「艦これ」いつかあの海で×ドリフトスピリッツ 2023 -いつかあの路で-   作:カービィ改二

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第33話です。
皇帝とのバトルに向けての特訓も最終段階。
遂にあのドライバーたちとの再戦です。


act.33「Bond and Rebel(絆と反逆と)」

皇帝との最終決戦に向けて特訓に励む時雨と奈美子。

四天王の3チームを倒し、残ったチームはあの「神風連合」のみとなった。

特訓もいよいよクライマックス。

そんな中で波乱が時雨と奈美子を誘おうとしていた。

 

 

 

―――セルフガソリンスタンド、21時05分

推奨BGM

 

「あら二人とも、ここにいたのね!」

不二観峠へ向かう際、時雨と奈美子は一旦ガソリンスタンドに寄ってRZ34とS30Zのそれぞれにガソリン補給を行っていた。S30Zの方のガソリン補給は終わっていたため、奈美子は時雨の直ぐ側にいた。

そこはあの「BNワークス」に近い店であった事もあり、特訓の噂を聞きつけていたトーコと遭遇する事となった。愛車であるGRS205クラウンが奈美子のS30Zの後ろに縦列駐車する形で止まって運転手が車から降りてきた。

 

「トーコさん!」

「どうも」

「特訓の成果はどう?結構順調みたいじゃない!」

トーコは成果を聞きたげにそう言った。

 

「そうなの、協力してくれたみんなのお陰で…!」

「捗るには捗ってる、って感じですかね」

「それはよかった。次はトオルたち『神風連合』との特訓、その後はいよいよ『皇帝』と、戦う事になるのね…!」

「はい」

するとトーコは辺りを見渡して何かを探すようにこう言った。

 

「それにしてもハルカ、遅いわね?」

「え?」

「陣中見舞いや差入れも兼ねてハルカも私と来るはずだったんだけど…あとから行くって言って先に私だけ来たの」

「ハルカさんが?」

そう時雨が聞き返そうとしたとき、遠くからよく聞く4A-Gのエンジン音が聞こえてきた。

 

「あれ…?」

「あの車は?」

ガソリンスタンドに入り、端っこに駐車された赤黒ツートンのAE86トレノ。

エアロが改造され、GTウィングが装着されているその車から降りてきたのは…3人がよく知るあの人物だった。

 

「こ、ここにいやがったかナビ子、時雨ちゃん!」

アフロのヒロシは血相を変えて時雨と奈美子の元にやってきた。

 

「ヒロシ?何でここに?」

「一体、どうしたっていうんだい?」

疑問を口にしたところで、ヒロシが慌てた様子でこう言い放った。

 

 

推奨BGM

「ハルカちゃんが…大変だ!絶体絶命の危機、だぜぇ!?」

「え、何、どういうこと?」

「ハルカさんが…?一体何が起きたって言うんだい!?」

説明を求めるかのように言った奈美子と時雨に対し、ヒロシが言葉を続ける。

 

「面目ねぇ…えーと、その、お前らに協力することに反対したマスジさんたちが、早まった行動に出ちまったんだ!!」

「早まった行動…?」

「一体どういうこと!?」

「ゆ、誘拐だぜぇ!ハルカちゃんを誘拐したんだぜぇ!!」

ヒロシの言葉に時雨は愕然とした。

 

「何だって!?ハルカさんが!?」

「『皇帝』とのバトルから降りる事と引き換えに、ハルカちゃんを返すってさ!」

「何ですって…!?」

「と、とりあえず、あれだ。皆が待っているところへ行くしかねえよ!うん、それがいいぜぇ!!」

「皆が待っているところ…って、不二観峠だよね?」

「そ、そうだ!早く行った方がいいぜぇ!!」

「わかったわ、行こう時雨!」

「う、うん。すぐガソリンも満タンになるはずだし、行こう!」

「私も行くわ!」

「おお、俺も行くぜぇ!」

そう時雨たちが言ったところで丁度ガソリンホースのトリガーが「カチッ」と音をした、どうやら本当にガソリンが満タンになったようだ。

給油ホースを給油口から外して元の場所に戻す。

奈美子から手渡されたお金を精算機に入れ、お釣りを受け取った時雨は車に再び乗り込もうとした。

だが時雨はここである事に気が付いた。

 

「あれ…ヒロシ!」

「ん?何だぁ?」

「そういえばトオルは?もう峠にいるのかい?」

「えっ?えーっと…トオルさんは…た、確かもう峠にいるはずだ!」

「わかった!」

そう言ったところで時雨はRZ34、奈美子はS30Zに乗り込んでそれぞれエンジンを始動させる。

 

「(何だか釈然としないけど…何かあったら本当に大変だ。行くしかない…!)」

エンジンを始動させた2台…S30Zが先導する形でRZ34はガソリンスタンドを出ていくのだった。

S30Z先導の形で、RZ34、GRS205クラウン、AE86トレノが続いて峠へと向かう。

 

◇ ◇ ◇

 

―――15分後。

推奨BGM

 

一般道路を走り、辿り着いたのは周回可能な勾配の激しい夜の峠道だった。

峠道の中間地点である、麓の近くの道の駅の駐車場には、既にマスジ、ケン、サイゴーら「神風連合」の面々と共にハルカの姿があった。

駐車場に車を止め、男たちの元へと奈美子と時雨、遅れてトーコとヒロシが駆け寄った。

 

「ハルカさん…やっぱり…!」

「あー、久しぶりだな。お前達…工場娘は預かってるぜ」

「ケン…」

「これは…一体どういうつもりだい?」

駆け寄った2人だったが、意外と冷静だった。

 

「単純だ…『皇帝とバトルするらしいが、俺達がお前らなんかに協力なぞすると思ったか?コラァ!」

「YO!YO!♪工場娘のハルカ、果たして助かるか、助けたければバトル、その場で勝ち取る♪チェケラ!」

「おいおいサイゴー、今日のラップ、一段と冴えてるじゃねえか!…さぁお前ら、かかってこいよ!」

だがマスジの言葉とサイゴーの言葉を聞いて、時雨と奈美子はある事に気が付いた。

 

「あれ?…ということは」

「ははーん…あんた達、もう、下手な芝居なんだから…!」

「そういうことよね…?」

時雨、奈美子、トーコがそれぞれ反応する。ミッチーに

するとバレてしまったのか、マスジの顔が赤くなった。

彼はこう言葉を続ける。

 

「ハァ!!?し、芝居だと?なな、なんのことだコラ!」

マスジの目は完全に泳いでいた。案の定顔全体が赤くなっていく。

 

「えーと…奈美子さーん、時雨さーん!助けてくださーい!私、捕まっちゃいましたー!」

「ハルカさん…」

ハルカの様子を見る限り明らかに演技のようだ。

時雨は苦笑い気味に言葉を口にしたが、自然と悪い気分ではなかった。

どうやらこれが神風連合なりのやり方なのだろう。

 

「もう、ハルカちゃんまで巻き込んで…皆、本当にありがとう」

「…ありがとう、皆」

そんなやり方を悪くないと思った奈美子と時雨は、互いににこやかな顔で感謝の言葉を口にするのだった。

 

「は、ハァ?ななな、なんだとコラァ!なめてかかると痛い目見るぞ!?」

「…わかった。じゃあ、正々堂々僕と君たちでバトルだ」

「ま、精々気を付けるんだな…!」

どこかアドバイスを言いたげにマスジはそう呟くのだった。

 

「YO!YO!YO!SO、まずは俺が相手だYO!新作の『ラッパー走法・リミックス』、くらいやがれYO!」

「…じゃあ、始めようか」

「ハンディキャップは8秒、麓から山頂のゴールラインまでバトルだYO!SO、車を移動しろYO!」

そうサイゴーが条件を提示したところで、奈美子と時雨は再びRZ34に乗り込んで移動するのだった。

 

◇ ◇ ◇

 

―――vsDJサイゴー

推奨BGM:DANGER ZONE(from SUPER EUROBEAT vol.212)

 

不二観峠は周回型の峠コースだが、皇帝とのバトルにおいては反時計回りでコースを1周する事になる。

麓付近の道の駅からスタートし、反時計回りにコースを進んで山頂が中間チェックポイント。

この中間チェックポイントまでは基本的に勾配のあるヒルクライムであり、どちらかと言えばパワーが重視される。

一方で、山頂で走行レーンを切り替わった後…山頂から麓までのコースはそのまま反時計回りで勾配のきついダウンヒル。

スピードがヒルクライム以上に乗る為、度胸もテクニックも必要とされるコースとなっている。

今回のサイゴーとのバトルは、麓から反時計回りに山頂まで駆け上がるヒルクライムコースである。

コース自体はそれほど長いという訳ではないが、コーナーの数が9つと多い為に忍耐力とテクニックが要求される…今までより難しいコースである。

スタート直後の下り坂を下り切ったかと思いきや延々と続く上り勾配が始まったところで第1コーナーである左のヘアピン。

このコーナー自体は直ぐに終わるコーナーであり、ドリフト区間も短い。

そして息継ぎ後に現れる第2コーナーは右コーナーでありながらも同じく直ぐに終わるコーナー…ヘアピンである。

第3コーナーも第2コーナーに連続して存在しており、こちらもドリフト区間は短い左ヘアピンコーナー。

まあ言ってしまえば3つのヘアピンコーナーが連続して続いているも同然の状態だった。

3つのヘアピンを抜けたら上り坂の直線区間。

ここでパワーを生かして加速したところで、次の第4コーナー…右ヘアピンが迫る。

第4コーナー自体はそれまでの3つのヘアピンとドリフト区間の長さは同じくらいだが、速度が乗っている関係上どこまで突っ込めるかがポイントとなる。

第4コーナーを抜けたら再びストレート区間。ストレート区間自体は第3コーナーと第4コーナーのそれよりかは短いが、勾配が先ほどまでよりも穏やかなので更に速度が乗る事になる。

速度が乗ったところで第5コーナーの左ヘアピン。

ドリフト区間の長さは第1~第3コーナーとほぼ同じと見てくれていい。

第5コーナーを抜けたら息継ぎの短いストレートを経て第6コーナーの右ショート直角コーナー。

一瞬で立ち上がる事の出来るくらい短い直角コーナーである。

そして立ち上がったかと思いきや次の第7コーナーである左ヘアピン。これもドリフト区間の長さはそれまでのヘアピンコーナーと同じくらいである。

そして息継ぎ区間を経た後第8コーナーである右直角ロングコーナー、最終第9コーナーである左直角コーナーを連続して抜けたところで山頂地点となり、最終ストレートを抜けたところで中間地点となる。

 

「さあ…逃げ切るYO!」

左レーン、RX-8。右レーン、RZ34。8秒もの差を付けてRZ34が追跡するようにバトルする事になる。

先行する形でRX-8が発進する。

スタートダッシュを決めつつ、インコースのRX-8は山登りに挑戦と言わんばかりに加速していく。

そして第1コーナーである左ヘアピンに突入してRX-8は時雨の視界から消えた。

 

「―――」

基本的にヘアピンばかりが連続するヒルクライムコース。

時雨にとってはここまで勾配がきついコースは初めてと言っても過言ではなかった。

だが、コースの指定がされている以上このコースを攻め込まなければ皇帝には太刀打ちが出来ない。

RZ34のパワーは普通のマシンとは一線を画すレベルのものがある。

やろうと思えばすぐ先行するRX-8にも食らいつく事が出来るだろう。

それでも必要なのは、坂道のあるコーナーで攻め込むというテクニック。

見えないコーナー出口に対して何度も走りこんで自ら順応しないと皇帝には勝てない…そう時雨は思ったのだった。

そしてそんな中でカーナビのカウントが始まろうとしていた。

 

3

 

2

 

1

 

GO!

 

「―――!」

カウントと共にギアをDレンジに切り替え、アクセルを全開にして踏み込んでいく。

スタート直後の下り坂区間で一気に速度が乗り、あっという間に速度は160キロまで加速する。

だがすぐに加速区間は終わり目の前には第1コーナーの左ヘアピンが迫る。

 

「っ…!」

フルブレーキングで突っ込んでハンドルを左に曲げる。

リアがテールスライドを始める最中、前輪がドリフトラインを踏みつけた瞬間にアクセルを踏み込む。

一気にドリフト態勢に入って白煙を上げたかと思いきや、直ぐにコーナーの出口へ。

ヘアピンコーナーと言えどドリフト区間自体はあっという間な為、素早い操作が求められる。

 

「(まずい…!)」

ハンドルを切り返したところですぐにコーナー出口が迫る。

どうやらこのヘアピン地帯では変にアングルを付けるよりかは最小限のドリフトを繰り返す必要があるようだ。

最初のコーナーでドリフトアングルを付けすぎた時雨は慌ててハンドルを切り返してアクセルをリリースする。

そしてコーナー出口のドリフトラインを再び前輪が踏みつけた瞬間にアクセルを踏み込む。

ハンドルは間一髪ニュートラルから数度だけ右に曲げている状態だった。

150キロに減速した状態から再びマシンが加速を始める。

 

「(下手に角度を付けたら、インコースに振り切られてしまいそうだ…!)」

ハンドルを少しだけ右に曲げた状態でRZ34は上り坂に突入する。

だが加速が止まる事はない。150キロから160キロまでRZ34は加速するが、目の前にはすぐ次の右ヘアピンコーナーが迫る。

 

「(振り返した方が速い…?)」

敢えてドリフトを止めてハンドルをニュートラルから再び右に曲げてドリフトしている状態。

マシン自体はアクセルリリースをしてブレーキをかけて減速する。

だがこの連続コーナー地帯では上手くマシンを振り返したほうが速いのかもしれない…そう時雨は思った。

そう思った瞬間にRZ34の前輪はドリフトラインを踏みつけていた。

ハンドルを右に曲げ、ブレーキリリースからアクセルを踏み込むことで再びRZ34はドリフト状態になる。

圧倒的なパワーでドリフトも容易になっているが、それでも目の前のコーナーがわかりづらい事もあってタイミングはどこか遅れがちだった。

 

「(…ここだ!)」

第2コーナーの区間もすぐに終わる。

だがそんな中でハンドルを左に曲げ続け、RZ34にカウンターを当て続ける。

そしてカウンターを当てる最中RZ34の前輪はコーナー出口のドリフトラインを踏みつける。

だが、時雨はアクセルを踏まない。いや、正確にはアクセルをリリースした。

ドリフトラインを踏みつけたRZ34はカウンターを当てた状態からタイヤをグリップさせて徐々にマシンをコース中央…つまり走行レーンの左端へと寄せていく。

そう、時雨はドリフトラインでアクセルを踏み込むのではなく、ドリフトラインでアクセルをリリースする、というやり方を取ったのだ。

こうする事でカウンターを当てた状態でアクセルリリースする事でグリップが回復し、RZ34は次のコーナーに向けて再びドリフトをする事が可能な状態になる。

誰も「必ずドリフトライン直前でアクセルをリリースしてドリフトラインでアクセルを再び踏み込む必要がある」という鉄則があるとは言っていないのである。

ハッキリ言ってしまえば時雨のやり方も十分有効だったのである。

 

「(…!)」

だが、第2コーナーを抜けた時雨の前には第3コーナーが迫る。

アクセルリリースの状態で、ハンドルを左に曲げ続けたままのRZ34は徐々にインベタの状態になっていく。

滑走状態が続く中でRZ34の前輪はドリフトラインを踏みつける。

時雨はハンドルを曲げたままアクセルを再び踏み込んだ。

 

「っ…!」

リアタイヤがあっという間にテールスライドしていくRZ34。

コーナー内側を走っていたこともあり、RZ34は道路中央のラバーポールスレスレのラインを通ってドリフトしていく。

夜闇に映るは前方の道路とラバーポールのみ。それでも時雨は右にハンドルを切り返しながらラバーポールギリギリまでマシンを接近させてドリフトしていく。

隙間10cmと言ってもいい程マシンを接近させたかと思いっきやすぐにコーナーの出口が迫る。

アクセルをリリースし、ハンドルを徐々にニュートラルに戻していき、RZ34は走行レーンの中央へと膨らんでいく。

そして前輪がドリフトラインを踏みつけた瞬間、再び時雨はハンドルニュートラルのままアクセルを踏み込む。

推進力を得たRZ34は再び加速し、目先のストレートへと全力疾走していく。

ストレートの立ち上がりで推進力を得たRZ34はあっという間に160キロ台から170キロまで加速する。

上り坂でも躊躇せずに時雨はとにかくアクセルを踏み続ける。

だが175キロを示したところで第4コーナーの右ヘアピンが迫る。

 

「―――!!」

ブレーキングから一気にハンドルを右に切って勢い良くテールスライドさせる。

直ぐにハンドルを左に切り返し、カウンターを当てつつ162キロという速度で駆け抜ける。

走行レーン中央をグラインドする形でRZ34はドリフトしていく。

だがすぐにコーナーの出口が迫る分、早めにアクセルを抜いてハンドルを少しずつニュートラルに戻していく。

それでも160キロという速度は想像以上の速さであり、アクセルを抜いた瞬間には既にドリフトラインを踏みつけていた。

左に数度だけハンドルを傾けつつも、何とかアクセルを全開にしてハンドルをニュートラルに戻す。

マシンは一瞬だけ挙動が不安定になるも、何とか前方へと推進していく。

そして第4コーナーを立ち上がってストレートにおいて加速していく中で、あるものが第5コーナー直前にいるのが気が付いた。

 

「(追いついてきてる…!)」

対戦相手であるRX-8である。

RX-8はすでに第5コーナーでドリフトしようとしていたところだった。

ドリフトラインで何とかテールスライドし、コーナーに突入しかけているところだったのである。

第4コーナーと第5コーナーのストレートをアクセル全開に踏み込み、相手に接近していく。

逃がさない、絶対に食らいつく。

そう時雨は心の中で思っていた。

 

「(き、きつくなってきたぜ…)」

一方のサイゴーはどこか限界を感じていた。

それもそのはず、葦柄峠と不二観峠ではコーナーの数も全然違う上にコーナーも単純なものではなく、複雑な連続ヘアピン地帯や高速コーナー地帯などバリエーションに富んだものだったのである。

そしてそれに加えて、上り坂区間におけるパワー不足がRX-8を苦しめていたのだった。

 

「(第5コーナーを抜けて…)」

アクセルを踏み込んだかと思いきやすぐにサイドブレーキを引いてRX-8をドリフトさせる。

第5コーナーと第6コーナーの間のストレートは短いのである。

だが、サイドブレーキドリフトが災いしたのかRX-8は本人が予想した以上に失速してしまう。

第6コーナーはキツイ上り勾配であることもあって、余計な失速を生んでしまってたのだ。

 

「(速度が…上がらない!!)」

ドリフトし続ける中でサイゴーはカウンターを当てつつアクセルを踏み込んだが、その速度というのは130キロ台を示してほとんど上がらなかった。

キツイ上り勾配という事もありマシンは殆ど加速しない…どころか、失速しかけていたのである。

アクセルを踏んでみても上り坂勾配という事もあってスピードが全くもって乗っていない。

100キロ台でありながら110キロまで到達は出来なかった。

 

「(く、そっ…!)」

そうこうしているうちに第6コーナーを立ち上がるが、すぐに第7コーナーが迫る。

上り勾配がきつくパワー不足であったRX-8は110キロを維持した状態で第7コーナーに突入する。

だがハンドルを左から右に切り返し、カウンターを当てて何とかドリフトしていた次の瞬間だった。

 

「(もう食いつかれた…!?)」

右バックミラーが白銀に光る。

RZ34のヘッドライトの反射によってバックミラーが嫌というほど光ったのである。

相手のRZ34はアウトコースという事もありそう易々とは追いつかれないと思っていたが、まさかここで食らいつかれるとは。

サイゴ―にとってはあまりにも予想外の出来事であった。

それでも第7コーナーは自分にとって有利な左ヘアピン。

まだ何とか追いつかれることは…と思った次の瞬間だった。

 

「―――!?」

第7コーナーを立ち上がるRX-8。

だが立ち上がろうとした瞬間にはRZ34はRX-8をあっさりとオーバーテイクしてしまったのである。

アウトコースのはずなのにコーナーに食らいつかれた。

それほどまでに相手のマシンが速いという事なのだろう。

だが2台の前に第8コーナーの右直角ロングヘアピンが迫る。

 

「(ま、曲がるのか…!?)」

RX-8はなんとか110キロ台を維持しながら加速していくが、RZ34は自分のマシンでは到底出せそうもない速度…おそらく160~170キロ台を出しながらコーナーへと突入していく。

上り勾配が緩くなってくる中、RZ34は速度を維持しつつ第8コーナーへと突入していく。

だが明らかにオーバースピードであるのはサイゴーでも見通せていた。あんな速度では曲がるはずがない。

そう思った次の瞬間である。

 

「…!!」

ブレーキをフラッシュさせたRZ34はリアを左向きに曲げたかと思いきや、すぐに右に向きを変えた。

そして右に向きを変えたRZ34はそのまま夜闇において白煙を上げてドリフトしていく。

RZ34はコーナー内側を攻めながらRX-8を完全に引き離しにかかっていたのである。

ストレートを立ち上がるRX-8ではあったが、それでももはや相手のRZ34に追いつくのが難しいのではないか…ということはサイゴー自身でもよくわかっていた。

あまりにも速すぎたのである。

RZ34のテールランプが描く光の軌跡を見ながら、RX-8はどんどん引き離されていく。

 

「ダメ…か……!」

サイゴ―は第8コーナーをドリフトしながらハンドルをニュートラルに戻す中でそう思うのだった。

RZ34のあまりの速さに白旗を上げたも同然だった。

だがそうはいっても白旗を挙げるのは無理もない話ではあった。

如何せんRX-8が第8コーナーの8割がたを駆け抜けているころ、RZ34は既に第9コーナーをドリフトし終えて立ち上がっている特徴だったのだから。

RZ34はそのまま最終ストレートを駆け抜けて、RX-8を振り切った状態で山頂のチェックポイントを通過するのであった。

 

「(トオルさんがホレるのも…わからなくは、ない…)」

なんとかゴールラインへと無理くり走らせる中、サイゴーは1人運転席でそう思うのだった。

 

―――勝者、時雨。

タイム差は4秒以上あったのだった。

 

◇ ◇ ◇

―――不二観峠山頂付近パーキング

横並びで駐車されている2台から降りてきた3人が、それぞれ会話をしているのだった。

 

「♪今日も又、油断した…あっさり負けて、すいませんでした♪チェ…チェケラ!」

「サイゴー、ありがとう」

「君のラップ…っていうのかな、聞いてて面白いなって思ったんだ。もし今度機会があったらどこかで聞かせてほしいな」

そう奈美子と時雨はそれぞれお礼の言葉をサイゴーに告げたのだった。

 

「お…おおよ!そっちこそ、頑張って『皇帝』倒せYO!…って言っちゃったYO!なしなし、今の無しだYOー!!」

「あはは、わかったわかった」

「…僕達、頑張るから!」

決意を新たにした2人は、次のバトルに向かって再びRZ34に乗り込むのだった。

 

 

 


 

 

 

―――15分後。

神風連合のドライバー数名とバトルして、再び不二観峠山頂にやってきた2人。

そこにいたのは、奈美子が苦手意識を持つあの金髪の強面の男だった。

 

「マスジ…」

「次は君なんだね」

「お前らに俺たちが協力する?ハッ、ありえねーな!!ってことで、あの娘をさらってやったって訳だ!くっくっく、さぁどうする?」

どこか性根が曲がったかのようにマスジはそう言った。

だが、奈美子はその言葉に反し予想とは異なる言葉を告げるのだった。

 

「…マスジも、ありがと」

「なっ!?お、お、おめぇ何言ってんだ!!?」

すると、動揺したマスジに対して時雨も援護射撃のようにこう言葉を告げた。

 

「これが君たちのやり方だと思うと、個性があって面白いって思ったんだ」

「こ、個性だぁ?別に、俺はそういう訳じゃ…って!!おめぇらここは言うべきことが違ぇだろ!『彼女を返せ』とかが定石ってもんだろ!!」

時雨と奈美子の言葉に対し、マスジの頬が徐々に赤くなる。

 

「…最初はすごく怖い人かと思ったけど、あなた本当は、結構優しいのね?」

「なっ!?違ぇよ、そういうことじゃねえよ!うるせぇ!とにかくおめぇらは俺とバトルしやがれ!」

奈美子の言葉に対して明らかに動揺していたマスジの顔は、この時点で完全にサクランボの如く真っ赤になっていたのだった。

 

「ふふ…ええ、わかったわ!」

「この勝負、喜んで受けて立つよ」

「ハンディキャップは8秒だ!限界ギリギリダウンヒルバトル…おめぇらの度胸を見せさせてもらうぜ!!」

何処か威嚇するかのようにマスジはそう言ったが、時雨と奈美子にとっては無意味ではあった。

その理由というのも至極単純なもので、如何せん2人はマスジの本性をよくわかってしまっていたのだから。

 

◇ ◇ ◇

 

―――vsドラゴンのマスジ

推奨BGM:JAILHOUSE ROCK(from SUPER EUROBEAT vol.211)

 

不二観峠山頂から麓までの時計回りルートは、複数のコーナー地帯が連続する度胸試し同然のヘアピンと、下り坂区間が大半であるがためにスピードが一気に乗る事になるストレートによって構成されている。

基本的にはストップアンドゴーが中心のコースではあるが、それでもスピードレンジ自体は高めと判断しても良い。

スタート直後のストレートを抜けたと思いきや、そのまま下り勾配の第1コーナーである左ロングヘアピンコーナー。

第1コーナーを立ち上がるとストレートがあるので、それを抜けたところで第2コーナーである右ヘアピンコーナーが迫る。

右ヘアピンを抜けたら先ほどのとは2倍程度の長さを誇るストレート、ストレートエンドには第3コーナーである左ヘアピンコーナー。

左ヘアピンを抜けたところで第1コーナーと第2コーナーの間のストレート区間と同じ程度のストレート。

そしてストレートエンドには第4コーナーである右ヘアピンコーナーがあり、これを抜けたら再びストレート区間。

ストレートエンドには岩肌が右端に存在する形で最終第5コーナーである左ロングヘアピン。

最終ヘアピンを抜けた後は下り坂を滑走する形で最終ストレートを駆け抜けるとゴールとなる。

ストレートとヘアピンの二極となっており、テクニックも踏み込む度胸も必要となるコースとなっている。

しかもダウンヒルという事もあり自然と速度は乗る為、ブレーキやサスペンション類の補強は必須とも言えるだろう。

それでもパワーが多少不利であってもテクニックがあればなんとかなってしまうのがダウンヒルの怖いところでもあったりするのである。

 

「(よし…並んだな…)」

左レーン、RZ34。右レーン、EK9シビック。

シビックはアウトコースという事もあり不利ではあるが、それでも必要分のマージンは存在していると認識していた。

パーキング状態で2台のドライバーがアクセルを踏み込んでエンジンを回す。

RZ34のエンジン音はシビックのエンジン音をかき消すほどの音だった。

そんな中でシビックは発進する。

 

「(…龍を、追いかけて来い!!)」

スタートダッシュを決めて発進するシビックは、スタートダッシュを決めて第1コーナーである左ヘアピンに突入した。

夜闇に隠れるかの如く黒いシビックはあっという間にRZ34のヘッドライトが照射している範囲から姿を消すのだった。

 

「(―――逃がさない。食らいつく!)」

一方の時雨は此処までの経験もあっていたって冷静だった。

圧倒的なマージンを覆すやり方自体何度もやって来ている以上、その部分について緊張はなかった。

相手も多少は速くなっているとはいえ、自分のマシンだってとても速くなっているという事実は時雨自身がよく理解していた。

そして一歩ミスを擦ればどこへ車が言ってしまうかわからない…そんなリスキーなマシンである事も時雨は把握はしていた。

そしてシビックが完全に視界から消えたところでカーナビのカウントが始まろうとしていた。

 

3

 

2

 

1

 

GO!

 

「―――!」

ギアを切り替え、アクセル全開に踏み込んで加速していくRZ34。

スタート直後のストレートで150キロ台まで加速したかと思いきや、直ぐに第1コーナーの左ヘアピンが迫る。

 

「っ…!」

フルブレーキングからハンドルを一気に左に切ってリアタイヤをスライドさせる。

156キロだったマシンは140キロまで減速する。

そしてドリフトライン前輪が踏みつけた瞬間にアクセルオンからのハンドルを左から右へと切り返す。

下り坂の中でもRZ34はもはや怖いものなしかのように白煙を上げてドリフトしていく。

だが下り坂という事もありアクセルオンでの加速力も増している。

しかし恐怖心がどこかに吹き飛んでしまったのか、時雨はアクセルを踏み続ける事をやめない。

RZ34は走行レーンの中央に存在するグラインドしていくようにラインに乗って走り抜けていく。

 

「(…!)」

本来コーナーのインに近い方がラインとしても悪くない事は時雨でもわかっていた。

だがそれでもRZ34は無駄なハンドル操作を抑えた為かそれ以上に速く走れているように時雨は感じられた。

そしてそう感じた次の瞬間には、アクセルリリースから右に曲げていたハンドルをニュートラルに戻して、RZ34は前輪を再びドリフトラインを踏みつけた。

 

「(まるで急流下りだ…でも、下り坂すら味方につけてやる!)」

ドリフトラインを踏みつけた瞬間、再びアクセルを踏みつける。

速度は148キロから下り坂という事もあり一気に170キロ台まで加速する。

下り勾配という事もあり、ウォータースライダーはおろか激流下りのようにRZ34は加速していく。

だがストレート区間は予想以上に短く、すぐに第2コーナーの右ヘアピンが迫る。

 

「(…ここだ!)」

コーナー直前でアクセルリリースからハンドルをすっ、と左に曲げ、再び一気に右に切り返す。

お得意のフェイントモーションで速度が乗ったマシンをあえて無駄な操作を加えて減速させる。

切り返しと共にブレーキをフラッシュさせ、マシンを徐々にテールスライドへと持っていく。

そして前輪がドリフトラインを踏みつけた瞬間、再びアクセルを全開に踏み込んで後輪を空転させていく。

 

「―――っ!」

後輪にエンジンパワーが伝わったRZ34は走行レーンの左側から、ドリフト状態のまま一気に右端へと進路を変える。

文字通りのアウトインアウトを決めて、RZ34は140キロ台でドリフトしていく。

ラバーポールとの隙間10cmというギリギリの状態でありながら、RZ34はヘアピンを駆け抜ける。

クリッピングポイントを抜けてあっという間にコーナーの出口が迫る中で、時雨はアクセルリリースと共に右に曲げていたハンドルをニュートラルに戻す。

アウトへと徐々に膨れていくRZ34は、走行レーンの左側…道路の路肩に膨れたところで前輪がドリフトラインを踏みつけた。

 

「(―――見えた!)」

アクセルを踏み込んだ瞬間、見えたのは第3コーナーに突入しようとしている黒のEK9シビックだった。

フロントライトが第3コーナーを照らす中、ハンドルをしっかり握った時雨はアクセルを全開に踏み込んでストレートで加速していく。

マシンパワーと下り坂が合わさったことでRZ34は140キロ台から180キロ近くまで加速していく。

RZ34とEK9シビックの距離差はあっという間に縮まっていく。

 

「(くっ、追いついて来やがった…!)」

一方のマスジ。スタート時点で8秒という大差をつけたにもかかわらず、もう既に半分以下の時間である事は彼自身がよく理解していた。

だがこちらが出来る事は自らの限界以上の走りをして逃げる事だけ。

サイドブレーキを引き続けた状態でEK9は第3コーナーをなんとかドリフトしていく。

ドリフトに向かないFF車を無理くりサイドブレーキをかけてドリフトさせていくが、やはりマスジの技量にも限界というのはあるようだ。

 

「(…逃がさないっ!)」

170キロ台という速度で下り坂を駆け抜けていくRZ34。

だが目の前に第3コーナーの左ヘアピンが迫る。

オーバースピード気味に突入しようとするRZ34は、走行レーンの右側に寄ったかと思えば直前でフルブレーキングから一気に左にハンドルを曲げる。

173キロから148キロまで減速させるというブレーキングから後輪を滑らせ始めたRZ34は、150キロという速度を維持しながら一気に進行方向を変えてノーズをコーナーの内側へと向けていく。

ハンドルを徐々に右に切り返す中、RZ34は再びノーズを壁スレスレまで接近させる。

クリッピングポイント…つまりコーナーの中間地点を通過した時、壁との隙間は10cmもないまさしくギリギリの際どいラインを駆け抜けていた。

 

「(確実に縮まっている…追いつけ!)」

コーナー中間から出口に向けて切り返したハンドルを再びニュートラルに戻し、アクセルをリリースしてドリフト状態を抑える。

そしてドリフトラインを再び踏みつけた瞬間に時雨はアクセルを踏み込んでグリップと加速力を回復させた。

アクセルを全開に踏み込んだRZ34は、先行するEK9シビックに車1.5台分というところまで食らいつけていた。

 

「(く、来る…だが!!)」

何とかストレートで加速していくEK9シビック。

目の前には第4コーナーの右ヘアピンが迫る。

サイドブレーキを引いてハンドルを右に曲げ、食らいつかせんと言わんばかりにドリフトしていく。

シビックはインコースを走行している分あのRZ34よりかはタイム的には有利であるはずである。

だが白煙を上げてFFドリフトを披露していくその時だった。

 

「(…アウトから!?)」

バックミラーが嫌というほど光った次の瞬間には、RZ34はEK9に横並びで並んでいた。

そしてEK9シビックの前輪がドリフトラインを踏みつけた瞬間…RZ34の前輪もドリフトラインを踏みつけたのだった。

 

「―――!!」

サイドブレーキをリリースし、アクセルを踏み込んで加速していこうとしたEK9シビック。

だが、加速しようとした次の瞬間にはRZ34はノーズを先に出し、そのままEK9シビックをオーバーテイクしてしまった。

シビックはインコースで110キロ台だったのにも関わらず、RZ34はそれ以上の速さで、それもアウトコースから一気にぶち抜いてしまったのだった。

 

「(やられた…!)」

アクセルを踏み込んで加速しようとするマスジ。

だが、アクセルをどんなに踏み込んでも先行するRZ34はどんどんとシビックを引き離していく。

そしてストレートを駆け抜けて最終コーナーをドリフトしていくRZ34は、自分では到底不可能な速度で白煙を上げつつドリフトして駆け抜けていくのだった。

 

「(わかっていたとはいえ、アウトコースで食いつけねぇんじゃ、俺に勝ち目はない…)」

マスジは降参してハザードランプを点けて減速した。

最終コーナーであれ程までの速度で駆け抜けられてしまったのでは、もはや到底自分が敵う相手なんかではない…

そう思ったことにより、あっさりと降参するのだった。

 

「―――」

一方の時雨は、シビックを追い抜いたとはいえ最後のストレートでも決してアクセルを緩める事はなかった。

RZ34の力を限界まで発揮せんと加速し続け、下り坂という事もあり190キロに近い速度でゴールラインを駆け抜けたのだった。

 

◇ ◇ ◇

 

―――不二観峠麓、道の駅駐車場。

EK9シビックとRZ34は駐車場に横並びで止まっていた。

 

「フン、俺の負けだ…娘はケンと一緒にいやがるぜ。もう何回か走れば顔を出してくれるはずだ」

マスジはハルカの場所を教えるようにそう言った。

 

「本当にありがとうマスジ、こんな形で協力してくれて!」

「だ、だから!協力なんてしてねえって言ってるだろうが、この野郎!」

奈美子が伝えた感謝の言葉にマスジの顔はすっかり赤くなっていた。

だがその顔を見て、時雨はにこやかな顔でこう言った。

 

「いや…君のお陰で、僕達は本当に助かったんだ。お礼くらい言わせてくれよ」

「ふ、ふん…!とっとと行きやがれ!」

「ふふっ、頑張って私たち、皇帝に勝つから…!」

「本当にありがとう。皇帝には、絶対勝つよ」

「…ケッ!せいぜい頑張りやがれ、じゃあな…!」

そう男は耳を赤くしてEK9共々峠を後にした。

だがその顔はどこか満足感にもあふれているように、時雨と奈美子は見ていたのだった。

 

 

 


 

 

 

―――不二観峠麓、道の駅付近。

 

「あー、お嬢さん方、オレに勝てば娘は帰してやる…って、もう茶番はいいか。おーい工場の娘、すまなかったな」

「あっ、はい。もう…出てきていいですか?」

そう言ってターバンのケンは、芝居の為にさらっていたハルカを呼び出した。

ランエボⅢの助手席に座っていたハルカは車から降りてきて県に話しかけたのだった。

 

「本当にいたんだ…」

「一芝居打ったはいいが、いかにもバレバレだったようだ。すまなかったな、工場の娘よ、巻き込んでしまってな」

「いえ、いいんです!お役に立てたのなら…」

「あー、ウチのマスジが素直じゃなくてな。普通に協力なんて絶対しないと駄々こねやがるんで、協力をあおいだって訳だ」

「…やっぱりそうだったんだね」

「まあ…お前らでもマスジの事はわかるだろう。あいつも本当に困った奴だからな…」

ケンは呆れ気味に言ったが、結果的に助かった事もあって奈美子も時雨も決して悪い気分ではなかった。

 

「確かにバレバレだったけど、嬉しかった。マスジって意外にお茶目なのね。あと、ケンもありがとう」

「僕からも礼を言わせてもらうよ」

「ふむ…喜ぶのはまだ早い。皇帝はシャレにならない速さだと聞く」

「…そうらしいね」

「以前からどのくらい強くなったか、見せてもらおうか…!」

「わかったわ、とくと見てもらうわよ!」

「ハンディキャップは7秒だ…食らいついてこい!」

「わかった…始めよう!」

そう言って時雨と奈美子、ケンは互いのマシンに乗り込んでスタート地点へと移動していく。

 

◇ ◇ ◇

 

―――vsターバンのケン

推奨BGM:BOYS DO FALL IN LOVE(from SUPER EUROBEAT vol.222)

 

コースは不二観峠反時計回り上り区間。

先ほどDJサイゴーと戦ったコースである。

左レーン、RZ34。右レーン、ランエボⅢ。

2台がスタートラインに並び、エンジン音を木霊させる。

 

「(よし…行くぜ!)」

4G63のエンジン音を轟かせ、ランエボⅢがスタート地点から発進する。

下り坂で加速していくランエボを、RZ34のヘッドライトは虎視眈々と照らしていた。

先行するランエボⅢは、ブレーキランプを点灯させて第1コーナーをドリフトで駆け抜けていった。

 

「―――」

時雨は両手両足の感覚を確かめていた。

何十篇も走っている以上どこか疲労は間違えなく溜まっているだろう。

両手をグーパーさせて感覚を確認し、両足でアクセルやブレーキを踏み込んで感覚を確認する。

何が何でも追いついてみせる。そう時雨は思っていた。

そしてRZ34のヘッドライトが映し出す視界からランエボⅢが消え去り、カーナビのカウントが始まろうとしていた。

 

3

 

2

 

1

 

GO!

 

「―――っ!!」

ギアを切り替え、アクセル全開で加速していくRZ34。

下り坂で160キロ近くまで加速したRZ34は、あっという間に第1コーナーである左ヘアピンコーナーの迫る。

3連続ヘアピン地帯が迫ろうとしていた。

 

「(…曲がらせる!)」

アクセルオフからブレーキを踏み込み、140キロ台まで減速するRZ34。

左にハンドルを曲げてテールスライドさせようとしたかと思いきや、アクセルを踏み込んでハンドルを一気に右に切り返す。

カウンターを当てながら白煙を上げつつもRZ34はドリフトしていく。

だがドリフト区間は短く、あっという間にコーナー出口が迫る。

 

「(左に少しだけ曲げたままで…)」

3連続ヘアピン地帯において、時雨は振り返しを活用したドリフトでコーナー地帯を抜けようとしていた。

アクセルオフからハンドルを徐々にニュートラルに戻すが、それでも完全なニュートラルには戻さず少しだけハンドルを右に傾けたままの状態だった。

そしてコーナー出口のドリフトラインを踏みつけた瞬間、再びアクセルを踏みつける。

コーナーを立ち上がったRZ34は、カウンターを当て続けた状態のままアクセルを踏みつけられたことによって、直線ドリフト状態になった。

直線ドリフト状態のRZ34を、時雨はハンドルを一定の角度に左に曲げ続けて少しずつテールスライドさせていく。

150キロオーバーの状態でRZ34は直線ドリフトからそのまま第2コーナーの右ヘアピンに突入しようとする。

そして前輪がドリフトラインを踏みつける寸前に一度アクセルをリリースしたかと思いきや、踏みつけた瞬間にアクセルオンにした上でハンドルを右に切り返して、一定の角度を維持し続けたままドリフトする。

直線ドリフトからそのままアクセルワークでマシンをコントロールしつつ第2コーナーに突入したRZ34は、150キロオーバーという速度でレール上をグラインドするかのごとくコーナーを駆け抜けていく。

だが第2コーナーもドリフト区間自体は直ぐに終わる。

コーナーでドリフトしている際ハンドルを少しだけ左に曲げ続けてカウンターを当てる。

そしてそれはコーナー出口でアクセルオフにした瞬間も維持し続けていた。

 

「(次が、3つ目…!)」

ここまで振り戻しだけでコーナーを抜けてきたRZ34は、この第3コーナーの後がストレートである事は分かっていた。

そんな中で第2コーナーを抜け、少しだけハンドルを左に曲げた上でアクセルオンにしたことでRZ34は再び直線ドリフト状態に。

直線ドリフトでの角度は抑え目にハンドルを右に切り続け、ゆっくりとドリフトアングルを増していく。

そしてコーナー入口のドリフトライン直前で一瞬だけアクセルオフにしたかと思いきや、ドリフトラインを踏みつけた瞬間に再びアクセルを踏み込んでハンドルを右に切り返す。

ドリフトアングルにおいて一定角度を維持したRZ34は、左端の壁との隙間10cm程を駆け抜けてコーナーを立ち上がっていく。

 

「(直線区間…差を詰める!)」

ヘアピンを抜けかけて視界がクリアになったところで時雨はアクセルをリリースし、右に曲げていたハンドルをニュートラルに戻していく。

そしてコーナー出口のドリフトラインを踏みつけた瞬間、時雨はハンドルをニュートラルにしてアクセルを全開に踏み込んでいく。

154キロだったRZ34は、一気に173キロまで加速していく。

そうなるとストレート区間を駆け抜ける時間もあっという間だった。

 

「(っ…!)」

第4コーナー直前ギリギリまでブレーキを我慢し、直前で左にハンドルを切った上でブレーキを目いっぱい踏み込む。

175キロのRZ34は一気に153キロまで減速する。

そして左に切った状態のハンドルを、ドリフトラインを踏みつけた瞬間にハンドルを一気に右に切り返す。

フェイントモーションで外側から一気にコーナー内側のラバーポールまでマシンを接近させる。

150キロ台まで減速したRZ34は、第4コーナーのヘアピンをアウトインアウトのラインを描きつつもドリフトしていく。

クリッピングポイント通過時、RZ34とラバーポールの間の隙間は5cmもないレベルだった。

そして150キロ以上の速度でクリッピングポイントを抜けたRZ34はアウトに膨れていく中でハンドルをニュートラルに戻し、アクセルをリリースする。

そして前輪がコーナー出口のドリフトラインを踏みつけた瞬間に再びアクセルを全開にし、後輪にエンジンパワーを伝達させる。

ハンドルがニュートラルとなっていたRZ34はただ前へと猛烈な勢いで加速していく。

そして加速していく中で、先行するランエボⅢの後ろ姿をRZ34のヘッドライトが照らすのだった。

 

「(まさか…!)」

第5コーナーをドリフトしていく中で、ランエボⅢのバックミラーにはRZ34のヘッドライトが映った。

その速度は自分が想像する遥かに上の速度を出しているのは言うまでもない。

だがまさか半分程度でここまで食らいつかれるとは思っていなかった。

アウトコースというのもある為に案外アッサリ食らいつかれるかもしれないとは思っていたが、まさかコース半分で自分が認識できる距離にいるとは全くもって思わなかったのである。

そしてその存在を認識したかと思いきや、第5コーナーを抜けたランエボⅢに対してRZ34はランエボⅢを完全に追い抜かんと言わんばかりの、文字通りの鬼神の如き走りで食らいつこうとしていた。

 

「くっ…!」

第6コーナーの右ヘアピン。ゼロカウンター同然のドリフトで駆け抜けるランエボⅢ。

だが次の瞬間だった。

 

「もう追いついてきた、だと…!?」

先ほどバックミラーに映っていたRZ34は、あっという間に自分のバック…テールトゥノーズの状態にまで迫ってきた。

RZ34は第5、第6コーナーをドリフトを維持しながら駆け抜けている。

どうやら連続コーナーをドリフトをキープし続けて…振り返しをうまく活用した上で駆け抜けているようで、その分RZ34の失速は抑え目と言っても良かった。

そして1つ1つのコーナーを分割してドリフトしていたランエボⅢは、RZ34よりも失速の度合いが大きかったのは言うまでもないだろう。

そしてその結果…第7コーナー、左ショートヘアピンコーナーでのことだった。

ランエボのバックミラーからRZ34のヘッドライトが消えた…かと思われた次の瞬間。

 

「な…!?」

「……!」

ケンがサイドバイサイドになったのを認識したかと思いきや、RZ34はそのままインコースの優位性を活用してオーバーテイクしてしまった。

ケンにとってはドリフトの角度もランエボⅢよりは抑え目に見えた。

ドリフト時の失速を最小限にしつつも、RZ34はあっという間にランエボⅢをオーバーテイクしてそのままコーナー間のストレート区間で更に差を付ける。

 

「くっ…」

上り坂という事もあって思うようにスピードが乗らないランエボⅢ。

だが一方のRZ34は上り坂などお構いなしと言わんばかりの馬力を発揮して短いストレート区間でも余裕で加速していく。

短いストレートであるにも関わらず車間距離はあっという間に車2~3台分にまで広がってしまう。

もはやケンにとってはアウトコースなだけではなく単純なスペック差でも明らかに追いつけないという事を嫌というほど認めざるを得なかったのだった。

前方のRZ34は自分では到底突っ込むことが出来ない程の速度で第8コーナーである右直角コーナーへと突っ込んでドリフトしていく。

 

「ここ、までか…」

その姿に翻弄されたケンは、もはや自分が敵う敵ではないと認めんばかりに失速するのだった。

第8コーナー、第9コーナーをドリフトしていくRZ34はそのままの勢いでランエボⅢを振り切りにかかっていたが、当のランエボⅢは第8コーナー直前で心を折られてハザードランプを点滅させるのだった。

 

そしてそのままの勢いでRZ34は山頂付近のゴールを駆け抜ける。

ランエボⅢを完全にぶっちぎり、3秒以上の大差をつけていたのだった。

 

◇ ◇ ◇

―――不二観峠山頂付近

RZ34とランエボⅢが縦列駐車して止まっている。

ドライバーたちは既に車を降りて会話していた。

 

「なるほど…その車に乗り換えたという事を考慮しても、以前とは比べ物にならぬ速さだ…」

「…ありがとう」

「しかしこれでようやく『皇帝』と五分五分、或はそれ以下かもしれん…」

「これで五分五分なのね…」

「わかってはいるつもりだけど、皇帝はとんでもなく速いんだね」

「ああ…この特訓を終えた後も、自主練をしておいた方がいいだろう」

すると3人の様子を見に来たあの男が、こう声をかけた。

 

「ハッハッハ!パワーを大幅に上げたケンでも勝てねぇか…やっぱり俺の目に狂いはなかったみたいだな…大したもんだぜ、お前らは!」

「と、トオル!」

「いつの間に…」

「『神風』…お前、またこっそり見てたのか」

「ああ、折角だし麓にいた嬢ちゃんを引き連れてな。それにしても嬢ちゃん、すまなかったな。うちの馬鹿どもの小芝居に付き合ってもらってよ!」

すると、そこに現れたのはハルカだった。

どうやら先ほど神風のトオルのマシンの助手席に乗せてもらって追っかけてきたようだ。

 

「いえ、その…いいんです。トオルさんのお役に立てたのなら」

「はっはっは、サンキューな!さて…ナビ子、時雨。それじゃあ俺と勝負と行こうぜ!」

「わかった…あとはあなただけなんだね」

「ああ。俺はこの日の為に…」

するとトオルが言葉を続けようとした瞬間、ある男が現れた。

 

「ま、ま、待ってくださーーーい!!トオルさん!!!一生のお願いッス!!」

「ヒロシ?」

するとトオルは一気に怒りをあらわにしたかのようにこう言葉を続けたのだった。

 

「ヒロシ、今までどこにいやがった!おまけに話の腰折りやがって!!てめぇの『一生のお願い』は、もう聞き飽きたんだよ!!!」

するとヒロシが懇願するようにこう言った。

 

「時雨ちゃんと奈美子が来るのを、さっきから山頂で待っていたんです!!オレ、オレ、この日の為に、ひそかに愛車のハチロクをガリガリにチューンアップしたんスよ!!どうかオレに、オレに…四度目の正直を!!」

「ヒロシ…」

「オレ、ヒルクライムならともかく…ダウンヒルならある程度は相手になれると思うんです!!」

そうヒロシは地面に頭を打ち付けて土下座をするのだった。

流石にそこまでやられてしまった以上こちらとしても認めざるを得ない雰囲気になっていた。

 

「…全く、仕方ねぇなあ…ま、実践訓練なんて回数が多い方がいいに決まってるからな。じゃあヒロシ、お前が出ろ」

その言葉に歓喜したかのようにヒロシは顔を上げて立ち上がった。

 

「ありがたいッス!よし!ナビ子、時雨ちゃん!ついに来たぜ、この時が!!エンジン温めて待ってるぜぇ!?」

「…わかった。タイヤの確認だけして、直ぐ始めよう」

「ええ。ヒロシは先に待ってなさい」

「よっしゃ!先にスタート地点で待ってるぜぇ!」

そう言ってヒロシは一足先にAE86トレノに乗り込むのだった。

 

 

 


 

 

 

―――不二観峠山頂付近スタート地点。

左レーンにAE86トレノ、右レーンにRZ34が停車して3人が一度車を降りて会話する。

 

「ふっふっふ、準備が出来たか。ナビ子、時雨ちゃん…いやあ、しかしなんだな…思えば俺たちも長い付き合いだな…」

ヒロシはどこか懐古するようにそう呟いた。

 

「……?」

「ど、どうしたのよ急に?ヒロシらしくないじゃないの」

「ナビ子を峠で見かけたあの日、俺はお前に一目惚れを…ってそうだよ時雨ちゃんも!」

「え?」

すると時雨を見たヒロシは、謝罪の態度を露にした。

 

「えーっと…あの時は無理やりナビ子がバトルに引きずり込んだとはいえ、そこから何かと迷惑をかけちまって…本当に申し訳ないぜぇ…」

そう言ってヒロシは頭を下げた。

その言葉に対し、時雨は自分の考えを伝えた。

 

「…僕は大して怒ってはいないよ。君とバトルする事にならなければ、僕は奈美子とパートナーになる事もなくてのたれ死ぬだけだったと思うから…言い方が良くないかもしれないけど、必要悪だったと思うんだ」

「時雨…」

「時雨ちゃん…この俺を許してくれるなんて、優しいんだなぁ。ってそうだ!俺だって今はまだアレな部分はあるかもしれないけど、いつかは連合のトップに君臨する野望をだな…!」

だが、ヒロシが言葉を続けようとした瞬間だった。

 

「いいから早くしろよヒロシ、御託を並べまくりやがって…何時まで待たせるんだ?」

「ひえっ!?トトト、トオルさん!!?まさかずっと聞いてたんすか…?」

トオルはマシン整備を終えた時雨の様子を見に来たのか、いつまで経ってもスタートしない事が気になったのかヒロシの後ろにいたのだった。

 

「おめぇ、俺がケンと会話してたの忘れたのか?そこからずっといてお前らのスタートを見に来たんだろうが」

「じゃじゃじゃじゃあ、連合のトップに君臨ってくだりも…」

傍から見てもヒロシは大汗をかいているのが見えていた。

 

「ハッハッハ、おもしれぇじゃねえか!下剋上、大いに結構!だったらまずはここでいい所見せてもらいてぇもんだな!!よっしゃ、おめーのハチロクの横に乗せろぉ!!」

「と、トオルさんが俺のハチロクの助手席に!!?よ、よしっ、不肖ヒロシ、頑張らせて頂きます!!」

「ハンディキャップは…よし、5秒で行ってみよう。5秒差をひっくり返してヒロシに食らいついてみせろ!!」

「5秒っすね…了解っす。いくぜナビ子、時雨ちゃん!!四度目の正直…いや、これが俺様なりの時雨ちゃんへの罪滅ぼしだ!俺様を超えに来てくれ…何が何でも逃げ切ってやらぁ!!」

「…わかった。全力で食らいつかせてもらうよ」

「正々堂々、勝負よ!」

そう言ったところでドライバーたちは互いの車に乗り込むのだった。

 

◇ ◇ ◇

 

―――vsアフロのヒロシ

推奨BGM:B.O.S.S.(from B.O.S.S.)

 

コースは中間地点から麓までのダウンヒル。

左レーン、AE86。右レーン、RZ34。

AE86トレノは外観としてもGTウィングが装着され、多少はチューニングされているようだった。

どうやらこの日の為にチューニングしてきたのはあながち間違いではないようだ。

エンジンを初めとするマシン内部に関してもちゃんと整備が施されているようで、以前とは違う快音を響かせていた。

 

「よっしゃあ、逃げるぜぇー!!」

そう言ってギアを切り替え、アクセルを踏み込んでいくヒロシ。

AE86はアフターファイアを噴出しながら加速していく。

ヘッドライトが照らす第1コーナーに飛び込み、AE86トレノはドリフトしていく。

 

「―――」

一方の時雨。

スタートでおいてはいかれたが、こちらは全くもって動揺していなかった。

幾らパワーアップを施してもこちらが多少有利であること自体は何も変わらない。

だったら自分の走りをして追い抜く事には何も変わらない…そう時雨は思っていたのだった。

自分の走りで相手を追い抜く。それが時雨の目標だった。

AE86がコーナーに突入しようとしていたところで、カーナビにカウントが表示されようとしていた。

 

3

 

2

 

1

 

GO!

 

「(いけ…!)」

ギアを切り替え、アクセルを全開に踏み込んで加速していくRZ34。

ロケットスタートと下り坂が相まって一気に加速して一気に150キロ台まで加速する。

そして150キロ台に到達したところでRZ34の直前に左ヘアピンコーナーが迫る。

ハンドルを少し右に曲げた上でアクセルオフからフルブレーキング。そしてブレーキングと共に一気にハンドルを左に曲げてマシンをテールスライドさせる。

白煙が上がりつつテールスライドしていく中でRZ34の前輪がドリフトラインを踏みつける。

そしてアクセルを再び踏み込んでハンドルを右に切り返した瞬間だった。

 

「(っ…!)」

アクセルを踏み込んだ瞬間に時雨を襲った、両手両足が燃えるような感覚。

白煙を上げながらドリフトしていくRZ34を制御する中で、その感覚は全身に伝わっていく。

ハンドルを右に曲げてカウンターを当てながらRZ34はコース左端のラバーポールに向かって徐々に進路を変えていく。

コーナー中間でラバーポールとの隙間は10cmほどまで迫り、そしてコーナー中間からアウトに膨らむ。

カウンターを当てつつも時雨はハンドルを握り続け、アクセルを踏み続ける事はやめない。

一歩間違えれば意識すら吹き飛びかねない状況ではあるが、それでもRZ34を前へ走らせる事に時雨は無我夢中であった。

そんな中で第1コーナー出口のドリフトラインをRZ34が踏みつけようとしていた。

コーナー出口の寸前でアクセルをリリースし、ハンドルを右からニュートラルへと戻していく。

 

「―――!」

ドリフトラインを踏みつけた瞬間にアクセルを全開に踏み込み、後輪にエンジンパワーを伝える。

全身が炎に包まれる感覚の最中、何とか意識を保ちつつ目先のストレートへ向けてRZ34を全速で加速させていく。

速度は147キロから一気に160キロ台まで加速していく。

普通の加速でも時に恐怖を感じるほどの加速ではあるが、下り坂である事も相まってその加速はさらに増しているように時雨には思えた。

視界が狭まり、周りの音が風を切る音だけしか聞こえなくなっていく。

だがそれでもアクセルを踏み続ける事は絶対にやめない。

自分の全力で走って限界を高めていく必要が自分にはある…時雨はそう思っていた。

自らの限界を決めるのではなく、自らで壁を壊しに行く。

皇帝に勝つためにはそれしか方法はないと時雨はそう思っていた。

そしてそう思う中で第2コーナーの右ヘアピンが迫る。

 

「―――!」

走行レーンの左側に寄った上でアクセルオフからブレーキをかけ、ハンドルを一気に右へ曲げる。

テールスライドさせていくRZ34を、ドリフト状態に持っていくようにマシンをスライドさせていく。

そして前輪がドリフトラインを踏みつけた瞬間にアクセルを再び全開に踏み込み、後輪を空転させてドリフトのアングルをさらに増していく。

タイヤを空転させつつ140キロ台という猛烈な速度で、RZ34はコーナーのクリッピングポイント…右端の壁との隙間15cm程度…を駆け抜け、コーナー終盤でハンドルをニュートラルに戻して外側にRZ34を膨らませていく。

アウトに膨れつつあるRZ34のアクセルをリリースし、過度に膨らまないように調整しつつハンドルをニュートラルに戻す。

そして前輪がドリフトラインを踏みつけた瞬間に再びアクセルを全開に踏み込む。

 

「(まだ体は熱い…!)」

アクセルを踏み込み、ロングストレートで加速していくRZ34。

全身が炎に包まれている感覚はまだ残っている。

下り勾配のロングストレートで、RZ34は獰猛な怪獣のようなエンジン音を響かせて立ち上がっていく。

長いストレートという事もあり速度は170キロまで到達する。

そしてそんなストレートを駆け抜け続ける最中、RZ34のヘッドライトがその存在を照らすのだった。

 

「(も、もう追いついて来やがったぁ…!)」

AE86のヒロシは第3コーナーをドリフトさせる最中、必死にハンドル操作をしながらも動揺していた。

幾ら相手がモンスター級の怪物であるという事をわかった上でも、それでも速すぎるくらいのレベルである。

自分だって決して遅いわけではない。ハッキリ言えば相手の格が違いすぎるのである。

それでも何とかアクセルを踏み込んでカウンターを当てつつドリフトして逃げる事に必死になる。

何とか第3コーナーである左ヘアピンコーナーを抜け、ストレートで再び加速していく。

 

「(ヒロシにしては…かなり頑張ってるな)」

一方、助手席で何も言わずヒロシの走りを見ているトオル。

正直なところもっと速く追い付かれると思っていた。

第3コーナーでも追いつかれないとなると十分彼は善戦している…そうトオルは感じていた。

ヒロシも知らず知らずのうちに腕を上げている。

きっとこれは時雨の影響が大きいのだろうか…?面倒な事に巻き込んでしまった事に対して罪悪感を感じている彼なりの、時雨に対する罪滅ぼしという感覚が彼を速くさせているのだろうか…そうトオルは思っていた。

第3コーナーからのストレートで130キロ台まで加速し、食らいつかせんと必死になってアクセルを踏み込む。

 

「(前に…少しでも前に……!)」

ヒロシはキャパシティいっぱいいっぱいでありながらも、何とか追いつかれんとアクセルを踏み続ける事だけはやめなかった。

だがヒロシがそう思った瞬間だった。

 

「ひっ…!?」

第3コーナーから第4コーナーの間のストレートで、RZ34はとんでもない速さで迫ってきた。

RZ34は食らいついても遠慮なしにアクセルを踏み続ける。

 

「(アクセルを踏み続けろヒロシ!ここが正念場だぜ…!)」

影ながら助手席のトオルは応援していた。

それに応じるかのようにヒロシは第4コーナーである右ヘアピンコーナーのブレーキポイントを目いっぱい遅らせて限界まで切り詰めようとする。

そしてコーナー直前でブレーキをかけたかと思いきやサイドブレーキを引き、ハンドルを右に曲げてAE86トレノを無理やりドリフトさせていく。

だが、第4コーナーでドリフトしていく最中だった。

 

「う、うわああああっ…!」

RZ34は完全にそこで狙う事を決めていたかのように、インコースから一気にAE86トレノを追い抜いてしまう。

そして追い抜いた瞬間、ヒロシは悲鳴に近い声を上げた。

RZ34が通り過ぎた瞬間にヒロシが感じた「圧力」…覇気のようなもの。

それは正しく時雨のRZ34から放たれているものだった。

その覇気に動揺してしまったのか、ヒロシは大きく動揺してしまった。

カウンターの角度が浅かったためかAE86トレノは走行レーンの中央にあるレールをグラインドするかのような状態から、まるでレールから脱線したかのようにアウトコースへと膨れてしまう。

慌ててカウンターを当てるべく左に曲げていたハンドルを右へと切り返す。

左端の壁と隙間数cmというところまで迫るものの、何とか接触だけは避けた。

そしてハンドルをニュートラルに戻し、何とかストレートに向けて加速していく。

だがこの時点でRZ34はストレートの中間まで先行し、既に勝負がついたかのように思われていた。

RZ34は170キロ近くまで加速していき、完全にAE86トレノを置き去りにしようとしていた。

だがそれでもヒロシはアクセルを踏み続ける事をやめなかった。

 

「(負けることになってもいい…俺は最後まで走り抜く!!)」

第4コーナーと第5コーナーの間のストレートを全力疾走と言わんばかりにアクセルを踏み続ける。

追いつけなくてもいい、とにかく自分の全力の走りをして相手に自分の走りを見てもらう。

そうヒロシは思っていた。

それが自分なりの時雨への罪滅ぼしなのだろう、そう自覚しながらアクセルを踏み続ける事はやめない。

先行するRZ34は最終コーナーである第5コーナー…左ヘアピンコーナーでドリフトしていく。

到底ヒロシのAE86トレノでは追いつけるはずのない速度であるが、それでもヒロシは折れる事はしないつもりだった。

 

「(時雨ちゃん…!俺は、俺なりの走りで時雨ちゃんに食らいついてみせるよ…!!)」

そう思いつつ、ヒロシはアクセルを踏み続ける。

目の前に最終コーナーの左ヘアピンが迫る。

だが、次の瞬間だった。

 

「お、おい突っ込み過ぎだ…!!」

「ほえ?」

時雨に食らいつかんと言わんばかりにヒロシはアクセルを踏み続けていた。

そして踏み続けた結果、速度は140キロ近くまで加速していた。

明らかにヒロシの技量を超えた速度だった。

 

「ひぃっ!!」

集中しすぎているあまりAE86に搭載されている速度警告チャイムに気が付いていなかったのか、その速度はヒロシにとっては限界を超えるかのような速度だった。

そして次の瞬間には最終コーナーのドリフトラインを踏みつけていた。

慌ててサイドブレーキをかけ、ハンドルを一気に左に曲げるも時すでに遅し。

明らかにオーバースピードで突っ込んだAE86トレノは、ドリフトしつつもタイヤが悲鳴を上げて走行レーンをオーバーしてアンダーステアを生じながらラバーポールをなぎ倒していく。

 

「ひいいいいいっ!!」

マシンが完全に真横を向き、制御不可能の状態になっているAE86トレノ。

速度が付きすぎているのか、マシンの限界を完全に超えたAE86は右レーンにはみ出てドリフトしていく。

ハンドルを右に曲げてカウンターを当てながらAE86トレノはハーフスピン状態から左回転していく。

周りの景色が回転する中、ブレーキを踏み続けてなんとか減速していく。

そして速度が35キロまで減速したところで、何とか回転は収まってAE86トレノはコースの進行方向へと向かうのだった。

AE86トレノは勢い余って2回転し、なんとかコースへと復帰。

だが2回転して復帰した時点で、先行するRZ34は既にゴールラインを駆け抜けていたのだった。

 

「(や、やっぱ俺って…無理……?)」

「……」

ヒロシは嘆くかのようにそう思ったが、一方のトオルは別の事を思っていたのだった。

 

◇ ◇ ◇

―――不二観峠麓、道の駅駐車場。

既に駐車場に止まっていたRZ34のすぐそばにAE86トレノがゆっくりと入ってきて止まった。

既に時雨と奈美子は車から降りていてAE86トレノの帰還を待っていたのだった。

 

「ちくしょーーーっ!!やっぱり俺様は、ナビ子や時雨ちゃんには勝てねえのか…!」

車を降りたヒロシは開口一番にそう嘆きの言葉を口にした。

 

「…いや、でも」

「ヒロシ、そう悲観するな。お前はぶち抜かれたと思ってるだろうが、あそこまで逃げ切ろうとしていた分、今まで見てきたお前の走りの中で一番良かったぜ?」

「案外直ぐに食らいつけると思ったけどそうでもなかったから、ちょっと驚いちゃった!」

時雨にトオル、奈美子はそれぞれヒロシの成長に関して驚きの声を上げていた。

 

「ま、マジっすか!?」

「ま、あとは自分の限界ともう一度向き合うんだな。ハッハッハ!」

するとトオルの言葉を聞いてヒロシは涙腺決壊するかのようにこう言うのだった。

 

「トオルさん!俺、オレ、アナタに一生ついていきます~~~!!!」

「あ、あはは…(連合のトップに君臨する話はどうなったんだろう…?)」

ヒロシはそう涙を流す勢いでそう誓い、時雨は苦笑いでやり過ごすのだった。

だが一方のトオルは時雨に対して熱視線を送っていた。

 

「さて、残りは俺一人という訳だな…」

「うん」

「相手してくれるわよね?」

奈美子の言葉にトオルは軽く頷いて言葉を続ける。

 

「ああ、わかった。…だがちょっとその前に」

「?」

「時雨、お前にちょっと話があるんだ」

「え…?ああ、うん。いいよ」

するとトオルが改まった口調でこう時雨に対して言い放った。

 

推奨BGM

「…時雨、俺だけじゃなくてソウイチ先生からも車を貰うなんてな…正直驚いたぜ」

「え?…そうだね」

「普通走り屋ってのは1台の車を極めるもんだとは思うが…まさか車を2台も貰うなんて、お前には走り屋たちはおろか俺たち四天王すら魅了する何かがあるのかもしれないな…」

「それって…何なんだろう?」

時雨が「魅了する何か」について疑問を抱いたところで、トオルが1つの見解を示した。

 

「俺としては…一にも二にも、お前自身の走りの才能だと思っているんだ」

「走りの才能…」

「俺が車を探すと言った時、俺が言った言葉を覚えているか?」

「え…?たしか…こんな形で降りるなんてもったいない、だっけ…?」

時雨はトオルにロケバニワンエイティを渡してもらった時のことを思い出しつつそう呟いた。

 

「そうだ。俺も後から知ったとはいえ…CA18を載せた非力なワンエイティに乗って、四天王の傘下チームをバッタバッタと倒していく姿に魅力を感じたんだと思っている。それこそ文字通りの下克上ってヤツだからな」

「……」

「そして魅了されたのは、どうやら俺だけじゃなかったようだ。ソウイチ先生もきっと…俺と同じく、お前の才能に魅力を感じたんだろう」

「そう、なのかな…」

時雨にとってはやはりいまだに自信が無いように思っていた。

 

「俺に特訓の話を持ちかけてきた時、ソウイチ先生が言ってたんだ。お前には世界で活躍できるくらいの幅広い才能がある、って」

「……」

「…その話は、僕も少しは聞いたよ」

奈美子が黙る中、時雨は知っているように答えた。

 

「まあ聞いてたか…だがそれだけじゃねえ」

「え?」

「この話には続きがある。お前さんには峠でのドリフトバトルだけじゃなくて、サーキットレースやラリー、ゼロヨンなどのドラッグとか…他のレースシーンでも活躍できるであろう才能があるとも、先生は言っていたんだ」

「……」

時雨は多少驚きつつも、その反応はトオルが想像したものとは違ったものだったらしい。

 

「…意外と、そこについては塩っぽいんだな」

トオルが意外だと言わんばかりの反応をしたところで、時雨が言葉を発した。

 

「僕は…ただ…」

「…?」

「僕は…才能の話はどうでもよくて、今はとにかく…皇帝とのバトルに集中したいと思っているんだ。僕は、皇帝に奈美子の元に戻ってもらって…彼が本当に僕の事を助けてくれたのか、真実を知りたいんだ」

皇帝を連れ戻し、真実を知りたい。

それが時雨の願いだった。

 

「時雨ちゃん…」

「今は才能云々よりも全てを最終決戦に賭けたい、って感じだな」

「…うん」

時雨がトオルに対してどこか申し訳なさげにそう言うと、それを肯定せんと言わんばかりにトオルはこう言った。

 

「ま、お前の言い分は何も間違えじゃねえ。やっぱり今は目先の事に集中した方がいいみたいだしな!」

「…そうだね。今は、トオルや皇帝とのバトルに集中したい」

「あなたを乗り越えて…兄さんとの対決に挑むわ!」

時雨と奈美子の決意表明を聞いたトオルは、顔を二ッとさせたかと思いきやこう言葉を続けた。

 

「よしわかった、お前の意志を聞けてよかったぜ。今日は俺も本気でやらせてもらう…俺のもう1台の車の封印を解くときが来たみたいだな」

「もう1台…?」

「トオルも、車を乗り換えたの…?」

「乗り換えたって言うよりは、本気でバトルするとき以外は使わない車の方を買い替えたんだ。…こっちに来てくれ」

そう言って駐車場の端っこにトオルは3人を呼び寄せた。

そして駐車場の端っこには…Hのエンブレムが印象的な、あのスーパーカーが駐車されていたのだった。

 

「さあ見てくれ。これが、今回のバトルの為に封印を解いた、もう1台のマシンだ!」

「これは…」

案内された先に駐車されていた車は、流線型の黒いフォルムを纏ったスーパーカーだった。

 

「NC1型、NSX!?」

奈美子が驚いてそう言葉を口にした。

そう、トオルが用意した1台とは黒色のNC1型NSXである。だが、普通のNSXではない。

 

「ああ、そうだ。しかもこの車はTypeS。最終モデルのNSXだ…」

「トオルさん、前のNSXから本気用の車を乗り換えようと思うって言ってたけれど…まさかNC1に乗り換えるなんて!」

トオルは以前から本気の時の車を乗り換えようと検討していた。

だが実際に彼が乗り換えるということまではヒロシたちも知らなかったのだった。

そして乗り換えたマシンが、遂に時雨や奈美子、ヒロシの前に現れたのだった。

 

「素人の僕でもわかる…この車は、とても速そうだ…!」

「最後の最後で奥の手を出してきたわね、トオル。でも決して私たちは負けないわ!」

「ようし、その意気だ!コースはヒロシの時と同じくダウンヒル、ハンディキャップは4秒と行こうぜ!!さあ、移動するんだ!」

「わかった…全力で行かせてもらうよ!」

「あとは…ヒロシ、お前も来い!助手席に乗せてやる」

待っていようとしていたヒロシに対してトオルは声をかけた。

どうやら先ほどのバトルのご褒美のようなものを与えたいらしい。

 

「えええ俺っすかぁ!?」

「さっきのバトルのご褒美だ。特等席でバトルを見せてやるぜ」

「ま、マジっすか!!乗ります乗ります!!!時雨ちゃんとの全開バトル、見させて頂きます!!」

そう言ってドライバーたちを乗せたRZ34とNC1は、それぞれスタートラインへと移動するのだった。

 

 

 


 

 

 

―――vs神風のトオル

推奨BGM:NEW HORIZON(from SUPER EUROBEAT vol.209)

 

 

コースはヒロシの時と同じく山頂付近から麓までのダウンヒル。

左レーン、RZ34。右レーン、NC1NSX。

2台が並び、モンスターチューンドのスポーツカーとスーパーカーのエンジン音が峠に木霊する。

 

「(買い換えたばっかりだしあまり自信はねえが…何とかやりくりするしかねえ!!)」

以前まで乗っていたNA2NSXはMR挙動だが、今回乗るNC1NSXは打って変わって4輪駆動である。

これまでFR、MRと乗ってきてはいたが、ここにきて4駆のマシンとなるとパワーである程度どうにかなってもやはり限界はあるのではないか、と不安がよぎった。

だが一方で時雨を皇帝へ導くためには自分がしっかりしなくてどうする…何が何でも乗りこなして見せよう、という思いもトオルにはあった。

 

「よーし、行くぜ!!」

「―――!!」

ヒロシが悲鳴にならない声を上げつつも、NC1NSXはロケットスタートで発進していく。

 

「(あのNSXは速そうだけど…食いつけなければ、皇帝には追いつけないはずだ)」

一方の時雨。

インコースであり有利ではあるとはいえ、それでもNC1が速そうであるという事は時雨自身何処か理解はしていた。

ここまでのとっておきである以上自分でももしかしたら苦戦するのではないか?

そう思うところもあった。

だがそれでも皇帝とバトルする以上ここで負けるわけにはいかない。

自分の力のすべてを発揮して、相手の車を追い抜く…そう時雨は思った。

そしてそう思いを新たにしたところで、NC1NSXが発進してカーナビのカウントが始まろうとしていた。

 

3

 

2

 

1

 

GO!

 

「―――!!」

歯ぎしりをしつつギアを切り替え、アクセルを全開に踏み込んでRZ34を発進させる。

文字通りのロケットスタートを決めて下り坂を滑走していくRZ34は、あっという間に160キロに到達して第1コーナーの左ヘアピンに突入しようとする。

 

「っ…!」

コーナー直前でハンドルを軽く右に曲げたかと思いきやブレーキをフルに踏み込み、一気にハンドルを左に曲げる。

そして前輪がドリフトラインを踏みつけた瞬間に再びアクセルを踏み込む。

お得意のフェイントモーションを炸裂させたRZ34はアウトコースからコーナーの内側にあっという間に詰め寄っていく。

文字通りのアウトインアウトのラインを描いたRZ34は、コーナーのクリッピングポイント…左端の壁との隙間数cmを颯爽と駆け抜けたかと思いきや、そのままアウトへと膨れていく。

 

「―――!」

クリッピングポイントを抜けたRZ34のアクセルをリリースし、ハンドルを右から左に徐々に曲げていく。

そしてコーナー出口のドリフトラインをタイヤが平行になるように踏みつけたところで、再びアクセルを全開に踏み込む。

道路の方向を向いていたRZ34は、エンジンパワーを後輪に伝えて地面を蹴り出すかのように加速していく。

先行するNSXはまだ見えない。だがそれだからこそアクセルを全開で踏み続ける。

ストレート区間において速度は145キロから170キロ近くまで加速していく。

そして夜闇を振り払うかのようにRZ34のヘッドライトは第2コーナーの右ヘアピンを照らした。

 

「(早めに…!)」

ブレーキを敢えて早めに踏み込み、確実に減速する。

速度は168キロから146キロまで減速していた。

そしてブレーキを踏み込みつつハンドルを右に曲げ、ドリフトの態勢へ。

そして前輪がドリフトラインを踏みつけた瞬間にアクセルを踏みつけ、再びタイヤにエンジンパワーを与えて空転させる。

タイヤの空転によってRZ34はドリフトアングルを増していき、走行レーンの中央を走り抜けるように…走行レーンの中央にあるレールをグラインドするようにきれいな弧を描いてドリフトしていく。

 

「(っ…体が、燃える…!!)」

ドリフトしていく最中、時雨を再びあの感覚が襲っていた。

体中が炎に包まれる…体が燃え盛るようなあの感覚。

それでもハンドルを左に曲げてカウンターを当てる事とアクセルを踏み続ける事はやめない。

絶対に先行するNSXに食いついてみせる。ここで立ち止まる訳にはいかない…そんな思いを抱きながら、辛うじて意識を保ち続ける。

そしてコーナー出口のドリフトラインが迫る中、時雨はアクセルオフからハンドルをニュートラルに戻していく。

 

「(もしニトロを使うとしたら…)」

特訓の最中で時雨はニトロを使う場所についても考えておく必要があった。

そして何度も走り込んでいく最中、時雨は使いどころの1つを見極めていた。

それこそが第2コーナーと第3コーナーの間の…第1コーナーと第2コーナーの間よりも長いロングストレートだった。

アクセルをリリースして左端の壁との隙間10cmと迫る中でRZ34はドリフト状態からグリップを回復する。

そして前輪がドリフトラインを踏みつけた瞬間だった。

 

「(ここだ!)」

アクセルを全開に踏み込むと同時に右手でニトロスイッチを押し、RZ34に更なるパワーを加える。

通常の立ち上がりよりもよりさらに加速していくRZ34は、一気に速度を148キロから220キロ近くまで加速させていく。

1万1000回転のエンジンがまるで怪獣の如く吠える中、時雨はアクセルを踏み続ける事をやめなかった。

暴れ馬になりかねないRZ34のハンドルをしっかりと押さえつけ、急加速でも姿勢を崩さないように制御し続ける。

前方のNSXが第3コーナーに突入しようとしている中、RZ34はニトロの効果が切れた直後にすぐアクセルオフからブレーキングを開始する。

200キロオーバーという速度では到底ヘアピンカーブを曲がり切れない事は分かっていた時雨は、ニトロが切れたのと同時にブレーキングと軽く右にハンドルを曲げた。

 

「(フェイントを付けて、一気に車を曲げる!)」

ヘアピンの方向とは逆の向きを向いたかと思いきや、ハンドルを一気に左に曲げてRZ34を振り子の如くドリフトさせようとする。

比較的長いヘアピンコーナーという事もあり、多少速度が付いていても問題はない。

だがそれでも曲がる事が出来る最大限の速度でRZ34を時雨はフェイントモーションでドリフトさせる。

RZ34は走行レーンの右端から一気に左に曲がって、タイヤを空転させながらドリフトしていく。

その走行ラインはコーナー出口でアウト側からドリフト区間の間左端まで詰め寄って、コーナーの立ち上がりでアウトに膨れていく。

文字通りのアウトインアウトを描きつつ、RZ34はコーナーを立ち上がっていく。

 

「―――!」

コーナー出口が近づく中で、先行するNC1NSXの姿をストレート区間の前半にとらえた。

そしてその姿は自らが過去に何度も見ている幻影のGT-Rの姿と重なった。

先行するNSXが、まるで自分が追いかけるGT-Rのように見えたのである。。

立ち上がったばかりのNSXの速度はどちらかと言えば抑え目で、こちらより遅いのは明らかだった。

コーナー出口が迫る中でアクセルをリリースし、カウンターを当てるべく右に曲げていたハンドルをニュートラルに戻していく。

そして前輪がコーナー出口のドリフトラインを踏みつけた瞬間、再びアクセルを全開に踏み込んだ。

 

「(食らいつけ!)」

立ち上がりでRZ34の速度は154キロから170キロ以上まで加速する。

当然、先行するNSXにはぐんぐんと近づいていく。

そしてストレート区間の後半でRZ34はNSXのテールトゥノーズまで食らいついた。

 

「(今まではどうにかなったかもしれねえが、このNSXならどうだ…!?)」

「―――っ!!」

第4コーナー入口でブレーキを踏み込んでハンドルを右に曲げ、タイヤをスライドさせるトオル。

一方のヒロシは悲鳴にならない声を上げて恐怖をただただ我慢していた。

実際怖いくらいトオルは攻め込んでいるが、声を上げたところでトオルの邪魔にしかならないという事はヒロシ自身が一番分かっているつもりだった。

だからこそ自分が出来るはずのない速度でドリフトしても悲鳴だけは絶対に上げない。

なんとかハンドルを曲げてドリフトしていく中で、NSXは襲い掛かってくるRZ34の魔の手から逃げようとしていた。

だが、そう思った瞬間だった。

 

「(―――逃がさない、追い抜く!)」

170キロ台から150キロ近くまで減速したRZ34は、そのまま走行レーンの右端…つまりインベタの状態で第4コーナーをドリフトしていく。

その速さのあまり、RZ34はアウトコースにも関わらずNSXをオーバーテイクしかけていた。

時雨にとってあの幻影のGT-Rを対に追い抜かそうとする瞬間が近づいていた。

そしてコーナー出口のドリフトラインをRZ34とNSXの前輪が踏みつけた瞬間、リリースしていたアクセルを2人のドライバーは互いに踏みつける。

だが、トオルは踏みつけた瞬間に手を動かしていた。

 

「(物凄い闘争本能だな…だが易々とは抜かさねえよ!)」

車越しにおいても、トオルは時雨の意志…それこそ闘争本能をひしひしと感じとっていた。

そしてその意志に呑み込まれるわけにはいかないとニトロスイッチを押し、直線区間で最後の抵抗と言わんばかりにNSXを加速させていく。

速度は一気に200キロ近くまで加速し、RZ34をオーバーテイク。

一方のRZ34もアクセルを全開に踏み込み、150キロから180キロ近くまで加速する。

だが20キロという差は徐々にRZ34とNSXの車間距離を広げていった。

明らかにNSX有利の状態だった。

 

「時雨…!」

「(―――いや、ダメだ!)」

不安になった奈美子が声をかける。

だが時雨は至って冷静だった。

何故なら次の最終コーナーは、時雨にとって優位な左ヘアピンコーナーだったのだから。

 

「(くっ、ブレーキを…!)」

RZ34から逃げるあまり必死になるトオル。

限界までブレーキを我慢し、最終コーナーは自分が持つ限界速度でNC1NSXをドリフトさせようとする。

だが、そう思った次の瞬間だった。

 

「(やばい…オーバースピードだ…!!)」

「うわあああっ!!」

自らの限界を試さんと踏み込み続けた結果、NC1NSXは190キロという明らかなオーバースピードでコーナーに突っ込んだ。

だが、その速度はあまりにもオーバースピードと言っても過言ではなかった。

そのスピードのあまり助手席のヒロシが悲鳴を上げる。

慌ててサイドブレーキを引いて何とかNC1NSXを減速させるも、今度はドリフトアングルを付けすぎて失速してしまう。

速度は190キロから110キロまで減速してしまっていた。

ハーフスピンに近いドリフトを維持しながら、予想以上の低速でNC1NSXはドリフトしていく。

だがアクセルを踏み続けて何とか立ち上がろうとした次の瞬間だった。

 

「しまっ…!」

「うおおっ!!」

トオルとヒロシの視界に入ったのは、自分が出来る限界を超えた速度でドリフトしていく…150キロ以上の速度でドリフトして立ち上がっていくRZ34の姿だった。

ドライビングミスの隙を完全についたRZ34は、その隙を待っていたと言わんばかりにインコースからNC1NSXをオーバーテイク。

そのまま最終ストレートに突入したRZ34は、まるで自分たちを相手と見ていないかのように颯爽とストレートを駆け抜けていくのだった。

ゴールライン目指して一直線に走り去るそのRZ34の後姿は、トオルにとってももはや青い火の玉同然だったのだった。

 

「(まるで時雨は、トオルがミスをするのをわかっていたみたいだわ…)」

「(抜いたけれど…まだ、敵はいる!)」

奈美子と時雨は最終ストレートを駆け抜けるRZ34の中でそう互いに思っていた。

奈美子は相手がミスする事を把握できていた時雨に驚く一方で、当の時雨はトオルのNC1NSXに対する熟練度の差を薄々感じていたことが大きかったのだった。

結局のところ自分が乗る車をどれだけ乗りこなすかが一番なのかもしれない…時雨はそう思いつつ、RZ34をゴールラインへと駆け抜けさせていくのだった。

そしてその瞬間には時雨は気が付いていなかったが、自らが追いかけていた幻影のGT-Rとほぼ横並びでゴールするのであった。

 

「ちっ…全力を出した、とはいえ…」

「……」

一方トオルは自分の無茶が原因で敗北に繋がってしまった事を後悔し、改めて己の未熟さを実感したのだった。

そして助手席に座っていたヒロシも、明らかなオーバースピードが敗因であるという事は分かっていても、トオルの名誉の事も考えてミスに対してはあえて何も言わなかったのだった。

 

―――勝者、時雨。

タイム差は3秒程度だった。

 

 

 


 

 

 

―――不二観峠麓、道の駅駐車場

2台のマシンが横並びで駐車し、既に車から降りたドライバーたちが会話していた。

推奨BGM

 

「負けたぜ、ナビ子、時雨。俺の完敗だ…」

「トオルさん…」

奈美子、時雨と顔を合わせたトオルは自分自身の敗北と時雨の実力を認めるようにそう呟いた。

一方のヒロシもトオルを慰めるかのように呟いた。

 

「トオル、ありがとう。ヒロシも、連合の皆も…」

「本当に助かったよ。皆の助けがなかったら、僕達がここまで走ることは、出来なかったかもしれないんだ。ありがとう」

2人に対し奈美子と時雨は、それぞれお礼の言葉を告げた。

その顔はどこか全力で走れたことに満足しているような…本気でバトルが出来た事、ハンディキャップを与えられつつも倒していくことが出来た事に満足しているようだった。

そしてそれでも、バトルに付き合ってくれたドライバーたちへの感謝の気持ち自体は全くもって忘れていなかったのだった。

 

「え?いや、その、あ、改まって言うなよ、照れるぜぇ!!」

「水くせぇこと言ってんじゃねえよ。おめえら、自分らが言ってたじゃねえか、連合の一員なんだろ?仲間に協力する事は当然のことだ!」

言葉を告げられたヒロシとトオルは「協力するのは当然のこと」と言うようにそう返事をするのだった。

 

「そ、そっか…(もう正式な一員なんだね…)」

「そうだったね、ふふっ…ありがとう、リーダー!」

「ハッハッハ、いいってことよ!…さて、あとはいよいよ皇帝との直接対決か」

軽く高笑いした後、現実を確認するようにトオルはそう呟いた。

 

「おいナビ子に時雨ちゃんよ、ぶっちゃけどうなんだ?おめぇらのRZ34で勝てそうなのか?」

ヒロシが疑問を口にして時雨に問う。

するとヒロシのその質問に、時雨はこう返事をするしかなかった。

 

「勝つか負けるかは…僕にはよくわからない。でも、何が何でも勝ちに行くしかないんだ。僕は全力を尽くして、皇帝に勝ちに行くしかない」

「ええ…何が何でも勝つだけよ!頑張ろう、時雨!」

「うん…あとはもう自分の走りをして、勝ちに行くだけだ!そして必ず、皇帝を奈美子の元に連れ戻して…真相を解き明かしてみせる!」

そう宣言した時雨の目は、正しく一人前のドライバー以上の輝きを放っていた。

 

「いい決意表明だ、応援してるぜ。まああとはまた走ってきたコースをぶっ通して走って、自主練で特訓するんだな。自主練においてもニトロとかのポイントも定めるようにしておけ」

「俺も神風連合の皆も…いや、時雨ちゃんとバトルした皆が応援してるからよ、皇帝とのバトルは頑張ってくれよなぁ!!」

トオルとヒロシは時雨たちを激励せんと言わんばかりにそう言うのだった。

 

「トオル、ヒロシ…ありがとう。僕達、頑張るから!」

「おう!『箱根の時雨』の異名…皇帝との戦いで、箱根中に轟かせてやれ!」

「―――!」

箱根の時雨…そう言われた時雨は、どこかどきりとした。

それはまるで自分がどこかで似た名前で呼ばれていたかのような…そんな感覚だった。

だが彼女のそのドキリとした感覚は、「皇帝を倒しに行く」という感情にあっという間にかき消されたのだった。

結局トオルの言葉に、時雨は軽く頷くだけだった。

 

遂に四天王のチームとの特訓を制覇した時雨と奈美子。

残るは自主練と最終決戦のみとなった。

果たして時雨は皇帝に勝利し、奈美子の元へと連れ戻すことができるのか?

そして時雨は皇帝が自らを助けたという真実を確かめる事が出来るのか?

いよいよ最終決戦の時が間近に迫ろうとしていたのだった…

(第33話End)

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