラッシュのメンバーたちの力を借り、スペアタイヤに取り換えてガソリンタンクで更にガソリンを補給、エンジンオイルも念のために交換した。

そしてそれらが終わると、時雨は急いでワンエイティに乗り込もうとするのだった。

すると、乗り込む直前に奈美子が話しかけようとする。

 

「時雨…」

「奈美子、落ち着いている暇はないよ。他の四天王のところに行って他の『親衛隊』を呼びつけないと」

「…わかったわ。とりあえずここから近いのは早乙女峠よ。急ぎましょう」

「……」

奈美子の返事を聞き、軽く頷いた時雨。

奈美子がS30Z、時雨がワンエイティに乗り、一路早乙女峠へと急ぐのだった。

 

「(時雨…今までと違って、とても口が早くて…驚いちゃった。まるで性格はおろか人が全て変わってしまったみたい…)」

奈美子は心配そうにそう思いながら車を走らせるのだった。

 

「(皇帝は僕の命の恩人であるはずなんだ…そうである以上、皇帝の名を汚す者は僕が許さない…。誰でもいい、皇帝の親衛隊を名乗る走り屋は、僕とバトルしろ…!)」

一方の時雨は、皇帝の真実を追い求めてどこかバトルに溺れているような状態だった。

誰よりも早く走るために必要な壁を壊し、そして…皇帝の真実へたどり着く。

それが時雨の目標だった。

そんな目標を持ちつつ、時雨は早乙女峠へマシンを走らせるのだった。

 

皇帝の「親衛隊」の1人を破った時雨と奈美子。

だが、彼女たちに更なる「親衛隊」の刺客が襲い来る。

挑戦者からチャンプへと立場が変わる中、性格自体も大きく変わりつつある時雨は、親衛隊のドライバーたちに勝利する事が出来るのか。

物語は新たな展開を迎える…

(第24話End)

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