「艦これ」いつかあの海で×ドリフトスピリッツ 2023 -いつかあの路で- 作:カービィ改二
遂に皇帝との最終決戦が始まります。
果たしてどのような結末を迎えるのか?
四天王の各ドライバーたちとの特訓を終え、残った日数の間も自主練習に勤しんだ時雨。
四天王の協力もあり、決戦の舞台となるコースの各地を実戦形式で練習する事が出来た。
その一方で残った日数も時雨と奈美子は自主練を行い、コースへの熟練度を上げるのだった。
そして…遂に皇帝との約束の日、土曜日の夜がやってきた。
時間の流れは速く、あっという間に決戦の時刻が近づいていく。
相棒の兄を取り戻す為、そして自らの真相を知るための最後の戦いが…遂に始まる。
―――またしても、自分は夢を見ていた。
ここは、港だろうか?時間帯としては早朝のようだ。
6人の、艤装を纏った女性。
うち3人は小柄な少女たち、そして3人が年長の女性たち。
女性たちのうち2人は刀を帯びている。
「我々は……の地に残してくる。かの地の防衛に役立つだろう」
「―――頼む」
「任せておいて!」
「無論だ…」
「戦隊、抜錨!」
「了解だ、行こう!」
「作戦、目的地は……」
声や地名の部分はなぜかうまく聞き取れなかった。
そう言って6人は2人と4人にそれぞれ分かれて、海の彼方へと向かっていった…。
自分はそれに対して、敬礼して見送る事しか出来なかったのだった。
◇ ◇ ◇
「―――」
気が付くと自分たちは大きな倉庫の中で、自分が纏うべき装備…艤装の整備をしていたのがわかった。
自分の目の前にあったのは、自分がいつも背中に背負っている大きな艤装…
大きな砲、魚雷、小さな砲、そして…小型の小さな、筒みたいなものが入った装備。
自分には何と言うべきかそれくらいしかわからなかった。
だがどうやら自分はこの装備の整備を行っていたようだ。
「―――装備の整備か」
艤装を整備していた黒髪の少女が自分に尋ねてきていたのがわかった。
どういう装備なのかはわからないが、自分にとっては大切なものなのだろうと思った。
「ああ…大事、だからね。……特に、今は」
自分が真剣な口でそう言っているのがわかった。
どうやらこの整備はかなり重要らしい…
自分には何が起こっているのかすらわからなかったが、どうやらなかなかの装備を貰っていたようだ。
「内地に戻る途上の……も、やられたらしいな…」
名前の部分ははっきりとは聞こえなかった。
だがどうやら自分の味方も敵の攻撃を受けたようだ。
「幸い、無理をせずに減速…避退して…」
「ああ、奇跡的に済んだようだ。しかし随伴の…」
遂に自分の声すらもうまく聞き入る事が出来なくなってしまっている。
だがどうやら先ほど敵にやられた仲間と共にいた人物もやられてしまったようだ。
そこまでは一応聞き取れた。
だがそこからは自分の作業に集中してしまったのか、声は聞き取る事が出来なかった。
再び声を聴き取れるようになったのは、割烹着を着た白髪の少女が休憩用の蜜柑と握り飯、沢庵を持って来た時だった。
割烹着を着た少女が自分と黒髪ロングヘアの少女に対してそれらを差し出していた。
するとそれを見ていたのか、突然別のショートヘアの少女が握り飯と沢庵を横取りした。
「へへっ、いっただき~!」
そう言って横取りした少女は握り飯と沢庵を頬張った。
「お前はいつも元気だな…」
黒髪の少女が呆れたかのようにそう言った。
「うん!いつも元気です!」
そう言って彼女は無邪気に、蜜柑を割烹着の少女たちの方に投げつけるのだった。
割烹着の少女が慌ててそれを受け止めた。
だが一方でショートヘアの少女の姿は、自分にとっては異様なほど印象に残っていた。
辛い中でも無邪気さを忘れないような…そんな少女だった。
ショートヘアの少女は笑い声を上げながら倉庫の外へと走っていくのだった。
◇ ◇ ◇
「!!」
気が付くと、自分は廊下を必死になって走っていた。
何かを追い求めるように…必死になっていた。
曲がり角を抜けた先、見えてきたのは…青髪でカチューシャを頭に付けた、青緑の色が目立つ浴衣風の服装を纏った少女だった。
「久しぶり。元気そうね、よかった」
どうやら自分の知り合いのようだ。
彼女が右手で敬礼する。
「いつ来たの!?」
「今日のお昼よ。の輸送作戦を実施予定だったけど、戦局で変更になったの」
地名の部分は…自分でも何と言ったか、彼女が何と言ったのかわからない。
だが、どうやら自分の大切な存在が近くにいる事に自分は安堵していた。
すると安堵したその瞬間だった。
◇ ◇ ◇
「―――」
再び場面が飛んだようだ。
だが場所は先ほどと同じ。
先ほどとの違いは先ほどまでの少女と別に、白い制服を纏った男性がいたという事だけだ。
どうやらその男性は自分の上官のようだ。
すると、先ほどの少女がどうやら装備の1つであるプロペラ戦闘機を取り出していた。
どうやらこの装備を…輸送、するらしい。
「先ほど、調整したが…この輸送作戦の護衛に精鋭を4牌つける。時雨、そして……に輸送作戦の護衛を命じる」
輸送作戦…どうやら自分の任務はそれのようだ。
「はっ!」
そう言って自分は意図せず敬礼していた。
「時雨、頼むぞ!」
上司とも言うべき男性はそう言うのだった。
「は、はい!」
自分は命令に対してそう言う事しか出来なかったのだった。
◇ ◇ ◇
「どうも強烈な腹痛らしい…あいつ、出撃前という自覚あるのか!?」
「重症だったら…」
場面が飛んだ時、まだ自分は部屋の中にいた。
黒髪の少女が頭を抱えて嘆いているのが見えた。
それに対して白髪のショートヘアの少女も黒髪の少女と会話していた。
どうやら先ほどまでのショートヘアの少女が体調不良を起こしてしまったらしい。
すると、髪をポニーテールで止めた上官らしき少女が入ってきた。
「やむを得ない………護衛は、…………時雨の3牌で実施する!予備戦力は…ない。戦況は急を要する。何、ただの3牌ではない。歴戦の3牌だ」
どうやら自分たちだけで出撃する事になるようだ。
自分はその言葉に軽く頷く事しか出来なかった。
「輸送作戦を完遂後、そのまま現地で……に合流。護衛、守りに付け」
上官である黒髪の少女がそう自分たちに指示を出した。
◇ ◇ ◇
「―――――」
気が付いた時、自分は海に立っていた。
いや、丁度陸から海へと着水したと言ってもいい。
先ほどまでの護衛任務が始まろうとしているようだ。
黒髪の少女、白髪の少女、青髪の女性…そして自分。
この4人で出撃する事になるようだ。
青空の下、自分たちはその目的地へと向かって進軍する。
すると青髪の少女がこちらに顔を向けてこう言った。
「時雨、よろしくね」
どこか自分たちを頼りにしているように彼女は言った。
「うん…僕たちに任せておいて」
自分には自信がなかったが、そう答える事しか出来なかった。
自分には戦闘経験が…殆どと言っていいほど記憶が無い。
だが、これが自分の使命であるならば…何が何でもやるしかないのである。
そのままの状態を維持しつつも、自分たちは陸から離れて大海原へと向かっていく。
やがて4人は何時間も進軍の末に暗雲に包まれた海へと飛び込む…
そして雨が降り始めたところで、自分はふと目を閉じたのだった。
◇ ◇ ◇
「……」
気が付いた時、自分は真っ暗な闇の中にいた。
最近はご無沙汰だったが、久々にあの夢を見た。
海の上を滑り、異型の存在と戦うようなあの夢。
そしてどうやら自分はあの夢の中から戻ってこれたようだ。
時雨は自室を真っ暗にして仮眠をとっていたのである。
午前中から夕方までずっと走り込んだため、万全な状態にするためにも奈美子から仮眠を提案された。
4時間の仮眠を取り、最終決戦へと向けて体調を万全にする。
真っ暗な部屋の照明を点けて、時計を確認すると時計の時刻は21時15分だった。
バトルまで残り1時間である。
「…行かないと」
そう言って時雨はベッドから降り、手提げ袋の中に入れておいたある物を取り出す。
そしてそれを取り出した上で洗面所へと向かう。
「……」
水道の水を顔に浴びせて目を覚まさせる。
パシャパシャと水の音だけが響いていた。
顔に水を浴びせて顔と両手を拭いた後、時雨は先ほどまで持っていて一旦顔を洗う為に洗面台の横においていたある物を手に取り、それを頭の部分に巻くのだった。
頭にそれを巻いた後、時雨は再び両手に手袋を付けた。
レーシンググローブとして使っていた手袋の感覚も今までとは変わらない。
そしてその上で時雨は整備ガレージへと向かっていく。
すると向かう途中であの人物と顔を合わせる事になった。
「あ、時雨さん…起きてたんですね。よく寝れましたか?」
整備士の女性…ハルカ。どうやら時雨を起こしに行こうとしていたようだ。
「ハルカさん…うん、おかげさまで」
「それはよかったです…ってあれ?時雨さん、それは…」
ハルカは時雨が普段と違って頭にある物を巻いていたのが気になった。
「ああ、これ…?やっぱり気になるよね」
普段とは違うそれを巻いていたことに、時雨もやはり気にされるのは分かっていたようだ。
その事を踏まえて時雨はこう言った。
「…ちょっと、気合を入れようと思ってね」
「そうなんですか…今日のバトル、頑張ってくださいね。私も見届けに行きますから!あ、夜食も用意してますので…」
「うん…ありがとう。…じゃあ、マシンの確認だけやってからいただくよ」
「あ、はい!」
そう会話した後、時雨は整備ガレージへと向かうのだった。
◇ ◇ ◇
「(これが僕にとっても、一区切りの戦いになる…)」
タイヤやラジエータ水、エンジンオイルを確認して時雨はそれまで開いていたRZ34のボンネットを閉じた。
「(仮眠をとる前にガソリンも満タンにして、タイヤも新品に取り換えてある…)」
ほぼ万全な状態にしてあるRZ34。
それでも不安になった時雨は車に乗り込んでライトが点灯するかどうかも確認する。
そしてそんな中で、自らの相棒がピットの整備ガレージ前に止まるのだった。
「奈美子…」
「時雨ーっ!」
整備ガレージ前にS30Zを止めた時雨の相棒…奈美子が整備ガレージに入って時雨に声をかけてきた。
「どう?最後の戦いに向けてちゃんと体調は整えた?ってあれ?」
すると奈美子にとっても時雨がまいていたそれについては気になったようで疑問を口にした。
「そのハチマキは…?」
時雨が頭に巻いていたもの…それこそ白色の長い鉢巻だった。
質問が来ることをわかっていたであろうかの如く、時雨は鉢巻の事を答える。
「これかい?…ちょっと、気合を入れようと思ってね」
「そうなんだ…かっこいいわ、時雨」
「そうかな…」
するとガレージ内にいた時雨と奈美子を探すかの如く、2台のエンジン音が近づいてきてそれらも奈美子のS30Zの後ろに駐車するように止まった。
ドライバーたちが降りてきて整備ガレージへと入ってくる。
「時雨ちゃーん!ナビ子ー!もう皆峠で待ってるぜぇー!」
「ヒロシにトオル!」
「すげー数のギャラリーだ!早く行った方がいいぞ!」
「そんなに人がいるの…?」
「ああ!もう準備は出来てるんだろうし、早く行こうぜぇー!」
ヒロシとトオルがどこか急かす様にそう言った。
するとその声につられたのか、ハルカも店先から整備ガレージに入ってきた。
「あ、私も行きます!もう店じまいですしね」
「ハルカさん…」
「タイヤとかもさっき新品に変えたわよね?」
「うん、大丈夫」
「時間も時間ですし…そろそろ行きましょう!土ノ湖峠で皆さんが待っているはずです!あ、これだけ渡しておきますね」
そう言ってハルカが渡したのは、時雨の為に用意していた、ラップに包まれているお赤飯のおにぎり2つだった。
「これは…赤飯のおにぎり?」
「はい!おにぎりって、勝負ごとに対して良い結果を結びつけるという意味があるんですよ。あとお赤飯は厄除けの意味もあるんです」
「そうなんだ…ありがとう。勝負の前に頂くよ」
「向こうに着いたらでいいので、是非食べてくださいね!」
ハルカは時雨を応援するようににこやかにそう言い、それに対して時雨も軽く微笑むのだった。
そしてすぐに奈美子に自分の車に乗るよう指示を出す。
「…奈美子は僕の車の助手席に乗ってくれ」
「ええ、勿論!」
「俺達が土ノ湖峠までは先導するから、早く来いよ!」
「…さあ、乗ってくれ」
「うん!」
「ようし、俺達も行きますかぁ!」
そう言ってドライバーたちがそれぞれの愛車に乗り込んでいく。
時雨と奈美子は既に万全の状態にしていたRZ34へと乗り込むのだった。
すると助手席に乗り込んだ奈美子が、車の中である変化に気が付いた。
「あれ?」
助手席に乗り込んだ仄かな匂い。
何かの果物の匂いだ。
「(この香り…柑橘類かしら?)」
そう、柑橘類…おそらくオレンジか蜜柑である。RZ34の車内は柑橘類の仄かな匂いが立ち込めていた。
匂いについて疑問に思った奈美子が、時雨に質問する。
「時雨、この匂いは…?エアコンのこれから?」
奈美子の視線の先にはエアコンの排気口部分に、四角い芳香剤が取り付けられていた。
「ああ…うん。昨日の夜、特訓の後に芳香剤を買ってきて…仮眠をとる前に付けたんだ。こういう香りが、何となく落ち着くから…」
「そうなんだ…知らなかったわ」
車のエアコンの吹き出し口に取り付けられていた芳香剤。
この芳香剤が柑橘類のなかなかいい香りを出していた。
どうやら時雨にとってはお気に入りのようだ。
「さあ…最後に車の方を確認だけして、僕達も行くとしよう」
「ええ…もうみんなが待っているだろうしね!」
「うん」
そう言って時雨はブレーキを踏みつつRZ34のイグニッションボタンを押し、マシンのエンジンを始動させる。
爆音と共にRZ34が目覚め、運転席の液晶パネルには大きく「Z」の文字が表示されたかと思いきや、直ぐにデジタルのメーター類が表示された。
そしてそのメーター類と警告灯を確認して、車に異常が無いか最終チェックを行う。
「水温、よし。油温、よし」
マシンの水温計と油温計を指さしで確認し、それぞれ75度と80度を示していた。
次に警告灯が点灯していないかを確認する。
「エンジン警告灯、充電警告灯、油圧警告灯、EPS警告灯、AT警告灯、マスターウォーニング、空気圧警告灯、どれも異常なし、エンジン良し…」
万全の状態にしていたとはいえ、やはり不安なところがあるというのは間違えなかった。
アクシデントが起きる可能性はあるが、それを抑えること自体は自分でもできるとは時雨は思っていたのだった。
全ての警告灯を確認し、マシンに異常が無い事を確認した時雨がこう言い放った。
「準備は整った…さあ、行こう!」
「ええ、行きましょう…時雨!」
奈美子の言葉に時雨は軽く頷いた後、ギアをゆっくりと切り替えてマシンをガレージから出す。
一般道に出たその怪物は、ゆっくりと確実にハルカたちの先導の元で決戦の地へと向かうのだった。
「(…風が吹いている。今日のバトルは…もしかしたら大変なことになるかもしれない…)」
決戦の地に向かう中、時雨は静かにそうも思っていたのだった。
―――第一土ノ湖峠。
「おいおいウマノ~!すっげえ人だかりだなぁ~!これ皆バトルを見に来てるのかぁ~!」
「ヤジカワ本当だよ~!コースの至る所にギャラリーが集まってるぜ~!これみ~んな『皇帝』と『箱根の時雨』のバトルを見に来てるんだろうなぁ~!」
野次馬のギャラリー…2人の男がそう呟く。
時雨と皇帝のバトルを聞きつけたギャラリーが、対象コースの至る所に集まっていた。
その数はざっと数百人と言ってもいいだろう。
これまで謎に包まれていた皇帝のバトルを聞きつけたドライバーたちが、箱根の各所に集まってバトルを見届けようとしていたのだった。
「アイヤー!どこもかしこも人で埋まってるヨ!こりゃもう少し早く店を閉めるべきだったかもネ!」
「パパ、お客さんが多かったから仕方ないアル…あっち行こうアル」
「眠い…てかこれ皆、『皇帝』のバトルを見に来てるのかよ…」
「だから来て正解でしょ!この為に速めにトレーニングを切り上げさせてもらったんだから!」
「フン…謎に包まれていた『皇帝』に挑む四天王を破った少女、か…面白そうだな」
「ロクさん、今日のバトル…みんな楽しみにしてるみたいだな」
「うわ…あっちもこっちも人だらけだ。どこで見ればいいんだ…」
「クックック…『箱根の時雨』とかいうガキがどれほどの実力かは知らねーが…まあ見せてもらおうか!」
「あのばあさんに言われてきたけど…これ本当に来てよかったのか…?」
「……」
「今日のバトルの内容、是非参考にしないと…メモメモ」
「ぐふ、ぐふ…今回のバトルで今まで謎に包まれていた『皇帝』の走りを見させてもらうぞう!」
「すげぇ…こりゃあ、クライマックスシリーズの時以上に人が集まってるんじゃねえか!?」
「今日は本当に…風雲急を告げる、というべきじゃな…」
「狭いコースにこんなに多くの人がいるんじゃあ…くそっ、見えねえ!!」
「どこまで行っても人だらけ…コンなんじゃ全然見えないわよ〜っ!」
「これはもっと早く来るべきだったかもしれないポコ…」
「タハーッ!ハルカの様子を見に来たらピットにいなくて、なんか人だかりが出来てると思ったら…箱根の皇帝のバトルがあるとはな!」
「ホウ、ホウ、ホウ!この熱気…あの神様に捧げるに相応しい!私の目を持って、如何程のバタジャかを見せてもらおう!!」
「なあ、お前さんが気にかけているドライバーって言うのがバトルするんだろ?」
「そうなんですよ。箱根にいる『四天王』と呼ばれるドライバーたちを破ったみたいで…噂を小耳には難で気になってたんです」
「ほーう…ま、どんな走りをするか見せてもらおうか」
箱根の四方八方でギャラリーの会話が聞こえてくる。
それほどまでに観客のギャラリーは盛り上がっていたのだった。
これまで謎に包まれていた「皇帝」の化けの皮が剝がれる…そう言われると、楽しみにするドライバーというのは決して少ないわけではなかった。
8つのコースの脇にはバトルを楽しみにしている者たちが、ここぞとばかりに集まっていたのだった。
―――第一土ノ湖峠往路スタート地点駐車場、21時55分。
時雨と奈美子、そしてハルカやトーコ、神風連合、ハートビーツ、ガールドラッシュ、マシンヘッズといった時雨が戦ってきた四天王を含む仲間たちがスタート地点の駐車場に集まっていた。
「す、すごい数のギャラリーだぁ…こんな中でバトルするのかぁ!?」
「ああ…一流の私でも、ここまでのギャラリーの数は見た事が無い!それほど注目されているのだろうな…」
ヒロシとジュンがそれぞれあまりのギャラリーの数に驚嘆の言葉を述べた。
「『皇帝』は…まだ来てないみたいですね?」
「あれかしら…宮本武蔵の作戦かしら?じらして揺さぶりをかけるっていう…」
ハルカとトーコが互いにそう会話する。
時雨たちがスタート地点のパーキングに来て、2つの御赤飯おにぎりを食べたあとでもまだ皇帝の姿は見えてなかった。
「兄さん…」
「おいおい…まさか怖気づいたって言うのかい!?」
だが、ヒロシがそう呟いた瞬間だった。
「き、来た!来たぞーッ!!GT-Rだーッ!!」
「!!」
駐車場近くで待っていたギャラリーが叫ぶ。
そしてそれと同時に爆音を轟かせ、黒色のMY24GT-Rが駐車場に入ってくる。
日産・R35GT-R Premium Edition T-Spec(MY24)……その車からは、今まで以上の迫力を纏っていたのが…時雨でもわかった。
「きた…」
皇帝のGT-RはRZ34の左側1台開けたところに駐車され、ドライバーである端正な顔つきの金髪男が降りてきた。
男は案の定黒の革ジャンを羽織っていた。
既に車を降り、待機していた時雨と奈美子の元へと皇帝は向かった。
それと同時にギャラリーの仲間たちが奈美子と時雨の後ろの方に下がる。
夜闇の中、街灯だけが駐車場を照らす中で3人が向き合って会話を始めた。
「待たせたな…」
「うおおおおっ、こ、皇帝閣下!!」
そう言ってヒロシが平身低頭…腰を直角に曲げて頭を下げた。
「ヒロシ、テメー卑屈になりすぎだ」
その姿にトオルは呆れるかのように突っ込むのだった。
「兄さん…」
「皇帝…いや、ショウさん!あなたが負けたら、奈美子の元へと戻る約束を…必ず守って欲しいんだ」
既に鉢巻を頭に巻いていた時雨は何処か自信を持ってそう言った。
すると時雨の言葉に対して皇帝は冷静にあしらうようにこう言った。
「フッ…負けた時のことなど考える必要はない」
「大した自信だな、皇帝!でも、奈美子と時雨はあたい達四天王が鍛え上げた!そう簡単には負けないよ!」
「その通り!彼女たちは一流の我々が心血を注いだ超一流のドライバー!その腕前は貴殿にも引けを取らない!決して…そう、決して!!」
皇帝の態度が自信過剰に見えたのであろう、後ろで見ていたイズミとジュンがそれぞれ吠えるように言い放った。
「…誰が誰をどう鍛えようと俺には関係ない。皇帝には敗北の2文字は存在しないのだからな…」
「ショウ君、やはりまだ記憶が…?よく見るんだ、君の妹の奈美子君だぞ!?」
「戯言を…誰であろうと、勝たざる者の話に耳を貸すつもりはない」
皇帝はイズミ、ジュン、Drソウイチの言葉をそれぞれのらりくらりとかわすようにそう言うのだった。
「ま、兄貴の言う通り、ここじゃ勝った者が正義…それはこの峠のルールだったはずだ。時雨、ナビ子、勝って奴の目を覚まさせてやれ!」
「トオル…!」
「わかった……僕たちと勝負だ、皇帝」
トオルの言葉に軽く頷いた時雨は、直ぐに皇帝の方を向いて「勝負しよう」というのだった。
「その前に…もう一度バトルの手順を確認させてもらおう」
「……」
皇帝の言葉に時雨と奈美子はこくりと頷いた。
「勝負は前に挑戦状で書いた通りのコース順で行うレース形式。中間地点での結果は不問とし、ゴールである第二土ノ湖峠のゴールラインを先に通過した奴が勝利とする。また各中間地点においては走行レーンの入れ替えを必ず行い、コース間での移動は先にゴールした奴が先導するという形を取る…なお、才観山と不二観峠では走行レーンの切り替え後にすぐにレース再開とさせてもらう。ハザードランプも不要だ…」
「……」
時雨は皇帝の言葉を黙って聞いていた。
「コース間の移動が終わり、スタートする際はハザードランプを灯せ…5回点滅した後消したタイミングがスタートの合図とする。あとは、全コース通して使用可能なニトロの本数は6本だ…使いどころを考えろ」
「ニトロは6本…わかっていたとはいえ、やっぱり少ないのね…」
「走行レーンはコイントスで決める。結果に応じてスタートラインへ一旦移動しろ…」
「……」
時雨がこくりと頷いた後、皇帝はポケットから100円玉を取り出して「100」が書かれた面を表として見せるようにこう言った。
「100の方を表とし、当てた方が左レーンとする…お前が表裏を選べ」
「…じゃあ、表で」
「では、表が出たらお前は左レーンだ」
そう言って皇帝は100円玉を宙に向けて弾き、落ちてきたコインをキャッチした。
結果は…裏面だった。
「裏だな…お前のスタートは右レーンからだ。獅子は兎を狩るにも全力を尽くすというが…俺もそうさせてもらおう。お前たちに対する礼儀として…」
「…わかった」
「遂に皇帝とのバトルが…!頑張って、時雨さん!奈美子さん!」
ハルカがそう言ったところで、時雨と奈美子、皇帝はそれぞれ車に乗り込んだ。
2台の止められていたエンジンを再び始動させ、2台が激しい音を響かせながらゆっくりと駐車場からスタートラインへと移動していく。
◇ ◇ ◇
スタートラインに横並びで止まっている、二台の車。
停車している2台の前で対面する奈美子と時雨、そして皇帝。
時雨と奈美子の方には、仲間の多数のギャラリーが応援するように立っていた。一方で皇帝側の方も野次馬と言うべきギャラリーが多く立ち並んでいた。
「フッ……準備は万端か…?」
右レーンに止められているMY24GT-Rのドライバー…金髪の男、皇帝はそう呟いた。
「…問題ないよ。これで全てに決着を付けよう」
左側のクルマのドライバーである黒髪の少女―――時雨はそう言い返した。
その目は真剣そのものだった。
そしていまにも走り出したいという思いが時雨を支配していた。
するとその目つきを見た皇帝は、こう言葉を続けた。
「バトルの前に、少し昔話をさせてもらおう」
「昔話…?」
時雨は不思議そうに言い、皇帝はポツリポツリと話し始めた。
「あるところに…最速のドライバーに憧れる1人の青年がいた。どこにでもいる車好きの、少し内気な普通の青年だ」
「…兄さん…?」
「青年はある日、初めて峠に出かけて無謀にもバトルに挑んだ。その相手は青年より少し年上の女で…彼女は自身を『皇帝』と名乗った」
すると
「『皇帝』ですって!?あなたの他にも『皇帝』がいたの!?しかも、女…?」
ギャラリーとして観戦していたトーコが動揺して言い放った。
だが皇帝は気にせず話を続けた。
「青年は女に全く歯が立たなかった。女なら『女帝』だろう、と青年が突っ込んでも女は『皇帝の方がカッコいい!』と天真爛漫に笑う。そんな『皇帝』に、いつしか青年は惹かれた…」
「……」
時雨はただその話を聞いていたが、内心は穏やかではなかった。
「ある時、女は青年に語った。『いつか皇帝の名を箱根中に轟かせたい』と。無謀とも言えるその目標は、いつしか『皇帝』と…青年の夢になった」
「もしかして、その青年というのが…」
ハルカがそう呟きかけたところで皇帝は再び遮るように言った。
「…しかし蜜月の日々は長くは続かなかった。『皇帝』は…病に侵されていたのだ。そして病床で『皇帝』は青年に明るく笑った。『あなたに皇帝の名を譲ってあげる』と」
「……」
「『皇帝』は翌日逝った。青年はその日から2代目『皇帝』を名乗り、女との夢を叶える事に躍起になり、ただひたすら盲目に走り続けた…」
「それが今の『皇帝』が生まれた…つまり、ショウ君が『皇帝』になった経緯という訳か…」
ソウイチがそう呟いた。
しかし『皇帝』はそのつぶやきを一蹴するかのように、あるいは嘲笑するかのようにこういった。
「フッ…他愛のない思い出話だ。ジョーカーのような輩には『皇帝』の名を渡せない…ただそれだけの話だ」
「ケガを負わされた復讐じゃなく、ただ『皇帝』の名を悪用する奴らを許せなかったというわけか…って、アンタ記憶が戻っているのか!?」
「に、兄さん…!?」
ギャラリーとして話を聞いていたイズミが声を荒らげる。
皇帝はそれを全く気にしないかのように時雨と話を付けるのだった。
「フッ…おしゃべりが過ぎたようだ。さあ本気のバトルと行こうか…全てはバトルが教えてくれるだろう!」
「―――――!」
皇帝の言葉に、時雨は軽く頷いた。
バトル…車同士の、決闘。
速い者が全て…それこそが、峠に集う走り屋のルール。
その先に、答えがあるであろうことは既に何百回もバトルをしてきた時雨も理解していた。
「お願い…時雨!どうかこのバトルに、勝って…!」
奈美子が時雨にそう懇願した。
時雨はこくりと頷いた。
「―――ここは、譲れない!」
時雨の答えは迷いのないイエスだった。
「さあかかってこい。俺はこれからも『皇帝』として、頂点に君臨し続ける…!」
「…!」
その言葉に軽く頷いた時雨は、奈美子共々愛車のRZ34に乗り込んだ。
そしてそれと同時に、皇帝もMY24GT-Rへと乗り込むのだった。
『箱根の時雨』と呼ばれた少女と、皇帝との最後の戦いが遂に始まる。
アクセルを踏み込むことで、互いの車のエンジンが唸りを挙げる。
それこそまさに、龍と虎が向かい合う構図だった。
加えて2台のドライバーからは互いに強いオーラが現れていた。
そしてそれらもまた、選ばれし者だけが纏うように激しく…双璧のように表れていた。
―――vs皇帝
推奨BGM:BURNING DESIRE(from Emotional Fire)
「(さあ…お前の力を見せてもらうぞ…!)」
「(これが最後の戦いだ…全力を尽くして、勝ちに行く!絶対に譲れない…!!)」
スタート直前に2台のドライバーが互いにアクセルを踏み込み、エンジンを回転させる。
マシンはエンジンの踏み具合に応じて確かなレスポンスを発揮していた。
「よっしゃあ、カウントいくぜぇーーー!!」
スタートライン手前にヒロシが立つ。
互いのクルマのエキゾーストから爆音が箱根にこだまする。
遂に最終決戦の幕が開こうとしていた。
「……」
ここまで…本当に長かった。
遂に自分が追い求めていた命の恩人であろう人物…皇帝と戦う事が出来る。
絶対に勝って奈美子の元へ連れ戻す。
そしてあの人に僕のことを話して、真実を追い求める。
その為に…絶対に最後まで油断せずに走っていく。
自分が一番速く走れる人間であることを…自分自身で証明する。
そんな複数の思いを抱きながら、時雨はアクセルを踏み込んでエンジン回転数を調整させつつあった。
スタートライン直前に立ったヒロシが両腕を中に掲げてカウントを始めようとしていた。
「ゴー!」
「ヨン!!」
「サン!!」
アクセルを調整してエンジン回転数を調整しつつ一定回転数をキープさせる。
「ニー!!」
目の前のコースへと視線を集中させ、バトルへの準備を完全に整える。
「イチ!!」
エンジン回転数が8500回転になるようにアクセルを全開に踏み込む。
そして次の瞬間だった。
「ゴーーーーッ!!!」
「―――!!」
「…!!!」
ヒロシが両腕を振り下ろしたのと同時にギアを切り替え、アクセルを踏み込んで加速する。
エンジンパワーがタイヤに伝わったRZ34、そしてR35GT-Rは、文字通りのロケットスタートを決めて加速していく。
そしてそれらの姿はあっという間に見えなくなった…。
「ついに始まっちまった…」
「時雨さん…奈美子さん…!」
「…あの二人、本当に勝てるだろうか」
「何を言っている!私が認めた超一流のあの二人なら、今なら皇帝にも勝てるはずだ!!」
「そうだ!私たちを破ってきた時雨だろ!?勝つに決まってるよ…!」
「だが今のところ走りは五分って感じだな…さすが伊達に皇帝と呼ばれてるだけあるぜ、ありゃあ」
スタート直後の2台を見送ったギャラリー。
あっという間に2台は第1コーナーの先へと消えたのだった。
◇ ◇ ◇
「(さあ、最初のコーナーだ…!)」
「(フッ…かかってこい!)」
第1コーナーの左高速コーナーが2台の前に迫る。
2台はほぼサイドバイサイドの状態で第1コーナーへと突っ込んでいく。
「……」
「―――!」
2台は互いにアクセルをほぼ同じタイミングでアクセルをリリースし、ハンドルを左に曲げる。
速度は互いに180キロは出している。
徐々にテールスライドしていく2台。
そしてほぼ同じタイミングで互いのマシンの前輪がドリフトラインを踏みつける。
2台のドライバーがアクセルを全開に踏み込み、後輪を空転させる。
そして2台がシンクロするかの如く、パラレル状態でドリフトしていく。
アウトコースのRZ34に対し、インコースのGT-Rが徐々にリードを取っていく。
180キロオーバーの状態で2台が互いにコーナー出口のドリフトラインを踏みつける。
互いのドライバーはアクセルをリリースしたかと思いきや、アクセルを全開に踏み込んでマシンに鞭を入れる。
「―――!!」
「……」
2台が加速していく中で、インコースであったGT-Rがノーズの部分だけリードを取る。
しかし時雨はこの時点では大きく動揺はしていなかった。
インコースであること自体は自分でもわかっていた。
だからリードを取られてもやむを得ないという感覚だった。
2台は第1コーナー後のストレートへと突入していた。
距離差は広がらず縮まらずをキープし続ける。
速度計は180キロ台を維持している。
「(予想はしていたけれど…やっぱり速い!)」
「(なるほどな…性能としては文句はない…)」
モンスターチューンドのRZ34は、左レーンのGT-Rに間違えなく食らいつく事が出来ていた。
2台は互角のまま第2コーナーである右ロング直角コーナーへと突入する。
「―――!」
「……」
ブレーキをフラッシュさせ、軽く姿勢を崩した上でハンドルを一気に右へ。
テールスライドを始めたRZ34は白煙を上げながら160キロ以上という速度でドリフトしていく。
一方で先行するGT-Rもほぼ同じタイミングでドリフトし始めていた。
どうやら判定自体はほぼ変わりないようだ。
インコースのRZ34がGT-Rへとじりじりと食らいついていく。
そしてコーナー中間でRZ34はGT-Rをオーバーテイクする。
170キロ台という猛烈な速度で2台はシンクロしながらドリフトしてコーナーを立ち上がる。
RZ34がコーナー出口のドリフトラインを踏みつけて加速した後、R35もワンテンポ遅れてコーナーを立ち上がる。
「うおおお~~!!あんなスピードでこのコーナーを曲がれるのかぁ!?」
「ヤジカワ~!こりゃ見に来て本当に良かったぜ~!!」
道端ではギャラリーがそう叫んでいた。
「(リードは取ったけれど…皇帝にはまだ余裕があるように見える)」
「……」
第2コーナーの立ち上がりのストレートを駆け抜けるRZ34とGT-R。
RZ34とGT-Rの間の距離差は少しだけ広がり、テールトゥノーズの状態。
だが皇帝は至って冷静に、全くもって動じていないようだった。
そんな中で2台が爆音を轟かせてストレートを駆け抜ける。
「(今までの誰でも感じる事のなかったくらいの存在感だ…それほど速いという事だろう!)」
皇帝が速すぎるという事は時雨は分かっていた。
だがそれでも相手からの圧力というものを時雨はひしひしと感じ取っていた。
速い事は分かっていても、それでもいつまで経っても追いつめられているという感覚が抜けない。
「(冷静になれ…心を乱したら、直ぐに追いつかれてしまう!)」
自分自身を鼓舞するようにそう意識を明確にし、第3コーナーである左直角ショートコーナーへと迫る。
コーナー直前で右側にマシンを寄せた上でアクセルリリース、からブレーキをフラッシュさせてマシンを一気に左へと曲げる。
走行レーンの右端から左端へと切り込み、コーナー入口のドリフトラインを前輪が踏みつけた瞬間にアクセルオン。
そのまま直角コーナーをアウトインアウトの状態で駆け抜けていく。
そしてカウンターを当てた直後に再びアクセルをリリースしたかと思いきや、直ぐにハンドルをニュートラルに戻してアクセルを踏み込む。
「(フッ…インコースではやはり俺の方が分にあるな…)」
皇帝は未だに余裕の状態だった。
インコースでRZ34より一歩リードを取り、テールトゥノーズの先行状態でGT-Rを加速させていく。
「(この追い詰められた感覚は何だ…?僕が、追いつめられているのか!?)」
時雨には徐々に違和感を感じるほどになって来ていた。
アウトコースという事も考えても、あのGT-Rは速い。
なんとかテールトゥノーズのノーズとして、GT-Rに食らいつきながらRZ34を加速させていく。
だが次のコーナーは時雨にとっては有利なインコースである。
「(差を広げるな…食らいつけ!)」
オーバースピード気味に第4コーナーである右直角ショートコーナーへと突入する。
アクセルリリースからブレーキを軽くフラッシュさせ、ハンドルを左から右へと切り返す。
そしてドリフトラインを前輪が踏みつけた瞬間に再びアクセルを踏み込む。
マシンを軽くドリフトさせ、直ぐにハンドルをニュートラルに戻してアクセルリリース、コーナー出口のドリフトラインを前輪が踏みつけた瞬間に再びアクセルを踏み込む。
だが、R35を追いかける時雨の目の前に映ったのは驚愕の光景だった。
「(…インコースで詰められない!?)」
そう。時雨がインコースだったにもかかわらず、GT-Rはそれ以上の走りで自分を引き離しにかかっている。
距離が縮まらないどころか徐々に開いているようにも時雨には感じられた。
2台がトンネルに突入し、GT-Rが一歩リードの状態を維持したまま駆け抜けていく
そして時雨がR35の姿をトンネルで確認すると、そこには自分の想像を超える事態が起きていた。
「(青い炎…?まさか、皇帝も…僕と同じ現象が起きるというのか…!?)」
R35を包み込む青い炎。
あれは…まさか自分が時々、マシンを操作していると襲われる「車や全身が炎に包まれる感覚」が現れているのだろうか。
まさか自分以外のもそれほどの実力を持つドライバーがいるとは…相手が自分でも速いと思っていた皇帝とはいえ、それが自分以外にも表れるとは驚きを隠すことは出来なかった。
「(フッ…まだまだ俺には敵わなそうだな…)」
「くそっ…!」
余裕の走りの一方で焦りが生じ始めている時雨。完全に劣勢だった。
ここで何とか食らいつかないと追いつけない。
しかもこの先は明らかにインコースだ。
時雨はどこかムキになりつつあった。
そんな中で2台が第5コーナーである左直角コーナーに迫る。
「(あまり使いたくないけれど…!)」
ノーブレーキで突っ込んでドリフトしていくR35に対して、ブレーキをフラッシュさせてドリフトしていくRZ34。
しかしその1つの操作が、GT-RとRZ34の間に確かな距離差を生んでいた。
コーナーの内側のラバーポールに隙間10cmまで詰めるも、距離は離れる一方。
車間距離は遂に車1台分まで広がりつつあった。
「(差を広がらせないためには…!)」
第5コーナーの出口で、時雨はハンドルをニュートラルに戻した瞬間にハンドルに取り付けられていたニトロスイッチに右手を近づける。
そしてコーナー出口のドリフトラインをRZ34の前輪が踏みつけた瞬間にアクセルを踏み込むのと同時にニトロを発動させる。
「―――!!」
160キロ台から一気に210キロまで加速するRZ34。
みるみるうちに先行するGT-Rへと距離が近づいていく。
そして第6コーナー直前でRZ34はR35をオーバーテイクする。
RZ34が先行した状態のテールトゥノーズ。
だがそれでも、皇帝は全くもって焦らなかった。
「(オーバースピードだ…ミスったな…!)」
「…!!」
そう、トンネルを抜けた後の第6コーナーは左直角コーナー。
時雨にとっては不利なアウトコースだったのである。
「(相手に乗せられた…っ!?)」
「―――!!」
そう。相手がどこか余裕層だったのはコースの利を完全に読んでいたからである。
第6コーナー直前でフルブレーキングで一気に速度を220キロから170キロまで失速。
だがそれでもドリフトラインにおいてアクセルを踏み込むタイミングが遅れたRZ34は、派手なドリフトアングルを点けながらアンダーステアを生じてコーナーの外側へと膨れていく。
そしてアウトコースに膨れるRZ34を、まるで物見遊山の如くあっさりとGT-Rはオーバーテイクしていく。
「まだまだ甘いな…」
皇帝は余裕そうに思っていた。
R35がオーバーテイクし、RZ34は何とか走行レーンのアウトに膨れるも何とかコースアウトや壁への接触だけはさせられた。
一方で短いコーナーという事もあり、RZ34は走行レーンの外側を走行しつつも何とか立ち上がっていく。
「(間一髪…!あと少しブレーキタイミングを間違えていたら、あっという間に再起不能だった…)」
先行するGT-RはRZ34との間に1.5台分の車間距離を保ちながら最終コーナーの第7コーナーを駆け抜けていく。
そしてそれに遅れる事0.5秒ほどでRZ34もコーナーへと突入する。
「く…!」
ブレーキをフラッシュさせてハンドルを右に切り、コーナー入口でアクセルを踏み込んだことでインベタの状態でRZ34がコーナーをドリフトしていく。
そしてすぐアクセルをリリースしたかと思いきや、コーナー出口のドリフトラインを踏みつけた瞬間に再びアクセルを踏み込む。
最終ストレートを駆け抜けていく2台。
だがそれでも少しだけではあるが、GT-Rとの車間距離が縮まったように時雨は思えた。
それでもR35が第一土ノ湖峠のゴールラインを駆け抜け、ハザードランプを点けるのだった。
遅れる事0.5秒ほどでRZ34もゴールラインを駆け抜ける。
「(先手を取られた状態で次コースか…)」
「(どうした…お前はまだそのRZ34を乗りこなせていないように見えるぞ…?その程度か?)」
時雨と皇帝は互いにそう思っていた。
皇帝がハザードランプを消灯させ、次のコースへと誘導する事になる。
2台は200キロ近くから一気に50キロ台まで減速し、次のコースへと移動するのだった。
―――道中
推奨BGM:SEB 4 U(WILD MIX)(from SUPER EUROBEAT vol.222)
箱根の山道の一般道を走行する中で、皇帝はこう思っていた。
「(やはりあいつに皇帝の座を与えるのは間違えなのだろうか…)」
あのRZ34をもってしても、自分には敵わないのだろうか。
自分とは確かに彼女は因縁があるのかもしれない。
だが仮にそんな因縁があったとしても最速になれない人間は、ごまんといるという事は皇帝自身がわかっていた。
「(もしその器ではないというならば…俺はただあいつを突き放すだけだ…)」
皇帝はそう思いつつも、次のコースへとマシンを移動させていく。
「(まだ1つ目のコースを駆け抜けただけなのに、もう既に劣勢の状態だ…)」
一方の時雨は焦っていた。
序盤から引き離されんとニトロを使ってしまい、残り5本。
焦った結果振り切られはしなかったものの、代償はそれなりに大きかった。
「(どうする…次のコースのどこで攻めればいい!?やっぱり後半の右レーンになったら…?)」
時雨の中には様々な考えがぐるぐると回っていた。
何処でニトロを使えばいいのか、タイヤをそれなりに使うフェイントモーションがどれだけ許されるのか?次コースの前半部分ではどれだけ引き離されるのが許されるのか?
そんな疑問ばかりが時雨の頭をぐるぐると駆け回っていた。
次のコースはスピードセンター才観山。
時計回りの左レーン…つまり外側コーススタートという事もあり、自分にとっては明らかに劣勢だった。
だが、そう思った次の瞬間だった。
「時雨!」
「…奈美子?」
次コースへと車を移動させる時雨に声をかけてきたのは、誰を隠そう自分の相棒である奈美子だった。
自分の世界に入り込もうとしていた時雨は、ついはっとした。
声を聴く限り、奈美子自身は先手を取られた事に対して大きくは動揺していなかったようだった。
どうやら奈美子自身も皇帝が速いという事については自覚していたようだ。
そして同時に彼女は、自分以上に明らかに肝が据わっているようにも感じ取る事が出来た。
すると奈美子は自分へのアドバイスと言わんばかりにこう告げるのだった。
「落ち着いて、まだ序盤も序盤よ!先ほどのミスからしても焦っているのは分かったわ…でも今はとにかく兄さんのGT-Rについていく事を優先して…!」
「奈美子…」
「先は長いわ。ニトロを1本使ってしまった以上、一度タイヤを温存して追いつくようにして!」
そう、全8コースのうち1コースを過ぎたばかり。
次の2コースは1つのコースと言っても同然であるが、まだまだ先が長いというのは言わんばかりの事実だった。
ここで無理して食いついてもR35には振り切られてしまうだろう…。
そんな中で奈美子が与えたアドバイスというのは、時雨へ「もっと冷静になれ」という単純ながらも明確なアドバイスであった。
「…わかった…今はとにかく、後方で食らいつく!」
「序盤は我慢よ…頑張って!」
「―――!」
奈美子のアドバイスに対して時雨は軽く頷いた。
次のコースの前半部分は如何せんアウトコース。
なら自分がやるべきことは、開いてしまった距離を可能な限りこれ以上広がらせない…いわば傷口をむやみに広がらせないという事。
奈美子のアドバイス自体は決して間違っていなかった。
相手に乗せられている自分というのが、改めて時雨自身は把握する事が出来たのだった。
「(そうだよ…あの車は皇帝と呼ばれるだけあって、速いという事は前から分かり切っていたことじゃないか…!今更驚くほどの事でもない、速いのは周知の事実なんだ!)」
改めて自分が「皇帝」と呼ばれるとんでもなく速いドライバーと戦っている事を自覚させられる。
だがそれでも決して何から何まで不利という訳ではない。
今自分が乗っているのはあの時のワンエイティではなく、モンスターマシンのRZ34なのである。
だったら自分が出来る事は何か?
一つ間違えたら何処へ行ってしまうかわからない今の車を乗りこなして、可能な限りリードを広げない事であろう。改めて時雨はそう思った。
「(相手のペースは速い…けど、何とか食いつくしかない!)」
そう思ったところで2台のマシンがスピードセンター才観山の施設入口に入り、先行するGT-Rがハザードランプを点滅させると共に車を右側へと寄せていく。
RZ34は左側の走行レーンをキープしながら徐々に離れていくGT-Rを見守っていく。
どうやら次のコースでのレースが始まるようだ。
「(無理に食らいつこうとしたら当然相手は僕を罠にかけてくるはず…それくらいの相手なんだ。じゃあ、罠にかからない為に僕はどうすればいい…?)」
そしてハザードランプが消え、側道からスピードセンター才観山のサーキットに入ったGT-Rはスタートラインを前輪が踏みつけたのと同時にGT-Rが全開走行に入った。
スピードセンター才観山の前半部分はストレートが長い高速区間と2つの直角コーナー、そして左から右へと曲がる複合高速コーナーでが存在する。
闇夜の中、RZ34とGT-Rが荒れた路面と進行方向を照らしていた。
「(相手に乗せられない為には…)」
そう思ったところで、時雨は20%ほど踏み込んでいたアクセルを全開に踏みつけてRZ34を加速させていく。
先行するGT-Rとの車間距離は1台分程まで広がっていた。
序盤のストレート区間では兎に角引き離されない事が重視される中、時雨はアクセルをただ踏み続ける。
速度が180キロ台まで加速する中、先行するGT-Rが第1コーナーである右直角コーナーに飛び込んだ。
「(くっ…)」
先行するGT-Rがブレーキをフラッシュさせたかと思いきや白煙を上げてドリフトしていく。
1秒近く遅れてRZ34も第1コーナーに飛び込む。
ブレーキをフラッシュさせてハンドルを右に切り、ドリフトラインを前輪が踏みつけた瞬間にアクセルを全開にしてハンドルを一気に左へ切り返す。
RZ34は走行レーンギリギリのラインを描きつつインベタでドリフトしていく。
そのままコーナー出口のドリフトラインがRZ34のヘッドライトに照らされた瞬間、時雨はアクセルをリリースしてハンドルを徐々にニュートラルへと戻していく。
そしてコーナー出口のドリフトラインを踏みつけた瞬間に再びRZ34のハンドルをニュートラルに戻して、アクセルを全開に踏み込む。
だが、コーナーを立ち上がった瞬間時雨はある事に気が付く。
「(あれ…?外側である以上、もっと引き離されると思っていたけれど、意外と引き離されない?どういう事だろう?)」
そう。先行するR35GT-RにRZ34は差を広げずに食らいつけていたのである。
しかも、RZ34はアウトコース。
本来であればインコースであるGT-Rはもっと引き離されるはずである。
だがその疑問を思ったのもつかの間、第2コーナーの右高速コーナーが迫る。
「っ…!」
ブレーキをフラッシュさせ、ハンドルを一気に右に切る。
そしてコーナー入口のドリフトラインを前輪が踏みつけた瞬間にハンドルを一気に左に切り返してカウンターを当て、アクセルを踏み込む。
空転するタイヤを、カウンターを当てたハンドルで調整しつつ白煙を上げてドリフトしていく。
直ぐにコーナー出口のドリフトラインが迫る中で、ハンドルをニュートラルに戻していく。
そしてドリフトライン直前でアクセルをニュートラルに戻して、前輪が踏みつけた瞬間に再びアクセルを踏み込む。
170キロ台からRZ34は推進力を得て180キロ台まで加速する。
先行するGT-Rとは…追いつけず離されずの距離を維持し続けていた。
「(引き離された事で、逆に気分が落ち着いたような…)」
先ほどまで皇帝のGT-Rを追い越す事だけに集中していたことに、時雨は少しずつ気が付き始めていた。
距離差は離されず追いつけずの距離のままである。
だが時雨の感情は至って冷静だった。
先行するGT-Rは第3コーナーに突入してドリフトし始めていた。
「(だとしたら…わかってきたぞ、さっき何で僕が追い込まれたのかが!)」
前半区間の最終コーナー…第3コーナーである左から右への複合高速コーナーが迫りつつある。
アクセルをリリースし、軽くハンドルを左に曲げる。
そしてドリフトラインを踏みつけた瞬間にアクセルを再び踏み込む。
アングル抑え目にRZ34はドリフトしていく中で、時雨はハンドルを左から右に軽く切り返してカウンターを当てる。
「(執着心…あのGT-Rに必要以上に食い入っていたことが、足枷になっていたのかもしれない)」
コーナーの中間で左から右にコーナーが変わる中でアクセルをリリースし、ハンドルを右に切り続ける。
左向きから右向きへと方向を変えるRZ34。
そして切り替えた中で時雨はハンドルを左へと切り返す。
ドリフトアングルは抑え目に、180キロ台でRZ34をドリフトさせていく。
そしてそのドリフトしていく中で…「何とか追い越そうと必死になっていたことが、自分にとっては足枷になっていたのではないか?」と彼女は思いつつあった。
「(じゃあ、どうやって食らいつく?)」
コーナー出口のドリフトラインが迫る中、左に曲げていたハンドルをニュートラルに戻していき、アクセルをリリースする。
そして前輪がドリフトラインを踏みつけた瞬間に再びアクセルを踏み込む。
速度は180キロ近くから190キロ近くまで加速する。
そして時雨の目の前に見てたのは、中間地点と共にウィンカーを出して走行レーンを右レーンから左レーンへと切り替えるGT-Rの姿だった。
その距離は第2コーナーの立ち上がりの時とほぼ変わらないように見える。
どうやらRZ34はGT-Rに何とか食らいつけているようだ。
「(一度この直線区間で全てを忘れよう…あえて頭の中を空っぽにするんだ)」
軽く鼻呼吸をすることで、芳香剤による柑橘類の匂い混じりの空気が口と鼻から体に入ってくる。
中間地点のラインを通過し、ウィンカーを出した上でハンドルを一瞬軽く右に曲げて左レーンから右レーンへと切り替える。
先行するGT-Rとの距離差は1秒もない。
そして長い直線区間の中で、芳香剤の空気を吸い込んだこともあってか時雨は一度頭を空っぽにしている状態だった。
それでもハンドルを握ってアクセルを踏み込むことだけはやめていなかった。
「(…車を乗りこなすのは結局、運転しているドライバー自身…それは僕だけじゃなくて、相手にとっても同じだ)」
ふと時雨はそう思った。
自分が運転しているのは車。そして相手である皇帝が運転しているのも車。
じゃあ何故皇帝がリードを取っている?
自分が遅れを取った理由は何だ?
自分は何のために皇帝を追いかけている?
自分は何故皇帝に勝たなくてはいけない?
勝つためにはどんな工夫をすればよい?
その場合奈美子にどんなアドバイスを求める?
頭の中に複数の疑問が生まれていく。
そしてふと、時雨はある見解を考察として導き出すことになる。
推奨BGM:MIGHTY WIND OF CHANGE(from THE BEST OF SUPER EUROBEAT 2020)
「(もしさっき相手の走りに乗せられていたのだとしたら、僕は…僕なりの走りをすればいいのか?)」
後半区間の第1コーナー、左ロングヘアピンコーナーが迫ろうとしている。
先行するGT-Rは既にコーナーに突入してドリフトし始めていた。
「(そうだ…皇帝の走りに乗せられるな。僕が自分の道を切り拓いて、貫き通すんだ!)」
そう確信した時雨は、第1コーナーに突入しようとしていた。
アクセルオフからブレーキをかけ、190キロから170キロ台まで減速させてハンドルを一気に左に切る。
そして前輪がドリフトラインを踏みつけた瞬間にハンドルを踏みつけて後輪を空転させる。
後輪が空転したRZ34は、白煙を上げながら走行レーンの中央をグラインドしていくかのようにドリフトしていく。
アウトコースという事もあり差は縮まらないが、広がりもしない。
互いにドリフト速度はほぼ互角…いや、時雨の方が少しだけ上というべきだろう。
そしてGT-Rがコーナーを抜けて立ち上がった後、1秒もせずにRZ34もコーナーを立ち上がる。
当然、ドリフトラインを踏みつけた瞬間に時雨はアクセルを全開で踏み込んでいた。
「(さあ、見てくれ皇帝!これが四天王を…皆を破ってきた僕の走りだ!!)」
第2コーナーである右ロングヘアピンにGT-Rが突入してワンテンポ遅れてRZ34もコーナーへと突入していく。
GT-Rがブレーキを強めにかけた一方で、RZ34はハーフブレーキでブレーキランプをフラッシュさせる程度に収まっていた。
そしてドリフトラインを踏みつけた瞬間に一気にハンドルを左に…120度程傾け、リリースしていたアクセルを全開に踏み込む。
オーバースピード気味に突っ込んだRZ34は、ドリフトアングルをGT-Rよりも付けつつ走行レーンの右端へとインベタの状態でドリフトしていく。
その走りは、まるで時雨に存在していた足枷が外れたかのような走りだった。
インコースという事も相まってGT-RとRZ34の車間距離は縮まっていく。
先ほどまで車間距離は車1台分はあったが、第2コーナーの半分では既にテールトゥノーズにまで詰まる事が出来ていた。
「(後半がロングコースであるという事は分かっていたとはいえ、たった2つのコーナーで差を詰めてきただと…?)」
ドリフトしていくGT-Rを操縦している皇帝にとっては驚きしかなかった。
自分よりもドリフトアングルを付けているRZ34が、自分よりも速い速度でコーナーを駆け抜けている。
当然インコースという恩恵もあるのだが、それ抜きにしてもRZ34は自分のマシンよりも速い速度…間違えなく170キロほどの速度で駆け抜けていた。
「(時雨の走りが変わった…?まるでどこか足枷が外れたかのような…!)」
「(今の僕なら…いける!)」
時雨は既に自分のペースを取り戻していた。
最初のコースこそ皇帝の速さに驚愕していたが故にペースが乱れてミスを犯していたが、この時点で時雨は既に自分の走りを取り戻すことが出来ていたのだった。
そして2台がパラレル状態に近い中…正確にはGT-Rがボンネット分だけ先行した状態で、コーナーの出口が迫っていた。
コーナーの出口が迫る中、両者ともにアクセルをリリースしてハンドルを左向きからニュートラルへと戻していく。
「「―――!!」」
先行してGT-Rが、そしてコンマ数秒でRZ34がドリフトラインを踏みつける。
それと共に両者がアクセルを全開に踏み込む。
両者のカーナビが判定を出す中、先行したのはインコースであるRZ34だった。
序盤でリードを取られたRZ34が遂にオーバーテイクに成功したのである。
「(……!)」
「(…少しずつ走りがスムーズになったようだな)」
皇帝自身追い抜かれる覚悟はしていた。
インコースという事もあって立ち上がりで差を付けられ始めるが、皇帝自身は一切動揺していなかった。
そして180キロ台を出している2台は、RZ34先行の状態で第3コーナーの左高速コーナーと右ロングヘアピンが連続して存在する複合コーナーへと突入する。
2台がほぼ同じタイミングでブレーキをかけ、第3コーナーの入口のドリフトラインを双方のマシンの前輪が踏みつける。
「―――」
「(くっ、離される…)」
パラレル状態でドリフトしていく2台。
RZ34が先行した状態で左コーナーを抜け、カウンターを当てながらそのまま連続する右ロングヘアピンコーナーへと突入する。
左向きからあっさりと右向きへと方向を切り替えるRZ34。
切り返しの速さ自体は皇帝自身も驚くものだった。
「(立て直しの身軽さは…やはり四天王を破ってきただけはあるという事か)」
左コーナーから右コーナーへとドリフトしていく2台。
右コーナーに置いてGT-Rはアウトコースという事もあり、じりじりと車間距離が離されていく。
時雨自身はコーナーのインベタのラインを走り抜けながら、アクセルを踏み続けて一定速度を維持したままドリフトしていく。
車間距離は車1台分まで広がっていた。
「(だが、俺もそう簡単には折れない!)」
「―――!」
第3コーナーにおける右コーナーの終盤、皇帝は使っていなかったニトロを使って失速気味だったGT-Rを無理くり加速させる。
150キロ台まで失速気味だったGT-Rは、一気に190キロ以上まで加速する。
一歩ミスをすれば左端の壁に激突するようなギリギリのラインを描きつつ、GT-Rは先行するRZ34へと食らいつく。
そして160キロ台だったRZ34をそのままの勢いでオーバーテイクにかかっていた。
2台がほぼ同じタイミングでドリフトラインを踏みつけ、GT-Rが速度を付けた状態で立ち上がっていく。
だが、次の瞬間GT-Rの前にはあるものが映ったのだった。
「―――!」
「(くっ…アウトに…!)」
そう、第4コーナーの左直角コーナー。
インコースという事もあり皇帝にとっては有利だったが、ニトロの効果があった事もあって明らかにオーバースピードでコーナーへと突っ込んだ。
慌ててブレーキを踏むも、コーナー間の直線区間が短い事もあってハンドルを左に曲げるのが遅れたGT-Rはアンダーステアを出して走行レーンの左レーンから右レーンへと膨れていく。
オーバースピードで突っ込みつつ、間一髪右端の壁に接触を免れたGT-R。
だが速度は190キロ台から140キロ台まで失速していたのだった。
「(RZ34は…まだいるな)」
「(これで互角か…やっぱり最初のミスは大きかったな)」
一方の時雨。
第4コーナーもアクセルオフからドリフトで駆け抜け、リードを取られたGT-Rに遅れることなく食らいつけていた。
160キロ台から170キロ台まで加速する中、失速から加速しているGT-Rにはサイドバイサイドの状態にまで迫っていたのだった。
だが、丁度サイドバイサイドになった時点で速度が拮抗して追い抜く事は出来なかった。
2台は170キロ台を出す中、直線区間を駆け抜けていく。
そしてそのままもつれ合う中で第5コーナーの左高速コーナーが迫る。
「(……)」
皇帝はどこか上の空になっていた。
だがライトが映していたドリフトラインが視界から消えた時点でアクセルをリリースする事は忘れない。
アクセルリリースからハンドルを左に軽く切って、アクセルを再び踏み込んでドリフト状態へ。
2台は横並び…いや、GT-Rが多少先行した状態でドリフトしていく。
「(お前は遠いどこかで、このバトルを見ているか…?)」
上の空になりつつも、コーナー出口のドリフトラインでもアクセルリリースからアクセル全開にする事は忘れない。
立ち上がりでGT-RはRZ34を引き離さんと加速していく。
インコースという事もあってGT-Rはほんの少しだけリードを取る。
だが振り切れる程のリードではない。性能としてはほぼ拮抗しているのは間違えなかった。
2台は直線区間を駆け抜けていく。
「(未練が…こんな形で具現化するとは思わなかった…)」
そう思いつつ、スピードセンター才観山の最終コーナーである右高速コーナーが迫る。
アウトコースであるGT-Rはアクセルを早めにリリースし、ハンドルの舵角を深めに切る。
そしてコーナー入口のドリフトラインを前輪が踏みつけた瞬間にアクセルを全開に踏み込む。
白煙を上げながらドリフトしていく2台。
しかしインコースのRZ34は間違えなくGT-Rへと迫っていた。
「(やはりお前は、俺にとっても特別な奴だったという事だろうな…)」
アクセルリリースをしていた上でコーナー出口のドリフトラインを踏みつけた瞬間、ハンドルをニュートラルにしてアクセルを再び踏み込む。
立ち上がりで170キロ台から190キロ近くまで2台が加速していく。
だが、インコースであるRZ34はGT-Rに食らいついてあっという間にサイドバイサイドの状態になった。
最終コーナーを立ち上がった直後にあるバンプで軽くジャンプした上で、直線区間を駆け抜けていく2台。
サイドバイサイドの状態だった2台は、互いにアクセルを全開に踏み続ける。
「「―――!」」
ゴールラインを駆け抜けた時、2台はほぼ…いや、数ミリだけRZ34が先行した状態で走り抜けていった。
「(どっちが先にゴールしたかがわからない…どうする?)」
「……」
ゴールラインを駆け抜けた後、ハザードランプを点滅させてブレーキを徐々に踏み込んで減速させるRZ34とGT-R。
速度は190キロ台から60キロまで減速していく。
横並びの状態で、助手席の奈美子が左レーンのGT-Rの状態を確認する。
そして奈美子は時雨にこう言うのだった。
「どっちが先にゴールしたかは私にもわからないわ…ここはGT-Rの方に先行させましょう」
「…わかった」
ハザードランプを点けて時雨はブレーキをさらにかけて50キロまで減速するのだった。
そのままRZ34はGT-Rの後ろに付き、GT-Rに先導を依頼するようにGT-Rの後ろに付くのだった。
「(後ろに付いたか…よし、付いてこい…)」
そしてそのままGT-Rは50キロから速度制限である30キロ台まで減速し、スピードセンター才観山のサーキットエリアから施設の出入口方面への側道へと走らせていく。
そしてそのままGT-RはRZ34を先導する形でスピードセンター才観山の出入口から出ていくのだった。
そして施設を抜け出したGT-RとRZ34は、スピードセンター才観山から次のコースである箱根パイクロード山頂付近へと向かっていくのだった。
「(あれからもう、かなりの時間が過ぎたが…やはり俺は、お前に未練があるのだろうな…)」
箱根パイクロードへとGT-RでRZ34を先導する皇帝。
一方で先ほど自分がミスを生じているのは、間違えなく未練があるから…そう思っていたのだった。
「(未練を断ち切る為にも…もう二度と会えないであろうお前に、俺はこのバトルを捧げるつもりだ…そしてお前の事を完璧に忘れ去る…!)」
箱根パイクロードへと向かう中で、皇帝はそう思いつつGT-Rを走らせていくのだった。
「(才観山で食らいつけていた以上…まだ勝算はあるはずだ。まだ半分も走っていないし、終盤までは食らいつく!粘るんだ…)」
一方の時雨は皇帝への勝算も少しはある事を把握していたのだった。
「ねえ見た!?あの2台の走り!超熱かったよね!!」
「んあ…何だよ、見てたよ。まあ、皇帝ってやっぱり速いんだなって…」
「そっち!?あのRZ34を見て何も思わなかったの!?」
「だってあの皇帝に食らいつけてたんだろ?それほどすごいのは俺でもわかったって…ふあーあ」
「そ、そうかもしれないけど…!ああもう、こんなところで寝ない!!」
才観山ではいまだに通り抜けた2台の事をギャラリーが騒ぎ立てていた。
推奨BGM:SUPER EUROBEAT(from TORNADO & FRIENDS THE BOOSTBUSTERS!)
一方こちらは当の2台。
GT-R先行の状態で2台はスピードセンター才観山から箱根パイクロード山頂付近へと向かっていた。
山道の中を駆け抜けていく中、2台の前にある異変が起きようとしていた。
「む…?」
皇帝がフロントガラスの異変に気が付いた。
フロントガラスが濡れている事に皇帝が気が付く。
「まさか…?」
皇帝自身、その変化には当然気が付いていた。
そしてそれは時雨も察知はしていた。
「(これは、まさか……雨!!?)」
フロントガラスに打ち付ける水…まさかの雨だった。
ぽつぽつとフロントガラスを濡らし始めた雨は、徐々に雨脚を増していく。
夜の峠で、2台を雨が打ち付ける。
「げっ、振ってきたよ…」
「あああマズい、折角のメモが濡れちゃう!!」
「メモ太郎!全くお前は…」
「(…まずいな、4駆のGT-Rが有利か?)」
ギャラリーの一部はRZ34よりもGT-Rの方が有利なのではないかと勘繰っていた。
如何せんGT-Rは4輪駆動。雨の中での優位性は後輪駆動であるRZ34よりもあるのだ。
そしてその事は時雨のパートナー…奈美子自身も把握していた。
「時雨…雨の中じゃ4輪駆動であるGT-Rの方が有利になるわ!」
「あのGT-Rは雨の中じゃ有利だというのかい!?…このままじゃいつまで経っても追い抜けない!」
「時雨、落ち着いて…貴方も雨の路面自体は得意なはずよ」
「で、でも…」
「ここは我慢比べよ、今は追い抜けなくても引き離されないように運転して!」
「わかった…!」
奈美子のアドバイスに今は従うしかなかった。
引き離されないようにしろと言われても…置いていかれるんじゃないか?
そう思っていると、先行するGT-Rがハザードランプを点けて右レーンへと移動し、フロントガラスのワイパーを動かす。
「(次のコースだ…!)」
GT-Rが右に寄ったところでRZ34を加速させ、GT-Rとサイドバイサイドになるようにマシンを並ばせる。
雨が打ち付ける中で2台の前にスタートラインがライトによって照らされる。
2台が50キロ台で走行していき、スタートラインが徐々に近づいていく。
「(さあ…行くぞ…!)」
「―――!」
2台がほぼ同じタイミングで地面の緑線…スタートラインを踏みつける。
ローリングスタートから同じタイミングでアクセルを踏み込まれた2台は、全速力で加速していく。
「(路面は完全に濡れている…雨の中ではこのパワー有り余る車じゃ、車がスリップするかもしれない…!)」
移動中に降り出した雨はザーザー降りでありながらも、路面を完全に濡らしていた。
後輪駆動であるRZ34では、下手に突っ込み過ぎるとマシンがスピンしてしまう危険性をも秘めている。
そう考えると時雨が防御寄りにならざるを得ないのは当然の帰結と言っても良かった。
140キロ台まで互角の加速をしていく2台は、第1コーナーの右直角ロングコーナーへと飛び込んでいく。
「―――!」
コーナー直前でアクセルオフからブレーキをフラッシュさせ、130キロ台まで減速させる。
一方のGT-Rも減速して後輪を滑らせ始めていた。
ハンドルを右に曲げ、ドリフトラインを踏みつけた瞬間にアクセルをハーフスロットルまで踏み込む。
下手に踏み込み過ぎるとマシンがスピンしてしまう可能性がある事を考えた時雨は、あえてアクセルを抑えめに踏み込むのだった。
後輪を空転させ、軽く水しぶきを上げながら2台がドリフトしていく。
「…あれ?」
ドリフトしていくマシンのハンドルを左に曲げてカウンターを当てる最中、時雨はある違和感を感じた。
先行するGT-Rとは距離差がほぼ拮抗しているのである。
本来、アウトコースであるRZ34はGT-Rより差がついてしまうのは当然と言えば当然のこと。
だが、その距離差が広まらないのである。
恐らくこちらが速いというのは分かったが、それでもそれは時雨にとって違和感しかなかった。
「(GT-Rとの差が広がらない…?僕の方が、速いのか…!?)」
「(GT-Rが遅い…?どうして?)」
時雨も奈美子もその違和感については把握していた。
自分たちを待っているのか?
何か罠を仕掛けているのならば…そう思うと2人は慎重にならざるを得ない。
だがそれでもGT-Rとの車間距離は広がらず縮まらずの状態だった。
150キロ台まで加速するマシンを操縦しながら、2台はコーナーを駆け抜けていく。
「(く…思うようにタイヤが食いつけない!)」
一方の皇帝はもがき苦しんでいた。
本来なら内側まで攻めれるはずのGT-Rが走行レーンの中央をドリフトしていく。
しかしその走りはどこか動揺しており、不調と言っても過言ではなかった。
「(アテーサE-TSを取り外して、D1マシン同様にFR化していたのが仇になったな…)」
皇帝はその原因について把握していた。
皇帝のGT-RはアテーサE-TSを取り外していたのである。
そもそもアテーサE-TSとは何なのか?
日産の公式サイトで検索すると以下の通り記載されている。
「前輪と後輪のトルクを最適な配分に制御し、FR車の優れた旋回性能と4WD車の安定性を両立させた4WDシステムです。電子制御の働きにより走行状態や路面状況に応じて前・後輪のトルクを0:100(後輪駆動状態)~50:50(4輪駆動状態)まで連続制御し、エンジンの出力(トルク)をタイヤを通して路面に有効に伝えます。後輪駆動状態から4輪駆動状態まで連続して自動制御します。」
通常走行時、GT-RはFRと同じく後輪駆動と言ってもいい駆動方式となっている。
こうする事によってコーナーでの旋回性能を上げることができる。これはFR車両ならではの特権でもある。
しかし一方でコーナーなどでアテーサE-TSが作動して4WD車と同じトルク配分になる。そうすることで高速でコーナーに突入すればマシンが安定する。
もっと細かく言えば、コーナーで後輪が滑り始めてパワーを路面に伝えきれなくなった時に、駆動力の一部を前輪に振ることでエンジンパワーを2つのタイヤから4つのタイヤへと伝える事で路面に伝えやすくする…と言っても過言ではないのだ。
ではそれは一体どういうことか?
…一言で言ってしまえば、GT-Rはドリフトバトルに向かないのである。
勿論今まで4WDやFFのマシンのドライバーたちと時雨は対戦してきた。
しかしそのドライバーたちは、そう言った車をサイドブレーキを引くなりフェイントモーションを行うなりで無理やりドリフトさせていたというべきだろう。
…更に言ってしまえば、あのニセ皇帝ことジョーカーがなぜGT-Rでドリフトで来ていたのか…というと、サイドブレーキを引きまくって無理やりドリフトさせていたから、というのが事の真相である。
一方で皇帝は、ドリフトバトルに向くマシンを制作するべくGT-Rご自慢のアテーサE-TSを取り外す…あるいは搭載しても無効化するという強引なやり方でGT-Rを強制的にドリフトマシンへと変貌させていたのである。
だがアテーサE-TSを取り外す位ということ自体はなにもおかしな話ではない。
何せ以前、D1グランプリにもGT-Rの改造マシンが出場していたことがある。
そしてその車は言うまでもなくFRマシンであった。一言で言えばアテーサE-TSを取り外して完全なドリフトマシンへと変貌させたのである。
皇帝が行っていたとしても何もおかしなことではないのである。
しかしそれは同時にある欠点を生んでもいたのもまた事実だ。
雨の中での走行となると、アテーサE-TSを無効化しているマシンは当然安定性がなくなる。
それは言ってしまえばGT-Rの安定性を無くした事で、マシンが暴れやすくなると言っても過言ではなかった。
ハイパワーFRとなるとやはり雨の中でも操縦の難易度は上がる。
そして皇帝自身は雨は降らないと予測していた。だからアテーサE-TSを無効化してドリフトマシンへと変化させたのである。
しかしながら実際は雨が降ってきた。今回皇帝がアテーサE-TSを無効化してしまった事は、裏目に出てしまったと言ってもいいだろう。
実際皇帝自身暴れ馬と化していたGT-Rの操縦に綻びが生じ始めていた。
「(ドライコンディションを見越してドリフトしやすくしたが、まさかここで仇が出るとはな…!)」
本来ならインベタまで攻め込めるGT-Rは走行レーンの真ん中をグラインドしていくという形になった。
カウンターを当てるべく曲げているハンドルも舵角が増しており、明らかに普段より失速気味だった。
「(何にせよここは絶好の機会だ…僕の得意な雨の中である以上、攻めて差を広げる!)」
そしてそれを見て動き出そうとしていたのは時雨である。
第1コーナーをインベタとも言うべき状態…コース中央のラバーポールと隙間10cmまで攻め込んだことでGT-Rよりも速いというべき走行ラインを描いていた。
そして左へと曲げているハンドルの舵角も、GT-Rよりは間違えなく抑え目だった。
RZ34が大外刈りと言ってもいい状態で先行するGT-Rへと食らいついていく。
2台はサイドバイサイドの状態で第1コーナーの出口へと向かっていく。
そして2台は徐々にハンドルをニュートラルに戻し、アクセルをリリースする。
「「―――!」」
2台がドリフトラインを踏みつけたのはほぼ同じタイミングだった。
立ち上がりではインコースという事もあってGT-Rが徐々に先行していくが、それでもRZ34を確実に引き離せるというものではなかった。
「(離れない…それどころか…)」
「(もしかして、インコースのコーナーがあれば抜ける?)」
150キロ台から170キロ近くまで加速する2台。
GT-Rは車の全長の半分だけRZ34からリードした状態である。
雨の中でも2台は加速し続けて上り坂を上がっていく。
そして第2コーナーである右直角コーナーが迫っていく。
「―――!」
「…!!」
ブレーキをかけ、マシンをドリフト態勢へと持っていくGT-R。
しかしRZ34はそれよりさらにワンテンポ遅れてハンドルを右に曲げる。
GT-RよりもさらにRZ34は攻め込んでドリフトしていく。
「―――!」
皇帝は驚くしかなかった。
ワンテンポ遅れたRZ34が、自分よりも速い速度でドリフトしている。
そしてRZ34には青い炎を纏っているかのように見えた。
「(まさか…雨では奴が速いというのか!?)」
左にハンドルを曲げてカウンターを当て続ける皇帝。
だがRZ34はそんな自分よりもさらに速い速度…間違えなく160キロは出ている…でコーナーをドリフトしていくのが確認出来た。
明らかにあのRZ34はGT-Rよりも速いのである。
「(気分が高揚している…いい雨だ…!)」
一方で全身が炎に包まれる感覚にあった時雨。
速く走れるあの感覚がここにきて自分にも現れた。
何処までも走って行けそうになる、だが下手をしたら意識が吹き飛んでしまうようなあの感覚。
全身が炎に包まれる…というのは本当に過言ではなかった。
上り坂のコーナーでも速度は170キロ近くを示している。
最低限のドリフトアングルで、RZ34はカウンターを当てながらGT-Rより先行しようとしていた。
そして2台があっという間にコーナー出口のドリフトラインを踏みつけた。
「―――!」
「っ…!」
アクセルリリースからハンドルをクイックにニュートラルに戻し、ドリフトラインを踏みつけた瞬間に再びアクセルを踏み込む。
速度は一気に180キロ台まで2台が加速する。
しかしどこか失速気味だったGT-Rに対し、RZ34はまるでどこか「この雨を待っていた」と言わんばかりに加速していく。
先手を取ったのはRZ34だった。
それでも完璧には引き離せず、ボンネット分だけRZ34がリードするにとどまっていた。
「(悪天候への耐性は…奴の方が上なのか…!)」
一方で皇帝はその事実だけでも動揺していた。
もしこの雨が降り続いたとしたら、危ないかもしれない。
一刻も早く雨が上がって欲しい…そんな思いが彼の中でも沸々と浮かんできた。
それでもアクセルを踏み続ける事だけはやめない。
「(生まれた差を、広げる…!)」
雨の中でも時雨は皇帝を引き離すことを意識していた。
自分の走りをして皇帝を引き離す…そんな思いでハンドルをしっかりと握っていた。
2台は雨の中で縺れながら、目の前の交差点を照らす。
そしてその交差点の直前には複合コーナーとなる連続ドリフト区間のドリフトラインが存在していた。
「く…!」
「……!」
2台のドライバーは互いにブレーキをかけ、それぞれのマシンを減速させる。
190キロ近くからブレーキをかけて160キロ台まで減速する2台。
GT-Rは舵角を増して120度程までハンドルを左に曲げるが、RZ34は濡れた路面にマシンを任せるように舵角を直角程度に抑えてハンドルを左に曲げた。
白煙を上げながら2台はシンクロしつつドリフトしていく。
走行レーンの内側までマシンを寄せてドリフトしていくRZ34。
一方のGT-Rも負けじと走行レーンの左端目いっぱいまでマシンを寄せてクリッピングポイントを駆け抜けていく。
RZ34もGT-Rもハンドルを左から右に切り返してカウンターを当て続ける。
しかしインコースという事もあってRZ34が徐々にリードを取り、コーナーとコーナーの間の直線区間において2台はテールトゥノーズの状態になっていた。
交差点の直角コーナーを抜け、2台はそのまま山頂ラウンジ横の道路を水しぶきを上げつつもドリフトしていく。
「(振り返せ…!)」
「―――!」
アクセルを一瞬抜いたかと思いきや、そのままマシンを左から右向きへと変えていく2台。
左直角コーナーから次の右高速コーナー2連続。
カウンターを当て続けていたハンドルを維持しながらアクセルをリリースして、マシンを一気に振り返していく。
そして右向きになった瞬間、2台のドライバーはハンドルを右から左へと再び切り返していく。
「(くっ…引き離されはしないが、追い抜けない…!)」
連続コーナー地帯の序盤である左直角コーナーで、RZ34は先手を取っていた。
一方で連続する右高速コーナーで、2台のインコースとアウトコースの関係性は逆転している。
その為先手を取っていたRZ34は一転不利な状況になる…と思いきや、距離差は縮まりつつもオーバーテイクは出来ない状況になっていた。
そして連続コーナー地帯の右高速コーナーと右高速コーナーの間の直線区間でも2台はドリフトし続けるが、そこでも速度がほぼ互角…否、正確に言えば多少GT-Rの方が速いのだが、最初の左直角コーナーでRZ34が得たマージンは、次の右高速コーナーと直線区間、そして次の次の右高速コーナーでも取り戻せるものではなかったのだった。
2台がシンクロした状態、サイドバイサイドの状態で連続コーナー地帯の出口のドリフトラインが迫っていく。
2台のドライバーはアクセルを徐々にリリースし、左に曲げ続けていたハンドルをニュートラルへと戻していく。
「―――」
「(予定が…狂ったがやむを得ない!)」
RZ34がボンネット分だけリードしながら縺れつつ、RZ34とGT-Rがそれぞれコーナー出口のドリフトラインを踏みつけた。
ハンドルをニュートラルにした2台のドライバーは、共にアクセルを全開にする。
RZ34はアクセル全開で150キロ台から170キロ台まで加速していく。
一方のGT-Rのドライバー…皇帝は、ニトロスイッチへと指を伸ばしてスイッチを押すのだった。
「―――!」
ボンネット分だけリードを許していたGT-Rは、あっさりとRZ34を追い抜いて速度を加速させていく。
だがそれでも連続コーナー地帯跡の左高速コーナーでもアクセルをリリースしてハンドルを左に曲げる事は忘れなかった。
アウトコースという事もあり外に膨れつつあるGT-Rを、左から右に切り返すことで何とかコントロールする。
走行レーンの中央を駆け抜けるGT-Rは、200キロ台を出していた。
後方のRZ34のヘッドライトは徐々に小さくなっていく。
「(…ここは譲れない!!)」
だが、コーナー地帯を抜けた時雨が何も無策だったという訳ではない。
GT-Rにワンテンポ遅れて箱根パイクロード山頂付近の最終コーナー…左高速コーナーへと突入するRZ34。
速度は170キロ台のマシンを制御しつつコーナーへと突入させようとする。
そしてアクセルリリースからハンドルを左に曲げた上で、前輪がドリフトラインを踏みつける。
「―――!」
全身が炎に包まれる感覚が残る中、意識を保ってハンドルを右へと切り返して最低限のテールスライドからドリフトしていく。
走行レーンの左端をインベタの状態で駆け抜けていくRZ34。
ニトロを使って逃げていくGT-Rに対しても決して諦めてはいなかった。
そしてそんな中であっという間に高速コーナーの出口のドリフトラインが迫ろうとしていた。
アクセルをリリースした上で素早くハンドルをニュートラルに戻し、ほんの一瞬だけ滑走させる。
「(―――逃がさない!)」
コーナー出口のドリフトラインを踏みつけたRZ34は、それと同時にアクセル全開に踏み込んだことで一気に推進力が加わった。
そしてそれと同時に時雨はニトロスイッチを押し、170キロから210キロまでマシンを加速させていく。
コーナー出口の立ち上がりとニトロの加速が合わさった事によって、RZ34はGT-R以上の加速を得て、先行するもニトロが切れていたGT-Rへと肉薄するのだった。
「(まさか…!?)」
GT-Rが最終ストレートを駆け抜ける中、RZ34は200キロ台から失速しつつあるGT-Rへと食らいつきつつあった。
その速度は間違えなく210キロ…下手したら220キロは出ているかもしれない。
ニトロを使ってしまった皇帝はとにかくアクセルを踏み続ける事しか出来ない。
ここでニトロを使った場合、レース前に考えていたニトロを使う予定が狂ってしまう。
そして後方のRZ34はGT-Rへと食らいつき、テールトゥノーズからサイドバイサイドの状態へ。
そしてサイドバイサイドになる寸前でニトロが切れたらしく、ほぼほぼサイドバイサイドの状態で2台は最終ストレートを駆け抜けていく。
そして箱根パイクロードの一般道区間の寸前にあるゴールラインへと、2台は全力疾走のまま駆け抜けた。
ゴールする直前、RZ34はニトロが切れた。
その速度もあってゴールラインを駆け抜けた後にGT-Rを追い抜いたと判断は出来た。
「(寸前で逃げられた…のかな)」
「(くっ…向こうが先行か?)」
ほぼほぼサイドバイサイドの状態で、2人のドライバーにとってもどちらが先行していたのかがわからない程の互角のバトルだった。
時雨は「追いつけなかった」と思う一方で、皇帝も「追い抜かれた」と思っていた。
目撃者がいなかったのでどちらが先にゴールしたとは言えないが、それもそのはずである。
互いのカーナビ上は、相手との距離差が互いに0.000m…と表示されていたのだから。
「(ニトロを使って逃げられると思ったけれど、何とかなった…が、追い抜けなかった)」
「(この俺が追いつめられるとはな…)」
時雨と皇帝は互いにそう思いつつも、210キロ台まで加速していたマシンを共に減速させていく。
ハザードランプを点けたRZ34は、皇帝を先導するように先行していく。
それを見た皇帝はGT-Rをさらに減速させ、RZ34に追従するように右レーンから左レーン…一般道の左車線へとマシンを移動させるのだった。
「(残りの半分…何とか食らいつけてはいるけれど、どこかで糸口を見つけないと勝てない…)」
「(時雨は何とか食らいついていく事が出来ている…今の状態を維持し続ける事が出来れば…!)」
「(この雨はいつまで降り続く…?不二観峠までには止んでほしいところだが…)」
雨が降り続く中、2台のドライバーとナビゲーターは互いにマシンの速度を法定速度である50キロまで減速させてパイクロードの本線を下っていく。
普段よりもゆっくりに感じられる速度ではあったが、それでもバトルの最中であるという事は忘れてはいなかった。
熱気にあふれた2台は縺れつつも長距離戦の後半バトルへと向かっていく。
前半の4コースで何とか皇帝に食らいつく事が出来ている時雨。
果たして残りの4コースを駆け抜け、皇帝に勝利する事が出来るのか。
後編に続く。
(第34話End。次回本編最終話!!)