「艦これ」いつかあの海で×ドリフトスピリッツ 2023 -いつかあの路で-   作:カービィ改二

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第32話です。
皇帝と対決するまでの特訓も後半戦に突入です。


act.32「Bond and Report(絆と報告と)」

四天王のチームメンバーたちと共に決戦の舞台となるコースで特訓を行う時雨。

前半コースの修行を終えた時雨は、1日置いて後半コースとなる4コースの修行へと励むことになった。

実力を開花させつつ、峠を駆け抜けていく時雨。

残るコースでもその本領を発揮するべく、時雨の特訓は続く。

 

 

 

土ノ湖峠、スピードセンター才観山での特訓の翌日、18時。

時雨は奈美子のS30Zの先導で、RZ34を箱根パイクロードへと走らせていた。

対面走行の峠道を駆け抜ける事30分。

峠道を駆け抜け、見えてきたのは峠の山頂部分にあるラウンジ。

集合地点に指定されていた場所だ。

 

「あれか…」

どうやらあのラウンジに、次の特訓相手達が集まっているらしい。

奈美子のS30Zについていくように交差点を左折し、交差点すぐのところにある駐車場に入る。

そしてそこには既に、10人以上の走り屋たちが先に待っていた。

走り屋たちの風貌は粗暴というよりかは頭脳派集団だった。

そう、次の相手は「マシンヘッズ」のメンバーたちなのである。

駐車場の端に車を止め、2人は互いに車を降りて話しかける。

 

推奨BGM

「この人たちみたいね…」

「そうだね…『マシンヘッズ』の人たちみたいだ」

「行きましょう」

「うん」

駐車場の中心には既に「マシンヘッズ」のリーダーとなる、メガネをかけた医者の男と複数の幹部が先に待っていた。

医者の男に近づき、時雨と奈美子が話しかける。

 

「先生、来ました」

「今日はお願いします」

「うむ…よく来てくれた。なかなかいいペースで勝っているようじゃないか、君達」

「…僕達は、とにかく精いっぱい走ってるだけですよ」

ソウイチの言葉に時雨は謙遜するようにそう言った。

 

「それにしても…君たちに対してあの車を渡したことは、私としても常々良かったと思っているんだ」

「いえ…ソウイチ先生にはいろいろしていただいて、本当に顔が上がりません。何から何まで、本当にありがとうございます」

時雨は再び謙遜するようにそう言い、頭を下げた。

 

「謙虚だな…いい姿勢だ。ところで実はな、奈美子君の兄さんについての続報を持ってきたんだよ」

「え…『皇帝』の、ですか?」

「ホントですか?ありがとうございます!でも、どうやって手に入れたんですか?」

礼を言った奈美子が同時に疑問を投げかけた。

 

「うちのカズヒトとジュンの所のシゲル、イズミの所のミサオが総力を上げてな。各チームの情報担当が協力して調べ上げたんだよ」

「すごい…って、あれ?」

情報担当が集めたちう事に時雨は多少驚いたが、同時にある事にも気が付いた。

 

「あの、『神風連合』は?」

すると時雨の疑問に奈美子が答えるような形でこう呟いた。

 

「まあ、『神風連合』と情報収集って、あまりイメージ的に結びつかないもんね…」

「…そういうものかな」

奈美子の言葉に時雨はどこか納得したかのようにそう呟いた。

するとソウイチが言葉を続ける。

 

「…で、だ。情報資料をそのまま提供しても芸が無い。そこで、我々『マシンヘッズ』の面々に等分して渡しておいた」

「つまり、情報を知りたければ皆を倒していけって事ですね?」

奈美子がソウイチに質問した。

 

「ああ、その認識で構わない」

「…わかりました。お願いします」

時雨は顔がこわばったかのようになった上でそう呟いた。

どうやらバトルモードに移ったようだ。

 

「よし…ではまず、カンザブロウが相手になる。お互い、心してかかるようにな!」

「…あれ、ちょっと待ってください」

時雨がある事に気が付き、ソウイチに質問する。

 

「あの…ハンディキャップは何秒ですか?」

ソウイチが思い出したかのような顔でこう言う。

 

「おお、そうだった!今回の特訓はこの箱根パイクロード山頂と、パイクロードを下り切った先にある麓の料金所…小由原料金所がコースだが…まず山頂コースは基本的に6秒。そして料金所のコースは7秒とさせてもらおう」

「ここが6秒、それで麓が7秒…わかりました」

「それともう1つ、この山頂コースではチームメンバーとマシンヘッズ幹部の…カンザブロウとタダヒコ先生に勝ったら、そのまま小由原料金所まで下ってきてほしい」

「…そのままバイクロードにコースがあると思ったんですけど、山頂コースにもゴールラインがあるんですね」

「ああ…基本的にパイクロードは山頂と麓以外はドリフトバトル禁止だからな。それと、タダヒコ先生を倒したら私に連絡してくれ」

ソウイチは説明するようにそう時雨と奈美子に伝えたのだった。

 

「…わかりました。僕達、相手してきます」

「うむ。では私は先に麓で待っているからな。頑張ってくれ」

そう言ってソウイチは一部のチームメンバーを引き連れて箱根パイクロードを下っていくのだった。

そして残った2人とチームメンバーたち、そしてカンザブロウとタダヒコが駐車場付近には残された。

ソウイチを見送った時雨と奈美子に、カンザブロウが話しかける。

 

「どうも、お久しぶりでござんす…遂にお兄さんと対決でござんすね?あっしは失踪後のお兄さんの足取り情報を持ってるでやんすよ…!」

「…じゃあ、相手させてもらうよ」

時雨はどこか決心がついたかのようにそう言った。

 

「あっしとのハンディキャップは5秒とさせていたただきやす。あっしの車が発進したら5秒後に発進して下せえ…」

「…わかった。行こう、奈美子」

「ええ、行きましょう!」

そうカンザブロウがハンディキャップの時間を告げたところで時雨は軽く頷き、RZ34に奈美子共々乗り込んでスタートラインへと移動するのだった。

 

 

 


 

 

 

―――vs穴熊のカンザブロウ

推奨BGM:SPIDERMAN(from VIP MEGA EURO STAR NON-STOP MIX STAGE3)

 

箱根パイクロードの山頂コースは、直角コーナーと超ロングコーナー、そして高速コーナー1つで構成されている。

まずスタート直後のストレートを駆け抜けた後、いきなり右のロング直角コーナー。このコーナーを抜けたところで2回目の直角コーナー。

しばらく道なりに走ったところで左折と直進の交差点があるので、そこを左折するようにドリフト開始。

このドリフト区間で右に先ほどまで存在したラウンジを見ながら、道なりに沿って交差点を左に曲がるように直角コーナーの後右の高速コーナー。そしてしばしのストレートの後右の高速コーナー…ここまでの3つのコーナーが1つのドリフト区間として判定される。

そして超ロングのドリフト区間を抜けた後、左高速コーナーを抜けて下り坂の最終ストレートを抜けるとゴールとなる。

左レーン、RZ34。右レーン、マツダスピードアテンザ。

ライトを照らした2台がスタートラインに横並びに停車してスタートの時を待つ。

 

「あの特訓からどれから強くなったか、見せていただきやすよ…!」

夕日が落ちていく中、スタート地点からアテンザが発進する。

上り坂の峠道を走っていくアテンザは、正しく鬼から逃げる子供のようだった。

 

「……」

時雨は至って冷静だった。

初めてのコースや後追いスタートというハンディはあるが、それでも自分が勝てない相手ではないはずである。

この車にはもう何時間も、百回近くはドリフトしながら乗っている。

この車の速さについては時雨自身がよく理解しているはずなのである。

だからこそ、今までの相手には多少のマージンを与えても勝てるのではないか…という思いはあった。

四天王を倒し、頂点まであと一歩というところに立っただけあって、時雨には自信があった。

負けるわけにはいかない。自分の力を存分に発揮して、勝ちに行く。

そんな決心を抱く中で、カウントが始まろうとしていた。

 

3

 

2

 

1

 

GO!

 

「―――!」

カウントと共にアクセルを踏み込み、ギアをDレンジに切り替える。

文字通りのロケットスタートを決めたRZ34は、ギアをマシンガンの様に変えつつ170キロまで到達する。

目の前に第1コーナーである上り坂の右直角ロングコーナーが迫る。

先行するアテンザはコーナーの先へ消えており、その姿を追わんばかりとRZ34もコーナーに肉薄する。

 

「―――!」

速度が180キロ近くまで上がる中で、時雨はアクセルを離したかと思いきや一瞬だけブレーキをフラッシュさせる。

フラッシュと共にハンドルを一気に右直角に切り、RZ34のテールを徐々にスライドさせていく。

そして前輪がドリフトラインを踏みつける瞬間にアクセルを全開。

ゆっくりとスライドしていたRZ34のリアタイヤが一気に空転してテールスライドを始める。

RZ34のリアが白煙を上げる中で時雨はハンドルを左に切り返してカウンターを当て続ける。

直角ロングコーナーというブラインドコーナーの中で、時雨はマシンをコーナー内側のラバーポールに接近させるインベタの形でアクセルを踏み続ける事でドリフト状態を維持する。

上り坂のコーナーの中、RZ34は170キロ台を維持してドリフトし続ける。

完全にパワーが勾配やテールスライドに負けていなかった。

RZ34は勾配を感じないかのように加速し続ける。

ドリフトアングルを30度程という抑え目の角度でありながら、RZ34はインベタの状態でコーナーを駆け上がる。

そして上り勾配が徐々に緩くなりつつある中でコーナーの出口が時雨の目に入った。

 

「…!」

時雨はそれを認識するや否やアクセルをすっ、とリリースしてハンドルを徐々に左向きからニュートラルに戻していく。

ドリフトし続けるRZ34はインベタの状態から徐々に走行レーンの中央へと膨れていく。

そして前輪が再びドリフトライン…今度はコーナー出口のそれを踏みつける。

それと同時に時雨はアクセルを再び全開に踏みつける。

 

「っ…!」

160キロ台まで減速していたRZ34は再び推進力を得て170キロ台まで加速する。

上り坂をほとんど気にしないかのようにRZ34は加速していく。

だが、直ぐに第2コーナーの右直角コーナーが迫る。

第2コーナーに設置されているカーブミラーが夕日で光り、嫌でもコーナーの存在を時雨は認識する。

 

「―――!」

アクセルオフからブレーキをかけ、ハンドルを右に切る。

走行レーン中央を走っていたRZ34は一気にリアがテールスライドし始める。

そしてRZ34の前輪がドリフトラインを踏みつける瞬間にアクセルを全開にして、更にタイヤを空転させていく。

ハンドルを右から左に切り返してカウンターを当てながらRZ34はドリフトしていく。

 

「……」

カウンターを当てながらドリフトしていくRZ34。

その走行ラインは走行レーンの中央に存在するレールをグラインドするような弧を描いていた。

だがコーナーの出口は直ぐに訪れる。

アクセルをリリースしてハンドルをニュートラルに戻す。

そして前輪がコーナー出口のドリフトラインを踏みつけた瞬間に再び踏みつける。

立ち上がりで加速していくRZ34の前に、ある物が見えた。

 

「(追いついてきてる…!)」

第3コーナーに突入しようとしていたアテンザのテールライトが時雨の視界に映った。

アテンザはアテンザなりに逃げるのに必死のようだ。

 

「(もう追いついてきたでやんすか…!?)」

ハンドルを切ってドリフトする中で、最終ストレートまでは余裕だろうと思っていたカンザブロウ。

だが、時雨のRZ34のペースは異様な程に速かった。

はっきりいって時雨のペースは自分が想像する以上に速いようだ。

だがそれでもこちらは逃げる事しか出来ない。

ドリフトし続けるアテンザを何とか操縦しながら、交差点を左折するようドリフトしていく。

 

「(鬼門は次のコーナーだ…)」

時雨は次のコーナーが難所であるという事は認識していた。

如何せん3つのコーナーが1つのドリフト区間内に存在するのである。

左の直角コーナー、右の高速コーナーを抜けたら直線区間。そして右の高速コーナー。

この3つが1つのドリフト区間に存在する。

ハンドルの切り返しは勿論、アクセルワークやブレーキワークも必要とされる難しいコーナー地帯である。

そんなコーナー地帯に時雨のRZ34は突入しようとしていた。

 

「(長いコーナーである以上、オーバースピード気味に突っ込む!)」

低速突入してしまえば間違えなくコーナーの途中で息切れしてしまうであろうという事は時雨でもわかっていた。

そしてその分速度目いっぱいにコーナー地帯へ突入するのだった。

アクセルオフからブレーキを点灯させ、180キロ台から168キロまで減速する。

その間にハンドルを左に切り、ドリフトの下準備へ。

そして前輪がコーナー入口のドリフトラインを踏みつけた瞬間にアクセルを全開に踏み込み、ワンテンポ置いてからハンドルを右に曲げてカウンターを当てる。

 

「―――!」

交差点を左に曲がる形でドリフトするRZ34。

アウトインアウトのラインでRZ34は最初のコーナーを駆け抜ける。

だがすぐに右高速コーナーが迫る。

 

「(ここだ…!)」

ハンドルを右に曲げ続けてカウンターを当て続ける中で、時雨はアクセルをリリースする。

左向きに向いていたRZ34はどんどんと右へと向きを変える。

そしてコーナーの数m手前で再び時雨はアクセルを踏み込む。

そしてアクセルを踏み込むのと同時に、ハンドルを今度は右から左へと切り返す。

 

「(ストレート区間も流し続ける…!)」

変にアクセルをリリースしてドリフト状態を抑えるのではなく、ドリフト状態を維持し続ける。

こうする事で失速をしないように速度を維持し続ける。

ストレート区間でもドリフトし続けられる角度の分だけハンドルを左に曲げ続けて、ドリフトし続ける。

ラウンジ横のストレートをアクセル全開で駆け抜けると同時に、アテンザの存在がどんどんと大きくなっていくのがわかった。

 

「な…!」

カンザブロウにとっては驚愕の光景だった。

直線ドリフトをし続けるRZ34が、まるで自分の存在に食らいつかんと言わんばかりの速度で接近してきているのだ。

第3コーナーを抜け、加速しようにもその加速差には明らかに差があった。

 

「(立ち上がりで…追い抜く!)」

第3コーナー地帯の最後の右高速コーナーを抜けようとしているRZ34。

ハンドルを右左に都度調節しながら3つのコーナーを1回のドリフトを維持し続けて突破してかけていた。

コーナー地帯の出口が近づくにつれ、時雨はアクセルをリリースし、左に向けていたハンドルを再びニュートラルに戻す。

そして前輪がコーナー地帯出口のドリフトラインを踏みつけた瞬間にアクセルを全開に踏み込む。

150キロ台だったRZ34は一気に170キロ台まで加速し、第4コーナーに突入しかけていたアテンザに急接近していた。

 

「(―――いけ!)」

第4コーナーの左高速コーナーに突入する寸前、RZ34は第3コーナーの立ち上がり速度を生かしてアテンザのテールトゥノーズから一気にサイドバイサイドまで詰め寄った。

そして第4コーナーを2台はほぼ同じタイミングで、前輪を踏みつけたのだった。

 

「―――!!」

「まさか…!」

コーナーに入る直前でハンドルを軽く左に切ってアクセルをリリースした時雨。

かと思いきやすぐに右に切り返し、それと同時にアクセルを全開に踏み込む。

ほぼ減速なしの慣性ドリフトでRZ34は第4コーナーに突入した。

一方のカンザブロウはブレーキを軽くかけてアテンザをドリフトさせる。

ブレーキを掛けたドリフトとそうでないドリフトではどちらのほうが速いか?

結果は言うまでもないだろう。

第4コーナーのインを取っていたRZ34はコーナーの突っ込みだけで一気にアテンザを追い抜いた。

ドリフトアングルを必要最低限だけ付けた状態でドリフトし続けるRZ34。

アテンザも負けじと食いつこうとするが、進入速度では圧倒的にRZ34の方が優位だった。

コーナー速度で差を付けたかと思いきや、とどめと言わんばかりにRZ34はコーナーの立ち上がりでも一気に加速していく。

 

「(逃げ切れ…!)」

「…っ」

第4コーナーを抜けた以上ゴールラインまで駆け抜けるだけ。第4コーナーで160キロ台を維持していたRZ34は、最終ストレートを180キロ台という速度で駆け抜けていった。

一方のアテンザはどんなに頑張っても150キロという速度が精いっぱい。

当然ストレートでも追いつけるわけもなく、圧倒的な性能差を見せつけんと言わんばかりにRZ34はゴールラインを駆け抜けるのだった。

 

そのタイム差は2.2秒…言う間でもなくカンザブロウの敗北だった。

 

◇ ◇ ◇

 

―――ゴール後、箱根パイクロード左車線路肩。

ゴールラインの数百m先、ハザードランプを炊いて路肩に止まっているRZ34とアテンザ。

双方のドライバーたちが降りてきて会話していた。

棋士の男は前もって渡されていたホチキス止めの書類を持っていた。

 

「お見事でござんす…ではこれをお渡ししやしょう。失踪後のお兄さんの足取りについての書類でござんす…」

そう言って男は奈美子にその書類を渡すのだった。

 

「ありがとう!どれどれ…」

奈美子が書類の中身を時雨と共に確認する。

 

「…病院を抜けた後は、やっぱりひたすらジョーカーを追っていたのね?」

奈美子の言葉にカンザブロウが回答するようにこう言った。

 

「ええ、『ジョーカーへの復讐』以外の記憶が一切なかったお兄さんは、各地のジョーカーの痕跡…悪事の痕をひたすら辿っていたようでござんす」

「奈美子の兄さんは…こんなに、いろんな場所に行っていたんだ」

書類に記載されていた地図には皇帝がどのような場所を移っていたのかが記載されていた。

その書類には関東一帯…北関東から神奈川県西部、さらには山梨県、静岡県の一部まで転々としていたと記載されていた。

それ程ジョーカーも悪行三昧を繰り返していたという事だろう。

そしてそのマップの部分が、渡された書類の最後だった。

 

「あっしの資料はここまででやんす。続きは道楽先生が持っているでござんすよ…お兄さんとの再会、成就を願ってるでござんすよ!」

カンザブロウは時雨と奈美子を激励するようにそう告げた。

 

「ありがとう、カンザブロウ…!」

「僕達、頑張るよ!」

2人はそれぞれカンザブロウにお礼の言葉を告げ、再びRZ34に乗り込むのだった。

 

 

 


 

 

 

 

カンザブロウの後、何人かチームメンバーを倒した後に時雨と奈美子の前へと現れたのはR34GT-Rに乗った白衣のあの男だった。

 

―――箱根パイクロード山頂付近ラウンジ駐車場。

駐車場には先客として、その男がいた。

RZ34を横付けするように駐車し、時雨と奈美子が男に話しかけに向かう。

 

「久しぶりだね。いや、その節は誠に申し訳なかった。次期院長として改めて謝らせてもらいたい。すまない、この通りだ」

道楽で走りの世界にいる、白衣を着たその男は…時雨と奈美子に対して頭を下げるのだった。

 

「道楽先生…」

「…いいんです。結果的に兄と再会できましたし」

奈美子は男を許すような口調でそう言った。

 

「罪滅ぼしと言ってはなんだが、私を踏み台にして強くなってくれたまえ!道楽で走ってる程度だが、少しは役にも立つだろう!さあ!」

どこか卑屈になりがちに男はそう言うのだった。

 

「は、はあ…」

「…お願いします」

その態度に時雨は「お願いします」としかいう事は出来なかった。

 

「ああ、そうだ。お兄さんについての情報もDr.ソウイチから受け取っている。これは君たちにとって必要な情報のはずだ!さあ、バトルと行こうじゃないか。ハンディキャップは4秒だ…追い抜いてくるがいい!」

「4秒…わかりました。始めましょう」

「望むところです!」

そう言って時雨と奈美子はRZ34に乗り込み、RZ34をスタート地点へと移動させるのだった。

 

◇ ◇ ◇

 

―――vs道楽のタダヒコ

推奨BGM:HURRY UP(from Odyssey Eurobeat)

 

左レーン、R34GT-R。右レーン、RZ34。

2台のエンジン音がスタート地点に木霊する。

 

バトルの前、時雨は気になった事を奈美子に伝えていた。

「奈美子、少し思ったんだけど…」

「何?」

「道楽先生、卑屈になってなかった?」

「…言われてみればそうね。それがどうかしたの?」

「いや…別に。ちょっと気になっただけさ」

「ならいいんだけど…」

時雨にとってもタダヒコの態度はどこか気になっていたようだった。

 

「さあ、追いついてきなさい…!」

そう言ってタダヒコはR34GT-Rを発進させるのだった。

伊達に280馬力級のR34GT-Rなだけあって、スタートダッシュから一気に加速していく。

 

「―――」

だが、時雨にとっては此処は踏み台にしか過ぎなかった。

ここで止まる訳にはいかないのだ。

譲れないものがある…だから自分は走る。

真実を追い求めて…超えるべき目標に勝つために。

その初心を考えながら、RZ34のカーナビがカウントを表示しようとしていた。

 

3

 

2

 

1

 

GO!

 

「―――!」

ギアを切り替え、アクセルを踏み込んでマシンを加速させる時雨。

スタートダッシュを決めたRZ34はあっという間に170キロまで加速する。

上り坂の中、第1コーナーである右直角ロングコーナーが迫る。

それでもギリギリまでアクセルを踏み続けることは止めない。

あの皇帝だったらどうコーナーを駆け抜けるか…そうイメージしつつマシンを制御する。

コーナーの手前数メートルのところでアクセルをリリースして、ブレーキをフラッシュさせる。

時雨の前にゴーストとなるR35GT-Rが迫る中、ハンドルを右に曲げてアクセルを踏み込む。

 

「(あの幻影を…追いかけろ!)」

時雨自身、目に映ったR35GT-Rは幻覚であるという事は把握していた。

如何せん相手は把握していたのである。

だからこそここにR35GT-Rが現れること自体がおかしいという事は認識していた。

じゃあ何なのかと言えば間違えなく自分が越えたい目標という幻覚だろう。

そんな幻覚を追い抜くべく、時雨はコーナーでもアクセル全開に踏み込み続けながらハンドルを左に曲げてカウンターを当て続ける。速度計が160キロを示す中で時雨はアクセルを踏み続ける。

 

「(追いつくんだ…自分のやり方で!)」

RZ34はコーナーの内側にインベタという状態で隙間数cmの状態を維持し続けながらドリフトしていく。

ブラインドコーナーの視界が開けたところでコーナーの出口が迫る。

遠くに見えた次のコーナーのカーブミラーが見えたところで時雨はアクセルを徐々にリリースし、ハンドルをニュートラルに戻していく。

インベタの状態だったRZ34は徐々に走行ラインを膨れていく。

完全に正面を向いたところでRZ34の前輪はコーナー出口のドリフトラインを踏みつけた。

 

「(…!)」

それと同時に再びアクセルを踏みつけ、暴れかけるRZ34のハンドルをキッチリ握って暴れ馬にならないよう制御する。

直進したRZ34は150キロ台から170キロまで再び加速する。

だがその数秒後にはすぐ第2コーナーの右直角コーナーが迫る。

再びアクセルをリリースし、ハンドルを右にぐいと曲げて徐々にテールスライドさせていく。

 

「(落ち着け…)」

先行する幻影のGT-Rを追いかけるようにオーバースピード気味に突っ込む。

ハンドルを右に曲げてテールスライドしていく中、RZ34の前輪はドリフトラインを踏みつける。

アクセルを再び踏みつけてリアタイヤを空転させ、白煙を上げつつドリフトしていく。

インコースを走るRZ34はカウンターを当てつつも、幻影のGT-Rに徐々に迫っていく。

 

「(―――行ける!)」

直ぐにコーナーの出口が迫る。

ハンドルをニュートラルに戻しつつ、アクセルを徐々にリリースする。

白煙を上げていたRZ34は徐々にドリフト状態からグリップ走行へと戻っていく。

そして前輪がドリフトラインを踏みつけた瞬間、時雨は再びアクセルを全開に踏み込む。

 

「(―――並んだ!)」

立ち上がりで150キロ台から再び加速するRZ34。

幻影のGT-Rは時雨のすぐ横…サイドバイサイドの状態にいた。

一歩でも先に出し抜かんとアクセルを踏み込み、RZ34を加速させていく。

速度計は170キロ台を示す。

目の前の交差点に向けて、RZ34はストレートを駆け抜ける。

短いストレートの後、交差点を左に曲がる形で3つのコーナーが1つのドリフト区間に濃縮されているコーナー地帯が迫る。

だが少しでも早く走らせることに一心不乱だった時雨は、ここである存在の事をすっかり忘れていた。

 

「(…むっ!?もう追いついてきたのか!?)」

コーナー地帯に突入しかけていたR34GT-R。

そう、時雨は道楽のタダヒコの存在をすっかり忘れていたのである。

R34GT-RのバックミラーにRZ34の存在が映る。

夕日に照らされ、ヘッドライトを照らしたRZ34が文字通り鬼神の如き勢いで猛追してくる。

だが、ニトロを使おうにもこちらはコーナー地帯。変なところで使ったところで壁へ接触したりコースアウトの可能性がある以上使う事は出来なかった。

 

「(横並びの状態…)」

第3コーナーのコーナー地帯へと突入しかけたRZ34。

交差点の直前でブレーキをかけ、左直角コーナーに備える。

速度は176キロから147キロまで減速する。

普通であれば明らかなオーバースピードではあるが、この車にとっては問題はなかった。

ブレーキングの際に左にハンドルを曲げ、RZ34を一気にテールスライドさせていく。

そしてドリフトラインを踏みつけた瞬間にアクセルを踏み込んで更にタイヤを空転させる。

空転と同時にハンドルを左から右に切り返してカウンターを当てる。

幻影のGT-Rはインコースという事もあり、RZ34より一歩出し抜いた。

 

「(前に行かれたけど…まだチャンスはある!)」

この時、時雨の視界にはタダヒコのR34GT-Rの存在は眼中になかった。

寧ろ本来追いかけるべき幻影のGT-Rを追っていたのである。

その陰に食らいつかんと時雨はアクセルを踏み続け、ハンドルを右に曲げてカウンターを当て続ける。

150キロ台という明らかな高速スピードでコーナーを、走行レーンの上のレールをグラインドするように駆け抜ける。

 

「(2つのコーナー…!)」

ハンドルを右に切り続けながらアクセルをリリースする時雨。

RZ34は左向きから右向きへと一気に方向を変えていく。

そして変えていく最中アクセルを再び踏み込み、今度はハンドルを左に切り返してさらにカウンターを当て直す。

ラウンジ横の直線区間でも時雨はアクセルを踏み続け、ドリフト状態を維持し続ける。

文字通りの直線ドリフトの間に、目の前には先行していたR34GT-Rがどんどん迫って来ていた。

 

「な…!」

タダヒコのR34GT-Rもドリフトしていたが、RZ34のドリフトとは速度差が30~40キロはあった。

間違えなく時雨のRZ34の方がインコースという事もあり有利だった。

ドリフト区間における直線区間で、RZ34はR34GT-Rを猛追する。

そしてドリフト区間の最後のコーナー…右高速コーナーを抜ける瞬間、RZ34はカウンターを当てていたハンドルをニュートラルに戻したところで、R34GT-Rのサイドバイサイドについたかと思いきや、そのままの勢いで追い抜いた。

そしてテールトゥノーズの状態になったところ…丁度アクセルオフにしたタイミングで、RZ34の前輪はドリフトラインを踏みつける。

 

「―――!」

アクセルを全開に踏み込み、RZ34は150キロ台から再び170キロ台まで加速する。

先ほど追い抜いたR34GT-Rは完全に置き去りの状態だった。

 

「(まさか…ここまでとは!?)」

Dr.ソウイチが秘密裏に開発していたというRZ34。

そのこと自体は噂で聞いていたが、それでも自分の車にハンディキャップを付けてそのままオーバーテイクできてしまう速さだった。

明らかに速すぎる…いや、自分なんかが敵ではない。恐ろしい怪物を自分は相手にしている…。

タダヒコは嫌でもそれらの現実を直視するしかなかった。

 

「―――!」

一方の時雨のRZ34の前には、最終コーナーである左高速コーナーが迫る。

170キロ台という速度を出しているRZ34は、アクセルをリリースしてハンドルを軽く左に曲げる。

その速度から徐々にパワースライドしていくRZ34。

テールスライドの速度こそ遅いが、確実にドリフト態勢へと移っていた。

前輪がドリフトラインを踏みつけた瞬間にアクセルを踏みつける。

空転を始めたRZ34は徐々にアングルを付けてドリフトしていく。

そしてそんな中でも時雨はハンドルを右に曲げ続けてカウンターを当てる。

走行ライン自体は走行レーンの端っこにあるラバーポールとの隙間10cm程度まで攻め込みつつ、インベタで駆け抜けていく。

 

「っ…!」

時雨の視界にはノーズの部分だけ先行する幻影のGT-Rの姿が映っていた。

明らかにあのGT-Rは自分よりも速い速度でこのコースを走っている。

だったら自分に出来る事はその影を踏む事だけ。

先行するGT-Rの存在だけを見て、ドリフトしていく。

そして高速コーナーもすぐにコーナー出口のドリフトラインが迫る。

アクセルリリースからのハンドルをニュートラルに戻したところで、再びアクセルを全開にして地面を蹴り出すようにRZ34を加速させる。

 

「(これは…どうなる!?)」

最終ストレートにおいて、幻影のGT-RにRZ34は立ち上がりで食らいついていた。

だがその距離差はじりじりとであり、確実に追い抜けるという訳ではなさそうだった。

嫌でも時雨はアクセルを踏み続ける。目の前のゴールに向かって、幻影と共にRZ34は走り抜ける。

そして速度計が190キロ近くを示したところで・・・RZ34はゴールラインを駆け抜けたのだった。

R34GT-Rは間違えなく追い抜けていた。

だが、幻影のGT-Rに対してはというと…

 

「(ほぼ同じ瞬間だった…今の走りでギリギリ同着か、僕が鼻先で負けていたかのどっちかだろう…)」

ゴールラインを駆け抜け、ゆっくりと減速していく中で時雨はそう思っていた。

そう、RZ34と幻影のGT-Rはほぼ同じタイミングでゴールした。

…いや、本当に数cm単位でGT-Rの方が先着したと言ってもいいと時雨は感じていた。

食らいつくには食らいつけたが、これでやっと五分…追いかける幻影にようやく食らいつけたと、時雨は認識するのだった。

 

「(特訓が全て終わったら、また自主練習をしに来ないと)」

ハザードを炊いてRZ34を減速させていく中で時雨は改めてそう思ったのだった。

 

「やはり…私と彼女では色々と格が違うようだ」

一方のタダヒコ。

こちらは時雨に遅れて4秒もの大差をつけて敗北した。

負ける事は分かっていてもここまでとは正直思っていなかったのが現状だった。

しかし彼に不満はなかった。

あそこまで振り切られてしまった以上、どこか諦めに近い感情が彼を支配していたのだった。

 

◇ ◇ ◇

 

箱根パイクロードのゴールラインの先、パイクロード本線の路肩にRZ34とR34GT-Rが路肩に停車されている。

勝負に敗れたタダヒコは、約束通り車内から書類を取り出して時雨と奈美子に渡すのだった。

 

「いやあ、私の完敗だ…やはり所詮道楽ではかないっこないようだ。…ではこれが、約束の資料だ」

「…どうも」

そう言って時雨が書類を受け取り、奈美子共々中身を確認する。

 

「何々…」

「これは…最近の『皇帝』にまつわる事件の数々!?」

奈美子が驚愕した。

タダヒコが渡した書類には、皇帝が起こしたであろう事件の数々が記載されていた。

 

「茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉に奥多摩、相模、山梨、静岡…本当に各地で起こしてたんですね」

「そう…イズミ達のチームの件の他にも、『皇帝』を名乗った恐喝についてだ。殆どはジョーカーたちの仕業だが、一部…どうやら奈美子君のお兄さんが起こした事件もあるようだ」

「そんな…!」

「私の兄さんが、恐喝…!?」

驚く時雨と奈美子。だがタダヒコは擁護するようにこう言葉を続けた。

 

「といっても、それはジョーカー団傘下のチームに対し、本体に近づくためにやったことのようだが…傷害事件も多少あるようだな」

「あ…そうだったんですね」

「"俺の手は汚れている"って言ったのは、このことだったのかしら…」

するとタダヒコはまた、奈美子の言葉に対してこう言った。

 

「まぁ聞けば聞くほどジョーカー団ってのはどうしようもない連中だったようだし、個人的には君の兄さんは悪くないと思ってるよ、私は」

その言葉を聞いた奈美子と時雨は、現実を受け止めるかのようにこう言うのだった。

 

「道楽先生、ありがとう。フォローしてくれて…でも大丈夫、私、これくらいじゃへこたれないから!」

「僕も…皇帝に勝つために、頑張ります」

「うむ、よろしい…さて、ここからはこの道路を下った先の小由原料金所付近でのバトルとなる」

時雨と奈美子の言葉に対し、この先の事をタダヒコは伝えた。

 

「…!」

「パイクロードでは基本的にドリフトバトルは禁止でな…あまりにも超高速故に死傷者が出る可能性もあるくらいのコースなんだ」

「そうなんですね…」

「だからこそ、出口付近の小由原料金所のみのバトルとなるのだろう…だが、下り坂を下った後の直角コーナー地帯が多いコースだ。最低限気を付ける事だね」

そうタダヒコはアドバイスの様に伝えた。

 

「わかりました…じゃあ僕達、マシン整備をして行ってきます」

「道楽先生、ありがとうございました!」

そう言って時雨と奈美子はRZ34に乗り込み、Uターンして一度ラウンジに止められていた奈美子のS30Zの元へと向かうのだった。

 

 

 


 

 

 

―――小由原料金所近く、左車線路肩

時刻は既に19時となり、日は落ちて真っ暗になっていた。

 

「来た…あああ、緊張するなあ…」

路肩の非常停車帯で待っていたのは、皇帝の担当となっていた研修医である例のメガネ男だった。

山の道を下ってくるS30Zと、それに追従する形で走ってくる白銀のRZ34。

路肩の非常停車帯には、待ち構えるかのように既に男の車であるBM9レガシィが止まっていた。

S30ZとRZ34が縦列で停車し、既に待っていた男の元へとドライバーたちが挨拶がてら駆け寄った。

 

「カズヒトさん!」

「お、お久しぶりです!色々手掛かりになるんじゃ、と思って皆さんと一緒に『皇帝』について調べておきましたから!」

「ありがとう…兄さんについて色々知る事が出来て、助かってるわ」

「僕からもお礼を言わせてもらうよ…本当にありがとう」

奈美子と時雨はにこやかな顔でそうお礼を伝えた。

するとカズヒトはそれに対し、どこか躊躇するようにこう言うのだった。

 

「その…内容的には…お、お伝えしない方がいいかな、と思うものもあったりはしたんですが…」

「大丈夫、全てを知っておきたいの。その上で兄さんを迎えてあげたい…私はそう思っている」

「僕も、奈美子と一緒さ。皇帝の事について…色々知っておきたいんだ」

どんな情報でもすべてを受け入れる…そう言わんばかりの姿勢に、カズヒトは感服してこう言うのだった。

 

「ご立派だと思います…それなら、僕も全力でお相手します!今日こそは、く、車酔いもせずに…!」

「うん、よろしくね」

「あ…ハンディキャップは、5秒です。よろしくお願いします」

「わかったわ、行きましょう時雨」

「うん」

そう言って3人はそれぞれの車に乗って準備するのだった。

 

◇ ◇ ◇

 

―――vs車酔いのカズヒト

推奨BGM:FIGHT 4 LOVE(from EUROBEAT KUDOS 2020)

 

 

左レーン、RZ34。右レーン、BM9レガシィ。

小由原料金所は、スタート直後の高速コーナーと一般道エリアの高速・直角コーナー地帯がメインとなるコース。

スタート直後ストレートを駆け抜けた後、第1コーナーである、歩道橋の下をくぐる左高速コーナーを抜けたらしばらく道なりのストレート。

料金所を抜けたところで分岐があるので、ドリフトラインに沿うように左の直角ロングコーナーとなる。

このコーナーを抜けると今後は右直角コーナー。抜けると次の分岐があるのでそこを左に行くようにして左の高速コーナー。

そして分岐直後の下り坂を下ったところで、一般道路との合流となる右直角コーナーがある。

この右直角コーナーを抜けると最終ストレートで、高架の下を駆け抜けてガソリンスタンドのほぼ真横となる場所がゴールとなる。

なお料金所の機能は午前8時から午後7時までとなっており、それ以外の時間は料金不要で通行可能であることを記載しておく。

 

「さあ…逃げ切らないと…」

カズヒトは緊張しながらもハンドルをキッチリと握っていた。

幾らトンデモスペックのRZ34とはいえ、そう易々と自分が勝利を与えるわけにはいかない…こちらにも多少のプライドがあるのである。

そう思うと兎に角逃げきる事が先決である…そんな思いを抱きながら、カズヒトはBM9レガシィを発進させるのだった。

 

「……」

一方の時雨。

先行するBM9レガシィのテールランプを見送りながら、覚悟を決めていた。

変なところで立ち止まる事はこの自分が許さない…そんな思いが強くなる。

そう思えば思うほどハンドルを握る手の握力が強くなる。

アクセルやブレーキを踏みつける足にも力がこもる。

ここは譲れない…時雨にとっての口癖のその言葉が、時雨の心を支配していた。

そんな中で、カーナビがスタートのカウントダウンを始めるのだった。

 

3

 

2

 

1

 

GO!

 

「―――!!」

エンジン回転数を8500回転に合わせ、ギアを切り替えてアクセル全開で加速していくRZ34。

下り坂とロケットスタートが相まって速度は一気に184キロまで加速する。

スタート直後のストレートで一気に加速したのはよいが、直ぐに第1コーナーである左高速コーナーが迫る。

 

「…っ」

アクセルをリリースしてハンドルをくいと左に曲げる。

パワースライドから徐々にテールスライドしていくRZ34。

そしてスライドしていく最中RZ34の前輪はドリフトラインを踏みつける。

その瞬間に時雨はアクセルを踏み込んで後輪を空転させ、白煙を上げさせると同時にハンドルを右に切り返す。

白煙を上げて170キロ台という速度でドリフトしていくRZ34。

だがすぐにコーナーの出口が迫る。

 

「―――!」

ハンドルを右からニュートラルに徐々に戻し、アクセルも同時にリリースしていく。

そして前輪が再びコーナー出口のドリフトラインを踏みつけた瞬間にアクセルを全開に踏みつける。

170キロだったRZ34は再び推進力を得て、目先のストレートへ直滑降の如く加速していく。

その速度はもはやボブスレー…いや、ルージュの様に坂を一気に駆け下りていく。

速度計は200キロ近くまで加速していく。

 

「(はっきり言って…かなりの速度だ…!)」

下り坂という事も相まってRZ34の速度は190キロまで加速し、そのまま料金所ゲートを通過する。

目の前には左直角ロングコーナーが迫る。

料金所のゲートが真横を通り抜けた瞬間、アクセルリリースから一気にブレーキをかける。

ハンドルを少しだけ左に曲げた上でフルブレーキングをすることで、マシンが徐々に左向きになっていく。

テールスライドしかけている状態だった。

速度は一気に195キロから170キロまで減速する。

 

「(でも…食らいつく!)」

先行するBM9レガシィに食らいつくべく、テールスライドからマシンをコーナーの向きに曲げていく。

そしてその最中、RZ34の前輪がドリフトラインを踏みつけた。

その瞬間にブレーキをリリースし、離していたアクセルを再び全開に踏み込む。

後輪に力を与えられたRZ34は白煙を上げながら猛烈な勢いでドリフトしていく。

速度計は175キロを示している。

そしてそんな状況下で時雨にはあの変化が生まれていた。

 

「(体が…でも!)」

速く走れる代わりに全身が炎に包まれるようなあの感覚。

前のワンエイティでも起きていた現象だけに耐性こそついていても、やはりこの超高速ドリフトの状態でこれが起こるとなると…一歩操作を間違えれば車がどこかに飛んで行ってしまいそうな感覚に陥っていた。

だがそれでも時雨はハンドルを握り続け、右に曲げてカウンターをRZ34に当て続ける。

RZ34は走行レーン上に存在するレールの上をグラインドしていくかのような状態で、走行レーンの真ん中に綺麗な弧を描きながら猛烈な勢いでドリフトしていく。

意識が吹き飛ばないように、車の進行方向だけを見てマシンを制御し続ける。

ロングコーナーを180キロどいう猛烈な速度で走るRZ34の前には、本来の対戦相手であるBM9レガシィの姿が現れるのだった。

BM9レガシィは第3コーナーに突入しようとしていた。

 

「(も、もう追いついてきた…!?)」

夜闇の中、後方からRZ34のヘッドライトの存在をバックミラーで確認したカズヒト。

速さ自体は分かっていても流石に速すぎる。

一帯向こうは何キロ出しているのか気になるほどだった。

こちらは必死のアタックでも140キロ台が限界だというのに。

どんな速さを得ればあの車のように加速していくのか…そう思わざるを得なかった。

 

「(…追いつけ…!)」

ドリフトの最中にBM9レガシィの存在を確認した以上、こちらは食いつくまで。

そう時雨は思い、アクセルを踏み続けてカウンターの為に曲げていたハンドルの角度を少しだけ緩める。

そして第2コーナーの出口が迫る中、時雨はハンドルを徐々にニュートラルに戻しながらアクセルもリリースしていく。

RZ34はドリフト状態から徐々にグリップを回復していく。

先行するBM9レガシィの存在が徐々に近づいてくるのが時雨でもわかった。

間違えなく追いつける…そう思いながら、再びアクセルを全開に踏み込む。

その瞬間はRZ34の前輪がドリフトラインを踏みつけた瞬間であった。

 

「―――!」

アクセルを踏み込むことで170キロから再び加速していくRZ34。

速度は180キロ台まで到達する。

だが目の前には第3コーナーである右直角コーナーが迫る。

即座にアクセルオフからブレーキをフラッシュさせる。

それと同時にハンドルを右に切り、後輪をテールスライドさせていく。

そして前輪がドリフトラインを踏みつけた瞬間にアクセルを全開に師、タイヤを空転させて一気にドリフト態勢へ。走行レーンの真ん中を走っていたRZ34は一気に右側に寄り、インベタの状態になる。

そしてその状態で白煙を上げながら右直角コーナーを駆け抜けていく。

 

「(次のコーナーで追いつく…!)」

全身が炎に包まれる感覚はまだ続いていた。

速度は明らかに自分が想像する以上に攻め込むことが出来ていた。

自分が想像する以上の走りを出来ている…時雨はそう思っていた。

速度計は170キロ台を維持しながら、先行するBM9レガシィに急接近していく。

アウトコースであるにもかかわらず、RZ34はどんどん近づいていく。

BM9レガシィは第3コーナーを抜け、第4コーナーまでの直線区間を走っている。

だがそれでも、RZ34はコーナーの速度の時点でBM9レガシィを上回っていた。

 

「(―――!)」

カウンターを当てるべく左に曲げていたハンドルをニュートラルに戻していき、アクセルもリリースしていく。

そして完全にニュートラルに戻し、アクセルをリリースしてコンマ数秒のところで、RZ34の前輪はドリフトラインを踏みつけた。

それを認識した時雨はハンドルをしっかりと握り、アクセルを再び全開で踏み込む。

地面を蹴り出すようにRZ34は170キロ台から190キロ近くまで加速し、そのまま先行していたBM9レガシィのテールトゥノーズまで接近する。

 

「(っ…やられる!)」

カズヒトがそう認識した瞬間、BM9レガシィは第4コーナーである左高速コーナーでドリフトしようとしていた。

だが次の瞬間。

 

「―――!!」

ワンテンポ遅れて第4コーナーに突入したRZ34は、ノーブレーキでリアタイヤを滑らせたかと思いきやドリフトしていたBM9レガシィをあっさりとオーバーテイクしてしまった。

速度差としては間違えなく20~30キロは出ている…そうカズヒトは認識した。

だが認識した直後、RZ34はあっさりと追い抜き、コーナーを脱出したかと思いきや、下り坂区間で更に車間距離を広げていく。

 

「だ、ダメだ…うっ…!!」

その猛烈な速さに対し、カズヒトは吐き気を催した。

とでもではないが敵わない相手だった。

そう考えた瞬間、カズヒトに対して一気に酔いの感覚が全身に回るのだった。

第4コーナーを立ち上がった瞬間にブレーキを掛けたカズヒトは、ハザードランプを炊いてBM9レガシィを減速させるのだった。

 

「―――――」

一方で最終コーナーをコーナー直前でブレーキングした上で、インベタの状態でドリフトしていくRZ34の時雨。

RZ34がドリフトしていく中で、BM9レガシィのヘッドライトはバックミラーから消え去った。

どうやら相手は降参したようだ。

それを認識してワンテンポ置いたところで、RZ34の前輪はコーナー出口のドリフトラインを踏みつけ、時雨はハンドルをニュートラルにした上でアクセル全開で立ち上がっていく。

最終ストレートを駆け抜けたRZ34は、アクセル全開の中で200キロ近い速度でゴールラインを駆け抜けたのだった。

 

そして6秒ほどして、ハザードランプを炊いて失速していたBM9レガシィも遅れてゴールするのだった。

 

◇ ◇ ◇

 

―――ゴール後、ゴールラインからしばらく走ったところでRZ34とBM9レガシィは左側の走行レーンの路肩に縦列停車という形で止まっていた。

車から降りてきたカズヒトは資料を持って、同じく車を降りていた時雨と奈美子に近づこうとしていた。

 

「さ、さすがですね…僕では全然かないませ…っと、す、すいません…やっぱりダメだ…お、オエエエッ!!」

そう言ってカズヒトは車の裏側に隠れて吐き気を催すのだった。

隠れに行ったその姿を見て、時雨と奈美子はどこか呆れ気味に、お約束をわかっていたかのようにこう呟くのだった。

 

「…相変わらずね、カズヒト君!」

「うん…あの人も、変わらないね」

そう2人が呟いたところで、カズヒトは再び時雨と奈美子の前に姿を現した。

左手には時雨と奈美子に渡すであろう資料が握られていた。

 

「ハァハァ…どうもすいません。で、では、これ…お兄さんの資料の続きです」

そう言ってカズヒトは奈美子と時雨に資料を手渡すのだった。

2人が資料の内容を確認し、それぞれ驚きの声を上げた。

 

「これは…」

「『皇帝』のレースの記録!?全戦、全勝!」

「すごい…こんなにレースをして、負けてないなんて…」

2人が驚く中、カズヒトが補足を伝えるようにこう言った。

 

「き、記録の残っていない野良レースなどを含めると、もっと勝利数は多いと思いますが…と、とにかく不敗の驚異的な数字です」

「やっぱり、『皇帝』の名前は伊達じゃないんだね…」

カズヒトの言葉に時雨は納得したかのように言った。

 

「そうですね…ちょ、ちょっと調べていて凄すぎて愕然としました。今も吐きそうです…」

するとカズヒトの言葉に対して、覚悟が決まっているかのように奈美子はこう言うのだった。

 

「でも、兄さんが『皇帝』として驚異的な腕前を持っている事は分かってたわけだし…もう、あとはやるしかないわよね!」

「…そうだね。僕もここまで来たら、後はもう正々堂々戦うまでだよ」

奈美子の決心に対して時雨も覚悟が付いているようにそう言うのだった。

 

「は、はい!そうですよね!お二人とも…どうか、頑張ってください!」

カズヒトは時雨と奈美子を励ますようにそう言うのだった。

 

「うん、ありがとう!」

「僕達、また頑張るね」

激励の言葉に対し、奈美子と時雨は互いにそうにこやかに答えた。

その後2人は次の相手を求め、再びRZ34に乗り込むのだった。

 

 

 

 


 

 

 

―――小由原料金所スタート地点。

時刻は19時40分。

カズヒトとのバトル後から何戦か「マシンヘッズ」のメンバーたちとバトルした後、時雨と奈美子のRZ34の前に現れたのは、2人が良く知るあの少年と愛車であるDC5インテグラの姿だった。

 

「君は…」

「アラタ君!」

「ナビ子さん!時雨さん!お待ちしてましたよ!(*^_^*)ゞテヘヘ」

サングラスを付けた赤髪の少年…アラタが次の対戦相手であった。

すると彼の事を気にかけた奈美子がこう言葉を続けた。

 

「元気そうで何よりだわ。兄さんの事、あまり気に病まないでね」

「はい、ありがとうございます。あ、ショウさんが見つかったそうですね!よかったです…ヽ(*゚∀゚*)ノワー」

アラタもやはり皇帝の事については気にかけていたようだった。

 

「そうなの…でも聞いたと思うけど、バトルで勝負しないといけない流れになっちゃって…」

「はい、聞いてます。原因を作ったのは僕なので…せめてお役に立てればと思います。さあ、その車の実力を見せてもらいつつ全力で相手しますよ!(`・ω・´)キリッ」

彼自身、役に立ちたいという気持ちは強いようだ。

 

「うん、よろしくね」

「あ、ハンディキャップですが4秒とさせていただきます。頑張ってくださいね!」

時雨の言葉に対し、アラタはハンディキャップの事を伝えると同時に応援するようにそう言った。

その言葉に対し時雨が軽く頷いた後、時雨と奈美子はRZ34に乗り込み、アラタはDC5インテグラに乗り込みスタートラインへと移動していく。

 

◇ ◇ ◇

 

―――vs赤髪のアラタ

推奨BGM:FLASH INTO THE NIGHT feat.MOTSU(from FLASH INTO THE NIGHT)

 

左レーン、DC5インテグラ。右レーン、RZ34。

暗闇の中で2台が横並びで停車して、エンジン音を木霊させていた。

 

「(パパが秘密裏に作っていたという車…その化けの皮を、僕が剥がしてみせる!)」

そんな思いを抱きつつ、アラタのDC5インテグラはスタートダッシュで発進していく。

下り坂で加速していくDC5インテグラに対し、RZ34はスタートを待機し続ける。

 

「(残る壁も全て…乗り越えるまでだ)」

一方の時雨は残る相手を壁に見立てていた。

その壁の高さは分からない。しかし越え甲斐は間違えなくある。

いや…超えないと皇帝には絶対に勝てない。

そう思えば思うほど、時雨の両手両足に気合が入る。

先行するインテグラを追いかけるべく、アクセルを踏み込んでエンジンを回転させる。

絶対に逃がさない…そんな思いを抱きながら、RZ34のカーナビにカウントが表示されるのだった。

 

3

 

2

 

1

 

GO!

 

「―――!!」

エンジン回転数…8500回転。

アクセルを踏み込みつつギアを切り替え、RZ34をロケットスタートで発進させる。

下り坂でRZ34は一気に185キロまで加速する。その勢いはまさしくジェットコースターのような勢いだった。

そんな中で第1コーナーの左コーナーが迫る。

 

「―――!」

アクセルをリリースしたかと思いきやハンドルを左にぐっと曲げて、RZ34の前輪がドリフトラインを踏みつけた瞬間に再びアクセルを全開に踏み込む。

ハンドルを右に切り返して軽くカウンターを当てつつ、180キロという猛烈な速度で高速でドリフトしていく。

軽く白煙を上げつつ、RZ34はタイヤを空転しつつドリフトしていく。

だが最小限のドリフトアングルを維持したRZ34は前に進むことをやめない。

逃げるに逃げる獲物に食らいつかんという勢いで前へと進む。

高速コーナーという事もありあっという間にコーナー出口のドリフトラインを踏みつける。

 

「(絶対に…食らいつく!)」

視界からコーナー出口のドリフトラインが消えかけた瞬間にアクセルをリリースし、ハンドルをニュートラルに戻していく。

そして次の瞬間にはハンドルを完全にニュートラルに戻し、アクセルを全開に踏み込むのだった。

推進状態でアクセルを踏み込んだことで、タイヤへとパワーが伝達されたRZ34は再び180キロ台から加速していく。

下り坂を下り切り、料金所のゲートを200キロ近い猛烈な速度で通り抜ける。

既に先鋒にはDC5インテグラの存在が第2コーナーの先に消えかけているのが時雨でも把握できた。

 

「(ここで見えたのなら…!)」

200キロ近い速度で第2コーナーの入口に迫るRZ34。

コーナーが迫るにつれてアクセルリリースから、ブレーキを踏み込んでマシンを多少減速させる。

速度は198キロから175キロまで減速する。

ブレーキングの際にハンドルを一気に左に曲げ、リアタイヤをスライドさせていく。

そしてRZ34の前輪がドリフトラインを踏みつけた瞬間、アクセルを踏み込んでリアタイヤを空転させる。

空転を始めたRZ34は更にドリフトアングルを増していく。

そして横向きになりかけている…と認識した瞬間にハンドルを右に一気に切り返してカウンターを当てる。

走行レーンの右端から徐々に左端へと接近していくRZ34。

カウンターを当てつつもRZ34は走行レーン左端の壁に接近しつつ、隙間10cmもない程のギリギリの走行ラインを駆け抜けていく。

 

「(食らいつく…!)」

先行するDC5インテグラはどんどん接近してくる。

向こうは間違えなく自分よりも遅い速度でドリフトしている。

しかもインコースを走っているという事もあってRZ34はDC5インテグラとの距離差を一気に縮めていく。

 

「(くっ…もう追いついてきた!)」

一方、第3コーナーの右直角コーナーに置いてFFマシンを何とかドリフトさせていくアラタ。

だが性能差は歴然だった。

左側バックミラーがRZ34の白銀色のヘッドライトによって輝く。

バックミラーに見えるRZ34のヘッドライトの光はどんどん大きくなっていく。

 

「(く、来る…!)」

第3コーナーも何とか走行レーンの中央を駆け抜けるようにドリフトしていくDC5インテグラ。

だが、タイヤの食いつきが悪いのか徐々に道路中央…つまりアウトに膨れていく。

速度は120キロ台…何とかレーンの外にはみ出ないように必死にハンドル操作をするも、失速は明らかだった。

そしてそれを見逃さなかったRZ34は、160キロ以上という速度でアウトから大外刈りに取り掛かろうとしていた。

 

「(―――行け!)」

第3コーナー出口でハンドルをニュートラルにしてアクセル全開に踏み込む。

コーナーの立ち上がりで一気に180キロ近くまで加速していく。

DC5インテグラにはあっという間に食らいついた。文字通りのテールトゥノーズである

かと思いきや、RZ34は第4コーナーである左高速コーナーに突入する直前にサイドバイサイドになっていた。

そして次の瞬間。

 

「っ……!」

DC5インテグラ、140キロ。RZ34、179キロ。

第4コーナーをノーブレーキで突入した2台。

だが速度差は歴然だった。

第4コーナーをシンクロという形でドリフトしていく2台だが、速度差であっという間にRZ34はDC5インテグラをオーバーテイクした。

 

「やられた…!」

第4コーナーを立ち上がる2台。

ジェットコースターの下り坂のようにRZ34は加速していくが、DC5インテグラは加速が鈍い。

どうやら立ち上がりのタイミングをミスってしまったようだ。

圧倒的なパワー差で完璧にねじ伏せられてしまったアラタは、完全に走りにも影響を及ぼしていた。

1つのコーナーの突っ込み、ドリフト速度、立ち上がり…それらのどれにおいても太刀打ちが出来ない。

第4コーナーと第5コーナーの間の直線区間でも2台の差は開き続けていく。

そして最終コーナーである第5コーナーの右直角コーナーにおいても、インコースという立場であったDC5インテグラは速度差で完全に食らいつくことが困難だった。

 

「あれが、パパの隠し玉なんて…僕には到底乗りこなせそうもない…(´・ω・`)ショボーン」

闇夜の中を切り裂くように駆け抜けていくRZ34。

その何とも言えぬ後ろ姿にアラタは嫉妬に近い感情を抱いていたが、同時に諦めのような感情も抱いていたのだった。

 

「(この峠で残る幹部は…あと1人!)」

最終コーナーを立ち上がり、加速していくRZ34の中でそう認識した。

皇帝に追いつくために速くあの人と戦いたい…そんな思いが強かった。

そしてその一方で…時雨はもう1つの感情も持っていた。

 

「(でもそれだけじゃなくて…ソウイチ先生に、伝えたいこともある…)」

そんな思いを抱きながら、RZ34は最終ストレートを駆け抜けゴール。

遅れてきていたDC5インテグラも何とかストレートを立ち上がってゴールするも、そのタイム差は3秒以上だった。

時雨の完勝であった事は言うまでもない。

 

◇ ◇ ◇

 

―――ゴール地点から100m程離れた地点。

縦列でRZ34とDC5インテグラが左端に停車している。

車から降りたアラタは右手に調査ファイルを持って、同じく車から降りていた奈美子と時雨に話しかけた。

 

「流石お2人は強いですね…ハンディキャップを付けても全然敵わない」

「アラタ君…」

「でもこれだけの実力なら、きっとショウさんを…連れ戻せるはずです!お2人なら絶対できるって、断言しますよ」

「うん…ありがとう。僕達、頑張るから!」

「それとですが…これが最後の調査ファイルです|д゚)⊃目」

そう言ってアラタは奈美子に調査ファイルを手渡した。

時雨と奈美子が中身を確認する。

 

「これは…」

「ここ数日の『皇帝』の動向、ですって?」

「ええ…ニセ皇帝を名乗ったジョーカーが箱根を牛耳るためにやってくるという情報を掴み、ショウさんはここ数日、峠に潜伏していたみたいですね」

「その情報を掴んでいたから、ジョーカーと対面して…正拳突きや背負い投げをお見舞いした、ってことなんだね」

「はい…ただ、ここまで入念に下調べと潜伏していた割にそれらだけじゃちょっと不思議な気が…いや、もっとするべきだったとかそう言いたいわけじゃないんですけど」

「うーん…これは兄さんに直接聞いてみないと真意は分からないわね。とにかく、ありがと」

「応援してますよ!頑張ってくださいね!!」

「ありがとう。頑張るよ」

そう時雨が言った後、時雨と奈美子は再びRZ34に乗り込んで次のバトルへ向かった。

アラタは車が見えなくなるまでバックミラー越しに手を振っていたのだった。

 

「あの車…僕にも才能があれば、乗ってみたかったな」

1人になった後、アラタはポツリとそうDC5インテグラの車内で呟くのだった。

 

 

 


 

 

 

―――小由原料金所付近、20時30分。

推奨BGM

 

小由原料金所のゲート直後の交差点付近で、一台のマシンがハザードランプを炊いて待機していた。

Dr.ソウイチとその愛車である。

だがその愛車はこれまでソウイチが乗っていた車とは似て異なるものだった。

そしてその愛車の後ろに付ける形で、後方からやってきたRZ34が停車して車からドライバーたちが降りてくる。

それに合わせてDr.ソウイチも車を降りて話しかけに行くのだった。

 

「ソウイチ先生…僕達、倒してきました」

「うむ。見事我が『マシンヘッズ』の面々を撃破し、ここまでたどり着いたな!であれば、『皇帝』の情報も全て受け取れたという事だね?」

「はい」

「おかげさまで、色々と知る事が出来ました」

「中には辛い情報もあったかと思うが…すまなかったね」

ソウイチはどこか詫びを言いたそうにそう言った。

 

「大丈夫です、迷ったりしません。私たちは兄さんに勝って帰ってきてもらう。それだけが望みなんです。ね、時雨?」

「うん…僕も、皇帝に勝つだけですから…」

奈美子の問いに時雨は迷いなくそう言った。

 

「ようし、その意気だ…今回の為に私も新車を…ランエボのファイナルエディションを用意した。きっちりと相手させてもらうよ」

「…!」

「ランエボのファイナルエディション…!?先生も乗り換えたんですね!」

「うむ!君たちと戦う以上やはりあの車では限度というものがあるからな…!今回の特訓を機に、車をリフレッシュしたんだ!」

「そうだったんですね」

そう。ソウイチは車を新しく乗り換えたのである。

ランサーエボリューションファイナルエディション。

10代続いたランエボシリーズの究極進化系とも言える、そんな一台。

外観こそ通常のランエボⅩと似ているが、そのスペックは最終仕様という事もあり大幅なパワーアップが施されているのだった。

 

「よし、ではさっそく」

「あの…」

「ん?」

するとソウイチが2人を移動させようとしたとき、時雨がソウイチに声をかけた。

 

推奨BGM

「ソウイチ先生…バトルの前に、ちょっとよろしいですか?」

「ん?なんだね?」

時雨の顔は普段以上に神妙な面持ちだった。

そしてその口から、意外な言葉が発せられた。

 

「…僕は、これからどうしたらいいんでしょうか?」

「時雨…?」

「ん?どうしたらいい…というと?」

ソウイチの言葉に対し、時雨は自分自身の思いを吐露し始めた。

 

「僕は…皆に特訓や皇帝の調査を手伝ってもらっているだけじゃなくて、先生からこのRZ34も受け取ってしまった…」

「……」

「色々と協力して頂いたこと…特にこのRZ34を託して頂いたことは、本当に感謝しています。あのワンエイティでは到底皇帝に敵うはずもない中で、この車を僕に渡していただいたことは本当に…でもだからこそ、何かしらの形で恩返しがしたいんです。…それは、トオルに対しても同じです」

「ほう…私や神風のトオルに対して恩返しがしたいと?どういうことかね?」

時雨は「そろそろ真実を話してもいい頃だろう」と思ったのか、こう言葉を続けた。

 

「ソウイチ先生はご存じではないと思うんですが…僕達と最初に戦った時の、あの青色のワンエイティは…実は、トオルからプレゼントされたものだったんです」

「…そうだったのか」

「初めて僕が峠に来てしばらくの間は、白銀色のワンエイティだった…でもその車は捨て値で売られていた事故車という訳ありの1台で、ジュンとのバトルでそれをエンジンブローさせて…そんな中で、トオルが手を差し伸べてくれたんです」

「……」

時雨はどこかすべての経緯を話したげに言葉を続けていく。

奈美子とソウイチはただ黙って聞いていた。

 

「エンジンブローの話自体は聞いていたが…乗り換えるまでにそんなことがあったとは。初耳だよ」

「実際、トオルが渡してくれたあのロケットバニーワンエイティは、自分の想像をはるかに超える車だった…でも、実際に皇帝のレコードタイムを狙おうとしたら…その車でも皇帝には敵うとは思えなかった」

「……」

「そしてそんな最中、先生は僕に対して今のRZ34を差し出していただいたんです」

「時雨…」

「僕はもしあのままワンエイティに乗り続けていたら、間違えなく無茶をしてまたエンジンブローやクラッシュを起こしていたかもしれない…そう思うと、この車を渡していただいた先生には…感謝してもしきれません」

「時雨君…」

時雨は自らの思いのたけのすべてを話しきった。

そしてその上で時雨はある質問をすることになる。

 

「だからこそ…僕は何かしらの形で、恩返しがしたいんです。僕は…どうすればいいんでしょうか?どんな形で、僕はお礼をすればいいんでしょうか?」

RZ34で走り続けている時雨に生まれた疑問。

それこそが、自分は助けてくれた人々にどういうお礼をすればいいのかというものだった。

それに対して、ソウイチは分かっていたかのようにこう言うのだった。

 

「…お礼や恩返しなんて、そんな事は正直どうでもいいと私は考えているよ」

「え…?」

「時雨君は、時間工賃という言葉を知っているかい?」

「いえ…」

「基本的にパーツ自体の価値とは意外と大したことが無かったりする。だがそれを取り付けるまでの作業…そこにかかるお金が工賃だ。工賃には単価があり、その道のプロであればかなりの金額を取られるという事もあるだろう。そしてあのRZ34は、文字通りその道のプロと言うべき人々にチューニングを依頼した…そして更に各種のパーツについてもかなりの高価なパーツが装着されている」

「…つまり」

「一言で言えば、その車やパーツ自体もそうだが、パワーアップに費やした工数とそれらへの単価をかけると…時雨君が想像する以上に、はるかに高い金額になってしまうわけだ。これはきっと君が以前乗っていたワンエイティも…そうなのかもしれない」

時雨はソウイチの言葉を聞いて愕然とするも、直ぐにこう返事をした。

 

「―――何年かかっても、僕は必ず返してみたいと思います」

「…そうか」

時雨は時間がかかっても必ずそのお金を返してみせる…そう決心した。

だが、その決心に対してソウイチは意外な言葉を口にした。

 

「だが正直なところ、私はお金は十分だと思っている」

「え…?」

「私は、君がどこまで走り続ける事が出来るのか…それを見届けてみたいと、君達の走りという一種の可能性を見てつくづく思ったんだ。そしてその気持ちは、きっと君にあのワンエイティを渡したトオルも同じだろう…」

「……」

ソウイチ自身、RZ34に対して莫大な費用をかけたのは言うまでもない事実。

だが同時に、そんな車を乗りこなせるような人間を探していたというのもまた事実だった。

そしてそんな車を乗りこなせている以上、その車と共にどこまで行けるのかにソウイチは興味を抱いていたのだった。

 

「強いて言うならば、君が皇帝を倒してくれれば…君たちの夢を叶えてくれるというのであるならば、私としてはそれ以上何も言う事はない」

「先生…」

「君がこの車をどう乗りこなすか、君がどこまで速く走れるのか…この場で、私にその力を見せてほしい。それが君への、強いて言えば最後の条件だと考えている」

「―――!」

「…わかりました。僕の本気の走りを、先生には見届けてもらいたいと思います」

どれだけ車を乗りこなせるか…時雨自身それを見届けて欲しいという思いはあった。

そしてそんな思いをソウイチが吐露した事によって、時雨自身どこか鎖から解放されるような、そんな感覚になったのだった。

その目はどこまでも純粋で、透き通った感情を露にしていたのだった。

 

「うむ…決心がついたようだな。であれば、もう私から言う事は何もない。私のニューマシンを倒して、乗り越えていけ!!」

「…お願いします!」

「ハンディキャップは3.5秒!さあ、始めるとしよう!」

そうソウイチが言ったところで時雨と奈美子はRZ34に乗り込み、ランエボファイナルエディションと共にスタートラインへ移動するのだった。

 

◇ ◇ ◇

 

―――vsDr.ソウイチ

推奨BGM:THUNDERBALL(from EUROBEAT INTENSIFIES)

 

左レーン、RZ34。右レーン、ランエボファイナルエディション。

暗闇の中で2台のマシンのエンジン音が木霊する。

2台のヘッドライトは第1コーナーと料金所のゲートを照らしている。

RZ34は強い覇気を放つかのような、そんな音を轟かせていた。

 

「(…もう、迷わない。僕はこの車で…皇帝に勝ってみせる!これは皆の戦いであって、僕自身の戦いだ!)」

時雨の決心は明確だった。

トンデモスペックのモンスターマシンを授かったはよかったが、本当にこの車に乗ってよかったのかという疑問はずっと時雨の心の中で渦巻いていた。

だが今日、時雨はソウイチに「僕が出来る事は何か」を説いたことで、その疑問に答えが生まれた…そう感じていたのだった。

自分が走る理由…目標がやっと明確になった、そんな感覚だった。

この車を、1キロでも速く操ってみせる。

そしてこの車で、あの皇帝に勝ってみせる。

今まで何処かてこずっているところがあった時雨の心は、異様に落ち着いていた。

1キロでも速く乗りこなして、勝ちに行く。

それらの思いが時雨を包みこむ。

両手両足に気合が入る中で、右レーンのランエボファイナルエディションがスタートするのだった。

 

「(さあ、追いついてこい…!)」

ソウイチはそう思いながら、スタートダッシュを決めた。

バックファイアーを噴出しながらランエボは加速していく。

そしてそれからワンテンポ置いて、RZ34のカーナビにカウントが表示されようとしていた。

 

3

 

2

 

1

 

GO!

 

「―――!!」

エンジン回転数、9000回転。

踏み込み気味にエンジンを回転させたかと思いきや、ギアをPレンジからDレンジに切り替えてRZ34を加速させていく。

下り坂という事もあり、その加速はまさしくジェットコースターを彷彿させるかのような猛烈な勢いだった。

RZ34は下り坂で一気に190キロ近くまで加速する。

そしてそんな最中第1コーナーである左高速コーナーが迫る。

 

「(譲れない…この車を誰よりも速く走らせることが出来るのは、僕だ!)」

アクセルをリリースし、ハンドルを一気に60度程まで左に曲げる。

180キロ台という猛烈な速度でRZ34はコーナーへ突っ込んでいく。

リアタイヤが激しい音を上げるようにスライドしていく中で、リリースしたアクセルを再び踏み込む。

アクセルを踏み込むと同時にハンドルを右に切り返してカウンターを当てる最中、RZ34はドリフト状態でコーナーを駆け抜けていく。

走行レーンの中央を走り抜けるようにRZ34はドリフトしていく。

 

「―――!」

ハンドルを右に曲げてカウンターを当てる最中、RZ34の目の前にドリフトラインが迫る。

RZ34のヘッドライトがドリフトラインを光らせる最中、時雨の視界からドリフトラインが消えた。

消えたのと同時に時雨はアクセルをリリースし、ハンドルをニュートラルに戻していく。

テールスライドしていたRZ34は徐々にタイヤが収まっていき、グリップを回復させていく。

そして前輪がドリフトラインを踏みつけると同時に、アクセルを全開に踏みつける。

 

「―――っ!」

アクセルを踏みつけた瞬間、時雨にはあの現象が表れた。

両手両足から全身が炎に包まれる感覚。

速く走る事が出来る、一歩間違えたら車がどこへ走っていくかわからなくなるようなあの感覚。

全身が炎に包まれる最中、時雨はとにかくアクセルを全開で踏んでハンドルをしっかり握って操縦していく。

立ち上がりの速度が180キロだったのにもかかわらず、速度はあっという間に200キロに到達していた。

そして先行するランエボに対し、RZ34は200キロオーバーというとんでもない速度で肉薄したかと思いきやあっという間にオーバーテイクしてしまった。

その場所は第1コーナーを抜けた後、料金所のゲートを通り抜けようとしているその瞬間だった。

 

「まさか…!」

160キロ程度しか出ていなかったランエボはあっさりとオーバーテイクされてしまった。

速度差40キロ以上。ソウイチが想像する以上に時雨の速さは速くなってしまっているようだった。

そしてそのRZ34の姿は…青い炎に包まれているそのもの、まさしく火の玉と言ってもいい程だった。

料金所のゲートを駆け抜けた2台の前に第2コーナーである左ロング直角コーナーが迫る。

 

「―――!!」

コーナー直前、フルブレーキングと共にハンドルを一気に曲げてリアタイヤをスライドさせる時雨。

RZ34はリアタイヤを一気にドリフト状態へ。

前輪がコーナー入口のドリフトラインを踏みつけた瞬間…速度180キロでアクセルを再び全開に踏みつけてテールスライドを開始する。

テールスライドからドリフト状態になったRZ34は後輪から白煙を上げながら、ソウイチのランエボを振り切らんという勢いがRZ34にはあった。

走行レーンの右端から一気に左端へとラインを変えていくRZ34は、左端の壁との隙間15cmほどまで接近しつつ、カウンターを当てながらアクセルを踏みこんで速度を維持してドリフトしていく。

 

「(な、何という速さだ…だが!)」

ソウイチは時雨がある事を忘れていないかを確認したかった。

左ロングコーナーという事もあってランエボは段々とRZ34に振り切られつつあったが、それでもまだ諦めてはいなかった。

ソウイチの右手親指がハンドルに取り付けられているそのスイッチに近づく。

 

「(今までの相手はそれを使っていなかったかもしれない…思い出してみろ!)」

そう思いつつ、コーナー中間でソウイチはニトロスイッチを押した。

走行レーンの中央を駆け抜けるように走っていたランエボはドリフトしている最中にも拘らず加速していく。

ランエボの4輪駆動という関係もあるが、そのドリフトは安定感があった。

時雨のRZ34は180キロ台で走り抜ける中、ランエボはニトロを使って200キロ近くまで加速していく。

ロングコーナーという事もあって多少は膨れてもリカバリーは可能である。

そんな中でランエボはRZ34に接近していく。

 

「――――」

だが、RZ34の時雨にとってはそれ以上に気なる存在があった。

自分のほぼ真横…シンクロ状態でドリフトしていく、自分が追うべき存在…幻影のGT-R。

それが時雨の目には見えていた。

そのGT-Rは自分とほぼ同じ速度でありながら、ほぼ互角の速さで食らいついてきている。

離れないが追いつかれたりもしない絶妙な距離を保ちながらGT-Rはドリフトしている。

そんな中でも時雨はアクセルを踏み続け、ハンドルを右に曲げ続ける事でカウンターを当て続ける。

180キロ台という猛烈な速度でドリフトしているとロングコーナーの出口が近づくのもあっという間だった。

ものの数秒でコーナーの出口が迫る。

アウトコースのGT-Rは自分とシンクロするようにドリフトしていくのが時雨でもわかった。

 

「食らいつかせない…!」

全身が炎に包まれる感覚の中、ハンドルを右からニュートラルに戻していき、アクセルをリリースしていく。

そして前輪がドリフトラインを踏みつけた瞬間、再び時雨はアクセルを全開に踏み込む。

速度は180キロから195キロまで加速する。

幻影のGT-Rとの距離差はボンネット分だけ時雨がリードしていた。

 

「(ここまでの速度なら…!)」

直ぐに第3コーナーの右直角コーナーが迫る。

ハンドルを左にくいと曲げたかと思いきや、アクセルリリースからブレーキを軽く踏んですぐに右に切り返す。

振り子の法則で左から右に振り回されたRZ34はリアをスライドさせていく。

そして前輪がドリフトラインを踏みつけた瞬間にアクセルを全開にしてタイヤを空転させる。

テールスライドしていくRZ34に、幻影のGT-Rが食らいついてくるのが時雨でもわかった。

 

「(食らいついてきた…でも!)」

右サイドに迫るGT-Rは、走行レーンのアウトに膨れがちであるのが時雨は気が付いていた。

GT-Rはラバーポールスレスレを駆け抜けているのを時雨は認識する。

一方のRZ34はフェイントモーションからイン目一杯…つまりこちらもラバーポールスレスレまで接近で来ていた。

壁ではなく今度は車同士の隙間がラバーポールの直径分と少ししかないのだ。10cm…いや、下手したら数cm間隔かもしれない。

それでも時雨は絶対に引く気はなかった。ここで引いてしまったら間違えなくあの皇帝には勝てない…そう考えると時雨は否が応でもアクセルを踏み続けてカウンターを当て続けるしかなかった。

だが実際の光景はというと…

 

「(うぐぐっ、ニトロを2本使ったがマシンが…!)」

そう、時雨に取って見えていた幻影は、ソウイチのランエボだったのである。

第2コーナーの立ち上がりでソウイチはもう1本ニトロを使ってRZ34に食らいついてきた。

だがタイヤのグリップが限界を超えていたのか、走行レーンからコースアウトする事はなかったがアウトに膨れ、コースアウトでもすればRZ34と接触する危険があるほどではあった。

ブレーキを踏み込んでなんとかコースアウトは防いだが、RZ34とはサイドバイサイドの状態でドリフトしていく。

だがオーバースピードでタイヤのグリップが限界を超えていたのか、徐々にRZ34との距離差が開いていく。

そしてRZ34はコーナーの出口に到達しようとしていた。

 

「(ようし…ここだ!)」

全身が燃え尽きてしまいそうになる中でハンドルをニュートラルに戻し、アクセルをリリースして徐々にドリフトの態勢からグリップを回復していく。

そして完全に真っすぐを向いたところで時雨は再びアクセルを踏み込む。

そのタイミングはまさしくRZ34の前輪がドリフトラインを踏みつけた瞬間だった。

 

「(離される…!)」

インコースを走っていても外側に膨れたランエボは立ち上がりで一気に差を付けられてしまう。

ハンドルを必死に操作してインに移動させようとしても、それによって失速が生じてしまう。

立ち上がりによって一気に加速していくRZ34はランエボを完全に振り切りにかかっていた。

 

「(残り2つ…GT-Rはまだ食いついてきてる…)」

立ち上がるRZ34にGT-Rは食いついてきていた。

サイドバイサイドの状態でRZ34と幻影のGT-Rが立ち上がっていく。

だが、時雨は最後まで諦めない。

残り2つのコーナーを自分の全開で走り抜けてあのGT-Rよりも速くゴールしてみせる。

そんな決心を抱いていた時雨…とRZ34は第4コーナーの左高速コーナーに迫ろうとしていた。

街灯が道路を照らす中、コーナー入口のドリフトラインが時雨の視界から消える。

 

「(ここまで来たら僕はもう迷わない…皇帝に食らいついて、真実を追い求めてみせる!)」

アクセルをリリースし、ハンドルをくいと左に曲げる。

そして前輪がドリフトラインを踏みつけた瞬間にアクセルを踏みつけてハンドルを右に切り返し、200キロ近い速度でドリフトしていく。

サイドバイサイドの状態だったRZ34とGT-Rだが、ドリフトの際にRZ34が一歩リードを取る。

RZ34は必要最低限と言うべき角度…15度もない角度でドリフトしていたのである。

それに対してGT-Rは角度を付けすぎていたことでRZ34よりも失速気味だった。

RZ34が高速コーナーの出口に迫る中、アクセルをリリースしてハンドルをニュートラルに戻す。

そして前輪がコーナー出口のドリフトラインを踏みつけた瞬間に再び時雨はアクセルを全開に踏み込む。

RZ34は190キロ台という速度で立ち上がっていく。

下り坂を下り、最終コーナーの右直角コーナーが迫る。

立ち上がりでテールトゥノーズの状態まで広がったRZ34とGT-Rの車間距離。

時雨は最終コーナーでもその距離を攻め込まれんとアクセルを踏み続ける。

そして最終コーナー直前、時雨はブレーキを踏み込んでがくんと減速させると同時にハンドルを右に曲げる事で後輪をスライドさせていく。

 

「(逃げ切る…行けっ!!)」

ハンドルを右に曲げ、アングルを付けた状態でコーナーに突入するRZ34。

ドリフトラインを踏みつけた瞬間にアクセルを踏み込むことで、170キロ台という速度でコーナーをドリフトしていく。

左にカウンターを当てつつ、走行レーンの右端ギリギリ…ラバーポールが並ぶ中央の黄色線スレスレまでRZ34を接近させていく。

インベタのラインを描きながら、全身を炎に包まれた感覚のまま、RZ34自体が炎に包まれているような状態の最中、ハンドルを左に曲げてカウンターを当てているマシンはドリフトし続ける。

別の通りと合流し、最終ストレート直前でコーナー出口のドリフトラインが迫る。

180キロ台という速度でクリッピングポイントを駆け抜けたかと思いきや、ハンドルを徐々にニュートラルに戻しつつアクセルをリリースしていくことでグリップを回復しつつアウトに膨れていくRZ34。

そしてコーナー出口で完全にアクセルとハンドルをニュートラルにしたところで、時雨は再びアクセルを全開に踏み込んで相手にとどめを刺そうとした。

判定…「Excellent +0.04m」。

ミリ単位のほぼ完ぺきな単位だったRZ34は、圧倒的な速さでコーナーを立ち上がっていく。

最終ストレートを走る中、ある事に気が付いた時雨はもう一つの事を実践しようとしていた。

 

「(最後の抵抗か…ならば!!)」

コーナーで突き放したはずの幻影のGT-Rが最終ストレートで加速を伴って迫ってきている。

最終ストレートを駆け抜けようとする中、時雨はハンドルに取り付けられていたニトロスイッチを右手親指で押すのだった。

190キロ台という速度で立ち上がったRZ34は、ニトロの力を得る事であっさりと200キロ台まで加速する。

幻影のGT-Rもニトロを使いつつRZ34とサイドバイサイドの状態だった。

 

「―――っ!」

ニトロを使って最後の追い込みに抵抗しようとするRZ34。

コンマ数秒もない中でRZ34は幻影のGT-Rとサイドバイサイドの状態でストレートを走り抜けていく。

そして、240キロ台という速度でゴールラインを駆け抜けた瞬間だった。

 

「(…消えた?)」

自分がゴールしたのと同時に、幻影のGT-Rは時雨の真横から消え去った。

どうやらあのGT-Rは本当に幻覚だったようだ。

自分が勝ったのか、それとも追い抜かれたのか…時雨には分からなかった。

だが、相手も自分もとんでもない速さである事は間違えなかった。

時雨には勝ったという感覚が無いまま、アクセルオフの状態のRZ34は減速していく。

ソウイチには完勝だったが、あの幻影のGT-Rとは文字通りのギリギリのバトルだった。

どっちが勝ったのかすらわからなかった時雨には、特訓を終えてもあの幻影に勝ったのか負けたのかという判断は出来なかったのだった。

 

「見事だ…」

一方、最終コーナーを立ち上がっていたランエボのソウイチはそう呟いた。

ニトロの存在も彼女はちゃんと忘れていなかった。

それにあれ程までの実力を出すことが出来ていれば、皇帝との戦いにおいても勝機は十分あるのではないか…?

そうソウイチは認めたかのようにそう思ったのだった。

 

―――勝者、時雨。

タイム差は3秒のハンデを付けても4秒近い差があったのだった。

 

 

 


 

 

 

―――ゴール地点から数百メートルほど離れた場所。

推奨BGM

 

「素晴らしい走りだったよ…奈美子君、時雨君。今回も問題なし、極めて良好だ!」

「ありがとうございます、ソウイチ先生!」

「…本当に、ありがとうございます」

左レーンに縦列駐車した2台の車を降りて会話する3人。

実力を認めるようにソウイチは断言するのだった。

そしてその言葉に奈美子と時雨はお礼を告げるのだった。

 

「さて、残るはトオルたち…『神風連合』だけだな」

「はい…そうですね」

「ただ、連合にはちょっと…なかなか血の気が多い、いやその、個性的な人もいるので、何もないといいな…と」

奈美子にとってはやはりあの金髪男の存在が気がかりであった。

そしてそれは時雨でも多少は勘付いていたのだった。

だがそんな中でソウイチはこう言葉を告げた。

 

「杞憂だろう、奈美子君!一丸となって妥当『皇帝』に向けて協力しようと四天王が揃って決めたのだから!」

「ええ、だといいんですけど…」

「でも、ここまで来た以上行くしかないよ。きっともう待ってると思うんだ」

「そ、そうね…わかったわ」

時雨の言葉に対し奈美子はどこか覚悟をしたかのようにそう言った。

 

「ああ、そうだ…時雨君に最後に言っておく。もう何時君たちは本気で走っても、問題ないだろう。君たち2人ならどんな相手が来てもきっと太刀打ちできるはずだ」

「先生…」

「ここまで倒してきた以上…皇帝に、ショウ君に勝ってくれ。時雨君」

「…はい。頑張ります…僕達、勝ってみせます!」

「よし、その意気で最後の総仕上げだ。行ってこい!」

「先生…本当にありがとうございます!」

「僕達、頑張りますから!」

そう言って時雨と奈美子は再びRZ34に乗り込み、最後のドライバーたちである「神風連合」とバトルするべく「不二観峠」へと向かうのだった。

ソウイチは走り去っていくRZ34を愛車とともに見送るのだった。

 

「彼女には莫大な可能性がある…箱根から世界へと羽ばたいていけるような、ドリフトや峠だけじゃない…モータースポーツの幅広い分野で活躍できるような…そんな可能性が」

RZ34が去った後に独り言を呟いたソウイチも帰宅しようとした時、後方から視線を感じた。

そして振り返ると、そこにいたのはソウイチの息子…アラタが愛車のDC5インテグラと共にいたのだった。

アラタの方へソウイチが近寄る。

 

「アラタ…いつからいた?」

「パパたちがゴールしてここにくるちょっと前かな」

「そうか…」

「パパ、驚いたよ。あんな車を隠していたなんてね…」

「…すまなかったな。私としてはお前にいずれあの車を手渡そうと思ったのだが、それよりも先にあの車を乗りこなせそうであると思える人が現れてしまった」

「…僕は、気にしてないよ」

「アラタ…」

「あの車の途轍もない速さを見て、僕は思ったんだ。あの車は到底僕では乗りこなせるはずがない、僕よりも乗りこなすのに適任の人がいるんじゃないかな、って…そして時雨さんと奈美子さんなら、そうなのかもしれない…って」

「……」

「それに僕はさ、結局はパパから受験合格祝いで貰った今のインテグラの方が…愛着もあるからね!」

「そうか…ふふっ、私の心配も杞憂だったようだな」

「でもパパ…時雨さんたちは本当にショウさんに勝てるかな?」

「…ああ、きっと勝てると思うよ。全開であの車とバトルしたからこそ、私はそう断言したい」

「うん…僕も、あの人たちなら勝てると思ったんだ」

そんな親子の会話は明るく終わりを迎え、2人は自宅へと帰っていったのだった。

 

遂に残る四天王のチームは「神風連合」のみとなった。

最後の特訓先は周回の峠コースとなる不二観峠である。

特訓も最終段階、果たして最後に待ち受けるドライバーたちとは一体…?

時雨の最後の特訓が始まろうとしていた。

(第32話End)

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