「艦これ」いつかあの海で×ドリフトスピリッツ 2023 -いつかあの路で- 作:カービィ改二
果たして時雨はどんな展開を迎えるのか?
カーファクトリー・ピット。
車をチューニングするパーツショップであり整備工場、そして箱根の峠にあるオアシスの一つ。
この店を切り盛りするのは、奈美子と同年代の若い女性であるハルカ。
その美貌と心優しい性格から彼女目当てにやってくる走り屋も決して少なくはない。
先ほどの峠…葦柄峠に近いこともあり、奈美子は倒れた時雨を連れて行くのであった。
「ハルカちゃーん!!」
「あ、あれ?奈美子さん?…えっ?!」
S30Zを走らせて知り合いの元へやってきた奈美子。
しかしその姿は疲労困憊の時雨の肩を貸している状態だった。
ただならない事態である事はピットのオーナー、ハルカでもわかっていた。
「う…」
時雨は既に意識が朦朧としていた。
「ごめん!!ちょっと訳ありで…話をすると長くなっちゃう。空いてる場所あるかな」
「お部屋お貸ししましょうか?」
「ありがとう、助かるよ!!」
「お水も持っていきますね」
そう言って二人が導かれたのは、半和室の仕事場の休憩室だった。
奈美子とハルカの二人で時雨を担いで、和室の畳の上に仰向けに寝かせた。
時雨自身かなりの熱が出ており、それを見たハルカは急いで熱さましのシップを持ってきた。
「一体どうしたんですか?いきなり人を連れてくるなんて…」
「実は、神風連合の連中に絡まれちゃって…どうにか撒こうと思ってたところに、この人が来ていたから助けてもらったの」
「そうだったんですね…」
「でも、この人は車を持ってなくって…」
「えっ?!そうだったんですか?」
「申し訳ないことしちゃったのはわかってる…でも、緊急事態でこの人にしか頼ることが出来なかったの」
「奈美子さんに悪気が無いのは分かってるはずですよ」
「それでも…免許は持っていても、見ず知らずの人に助けを求めちゃったことは変わりないわ。本当に申し訳ない事をしちゃったと思う」
「奈美子さん…」
数十分後、時雨はやっと目が覚めた。
「……」
「気が付いたのね、よかった!」
「ここは…一体?」
「私の知り合いのお店よ。ここなら変な連中は来ないから安心して」
「…そっか」
時雨は安堵したかのように言った。
「お水飲みますか?」
「ありがとう、頂くよ」
グラス一杯に注がれた水。
渡されるや否や時雨は急ぐかのように飲み込んだ。
「随分お疲れだったんですね」
「……うん」
「えっと…お名前は、何て言えばいいのでしょうか?」
ハルカが問う。
「僕は………」
時雨は自分の名前を言おうとした。
だが、おかしい。
自分の名前が出てこない。
「思い…出せない」
「えっ…?」
「思いだせないって…さっき免許証見せてくれたわよね?」
「あ……」
ずっと肩にかけていた手提げ袋に入っていた一枚のカード。
それを取り出してみると、そこには「西野 時雨」の名前があった。
「にしの…しぐれ。…時雨って、僕は言うのかい?」
時雨が疑問に思うかのように言った。
「言うのかいって…まさか、自分の名前を覚えてないの…?」
「……うん」
「あの…お聞きしたいのですが、どうやってあの峠に来たんですか?」
ハルカが問う。
「僕が覚えているのは…バス停沿いの山の中の小屋にいて、道路沿いにずっと歩いて来たんだ」
「小屋にいた前は覚えていないの?」
「うん……何も思い出せない。気が付いたら、僕は小屋にいた…」
「まさか…?」
奈美子が愕然として言った。
記憶喪失。その言葉が奈美子とハルカをよぎった。
翌日。
「……じゃあ、この佐世保の住所も?」
「調べましたが、既に所在が無いみたいです…」
「そんな……」
奈美子とハルカは時雨の正体を知るべく、色々な場所を回った。
箱根や神奈川県の役所、警察など様々な場所を訪れた。
しかし時雨の情報について見つかるものは一切なかった。
免許証に書かれていた佐世保の住所というものも、既に何年も前に廃屋と化しているらしい。
身元引受人についても調べた住所の関係者は皆死亡しているらしく、引き取り先というのは誰もいないとの事。
警察に依頼して行方不明者の捜索願を調べてもらったり、データベースを確認してもらったりはした。
しかし一切と言っていい程の情報が無かったのである。
警察の取り調べなどを受けたりはしたが、自分が気が付いたら箱根の山の中のバス停の小屋にいたこと以外は全くと言ってもいい程覚えていなかった。
病院でも検査を受けたが、外傷も脳や神経にも大きな異常はなかった。
なお奈美子とアフロ頭のバトルに巻き込まれた事は流石に話さなかった。
◇ ◇ ◇
病院の検査の後、再び訪れた警察署の取調室を出て時雨はぐったりとしていた。
そりゃそうだ。合計して数時間に及んで自らの調査や過去について取り調べを受けたのだ。
しかし全くと言ってもいい程情報は出なかった。
調査は続けてくれるらしいが、難しいらしい。
一応、生活保護の受給申請も出してくれるそうだ。
「時雨…」
「奈美子、さん。ハルカ、さん…ごめん」
「えっ?」
「こんな事に巻き込んでしまって…」
時雨は強い罪悪感を感じていた。
自らの記憶が無い事が原因で見ず知らずの人たちに面倒をかけてしまっている。
しかも昨日は奈美子の家に泊まらせてもらってしまった。
その事が時雨に罪の意識を芽生えさせていた。
「元はといえば、あのアフロとのバトルに巻き込んでしまった私にも原因があるわ…本当にごめんね」
「いや…それは僕があそこにいたから…」
奈美子の言葉を気にしないように時雨は言った。
一方で一呼吸おいて時雨はこうつぶやいた。
「…僕は、本当にここにいていいのかな」
「えっ…?」
物憂げな顔で時雨は呟いた。
必死に元気になろうとしていても、何処か悲しみに明け暮れた顔だった。
もしかしたら時雨はどこかに消えてしまうのではないか?
奈美子自身の悲しい記憶と時雨の姿が何故か重なって見えた。
奈美子は何となくではあるが、危機感を抱いた。
「諸々の責任は私がとるわ…だから一度私の家に戻ろう。ハルカちゃんも来てよ」
「あ、はい!」
奈美子は何となく責任を感じ、時雨を奈美子の家に向かわせようとした。
そしてその道中でも時雨は物憂げに窓の外をただ茫然と見ているだけだった。
車の中の会話も、まばらで時雨はずっと物憂げな顔だった。
夕刻―――奈美子が住むアパート。
奈美子はピットの近くでワンルームタイプのアパートを借りて生活している。
「さ、座って」
「お邪魔します」
「…失礼、します」
テーブルを合間に置き、奈美子、ハルカ、時雨の3人が座った。
「早速だけど時雨…私から提案があるの」
「何かな?」
「この箱根に、住んでみない?私の家に泊まっていいわ」
「……」
時雨にとってはとんでもない救いの手だった。
だがそれはかえって彼女たちに余計に迷惑をかけるという事。
時雨にとってはあまりいい気がしなかった。
確かに時雨は奈美子を助けた。
そのお礼で時雨を居候させたいという気持ちも分からなくはない。
だがそれとこれは話があまりにも別すぎる。
対価のバランスがあまりにも狂っていた。
「―――ありがとう。でも、ダメだよ」
「どうして…?」
「その好意はありがたいけれど、それだけじゃ…ダメなんだ。」
「何が足りないって言うの…?」
「何か、僕にも出来る事が欲しいんだ。…記憶喪失の、僕にも」
「………」
時雨はギブとテイクの関係を何とか保ちたい…そんな風に言った。
すると奈美子はある事をひらめいたかのように言った。
「だったら…私に、走り屋として付き合ってほしいの」
「はしり、や…?」
「さっきのように車で峠を攻めて、バトルするような人たちのことね」
「……」
「時雨。はっきり言うと、あなたにはとんでもない才能があると思うわ」
「僕に…走り屋の才能が?」
「ええ。初めてのバトルであんなにも速く走ることが出来る人なんてそうそういないわ」
「…無我夢中で、必死になって運転していただけだよ」
時雨は謙遜するように言った。
実際時雨はバトルの時必死だった。
わけもわからず突然バトルに巻き込まれて、車を運転させられて、必死になってドリフトして、そしてバトルに勝った。
言われてみれば無茶苦茶な展開だ。普通だったら断ることも出来たであろう。
しかし時雨はそれをせずにバトルに乗った。そしてその結果時雨は相手を圧倒出来た。
奈美子は時雨を見込んだかのように言った。
「私はね、どうしても探している走り屋がいるの」
「……」
「その人は、私にとってとっても大切な人で…何年も前から、行方が分からなくなっているの。でも、その人は走り屋なの。だから走り続けていれば…きっと会えるんじゃないかな、って思っているんだ」
「…僕にその人を探す手伝いをしてほしい、ということかい?」
「ええ。その通りよ」
奈美子は断言した。
しかし時雨にはまだ疑問があった。
「それは…構わないよ。でも…さっき乗ってきた車では、他の人に敵うのかな」
「……」
「確かにあの時の…赤と黒の車は遅かったかもしれないけれど、走り屋ってあの人だけじゃあないんだよね?」
「…ええ」
「でも、僕には車がない。どうすればいいのかな…」
さっき乗ってきた車…奈美子のS30Zを示して時雨は言った。
確かに奈美子にとってはあのS30Zは良い車であるのが事実。
町乗り位ならまあ問題はないだろう。
しかしいざ峠でのバトルにおいて、初期馬力でたった150馬力しかないあの車ではあのアフロくらいなら倒すことは出来てもとてもではないが戦闘力不足。
そんなことは乗り手である奈美子自身が嫌というほど自覚していた。
そこを突かれてしまっては奈美子は何も言い返すことは出来なかった。
かといって、奈美子に何か別の代替案があるわけではなかった。
言う間でもなく時雨は一文無し。袋小路かと思っていたその瞬間だった。
「そうだ…!」
話に割り込み、何かを思いついたかのようにハルカが言った。
「お二人とも、一度『ピット』に来てくれませんか?あれを使えば…」
「あれ?ハルカちゃん、あれって一体…」
「見せたほうが早いですよ。行きましょう」
「う、うん…」
日が沈んだ後―――カーファクトリーピット、ガレージ。
ハルカの車を止めるだけでなく、作業用のガレージである。
ガレージのシャッターを開ける。
「あれです」
ハルカがそう言って指を向けた先には、ガレージの隅に1台の車がカバーをかけられた状態で置かれていた。
時雨たちが近づきながら話す。
「あれは…?」
「…形からして、ワンエイティ?ハルカちゃん、この車は?」
3人は車の前に立ち、ハルカがカバーを剥がす。
ピットの整備室の端っこに置かれていた車、それは黄色がかった銀色の日産・180SX。
だが見たところノーマルでほぼいじられていないようだ。
「この車自体は私がチューニング研究のために中古ディーラーで買いました。でもつい数日前に買ったので、あまり触れていなくて…」
ハルカは元々NC型のロードスターに乗っている。
そっちは普段の峠のドライブで使われるのだが、このワンエイティはどうやら仕事でも使えるように買ったマシンのようだ。
「捨て値で売られていたので、多少の性能低下もありえますが…それでも、奈美子さんのS30Zよりは相手になれる人も増えると思います。あ、この車もオートマですよ」
「……」
「なるほど…やっぱり私のS30Zだけじゃ、限界があるからね。でもこの車くらいなら良いと思うわ」
奈美子は納得したかのように言った
「あと、この車の名義は私です。だから車の維持費とかは全部私が持ちます。」
「……」
「というか、この車は私が持たないとダメなんです」
「どうして?」
奈美子が問う。
ハルカはそれに答えるように言った。
「時雨さん、先程役所に記憶喪失者という事で生活保護の申請を出しましたよね?」
「うん…」
「普通、生活保護を受けると車は所有できません」
「……」
「公共交通機関が少ない箱根の山の中であれば、特例で許可を出してくれる可能性もなくはないですが…いざ車を所有していることがバレてしまうと、生活保護の打ち切りの可能性もあります」
「だからこの車を…?」
「はい。時雨さんにはお金もないですし、この車であれば私名義なので問題ないと思いまして」
言ってしまえばハルカの車をタダ同然で借りて峠のバトルに打ち込むことになる。
しかし単純にタダという訳ではなかった。
「その代わりに…一つだけ、提案させてください」
奈美子に続きハルカも提案した。
「もし時雨さんが良かったらで構いません…『ピット』のアルバイトとして働いてくれませんか?」
「……!」
流石に二度目の提案はある程度驚きは抑えることが出来た。
だが、ここから先が時雨を驚かせた。
「もちろん、ただのバイトとは言わせません。住む場所も食事も洋服も『ピット』で提供します。このガレージを好きに使ってくれて構いません」
「…住み込み、ってことかい?」
「はい」
こちらもまたトンデモない提案だった。
普通見ず知らずの人間に対してここまで手厚くサポートをしてくれるだろうか?
だが今の時雨にとっては無一文。
衣食住全てが足りている状態ではなかった。
だからこそ自分を雇ってくれる働き口があるだけでも本当にありがたい。
しかしまさかここでスカウトを受ける事になるとは予想だにしなかった。
「それ、いいわね!ここで働く事になれば、私のところに住むより色々困らないだろうし。働きやすさも私が保証するわ」
「……」
奈美子は完全に乗り気だった。
どうやら今の調子ならどんな返事をしても彼女たちは受け入れてくれるかもしれない。
時雨はそう思ったが、それでも不安感情からまた問いを投げかけた。
「…本当に、僕でいいの?」
時雨は不安そうに言った。
「僕は、奈美子さんやハルカさんの役に立てればそれでいい。僕には行く場所もないからね。でも、二人の役に立つ確証はないよ」
多少時雨は自傷気味に言った。
「…構わないわ」
それに対し奈美子は断言した。
「時雨はきっと才能があるわ。助手席に乗った私が断言するんだから、絶対に大丈夫よ」
「奈美子さん…」
「私も大歓迎です!是非私たちのところにいてください!」
奈美子に呼応するかのようにハルカも断言した。
二人のその表情には全く曇りはなかった。
そしてその表情を見て、時雨は軽く安堵したかのように軽く微笑んでこう言った。
「奈美子さん…ハルカさん、ありがとう。これからよろしくね」
「ええ、よろしくね。時雨!」
「よろしくお願いします!」
時雨は奈美子、ハルカと互いに握手を交わした。
「そうと決まれば、早速この車の方整備しちゃいましょう。ちょうどいいエンジンパーツがありますから、今回はお近づきの印にプレゼントします。」
「ありがとう…取付とかは?」
「これからお教えしますので是非見てください」
記憶喪失から二人の女性に受け入れられ、何とか生活の基盤を整え始めた時雨。
そして、遂に箱根でのバトルの日々が幕を開けようとしていた。
箱根の峠の道の先…
時雨と奈美子を待ち受けるものは、果たして一体…?
(第2話End)