「艦これ」いつかあの海で×ドリフトスピリッツ 2023 -いつかあの路で- 作:カービィ改二
相手の脅威が判明する中、時雨に与えられたあるものとは。
act.29「Awakening(覚醒)」
「ジョーカー団」を倒し、遂に時雨たちの前に真の「皇帝」が現れた。
だが、皇帝は「俺の手は汚れている」と言って奈美子の元へ戻る事を拒む。
それを見た時雨は、皇帝に対して「勝負に負けたら奈美子の元に戻って欲しい」と啖呵を切ったのだった。
皇帝と対峙する…最後の戦いに臨むべく、時雨の挑戦が再び始まる。
―――時雨たちの前に真の「皇帝」が現れた翌日。
1通の手紙が「ピット」に届いた。
差出人は「相楽 翔」…つまり奈美子の兄であり、皇帝本人である。
手紙の内容は、1週間後に実施されるバトルの詳細内容だった。
そこにはバトルで走行するコースが明記されており、雨でも実施する旨が書かれていた。
コースの順番は以下のとおりである。
1.第一土ノ湖峠往路
2.スピードセンター才観山(周回コース、1周)
3.箱根パイクロード下り方面
4.小由原料金所(一般道経由)
5.不二観峠(周回コース、1周)
6.第二土ノ湖峠復路
合計8コース、移動込みで2時間近くをぶっ続けで走行する事になる。
この8コースを駆け抜け、最終地点のゴールを先に走り抜けた者が勝者。
文字通りのマラソン、否耐久レースと言っても過言ではなかった。
だが、皇帝がそう挑戦状を出してきた以上奈美子たちはその内容に従うしかない。
時雨はそれらのコースを走り込み、皇帝と対峙せんと自主練を行うのだった。
―――時雨たちが自主練を始めようとしていた頃。
葦柄病院の立体駐車場に、その男はいた。
「(ショウ君が現れたという話を聞いて驚いたが、何よりもマシンがMY24のGT-Rとは…)」
葦柄病院に隣接する立体駐車場の地下2階、関係者以外立ち入り禁止のプライベートゾーン。
そしてその中でも特別な入場カードを持つ者しか入れない、完全監視区域。
「マシンヘッズ」のメンバーでも基本入る事が出来ないその空間において、Dr.ソウイチはあるものを求めて足を運んでいた。
「(あのワンエイティでは、やはり限界があるだろう…)」
時雨が今まで乗って来ていたロケットバニーワンエイティ。
その車と実力も相まって、時雨は四天王やジョーカー団を倒すことが出来た。
だが、皇帝となると話は別だ。
神風のトオルからの話だと、そのマシンはまだ正式販売されていないMY24式GT-Rだという。
しかもエンジン回転数は明らかに自分たちが乗るマシンよりも更に回っており、爆音が箱根に響き渡った。
恐らくエンジン回転数についても1万1000回転まで余裕で吹け上がるチューニングが施されているのだろう。
史上最強の敵。そう言っても全くもって過言ではない。
そしてそんな車には生半可な車ではかなうはずがない。それがあのワンエイティであったとしても…
そんな思いを抱きながら、目的の場所までやってきた。
「(もし…時雨君に、この車を操れる程の実力があるというならば……)」
そう言ってプライベートエリアの奥に止められていたあるマシンを確認する。
プライベートエリアの奥に、カバーをかけて止められていたそのマシン。
その姿は、ワンエイティとは異なるも…その系譜に確実にかかわる、そんな1台だった。
そして同時に、その車は…四天王の一人でもあるソウイチ自身でも完全に乗りこなすのは明らかに困難な、そんな暴力的なスペックを持つ1台だった。
ソウイチはその車のエンジン状態から確認し、マシンを一人静かに整備するのだった。
―――同日、16時過ぎ。
カーファクトリーピット、整備ガレージ。
「時雨さん、大丈夫かな…」
お客のマシン整備をする中でハルカは一人呟いた。
この日、皇帝との戦いに向けて時雨は自主練の為に手紙を受け取ったお昼過ぎから土ノ湖峠へと向かっていたのだった。
だが、その話を聞いていたハルカにとっては不安材料しかなかった。
何せ相手のマシンはトンデモなく速いというのは言うまでもないが、その事について時雨がかなり思い詰めているというのだ。
状況報告は15時前に一度だけ受けたが、その際の話だと全くもって「皇帝」が記録したレコードタイムに追いつけないという。如何せん本気で攻め込んでも3秒以上の差があるという。
だったらお金をかけてチューニングしたり新たなマシンを手に入れたりするのがいいのかもしれないが、何せ初めて箱根に訪れた時無一文だった時雨が「ピット」で働きだしてまだ半年もない。
いくら箱根という場所であっても車というのはお金がかかるもの…チューニング費用を捻出しようにも、そんな金などどこにもなかったのだった。
啖呵を切ったのはよかったが、幾らチューニングされているロケバニワンエイティとはいえその性能にも限界が見えだしていたのだった。
自分が出来るのはチューニングというよりかはマシン整備…はっきりいってハルカにも出来る事は殆どないと言っても良かった。
すると、呼び出しブザーが鳴った。
「…お客さん?」
店先へ向かい、お客へと対応する必要があった。
ハルカは整備道具を置いて、店先へと移動する。
「いらっしゃいませー…あっ、あなたは!」
「失礼…時雨君はいるかね?」
店先に立っていたのは、ランエボⅩ乗りのあの医者の男だった。
◇ ◇ ◇
―――17時前、第一土ノ湖峠。
「―――――!!!」
挑戦状を受け取った現役最速の少女…時雨は、相棒並びに仲間たちのマシンと共にワンエイティで峠を走り抜けていた。
走行するルートは決まっているので延々と同じ方向にタイムを切り詰めていく。
左レーンを走るワンエイティは最終ストレートを立ち上がり、ゴールラインを駆け抜けた。
それと同時に奈美子は首にかけていたストップウォッチのスイッチを押す。
そしてそのままワンエイティは、復路スタート地点の路肩にハザードを炊いて停車した。
「…っ」
「……」
時雨の言葉に、奈美子は無言で顔を下に向けた。
皇帝が更新したというタイムレコードを聞き、時雨はそのタイムを打ち破らんと、指定されたコース…第一土ノ湖峠往路をワンエイティで特訓を行っていたのだ。
だが、そのタイムレコードはどのコースにおいてもとてもではないが時雨のワンエイティで敵うものではなかった。
時に全身が炎に包まれるような感覚に陥りながら、自己ベストを刻むべく何十回も走りこんでもそのタイムは一定のところで頭打ちとなってしまった。
そしてそのタイムは…時雨の全力走行にも関わらず、どのコースにおいても最低3秒の大差を付けられていた。
いくらこれまでのバトルで稼いだコインとメダルを使って最高レアリティまでグレードアップを施しているとはいえ…とてもではないが、明らかにマシンのスペックが不足しているのである。
だがそんな事はお構いなしと言わんばかりに、時雨はもう一度走る事を要求するのだった。
すると先ほどから走りを並走してくれていた神風のトオルが、右レーンの路肩に止めていたBRZから降りてワンエイティに向かってくる。そして駐車場でAE86トレノと共に待機していたアフロのヒロシ共々、時雨に声をかけてきた。時雨はウィンドーを開けてトオルの言葉を聞こうとした。
「やはり難しいか…」
「……」
トオルの言葉に時雨はこくりと頷いた。
「時雨ちゃん、一旦休憩しようぜぇ。俺達は交代でやってるからいいけど、いくらなんても詰めすぎだよぉ…俺様が飲み物でも奢るからさぁ!」
ヒロシが心配そうに時雨にこう言った。
時雨の特訓に神風のトオルやアフロのヒロシが付き合う。
普通であれば互いにヨーイドンでスタートするのだが、この2人のマシンは時雨のロケバニワンエイティにスペックは到底及ばない。
そこで実践しているのは、時雨の後追いによる特殊レース方式である。
ワンエイティのスペックの事を考えて数秒のハンディキャップをトオルやヒロシに与え、時雨が後追いでスタート。
ゴールまでに時雨が相手を追い抜けば勝ちという変則的な形で特訓を行っている。
実際ヒロシやトオルたちには負担が少ない。そして2人を追い抜くことは容易ではあった。だがそれでも、皇帝が記録したレコードタイムには到底及ばないタイムであった。
もはや技術云々の話ではないのかもしれない…そう時雨以外は思いつつあった。
だが、技術でここまで成り上がってきた時雨はそれでも自らの腕に拘ろうとしていた。
「まだだ…もう一回…!」
「まだやるのか!?」
「無茶よ!タイヤも完全にズルズルだし、水温も油温も…!」
「せ、せめて一旦休憩したほうがいいぜぇ!」
ヒロシが提案した休憩。
この時点で時雨はなんと2時間ぶっ続けで第一土ノ湖峠と第二土ノ湖峠を走っているのだ。
スタミナの高さは認めるが、それでも間違えなく走りにぼろが出ているのは言う間でもなかった。
徹底的なスポーツ根性といわんばかりにコーナーを攻めまくる。
だがそれでも一定のピークを境に、皇帝のレコードタイム差は縮まらなくなり、半ばもがき苦しむ状況が続いていた。
もはや自分の道をトコトン突き進みまくる時雨の「もう一度」という言葉には、流石の奈美子たちも呆れ気味に返答するしかなかった。
「もう一度だけ、頼む…!!」
「し、時雨ちゃん…」
時雨の迫真の要望に、ヒロシは委縮するしかなかった。
如何せん時雨はとんでもなく思いつめた顔をしていたのだ。
その姿は普段の時雨から想像できない程、狂気じみた…正しく戦闘狂、バーサーカーと化しているのだった。
もはや思い詰めすぎて正常な判断が出来ているのかもはっきり言えば怪しい。
時雨は完全に皇帝の虜と言っても過言ではない状況であった。
「仕方ねえ…ヒロシ、もう一本だけ付き合ってやれ」
「で、でも…!」
「お願いだ!もう一本だけ…!!」
「―――っ」
時雨の要望にヒロシは渋々答えるしかなかった。
止む無くヒロシは再びAE86トレノに乗り込むのだった。
―――vsアフロのヒロシ
コースは第一土ノ湖峠。
右レーン、AE86トレノ。左レーン、ワンエイティ。
「―――よっと」
ギアを切り替え、赤黒ツートンのAE86トレノを発進させるヒロシ。
8秒のマージンを与えられたヒロシは、自分なりの精いっぱいの走りで加速していく。
「(時雨ちゃん、大丈夫かな…いや、大丈夫じゃねぇよなぁ…)」
自分が迷惑をかけた相手がこうももがき苦しんでいる姿を見るのは、ヒロシにとっても苦痛でしかなかった。
マージンを与えられながらもヒロシなりの全開走行で走っていく。
だがそれでもヒロシのドラテクには限度がある。
後方からあっという間に追いつかれるのが当たり前と言えば当たり前だが、それでも流石に8秒のマージンもあってそう易々とは追いつかれることはない。
自分なりの精いっぱいでヒロシはAE86を走らせるのだった。
時雨たちから見ればノロノロ走行かもしれないが、それでも彼女の役に立てるなら…それはヒロシの本望でもあった。それは彼なりの罪滅ぼしだったのかもしれない。
「―――!!」
AE86が第2コーナーと第3コーナーの間のストレートを走り抜ける頃、時雨のワンエイティもスタートダッシュで発進した。
タイム差としては8秒。
スタートで一気に130キロまで加速するワンエイティ。
目の前には第1コーナーである左高速コーナーが迫る。
「―――っ!!」
アクセルを抜き、ハンドルを多少左に曲げる。
ドリフトラインを踏みつけた瞬間に再びアクセルを全開にしてハンドルをほぼニュートラルに。
テールスライドを始めたワンエイティは、アクセルワークでドリフトを調整しながら120キロ台でコーナーを駆け抜ける。
コーナー出口でアクセルを一瞬抜いたかと思いきや、ドリフトラインを前輪が踏みつけた瞬間に再びアクセルを全開に踏み込む。
グリップを回復したワンエイティは一気に140キロまで加速する。
これだけでも特訓1日目にしては上等である。
だがそれでも、時雨にはあるものがちらついていた。
「(―――GT-R!!)」
左レーンを走るワンエイティの横…右レーンを先行するGT-Rの幻影。
黒色のその姿を追いかけるべく、時雨はアクセル全開で踏み込み続ける。
第1コーナーと第2コーナーの間にあるロングストレート。
幻影のGT-Rは自分以上の速度…間違えなく160キロ以上は出ている。
速度差20~30キロ。そんな状態なのだから幻影のGT-Rの存在はどんどん遠ざかっていく。
時雨はその存在を追いかけ食らいつくべく、ニトロスイッチに指を伸ばす。
「(―――っ!!)」
時雨だけに見える…幻影のGT-Rを追いかけ、ニトロを使ってワンエイティを無理くり加速させる。
だが、それをわかっていたかのようにGT-Rもニトロを使って加速していく。
追いつけないどころかニトロで更に差が離れる。
GT-Rは間違えなく短いストレートで200キロは出ていた。
一方のワンエイティは190キロ台で加速が頭打ちになっていた。
ストレートでもワンエイティはGT-Rに追いつけず、徐々に車間距離が離れていく。
200キロ近い速度でストレートを駆け抜けるが、目の前には第2コーナーである右ロングコーナーが迫る。
GT-Rはブレーキをかけたかと思いきや、そのまま右にドリフトしていく。
どこか悠々とドリフトしていくGT-Rに、時雨も食いつかんとアクセル全開で挑んでいく。
「(くそっ…!)」
目の前のロングコーナーを必要最小限のブレーキで減速して、そのままドリフトしていくGT-R。
明らかに170キロは出ている。
そしてその速度を維持して走行レーン目一杯を使ってドリフトしていく姿が時雨には見えた。
時雨自身も負けん気を露にして、何とかGT-Rに食いつかんとマシンを走らせる。
だが、迫る右ロングコーナーに対して時雨は一向にブレーキをかける気配がなかった。
「(ノーブレーキ!?)」
ノーブレーキによる強行突破。
時雨はそれを実行するべく、アクセルを抜いた直後一気にハンドルを右に曲げる。
ワンエイティの前輪がドリフトライン上でアクセルを踏み込み、パワースライドによるテールスライドを始める。
明らかなオーバーステアであるが、コーナーの内側のラバーポールスレスレを目掛けて150キロ台でドリフトしていく。
だが、幻影のGT-Rは時雨の視界から消えんと速度を維持しながら白煙を上げてドリフトしていく。
それに追いつかんと時雨はただただアクセルを全開で踏み続けるしかなかった。
だがその瞬間だった。
「ダメ、突っ込み過ぎ…!」
「―――!!!」
奈美子が悲鳴に近いアドバイスをする。
そしてその瞬間、アンダーステアだったワンエイティのタイヤが限界の悲鳴を上げ、そのまま制御を失った。
制御を失ったワンエイティは右回転してスピンしながら、ラバーポールをなぎ倒しながら右レーンにはみ出る。
回転する中でブレーキを踏み続けて何とか制御しようとする時雨。
目の前の光景がぐるんぐるんと回転する中で、GT-Rは遥か彼方に走り去っていくのを感じたのだった。
幸いにもスピンしかけたところでブレーキを咄嗟に踏んだこともあり、何とか壁への接触は免れた。
「―――――」
「時雨……」
左レーンから右レーンにはみ出し、間一髪壁に接触する寸前で停車したワンエイティ。
後輪からは白煙が上がり、物々しい雰囲気を漂わせていた。
時雨は傍から見ても完全に落ち込んでいた。
どんなに攻め込んでも攻め込んでも自分が追いかける理想の走り屋…皇帝は自分以上の速さで、幻影となって駆け抜けていく。
そしてその幻影を追いかけようとすると間違えなく車が悲鳴を上げる。
100%…いや、150%の超本気走行をしていた時雨は、完全にマシンのキャパシティーを超える走りをしていた。
そしてその結果として起きてしまうのは、挙動の不安定化とタイヤの悲鳴である。
一応壁への接触はなかったとはいえ、下手すれば大クラッシュになり得ない状況も何度か存在した。
さらに時折タイヤ交換をしているとはいえ、あまりにもアグレッシブな走行によってタイヤは間違えなくズルズルになっていく。長距離バトルをするうえでタイヤがズルズルになるにはどうしようもないが、その状況に抵抗しようとしても明らかに走り屋としてのボロが出るのだった。
いくらチューニングが施されているワンエイティとはいえ、現状のスペックでは明らかに限界がある。
もっと力が欲しい…そう時雨は願うものの、自分にはそんな金も時間もない事に時雨は絶望するしかなかった。
「(…僕の走り屋としての力なんて、所詮この程度だったのか…!!)」
顔を上げ、涙を流していた時雨は、ブルブルしていた右腕の拳でワンエイティのハンドルを叩くのだった。
ハンドルの中央をパンチした事で、ワンエイティのクラクションが土ノ湖峠に木霊する。
そのクラクションの音色は、さながら時雨の絶望と嘆きを表したかのようだった…。
「おい、大丈夫か!?」
「しっかりしろぉ!!」
ワンエイティがスピンした地点へ、BRZと共に神風のトオルが時雨の元へと駆け寄る。
それと同時に、自分自身がどんなにノロノロ走っても全く追いついてこない事で異変を察知したアフロのヒロシも戻ってきた。
車を降りた時雨は、涙を流していた。
その光景は絶望に打ちひしがれたからか、それとも己の真の実力に向き合う事になったからなのか。
いや、正確にはその両方と言っても全くもって過言ではなかった。
「こんなのじゃ、皇帝には…追いつけない……!!」
「時雨ちゃん…」
「時雨、落ち着け。お前はおそらくベスト以上の走りをしている…」
「でも…!この車はそれなりのチューニングをしてあるはずなんだ!それでベストの走りをしないと、皇帝には、追いつけないよ…!」
「いや、時雨…これはもはや自分自身の問題じゃないわ、車が今のスペックにおける限界まで近づいているのよ…」
現実を直視せざるを得ない時雨に対し、ヒロシやトオル、奈美子は宥めるように言葉を選びながら話す。
「時雨、やはりそのワンエイティじゃ無理があるようだな…もういっその事、さらに上の車に乗り換えたらどうだ?事情が事情だし、俺が調達してもいいんだぜ…」
「…車はいらないよ」
「あぁん!?折角のトオルさんの救いの手を振り払うっていうのかぁ!?」
ヒロシにとっては自分の師匠の提案を振り払った時雨に対して、「命の恩人の助けを振り払うとは何事だ」と言わんばかりに食って掛かった。
ヒロシにとっては「あまりにも失礼だ」と感じられたのである。
だが、時雨はその言葉に負けじと反論する。
「だって…!元はと言えば、このワンエイティもトオルから譲り受けたじゃないか!それに加えてさらに車を貰うというのかい!?1度だけじゃなくて、2度も助けてもらったら…流石に僕もそこまでやられると、僕もトオルに顔向けできないよ…!」
「うぐぐ…そ、そりゃあ言いたいことは分かるけどよぉ…」
すると自らの感情を吐露した時雨は、一旦冷静になってトオルに話しかける。
「トオルは言ってたよね?『この車で皇帝を探し出せ』って…」
「…言ったな」
「出来れば僕は、この車に拘りたいんだ…」
するとその言葉にトオルはどこか補足するかのようにこう言った。
「…だが、今回ばかりは流石に緊急事態だ。皇帝の車がGT-RはGT-Rとはいえ、まさかMY24とは俺も思ってはいなかった」
「速いのは分かってるよ。トオルも言ってたよね…まだ正式販売前の車なんだって?」
「…ああ。だが伊達にGT-Rだ…普通のそれより速いって事は、間違えなく既存のモノを応用したチューニングが施されているはずだ」
「……」
「俺はこの車で皇帝を探し出せとは言ったが、ハッキリ言えばこの車じゃ無理がありすぎる…」
トオルにとっても、ある程度チューンされただけのワンエイティで追いつくのは無理なのではないかと思っていた。
そんな中でその言葉を聞いたヒロシがこんな提案をするのだった。
「そ、そうだ!だったら、新車を買う代わりに更にハイパワーなチューニングを施してもらったらどうだぁ!?今のワンエイティなら、GT-R以上のスペック位出せるだろぉ!?」
「…そりゃあ、そうだな」
トオルの言う通り、ワンエイティはある程度チューニングされているとはいえ、「フルチューン」というべき状態ではない。
D1マシンなどでは、チューンされた結果として600馬力を出すことができるワンエイティも存在する。
一方で現状時雨のワンエイティは420馬力程度…マシンをリフレッシュするなどの部分も含めて、まだチューニングのやり甲斐はあるのである。
だが、ヒロシの言葉に対して時雨はあまりいい感情を抱かなかった。
「…ダメだよ」
「何故だ?」
「チューニングするという事は、この車のバランスを調整するという事だよね?」
「まあ、そうだが…」
「この車は…このワンエイティは、綿密なチューニングの末に絶妙なバランスの上に成り立っているんだ」
百回以上バトルで乗りこなしてきている以上、この車が絶妙なバランスの上で成り立っている奇跡の産物であるという事は時雨自身がよく理解していた。
だからこそ、このバランスを崩すことはあまりしたくない。
それにいざバランスを崩すとしたら、その方向性をどのようにするべきなのか、そこからどのような方針でチューニングしていくべきなのかをじっくり考える必要がある。
だが、1週間という短い時間では特訓も必要な中では明らかに時間が足りない。
チューニングするとなると整備工場にワンエイティを保管しないといけない。
チューニングというのは時間も金もかかる。
それにワンエイティをを預けている間、代車でドリフトする事になったとしても…既存の四天王のFRマシンとこのワンエイティのスペックには明らかに差がありすぎる。
代車で出来たドライビングをいざ自分のチューニングしたマシンで実践できるかと言われると、それは明らかに難しい話なのである。
「そのバランスを崩すという事になってしまったら、あと1週間近くという短い時間で…僕はこの車を、乗りこなせないと思う…」
「時雨…」
「うぐぐ…歯がゆいなぁ…」
「言いたいことは分からなくもねぇが…確かに難しいかもな…」
「…ごめん」
1週間という短い期間の間で、チューニングをした場合かなりギリギリの時間になるだろう。
そしてそのチューニングをした場合慣らし運転も必要である。
仮に3日チューニングに費やしたところで、慣らし運転に1日。
タイムを突き詰める作業となると、2コースを1日ずつやるとして更に4日は欲しい。
だが残った時間は凡そ5日間。
合計8つのコースを極めて、皇帝に勝てるようなタイムを出せるようにするには明らかに時間が足りないのである。
徹夜でぶっ通しで走るといった方法もあるかもしれないが、御存じの通り箱根の峠は深夜0時以降はコースがクローズされてしまう。それに加えて日常走行でエンジンをノロノロ走らせることと、本気でエンジンを回してチェックを行うとでは明らかに話が違うのである。
時間が不足しているのは明確だった。
自分たち4人ではもはやどうしようもないのでは?
そう思っていたところ、ある音が大きくなっていく事に4人は気が付いた。
「なんか来てねぇか?」
「…誰か、来る?」
往路スタート地点方面から近づいてくるエンジン音。
その正体は…
「赤いランエボⅩ…?まさか!」
トオルがそういうと、その車の存在はどんどん大きくなる。
そのマシンは見覚えのあるランエボⅩだった。
4人と3台の様子に気が付いたその車は、ワンエイティの後ろに止めるように路肩に停車したのだった。
そして車を降りて現れた人物、それは…
「時雨君!奈美子君!それに…トオルにヒロシ君も!」
「ソウイチ先生!?」
「何でここに…」
メガネをかけた名医の男、Dr.ソウイチだった。
「君たちの事が気になって『ピット』に行ったら、自主練に行っていると聞いてきたからな…」
「じゃあ、ハルカさんから…」
ハザードを炊いて路肩に止まっているワンエイティを見て、明らかに調子が良くない事をソウイチは察した。
「…その調子だと、あまりよくないようだな。何があったのかを、私に話を聞かせてくれないか?」
「あ…わかりました」
「あ、ちょっと待て!」
「ん?どうした?」
「今までのことをここで話すと、間違いなく長くなると思うんスよ…道路上で長話も良くないから、一度駐車場の方へ行った方が良いぜぇ」
「むっ…そうだな。よし、往路スタート地点駐車場に戻ろう。私についてきなさい」
「……はい」
そう言ってAE86トレノ、BRZ、ワンエイティ、ランエボⅩはUターンして往路スタート地点駐車場へと向かうのだった。
―――往路スタート地点駐車場。
駐車場には横並びで5台が駐車されていた。
皆既に車から降り、自販機でそれぞれ飲み物を購入していたのだった。
「そうか…今のワンエイティの実力では、とても敵わないというのか」
「はい…」
缶コーヒーを飲みながら事情を理解したソウイチ。
皇帝との1週間後のバトル。
それに伴った自主練。
皇帝のレコードタイムは今のワンエイティの全開走行でも3秒以上存在すること。
チューニングするにしても、新しい車を購入するにしてもお金も時間が足りないこと。
話せることを時雨はすべて話した。
「車に乗る走り屋にとって、速くなる事と金銭面は悩みのタネであるという事はよくわかる…」
「先生…」
「私も学生時代、ランエボ2に乗って研修医としての研修を重ねながら必死になっていた事を思い出すよ」
「先生も、お金の面で苦労した事はあるんですね」
奈美子がどこか「意外だ」と言いたげにそう言った。
「ああ…今でこそ名医と呼ばれるようになったことでお金は十分にあるが、やはり学生となるとな…必死になってバイトして、お金をつぎ込んだ経験が懐かしいよ」
「そんな過去が…」
ソウイチの言葉に時雨は不思議な感覚を抱いていた。
医者の家系である以上、その部分でソウイチは苦労知らずだと思っていた。
だが実際はそんなことはなかったという。
ソウイチのキャリアは長い。医学生時代には車を手に入れ、多忙な中隙間を埋めるように夜な夜な峠を走り回っていた。
医学生時代のソウイチの車は中古のランエボ2。中古で安かったためになんとか買えたというが、コンディションはそれこそ以前の時雨のワンエイティ並みだったという。
医学部というのはとんでもなくハードルが高く、入学してからも非常に大変なのはわかるだろう。
それに加えて学生なのでとにかくお金が無い。
ソウイチの父親も医者ではあったが、お金に関しては、月数万円の仕送り以外は「自分の範囲でやるように」と言われていたために、バイト代の殆どを車につぎ込んだソウイチの生活はカツカツだった。
当時は不況の折、仕送りも少ない。医者というのは安定しているようにも思えるが、どうやらソウイチの父親というのはかなり厳格だったようだ。
ソウイチにとって時雨が金銭面で苦労している姿は、不思議と過去の自分に重なったのだった。
「……よし、わかった」
すると、ソウイチは時雨の方を向いてこう言うのだった。
「時雨君に2つだけ質問させてほしい」
「質問…?」
「1つ目だ。より速く、君はなりたいか?」
あまりにも単純な質問だった。
それについて時雨は「それはそうだ」と言いたげに返事をした。
「はい」
「それは、何故だ?」
「速くならないと…奈美子の兄さん、皇帝には…追いつけないので…」
「……」
ソウイチはノートにその理由をメモし、言葉を続けた。
「2つ目だ。強い相手に勝つために、時に車やパーツに莫大な時間やお金をかける事は、どう思うかね?」
「……それは、あまりいい気がしないと思います。」
「それは、何故かね?」
「仮に素人が超ハイパワーマシンを乗って勝っても、結局はジョーカーの様に車に振り回されるだけだから…」
「ジョーカーの様に…?どういうことだぁ?」
その言葉を聞いたヒロシが疑問を口にした。
「ジョーカーのGT-Rとバトルした時、必死に走らせる中で…あの車は泣いているように感じたんです」
「泣いている…?」
「あんなドライバーに振り回されるのが嫌がっているような…そんな風に、エンジン音が聞こえたんです」
「そうか…」
時雨はジョーカーとの戦いの中で、GT-Rが泣いているように感じていた。
それはまるでGT-Rという生き物が悲鳴を上げているかのように時雨は感じていたのだった。
そしてもし自分がそんな車に仮に乗るようであった場合、自分も同じような事になってしまうのではないか…?
そう時雨は思っていた。
「僕はまだ、ワンエイティ以上のハイパワーマシンに乗る覚悟も実力もないと思っています…」
「……」
「僕がここまで速く走れてこれたのは、奈美子やこのワンエイティの存在があったから…僕が走り続ける理由と、僕に適性があった車を乗っていたから…そう思っているんです」
自分が速く走る事が出来たのは絶妙なバランスの上に存在したワンエイティを何とか乗りこなすことが出来ていたから。
そしてもう一つ、命を助けてくれた奈美子や皇帝への恩返し。
それらの存在が自分の潜在能力を引き出しているのではないか、そう思っていた。
「でも…」
「ん?」
「今の状況だと、より速い車に乗るなり腕をさらに磨くなり策を講じないと…皇帝には追いつけないのかな、とも思います」
時雨は現実を理解し、更なる力を求める事が必要であるという事もよくわかっていた。
「やはり本音としては、速くなりたいということかね?」
「はい…僕ががむしゃらに走ってきて結局わかったのは、結局走り屋というのは、どれだけコーナーを攻め込んで、どれだけ車を速く走らせられるのかが、全てなのかなって…思ったんです。そして僕にその素質や才能があるというなら…、ここまで来てしまった以上、極めてみたいと思います」
ソウイチの言葉を肯定するように時雨はそう断言したのだった。
そしてソウイチは時雨の存在を認めるように、こう呟いた。
「…わかった。君の意見を聞けて良かったよ」
「……」
「君には資格がある」
「え…資格?」
時雨が疑問に思うと、ソウイチはこう問いかけた。
「私についてきてくれないか?」
「え…」
「私としてはアラタが迷惑をかけた分の弁償と、ジョーカーたちとの戦いで助けてもらったお礼をしたいのだ」
「…いいんですか?」
時雨の問にソウイチは改めて質問する。
「改めて聞こう。時雨君、君は皇帝に追いつくために速くなりたいと思わないか?」
「それは…速くなりたいです。でも…チューニングするにしても、新しい車を調達するにしても…時間が足りないんです」
それを聞いたソウイチはどこか二ッと笑う様にこう言うのだった。
「それを解決する方法が、私にはある」
「えっ…」
「―――時雨君と奈美子君、君たちは私に付いてきなさい」
「……」
「あれ…俺達は?」
取り残されそうになったヒロシがソウイチに尋ねた。
「すまないが、これは私たちの問題だ…明日になればいろいろわかるだろう」
「はあ…」
「俺達置き去りっすか…」
そう言ってソウイチは時雨たちを先導するべくランエボⅩに乗り込み、同じく車に乗り込んだ時雨と奈美子と共々土ノ湖峠を後にするのだった。
「結局何だったんすかねぇ、ソウイチ先生。いきなり現れて時雨ちゃんたちと一緒に…」
「……」
取り残された2人は駐車場で缶ジュースとお茶を飲んでいた。
だが、そんな中でもトオルは「何か大きな変化が生まれるのではないか」と静かに思っていたのだった。
―――19時過ぎ。葦柄病院立体駐車場地下2階、重要監視エリア。
関係者以外立ち入りが出来ないエリアに入るべく、一度「ピット」に車を置いた時雨と奈美子は、ランエボⅩの助手席と後部座席に乗り込んでソウイチの運転で駐車場にやって来ていた。
「これを首にかけなさい」
車から降りたソウイチは入館証らしきカードが入ったホルダーを時雨と奈美子に渡した。
どうやらこれから行く場所はこれが無いと入れない場所なのだろう。
駐車場の奥に存在する、シャッターに閉ざされた空間。
シャッター横に存在する入口…開閉式のドアのスキャナーにカードをタッチし、ドアを開けてソウイチと時雨、奈美子がその空間へと足を踏み入れた。
そしてその空間に踏み入れ、照明が付いたところで歩みを進める中、ソウイチは独り言のように言葉を発し始めた。
「私は時雨君が箱根に現れる数か月前から、四天王としてさらに実力に磨きをかけるべく…ある車に乗り換えようと考えていた…」
「ある車…?」
時雨が疑問に思う中、ソウイチは言葉を続けた。
「発売されたばかりのその車に対し、私はお金をかけて独自パーツを開発、エアロパーツ強化や各種パーツの強化を行った…」
「……」
だがここでソウイチは意外な言葉を口にしだした。
「だが、チューニングしたところで私にはダメだった…私には、その車を完全に乗りこなすだけのドライビングテクニックが無かったのだ…」
「え…」
仮にも四天王と呼ばれているソウイチは、どこか自分を卑下するようにそう言った。
目の前には移動用の昇降機が見えた。
「莫大なお金をかけすぎたあまり、性能面は二の次…。ありとあらゆる部分にお金をかけた事であまりのピーキーさと怪物マシンに変貌し、自分では到底操り切れないそのマシンに私は恐怖を覚えた。莫大な金をつぎ込めば、ある程度のドラテクさえ持っていれば箱根でも間違えなく指折りのドライバーになれるだろうと思っていたが…残念ながら私にはそれほどの実力はないという現実にも直面した」
「そんなことが、先生に…?」
ソウイチ自身高い実力は持つ。だがしかしそんな彼でも乗る事を躊躇するレベルの超ハイパワーマシンの存在。
時雨はその過去に疑問を持つのだった。
「私は自らでも操縦できないとんでもない怪物を作ってしまった事を後悔した。しかし莫大なお金をかけた事もあって処分することも出来ず…この車を封印する事を決めたんだ」
地下2階から昇降機で地下に降りていく3人。
昇降機に乗っていた際、奈美子が疑問を呈した。
「あの…その車を封印したのは、お金を沢山かけたことだけが理由ですか?」
「…私としてはもし才能があれば、アラタに乗ってもらいたかった…だが、アラタにはまだその実力も才能もお世辞にはあるとは言えなかった。ハッキリ言えば、この車を乗りこなせるような…そんな走り屋を探していたのだ」
「じゃあ…」
「僕、は…」
奈美子と時雨が互いにそう言ったところで昇降機は地下3階に到達した。
ソウイチの先導の元、時雨と奈美子は歩きだす。
「ああ、時雨君…君には、この車を乗りこなすだけの才能があると私は考えている。今のワンエイティに乗っていても、皇帝には力負けしてしまうだろう。だが、これから渡す予定のマシンであれば…君が一矢報いることは出来なくもないだろう」
「…本当に、本当に僕でいいんですか?」
「まだ、不安かね?」
ソウイチはまたどこか疑問を投げかけるように言った。
「いくら僕が箱根の騒動を解決したからって、赤の他人である僕に、車を渡していただけるなんて…」
時雨はどこか謙遜するようにそう言うのだった。
「…いや、君でないとこの車は操縦できない。私はそう直感したんだ」
「―――!」
ソウイチがそう言うと歩みを止めた。
そこは完全監視空間の中に存在するシャッターだった。
どうやらこの奥にガレージがあるらしい。
「この車を操縦できるのはきっと君しかいない…そして私は君の本当の力が知りたいんだ。受け取ってくれるかね?」
「……わかりました」
時雨のその言葉を待っていたかのようにソウイチは軽く笑うと、シャッターに存在するパスワード式のロックを開錠した。
シャッターが徐々に上がっていき、封印されていたマシンが遂に姿を表そうとしていた…。
「さあ、受け取ってくれ!これが私の、君への最大限の恩返しだ!!」
シャッターが完全に開くと同時に、シャッター奥の照明が付き、封印されていたマシンの存在に光を当てた。
「こ、これは…」
「この車は…」
そう2人が呟いたところで姿を現したマシン…それは
「フェアレディZ、RZ34……!!」
奈美子がそう驚いた口調で言うのだった。
日産・フェアレディZ Version ST(RZ34)。
日産の二枚看板であるGT-R、そしてフェアレディZの双璧の片割れ。
そしてそのフェアレディZの最新車種であるRZ34型。
照明に照らされ白銀に輝いたフェアレディZが、まるで自分たちを待っていたかのように…まるで自分が王様であるかの様に、鎮座されていた。
インタークーラー巨大化とカナードによってフロントの威圧感は大きい。
それだけでなくワイドボディ化によって前面だけでなく側面も威圧感がある。
そしてリアには空力重視の独自開発のリアウィングと軽量化されたリアバンパー。
更には車の天井部分とエアロミラーは黒くドライカーボン化、そして換装された左右に2つのダクトが存在するボンネットの上には、天使の羽のロゴが描かれていたのだった…。
「(僕のワンエイティなんか敵にならないような…)」
時雨が大きく動揺する…そんなほどまでの存在感だった。
見ているだけでもわかる、異様なほどの威圧感も持っている。
ハッキリ言ってこんな車に乗っていいのかという思いがまた強くなり始める。
「基本的にエンジンについてはVR30DDTTエンジンを大幅に強化したものになっている…パーツ類も基本的にレーシング仕様と言っても過言ではないな」
基本的にパーツは以前SUPER GTに持ち込まれていたGT-Rのパーツを踏襲しているという。
だが、エンジンについては既存のVR30DDTTエンジン。それでもレーシング仕様と言ってもいい程に過激にパワーアップ。
ソウイチ曰く、ほぼレーシング仕様と言っても過言ではないこのRZ34のスペックは740馬力オーバー。
一方でそんな事を聞けば聞くほど時雨には余計に不安が大きくなっていく。
すると時雨がある言葉を口にした。
「…ダメですよ、僕ではこの車は無理があります」
時雨は再びいじけだすようにそう言った。
よりにもよってこんな車に乗り込むことになるとは時雨は思ってもいなかった。
2倍近いスペックによる、文字通りの未体験ゾーン…そんな車に乗り込むという事は、時雨にとっては恐怖でしかなかった。
だが、そんな時雨に対してソウイチは発破をかけるようにこう言った。
「限界を…殻を破ってみる気はないかね?」
「それは…」
殻を破る…その言葉は時雨にとってもいい意味で刺さった。
ここで殻を破らないと、永遠にあの皇帝には追いつけない。
そう考えると恐怖を抱いている場合なんかではない。
「この車であれば…もしかしたら、君の本当の才能に、君は気が付く事が出来るかもしれない」
「本当の、才能…」
「君は確かにこれまでワンエイティで連戦連勝をしてきた。だからこそ君があの車に拘るというのも分からなくはない。だが…もしその車では、どうしようもない壁にぶつかったとしたら、それでも君はあの車で必死に抵抗するというのかね?」
「抵抗は…したいです」
「それが、仮に負け戦と分かっていてもか?」
「……」
他にも使える武器があるにもかかわらず、自らの愛用した武器で無理やり負け戦に挑む。
そんな事はバカのやる事である…それは時雨自身もよく理解はしてるつもりだった。
「君にも存在するだろう。バトルするからには絶対に勝ちたい…そういう思いが」
「それは…」
「特訓を通して、この車に向き合ってみてくれないか」
「……」
「そしてもし、この経験が箱根から世界へ羽ばたくドライバーの第一歩となるのならば…私はそれを歓迎したいと思う」
「世界に、羽ばたく…」
いきなり大きなスケールの話になってきた。
だが、時雨にとってはあくまで皇帝を追いかける事がメインであるので、世界に羽ばたくなんてことは正直どうでもよい事でもあるのだった。
「僕は確かに、極めたいとは…言いました。でも…」
「ん?」
「世界に羽ばたくというのは…少し違うように思うんです」
「…では、君は奈美子君のお礼をしたいが為だけにずっと箱根を走り続けていたというのか?」
「はい」
ソウイチの質問に対し、時雨はそう言い切った。
ハッキリ言えば峠を走る理由なんて命の恩人を追いかける為なのである。
それにこの車に乗ったところで、結局は代車に乗って勝つ…自分の本当の車に乗って勝つ事とは異なる、そんな気持ちになっていた。
後ろめたい気持ちになるのも当然だった。
「む…そうか」
どこかソウイチは失望したかのようにそう言った。
だが、そう言った瞬間に奈美子が時雨にこう話しかけてきた。
「時雨…それについては、本当にありがたく思っているわ」
「奈美子…」
「でも、時雨の走りを見てきてずっと思っていた…時雨は箱根だけに留まるドライバーじゃないって、私はずっと走りを見てきてそう思ったの」
「……」
奈美子はずっと時雨の走りを見てきた。
そんな彼女だからこそ、時雨の才能が一筋縄という訳ではないという事も気が付いていた。
下手をしたら世界でも活躍できる可能性があるのではないか、そう考えるのは奈美子も同じだった。
そしてそんな彼女が、時雨を車に乗せようとこう勧めるのだった。
「時雨、ここまで来た以上乗ってみましょう!あなたがずっと乗っていたワンエイティだけじゃなくて、この車でもどこまでいけるのか…私も気になっているの!」
「奈美子……」
ソウイチは奈美子の提言を良く思っていた。
彼女であれば、時雨を更なる領域へ引きずり出すことが出来るのかもしれない…
そう思うと、ソウイチはふっ、と笑みをこぼした。
「時雨君、今こそ…君は殻を破り、本当の自分自身の実力と向き合うべきだと考えているよ。君には、底知れぬ可能性があると…私は考えている。この車でのドライブを通じて、その底知れぬ可能性と…向き合ってみる気はないか?」
最後の言葉だった。
奈美子に勧められたこともあり、時雨はどこか覚悟が決まったかのようにこう言うのだった。
「…わかりました。よろしく、お願いします」
その目は、間違えなくこの車で皇帝を追いかけるという覚悟が決まった眼だった。
「よし、決まりだ!そうなれば明日から特訓を始めるとしよう」
「―――!」
「特訓、ですか!?」
「四天王の皆とは既に特訓を実施する事が決まっている…あとは君がその場所に行くだけだ」
「みんなに、話してあるんですか…?」
「神風のトオルにはまだ話していないが…ジュンとイズミは快諾してくれたから、きっとトオルも問題ないだろう。そしてこれは…我々の君たちへのリベンジでもあるからね」
ソウイチ曰く、特訓はあくまで時雨へのリベンジも兼ねているらしい。
この車に本当に敵うのかはともかく、時雨にリベンジをしたい人間が多いのは事実のようだ。
「…わかりました。お願いします」
「よし…いいだろう。それでは、これを受け取りなさい」
ソウイチの手から渡されたのはRZ34のエンジンキーだった。
時雨がそれを受け取り、軽く頷いた。
「あと前もって言っておくと、この車はオートマだ…フェアレディZの9速オートマチックをその手で確かめてみるといい。勿論、パドルシフトも搭載済みだ」
「…わかりました。乗らせてください」
「時雨…!」
「うむ。さあ、扉を開くんだ」
そうソウイチが言ったのに対し、時雨は軽く頷いてRZ34のドアを開くのだった。
「―――硬い」
RZ34のシートはレーシング仕様のバケットシート、3点式シートベルトに換装されていた。
マシンの後方についてもロールケージが含まれており、間違いなくかなりのチューニングが施されているというのが嫌でもわかった。
ハンドルの部分にはパドルが存在していたが、その一方でダッシュボードには計器類が殆ど搭載されておらず、スタイリッシュな雰囲気だった。
それどころか速度計すらない。
一体どういうことなのか?とは思ったがやはりこの車はサーキットを本格的に攻め込めるようなマシンになっているようだ。
奈美子が助手席に乗り込んだのと同時にドアを開けたままの状態で、ソウイチが時雨に話しかけてきた。
「キーはポケットに入れたかね?」
「はい」
「よし…ブレーキを踏みながらイグニッションボタンを押すとエンジンが動き出す。ドアを閉めてやってみなさい」
「……!」
今まではエンジンキーを鍵穴に入れてエンジンを始動させていたが、RZ34はイグニッションボタンを押すことでエンジンが始動する。それだけでも大きく違うのがわかった。
「(さあ、RZ34を目覚めさせてみろ…!)」
そうソウイチが思う中、時雨はドアを閉めた上で、ブレーキを踏みながらワンエイティで言えばサイドブレーキ部分に存在するであろうイグニッションボタンを押すのだった。
「―――――!」
イグニッションボタンを押した瞬間、響いたのはレーシングカー同然の獰猛な音だった。
もっとスタイリッシュな音かと思いきやそんなことはなく、ターボやタービン周りだけでなく、マフラー周りに関しても独自パーツが取り付けられているようだ。
そしてエンジンを始動すると同時に、目の前の液晶パネルに大きく「Z」のロゴが表示されたかと思いきや、液晶パネルにタコメーター、水温計、油温計、そして速度メーターが表示されるのだった。
今までのマシンは全てアナログと言っても過言ではなかったが、この車に関しては何もかもがデジタルと言ってもいい程の内装…アナログのメーターがはっきり言って全ていらない程だった。
タコメーターは1万1000回転上限…つまりこれまでの9000回転が限界だったマシンに比べ、さらに加速が伸びるようになっている。
前方の液晶ディスプレイを確認している間にカーナビも表示され、現在の場所が表示される。
するとソウイチがドアウィンドーをコンコンと叩き、時雨の反応を聞こうとする。
車の右ドアウィンドーを開き、時雨はソウイチの方に顔を向ける。
「どうかね?この車については…」
「…止まっているだけでも、物凄い力を感じます。まるでこの車が…さっきも言ったけど、一刻も早く檻を破ってどこか遠くに行きたいと思うくらい…それくらい、とんでもない力を…」
「うむ、大体予想通りの返答だ。まあ無理もない。この車のスペックは700馬力以上で、サスペンションもトランスミッションもフルカスタマイズが可能なほどにチューニングがされているのだから」
「……」
時雨は正直言ってこの車に関して恐怖を感じていた。
何か一つ間違えたらこの車は飼い主に噛みついてしまうくらいなのではないか?
だが、そんな答えはソウイチは予見していた。
そして時雨を信じるようにソウイチはこう告げるのだった。
「君なら…この車を操り切る事は十分に可能だと、私は信じている」
「…やってみます。僕もこの車を、乗りこなして…皇帝に追いつきたいんです!」
皇帝に追いつきたい…そう時雨は断言した。
そしてその返事をソウイチは待っていたかのように、にっと笑うのだった。
「ようし、その意気だ。あとこの車の名義についてもだが……皇帝、ショウ君との戦いが終わるまでは、私の名義のままにさせてもらおう」
「…!」
「それが終わり次第、君がこの車を受け取るかそれともまた封印するか…そこは君の判断に任せようとする」
その言葉に対し、時雨は静かに頷くのだった。
「よし…とりあえずこの車を地上に移そう。保管場所はピットで問題ない…」
「わかりました」
「昇降機に乗せて移動させる。私が誘導するからゆっくりついてきなさい。オートマだからクリープ現象で動かせば問題ないだろう」
「はい」
「ただでさえ超ハイパワーだ。アクセルベタ踏みは絶対しないように」
「…気を付けます」
そうソウイチは警告した上でRZ34の前に向かい、両腕を振ってRZ34を誘導するのだった。
「時雨、準備が出来たみたいよ。行きましょう」
「(―――この車で、僕がどこまで行けるのか…僕は確かめてみたい)」
ソウイチが誘導を始める中で時雨は奈美子の言葉に軽く頷いてそう誓い、ウインドーを閉めてマシンをゆっくりと動かすのだった。
そして昇降機を用いて地下2階まで上がったRZ34は、そのまま地上への道を上がって「ピット」へと向かうのであった…。
Dr.ソウイチの提案により、怪物級の力を手に入れた時雨。
そのRZ34は、まるで嘗ての時雨の「第三改装」とも言うべき姿だった。
皇帝vs怪物…その勝者は果たしてどちらになるのか。
今後行われる特訓の中で、残された時間で、時雨はその「怪物」を乗りこなすことができるのか。
決戦の日まで残り6日。
その時は確実に迫っていく…
(第29話End)