「艦これ」いつかあの海で×ドリフトスピリッツ 2023 -いつかあの路で-   作:カービィ改二

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第27話です。
「皇帝親衛隊」の最後の一人とのバトルが迫ります。


act.27「Fellows(仲間たち)」

スペード、ダイヤ、クローバーと「皇帝親衛隊」のドライバーたちを3人も倒した時雨と奈美子。

そんな中でクローバーから語られた最後の壁、「ハート」。

時雨はその壁を打ち破るべく、神風連合が戦っていると思われる葦柄峠へと向かう事を決めたのだった。

皇帝親衛隊のドライバーも残り1人。

果たして最後のドライバー、「ハート」とは一体何者なのか?

親衛隊の幹部たちとの決着の時が迫る…

 

 

 

―――第一景虎峠。時刻は17時前だった。

 

「…もしもし?ヒロシ?」

マシンの整備が終わって互いの車に乗り込もうとした直前、奈美子はアフロのヒロシからの電話を受け取っていた。

 

 

推奨BGM

「…えっ!?トオルが…!?」

「…?」

電話を受け取った奈美子は驚きの表情を見せた。

 

「えっ、ええ……直ぐ向かうわ」

そう言って奈美子は電話を切った。

その様子を見た時雨が状況を知るべく話しかけてきた。

 

「奈美子、今のは?」

「ヒロシからよ…トオルが今バトルをしてるって…!」

「何だって!?場所は?」

「第二景虎峠よ、すぐ行きましょう!」

「わかった…行こう!」

場所を聞いた時雨は急いでワンエイティに乗り込み、奈美子のS30Zと共に第二景虎峠へと向かうのだった。

 

◇ ◇ ◇

 

―――10分後、第二景虎峠復路スタート地点駐車場。

 

「…フフフ。残念、残念ね。アナタ、もっとできる男かと思ったのに…」

ベネチアンマスクで目元を覆っている女性が、神風のトオルに対してそう言い放った。

 

「くっ…!ふざけやがって…!」

屈辱を感じながらそう言い放ったトオル。

彼は刺客に対して負けてしまったのである。

するとその様子を見たヒロシが擁護せんとこう言うのだった。

 

「お、おい女!てめぇ、イカサマじゃねえのか!?トオルさんが、トオルさんが負けるわけがねぇ!!」

だが、トオルは負けを認めんとこう言うのだった。

 

「やめろヒロシ…この勝負、俺の負けだ…」

ガックリと落ち込み、トオルはそう言った。

 

「フフン…そう、そうこなくっちゃ。素直な男は嫌いじゃないわよ?」

トオルを破った女はどこか誘惑するかのようにそう言った。

だがそれでも往生際が悪いように神風連合の幹部…ターバンのケンがこう言うのだった。

 

「おい、『神風』!こんなところで終わらせちまっていいのかよ!?」

その言葉は明らかに動揺しているものだった。

だが女は意に介さないようにこう言った。

 

「…ボスのあなたも倒したことで、これでチームのメンバーは全滅ね?それじゃ約束通り、『神風連合』には解散してもらうわよ?」

だが、女がそう言い放った瞬間だった。

 

「あら…?」

「このエンジン音は…?」

「…まさか!」

「あっ、トオルさん!あれを!!」

ヒロシが指差した先には、駐車場に入ってくる2台のマシン。エアロを大きく武装した青いワンエイティと黄色のS30Zだった。

2台がバトルをしているメンバーたちの近くに駐車し、ドライバーたちが車から出てきて既にいた走り屋たちの方に駆け寄った。

 

 

推奨BGM

「ヒロシ!一体何が…」

「な、ナビ子に時雨ちゃん!か、神風連合がなくなっちまう…!!」

「えっ…!?」

「じゃあ、トオルが…!」

奈美子と時雨の元にヒロシが駆け寄り、事情を説明しようとする。

あまりの慌てふためく姿に異常事態であるという事は時雨と奈美子の二人でもすぐに認識できた。

すると女が奈美子と時雨の方を見て話しかけてきた。

そしてそれと同時に神風のトオルが2人に気が付いて声をかける。

 

「あなたたちは一体?」

「…ナビ子!時雨!!」

声を掛けられた方を見て、奈美子と時雨が返事をする。

 

「あなたがまさか…」

「『皇帝』親衛隊の最後の1人にして、最強とも名高い『ハート』ね?」

時雨と奈美子が相手を確認するかのようにそう言った。

すると女はそれを認めるようにこう言った。

 

「その通り、その通りよ…。さてはあなた達も『神風連合』の一員かしら?」

「ええ、そうよ!」

「(ええっ、奈美子!?僕の意見はなし…?)」

ハートの問いに奈美子はきっぱりと答えた。

だがその言葉に時雨は未だに慣れず動揺するしかなかった。

やはり自分が神風連合の一員であるというのはどこか認めたくない様子であった。

すると2人に対し、神風のトオルが警告するようにこう言った。

 

「ナビ子、時雨。俺らの為にお前たちまで無茶をするな!!」

しかし奈美子はそれを一蹴するようにこう言うのだった。

 

「トオル、水臭いわよ。あなた以前言ってたわよね。”神風連合に入らねぇか”って。その話、今受けるわ!」

「(本当は嫌だけど、やむを得ない…!)」

奈美子はトオルに対して断言こそしたが、時雨にとっては神風連合に入る事は何故か嫌な気持ちだった。

神風連合に対してはあまりいい印象を抱いていなかったのである。

だがそんな事を言ってしまったら今の愛車の恩義すら反故にしかねない。やむを得ず成り行きに任せるしかない。

時雨にとっては最低限黙って軽く頷くしかなかった。

 

「…すまねぇ…!」

奈美子の言葉にトオルが感謝の言葉を伝える。

するとハートはどこか認めるかのようにこう言い放った。

 

「フフフ…美談ね、美談だわ。でも、ここであなた達が負ければ結局何の意味もないのよ?屍が一つ、増えるだけ…」

すると、その言葉を聞いた時雨がこう言い放った。

 

「…何だっていいさ。僕と勝負してくれ」

その言葉に対しハートは度胸を認めるかのようにこう言ったのだった。

 

「フフフ…いいわよ。こちらからはまず私のチーム、『皇妖軍』がお相手するわ。…先にスタートラインに移動していなさい」

時雨はその言葉に軽く頷き、ワンエイティに奈美子共々乗り込んだ。

エキゾーストノートを響かせたワンエイティは第二景虎峠往路のスタート地点へと移動するのだった。

 

「…イクヤ、あなたよろしいかしら?」

「よろこんで!」

ハートに指名された男が彼女の命令を待ってましたと言わんばかりに車に乗り込んだ。

 

 

 


 

 

 

―――vsイクヤ

推奨BGM:IT'S LIKE A FIRE(from SUPER EUROBEAT vol.206)

 

 

相手の車はMR-S、コースは第二景虎峠往路。

左レーン、MR-S。右レーン、ワンエイティ。

2台がスタートラインに並び、エンジン音を轟かせる。

MR-Sは多少チューニングされてはいるようだった。

 

「(神風連合の一員になる事は不本意なところもあるけれど…今は目先の事に集中する!)」

時雨はそう思って心を落ち着かせようとしていた。

正直なところ神風連合の一人になる事は時雨はあまりいい感情を抱いていなかった。

だが、この車を与えてもらった分もあるので変に波風を起こすわけにはいかない。

それに今は皇帝を引きずり下ろすために目先の相手を倒すことが何よりも優先事項だった。

アクセルを踏み込み、エンジン回転数を調整している中でカーナビのカウントが始まろうとしていた。

 

3

 

2

 

1

 

GO!

 

「「―――!!」」

アクセルを全開に踏み込み、ギアを切り替える。

マフラーからバックファイアーを噴出しながら2台が加速していく。

先手を取ったのはワンエイティだった。

明らかにチューニングの差もあり、雑魚相手には明らかに先手を取れるようになっていた。

 

「(こっちの事なんてもはや敵じゃねえのか!?)」

第1コーナーまでにあっという間に車間距離は1台分まで開く。

しかも第1コーナーは時雨有利な右コーナー。

それも時雨にとっては殆どブレーキを掛けずに駆け抜けることが出来る高速コーナーである。

 

「―――!」

コーナー直前にアクセルを離し、ハンドルを右に曲げる。

そしてワンエイティの前輪がドリフトラインを踏みつけた瞬間、アクセルを再び全開にしてリアタイヤをテールスライドさせる。

そしてそれと同時にハンドルを左に切り返してカウンターを当て続ける。

130キロ以上という猛烈な速度でコーナーに突入したかと思いきや、ほぼそれ以上の速度を維持したまま第1コーナーを駆け抜けていく。

ものの数秒で終わるコーナーではあるが、それでもその速度はハッキリ言えばかなりの高速域であった。

ゼブラゾーンが書かれている区間をドリフトし続けるワンエイティ。まるで走行レーンの中央に存在するレール上をスライドし続けるように、高速でドリフトしていく。

そしてそのままコーナー出口のドリフトライン寸前でハンドルとアクセルをニュートラルに戻す。

慣性でスライドし続けたワンエイティは徐々にスライドが収まっていく。

そしてスライドが収まりかけた瞬間にワンエイティはコーナー出口のドリフトラインを踏みつけ、それを時雨が認識したとともにアクセルを踏み込んだことで加速を得て立ち上がっていく。

だが、立ち上がった瞬間にはすぐ第2コーナーである左高速コーナーが迫る。

あえてハーフスロットル程度にアクセルを踏み込むのを抑えた時雨はそのままアクセルを抜き、ハンドルを左に切り返すように操作する。

そしてコーナー入口のドリフトラインを踏み込んだと共に時雨は再び全開でアクセルを踏み込む。

2度目のテールスライドを始めるワンエイティ。

白煙を上げながら徐々にテールスライドしていくが、その速さは第1コーナーの時の速度を得ていた為かさらに速さを増していた。

ドリフトのアングルは抑え目に130キロ以上…それもレーン中央をまるでレール上を駆け抜けていくようにドリフトする。

そしてこの第2コーナーは直ぐに終わるのだが、軽くハンドルを切り返したところでアクセルを抜き、そのままワンエイティの前輪がドリフトラインを踏みつけた瞬間に再びアクセルを全開に踏み込む。

 

「(もう1つで逃げ切る…)」

勝算はとっくについていた。

最初の3つのコーナーで逃げてしまえばあとはもはや手出しできない…時雨はそう思っていた。

ワンエイティの前に第3コーナーである右高速コーナーが迫る。

アクセルを離し、右にハンドルを曲げたところでワンエイティがテールスライドを徐々に始める。

そしてそれを認識した時雨はワンエイティの前輪がドリフトラインを踏みつけた瞬間にアクセルを踏み込む。

徐々にスライドしていく中で、時雨はカウンターを抑えめにハンドルを軽く左に切る。

ワンエイティはラバーポールとの隙間10cm程というギリギリの状態で壁に沿うかのようにドリフトしていく。

そんな中でコーナー出口がすぐに現れ、目の前にはロングストレートが現れる。

アクセルを離し、ハンドルをニュートラルにしてテールスライドを抑える。

テールスライドを抑えたワンエイティは徐々に態勢を通常走行のグリップ重視のものに変わっていく。

そしてワンエイティの前輪がコーナー出口のドリフトラインを踏みつけたその瞬間だった。

 

「―――!」

目の前のストレートに一目散で駆け抜けるように…スパートをかけるかの如く時雨はアクセルを全開で踏み続けた。

目の前のストレートに向けて150キロ近い速度を出して加速しながらワンエイティはストレートを駆け抜けていく。

ストレートを走り抜けている間に時雨がバックミラーを見ると、スタート直後に後方にいたはずのMR-Sは序盤の3つのコーナーとストレートだけで点になりかけていた。

第3コーナーに突入しかけていたMR-Sを完全に置き去りにしていたのであった。

流石にどんなテクニックを持っていたとしても、ここからの逆転は4つコーナーが残っていようともMR-Sにとっては絶望的な状況であった。

何せこの時点でタイム差は4秒近くあったのだから。

 

「なんであんな速さを出せるんだ…」

MR-Sのドライバーは負けを認めるようにそう言ったのだった。

もはや馬力や戦闘力差でも大きく差があった2台において、時雨は相手にしていなかったのであった。

ワンエイティは残る4つのコーナーも容赦なく本気を見せつけるかのように走り抜け、最終的にゴールの時点で6秒以上の差を生んでいたのだった。

 

◇ ◇ ◇

 

―――第二景虎峠往路スタート地点。

 

皇妖軍の1人目が倒されたという話を聞き、ハートはこう言った。

「『皇妖軍』の先鋒を倒すとは…少しは出来るようね。でも、まだまだ控えは多くてよ?さあ、続けましょう」

 

そう言ってハートは次のメンバーを指名しようとしていた。

だが一方の時雨は、挑戦者を待ち受けるようにこう言うのだった。

 

「何だっていいさ。誰でもかかってくるといいよ」

 

 

 


 

 

 

―――vsシンジ

推奨BGM:INVISIBLE TOUCH(from SUPER EUROBEAT vol.208)

 

相手の車は白のGVBインプレッサ、コースは復路。

左レーン、GVBインプレッサ。右レーン、ワンエイティ。

2台がスタートライン前に並び、エンジン音を轟かせる。

 

「(皇帝の手下たちとの戦いも大詰めなのが僕でもわかる…でも、油断はしない!)」

時雨は相手が徐々に速くなるにつれて、この戦いも終盤に近付いているのであろうという事を認識していた。

気持ちを引き締め、ハンドルを強く握る時雨。

速さを求めるも、どこか冷静さを欠かすことはなかったのだった。

そんな思いを抱きつつ、カーナビのカウントが始まる。

 

3

 

2

 

1

 

GO!

 

「「―――!!」」

ワンエイティがマフラーからバックファイアーを噴出しながら加速していく。スタートダッシュで序盤から差を引き離さんと加速していく。それこそギアをDレンジに入れてアクセルを踏み込んだ直後から相手を引き離さんと言わんばかりの加速だった。

しかしGVBインプレッサはまさかのスタートダッシュ失敗。

スタートだけで大差を付けられそうなほどの勢いであった。

 

「(もう振り切られる!?)」

インプレッサのドライバーにとっては明らかに格が違った。

加速の時点でワンエイティに先手を取られ、車間距離がみるみると開いていく。

あっという間に車間距離は車3台分まで開く。

ワンエイティは圧倒的なリードを保ち、第1コーナーの右高速コーナーに突入しようとしていた。

 

「(4つどころか2つでも振り切れる!)」

時雨は意気揚々とそう確信した。

相手のミスがある以上、自分には明らかに有利であるのは明らかだった。

だからこそ最初の最初で相手を振り切ってしまおう。

そう時雨が思う中で、アクセルオフからハンドルを右に曲げる。

徐々にテールスライドの態勢に入る中、ワンエイティの前輪がドリフトラインを踏みつけた瞬間にアクセルを踏みつけてドリフト状態に。

速度は130キロ台を出しながら、白煙を上げるワンエイティはカウンターを軽く当てながらドリフトしていく。

だが流石に高速コーナーである事もあり、コーナーの出口は直ぐに訪れる。

1秒もしないうちにワンエイティはコーナー出口のドリフトラインを踏みつけようとしていた。

アクセルを離し、ハンドルをニュートラルにして慣性に任せるワンエイティ。

滑り続けるタイヤだが、エンジンからのパワーが伝わらなくなった後には徐々にグリップを回復するのだった。

そしてワンエイティの進行方向が完全に前方となったところでワンエイティの前輪がドリフトラインを踏みつけた。ラバーポールとの隙間10cmというところであるが、どこか走りには余裕もあった。

時雨はパーシャルスロットル…つまり半分程までアクセルを踏み込み、ワンエイティを立ち上がりで加速させていく。

 

「(次のコーナーで一気に逃げきって見せる!)」

アクセルをあえて踏み込まず、140キロ台をキープしながらワンエイティは第2コーナーである左高速ロングコーナーに突入する。

 

「―――!」

ブレーキを一瞬フラッシュさせ、ハンドルを右に切る。

かと思いきや、車の荷重を前に持ってきたところでハンドルをすっ、と30度ほど左に切り返す。

ワンエイティの前輪がドリフトラインを踏みつけた瞬間、アクセルを踏み込んでハンドルをさらに左に角度を増して曲げた。

フェイントモーションからドリフトしていくワンエイティ。

速度は120キロ台を維持し、コーナー内側のラバーポールにノーズを5cmもないほどまでに近づける。

ハンドルを右に切り返してカウンターを当てながらドリフトしていくその姿は、まさしく1つ操作を間違えればどこか遠くへ飛んで行ってしまいそうなほどであった。

だが、これも時雨の算段のうち。あくまで相手を振り切る以上、この第2コーナーでは多少無茶をしてでも攻め込む必要があると思っていたのだった。

ワンエイティは速度を維持しながらコーナー出口へと到達しようとしていた。

アクセルを離し、ハンドルをニュートラルにしたワンエイティはコーナーの内側から離れ徐々に走行レーンの真ん中へと膨らんでいく。

 

「(…突き放せ!)」

時雨がそう思った瞬間、それに呼応するかのようにワンエイティは前輪がコーナー出口のドリフトラインを踏みつける。

踏みつけたのを認識した時雨はアクセルを再び全開に踏み込む。

判定…「Excellent +0.22m」。

Excellentの判定を得たワンエイティは、そのまま第2コーナーを140キロ以上の速度で立ち上がっていく。

もはやこの時点で相手の事はほぼお構いなしと言っても問題ない状態だった。

バックミラーを一切見ることなく、ワンエイティはコーナーを立ち上がって加速していく。

その姿はまさしくネズミの様にすばしっこく、到底相手のドライバーには追いつけるものではなかった。

ワンエイティは第2コーナーを抜け、GVBインプレッサの視界からは完全に消えていたのだった。

 

 

「な、何なんだよアイツ…」

GVBインプレッサのドライバーはただただ驚愕するしかなかった。

280馬力級の自分のマシンが、自分のミスがあったとはいえこうもあっさりぶっちぎられるとは思ってもいなかった。

当然自身もやる気も喪失し。早々にGVBインプレッサのドライバーはリタイアを選択するのだった。

 

◇ ◇ ◇

 

―――1時間後。

第二景虎峠復路スタート地点。

すっかり日が落ちて駐車場の街灯のみが光る夕闇の中、ハートは自分の車の前で待っていた。

そんな中で駐車場に入ってきたのは挑戦者であるあのワンエイティの姿だった。

ハートと愛車の姿を認識した時雨は、それに横付けするようにワンエイティを停車して奈美子共々車から降りてこう宣告するのだった。

 

「チームメンバーたちは大体倒してきたよ」

「…さて、どうかしら。バトルしてくれる?」

時雨にはほとんど疲れという疲れが無いようだった。

ハッキリ言ってこれは事実である。

彼女は道中の雑魚戦において無理に本気を出さないようにリカバリーを続けた結果であった。

この日1日中朝から夕方までずっと走り続けている時雨は、疲れを感じるどころか「ずっと走っていたい」という気持ちが強かった。

精神は全く疲弊するどころか戦いを通じて明らかに強靭になっている。

そんな時雨の姿を見てハートは「タフだ」と思う一方で、自分が率いるチームが壊滅同然になっている事には驚きを隠すことが出来なかった。

 

「『皇妖軍』が全滅…全滅だなんて…!」

多少ハートは動揺したように言うのだった。

だが、彼女は直ぐにこう言葉を続けた。

 

「…フフフ、いいわ。私自らが『コケティッシュ走法』で相手するわ!」

彼女は時雨とバトルする事を許可するようにそう言うのだった。

 

「…何だっていいよ。始めようか」

一方でハートの言葉を何処かあしらうように、時雨はそう言った。

2台にそれぞれのドライバーたちが乗り込み、スタート地点へと移動していく。

遂に大一番が始まろうとしていた。

 

 


 

 

 

―――vsハート

推奨BGM:RUNNING ON LOVE(from SUPER EUROBEAT vol.233)

 

コースは第二景虎峠往路。

相手の車は赤いV36スカイライン。どうやらそれなりにチューニングはされているようだ。

左レーン、ワンエイティ。右レーン、V36スカイライン。

 

「フフフ…私に逆らう愚か者に、鉄槌を下しましょ…」

ハートは相手を倒す覚悟でハンドルを静かに握った。

内なる自分が明らかにテンションを上げているのが自分でもわかった。

これ以上ない相手との戦いなのだろう…そう思いながら、ハートは前を向くのだった。

 

「(…これが、最後の壁だ)」

一方の時雨。

こちらはやっと皇帝への挑戦者に与えられる試練…壁を乗り越える事が出来そうだという、一種の安堵感みたいなものがあった。

だがそれでも時雨は決して冷静さを欠いだりはしていなかった。

 

「(気持ちが高ぶっている時に限って、ミスをするもの…落ち着くんだ…)」

時雨は自分自身の感情が高ぶっている事を自分でも認識していた。

深呼吸で息を整え、両手のグローブをグーパーさせて冷静さを取り戻すように心掛けた。

グーパーさせた後、ハンドルを握った時雨は相手の車の事を少しだけ見た。

相手の車はスポーツカーという訳ではないが、それでも親衛隊のドライバーの中でもトップクラスの実力を持っている以上絶対に油断はできない。

だが、見たところ純粋な実力だけは高そうだ。

…ではどうすればいいのか?

その結論を考えた末にある事を実施しようと考えたところで、カーナビのカウントが始まろうとしていた。

 

3

 

2

 

1

 

GO!

 

「―――!」

「っ…!」

2台のドライバーがギアを変え、アクセルを踏み込んで一気に全開走行に突入する。

チューニングによる馬力差もあって先手を取ったのはワンエイティ。

距離差としてはテールトゥノーズ…から徐々に車1台分まで開く。

だが、その距離差は決してV36スカイラインが追いつけない程ではない。

如何せん目の前には右高速コーナー、左高速コーナー、右高速コーナーと続く。

右レーンを走っているハートにとっては有利な状況であるのだ。

 

「(一気に差を付けて…そのまま逃げ切る!)」

そう思った時雨は、速度計が80キロを示したところでワンエイティのニトロスイッチを右手親指でスイッチを押すのだった。

マシンは一気に160キロ近くまで加速していく。

だが、目の前には第1コーナーが迫る。

 

「(ふふ…序盤から大逃げなんて、愚かな。精々痛めつけてあげるわ…)」

ハートは時雨がニトロを使ったタイミングを何処か小ばかにするようにそう思っていた。

何せ目の前の3つのコーナーのうち2つは自分にとって有利なのだ。

自分と同じ右レーンならともかく、何故このタイミングで使ったのかはハートにとって不可解に感じるほどだった。

 

「(実力が互角なら、ニトロを使ってでも一気に逃げる!)」

目の前のコーナーにおいてブレーキをフラッシュさせ、ハンドルを右に曲げる。

そのまま前輪がドリフトラインを踏みつけた瞬間にハンドルを左に切り返し、カウンターを当ててアクセルを踏み込む。

速度としては140キロ。

インベタの状態で突入したワンエイティはそのままドリフトして道路上中央のラバーポールとの隙間数cm程まで攻め込んでドリフトしていく。

下手したらフェンダーがラバーポールにぶつかってもおかしくないくらい攻め込んでいた。

それでも時雨はアクセルを踏み続ける。まるで恐怖という感情がどこかに飛んで行ってしまったかのように異様なほど攻め込んでいた。

 

「(…!?)」

ハートにとっては予想以上だった。

あのワンエイティの詳しいスペックは知らないが、150キロ以上の速度でドリフトしていく。

その走る姿は異様と言っても過言ではない。

最初にニトロを使って小ばかにしたのも、タイヤが食いつかないと思っていたのだ。

だが、その予想とは大きく外れてワンエイティはタイヤをきっちり食らいつかせてドリフトしていく。

しかもインベタの状態を維持してアウトの膨れる様子が殆どない。

見た目からしてエアロが派手な見栄えなだけのマシンだと思っていたが、実際はコーナーでも加速でも最高速でも高い水準を持っているという事に、やっとハートは気が付いたのだ。

ハートはどうやらワンエイティの事をどこか見下していたようだ。

第2コーナーまでにワンエイティとの距離差は車3台以上まで広がっている。ハートにとってはこの時点で明らかに計算外の状況だった。

ワンエイティは大逃げの状態で第2コーナーを140キロ以上の速度で駆け抜けて後方との差を一気に広げていく。

1秒ほど遅れてハートのV36スカイラインも第2コーナーを慣性ドリフトで走り抜けていく。

しかしその時点でワンエイティは第3コーナーを立ち上がり、ストレートに入ろうとしていた。

 

「(思った以上に引き離されたけど、私だって…!)」

第3コーナー、右の高速コーナー。

140キロ台の猛烈な勢いで、ワンエイティはコーナーをインベタでドリフトしていく。

 

「(―――追いつかせないよ)」

目の前にはワンエイティのヘッドライトに照らされたストレート区間が見える。

コーナー出口付近でアクセルリリースしたところで、左に曲げてカウンターを当てていたハンドルをニュートラルに戻す。

慣性に任せてワンエイティは徐々にアウトに膨れるが、コーナー出口の時点で膨らみは走行レーンの中央部分に収まっていた。

そしてその走行レーンの中央に到達した時点で、ワンエイティの前輪がコーナー出口のドリフトラインを踏みつけた。

時雨はハンドルをしっかりと握り、アクセルを再びフルスロットルで踏み込む。

目の前のストレートに向かい、全力疾走と言ったところだろう。

速度…ストレート中間でのパッシングスピードは短いストレートにも拘らず160キロを記録した。

だが160キロを記録したところで、目の前の第4コーナー…左高速コーナーに対処するべく、早めに時雨はブレーキを踏むのであった。

 

「っ…!」

ワンエイティは既にストレートを抜け第4コーナーに突入しようとしている中で、第3コーナーを立ち上がるV36スカイライン。

ニトロスイッチを押し、先行するテールライトの軌跡を追いかけるように短いストレートでも確実に食らいつくように加速していくV36スカイライン。

速度は130キロ台から170キロ近くまで加速する。

第4コーナーをドリフトしていくワンエイティに追いつかんとハートもアクセルを全開で踏み込む。

ニトロを使った事もあってワンエイティとの距離差は間違えなく縮まっていた。

第4コーナー寸前でワンエイティの姿を捉えたハート。

だが、コーナーに飛び込んで食らいつこうとしたその瞬間だった。

 

「―――!?」

突如としてハートを襲った謎の感覚。

それは第4コーナーを立ち上がったワンエイティの姿が、皇帝が乗っているGT-Rに重なったのである。

正確に言えば、ワンエイティの姿がGT-Rに化けてしまったというべきだろう。

それもその姿は、自らが敬愛する皇帝のGT-Rそのものだった。

そのGT-Rは、まるでV36スカイラインを完全に振り切らんと言わんばかりの速度でコーナーをドリフトしていく。

 

「(GT-R…!?)」

自分にとっては畏怖するべき存在である皇帝。

オーラを放つワンエイティに、皇帝の愛車であるGT-Rが重なって見えてしまったのである。

ワンエイティが皇帝のGT-Rに化けて見えてしまう。

自らが敬愛している皇帝がいるという錯覚は、それだけでも異様なほどの威圧感があった。

そんな威圧感に竦んでしまったのか、右足が痙攣する。

そして右足が痙攣した次の瞬間だった。

 

「(しまった…速度が!!)」

本来アクセルを離すべきポイントで右足が痙攣してしまった為、V36スカイラインは160キロ以上のスピードで第4コーナーに飛び込んだ。

時雨のワンエイティであればある程度は対処できたであろうが、V36スカイラインの場合はワンエイティとはスペックも性能も違う。

明らかなオーバースピードで飛び込んだV36スカイラインは、アウトに膨れてアンダーステアを生じさせてしまった。

痙攣する右足を必死にアクセルから離し、何とか慌てて左足でブレーキを踏み込んで減速するも、V36スカイラインはタイヤの食いつきが明らかに悪くコーナーの外側に盛大に膨らんでしまった。

そしてそのふくらみを抑えるべくさらにブレーキを強くかける。

失速は目に見えていたが、壁に激突するよりは安全策を取ったのだった。

 

「(おかしい…おかしいわ!!)」

ハートの走行コンディションは明らかに低下していた。

本来ミスするはずのないコーナーの飛び込みで明らかなオーバースピード。

1つのミスが命とりとは言うが、それが明らかにメンタルにも支障をきたしていた。

アンダーに膨れて右端の壁スレスレを擦るか擦らないかの走行ラインを通ったかと思いきや、痙攣する右足でなんとかアクセルをフルスロットルに踏み込む。

だが、この時点で第5コーナーを立ち上がっていたワンエイティには再びあの現象が生じようとしていた。

 

「(こ、皇帝閣下がいる…!?)」

第5コーナーである左高速コーナーをアクセル全開で立ち上がるワンエイティ。

その姿はまるで皇帝が乗るGT-Rを彷彿とさせるほどの速さだった。

その速度は140キロ以上と明らかに自分では理解が及ばない程の速度で駆け抜けていた。

その姿はまるで皇帝があのワンエイティを操縦しているかのように、異様なほどの攻めようだった。

第4コーナーをアクセル全開で立ち上がるV36スカイラインだが、立ち上がりの速度は壁スレスレをギリギリ接触回避できる速度で走っていたので速度は80キロにも満たなかった。

明らかに大幅な失速をしていたのだった。

 

「(ダメ…!明らかに自分の走りが出来ていない!)」

完全に防戦一方の状態だった。

メンタルの影響は走りに明らかに出ていた。

第5コーナーも左高速コーナーのはずが、コーナーに飛び込むスピードが遅すぎた為か、ハンドルを切ったところで明らかにアンダーステアを生じさせていた。

アンダーステアを生じたV36スカイラインはドリフトアングルを90度以上という、高速コーナーという比較的緩いコーナーに対してドリフトアングルを付けすぎていた。アンダーステアを生じたV36スカイラインはコーナーのアウトに膨れ、リアを壁スレスレにまで接近させて間一髪と言うべきドライビングでコーナーを抜けていく。

だが決してその速度は速いという訳ではなかった。

ハーフスピン同然であったV36スカイラインは80キロ台という、本来であれば130キロでも曲がれるコーナーに対して明らかに失速した状態でドリフトし続ける。

カウンターの当て過ぎが原因でアクセルを踏み込んでも思うようには加速せず、コーナーの立ち上がりの速度も明らかに低かった。

高速コーナーを軽やかに抜けていくかのようなワンエイティに対し、V36スカイラインは明らかに追いつけず振り回されていた。

自分自身が相手を惑わすつもりではあったが、完全に相手に走りを惑わされていた。

異様なほどの才能を持つワンエイティのドライビングに、自分が完全に振り回されてミスを誘発されている。

この現実はハートにとっては直視できるようなものではなかった。

 

「(あんな走りをされていたら…)」

あのワンエイティは下手をしたら本当に皇帝を倒してしまうのではないか?

そうハートは危惧したのだった。

ハートは自分のミスを挽回するべくアクセルを踏み込むが、痙攣した右足はまだ思うように言う事を聞かず、オーバースピードの突っ込みと失速を誘発するだけの装置に成り下がってしまっていたのだった。

自分のメンタルも体調不良も原因だが、1つ1つのコーナーで確実に差がついている。

もはやあのワンエイティに追いつく事というのは、ハート自身が考えても絶望的であった。

V36スカイラインは第6コーナーのロング右コーナーをドリフトしていくが、ここでは何とか110キロ台まで速度を回復。

なんとかワンエイティに追いつこうとするが、V36スカイラインが第6コーナーでドリフトし始めた時点で、既に最終コーナーを立ち上がろうとしていたワンエイティに抗うには成す術がなかったのだった。

 

 

「―――」

一方、こちらは完全に優勢となったワンエイティ。

バックミラーからはV36スカイラインのヘッドライトが完全に見えなくなった。

第4コーナーの立ち上がりから続く両手両足、全身が炎に包まれる感覚の中でワンエイティのハンドルを右に切ってカウンターを当てていた。

距離差は車5台分近くとなり、もはや左団扇と言うべき状態だった。

高速左コーナーの出口寸前でハンドルをニュートラルに戻し、アクセルを離してマシンを慣性に任せる。

最後まで完璧に仕上げてこそ、皇帝に会えるだろう…

そんな思いを抱きながら、ワンエイティの前輪がコーナー出口のドリフトラインを踏みつけた瞬間にアクセルを全開に踏み込んだ。

 

「(行け…!)」

アクセルを踏み込み、全開走行で最終ストレートを立ち上がるワンエイティ。

判定…「Excellent +0.21m」。

時雨自身は全身が燃え盛るような感覚を持ちながら、最終ストレートへと駆け抜けていく。

速度は130キロ台から148キロを出し、最終ストレートを全開走行で走り抜けていく。

 

「(雑魚には興味が無い…早く、早く皇帝に会わせてくれ…!)」

ゴールライン直前で時雨はそう思いつつ、ワンエイティはゴールラインを駆け抜けた。

 

「(あんな実力を出されたら、皇帝閣下は……帝国が、破滅する…!)」

遅れる事4秒以上。

ハートは絶望にも近い感情を抱きながらも、意気消沈した状態でV36スカイラインをゴールさせたのだった。

 

―――勝者、時雨。

タイム差は4秒以上。

クローバーとの戦いのときはおろか、同じコースを走っていたダイヤとの戦いの時以上のタイム差を生じた事によって、本当にハートが強いのかを疑わせるかのようなタイム差だった。

 

 

 


 

 

 

―――第二景虎峠往路スタート地点駐車場。

推奨BGM

 

ワンエイティとV36スカイラインが横並びで駐車し、ハートはヘトヘトの状態でV36スカイラインから追い出されるかのように降りてきた。

その様子はさながら現実を直視できないと言っても過言ではなかった。

 

「ありえない…ありえないわ!何かの間違いよ!!」

車から降りて跪いたハートは、開口一番にそう嘆きの言葉を呟いた。

するとその様子を見た時雨と奈美子が互いにこう言い放った。

 

「残念だったね。僕達もそう甘いわけじゃないのさ」

「屍になるのは…どうやらあなただったようね!」

「っ…!」

ハートは屈辱を感じながらも、実力を認めたのかもはや何も言い返すことは出来ないのであった。

するとその時だった。

 

「は、ハート様!大変です!!」

「な、何…?」

部下の男がハートに近寄り、何かを報告している。

その間に3人の様子を見た神風のトオルが時雨と奈美子に話しかけにやってきた。

 

「ナビ子!時雨!本当にすまねえ…おかげで『神風連合』の看板を畳まずに済みそうだぜ」

そう言ってトオルはテンガロンハットを頭から外し、2人に対して頭を下げた。

 

「いいのよトオル。言ったでしょ?もう私たちは『神風連合』の一員よ。ね、時雨?」

「そ、そうだね(あまり乗り気にはならないけど…)」

2人がトオルと会話する中で、部下からの報告を聞いたハートが負け惜しみの様に顔を上げてこう言うのだった。

 

「ふ、フフフ…精々ぬか喜びなさい。部下からの報告で、たった今『皇帝』閣下がこちらに向かっているわ!直々にあなた達を始末するために!もう手遅れ、そう、手遅れよ!」

だが、その言葉に対して時雨が予想とは異なる言葉を発した。

 

「…それでいいさ」

「え?」

時雨は皇帝が来ることを待っていたと言わんばかりの表情をしていた。

 

「僕達は皇帝に会う事を目標にしていたから…本望だよ」

「…フフフ、精々楽しみにしてなさい」

そうハートが言うと、彼方から特徴的なエンジン音が聞こえて来た。

 

 

推奨BGM

 

「この音は…も、もしやR35か!?噂に聞く、『皇帝』のR35GT-Rか…!?」

戦慄したかのようにトオルがそう言うのだった。

 

「この音が、GT-R……!」

時雨にとってはあまりにも図太いエンジン音だった。

そしてその音源となる車が駐車場に入ってきた。

 

「ああ、閣下が…!いらっしゃったわ!!復讐に燃えている、雄々しい御姿をお見せください!!」

そうハートが言うと姿を現したのは…予想通り黒のGT-Rだった。

だが、GT-RはGT-Rであっても…想像できるようなGT-Rではなかった。

 

「まさかこのGT-R…MY17か!?」

R35 GT-R MY17 Pure Edition。

年数を重ねる事によって熟成されていくスポーツカー…それがGT-R。

複数回のマイナーチェンジが行われているGT-Rの中でも、姿を現したのはメテオフレークブラックパール…つまり黒色のMY17型だった。

GT-Rは時雨たちの近くに止まり、エンジン音は止まった。

 

「いざとなるとドキドキするぜぇ…『皇帝』…ナビ子の兄貴であり、時雨ちゃんの命の恩人かぁ!?」

「…『皇帝』、その面…とくと拝ませてもらうぜ…!」

「……!!」

「兄、さん…?」

ゆっくりとドアを開けて、ドライバーが遂にGT-Rから現れようとしていた。

4人がかたずをのんで見届ける。

だが、ドライバーズシートから現れて駐車場の照明に照らされた男は、あまりにも奇抜ないで立ちだった。

 

「くふぅ…!くっくっく…!」

頭部全体を覆う呪術的なタトゥー、威圧感を醸し出したガスマスク、突起のついた禍々しいジャケット…

皇帝と呼ばれた男にしてはあまりにも違和感のある姿だった。

噂に聞いていた金髪姿でもなく、風貌とはあまりにも違いすぎる。

 

「「……だ、誰!?!?!?!?!?!?」」

その姿に茫然とした奈美子と時雨は、シンクロして叫んでしまった。

奈美子は勿論のこと、時雨にとっても「違う」としか言わざるを得なかったのだろう。

すると、奈美子に対してヒロシがこう言った。

 

「…ナビ子、お前の兄貴。会わない間に激太りしたとか…」

だが、その言葉に奈美子は動揺しつつもこう言うのだった。

 

「違う違う、絶対、ぜ~~~ったい違う!!兄さんは、兄さんは…もっとずっとカッコいいんだから!!」

「……」

「違う」と断言する奈美子に対して、時雨はただただ唖然とし、絶句するしかなかった。

すると、現れた「皇帝」に対してハートが土下座をするようにこう言うのだった。

 

「…『皇帝』閣下、申し訳ありません!このハート、どのような仕置きも甘んじて受け入れます!いつものようになじって、詰ってくださいませ!!」

皇帝の姿に半狂乱気味になるハートは皇帝に対して土下座するのだった。

どうやら予想以上にドMなのかもしれない…。

すると皇帝はその言葉に言葉を発するのだった。

 

「…ハート…」

「は、はい!閣下…!」

顔のいたるところから汗を流して明らかにビクビクしているハート。そんな彼女の頭に右足を乗せ、皇帝はこう言い放つのだった。

 

「…あなた、私の命令を受けておきながら醜態をさらして負けたんですね?お仕置きですよ、この雌豚!!くふ…くふふぅ!!」

皇帝と呼ばれるにはあまりにも非道な発言であった。

 

「(違う…!こんな箱根を恐怖に陥れるような人間が、僕の命の恩人なわけがない…!)」

時雨は言葉こそ出さなかったが、皇帝の立ち振る舞いを見てそう心の中で強く思っていた。

明らかにおかしい。こんな箱根を恐怖に陥れるような人物が皇帝を名乗るのか?

こんな風貌の人間が本当に皇帝なのか?

何かがおかしい。そう時雨は思っていた。

 

「くふぅ、くふふぅ~!許しません、許しませんよ~!?この雌豚!」

「『皇帝』閣下…!申し訳、申し訳ございません…!!」

「誰に負けたか、言ってごらんなさい!!」

土下座するハートの頭に右足を乗せ、ハートをなじった皇帝。足を下ろして誰にやられたのかを問う。

その姿に流石のヒロシもこう奈美子に言うのだった。

 

「おいナビ子、どうするんだよ。本当にコイツと関わっていいのか?俺様のアフロセンサーはやめとけって言ってるぜぇ!?」

「そんなこと言ったって…いや、私も兄さんじゃないって確信持ってるけど!!」

すると、ハートが奈美子たちの方を指さしてこう言い放った

 

「皇帝閣下…!あの者たちです!あの者たちが、この豚めに辱めを…!!」

「……!」

「ヤバい、向こうから動いてきやがったぞ!」

ハートの言葉にトオルがそう言った。

すると皇帝は重い腰を上げるようにこう言うのだった。

 

「くふぅ、くふうぅ!下戝の者どもよ…私が『皇帝』です。我がペットを凌辱した罪…重いですよ…!?」

 

 

推奨BGM

「…違う!!」

「「「!?」」」

皇帝の発言に怒りをあらわにしたのは、誰を隠そう時雨だった。

その顔には、普段はあまり露にしない怒りとも言うべきものが表れていた。明らかに憤怒の表情を浮かべていた。

 

「お前なんかが…お前みたいな奴が、皇帝のはずがない!!」

「し、時雨ちゃん…あまり焚きつけないほうが…」

「そ、そうよ…!あなたなんて、本物の『皇帝』とは似ても似つかないわ!!」

時雨の言葉に奈美子も援護射撃と言わんばかりに言い放った。

 

「(ん?さては疫病神…?いや違うか)おや?まるで私を偽物とでも言いたげな口ぶりですね?本物の皇帝?おかしなことを言う…」

皇帝はどこか余裕そうにそう言った。

すると、奈美子と時雨はこう反論するのだった。

 

「あ、あなたがどこの誰だか知らないけど、これだけは確かに言える。箱根中のドライバーと尊敬と畏怖を集めた皇帝は、絶対あんたなんかじゃない!!」

「皇帝の名を騙る奴は僕が許さない…僕と勝負しろ!!」

だが皇帝は反論に対してどこか余裕そうにこう言うのだった。

 

「くふぅ!…口で言っても分からないようですね?…それでは我が精鋭部隊『大皇帝軍』の力、見せつけてやりましょう…!」

だが、ここで横槍を入れたのは意外な人物だった。

 

「お、お待ちください!皇帝閣下!」

声を荒らげながら上げたのはハートだった。

 

「ん?どうしました、ハート?」

皇帝が尋ねる。

 

「こんな相手に『大皇帝軍』の連中を出す必要等及びません…」

「…どういうことです、ハート?あなたは奴に負けたのでしょう?だからこそ『大皇帝軍』のメンバーを使って尻拭いをしようと…」

すると皇帝の質問に対しハートはチャンスを求めるかのようにこう言うのだった。

 

「この豚めに、もう一度…チャンスを頂けませんでしょうか?」

すると、その言葉に皇帝はどこか納得するようにこう言った。

 

「ほう、ハート。もう一度この者たちとバトルしたいという事ですか?」

「そのとおりでございます、閣下!…どうか、どうかお慈悲を!!」

立ち上がったハートは頭を下げながらこう言った。

だが、その要望を持つものは彼女だけではなかった。

 

「…ちぃと止まった!!こいつらと再戦したいのは、ワイらも同じじゃ!!」

その声とともに現れたのは、数時間前に時雨がバトルした例の3人だった。

 

「クローバー!スペード!それに…ダイヤまで!」

「いつの間に…」

「ウフフ…さっきのようにはいかないよ…?」

「今度こそ、吾輩の本当のイリュージョンを見せてくれるわ!!」

皇帝の部下たちの言葉に、彼は同意するようにこう言うのだった。

 

「くふふ、いいでしょう。大皇帝軍でも誰でも構いません。この者たちに、我々の本当の力を思い知らせてやりなさい!」

そう言って先鋒として出てきたのはスペードだった。

 

「ウフフ…それではまず、僕から行くよ…!?」

彼はバトルしろと言わんばかりにスペードはこう時雨たちに言い放った。

 

「総力戦か…まあ、いいさ。だけどちょっと待ってほしい」

「ん?何だい?」

時雨はバトルに同意するように言ったが、要望は意外なものだった。

 

「イーブンの状態でバトルしてほしい。タイヤとエンジンオイル、ガソリンだけ変えさせてもらうよ。それが許されないと僕はバトルしない」

「あ…」

「ふむ……なるほどね…ウフフ、いいよ。真剣勝負なら逆に熱くなれるからね……!」

スペードは愉快犯な面があるが、そんな彼からは意外な返事を頂いた。

 

「…すぐ準備しよう。トオル、奈美子、いいかな」

「よし、わかった。タイヤはお礼の分だ、受け取ってくれよ」

「すぐ取り換えましょ!」

「おおお、俺様も手伝うぜ!」

スペードの同意を得て、奈美子、時雨、トオル、ヒロシはワンエイティの最終調整だけ行う事になった。

 

遂に時雨たちの現れた皇帝。

しかしその姿はとても皇帝の姿とは似ても似つかない。

果たして「皇帝」を名乗る男の正体は一体何者なのか?

真実を知るため、正体を暴くため、時雨と皇帝、そして皇帝の幹部たちとの最後の戦いが始まろうとしていた…。

(第27話End)

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