「艦これ」いつかあの海で×ドリフトスピリッツ 2023 -いつかあの路で- 作:カービィ改二
皇帝親衛隊との再戦、そして暴かれる真相。
※この物語は「ドリスピ10周年より前に書かれたもの」であるということをご理解の上でご覧ください。
遂に現れた「皇帝」。
しかしその姿は、奈美子や時雨が聞いていた話とは全く風貌の異なる威圧感の強い男だった。
皇帝ではないと否定した時雨と奈美子、それを聞いた皇帝は二人に対し実力行使を始めようとしていた。
迫る最終決戦、そして暴かれる真相…
皇帝親衛隊の幹部たちとのリベンジマッチ、そして皇帝との最終決戦…真実を暴くための戦いが遂に始まる。
―――皇帝親衛隊とのリベンジマッチ。
その1人目の刺客、スペードは第二景虎峠往路のスタート地点で時雨と奈美子を待っていた。
―――vsスペード
推奨BGM:GOLDEN 70'S YEARS(from SUPER EUROBEAT vol.84)
「ウフフ…あの時の僕とは違う…」
インプレッサに乗って待っている男は、どこか自信ありげにそう呟いた。
その口調は時雨と奈美子を楽しみに待っているようなものだった。
夜の闇の中、路肩に停車して待機するGRBインプレッサ。
すると、バックミラーにヘッドライトが反射するのだった。
「……来たか」
そう言ってスペードはサイドブレーキを解除した上で1速にギアを入れてアクセルを踏み込み、インプレッサをスタート地点に移動させる。
それに気が付いたワンエイティは、右レーンに移動するのだった。
2台がスタートラインに横並べで停車し、奈美子がウインドーを開けてスペードに話しかける。
それに応じてスペードもウインドーを開けるのだった。
「待たせたわね。準備はいい?」
「ウフフ…待ってたよ。さあ、始めようか!」
「―――!」
時雨はこくりと頷き、再び前を向いた。
ウインドーを閉めたところでカーナビが同期し、それぞれのマシンにカウントが表示されているのだった。
3
2
1
GO!
「「―――!!」」
カウントと共にギアを切り替え、アクセルを全開で踏み込む。
2台がロケットスタートを決め、マフラーからバックファイアーを噴出して加速していく。
加速はほぼ互角と言ってもいい程競り合っている。
「(食らいつけているだけまだいい方だ…)」
ワンエイティに食らいつく中で、スペードはどこかそう思っている部分があった。
あのワンエイティはかなり派手な外見をしている分、普通のワンエイティとは一味も二味も違う事についてはスペード自身理解はしている。
そしてそんな中でも、ストレートではまだ食らいつけている。
コーナーを攻め込めばいくらでもチャンスはある…そう思っていた。
2台の前に第1コーナーである右高速コーナーが迫る。
「っ…!」
「―――!」
右にハンドルを切ってアクセルを離し、テールスライドさせるGRBインプレッサ。
アウトコースからコーナーの内側に迫るべく、ハンドルを直角以上に傾ける。
徐々にテールスライドしていくマシンを、前輪がドリフトラインを踏みつけた瞬間にアクセルを踏み込んで更にテールスライドさせていく。
だが…アウトコースである事を除いても、ワンエイティはGRBインプレッサの先を行った。
インプレッサは自分がアウトコースであるという事は分かっていたが、それでも差がついていく。
ドリフト区間は短い為にすぐに立ち上がる事になるが、そのほんの一瞬のコーナーでも確実に差がついているように思えた。
コーナー出口でハンドルをニュートラルに戻してアクセルを踏み込むが、そこでの立ち上がりでワンエイティは一歩抜け出した。
コーナー出口でワンエイティとGRBインプレッサの立ち位置はテールトゥノーズだった。
GRBインプレッサのヘッドライトが先行するワンエイティのテールを照らす。
「(速い…!?)」
明らかに向こうの方がコーナーリング時の速度が速いのである。
確かにワンエイティはコーナーの内側をインベタの状態で走っていたが、それでも速い。
すぐに第2コーナーである左高速ロングコーナーが迫る。
「(このまま抜ける…!)」
第1コーナー出口で時雨はハンドルを左にカウンターを当て続けた状態だった。
そして第1コーナーと第2コーナーの間でアクセルを抜き、マシンを軽くグリップさせる。
目の前には第2コーナーが迫る。
グリップしていたワンエイティはノーズを徐々に右から左に振り回す。
そしてノーズが左に向いていく中で、前輪がコーナー入口のドリフトラインを踏みつける。
「―――!」
ハンドルを左に曲げた状態でアクセルを全開に踏み込む。
マシンを右に左に振り回すかのようなドリフト。
第1コーナー立ち上がりの速度を維持したままノーズをコース中央のラバーポールとの隙間10cm程まで攻め込み、140キロ以上という速度でコーナーを駆け抜けていった。
赤いテールライトが光の軌跡を鮮やかに描きつつ、猛スピードでコーナーを駆け抜ける。
「(っ…!!)」
一方のスペード。
第1コーナーと第2コーナーの間でドリフトを止めてしまった為、失速気味に第2コーナーへ飛び込んだ。
だが、スピードレンジが違うのかインコースにもかかわらずワンエイティとの車間距離は徐々に開いていった。
ヘッドライトが照らすワンエイティは確実に小さくなっていく。
「(食いつけない…?こっちは目いっぱい踏み込んでるのに…!)」
向こうの性能が高いのか、それとも自分に度胸が無いのか。
インプレッサはインコースにもかかわらず、徐々に距離差が一方的に開くだけだった。
ワンエイティは間違えなく自分よりも速いスピードでコーナーを駆け抜けていった。
長いコーナー区間で距離差は車2台、車3台と開いていく。
そしてワンエイティはコーナー内側に接着したかのように離さない。
文字通りのインベタを極めた状態でコーナーを限界ギリギリまで攻め込んでいた。
一応インプレッサもコーナー内側の壁に隙間15cmほどまで攻め込むも、それでも全く追いつく気配はなかった。
限界まで攻め込んでもスピード差が大きいのである。
ワンエイティは明らかに自分の限界以上の走りをしている…そうスペードは確信するしかなかった。
たった2つのコーナーだけで防戦一方の状態に陥ってしまっていたのだった。
「(やめろ…これ以上攻めたら、僕の限界を越えちまう……!)」
「―――――」
スペードが悲鳴に近い言葉を呟く一方で、時雨はハンドルを握ってアクセルを踏み続けた。
全身が炎に包まれるその感覚の中、下手したら意識を持っていかれるかもしれない状況の中でもアクセルは踏み続けてハンドルを握り続けていた。
コーナー出口にあるドリフトラインが視界から消えて死角へ入る。
その瞬間、右に曲げてカウンターを当てていたハンドルをニュートラルに少しずつ左に曲げてニュートラルに戻す。
「(もう感覚に頼らなくても出来る…ここだ!)」
何百回もバトルして走り続けたからこそ、時雨にとってはもはや直感でも問題ないくらいだった。
コーナーのドリフトラインが視界のヘッドライトから消えた瞬間、どのタイミングでアクセルを踏み込めばいいのかはもはや脳裏に焼き付いていた。
完全にどのタイミングで踏み込めばいいのかを体で理解していたのである。
積み重ねてきた経験と才能…それが時雨の才能を完全に花咲かせようとしていた。
ワンエイティがドリフトラインを踏みつけた瞬間、アクセルを全開に踏み込む。
「(離される!)」
コーナー立ち上がりでロケットのような加速をしていくワンエイティ。
それに対してドリフトし続けるGRBインプレッサの方は、ヘッドライトに照らされる様子をただ見ている事しか出来なかった。
速度差は間違えなく10キロはあるだろう。
自分の限界の上にあのワンエイティは上にいる。
1度戦った時以上にあのワンエイティは本領を発揮していなかったのか、それとも本当の実力を発揮していなかったのか、はたまた走り続ける事でたった数時間で走りに磨きがかかったのか。
そのどれかであるのは明確だが、それでもワンエイティはGRBインプレッサを突き放しにかかっていた。
だが、目の前にあるのは第3コーナーの右高速コーナー。
左コーナーで差が縮まらない以上、もはや絶体絶命と言うべきだろう。
だがそれでも諦めずに追いかけるGRBインプレッサ。
ワンエイティが第3コーナーでドリフトしていく中、GRBインプレッサはコーナーを立ち上がろうとしていた。
「(逃がさない…!)」
コーナー出口のドリフトライン。
それを前輪が踏みつけた瞬間、スペードはハンドルに取り付けられたニトロスイッチを押してGRBインプレッサを加速していく。
第3コーナーが一気に近づく。
コーナー入口寸前でアクセルを離し、ブレーキを一瞬踏み込んでハンドルを右に曲げる。
だが、その瞬間だった。
「やばっ…!」
150キロオーバーのスピードでドリフトしたインプレッサは、そのあまりの速度にマシンのタイヤが悲鳴を上げた。
ハンドルを曲げるタイミングもアクセルを踏み込むタイミングも完璧だったのだが、明らかなオーバースピード。自分のマシンの限界を超えた走りをした事で、遂にタイヤが悲鳴を上げたのだった。
ドリフトしていたインプレッサはアウトコースに膨れる。
完全なアンダーステアでマシンはコース外へと膨らんでいく。
そして次の瞬間。
ガリガリガリガリ……
「っ……!!」
悲鳴に近い叫びをしたスペード。
インプレッサの左サイドが壁に擦る。ガリガリ、とマシンのボディが悲鳴を上げる。
アクセルを離しブレーキをかけるも、悲鳴は止まらない。
そして悲鳴を上げた後、ガッという音を上げたかと思いきやマシンは反動で反時計回り向きにハーフスピン寸前の状態に陥った。
ブレーキをかけてカウンターを当てていたハンドルを右に切り返すも、マシンの速度は一気に失速していく。軽量すぎるあまりワンエイティは右に左に振り回されるかのようにスピンする。
ハンドルを右に切ったかと思いきや再びハーフスピンしかけた事もあってハンドルを左に切り返す。
ブレーキをかけ続けてなんとか速度を30キロまで抑えたところでマシンは安定したが、もはや勝負はついているも同然だった。
「くっ…!」
マシン接触により完全にタイムをロスしたGRBインプレッサ。
幸いにもボディを擦った程度でマシンに大きなダメージがあるという訳ではないようだ。
なんとか態勢を立て直すも、ワンエイティは既に遥か彼方のストレートを疾駆していた。
どんなにスペックが良いインプレッサとはいえ、完全に勝負はついていたのだった。
ワンエイティはその後GRBインプレッサを振り切るかのようにゴールを駆け抜けたかと思いきや、そのまま第一景虎峠へと向かっていた。
「所詮僕なんて、この程度だったという事か……!」
スペードはそう絶望するしかなかったのだった。
―――勝者、時雨。
アクシデントにより2台のタイム差は10秒以上という完封勝ちだった。
◇ ◇ ◇
―――第二景虎峠、復路スタート地点駐車場。
ハーフスピンで大幅にタイムをロスし、GRBインプレッサがゴールにたどり着いた時には既にワンエイティは駐車場にいなかった。
どうやら完全にワンエイティは次のバトルへと向かってしまったようだ。
「…アドバイスくらいしても、よかったのに」
髑髏柄のバンダナを取ったスペードはそう一人呟いた。
GRBインプレッサの擦り傷は想像以上に大きかったが、幸いにもマシン内部に大きな致命傷を与えるものではなかった。
とはいえ、もはやスペードは時雨にとっては雑魚同然であった。
そして雑魚には興味が無いと断言するかのように、ワンエイティは駐車場から姿を通り過ぎて行ったのだった。
―――第一景虎峠往路スタート地点。
夜の闇の中、照明が映す奇術師の男と愛車。
ダイヤは静かに時雨が来ることを待っていた。
「―――!」
駐車場で2000GTと共に待っていたダイヤは、SR20のエンジン音が近づいてくることに気が付いた。
どうやらスペードは敗れてしまったようだ。
2000GTの前にワンエイティが止まり、時雨と奈美子が降りてくる。
するとそれにダイヤが話しかける。
「待っていたぞ…!今度は前の様にはいかん!イリュージョンの世界に溺れるがいいわ!!」
「…何だっていいさ。さっさと始めよう」
ダイヤの覚悟に時雨はどこか受け流すようにそう言うのだった。
2台にドライバー^達が乗り込み、スタート地点へと移動していく。
◇ ◇ ◇
―――vsダイヤ
推奨BGM:PRETENDER(from SUPER EUROBEAT vol.139)
コースは第一景虎峠往路。
左レーン、2000GT。右レーン、ワンエイティ。
2台のライトが第1コーナーを照らしていた。
そんな2台がエンジンの鼓動を始め、アクセルを踏み込んで適回転させる。
「(本当のイリュージョンを、見るがいい…!)」
ダイヤはハンドルを強く握り、とにかく勝つ事だけが目標だった。
ここで食い止めて何とか皇帝に食らいつくのを阻止しなくてはならない。
そんな思いを持っていた。
「(―――第3コーナーまでに振り切る)」
相手を喰らいつかせない為にもさっさと振り切る…
そんな感覚を時雨は持っていた。
この先皇帝と戦う事になっている以上、こんなところで止まることなどは許されないのだ。
重いと思いがぶつかり合う中、2台のカーナビにスタートシグナルが表示されようとしていた。
3
2
1
GO!
「「―――!!」」
ギアを切り替え、アクセルを全開にして加速していく2台。
バックファイアーをマフラーから吹き出しながら加速していく。
先行するのはワンエイティ。やはり加速勝負ではこちらに分があるようだ。
「(ストレートで振り切る事は簡単かもしれない…でも、本当の勝負はコーナーからだ…)」
時雨には一種の覚悟が出来ていた。
幾らストレートで速いからとはいえ、相手のドラテクを侮ってはいけない。
伊達に親衛隊の一人である以上、油断は許されないのである。
下手をしたらすぐに負けてしまうだろう…だからこそ本気の走りで勝負していく。
そんな思いを持ちながら、第1コーナーである右ヘアピンにワンエイティは迫っていく。
「(―――ここだ!)」
ブレーキをロック寸前まで踏み込み、速度をオーバースピード気味ではあるが減速させる。
速度計は90キロを示している。
インコースで自分が有利であるという事は分かっていても、それでもオーバースピードである。
ライトで照らしていた黄色のドリフトライン…コーナー入口の印が視界から消える。
それと同時にブレーキをリリースし、ハンドルをくいと右に曲げる。
そしてそれと同時にアクセルを全開にして踏み込み、ドリフト状態になる。
「(くっ…!)」
アクセルを踏み込んだ瞬間、足から胴体、両腕と頭まで…最終的には全身に伝わった「炎に包まれる感覚」。
体中に炎はおろか静電気が突き抜けるかのようなその感覚派、一度ミスをすればすぐに失速してしまいそうになる。
それでもアクセルは踏み続けるしハンドルを左に切り返してカウンターを当てることはやめない。
手足を離したりすればそれこそ失速してしまうだろう。
そして何より負けたくない。
そんな意志が、ワンエイティをさらに速くさせているのだった。
「っ…!?」
一方、ワンテンポ遅れてコーナーに突入したダイヤの2000GT。
アウトコースの右ヘアピンという事もあり、ワンエイティとの車間距離はみるみる離されていく。
幾らチューニングされているとはいえ、半世紀以上前のシロモノということもあってマシンは確実に限界に近い走りをしていた。
ドリフトしていく中でコース中央のラバーポールギリギリまで2000GTのノーズを近づける。
だが、それは相手のワンエイティも同じだった。
ワンエイティは自分以上に右端の壁にノーズを近づけており、それでいてコーナーリング速度も上だった。
ヘアピンコーナーで80キロは出している…ハッキリ言って自分にとっても怖い。
それでもあのワンエイティは若気の至りとでもいうのか恐怖知らずとでもいうのか、インコーススレスレまでマシンを寄せている。
たった1つのコーナーだけで距離差が大きく付きそうな状態になっていた。
先行するワンエイティは、コーナー出口のドリフトラインを踏みつけて立ち上がっていく。
その速さは自分以上の…まさしくロケットのように鋭い立ち上がりだった。
「(勝つためには…ここしかあるまい!)」
コーナー出口に迫る2000GT。
この先はいくらか左コーナーがある以上自分にとっては有利であるが、それでもここで食いつかないと振り切られてしまうリスクがある。
そう思ったダイヤは、コーナー出口のドリフトラインでアクセルを踏み込んだ瞬間ニトロを使う事を決めていた。
コーナー出口が迫るにつれ、アクセルを離してハンドルをニュートラルに戻す。
そしてドリフトラインを前輪が踏みつける。
「―――!!」
アクセルを踏み込むと同時に、右手でニトロスイッチを押す。
一気に加速していく2000GT。
車間距離として車2台分が開いている。
その差を一気にニトロで詰めようとダイヤはニトロを発動したのだった。
2000GTのニトロ加速はワンエイティの比ではない程に圧巻だった。車間距離はみるみる縮まり、あっという間にワンエイティをオーバーテイクして、ワンエイティのノーズとの車間距離を車1台分にまで広げる。
だが、追い抜いた次の瞬間だった。
「しまっ…!」
フロントライトに映るは第2コーナー。
あまりの加速と速度に老化していた動体視力が追いつかなくなり、2000GTはドリフト開始のタイミングを見誤ってしまった。
判定…「Late +5.5m」。
ブレーキングをほぼしなかった2000GTはあまりのオーバースピードで飛び込むあまり、マシンはコース中央に膨れてラバーポールをなぎ倒して右側レーンまでマシンが膨らんでしまった。
「(うぐぐぐっ、ラバーポールに…!)」
慌てて急ブレーキをかけるも、右レーンの路肩部分まで膨らんでしまった2000GT。
ハーフスピンに近いドリフトアングルでコーナーを膨れていく。
速度はコーナー突入寸前の190キロから70キロまで大幅に減速してしまう。
右側の壁との隙間はギリギリ30cm…何とか壁との接触は免れたが、速度のロスは明白だった。
そして後ろからあの存在が忍び寄る。
「(いくらなんでもオーバースピードだ、残念だったね…)」
「ひいっ!」
2000GTのバックミラーに光るのは、青い炎に包まれた物体。
「鬼火」そのもの…正確には青い炎に包まれているワンエイティだった。
こちらは70キロしか出ていないのに、まるで自分の存在に気が付いていないかのようにワンエイティは130キロ以上の速度でこちらに迫ってくる。
いくら高速コーナーであるとはいえ、こちらがコースアウトしているのに相手はまるで自分を敵ではないようにバックに迫っていた。
その鬼神の如き走りにダイヤは悲鳴を上げざるを得なかった。
「(ダメだ、避けるんじゃ―――!!)」
ハンドルを左に切って元の走行レーンに戻るように必死になって操作するダイヤ。
だがまるで時雨のワンエイティは2000GTが見えていないようなスピードで後方に迫ってくる。
速度差としては明らかに50キロ以上はある。あまりに猛烈な速さでワンエイティが2000GTの後ろに迫っていた。
第2コーナーと第3コーナーの間…必死になって元の走行レーンに復帰しようとする2000GTを、まるで敵とは見なしていないかのように、間一髪で左側レーンに復帰した2000GTをワンエイティは颯爽と抜き去った。
2000GTのリアとワンエイティのノーズとの隙間は10cm程しかない、正しく間一髪の状態を狙ったかのようにワンエイティはオーバーテイクしたのだった。
そしてそのままの勢いでワンエイティは第3コーナーを、ブレーキを一瞬フラッシュさせた上でドリフトしていく。
「な、なんちゅう無茶を…」
ダイヤにとってはハッキリ言って肝が冷えすぎて心臓が止まるかのような感覚だった。
だが元の走行レーンに復帰した今こそ、あのワンエイティには余計に追いつかなくてはならない。
復帰したところでアクセルを全開に踏み込む。
だが、次の瞬間だった。
「(青い炎が…車を包んでいる…!)」
第3コーナーをラバーポールギリギリまで攻め込むワンエイティ。
その速度は明らかに130キロは出ていた。
暗闇でもわかる、青い炎。
それにワンエイティは間違えなく包まれていたのだった。
そしてそのワンエイティは2000GTを完全に突き放すかのように、自分ではできないような速度…明らかに130キロ以上は出ている…で2000GTを振り切ろうとしていたのだった。
なんとかこちらも100キロ台まで加速し、第3コーナーをドリフトしていく。
だが、30キロ以上のスピード差がある以上インコース有利であったとしても間違えなく追いつけない。
前を走るワンエイティは、第3コーナーを脱出したかに思えた次の瞬間にはワンエイティを振り返し、左へ右へと自在に操っていく。
その速度は単純にドリフトを2回するよりも明らかに速いものであった。
正しく幻影を見せるかのような、振り返しの技術だけで2つのコーナーを抜け、車間距離をさらに広げて完璧に独走態勢に入っていたのだった。
まるで自分が見た事の内容な、それこそイリュージョンのようなドリフトだった。
ここまでの実力を持つ者は、ダイヤが戦ってきたドライバーの中にはほとんど存在しなかったのだった。
「(箱根の峠に…本物のイリュージョンを見た…)」
ダイヤはもはやお手上げ同然だった。
第3コーナー、第4コーナー、第5コーナー…左直角コーナー、右直角コーナー、左ヘアピンコーナーという連続コーナー地帯を華麗な振り返しで、それもフェイントモーションを多用して駆け抜けていくドライバーはハッキリ言って自分のはるか上の実力を持っていると言っても過言ではなかった。
あれほどの若さと度胸が自分にあれば…そうダイヤは後悔する一方、「本物のイリュージョン」を見れた事に関しては満足していた。
「―――」
一方の時雨。
第5コーナーのヘアピンを抜け、最終第6コーナーが近づく中でもアクセルを緩めるという事は一切なかった。
両手両足全身が炎に包まれる…高熱を帯びている状態を維持しながら、アクセルを踏み続ける。
2000GTのヘッドライトは完全にワンエイティのバックミラーから消え去り、そのままの状態を維持して最終コーナーの右高速コーナーをほぼブレーキなしの慣性ドリフトで駆け抜ける。
そしてそのまま最終ストレートを走り抜け、ワンエイティはゴールラインを通過した。
勿論ここでも時雨は一切止まることなく、次の相手を求めて再び第一景虎峠へと移動するのだった。
―――勝者、時雨。
ダイヤとのタイム差は5秒近く存在するという完勝だった。
◇ ◇ ◇
―――第一景虎峠復路スタート地点駐車場。
ノロノロと入ってきた2000GTから、手品師の男が降りて一人呟いた。
「吾輩が負けることなど、ありえないというのに…」
復路スタート地点の駐車場に2000GTを止めたダイヤは、車から降りてそう呟いた。
あのドライビングはイリュージョンのようだった。
本物のイリュージョンを見せられてしまった…そう思うのだった。
「吾輩も、年貢の納め時じゃな…」
自らの体力の限界と老化…それがダイヤにとって突きつけられた現実となった。
どこか諦めるかのように、そして達観するようにダイヤはそう呟き、峠を後にするのだった。
だが、彼には不思議と満足感だけが残っているのだった。
それは間違えなく、今までの中でも最高の相手と戦う事が出来たという事もあるのだろう。
―――第二景虎峠、往路スタート地点。
左レーンの路肩には時雨もよく知る巨漢が、愛車のGTOと共に待っていた。
「―――来よったか」
SR20のエンジン音が近づいてくるのがわかった。
どうやらここまで勝ち進んでいるようだ。
クローバーは待ち構えるようにワンエイティの到着を待っていた。
「いた…」
一方のワンエイティの運転席。
時雨は静かに呟いた。100m離れていても分かる力士のような巨漢。
どうやら自分たちが来るのを待っていたようだ。
ハザードを付けてGTOの後ろに停車し、二人は車から降りる。
車から降りたところで、男が待ち焦がれていたかのように話しかけてきた。
「待っておったわ…前のようにはいかんぞ!ワレら、覚悟は良いか?」
「…いいさ、始めよう」
「あなたの怪力ももう怖くないわ!通してもらうわよ、クローバー!」
「よかろう…車を並べや!」
威勢を認めるかのようにクローバーは言い放つのだった。
マシンに乗り込んだ2台のドライバーたちが、スタートラインへと移動させていく。
◇ ◇ ◇
―――vsクローバー
推奨BGM:SUPER KAISER(from SUPER EUROBEAT vol.169)
左レーン、GTO。右レーン、ワンエイティ。
横並びで停車した2台が、夜の峠にエンジン音を木霊させる。
爆音と爆音が交錯する。
「(こっちのコースは高速コースなんじゃ…負けるはずがあるまい!)」
そう、先ほど走った時はヘアピンが複数存在するテクニカルコース。
だがこちらの第二景虎峠は基本高速コーナーばかりのスピードが重視されるコース。
言ってしまえば、大逃げタイプのマシンに乗っているクローバーの方にかなりの分があった。
しかしそれでも食らいついてくるのが時雨のワンエイティ。
油断せずにいく…そう思いながらクローバーはアクセルを踏み込んでエンジンを回転させるのだった。
「―――」
一方の時雨は至って冷静だった。
相手が速いという事…とにかく序盤から一気にスパートをかけてくる事は先ほどの戦いでもうわかっている。
じゃあどうするか?
相手がゴリ押しで来る以上、自分の腕で正々堂々挑んでいけばいい…
あとは最悪、適当なタイミングでニトロを使えばいい。
そう思っていた。
そしてそんな思いを抱きながら、カーナビのカウントが始まろうとしていた。
3
2
1
GO!
「「―――!!」」
2人は互いにギアを切り替え、アクセルを全開に踏み込む。
バックファイアーをマフラーから吹き出しながら加速していく2台。
先手を取ったのは言わずもがなGTOだった。
「(やっぱり加速勝負じゃワイの方が分があるのぉ!)」
この時点でクローバーはどこか余裕を感じていた。
最初の加速で一気に大逃げをしていけばいいのは勿論だが、今回のコースは高速コースなので一度付いた差はそう簡単には取り戻せまい。
そう思っていた。
GTOのテールとワンエイティのノーズとの車間距離はあっという間に車3体分以上にまで広がる。
「……」
一方の時雨は差が徐々に広がる中でも全くもって冷静だった。
こうなる事は予想出来ていたのだ。
いっその事ニトロを使ってしまう事も考えたが、まだ早い。
第1コーナーから第3コーナーの間まではまだ自分が使うべき場所ではない…そう思っていたのだ。
だが、それを見越した上かクローバーは次の策を講じようとしていた。
「(このマージンを更に広げちゃる!)」
第1コーナーである右高速コーナーに突入し、慣性でドリフトしていくGTO。
アウトコースという事もありマシンは少し外に膨れる。
だが、それでも何とか距離差は保てている。
第1コーナー出口のドリフトラインを踏みつけ、アクセルを踏み込む。
判定…「Good! -1.12m」。
少しタイミングは速かったが、それでも何とか許容範囲。
コーナーを立ち上がり第2コーナーである左高速コーナーが目の前に迫る。
「(左コーナーなら…!)」
ブレーキをフラッシュさせてサイドブレーキを引き、ハンドルを思い切って左に切る。
GTOのリアを強引に振り回し、何とかドリフト態勢へ。
だが、タイヤの食いつきが悪いのかアンダーステアでアウトコースギリギリにマシンが膨れる。
ラバーポールとの隙間10cm程をギリギリでドリフトしていく。
そしてGTOがドリフトラインを踏みつけた瞬間だった。
「(よっしゃあ!)」
リリースしていたアクセルを踏み込むとともにニトロスイッチを押す。
ニトロが徐々に効いてきて、着実に加速していく。
だがその加速の中で第3コーナーである高速右コーナーが迫る。
「っ…!」
GTOが加速していく中で止む無くアクセルを離し、ハンドルを切り返すように120度以上に右に曲げる。
再びアウトに膨れかけるGTOをなんとかコントロールするも、再びGTOは右コーナーの外側に膨れてしまう。
判定としても「Late +3.12m」と最悪だった。
ドライビングミスで徐々に失速するGTO。
速度は140キロから85キロまで失速していた。
再び壁との隙間15cm程の際どすぎる走りで何とかコーナースレスレをドリフトする。
文字通りのゴリ押しと言っても過言ではなかった。
「(これで…どうじゃ!)」
コーナー出口でハンドルをニュートラルにし、アクセルを踏み込む。
多少食いつきが悪いものの、ニトロの影響もあって何とか140キロ台まで加速していく。
第3コーナーを抜けてストレートへ。
ストレートでもアクセルを踏み込み続けて大逃げの姿勢だった。
ここでアクセルを踏み込み続ければ、あのワンエイティはもはや自分の敵ではないだろう…そう思った。
だが、ストレートの中間でそう思った瞬間だった。
「(…!?)」
バックミラーに映ったのは、コーナーを立ち上がって猛烈な勢いで加速してくるワンエイティの姿。
だがそのワンエイティの姿は普通の姿ではなかった。
明らかに炎に包まれていた。それも、車と一体になるかのような青い炎に。
しかも炎に包まれたその車が、途轍もなく速い。
ゴリ押し走法が打ち破られる寸前だった。
「(差が詰まってる!?…じゃが!)」
第4、第5コーナーのどちらもクローバーにとって有利な左高速コーナー。
コースの事を考えれば差が更に詰められる可能性は低くなる。
そう考えればクローバーには余裕があると思われるが、実際はそんなことはなかった。
それは第4コーナーに突入しドリフトし始めた時だった。
「(い、いかん!タイヤの食いつきが…!)」
判定自体はExcellentだったが、GTOは再びコースの外側に膨れていく。
そしてコース中央のラバーポールをドリフトしながらなぎ倒していく。
左右両方で4車線あるうちの中央を駆け抜けるようにGTOはドリフト…明らかにタイヤが地面に食いついていなかった。
マシンの重量やクローバー自身の重量、メンテナンス不足もあり、GTOのタイヤは徐々に悲鳴を上げつつあった。
そしてそれは車にも影響が出始めていた。
どんなにタイミングよくドリフトしてもアウトコースに膨れてしまう。
そしてそれを狙っていたかのように、右ミラーに映ったワンエイティの姿は大きくなっていく。
「(やめろ…!こちとら目一杯なんじゃ…!)」
死に物狂いで第4コーナーを抜けたGTOだったが、優勢の状態が一転絶体絶命の状態になってしまっていたのは言うまでもない。
右ミラーのワンエイティはほぼノーブレーキで第4コーナーに突入し、青い炎を纏ったまま最小限のドリフトアングルでドリフトしていく。
そして間違えなくGTOよりも速い速度だった。
GTOは明らかに追いつかれている状態であった。
第5コーナーに突入するも、右サイドで再びラバーポールをなぎ倒しつつドリフトしていくGTO。
後方を意識しすぎた結果タイミングを見誤り、判定としてLateを出してしまった。
アンダーステアでズルズルとアウトコースに膨れ、結果として走行レーンの境界線であるラバーポールを一気に倒す始末。
もはやルールもマナーもあったものではなかった。
そんな状況下では当然タイヤは完全に悲鳴を上げている。
そしてその隙にあっという間にワンエイティはGTOの横に並んでサイドバイサイド。
車は案の定青い炎に包まれていた。
「(ウワーッ、畜生!)」
食いつかれた事で動揺したのか、焦るに焦った結果、クローバーが第6コーナーである右高速ロングコーナー寸前でニトロスイッチを押して加速する。
間一髪サイドバイサイドの状態からテールトゥノーズへ。そしてその勢いのまま第6コーナーをドリフトし始めたその瞬間だった。
バコンッ!!
「何じゃあ!?」
GTOの右後方で激しい炸裂音が響いた。
過度な重量と無茶な走りが祟ったが末のタイヤバースト。
激しいドリフトも間違えなく影響していたのであろう。
爆発のような衝撃と共にマシンの制御が失われた。
「うおおおおおッ!!」
ドリフトしている最中、制御不能の状態でGTOは一気に右に旋回を始める。
クローバーがブレーキをかけても足回りが脆弱であるGTOのそれでは止まる気配は一切なかった。
制御を失ったGTOは右レーンにはみ出し、そのまま道路脇に向かって一直線だった。
そして次の瞬間だった。
ガシャアッ!!
「ぐあっ!!」
バーストして制御不能となったGTOは壁に左フロントから激突し、そのままの勢いで弾き飛ばされた。
そして当のクローバーはクラッシュした瞬間に開いたエアバッグに顔を打ち付けていた。
150キロ以上の速度で壁に突っ込んだことで左フロントのリトラクタブルライトが破損し、フロントガラスにひびが入ってボンネットとフロントバンパーが変形する中で、GTOは右に2回転、3回転と時計回りで回転していく。
そして4回転して、第7コーナーの入口付近…左レーンの路肩に存在するバリゲードを何個かなぎ倒し、路肩の砂利道にスタックする形でGTOは停車した。
だが、バトルは終わっていない。
クラッシュして大破、スタックしたGTOの横を、まるで物見遊山かのようにワンエイティは悠々と追い抜いて行ったのだった。
幾ら自損事故とはいえ流石の非情すぎるやり方に、当の助手席の奈美子も時雨に声をかけた。
「し、しぐ」
「止まらないよ」
「!!」
その顔と瞳はあまりにも冷酷で、そして冷たい声だった。
クラッシュの際に一瞬驚いたかと思いきや、その場ですぐにドリフトを止めてブレーキング。
一気に速度を安全圏である30キロまで減速し、事故でパーツが飛び散る中を冷静に対処していたのだった。
「皇帝の名を騙った連中に罰が当たったんだ」
「だからって…」
「誰が事故っても…僕は止まらない」
「……」
誰が事故を起こしても、もう止まらない。
そう時雨は呟き、冷酷にも次のバトルへと向かう。
ワンエイティのエンジン音は第二景虎峠がら小さくなっていくのだった。
「うう…一度ならず二度までもワイが負けて…それも、タイヤバーストじゃと…」
一方、スタックした形で停車したGTOから何とか降りてきたクローバー。
幸いにも大きなケガはなく、骨折もない状態だった。
だがそれでも、彼にとってはあまりにも無様な敗北であった。
これまでずっと勢い任せすぎたあまり、メンテナンスが疎かになってしまった…そして相手のプレッシャーに負けてしまった。
そう考えると自分が負けたのは必然だったのかもしれない。
「ゴリ押しすぎるのも、考えモンじゃけ……」
そうクローバーは後悔するのだった。
この後、クローバーのマシンはレッカー車で運ばれていったことを明記しておく。
―――第一景虎峠、復路スタート地点駐車場。
ベネチアンマスクを纏った女性…ハートが、愛車のV36スカイラインと共に駐車場で待機していた。
「―――!」
近づいてくるエンジン音。
憎きあの青いロケバニワンエイティだ。
対戦相手を探す凶暴なサメと化していたその車が、V36スカイラインの近くに停車する。
そしてドライバーの二人が降りてハートに近寄る。
「次はあなたと勝負だね」
「…ええ、その通り。その通りよ…!」
時雨の問いにハートは静かに呟いた。
「ここで私があなた達を倒せば、皇帝閣下はより一層、私を寵愛してくださる。頂いたチャンス…私は無駄にしないわ!」
ハートの宣戦布告とも言うべき言葉に、奈美子と時雨は軽く受け流すようにこう言い返すのだった。
「どうしてあの男に心酔しているか知らないけど…邪魔はさせないわ!」
「僕達の邪魔をする以上力づくでも退いてもらうよ。さあ、始めよう」
そう言って2人は再びワンエイティに乗り込んだ。
そしてそれを追うかのようにハートもV36スカイラインに乗り込み、スタート地点へと移動していく。
◇ ◇ ◇
―――vsハート
推奨BGM:MADE OUT OF FIRE(from SUPER EUROBEAT vol.239)
右レーン、V36スカイライン。左レーン、ワンエイティ。
コースは第一景虎峠往路。
「(今度こそ、汚名返上の時…!)」
ハートは両手に気合を入れてハンドルをしっかりと握った。
ペダルを踏む両足により一層気合が入る。
負けるわけにはいかない。こちらにもプライドというのがあるのだ。
「―――――」
一方で精神的には明らかに余裕ムードの時雨。
雑魚が何度も自分に挑んできても雑魚には結局変わりがない。
先ほどの戦いで油断していたと仮定したところで、そう簡単に人間というのが変われるはずがない。
そんな、どこか達観したかのような考えを抱いているのだった。
そしてだからこそ、勝ちに行く。捻り潰して再起不能にする。
そんな感情が時雨を支配していた。
それらの思いを抱きながら、カーナビのカウントが始まろうとしていた。
3
2
1
GO!
「「―――!!」」
ギアを変え、アクセルを踏み込んで加速していく2台。
言う間でもなく双方のマフラーからはバックファイアーが吹き出ていた。
スタート直後のストレートではワンエイティが一歩抜きん出る。
「(っ…!やはり速い…!)」
ハートはアクセルを全開に踏み込むが、車間距離はあっという間に車1.5台分にまで広がった。
第1コーナーである左高速コーナーに突入する2台。
ブレーキをフラッシュさせ、ハンドルを直角に曲げてドリフトしていくV36スカイライン。
一方のワンエイティはほぼノーブレーキで突っ込んで半ば勢い任せでドリフトしていくという文字通りの慣性ドリフト。
速度としては明らかにワンエイティの方が上だった。
コーナー出口でハンドルをニュートラルに戻し、アクセルを再び踏み込む。
だが左コーナーという事もあり、V36スカイラインとワンエイティの車間距離はさらに開いて2.5台分にまで広がる。
それでもハートにはまだ余裕があった。その理由は次のコーナーである。
「(…前に見えるものが何かわかるかしら?)」
「―――」
そう、第2コーナー。それこそ右レーンを走るハートに有利な右ヘアピンコーナーであった。
明らかに自分の方に理がある以上、ハートにはまだ余裕があったのである。
ワンエイティはブレーキをかけて減速しながら左にマシンを向けたかと思いきや、振り子の法則…フェイントモーションでヘアピンに突入してドリフトしていく。
一方のハートもブレーキを踏み込んで5速に入っているギアを4速に落とし、突っ込み気味にヘアピンコーナーに突入する。
ドリフトラインを踏みつけた瞬間、ブレーキをリリースしてアクセルを踏み込んでハンドルを130度以上に右に切る。
クリッピングポイントを通過し、コーナーの出口では走行レーンの外側に存在するラバーポールとの隙間3cmを、110キロ台というギリギリの速度で駆け抜けていく。
ワンエイティは速めにブレーキを掛けてドリフトした事もあってか、その車間距離は一気にヘアピンで縮まった。
「(正直怖かったけれど、ここで…!)」
コーナー出口の立ち上がりで、ハートはニトロスイッチを押す。
そのタイミングは、正しくコーナー出口のドリフトラインを踏みつけた瞬間だった。
110キロ台というコーナーを駆け抜けられるギリギリの速度を出していたV36スカイラインは、ワンエイティを突き放さんと150キロ台まで一気に加速していく。
「(フフフ…振り切れる!)」
短いストレートでも確実に後方のワンエイティとは差がついていた。
その車間距離は車2台分と言うべきだろう。
「(抜かれたなら、じりじりと追いつめる…)」
一方、引き離された時雨は思っていた。
その走りには明らかにどこか自信と余裕があった。
何せ第2コーナーの出口でアクセルを踏み込んだ瞬間、両手両足から全身にかけて炎に包まれるかのように熱を帯び始めたのだから。
ほぼブレーキに頼らないノーブレーキ走法でV36スカイラインへ徐々に肉薄していく。
第3コーナーである左直角コーナーにブレーキングドリフトでV36スカイラインが突入する中、ワンエイティはブレーキを軽くフラッシュさせるだけの最低限の減速でコーナーに突入する。
ワンエイティの前輪がコーナー入口のドリフトラインを踏みつけた瞬間にハンドルを左に曲げ、アクセルを踏み込んでテールスライド。
その速度は140キロ近くと、普通であれば110キロくらいまで減速する事を考えるとハッキリ言えば異常なほどの速度だった。
ワンエイティは着実にV36スカイラインに接近していく。
「っ…!?」
こちらは第3コーナーを抜けたV36スカイラインのハート。
コーナーを抜けた瞬間、まるで皇帝に睨まれるかのような異様な違和感を感じていた。
何かが違う。
今までのハイペースな走りとは明らかに違った。
後ろから物凄い存在感…圧力、プレッシャーを感じるのだった。
「(リードを取っているのに、何故?)」
明らかに後方のワンエイティからのモノであるのはハート自身も把握していた。
後ろから異様なほどにかけられるプレッシャー。
まるで自分を嘲笑うかのように、まるで自分を敵ではないという様に、そしてまるで戦っている相手があの皇帝であるように。
明らかに何かに追い詰められている感覚が第4コーナーである右直角コーナーを駆け抜けているハートを襲っていた。
「(この追い詰められている感覚は、一体なんだというの…!?)」
ドリフトしている間もその圧力…不快感に近いそれは、明らかに大きくなっていく事に気が付いていた。
バックミラーを軽く見ると、自分の方が明らかに有利な右コーナーにも関わらずに相手のワンエイティのヘッドライトはバックミラーを占有する割合がどんどん大きくなっている…つまり、接近してきていた。
明らかにあのワンエイティに自分の走りが惑わされているという事に、ハートは気が付き始めていた。
そして惑わされるがあまり自分のペースが大幅に低下している。
第5コーナーの右高速コーナーでも思ったような走りが出来ず、マシンはどんどんとアウトに膨れていく。
だが、そうであってもどうすればいいのかという解決策は全く浮かばない。
とにかく前へ前へと逃げるしか方法が無いのだ。
そしてそんな思いが逆にハートのペースを下げる大きな要因と化していた。明らかに自分の走りが出来ず、どんどんどんどん走りが悪くなっていく。
完全にワンエイティの思うつぼだった。
「(明らかにおかしい!何で自分の走りが出来ないの!?)」
マシンのリアをコース中央のラバーポールスレスレをドリフトしていくV36スカイラインに対し、ワンエイティは青い炎を纏っているようにラバーポールスレスレまでノーズを接近させ、V36スカイラインよりも高速でドリフトで来ていた。
そしてコーナー出口の立ち上がりにおいてアクセルを踏み込んだ2台は、ワンエイティがボンネット部分だけリードした状態で立ち上がっていく。
立ち上がった2台の前には既に最終コーナーの存在が目に見えていた。
「(しまった、最後のコーナーはヘアピンコーナー…!)」
最終コーナーはワンエイティに有利な左ヘアピンコーナー。
もはやV36スカイラインにとっては万事休すとも言うべき状況だった。
だがそれでもハートは最後の抵抗と言わんばかりにマシンを操作する。
「(振り切らせない……!!)」
目いっぱいのアウトからクリッピングポイントを目掛けてドリフトし、壁と接触するかのレベルまでアウトに膨れるようなアウトインアウトの走りでないとあのワンエイティに間違えなくにリードを取られてしまう。そう考えたハートはマシンを走行レーン目一杯の右端までV36スカイラインを寄せていく。
だがその瞬間だった。
マシンの右サイドからガッ、と音がした。
「!?」
右ボディが路肩の縁石ブロックを擦ったのである。
そしてその動揺と共にブレーキの反応がワンテンポ遅れてしまった。
「(オーバースピード!?)」
ブレーキをしっかりかけて前もって減速したワンエイティに対し、アウトコースであるV36スカイラインは誰がどう見てもオーバースピードだった。
一瞬の判断ミスが命取りと言わんばかりの状況だった。
「っう!!」
慌ててブレーキをかけ、ハンドルを上下反転になるまで左に切る。
ハートは明らかに狼狽していた。
そしてそんな状態である以上、もはやマシンコントロールは上手くいくはずもなかった。
「(ま、曲げすぎている…!!)」
ハートは明らかにハンドルを曲げすぎていた。
ドリフトアングルの付けすぎでカウンターを当てるにもハーフスピンの状態になってしまっていた。
「き、きゃあああああっ!!」
コントロールを失ったV36スカイラインはそのまま反時計回りにスピン。
ハンドルを回転とは逆向き…右に曲げるも、マシンはどんどん回転していった。
そしてラバーポールを数本なぎ倒し、道路と水平になる形でV36スカイラインは停車したのだった。
ハーフスピンをした時点でワンエイティはとっくのとうにコーナーを立ち上がっており、完全にV36スカイラインを出し抜いていたのだった。
「(雑魚に用はない…!)」
アクセルを踏み続け、最終ストレートを駆け抜けるワンエイティを操縦する時雨。
彼女にはもはや皇帝親衛隊の存在は目になかった。
そしてそのまま最終ストレートを駆け抜け、ゴールラインを駆け抜けたのだった。
ワンエイティはそのまま第二景虎峠へと再びマシンを走らせるのだった。
「う、ううう…あの方に、もう顔向けできない…!」
スピンして停車したV36スカイラインを路肩に動かし、車から降りたハートはそう涙声で呟いた。
こんなにも屈辱的な出来事が他にあったのだろうか。
そう思うくらい絶望的な敗北だった。
あの車には間違えなく皇帝と同じものがある。
それくらい畏怖の対象として見るべきなのかもしれない。
そうハートは思ったのであった。
「あの車は…やっぱり疫病神だわ…!!」
辺りが静寂と絶望に包まれる中で、ハートはそう一人呟くのだった。
―――20分後。
第一景虎峠往路スタート地点。
大皇帝軍のドライバーたちは一人のドライバーの手により、半ば壊滅同然の状態にあった。
その首領こと「皇帝」は、その暗闇に止められているGT-Rの前で相手を虎視眈々と待っていた。
時計は22時30分を示していた。
「(くふふっ…『疫病神』だか何だか知りませんが…私に勝てる奴などいない!)」
己を奮い立たせるかのように皇帝はそう一人思っていた。
するとその思いに答えるかのように、駐車場に青色のワンエイティが入ってくるのだった。
「…来ましたね」
皇帝のGT-Rの前に止まり、ワンエイティから二人のドライバーが降りてくる。
それらこそ、今回の標的であるドライバーたちだった。
時雨と奈美子のコンビが、皇帝と対峙する。
「『大皇帝軍』のメンバーは一掃した。あとはあなただけだ」
「勝負しなさい!」
時雨と奈美子がバトルをするよう促すかの如くそう言った。
すると皇帝はどこか呆れるかのようにこう言うのだった。
「どいつもこいつも、この程度の連中に敗北ですって?…やはり私が出るしかないようですね。『皇帝』の実力、思い知りなさい!」
するとその言葉に反論するかのように、奈美子がこう言い放った。
「いい加減にして!伝説のドライバーとは似ても似つかない風貌、立ち振る舞い!あなたは『皇帝』なんかじゃない!」
だが皇帝はそれすらも無視するかのようにこう反論した。
「ふん、『勝てば官軍負ければ賊軍』というでしょう?強ければ、何をしても許されるのですよ!歯向かうチームを潰そうが、『皇帝』を名乗ろうが…ね!」
まるでふんぞり返るかのような態度であった。
するとその言葉に時雨と奈美子は互いに反応した。
「じゃあ、やっぱり…」
「『ガールドラッシュ』への卑劣な行為を始め、最近の『皇帝』の評判を下げる行動は…全てあなたの仕業だったのね!」
それらの言葉に対しても動揺することなく、皇帝は言葉を続ける。
「くふふっ、『皇帝』を名乗るだけで皆恐れ、敬ってくれますからね。何をしても許される…いろいろ楽しませてもらいましたよ!!」
だがその言葉が、時雨と奈美子の導火線に火を点けることとなる。
「何て卑劣な…許せないわ!」
「僕としても許せないよ…こんなドライバー、走り屋の風上にも置けない!僕が叩き潰す!」
宣言するかのようなそれらの言葉に対し、皇帝は受け流さんとこう言うのだった。
「くふふっ、いいでしょう!では始めましょうか…!」
そう言い、皇帝はGT-Rに乗り込みスタート地点へ移動するのだった。
そしてそれに続いて時雨と奈美子もワンエイティに乗り込み、スタート地点へと移動していく。
◇ ◇ ◇
―――vs皇帝
推奨BGM:DON'T STOP 'TILL TOKYO(from THE BEST OF SUPER EUROBEAT 2021)
コースは第一景虎峠往路。
左レーン、GT-R。右レーン、ワンエイティ。
最後の戦いの幕が開こうとしていた。
「(さあ…私の力を思い知りるがいい!)」
皇帝は自信ありげにそう思っていた。
GT-Rのエンジン音が箱根の山一帯に響く。
それこそ、皇帝が戻ってきたかのようだった。
「(最後の戦いだ…捻り潰して、僕自身が制裁を下してみせる…!)」
だが一方の時雨も決して気持ちでは負けてはいなかった。
あんなドライバーが自分の命の恩人なはずがないのである。
だからこそ撃墜して、真実をさらに追い求める。
真実を追い求める以上、敗北は絶対に許されない。
そう時雨は思っていた。
時雨の思いが、走りへの情熱が強くなる。
そんな中でカーナビのカウントが始まろうとしていた。
3
2
1
GO!
「「―――!!」」
スタートで先手を取ったのはGT-R。
伊達に500馬力以上のマシンである以上、そう易々とは勝てないようだ。
そう時雨は思っていた。
夜の峠を駆け抜ける2台、GT-Rのテールとワンエイティのノーズとの車間距離は約1台分といったところだろう。
「(一気に振り切れるとは思いましたが、付いてきますか…くふふっ)」
「(パワー負けするという事は分かっていた事…ならば)」
皇帝には王者の余裕というものがあった。
伊達に「皇帝」の名を使って悪事を働いてきている以上、どこか自信もあるように思われた。
だが、対する時雨も決して動揺していなかった。
前から「GT-Rに乗っている」ということを聞いている以上、約425馬力のこの車…ワンエイティでは馬力負けしているのは事実。
だったらどうするか?言うまでもなくコーナーで詰めればいい。
まさにいつも通りのやり方だった。だがそのやり方は今までとほとんど変わらない。
いや…こんな外道相手に全開走行する必要すらないのでは?
寧ろ全開走行をしたところで足元をすくわれる危険性もあるのではないか?
そうどこか時雨は思うようになっていた。
そう時雨は機転を利かせようとする中、第1コーナーである右ヘアピンコーナーが迫る。
「ふん!」
皇帝はハンドルを右に切り、サイドブレーキをかけてテールスライドを誘発する。
強引な操作によってテールをスライドし始めたところで、皇帝はアクセルを見字通り蹴りつけるかのように踏み込んだ。
カウンターを当てる中でGT-Rはドリフトしていく。
走行ラインは文字通り走行レーンの中央をレールに乗ってグラインドするかのようなものだった。
「―――!」
一方の時雨。
走行レーンの左端に居座った状態でアクセルオフ…ブレーキを全開でかけ、ハンドルを一気に右に曲げる。
そしてコーナー入口のドリフトラインをワンエイティの前輪が踏みつけた瞬間にアクセルを全開に踏み込む。
文字通りのブレーキングドリフトでコーナーをドリフトしていく。
カウンターを当て続ける中、ワンエイティのノーズはコーナー内側の壁まで隙間10cmまで近づく。
クリッピングポイントを駆け抜けたワンエイティはカウンターを当てながらもアウトに徐々に膨れていき、リアがラバーポールとの隙間15cmまで近づくほどまで際どいラインを描くドリフトをして駆け抜けた。
そしてコーナー出口でアクセルとハンドルをニュートラルに戻し、コーナー出口のドリフトラインを踏みつけた瞬間に再びアクセルを踏み込んだ。
文字通りのアウトインアウト…そのかなり際どいラインを描きつつ、ワンエイティは第1コーナーを突破したのだった。
ワンエイティは走行レーンの優位性もあって、あっという間にGT-Rを追い抜いていた。
「っ…速い!?」
動揺したのは皇帝の方だった。
流石に自分がアウトコースであることを踏まえても、まさか最初のコーナーで食らいつかれるどころかオーバーテイクを許すとは。
マシンパワーでは明らかにこちらが優位ではあるが、コーナーリングで追いつかれるとは思ってもいなかったのだ。
どうやら自分は見くびりすぎたのかもしれない…そうどこか思うようになっていた。
「(あれ…?)」
動揺した皇帝に対して違和感を抱いたのは時雨の方だった。
ハッキリ言ってもっと食らいつけないと思っていた…良くてサイドバイサイドだと思っていたが、あっさりと第1コーナーでオーバーテイクが出来てしまった。
それどころかGT-Rはなぜか食いつきが悪い。
コーナーの立ち上がりで差が付いたのか、ワンエイティのバックミラーのGT-Rは少しずつ小さくなっているようにも思えた。車間距離は0.5台分程度か。
だが、これだけでは相手の余裕か本気の実力なのかはわからない。
時雨は次のコーナーで1つのチェックを行う事を決めた。
第2コーナーは高速左コーナー。言うなれば明らかに皇帝のGT-Rに分があるのだ。
もし食らいついてこないのであればそこでアクセルを踏み込んで一気に引き離す。
食らいついてきたのならハンドルワークで本気を出して差を寄せ付けない。
どっちにせよ本気の走りをする事には変わりないが、時雨は皇帝の心理を知るべく一種の確認に出るのだった。
「―――!」
本来はアクセルオフでも全然問題ないコーナーで、あえてブレーキを踏んでマシンを適正速度まで減速。
普段のような際どい走りを敢えてせずに、相手が食らいついてくるのかを確認する。
ブレーキをリリースしてハンドルを左に曲げ、110キロ台で走行レーンの中央をグラインドして駆け抜けるようなラインでドリフトしていく。
その走りはどこか隙がありつつも、着実にコーナーを駆け抜けられるような…そんなドリフトだった。
カウンターを当ててドリフトしていく中、すぐにコーナー出口に到達する。
ハンドルをニュートラルに戻し、アクセルオフ。
そして前輪がドリフトラインを踏みつけた瞬間に再びアクセルを踏み込む。
グリップを加速し、ワンエイティは一気に加速する。
「―――っ!」
一方の皇帝。
先行するワンエイティに追いつかんとリアタイヤをテールスライドさせ、なんとかドリフトしていく。
だが走行ラインは見通しが甘いと言わざるを得ず、インベタでドリフト出来るところを完全に外側にずれてドリフトしているのだった。
インベタのラインであれば間違えなくワンエイティをの抜かせたのであろうが、皇帝の走行ラインは明らかに見通しが甘いと言わざるを得ない。
立ち上がりの速度でももたつきが生じていた。
「(正直、追い抜かれると思っていた)」
第2コーナーを抜けても多少のリードを持ちながら走っていくワンエイティ。
時雨は「あんな走りをしたら抜かれる」と思っていたが、実際はそんなことはなかった。
そしてその結果が、時雨にある違和感を抱かせることになるのだった。
「(何だろう…この違和感…)」
自分が追いかける命の恩人…皇帝であれば、あのようなドライビングはしないはずだ。
そう時雨は過信するようになっていた。
時雨にとってGT-Rの走りは乱暴そのものに見えたのである。
マシンを制御しているというよりかは、マシンに乗らされているように見えたのは、一介の走り屋である素人である時雨でも容易いだった。
「(やはりここまで大皇帝軍のドライバーを潰してきただけはありますね…くふふっ)」
謎の笑みこそ出たが、皇帝はどこか焦りが無自覚に生まれていた。
自分の方に分があるであろう、それもインコースの高速コーナーで自分が追いつけない。
先行されている事が、皇帝にとってプレッシャーになりつつあった。
「(やっぱり偽物なんだ…ならば!)」
第2コーナーで相手が何者なのかという察しは一応ついた。
疑念は確信へと変わった。相手は皇帝ではない…皇帝の偽物である。
だったら自分はもう容赦はしない。ここから本気で行く。
そう時雨は認識して、ハンドルを握る手にさらに力を込めた。
「(行け…!)」
第3コーナーの左直角コーナー。
アクセルオフのオーバースピード気味でコーナーに突っ込み、一気にハンドルを左に切る。
左に切ったところでアクセルを踏み込んでテールスライド。
左に一気に曲がっていくワンエイティは、ノーズをラバーポールとの隙間10cmまで近づける。
文字通りのベタベタのインベタにマシンを接近させてドリフトしていく。
「(速い…!?)」
一方の皇帝。
立ち上がりで先行を許したが、これ以上差を生ませまいと第3コーナーをこちらもアクセルオフでテールスライド、ドリフトしていく。
だが…ワンエイティとのある違いが明暗を分ける事になる。
「(アンダーステアっ…!)」
軽量なワンエイティに対し、重量級なGT-Rはインベタでドリフトしていく事が出来ず、アンダーステアを生じて走行ラインがズルズルと膨らんでいく。
ワンエイティのカウンターは浅いものだったが、GT-Rの方のカウンターは75度以上は振り切っていた。
ハンドルをこじりすぎている事でコーナーリング速度でもロスが生じようとしていた。
本来なら普通に追いつけるはずのところで、食らいつくのが精いっぱいであった。
ワンエイティはGT-R以上の速度を維持し、第3コーナーを立ち上がる。
一方のGT-Rもパワーを生かして何とか食らいつく。
2台のヘッドライトが第4コーナーを照らす。
「―――!」
「くっ…!」
今度は時雨に有利な右直角コーナー。
アウトコースであるGT-Rは速めにブレーキをかけ、マシンをアウトに膨らせまいと減速する。
だが、ワンエイティは140キロ以上という速度を維持しながら、ほとんど減速することなく…いや、正確に言えばブレーキをフラッシュさせてマシンの態勢をドリフトへもっていこうとする。
コーナーの向きとは逆を向いたかと思いきや、ブレーキをフラッシュさせてハンドルを右に切り返す。
そして切り返した瞬間、ワンエイティの前輪がドリフトラインを踏みつける。
それと同時にアクセルを全開で踏み込み、フェイントモーションからのドリフトで第4コーナーを走り抜けていく。
カウンターを当てるべくハンドルを軽く左に切り、ドリフト状態を維持しながらコーナーを立ち上がる。
「っ…!」
アンダーステアを生じながらもドリフトしていくGT-R。
だが、その速度は明らかに時雨よりも遅いものだった。
何とかコーナーを立ち上がったはいいが、車間距離はあっという間に1.5台分まで広がった。
「(―――逃がしませんよ、何せこの先には…!)」
第5コーナー、左ヘアピンコーナー。
皇帝圧倒的優位のコーナーである。
1台分の車間距離位ならこのコーナー1つで食らいつける…そう皇帝は思っていた。
そして最終ストレートでGT-Rのパワーを誇示して颯爽と追い抜いてKO勝ち…そんな算段だった。
多少の車間距離の差くらい楽に追いついてみせよう。
そう皇帝には心理的余裕があった。
「(――一気に仕掛けて逃げる!)」
一方の時雨。
第4コーナーの立ち上がりから第5コーナーにかけてアクセル全開で踏み込んでいく。
そして第5コーナーが目の前に迫る中でハンドルを右に曲げ、ブレーキをかける。
車の荷重は一気に前へと移動する。
ブレーキをかけて90キロまで減速したところで、ワンエイティの前輪がコーナー入口のドリフトラインを踏みつける。
「(ここだ…!)」
ハンドルを一気に左に切り返し、アクセルを全開に踏み込む。
それと同時に両腕両足から徐々に全身が燃え上がるような感覚に包まれる。
速く走れるあの感覚が、ここにきて現れたのだ。
コーナーのアウトコースから突入したワンエイティは、ノーズを一気にインコースへと移動。
ラバーポールとの隙間5cmというかなり際どい走りをしながら、軽く白煙を上げてドリフトしていく。
相手には食らいつかせず、絶対に勝ちに行く。
炎に包まれる感覚が体を包もうとする中でも、意識を明確に保つ。
そして保ちながらワンエイティはクリッピングポイントを打ち抜くように駆け抜け、コーナー出口で走行レーンの外側…2車線のうち右の車線まではみ出す。
こちらも隙間10cmという間一髪な走りだったが、速度は立ち上がりの時点で105キロは出ていた。
コーナー出口寸前でハンドルをニュートラルに切り返す中、アクセルも同時にリリースする。
そしてドリフトラインを前輪が踏みつけた瞬間…丁度ワンエイティのハンドルとアクセルがどちらもニュートラルになった瞬間だった。
「(―――逃げろ、ワンエイティ!)」
アクセルを全開で踏み込むのと同時に、時雨は右手でニトロスイッチを押すのだった。
青い炎に包まれていたワンエイティのマフラーから、再び青い炎が噴出する。
ニトロの力を得たワンエイティは、105キロから一気に立ち上がって加速していく。
第5コーナーから最終第6コーナーである右高速コーナーに向けて、一気に加速する。
「っ…!」
一方の皇帝。
こちらはワンテンポ遅れて第5コーナーである左ヘアピンをドリフトしていく。
だが、車間距離は思うように縮まらない。
ワンエイティがコーナーの立ち上がりでニトロを使って逃げられたこともあるが、それでもワンエイティを追い抜くことは出来なかった。
何とかパワースライドからドリフトして、ヘアピンを立ち上がる。
「(かくなる上は…!)」
こちらもやむを得ないと言わんばかりにニトロスイッチを押す。
インコースであるはずなのでワンエイティには追いつけるはずである。
そう皇帝は思っていた。
車間距離としては車1台分ほどの距離にあったワンエイティの姿は、徐々に大きくなっていく。
ワンエイティは最終コーナーをアクセルオフだけのドリフトで駆け抜けていく。
「(バカな…追いつけない?)」
GT-Rが最終コーナーに突入したところでニトロが切れた。
だが、コーナーに突っ込んだところでワンエイティはコーナーを抜けて最終ストレートを快走していた。
車間距離は0.5台分までしか縮まらず、最終コーナーが右コーナーである以上追いつく事はもはや絶望的だった。
ワンエイティはGT-Rをぶっちぎって、170キロという速度で最終ストレートを駆け抜けていく。
「(この程度なのか…偽物の実力なんて!)」
時雨が相手を見下すようにそう思った瞬間、ワンエイティはストレートの後にあるゴールラインを駆け抜けた。
そして遅れる事2秒近く、GT-Rもゴール。
勝敗は明確だった。
明らかな時雨の圧勝であった。
―――第一景虎峠、復路スタート地点駐車場。
「こ、こんなバカな…!!認めません!認めませんよ!!」
そう言って皇帝はGT-Rから追い出されるかのように降りてきた。
そこに神風のトオルとアフロのヒロシも合流してきた。
街灯に照らされるその姿を見て、時雨と奈美子が宣告する。
「残念だったね。あなたなんて『皇帝』の名を得るには10年早いのさ」
「二度と兄さんが気づき上げた『皇帝』の名に泥を塗らないで!」
すると奈美子の言葉を聞き、皇帝は不気味な笑いを口にし始めた。
「くふ、くふふふっ…!!」
「何だコイツ、負けたにもかかわらず不敵に笑ってやがるぜぇ…?」
ヒロシが疑問を口にする中、皇帝は言葉を続けた。
「兄さんですって…?アナタ、もしかしてあの忌々しい『皇帝』の妹ですかぁ?」
「忌々しい、ですって…?」
「あなたは、真の『皇帝』と面識があるというのか!?」
皇帝の疑問に奈美子と時雨が返事をするようにそう言葉を荒らげた。
皇帝は言葉を続ける。
「あの男は、我々が金属バットでボッコボコにしてあげましたよ!ちょっとばかり因縁がありましてねぇ!」
皇帝はそう断言した。
するとその言葉にどこか反応したのか、トオルが疑問を口にする。
「我々…だと?ナビ子の兄貴は『ジョーカー団』とかいう連中から不意打ちを喰らって…『ジョーカー団』だと…!?」
「と、トオル?」
時雨がトオルの豹変ぶりに疑問を思ったかと思いきや、何かに気が付いたかのようにトオルがジョーカーに飛び掛かった。
「テメェ、もしかして!!ガスマスクを外しやがれ!!」
「あっ、何をする!やめろ!!下賎のモノの分際で…!キャーッ!!」
抵抗する皇帝に対し、トオルは皇帝のガスマスクを無理やり引きはがすのだった。
その下から現れた素顔に対し、アフロのヒロシが大声を上げるのだった。
「く、くふっ……!!」
「あーーーっ!!!てめぇ、『ジョーカー』じゃねえか!!ふざけたマネしやがって…!!」
皇帝の偽物の正体は案の定、奈美子の兄ではなかった。
スキンヘッドで顔面にタトゥーを入れている、この男は一体何者なのか?
そう思った奈美子と時雨がトオルに質問する。
「トオル、ヒロシ、コイツ知り合いなの!?」
「一体、どういうことだい!?」
するとトオルとヒロシが説明するように真実を語り出した。
「こいつは通称『ジョーカー』。昔、うちのチームにいやがったんだ」
「周りが止めるのも聞かずに『皇帝』に挑み、大惨敗して大恥。そのままトンズラこいて行方をくらましやがったのさ。情けねぇったらありゃしねぇぜぇ!」
すると2人の説明に時雨がある事に気が付いてこう言った。
「じゃあ…前にトオルが言ってた、皇帝に挑戦して大恥をさらした『神風連合』のドライバーって…!」
「ああ、コイツだよ」
初めてトオルとバトルした時に言われていた「皇帝に敗北したドライバー」、その事を時雨は思い出しており、トオルもその質問を肯定するようにそう言った。
だが、ジョーカーは2人の説明を否定するように反論する。
「し、知りません!『ジョーカー』ですって?何のことです!?」
ジョーカーは正体を暴かれて明らかに狼狽している。
それでも反論してもトオルの目は全くもって誤魔化すことが出来なかった。
トオルがじっとジョーカーの目を見てこう言う。
「俺の目を誤魔化せるとでも思ってんのか!?性根腐ったてめぇのことだ、どうせ大恥かいて以来『皇帝』を逆恨みしてたってとこか?」
するとジョーカーは、開き直るかのようにこう言葉を口にする。
「くふ、くふふふふふっ!バレちゃあ仕方ありません!!私の名は『ジョーカー』!皇帝に大敗した日以来、ずっと彼への復讐の機会を探っていたのです!!!」
ジョーカーはさらに真実を暴露せんと言葉を続ける。
「あの晩、クソガキどもとのいざこざの場に偶然『皇帝』が通りかかったのはまさに好機でした!復讐を実行するのはまさに今だ、と!私たちは奴を不意打ちでボコボコにして病院送りにした隙に、『皇帝』を名乗り、同じクルマに乗って好き放題やってきた、というわけです!」
もはや正体がバレてしまった以上どうしようもなくなったかのように、ジョーカーは全てを暴露するのだった。
その暴露に対し、奈美子が怒りを口にして嚙みつく。
「…あなた、最低ね!絶対許せないわ!!」
怒りを露わにした彼女に対し、ジョーカーはもはや自暴自棄でこう言うのだった。
「くふっ、正体を知られたからには返しませんよ!?私はこれからも、伝説の『皇帝』であり続けるのですから!!」
「黙れ!!」
「!?」
ジョーカーの自暴自棄に対し、怒りを露わにしたのは…時雨だった。
その言葉には明らかな怒りが含まれているようだった。
言葉からも明らかなプレッシャーがあった。
それは、一瞬ジョーカーが怯む程であった。
「僕の命の恩人になんてことをしたんだ…!あなたは絶対に逃がさないよ!!」
「くふっ、いいでしょう…私が勝てば箱根から疫病神が退治できる…第二景虎峠でもう一度勝負しなさい!!」
「奈美子!!」
「うん!!」
そうジョーカーが促すと時雨と奈美子は急いでワンエイティに乗り込み、ほぼ同時にGT-Rに乗り込んだジョーカー共々移動するのだった。
―――vsジョーカー
推奨BGM:LONELY DRIVER(from Eurobeat Masters vol.21)
コースは第二景虎峠復路。
左レーン、ワンエイティ。右レーン、GT-R。
「(先ほどの走りを見て確信できた…あのワンエイティは、私が戦いたくなかった『疫病神』…!!ここで成敗すれば、私の名もさらに上がるはずだ…!)」
時雨の存在はジョーカー自身も認知しており、その存在はいずれにせよ自分の前に現れるだろうと認識していた。
そして彼はそんな存在の事を「疫病神」と認識しており、出来ればあまり関わりたくないと考えているのだった。
だが出会ってしまった以上どうしようもない。
半ば成り行きとはいえ、バトルする事になったジョーカーは、何が何でも時雨を倒しに行くと考えていた。
「時雨、これが最後の戦いよ…何が何でも勝って!」
「わかってる、ここは譲れない!!」
ワンエイティの車内で2人は互いにそう言った。
相手を倒しに行く…そして自らの兄…命の恩人に対して無礼を働いた相手を絶対に許すことはできない。
それらはこの2人にとっても共通認識であった。
時雨の心の中で感情がヒートアップしていくのが自分でもわかっていた。
「(相手が相手だからこそ、絶対に手は抜かない…!)」
そう時雨は思いつつハンドルを握り、スタート地点でエンジンを吹かす。
ここまで全開走行を続けてきたワンエイティだが、雑魚との相手では基本的に手を抜いてきた…いい意味でコンディション調整を行ってきたこともあり、水温も油温も100度以下を表していた。
このワンエイティであれば、雑魚クラスならまず確実に本気を出さなくても絶対に勝てるようになっていたからこそ、コンディションは悪くないのだった。
時雨は長期戦におけるペース配分の調整もうまくなっていたと言っても過言ではない。
そしてそんな成長を奈美子が認識しながら、マシンのカーナビはカウントを始まろうとしていた。
3
2
1
GO!
「「―――!!」」
カウントと共にギアを切り替え、アクセルを全開に踏み込む2人。
2台のマフラーからバックファイアーが噴き出し、一気に加速していく。
先行を取ったのはスペック面でも優位なGT-Rだった。
「(くふっ、このリードを保って一気に逃げ去る…!)」
第二景虎峠はGT-Rにとっても有利な高速コース。
だからこそスタートのマージンを有効活用してそのまま逃げ去る…それがジョーカーの算段だった。
スタートでリードを取ったGT-Rは徐々に車間距離を広げていく。
「……」
一方の時雨はやはり冷静だった。
相手が速いという事は言うまでもないが、それでも相手は「車に乗らされている」。
車のスペックを最大限には生かせていないという事は時雨でもよくわかっていた。
だからこそ、腕で食らいつく。
そんな思いを抱きながら、第1コーナーに2台は近づいていく。
GT-Rは既にドリフトを始めている中で、ワンエイティも突入しようとしている。
「―――!」
アクセルを抜いてハンドルを右に曲げる。
徐々にテールスライドを始めるワンエイティの前輪はドリフトラインを踏みつける。
その瞬間、時雨はアクセルを全開で踏み込んでカウンターを当てるべくハンドルを左に切り返す。
慣性ドリフトで白煙を上げるワンエイティは走行レーンにおける左車線からラバーポールとの隙間10cmまでノーズを近づける。
そして隙間10cmの部分…クリッピングポイントを抜けた瞬間、ハンドルをニュートラルに戻してアクセルをリリース。
慣性に任せて流れるように走るワンエイティは徐々にグリップを回復する。
そしてコーナー出口のドリフトラインを前輪が踏みつけた瞬間、時雨は再びアクセルを全開に踏み込む。
「―――!!」
120キロ台から140キロまで加速するワンエイティ。
アウトコースという事もありGT-Rとの差は広まると思われたが、差は殆ど変わらなかった。
GT-Rは第2コーナーである左ロングコーナーに突入し、既にドリフトを始めている。
だがヘッドライトに照らされたそれを見た限りアウトに膨れがちのようだ。
どうやらパワーに対して足回りが追いついていない…そう思わざるを得なかった。
GT-Rを追走するワンエイティも第2コーナーに突入する。
「(ここ、だ!)」
アクセルオフからブレーキを強く踏んだのと同時にハンドルをくい、と一気に左に曲げる。
コーナーの内側を向いたワンエイティは、アクセルを再び踏み込むことで一気に進路を走行レーンの内側に曲がっていく。
アクセルを踏み込んだ瞬間、両足と両腕から全身にかけて熱を帯びた感覚が時雨を包み込む中、ハンドルを右に徐々に切り返してカウンターを当て続ける。
速度は130キロ台をキープし、インベタの状態でコーナーを駆け抜けていく。
「―――!?」
GT-Rを操縦するジョーカーは接近するワンエイティの姿に動揺した。
パワー頼りのGT-Rとはいえ、コーナーにおいて追いつかれている。
自分がアウトコースであるという事を踏まえてもワンエイティが徐々に近づいてきているのだ。
GT-Rの速度は120キロ台であるため、向こうは間違えなく130キロ以上は出ている。
距離差はぐんぐん縮まっていき、あっという間にサイドバイサイドへ。
そして横並びになった次の瞬間にはワンエイティはサイドバイサイド…からノーズの部分だけ、GT-Rより先行する事に成功していた。
「(抜かれた…だが!)」
ロングコーナーで追い抜かれたジョーカー。
だがジョーカーはまだ動揺していない。
第3コーナーと第4コーナーはどちらも右高速コーナー。
多少リードを取られてもこの2つのコーナーで食らいつく事は可能なのである…そうジョーカーは思っていた。
推奨BGM:RUSSIAN ROULETTE(from Eurobeat Masters vol.21)
「(―――!)」
ノーズの部分だけ先行するワンエイティ。
だがまだ勝負はついていない。
残るコーナーでも逆転される可能性はあるのだ。油断せずに時雨はアクセルを踏み続ける。
全身が炎に包まれるような感覚はまだ残っている。アクセルを踏み続けて兎に角逃げる。
目の前には第3コーナーである右高速コーナーがヘッドライトに照らされる。
「(僕の走りを…見ろ!)」
走行レーンの左車線に車を移動させたかと思いきや、ハンドルをくいと左に曲げてアクセルオフからブレーキをフラッシュ。
フラッシュと共に一気にハンドルを右に切り返し、テールが滑り出した…それこそワンエイティの前輪がドリフトラインを踏みつけた瞬間にアクセルを全開に踏み込む。
お得意のフェイントモーションを炸裂させ、140キロ以上の速度でドリフトしていく。
走行レーンの右端…ラバーポールとの隙間5cmまでマシンのノーズを寄せ、アクセル全開のフルスロットルで加速していく。
「っ…!」
青い炎に包まれたワンエイティのテールライトが光の軌跡を華麗に描く。
そしてそんな中でGT-Rのドライバー…ジョーカーは苦戦していた。
相手の軽やかさに翻弄されつつある中で、GT-Rを半ば強引にサイドブレーキを使ってドリフトしていく。
だがサイドブレーキをかける事で余分な失速を生んでおり、2台のマシンの距離差はほぼ縮まらない。
本来ドリフトには向かないGT-Rをパワースライドとサイドブレーキで無理やりドリフトさせる姿は異端と言えば異端だった。
戦闘力で半ばゴリ押しする姿はワンエイティに対して確実に距離差を縮めているのだった。
だがそれでも、追い抜けるという訳ではない。ワンエイティのドリフト速度が速すぎるのだ。
ワンエイティは140キロ以上の速度でドリフトしているのに対し、GT-Rは120キロ台。
強引にサイドブレーキでドリフトしている事を考えると善戦しているが、それでも追い抜けない。
すると、先行するワンエイティが第3コーナーを立ち上がっていく瞬間だった。
「(このまま一気に逃げきる…!)」
第3コーナーと第4コーナーを1つのコーナーに見立て、ドリフトし続けるワンエイティ。
だが失速することを把握していた時雨は、2つのコーナーの最中でニトロスイッチを押す。
マフラーから青い炎が吹き出つつ、加速していくワンエイティ。
ドリフトした状態のまま第4コーナーに突入し、150キロ以上の速度でコーナーを駆け抜けていく。
コーナー中央のラバーポールとの隙間5cmを抜けたかと思いきや、コーナー出口で壁との隙間5cmまで攻め込みまくるというまさに間一髪…いや、時雨の超本気とも言うべきドリフトだった。
普段の時雨でもここまで余裕のない走りはしない…そう助手席の奈美子は思っていたが、真実を追い求めている事を考えると何も言葉を口にする事は出来ない…いや正確には言葉を口にする前にコーナーを立ち上がっていたのだった。
第4コーナー出口でアクセルとハンドルをニュートラルにしていたワンエイティは、出口のドリフトラインで再びアクセルを全開にして立ち上がる。
青い炎に包まれ、さながら疾走する幽霊と化したワンエイティは、第4コーナーのストレートを200キロ近い速度まで立ち上がっていく。
「な…!」
その立ち上がりを見たジョーカーも第4コーナーの中間でニトロスイッチを押す。
アウトコース寄りを走っていたGT-Rは、ニトロを発動した瞬間にラバーポールを数本なぎ倒しつつ、加速していく。
GT-Rがワンエイティを追走した状態でストレートに突入する。
だが、距離差は縮まらない。
第4コーナーでニトロを使われた事で、立ち上がりで一気においていかれたGT-R。
しかしそのGT-Rはニトロキットの細工がほとんどしておらず、ほぼノーマルの状態であった。
立ち上がりに加えてニトロ部分の脆弱性が仇となったGT-Rはワンエイティに食らいつくのが精いっぱいであった。
第4コーナーを抜け、ストレートを駆ける2台。
GT-Rがストレートの通過速度が180キロだったのに対し、ワンエイティは197キロを記録。
車間距離は車2台近くまで広がる。
コーナーは残り3つ。
「(残りコーナーは3つ…完全に振り切る!)」
普通に考えれば時雨が優位である事は変わらない。
だがそれでも時雨は手を抜く事はしないと決めていた。
もし「本当の皇帝」が自分と戦うとしたら…どんな相手でも手を抜くはずがないと時雨は思っていたのだった。
そしてそんな思いが時雨に新たな願望を抱かせることになる。
「(僕は…僕自身がどこまでいけるか、試してみたい!!)」
目の前に第5コーナーである左高速コーナーが迫る。
だがニトロを使っていたこともあり速度は180キロ台…流石にオーバースピードである。
ドリフトラインがヘッドライトに反射して黄色く光る。
そしてその瞬間、反射的にアクセルオフから左足でブレーキを踏み込む。
「(いくらなんでもオーバースピード…ミスりましたね!!)」
ストレートを立ち上がるGT-Rでワンエイティのオーバースピードぶりを見たジョーカーは「曲がるはずがない」と認識した。
走行レーンをオーバーランして壁にドカンだ、そうジョーカーは思っていた。
車間距離はあっという間に車1.5台分まで広がる。
「(…!!)」
速度を150キロまで減速したワンエイティ。それを認識した時雨はそのままハンドルを一気に左に曲げてパワースライド。
猛烈な速度で走るワンエイティは、スピードに任せてテールスライドを始める。
アクセルを踏み込んでタイヤが空転し続ける中、ノーズをコーナー内側に一気に攻めてインベタの状態に。
青い炎を纏ったワンエイティはコーナー内側との隙間3cmまでという、下手したら接触してしまうのではないかというレベルまで攻め込んでいた。
その走りは時雨の意志…速く走りたい、皇帝にそぐわない者を排除したい、という思いが完全に現れていた。
「(む、無茶だ…!あんな速度で曲がれるはずがない…!!)」
一方、追いかけるジョーカーの顔は青ざめていた。
ワンエイティは1つ目のコーナーは間一髪でドリフトしていったが、残る2つを同じ速度で駆け抜けようというならば絶対に無理だ。もう事故るしかない。
ブレーキをかけ、GT-Rを敢えて攻め込まずにドリフトしていく。
ワンエイティとの車間距離はぐんぐん離れていくが、正直言ってそんなことはどうでもよくなりつつあった。
あまりにも際どい走りをするワンエイティに、もはやジョーカーは限界を感じていた。
「―――!」
第5コーナーを立ち上がるワンエイティは第6コーナーである右高速コーナーへ。
そして立ち上がったのと同時にアクセルを抜き、カウンター状態であるハンドルを右に曲げ続ける。
ワンエイティはリアを振り返し、連続するようにドリフトしていく。
アクセルオフにした事でグリップを回復したワンエイティは、再びドリフト状態で第6コーナーに突入した。
速度は150キロ台をキープし、テールスライドしたままコーナーへ突入する。
コーナー内側から突入したワンエイティはインベタの状態でありながらハンドルを左に切ってカウンターを当てながらドリフトしていく。
そしてあわや接触…かと思われた寸前でワンエイティは左端の壁ギリギリを隙間3cmというかなり際どいドライビングで駆け抜けていく。
コーナー出口でハンドルを左に曲げてカウンターを当て続けながらアクセルを抜き、前輪がドリフトラインを踏みつけた瞬間に再びアクセルを踏み込む。
そしてコーナーを立ち上がったワンエイティは160キロ台まで加速して、連続する最終コーナーである左高速コーナーに突入しようとする。
寸前まで右向きにドリフトしていたワンエイティはコーナー入口のドリフトラインでアクセルを踏み込んだことによって、ニュートラルの状態から振り返すように左向きにドリフトしていく。
「(ま、曲がった…!?)」
後方でワンエイティを見守るしかないGT-Rのドライバー…ジョーカーは動揺するしかなかった。
自分だったら間違えなくクラッシュしてしまうであろう速度で、ワンエイティは強行突破と言わんばかりの速度でドリフトしていく。
皇帝親衛隊のどのドライバーをも圧倒出来るかのような、そして自分では到底手におえない…そんなドライバーによるドリフトだった。
前輪がコーナー入口のドリフトラインを踏みつけた瞬間にアクセルを全開に踏み込む。
ワンエイティのテールがほんのわずかではあるが右回転を始める。
角度にしては30度にも満たない、そんな最小限のドリフト。
そんな状態においてハンドルをニュートラルの状態にしていたワンエイティはコーナーの内側に接近しながらも、最小限のドリフトアングルで150キロ台という猛烈な速度でドリフトしていく。
「(これで、とどめだ…!!)」
コーナー出口寸前でハンドルを一瞬だけ右に曲げてニュートラルに戻し、アクセルを一度リリースする。
そしてワンエイティの前輪がコーナー出口のドリフトラインを踏みつけた瞬間、アクセルを全開に踏み込む。
そしてそれと同時にダメ押しと言わんばかりにニトロスイッチを押し、マシンをさらに加速させる。
ニトロを発動したその瞬間、ワンエイティのエンジン音が…まるで現実において、度重なる水爆実験の末に蘇った怪獣のような雄叫びを上げた。
まるで時雨の意志…欲望に答えるかのように、ワンエイティは最終ストレートを立ち上がっていく。
その雄叫びは、時雨の脳裏に見事なまでに突き刺さった。
ワンエイティは150キロから200キロオーバーまで加速していく。
「(もっと速い相手を、僕は求めている。この程度の相手なんかじゃ…僕の雨は、降りやまない…!)」
時雨がそんな欲望にも近い思いを抱く中、ワンエイティは最終ストレートを駆け抜けてゴールラインを走り抜けたのだった。
「この私が…この私が、あっけなく…!!」
ジョーカーは第6コーナーの時点でもはや完膚なきまでに叩きのめされていた。
ワンエイティのコーナーリング速度にとてもではないがついていく事が出来なかったのである。
第6コーナーを立ち上がる瞬間にニトロを使ったのはよかったが、元からニトロ性能がした出会った以上ワンエイティに追いつくことは言わずもがな不可能であった。
第7コーナーもパワースライドでドリフトするも、アウトコースであったがために全くもって追いつけるはずがなかった。
最終ストレートでもGT-Rの性能を生かして加速するも、ワンエイティは暗闇の果てに既にゴール。
―――勝者、時雨。
タイム差としては約2秒近くも存在するのだった。
一方で、ある影がバトルの結末を見届けていた。
「フッ…見事だな。だがまだまだだ」
物陰に隠れてバトルの結末を見ていたある人物は、静かにそう呟くのだった。
―――第二景虎峠、往路スタート地点駐車場。
「く、くふふふっ…くふぅ!!」
まるでGT-Rという飼い犬に噛まれるかのように、ジョーカーはヘロヘロの状態で車から降りてきた。
ワンエイティは少し離れたところに駐車された。
そしてジョーカーの姿を見た時雨と奈美子、待ち構えていたアフロのヒロシと神風のトオルが問い詰める。
「へっ!ざまーみろ!!」
「これで終わったか…もう諦めろ!」
ヒロシとトオルが互いに言葉を口にし、時雨と奈美子もこう言葉を続ける。
「さあ、観念するんだ!」
「今度こそ負けを認めて!そしてもう、二度と…」
だが、問い詰めようとしたその瞬間だった。
何とジョーカーは最後の抵抗と言わんばかりに時雨たちに近づき、奈美子を人質に取るのだった。
「きゃあッ!!」
「しまった!奈美子!!」
「おい!何しやがる!!」
奈美子を人質に取ったジョーカー。奈美子を抑えたジョーカーは懐からサバイバルナイフを取り出し、奈美子の首元に刃先を向けるのだった。
「おっと…動かないでくださいよ?お、おかしな動きを擦れば、疫病神のパートナーの可愛い御顔に傷がつくことになりますよ…?」
「っ…奈美子!」
「むぐぐ…!!」
あっという間に優勢になったと言わんばかりにジョーカーは言葉を続ける。
「こ、このままでは折角築き上げた私の帝国が崩壊してしまいます。ハートたちにバレるのも時間の問題…奴らは私を本物の『皇帝』と思ってますからね…!」
「お、おい、やめろジョーカー!なな、ナイフを…お、お、お、下ろしやがれ!」
「ジョーカーてめぇ…いい加減にしろ!!」
「奈美子を離せ!!」
「う、動くなって言ってるでしょう!特にそこの疫病神!!こ、ここ、この女がどうなってもいいんですか!!」
「…!?」
初めて時雨に対して明確に発せられた「疫病神」という言葉。
その言葉は時雨を深く動揺させるには十分だった。
「この、ゲス野郎が…!!」
動くなと言わんばかりに行動する事の出来ない3人。
そしてそれを見てにやりと笑ったジョーカーは奈美子を連れ去ろうとしていた。
「さ、さあナビ子とやら、お前は私の人質として一緒に…」
だが、ジョーカーがそう言って移動しようとした瞬間だった。
「見つけたぞ!!!」
「「「「「えっ?」」」」」
謎の声に皆が気が付いたその間、時雨の前に突如として謎の男が現れた。
突如として茂みからジョーカーの前に現れたその黒ずくめの男は、皆が呆気に取られている間にジョーカーと対峙したかと思いきや、ジョーカーの顔に一撃、強烈なパンチ…否、正拳突きを食らわせた。
「ぶっ!!」
顔がへこむほどの強烈な正拳突きが見事なまでにクリーンヒット。ジョーカーはあまりの衝撃で人質に取っていた奈美子とサバイバルナイフを離したかと思いきや、男は再び瞬間移動の様にジョーカーの背後に近づき、片腕を掴んで一本背負いを華麗に決めたのだった。
「ぎゃっ…!!!」
あまりの事態に受け身も取る事が出来ず、アスファルトに猛烈な勢いでたたきつけられたジョーカーは悲鳴を上げるしか出来なかった。そして結果的にジョーカーはそのまま意識を混濁させるのだった。
さらに男はジョーカーに追撃と言わんばかりに横四方固めを決め、ジョーカーの意識を完全に失わせるのだった。
「…あ、あなたは!!!」
「まさか…!」
奈美子と時雨がそう声を上げる。声を上げたのも無理はない。
街灯に照らされたその男は、奈美子や時雨が探し求めていた、金髪で端正な顔つき、黒のジャケットを羽織った男だったのだから。
「…ジョーカー…クズめ……」
横四方固めが決まって完全に気を失ったジョーカーを睨みつける金髪の男。
すると男はとどめを刺すつもりなのか、先ほどまでジョーカーが持っていて地面に落ちたサバイバルナイフを拾った。
どうやら本当に息の根を止めるくらいの覚悟らしい。
だが、その瞬間奈美子が再び声を上げた。
「…やめて!兄さん!!」
「!?」
その声にその男は手を止めた。
「私、ずっと探してたの!お願い、もうやめて!!私よ、奈美子!兄さん…!」
「…お前は……」
奈美子が説得せんとばかりに悲鳴に近い声を上げる。
すると、援護射撃と言わんばかりにアフロのヒロシも声を上げた。
「お…おい待てよ!あんた、本物の『皇帝』だろ!?…ナビ子の…兄貴で、時雨ちゃんの命の恩人、なんだろ!?こいつら、ずっとあんたのことを探してたんだぜぇ!!?」
だが、ヒロシの言葉に皇帝はどこか反発するようにこう言った。
「……俺の手は、汚れている。どこにも戻るつもりはない…」
そう皇帝がどこか退廃的に呟いたその瞬間だった。
「待ってくれ!!!」
「!?」
声を上げたのは時雨だった。
「僕が…あなたに挑戦する。もしあなたが負けたら、奈美子の元に戻ってくれ!」
時雨は皇帝への挑戦を断言せんと言わんばかりにそう言い放つのだった。
「…お前は…一体」
「僕は時雨。四天王もジョーカー団も、ジョーカーも…皆倒した、走り屋だ。だからこそあなたに、あなたに挑戦する権利が…僕にはあるはずだ!!」
「時雨…!」
「この俺に、挑戦だと…?」
「頼む…!」
そう時雨が懇願するように言うと、しばらく黙り込んだ後彼は微かな微笑を浮かべながらゆっくりと口を開いた。
「1週間後の夜10時、第一土ノ湖峠で待っている……」
「―――!!」
その言葉に時雨はこくりと頷き、その場を去る皇帝の姿を見送ったのだった。
いつの間にか駐車場の端っこに止まっていた車に乗り込み、皇帝は駐車場を後にして姿を消した。
駐車場の照明に照らされたその車は、噂と全く同じの黒のGT-Rだった。
だが、そのGT-Rは……我々の予想と度肝を抜かれるような、そんなGT-Rであった。
「(GT-Rの……MY24だと!?)」
MY24型、R35GT-R。
MY24型のGT-Rは空力特性を向上させるべく、フロントグリルや前後バンパー、リヤスポイラー、下まわりのディフューザーなどの形状がそれまでのGT-Rとは大きく変更されている。そしてそれらの特徴は素人でも普通のそれとは異なることを理解するのは容易だった。
戦闘力をさらに向上させるべく強化された…そう言っても過言でもないマシンだった。
だが、駐車場にいた有識者の中で「普通のGT-Rとは違う」、と一瞬GT-Rを見ただけでわかったのは神風のトオルのみ。
その姿を見た彼は愕然とするしかなかったのだった。
なにせMY24のGT-Rは……
◇ ◇ ◇
推奨BGM:LOVE LOVE LOVE(from SUPER EUROBEAT vol.242)
立ち去った皇帝のGT-Rの車内。
箱根の道路を駆け巡るGT-Rの中で、彼はふと奈美子と共にいた黒髪の少女にこう思っていた。
「(…どうして、あんなところに……)」
GT-Rを運転させながら皇帝はそう思いつつ、箱根の道を駆ける。
ふと微かな記憶が蘇る。
病院から逃亡し、海辺の砂浜にたどり着いて情報収集のためにどう行動するかを考えていた中で出会った、あの少女。
そう。自分が偶然出会い、助けたあの少女だった。
本当はどこか人のいるところまで運ぶべきだったが、病院から追われているうえにジョーカーの一味を追うあまり置き去りにせざるを得なかった、あの少女が、今自分の前に立ちはだかろうとしている。
その事実を、男は受け止められずにいたのだった。
そしてその事実から逃避するかのように、皇帝はアクセルを踏み込んでエンジンを1万1000回転まで回転させて箱根各所のコースを駆け抜けるのだった。
「―――あいつは、いつも俺の前に立ちはだかる……」
そう男は呟き、箱根の様々な峠を駆け抜けていったのだった。
―――翌日。
遂に現れた本物の「皇帝」が、その日のクローズまでの残り1時間の間に、箱根各地のコースに散らばるレコードの多くを更新した…
皇帝は最新鋭のMY24型GT-Rに乗り換えた…
それらの話題は、翌日あっという間に箱根中に広がったのだった。
立ちはだかる最後にして、あまりにも高すぎる最大の壁。
果たして時雨と奈美子は、兄と真実を取り戻せるのか。
最後の戦いの時まで、残り1週間。
なお、ジョーカー率いる「大皇帝軍」の幹部4人や、ジョーカー本人についても後々警察に逮捕されたということも記載しておく。
(第28話End)