「艦これ」いつかあの海で×ドリフトスピリッツ 2023 -いつかあの路で- 作:カービィ改二
"天使の咆哮"ジュンに悲劇が。
そして第2の親衛隊幹部が現れます。
突如現れた「皇帝」の親衛隊の男、スペードを倒した時雨と奈美子。
彼に対し、「景虎峠を制圧する」と断言した時雨は、次の「親衛隊」のメンバーを探すべく四天王の一人、「"天使の咆哮"ジュン」の元へと車を走らせるのだった。
時雨と「皇帝親衛隊」2人目の刺客との戦いが始まろうとしている。
だが一方でジュンとその仲間たちに対しても、ある異変が起こっていたのだった。
―――14時半、第二早乙女峠。
「この駐車場には…あ!」
第一早乙女峠、第二早乙女峠のパーキングを確認していった時雨と奈美子。
すると第二早乙女峠の往路スタート地点駐車場に入ったところで、「ハートビーツ」の面々がいるのを確認した。
「様子がおかしい…?」
遠くから見た時雨にとっては違和感しかなかった。
何せ皆茫然として立ち尽くしているしかなかったからである。
駐車場の端っこにS30Zとワンエイティを駐車し、車を降りた奈美子と時雨が会話を交わす。
「あれって…どうしたのかしら」
「皆立ち尽くしているね…車もない?」
「まさか…もう『皇帝』の親衛隊と?」
「恐らくそうだと思う…話しかけにいこう」
「ええ、行きましょう」
そう言って奈美子と時雨は立ち尽くす「ハートビーツ」のメンバーたちの元に向かった。
「ハハ…ハハハ……こんな、こんな事が……」
そうジュンは呟くしかなかった。
そこに奈美子と時雨が話しかける。
「ち、ちょっとジュン…大丈夫?もしかして、『皇帝』の親衛隊とバトルを?」
「私の…一流の愛車であるスープラが、突然消えた…消えたのだよ…」
「消えた…?それってどういう…」
ジュンの言葉に時雨が疑問を投げかけようとしたところ、他の「ハートビーツ」の幹部たちも口を開いた。
「ミーのS2000もローンだけ残して、跡形もなく消えたデース…ヴァニッシュ!ヴァニーッシュ!!」
アーティスト・サトウがそう悲鳴に近い声を上げた。
「参ったな…今度の連休にトーコとドライブに行くつもりだったのだが…車が消えてしまっては…」
リズムマシーンのゲンは嘆きに近い言葉をとぼとぼと出していた。
「今だに、信じられん…」
スローハンドのシゲルもそう言うしかなかった。
「オレっち、何か変なもん飲まされてたのかな…」
グルーヴィ・マサヤは知らず知らず変なものを飲まされて自分が幻覚を見せられているのではないかと勘違いしていた。
「車が消えた…?確かに、車はないけれど…」
「みんな、何言ってるのよ…しっかりしてよ!」
時雨と奈美子が彼らを正気に戻そうと声を上げる。
するとようやく5人が時雨と奈美子の存在に気が付いたかのように返事をするのだった。
「お、おお…奈美子さんに時雨さんか…すまんな、あまりに信じられない出来事が目の前で起きたもので…」
最初に返事をしたのはゲンだった。
するとそれに続いてジュンが説明するように言った。
「聞くのだ二人とも、それが消えたのだよ…私の目の前で霧に包まれてな。あれはまさしく…一流のイリュージョン…ハハハ……」
「一流の、イリュージョン…?」
「ちょっと、一体どうしちゃったのよ。車が目の前で消えるなんて、あるわけが…」
ジュンの言葉に時雨と奈美子が返事をしようとした瞬間だった。
「カーカッカッ!!」
「「!?」」
時雨と奈美子の後ろから笑い声が聞こえた。
「不可能を可能にする!それがマジック!それがイリュージョン!!」
二人が振り向いた先にいた人物、それは手品師の風貌をした白髪混じりの高齢男性であった。
「あ、アイツだ!アイツが私たちの車を…!」
ジュンはその男性を指さし、時雨と奈美子に説明するように言った。
「な、なによあんた!スペードに負けず劣らず随分奇抜ないで立ちだけど…」
「まさか、『皇帝』の親衛隊の一人?」
奈美子と時雨がそれぞれ言葉を口にする。
「如何にも!吾輩は『皇帝』親衛隊の1人、その名も『ダイヤ』。奇術師を生業としておる!」
男性が自分の事を説明するようにそう言った。
どうやら本当に皇帝の親衛隊の1人のようだ。
「奇術師…」
「じゃあ、手品でみんなの車を消したとでもいう訳!?ありえない、絶対何か仕掛けがあるに決まってるわ!」
「カーッカッカ!種だの仕掛けだの、そんなものはない!女どもよ、貴様らも体験してみるか?吾輩の『イリュージョン走法』を!」
すると、その言葉に食いついたのは奈美子よりも時雨だった。
「わかった…僕が相手だ。勝負しろ!」
「私たちが勝ったら『皇帝』についての情報とみんなの車を消したトリック、洗いざらい喋ってもらうわ!」
すると、その言葉を待っていたかのようにダイヤはこう言うのだった。
「カーッカッカ、いいだろう!まずは我が配下のチーム、『皇幻軍』が相手になろう。せめて1、2人は倒してくれたまえよ?」
「何人だっていいさ。降りかかる火の粉は払うまでだよ…あとコースは景虎峠で構わない」
ダイヤの言葉に時雨はそう言い返した。
「よろしい…では第二景虎峠へ移動しろ!」
「……」
そう言ってダイヤは既に占拠している景虎峠へ移動するように誘導し、時雨は軽く頷くだけだった。
互いの車に乗り込み、時雨と奈美子は第二景虎峠へと移動するのだった。
―――vsケイイチロウ
推奨BGM:SUPERCAR(from SUPER EUROBEAT vol.101)
皇幻軍の最初の相手は、白のDC2インテグラ。
コースは第二景虎峠の復路。
第二景虎峠は第一景虎峠と異なってヘアピンや直角コーナーが存在しない、高速コーナーのみで形成されたスピードレンジの高いコースとなっている。
スタート後のストレートから第1コーナーである右高速コーナー、その次が第2コーナーである左高速ロングコーナー。そこから第3、第4コーナーはどちらも右高速コーナーである。
第4コーナーを抜けた後はしばしのロングストレート。そしてストレートを抜けた後、第5第6最終第7コーナーはシケインのように左高速コーナー、右高速コーナー、左高速コーナーと続いて最終ストレート、そしてゴールとなる。
第一景虎峠はどちらかというとテクニックが求められるコースではあったが、第二景虎峠はどちらかというと純粋な速さと加速力が要求されるコースであった。
左レーン、DC2インテグラ。右レーン、ワンエイティ。
「さて…一番槍の俺がそのまま倒させてもらうぜ!」
DC2インテグラのドライバーは最初からワンエイティを倒す気でいた。
それはまるで、自分が「皇幻軍」の一員であることを誇りに思うかのようだった。
自信ありげにアクセルを踏み込み、エンジンを回転させる。
「……」
一方の時雨も深呼吸をした後、アクセルを踏み込む。
皇帝への挑戦がかかっている以上、こんなところで止まる訳にはいかないのは言うまでもない。
でも一番はやはり油断もミスもせずに相手を捻り潰す事。
一瞬のミスが勝負を支配する事であるというのは、時雨でも理解はしていた。
それは、やはりこれまで百戦以上は経験してきたからこそ説得力があるものだった。
だからこそ、勝ちにこだわって油断せずにこのワンエイティを速く走らせる。
そんな思いが時雨の中で大きくなっていく。
そして思いが強くなる中でカーナビのシグナルが表示されるのだった。
3
2
1
GO!
「「―――!!」」
2台のドライバーがギアを切り替え、アクセルを全開に踏み込む。
2台のマフラーからバックファイアーが吹き出て加速していく。
だが
「(くっ…速い!)」
先行したのはワンエイティ。
スタートで多少有利のはずであるDC2インテグラが劣勢だった。
スタート後のストレートを抜け、2台が第1コーナーである右高速コーナーに突入する。
一瞬ワンエイティがブレーキをフラッシュさせたかと思いきや、前輪がドリフトラインを踏みつけたのと同時にハンドルをくいと右に曲げてアクセルを踏みつける。
130キロ以上の高速でコーナーに突入し、そのまま軽くフェイントをかけてドリフトしていく。
マシンのノーズはラバーポールの隙間15cmまで寄せる…どちらかというと、限界スレスレという訳ではないが、確実に攻めている走りをしていた。
一方のインテグラもコーナーの右端の壁に向かってドリフトするも、速度はワンエイティに及ぶことがなく距離差が生まれつつあった。
そしてコーナー出口のドリフトラインで時雨はアクセルオフからカウンターを当てていたハンドルをニュートラルに戻し、再びアクセルを全開に踏み込む。
「(速い…!?)」
「(先行した以上、そのまま振り切ってしまえばいい!)」
そんな思いを時雨は持っていた。
コーナー進入速度も通過速度も立ち上がりも、完全に時雨に有利であるという事は彼女自身がよく理解していた。
そしてそうである以上、彼女は相手をさっさと振り切ることを決めてアクセルを踏み込むのだった。
短期決戦を実行するべく、時雨の目の前に第2コーナーの左高速ロングコーナーが迫る。
ブレーキを踏み、ワンエイティの態勢を敢えて崩すようにハンドルを左に切る。
オーバースピード気味で突っ込むワンエイティの前輪がドリフトラインを踏みつけたのとほぼ同じタイミングで、後輪が滑り出した。
マシンはラインに乗るようにコーナーの内側…レーンの左端に進路を進めていく。
そして壁との隙間30cm程まで寄せ、ハンドルを右に切り返してカウンターを当てる。
時雨の精神状況にはまだゆとりがあった。
速度計が140キロ台を示すワンエイティの右ミラーに映っていたインテグラは少しずつ小さくなっていく。
「(どんな走りしてるんだぁ!?)」
第2コーナーに突入しかけていたインテグラのドライバーは焦っていた。
向こう以上に攻め込まないとこれ以上追いつけない。
だがそれでもこれ以上踏むと自分の限界を超えてしまう。
そしてその心理は間違えなく車の走りへも影響を及ぼしていた。
第2コーナーを何とかコーナーの内側まで攻めていたインテグラだが、アウトコースであるという事もあってワンエイティの姿は徐々に小さくなっていく。
「ふ、振り切られる…!」
「(2連続の右高速コーナー…ここでとどめを刺す!)」
ワンエイティが第2コーナーを立ち上がり、第3コーナーと第4コーナーの連続コーナー地帯へと突入しようとする。
「(僕の考えるラインは…これだ!)」
第3コーナーの直前で左端の壁スレスレにマシンを寄せ、ブレーキをフラッシュさせたかと思いきやアクセルブレーキのどちらもがニュートラルの状態でハンドルを一気に右に切る。
第3コーナーを大掛かりなアウトインアウトで抜けたかと思いきや、そのまま第4コーナーも同じようにアウトインアウトで抜けてしまおう。
そう思いながらワンエイティの前輪がドリフトラインを踏みつけたのを認識し、アクセルを踏み込んでいく。
「(アウトからインまで…攻めるんだ!)」
ハンドルを100度程切った時雨のワンエイティは第3コーナーをコーナーの内側まで切り込んでいく。
ラバーポールとの隙間10cm…そう言ってもおかしくない程ワンエイティのノーズはコーナーのギリギリまでドリフトしていく。
そしてそんな中で時雨はハンドルを右に切り返し、.咄嗟にカウンターを当てるのだった。
カウンタを当てたワンエイティはクリッピングポイントを抜けたかと思いきやそのままコーナーのアウトへと膨れていく。
下手すれば壁に一直線と言わんばかりの速度でコーナーを立ち上がる。
そして2車線ある走行レーンの左レーンにワンエイティがぴったりと水平になるようになったところで、時雨はカウンターを当てていたハンドルをニュートラルに戻し、アクセルを離す。
スライドが収まっていくワンエイティは、壁との隙間40cmという比較的余裕のある状態で壁と水平向きになった。
水平になった直後に時雨は目の前に迫るドリフトラインを認識し、再びワンエイティのアクセルを踏み込む。
アクセルを踏むタイミングの判定…「Excellent -0.16m」。
120キロ台だったワンエイティはそのまま140キロ近くまで加速していく。
そしてそのまま第4コーナーの右高速コーナーが再び時雨に迫ろうとしていた。
「(…今のを、もう一度!)」
時雨は高速コーナーを駆け抜けるコツをつかんでいた。
第3コーナーと似たようなコーナーである第4コーナー。
同じように走れば、ほぼ同じ結果が出るのではないか…ミスをしないように冷静になりつつも、アクセルを離してブレーキをフラッシュさせる。
フラッシュしてアクセルもブレーキもニュートラルの中、ハンドルを一気に90度以上…先ほどと同じく100度ほど右に切り、アクセルを全開に踏み込む。
リアタイヤにパワーを伝達されたワンエイティは一気にリアタイヤをスライドさせ、ドリフトしていく。
リアタイヤをスライドさせてカウンターを当てられていたワンエイティは、そのまま思い描いたラインに乗るかのように、走行レーンの右端…コーナーのラバーポールとの隙間30cm程まで切り込み、ドリフトしていく。
コーナー中間のクリッピングポイントを抜けたワンエイティは、そのままアウトへと徐々に膨れる。
「(このまま…抜け出す!)」
第3コーナーと第4コーナーで同じような走行ラインを描いていた時雨にとって、ワンエイティはそのラインの上を追従していくかのように完璧なライン取りを示していた。
アウトに膨れ、走行レーンにおける左側車線と水平になったのを確認し、時雨はアクセルとハンドルをニュートラルに。
スライドが収まりつつある中、ワンエイティの手前にドリフトラインが迫っていた。
そしてワンエイティの目の前のドリフトラインが視界から消えたのとほぼ同じ瞬間、時雨はアクセルを全開に踏み込んで立ち上がっていくのだった。
判定も「Excelletnt -0.23m」。ミリ単位とはいえほぼ同じタイミングで時雨はコーナーを立ち上がる事に成功したのだった。
130キロ台だったワンエイティは目前のストレートに向けて全開走行に入る。
ストレートでは150キロ台をマークし、後方のインテグラと確実に距離差を広げるのであった。
「(速い…!!)」
一方こちらは第2コーナーの立ち上がりから第3コーナーの突入の時点で完全に振り切られかけていたインテグラ。
第3コーナーを抜け、第4コーナーの出口に突入しかけていたインテグラを必死になって追いかける。
気持ちには明らかに焦りが生じていた。あの車と同じ感じで…それ以上のスピードで飛び込んでドリフトしていかないと確実に追いつけない…その気持ちが焦りを増長させる。
だがどこか、あの車で出来るなら自分にでもできると思っていたのだった。
気持ちが強くなる中、インテグラも遅れてドリフトラインを踏みつける。
だが、次の瞬間だった。
「しまっ…!」
インテグラはドライバーが想定する以上にインに強烈な角度を持ってスライドしていく。
ドリフトラインでアクセルを踏みつけるタイミングが早すぎた事によって、DC2インテグラはコーナー内側へと突っ込んでいったのだ。文字通りのオーバーステアコーナーのギリギリまでマシンを寄せる。
オーバーステア自体は問題ないが、それでもタイミングが早すぎたためにインテグラは右端の壁ギリギリを攻めていくという際どい走りになっていた。
態勢を立て直すべく慌ててハンドルを左に切り返し、ブレーキを踏み込んだことによって速度は110キロ台まで減速してしまっていた。
「(ワンエイティは…!?)」
何とか回復したインテグラのドライバーが前に視線を向けると、第4コーナーを立ち上がってワンエイティはそのままストレートに向かって全開走行に入っていた。
速度としては間違えなく150キロ近く出しているだろう。
この先第5コーナー、第6コーナーを抜けたところで追いつけない…インテグラのドライバーは負けを認めたかのようにそう悟ったのだった。
「な、なんつードライバーだ…」
インテグラのドライバーは走らせながらそう呟くのだった。
ワンエイティはインテグラがストレートでアクセルを踏み込む中で既に最終コーナーを抜け、ゴールライン間近にいた。
勝敗は明らかであった。
◇ ◇ ◇
―――第二景虎峠往路スタート地点駐車場。
「ほう、『皇幻軍』をまず一人やったか。しかし…まだまだ始まったばかりだ。貴様がどこまでもつかな?」
最初のドライバーが敗北したという一報を聞いたダイヤは、どこか感心したかのように言った。
だが一方でチームメンバーはまだまだいる。そうも彼は言うのだった。
「何だっていいさ…次の対戦相手をよこしなよ」
時雨はどこか挑発するように言うのだった。
「…次のヤツ、潰しに行け!」
ダイヤはそう言って次のチームメンバーを時雨の前によこすのだった。
―――vsヤスヒロ
推奨BGM:TOKYO FEVER(from SUPER EUROBEAT vol.129)
相手の車は青色のランエボⅥ。
コースは第二景虎峠の往路。
左レーン、ワンエイティ。右レーン、ランエボⅥ。
幾ら相手が雑魚であるとはいえ、やはり時雨とは相性が悪いように思える4駆である。
とはいえここまでにも何回か4駆とはバトルしてきている。
だからこそ油断さえしなければ…時雨はそう思いながらハンドルを握った。
2台がスタートラインに並び、アクセルを踏んでエンジンを吹かしながらカウントを待つ。
互いにエンジン音を響かせる中、遂に2台のカーナビがカウントを始める。
3
2
1
GO!
「「―――!」」
2台のドライバーが共にギアを動かし、エンジン回転数を一定の位置に合わせてアクセルを一気に踏み込んでいく。
加速勝負としてはほぼ互角…いや、少なからずワンエイティが先手を取った。
だがそれでもやりようによってはランエボⅥにも十分に追いつけるだけのチャンスはあった。
スタート直後のストレートで加速していく2台。
そしてそんな2台の前に第1コーナーの右コーナーが迫る。
「(差を付けさせない…)」
時雨は殆どブレーキを掛けず、ノーブレーキ…いや、正確に言えばブレーキをフラッシュさせてドリフトしていくやり方に切り替えようとしていた。
高速コーナーが続く地帯では、一瞬の失速が大きな差になってしまう。
そうなってしまう以上、失速は極力抑える必要があるのは自明の理であった。
ワンエイティはランエボに比べて軽い。その軽さを生かし、ドリフトしていこうとする。
目の前のコーナーのドリフトラインが視界から消えて死角に入り、次の瞬間にはワンエイティの前輪がドリフトラインを踏みつけていた。
「(ここだ…!)」
その死角に入った瞬間に時雨はアクセルオフにして、ブレーキを一瞬フラッシュさせて再びニュートラルに。
そしてそのままハンドルを直角に切り、ドリフトラインを踏みつけた瞬間に再びアクセルオン。
ワンエイティのテールはスライドし始め、それを認識した瞬間に時雨はハンドルを左に切り返す。
カウンターを当てたワンエイティは、レーンの中央から内側のセンターポールまで30cm程の隙間を開けてスライドしていく。
速度は130キロ台…高速スピードでコーナーに突入し、そのままレーン中央からコーナーのインを突いたかと思いきやレーン中央へと膨らんでいく。
その中で時雨はハンドルのカウンターを徐々に抑え、ニュートラルに戻していく。そして同時にアクセルもリリースしてニュートラルに戻す。
そしてワンエイティはレーン中央まで膨らんだ直後、コーナー出口のドリフトラインを踏みつけた。
それを認識した時雨はアクセルを踏み込む。
「(…次だ!)」
アクセルを踏み込むと同時に、目の前には第2コーナーである左高速コーナーが迫る。
コーナーの立ち上がりで加速するワンエイティのアクセルを抜き、加速を抑制する。
そしてそのままハンドルを直角になるように左へ曲げ、ワンエイティのリアがスライドを始める。
徐々にリアがスライドを始めたワンエイティはそのまま130キロ以上でドリフトしていく。
ドリフトしていく中でハンドルを徐々に左から右へ傾けて緩くカウンターを当てる。
ワンエイティのフロントがコーナーのインを通り抜け、マシンは再びレーン中央へと膨らんでいく。
カウンターを当てる中でワンエイティのスライドが抑えられていく。
そしてコーナー出口寸前で時雨はハンドルをニュートラルに戻し、アクセルも話す。
慣性に任せられたワンエイティのスライドは、レーンの丁度中央から数十cm程右にずれたところで収まった。ラバーポールとの隙間には30cm程と、まだ余裕はあった。
そしてドリフトラインを踏みつけた瞬間、時雨はアクセルを踏み込む。
判定…「Excellent -0.34m」。
少しタイミングが早いものの、ほぼパーフェクトなタイミングでアクセルを踏み込んでワンエイティは加速していく。
「(もう1つ!)」
気を抜かず、次のコーナーである右高速コーナーを見てマシンをドリフトさせようとする。
再びアクセルを抜き、ハンドルを一気に右に曲げる。
ワンエイティのリアがスライドを始める。
そしてドリフトラインをワンエイティの前輪が踏みつけた瞬間、アクセルオンにする事でドリフトしていく。
形は若干違えど、文字通りの慣性ドリフトである。
スライドし始めたワンエイティのハンドルを左に多少切り返し、カウンターを当てる。
コーナーのインを抜き、ラバーポールスレスレ…隙間10cm程まで迫るワンエイティ。
そしてカウンターを当てる事でマシンはクリッピングポイントからアウトへと徐々に膨れていく。
そして膨れていく中でアクセルを離し、カウンターを当てていたハンドルをニュートラルに近い状態にする。
「(…!)」
ニュートラルにしていたワンエイティのドリフトは収まり、走行レーンのアウト…2車線ありう走行レーンの左側1車線に収まる形でテールスライドが収まる。
そしてその状態で前輪がドリフトラインを踏みつけたのを認識し、アクセルを目先のストレートへ飛び込むようにアクセルを全開で踏み込んだ。
コーナーを抜けたワンエイティは、130キロ台という速度から150キロ近くまで一気に加速していく。
後方のランエボⅥの存在はもはや時雨の意識から完全になくなってしまっていた。
もはやバトルではなく単層のドリフト…いや、タイムトライアルと言うべき状態である。
「(序盤でこんなに離される…!?)」
第1コーナーではほぼほぼパラレルドリフトの状態だったが、相手が有利な第2コーナーの左高速コーナーで一気に差が付いた。
第3コーナーでもインぽーすで会った事もあり少しだけ追いついたが、それでも車間距離にしては車1台分の差があった。
そして目の前のストレート。
波に乗るかのように一気にスピードを上げたワンエイティに対し、ランエボⅥは思うようにスピードが伸びない。
向こうの走りがあまりにも軽やかすぎると言えばそれまでなのだが、パワー差をカバーできない程の速さを向こうは持っている。
ストレートでも余裕で振り切られてしまいそうになっているのだ。
相手の立ち上がりが速すぎるのか、ストレートでの速度が違う。明らかにワンエイティの方が立ち上がりで速かった。
車間距離が1台分からなんと2.5台分まで開こうとしている。それくらい向こうの速さが異常と言っても過言ではないのだ。
「(残りの4つと言わず…2つで済ませる!)」
時雨は完全に逃げの態勢にかかっていた。
まるで自分に勝てない程の幹部以外の雑魚に興味はないと言わんばかりにアクセルを踏み続ける。
目の前には第4コーナーと続く第5コーナーが迫る。
どちらも左の高速コーナーである。
インコースである時雨にとってはあまりにも分がありすぎた。
振り切って戦意喪失させるには絶好の機会であったと言っても過言ではない。
するとストレートで中央の線スレスレまでワンエイティを移動させ、コーナーをアウト寄りから侵入するようにする。
「(一瞬だけブレーキをかけて…)」
そして中央の線ギリギリまで迫った瞬間時雨はブレーキをかける。
流石に150キロ以上でストレートを駆け抜けていた為、明らかにオーバースピードである。
手前でハンドルをニュートラルの状態にしたままアクセルオフ、ブレーキをかける。
速度は150キロ台から130キロ近くまで減速する。
「(今だ…!)」
速度が130キロ近くまで減速した瞬間、ワンエイティの前輪がドリフトラインを踏みつける。
そしてその瞬間、アクセルを踏み込んでマシンをスライドさせる。
コーナーの内側を向いたワンエイティは、一気にアウトからコーナーの内側に向けて進路を進めながらドリフトしていく。
速度としてはアクセルを踏んでいたこともあり130キロ台まで加速している。
マシンはコーナー中間で内側の壁との隙間を15cm程まで詰めるという、傍から見れば荒療治とも言うべき走りだった。
そしてその走りは間違えなく後方のランエボⅥを振り切りに挑むようなものであった。
「(離される…!?)」
ランエボⅥのドライバーはストレートでそう驚愕しながらランエボⅥを操縦していた。
向こうの突っ込みの方が明らかに速い。いや、自分にはできない速度で相手はコーナーに突っ込んでドリフトしてしまっている。
しかも相手はコーナーのインコース。アウトコースを走っているランエボⅥにとってはあまりにも不利と言っても過言ではなかった。
それに加えてランエボⅥはまだストレートの中間…つまりコーナーに到達していない事もあり、ワンエイティの後ろ姿は完全にランエボⅥの視界から消えようとしているのだった。
「(振り切る!)」
一方でそう決心した時雨のワンエイティは、第5コーナーをアウト寄りに膨れながら脱出し、再び第5コーナーの左高速コーナーが間近に迫っていた。
アクセルを抜き、ニュートラル状態だったハンドルを左に再び切る。
第5コーナー直前で徐々にテールをスライドしていくワンエイティはアウトからインに迫っていく。
そしてドリフトラインを踏みつけた時、ワンエイティは走行レーンの中央…つまり2車線を丁度またぐようにコーナーに突入した。
それと同時にアクセルを踏み込んだことでワンエイティのテールスライドはさらに大きいものになった。
マシンのノーズはコーナーの内側を向くようにドリフトしていく。
そしてそんな中で時雨はハンドルを右に切り返してマシンにカウンターを当てる。
コーナーの中間地点から出口にかけて、ワンエイティは内側から外側に膨れていく。
カウンターを当てながらワンエイティは徐々に加速していく。
「(…行け!)」
ワンエイティの前輪がドリフトラインを再び踏みつけた時、既に時雨はアクセルとハンドルをニュートラルの状態にしていた。
そして踏みつけたのを認識して、アクセルを全開に踏み込む。
一気に駆動力を得たワンエイティはコーナーの立ち上がりで、後方から追いかけていたランエボⅥを完全に振り切っていた。
ワンエイティの右ミラーにもバックミラーにもランエボⅥの姿はどこにもない。
明らかに逃げ切っていたのだった。
「(は、速い…速すぎる)」
ランエボⅥのドライバーが第5コーナー直前でランエボを認識したところで、ワンエイティは視界から完全に消えて見えなくなった。
第6コーナーである直角右コーナーをドリフトしていく姿こそ一瞬見えたが、その一瞬を最後にワンエイティは完全にランエボⅥを振り切っていたのだった。
ランエボⅥのドライバーは明らかに自分とは格が違うという事を認識しつつも、何とかアクセルを踏み続ける。
だが、既に何もかもが遅かった。
ワンエイティは第6コーナーの右直角コーナーを抜け、そのまま第7コーナー…つまり最終コーナーの左高速コーナーも第6コーナーを立ち上がったままの速度で突入し、そのまま圧倒的な速度差を見せびらかすようにランエボⅥを振り切っていたのだった。
勝敗は明らかであった。
時雨のワンエイティは、光速コースである第二景虎峠で完全にランエボⅥを振り切り、5秒ほどのタイム差を誇示してゴールするのだった。
◇ ◇ ◇
―――更に30分後。
時雨と奈美子は「皇幻軍」の殆どのドライバーを撃墜する事に成功していた。
そして残っていたのはやはりリーダーの男「ダイヤ」のみだった。
男は第二景虎峠の復路スタート地点の駐車場で車と共に日陰で待っているのだった。
「(ううむ…日陰とはいえ、この暑さは流石に来るものがある)」
真夏の暑さや奇抜な格好ということもあり、ダイヤには多少の疲労もあった。
いくら皇幻軍のドライバーが多いとはいえ、待っている以上暑さが体にも来るものがあった。
しかも自分の車は多少冷房装置があるとはいえやはり往年の旧車。
エアコンの利きも現代の車に比べると明らかに劣っていたのだった。
すると、駐車場の入口から聞き覚えのある車のエンジン音が聞こえてきた。
「…来たか」
男は待っていたと言わんばかりに自分の車の元へと向かい、二人を待っているかのように振る舞った。
ワンエイティがダイヤの車の前に止まり、時雨と奈美子が車から出てきた。
「ほう、その様子だと『皇幻軍』を全員倒したようだな」
その言葉に時雨はこくりと頷き、こう言った。
「全員倒したよ」
「あとはあなただけね…勝負しなさい!」
奈美子の言葉を認めるように、ダイヤはこう返事をしたのだった。
「いいだろう…それでは吾輩が『イリュージョン走法』でお相手しようか!レディース&ジェントルメン、イッツ・ショータイム!!」
その言葉に対し、時雨と奈美子は粛々とワンエイティをスタート地点へと移動させていく。
車に乗り込んだダイヤもそれを追うようにスタート地点へと移動へ移動するのだった。
―――vsダイヤ
推奨BGM:MAZINGER GO!(from SUPER EUROBEAT vol.149)
「さて…ここまでやってきた実力、とくと見させてもらおうか!」
ダイヤは運転席に座ってそう呟いていた。
愛車は旧型車でありながら、当時としてはスーパーカーであった赤い2000GTである。
とはいえ中身についてはほとんど現代のモノと遜色はなく、例えばシートも既に最新のバケットシートだった。
コースは第二景虎峠往路。
走行レーンを決め、2台がスタートラインに移動する。
左レーンに2000GT。右レーンにワンエイティが並んで、スタート地点の緑色のラインの前で停車する。
一方こちらは奈美子と時雨。
すると、ある事が気になった時雨は奈美子に話しかけた。
「奈美子…ちょっと気になったんだけど」
「何?」
「相手の車は、随分と古そうな車だよね」
時雨は相手の車が幾分古い事に気が付いていた。
奈美子の車と同等、下手したらそれ以上に古いのではないか?
だとしたらよっぽどの腕利きか改造が施されているのではないか?
そう思うのだった。
「ええ…2000GTって車よ。私のS30Zとほぼ同じ時期の車だけど…当時の車の性能としては明らかに破格なものだわ。あんな車を持ってるなんて…」
「そうなんだ…相手も相手だし、油断はできないね」
「きっと何か隠し玉を持ってるはず…気を付けて!」
奈美子のアドバイスに時雨はこくりと頷くのだった。
「(罠がある以上…振り回されずに自分の走りをして、相手を倒しに行く!)」
そう時雨は決心し、グローブに包まれた両手をぐっと握った後、ハンドルを掴んだ。
そんな中で2台のカーナビが、共にカウントを始まろうとしていたのだった。
3
2
1
GO!
「ふん!」
「―――!!」
2台のエキゾーストからバックファイアーが吹き出ながら加速していく。
加速で先手を取ったのはワンエイティだった。
スタートダッシュを決めたワンエイティが先手を取り、あっという間にテールトゥノーズの状態になる。
「…先に行くがよい!」
だが、ダイヤは殆ど動じていない。
伊達にチューニングされているとはいえ、現代の車には多少不利であること自体は彼自身よくわかっていたからである。
だからこそ、じっくり待って隙を見せたらポイントを狙って追い抜く。
そんなやり方を、「ハートビーツ」のドライバーたちにも披露してきた。
そしてそのやり方で勝利してきている…だからこそ彼には自信があった。
「(仕掛けてくるとしたら…やはりストレートかな)」
時雨は相手がどこでニトロを使ってくるか模索しながらアクセルを踏み続けていた。
自分が相手の立場であった場合、どこでニトロを使うか?
一番可能性が高いのは中盤のロングストレートだろう。
あのストレートで一気に追い詰めてそのまま追い抜く作戦なのだろうか…そう考えていた。
そう考えながら、最初のコーナーである右高速コーナーが迫っていた。
「―――!」
第1コーナーの直前でアクセルを抜き、ハンドルを右に曲げる。角度としては90度とちょっとくらいか。
そしてワンエイティの前輪がドリフトラインを踏みつけた瞬間にアクセルを全開に踏み込む。
あっという間にワンエイティがテールスライドを始め、ドリフトして白煙を上げていく。
テールスライドと共にハンドルを左に30度ほど切り返し、カウンターを当てる。
白煙を上げながら高速でドリフトしていくワンエイティは、コーナーのアウトからインに突き抜けるようにドリフトしていく。
速度は既に130キロ台をマークし、コーナー出口へ。
「(…突き放せ!)」
コーナー出口のドリフトライン直前でアクセルを離し、ハンドルをニュートラルに。
アクセルとハンドルの力が伝達されなくなったワンエイティは推進状態でコーナーアウトスレスレを通過する。
そして前輪がドリフトラインを踏みつけた瞬間にアクセルを再び踏みつける。
立ち上がりのパワーを得たワンエイティは、後方の2000GTを振り切りにかかるかのように一気に加速する。
「(―――まだだ!)」
だが、目の前にコーナーはまだ続く。
時雨は決して息抜きをするタイミングが無い事を把握していた。
140キロというスピードで目の前に迫る左高速コーナー。
だが、このコーナーにも時雨はほぼノーブレーキで突進していく。
そしてハンドルを左に曲げ、アクセルを離したかと思いきやテールスライドを確認してアクセルを全開に再び踏み込んだ。
そのタイミングこそ、ワンエイティの前輪がドリフトラインを踏みつけた瞬間である。
オーバースピード気味にコーナーに突進し、ワンエイティはドリフトしながら道路の中央のラバーポールと隙間20cmまで攻めるかのようにドリフトしていく。
そして隙間20cmまで攻め切ったところで、クリッピングポイントを抜けたワンエイティはアウトに膨れていく。
そしてアウトに膨れて走行レーン中の右車線にはみ出す形になった瞬間、ワンエイティはドリフトラインを再び踏みつける。
グリップを回復したワンエイティは再び加速してコーナーを立ち上がる。
目の前には第3コーナーが続く。
そこでも時雨はアクセルを抜くだけで、ハンドルを右に曲げてワンエイティを三度スライドさせる。
ドリフトラインを踏みつけた瞬間にアクセルを踏み込んでワンエイティは緩やかにテールスライド。
右にドリフトしていく中で、コーナーのインとの隙間15cmに迫る。
クリッピングポイントを隙間ギリギリに抜けたワンエイティはコーナーのアウトに膨れ、再びラバーポールと隙間15cm程のレベルに膨れるほど攻め込んでいた。
オーバースピード気味に突っ込み、限界スレスレのドライビングで立ち上がる。
今の自分の限界を体現するかのように…それとも、全力で後方から逃げきるかのように。
「(やりよるな…だが!)」
3つのコーナーで徐々に差を付けられていくダイヤ。
ハッキリ言って相手の実力は自分の想像をはるかに超えていた。
あっという間に車間距離は車2台分まで広がる。
2000GTが第3コーナーでドリフトする時点でワンエイティは既にストレートに突入し、逃げ切る姿勢に入っていた。
だが、ダイヤ自身諦めてはいない。
そうおめおめと逃げ切りを許すわけにはいかないのである。
そして2000GTが第3コーナーを立ち上がろうとした瞬間である。
「(それ!)」
ダイヤはハンドルに取り付けられていたニトロスイッチを押し、2000GTを急加速させる。
速度の伸びは高く、あっという間に200キロオーバーでワンエイティにぐんぐんと食らいつく。
そしてストレート終盤で、第4コーナーに突入しかけていたワンエイティをそのまま勢いで抜き去ってしまった。
2000GTはそのまま第4コーナーを勢いで突入し、そのままのスピードでコーナーを脱出してしまった。
正にほんの一瞬の出来事である。
「(肝が冷えたけれど…これでどうだ!)」
「(やっぱりニトロの性能が高いんだ…流石に親衛隊なだけはあるな)」
ダイヤは勝ち誇ったかのような気持ちになり、時雨はある程度覚悟はしていたかのようにそう思うのだった。
だが、そこからのスイッチの切り替えは速かった。
コーナーに突入しかけていたワンエイティを、時雨はアクセルを軽く話してハンドルを左に曲げてテールをスライドさせていく。
「(なら…こっちは、腕で食らいつくまでだ!)」
先ほどまでコーナーワークで差を付ける事が出来ていた以上、時雨にはどこか余裕があった。
そう決心し、ハンドルを右に曲げてカウンターを当てる。
だが、その角度は先ほどまでと比べて明らかに浅いもの。
先ほどまでが30度ほどであったのであれば、更に角度は浅く15度ほど。
極限までカウンターを抑え、失速を抑える。
ワンエイティのハンドルは多少角度を傾けるだけである一方、立ち上がりの速度がさらに上がるかのように時雨は感じていた。
極限までカウンターを抑えるというやり方はあれど、そう簡単にできるものではない。
だが、時雨にはそのやり方しか勝つ方法はないと思っていた。
コーナーのアウトに膨れかけたところでアクセルオフにしてテールスライドを抑制する。
そして第4コーナーのコーナー出口でのドリフトラインをワンエイティが踏みつけ、アクセルを全開にした瞬間だった。
「(…この感覚は!)」
両手両足から全身にかけて燃え上がるような、炎に包まれるような感覚。
それが、第4コーナー出口で立ち上がった瞬間に時雨に現れていた。
全身が炎に包まれ、そして更なる速さを得られるようなそんな感覚…それが今になって現れた。
だがそれは時雨にとってはあまりにも好都合だった。
この感覚を維持し続ければ確実にダイヤに追いつける…そう確信した。
第5コーナーを脱出しかける2000GTを追いかける時雨。
「(追いつける…!)」
自分が殆どブレーキを踏まずして慣性だけでドリフト出来てしまう…
その事を認識し、第5コーナー入口のドリフトライン手前でアクセルオフからハンドルを左に切る。そしてワンエイティの前輪がドリフトラインを踏みつけた瞬間にアクセルを踏みつけてワンエイティをテールスライドさせる。
ワンエイティのノーズがインベタの状態になって第5コーナーのラバーポールスレスレを駆け抜けていく。速度としては間違えなく140キロ近くどいう明らかなオーバースピードでありながらも、インにべったりくっついたワンエイティは2000GTよりもより速くコーナーを駆け抜けていく。
そしてコーナー出口で、カウンターを当てるべく右に曲げていたハンドルをニュートラルに戻し、アクセルオフで走ったかと思いきや再びドリフトラインでアクセルを全開に踏み込む。
判定…「Excellent -0.56m」。
判定こそ多少早かったものの、時雨の全身が炎に包まれるような感覚自体はまだ続いていた。
第5コーナーを立ち上がったワンエイティは、既に第6コーナーでドリフトしている2000GTを追いかけ第6コーナーへと突入していく。
「(ここが、追い抜くチャンスだ…!)」
周りの速度がスローモーションに見え、視界が狭まる中、時雨は軽くブレーキをフラッシュさせて、アクセルオフのままハンドルを右に切る。
そして前輪がドリフトラインを踏みつけた瞬間、それを見計らったかのようにアクセルを全開に踏み込んでマシンをスライドさせる。
ドリフト状態に陥ったワンエイティを、ハンドルを左にほんの少しだけ曲げてカウンターを当て続ける。
速度としては140キロ台を維持し、そのまま先行する2000GTへと食らいつく…どころか、完全にオーバーテイクを図っていた。
そしてその速度を維持しながら、走行レーン上に惣菜するかのようなレール上を駆け抜けていくように、ワンエイティはその速度のままコーナー終盤に差し掛かっていた2000GTにテールトゥノーズ、サイドバイサイドの状態をほんの一瞬だけ経た上でオーバーテイクしてしまったのである。
「(何だ…今のは!?)」
「―――!」
コーナーをアウトに膨れがちにドリフトしていく2000GTを尻目に、ワンエイティはもはや相手ではないと言わんばかりのスピードでオーバーテイクしていった。
速度としては間違えなく130キロは出ている。先ほどの無茶なニトロ使用が原因で足回りがアキレス腱だった2000GTはコーナーを外に膨れ上がっており、その隙を見事にワンエイティに討ち取られてしまったという訳である。
「(まさか…)」
ダイヤの目にワンエイティの姿が映った。
だが、そのワンエイティの姿はもはやダイヤが知るものではなかった。
ワンエイティが、車体全体が炎に包まれていたのである。
文字通りの青い炎にワンエイティは包まれており、自分の車よりもはるかに速いスピードで第6コーナーの走行レーンの中心を、まるでレール上をスライドするようにワンエイティは駆け抜けていく。
立ち上がりの速度としては間違えなく150キロ近く出しているのだろう。
「お、鬼火だ…」
ダイヤはそう言っておじけづくかのように、アクセルを踏み込んでも速度が伸びない状態になっていた。
ダイヤ自身ほんの少しだけ噂を聞いたことがあった。
箱根を荒らす者に対して罰を与えるべく現れるという「鬼火」。
その幻影がダイヤには見えてしまったのである。
心霊現象とも言うべき現象を見てしまったダイヤは、どこか委縮してしまっているかのようにも思われた。
だがそれはまさしく、長い間暑さに晒された事による疲労によって生じた幻覚と言っても過言ではないのだろう。
「―――」
第6コーナーを抜けたワンエイティは、立つ上がりの速度を維持したまま最終第7コーナーの左高速コーナーを駆け抜ける。失速は殆どなく、150キロ台でそのまま超高速ドリフトを決めたワンエイティは、完全に2000GTを蚊帳の外の状態にしているのだった。
一方の2000GTは完全に失速し、ワンエイティに追いつく見込みはほぼ無いと言っても過言ではなかった。
時雨は完全に後方の存在をなくしたかのようにアクセルを踏み続け、そのまま最終ストレートまで一直線と言っても過言ではない。
「死角はなかったはず…なのに…」
ダイヤは運転席でそう呟いた。
もはや最終コーナーの事を言わなくても勝負がついてしまったというのは言うまでもないだろう。
2台の距離差は縮まるどころか広がる中でゴールを果たすのであった。
―――勝者、時雨。
タイム差は3秒近くもあった。
―――第二景虎峠、往路スタート地点駐車場。
「吾輩の『イリュージョン走法』に死角などある訳が…!」
駐車場に止まった2000GTから、へなへなと車から降りてきたダイヤ。
そこに時雨と奈美子、更には部下たちの車に乗って追いついてきた「ハートビーツ」のドライバーたちが取り囲むように駆け寄る。
「残念だったね。約束はしっかり守ってもらうよ…『皇帝』について教えてもらおうか」
「あと、ジュン達にやった手品のタネも教えなさい!」
すると、奈美子の言葉に次いでジュンがこう言うのだった。
「私たちの愛車はどこだ!やはり本当に消えてしまったのか、手品師よ!」
するとダイヤは降参してヤケクソ気味にこう言うのだった。
「あぁもう、うるさい、うるさい!貴様らの車など、今頃オンボロ工場で買い取り手続きの真っ最中だわ!」
その言葉に驚いた「ハートビーツ」のメンバーはそれぞれ言葉を口にした。
「何!?もしや、あの娘の工場か!!ま、間に合うか!?いや、間に合わないはずがない!決して…そう、決して!!」
「助かった…これでトーコとドライブできる!奈美子さんに時雨さん、すまないが失礼するよ!」
「せ、センキュー時雨アンド奈美子!!ユーたちの活躍はアンフォアゲッタブルデース!!」
「…感謝する。だが、今は急がせてもらうぞ!」
「俺っちたち、急いで車を取り戻してくるよ!じゃーねー!!」
5人は急いで部下たちの車の助手席に乗り、工場へと向かうのだった。
査定が終わる前に間に合うといいが…そう思うと、残されたのは一部の『ハートビーツ』の部下メンバーと時雨と奈美子、そしてダイヤだけだった。
「さて…じゃあ次に種明かしだね」
時雨がそういうと、ダイヤは最後の抵抗と言わんばかりにこう言うのだった。
「ま、待ってくれ!奇術師は決してタネは明かしてはいかんのだ!商売道具である以上絶対に話すわけにはいかん!それだけは勘弁してくれ!!この通り、お願いだ!!」
そう言ってダイヤは人が変わったように平身低頭の如く頭を下げるのだった。
流石にその態度を見た奈美子と時雨は、「まあ、そこはいいか」と一旦互いに顔を見つめ、再びダイヤの方を向いた。
「…じゃあ本題なんだけど、『皇帝』はどこにいるんだい?」
時雨がそうダイヤに質問を投げかけた。
するとダイヤは頭を上げてこう言うのだった。
「うむ…『皇帝』は此処には来ておらんな。残る親衛隊の2人、『クローバー』か『ハート』と一緒にいるやもしれん…」
「クローバー、とハートか…まあ、それがわかっただけでもいいか」
「あと、もう一つだけ聞かせてほしいの」
「…言ってみなさい」
皇帝がここには来ていない…その言葉に時雨は「十分だ」と言うようにそう返事をした。
そしてそれに続いて奈美子がもう一つの質問をする。
「これまで伝説として語られるのみだった『皇帝』が、なんでこんな形で姿を現したの?」
するとダイヤはその質問にこう言うのだった。
「そうは言われてもな…『皇帝』の本意は吾輩のあずかり知らぬところなのだ。それは本人に聞くがよい」
「…そう、よね」
どうやらダイヤでも皇帝の本心については知らないようだ。
すると、時雨は「そうか」と言うようにこう返事をしたのだった。
「あなたも結局、『皇帝』の操り人形だったというわけか…まあ、いいさ」
「…そう言われても、否定は出来ぬな」
「操り人形」…時雨のその言葉に多少同意したダイヤ。
一方で奈美子は不安を隠せない様子だった。
これ以上疑念を払い退ける為には、やはり「皇帝」本人に会って真意を直接尋ねるしかないようだ。
「仕方ない…車に応急処置をした上で、次の親衛隊のドライバーを探しに行こう」
「え、ええ…」
すると残っていた「ハートビーツ」の部下メンバーに対し、時雨は協力を依頼した。
「君たち、悪いけど…僕はまた、親衛隊のドライバーたちを探しに行くよ。だから…マシン整備だけ、協力してもらえるかな?」
「は、はい!手伝います!」
「ようし…頼むよ」
「悪いけど、お願いね!」
自分たちのチームのリーダーたちを助けてくれた程の命の恩人の言葉に、部下メンバーたちは黙って従うのだった。
一部のメンバーが持っていた、リーダー格のドライバー用のスペアタイヤを供給してもらう事にしたのだった。
メンバーたちが協力して時雨のワンエイティのタイヤを取り換え、ガソリン補給やエンジンオイルの交換、ラジエータ水の補給を行う。
「時雨、ここからだと次は美濃沢峠が近そうね」
「ソウイチ先生のチームか…取り替えたらすぐ行こう」
「ええ」
マシンの整備中、2人はそう呟いた。
次の目的地は美濃沢峠になるのだった。
親衛隊のドライバーの2人目を倒した時雨と奈美子。
残る親衛隊の幹部メンバーを探すべく、残っていた「ハートビーツ」の部下メンバーの協力を得てタイヤ交換やエンジンオイル交換を実施してマシンを整え、第二景虎峠を後にするのだった。
次なる「親衛隊のドライバー」…果たして、その正体はいかに?
そして残る四天王2人に迫る危機とは一体?
(第25話End)