「艦これ」いつかあの海で×ドリフトスピリッツ 2023 -いつかあの路で-   作:カービィ改二

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第35話です。
本編はこれで終了です。
ここまで長い間お付き合い頂きありがとうございました。
今後はエピローグをお楽しみください。


act.35「The Final Battle -Second Half-(最終決戦(後編))」

遂に始まった皇帝との最終決戦。

一時は皇帝のペースに乱されるも、何とか時雨は回復しつつ走り抜けていく。

時として皇帝をも上回るドライビングを発揮する時雨だが、それが決定打とはなり得ない。

互角の勝負を演じながらも、2台は後半部分へと向かっていく。

 

 

 

―――箱根パイクロード、小由原料金所付近。

 

「チッ…まだ雨は降りやまねえな…」

料金所付近…第2コーナーの右レーンの端っこで2台の様子を待っていた、紫色の髪で黒いコートを羽織り、髑髏のプリントが入った黒いシャツを着ている男は呟いた。

何やら早いドライバーが箱根にいる…そう聞きつけた男は、同僚のサングラスを付けた男と共にバトルの様子を見に来ていた。

雨はまだ静かに降り続いている。

 

「はー寒い…全く、こんな中で君もよく待つな…」

「まあ俺様の気分ってヤツだ。しかしこの雨じゃあ、皇帝も挑戦者の奴も…苦戦してるんだろうな。まあ俺様を待たせた分どんな凄い走りなのかは期待させてもらうけどな、クックック!!」

雨の中、傘を差して待つ2人。

すると山の上の方からマシンの音が迫っていた。

 

「…来たか?」

「間違いねぇ。例の奴らだな!!」

「一応ここは…コース内だろう?」

「ああ、猛加速で来るだろうな!さあ…見せてもらうぜ!!」

2人が待っていたのは、料金所を抜けた先にある左コーナーの右端。

2台のマシンが陣取る形でバトルの様子を虎視眈々と見ていたのだった。

 

◇ ◇ ◇

 

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「(料金所が見えた…!)」

こちらはRZ34の車内。パーシャルスロットルのまま50キロ台をキープし続けて走っていたが、ようやく山下りが終わろうとしている。

先行するRZ34のヘッドタイトが、前方の歩道橋と共に遠方の料金所をや海の景色を映した。

ウインカーを右に点滅させて、RZ34を右車線へと移動させる。

そして右車線に寄ったところでGT-Rがサイドバイサイドになるように並走する。

山を下りてくる2台の前に、徐々にスタートラインが迫る。

 

「(予想以上に雨が降り続いたな…だがタイヤが冷えた以上本気で俺も攻められる)」

皇帝はRZ34のテールライトにウインカーが光っていたのを確認した。

先行するRZ34のウインカーが消えたかと思えば、直ぐにハザードランプが点灯した。

次のレースが迫ろうとしていた。

 

 

「―――!」

5回ハザードランプを点滅させて、ボタンを解除したと同時に時雨はアクセルを全開に踏み込む。

50キロから加速していくRZ34は一気に150キロまで加速する。

 

「(お前の力を…見せてみろ!!)」

RZ34が加速するのを見計らって皇帝もアクセルを踏み込む。

GT-Rの加速も負けじと劣らずRZ34に食らいついていく。

加速勝負ではまだサイドバイサイドと言うべき状態だった。

互いに160キロ台まで加速する中で、2台の目の前に第1コーナーの左高速コーナーが迫る。

 

「―――!」

「……!」

サイドバイサイドの中、時雨はアクセルオフからハンドルを軽く左に曲げる。

一方の皇帝もほぼ同じタイミングでアクセルを抜いてハンドルを左に曲げた。

2台がドリフトラインを同じタイミングで踏みつけた瞬間、互いのドライバーはそれを認識したかのように同じタイミングでアクセルを踏み込んだ。

2台のマシンの後輪が一気に空転し始め、雨が打ち付ける中パラレル状態でドリフトしていく。

水しぶきを上げる2台が、カウンターを当てながらも150キロ以上という速度でコーナーを駆け抜ける。

 

「っ…!」

「(悪くない…だが!)」

インコースであるGT-RがRZ34よりも先へとノーズを突っ込んでいく。

徐々にGT-RがRZ34よりも先行していくが、そんな中でコーナー出口のドリフトラインを2台が踏みつけた。

直前でアクセルをリリースした2人は、ハンドルをニュートラルに戻す。

そしてニュートラルに戻した瞬間、再びアクセルを全開に踏みつける。

 

「(まだだ…逃がさない!)」

「(食らいつく以上、振り切る!!)」

GT-Rがノーズの部分だけ先行した状態でストレート区間を加速していく。

150キロ台から190キロ近くまで加速していく2台。

だが、距離差は広がる事も縮まる事もなく拮抗していた。

2台は190キロという速度で料金所ゲートを通過していく。

2台の前に、第2コーナーである左直角ロングコーナーが迫ろうとしていた。

 

「…何か様子が、おかしくないか?」

「あぁ?」

料金所近くで観戦していた2人の男のうち、サングラスをかけた男は異様さを感じていた。

GT-Rに食らいつこうとしているRZ34が、走行レーンの外側目いっぱいにまで広がろうとしているのである。

2台は明らかにオーバースピードと言うべき状態で第2コーナーに突入しようとしていた。

それでもRZ34はコーナーとは逆向きに一瞬だけノーズを向けていた。

だが次の瞬間、2台のマシンは一瞬減速したかと思いきやすぐにノーズを左側に向けてシンクロするかのようにドリフトしていく。

 

「な、何だ…おい嘘だろ、あの速度で突っ込んでくるだとぉ!?」

「危ない、逃げろ……!!」

「うおおおおっ!!」

料金所近くで観戦していた2人組のうち、サングラスの男が紫髪の男に逃げるように促す。

2人のドライバーが一目散に逃げるのも無理はなかった。

何せ2台の速度は180キロ以上というスピードで駆け抜けていたのだから、そんな状態で一歩ミスをしたらギャラリーの方向に突っ込んでくる可能性というのは高い。

そう思うと2人の行動は何もおかしなことではなかった。

 

「「うわあああああーーーーっ!!?」」

一目散に逃げようとする2人を真横に、アウトコースのRZ34はフェイントモーションを生かしたドリフトで180キロ以上という速度で駆け抜けていく。

雨が降り続く中、その中を切り裂くように駆け抜けていく2台に当のギャラリーも逃げ出すかのような勢いだった。

 

「(フェイントモーションで食らいつくことは何とか出来ている…でも何とかして、突破口を開かないと)」

アクセルを踏み続けながらもハンドルを右に曲げてカウンターを当て続ける中、時雨は先行するGT-Rの姿を追い続けていた。

 

「(見事なまでの美しいフェイントモーションだ…この速度を維持して俺に食らいつくとは、やはり流石だな…)」

ハンドルを右に曲げながらもドリフトしていくGT-Rの中で、皇帝はどこか時雨の実力を認めるかのようにそう思っていた。

2台の距離差は少しずつGT-Rが距離を離していく。

長い直角コーナーにおいても2台のドライバーはアクセルを踏み続ける事は絶対にやめなかった。

180キロ台を維持しながらも、2台は確実のコーナー出口へと近づいていく。

 

「(何とか食らいつけてはいる…けど)」

「(離れない…)」

180キロ以上の速度で互角の勝負をしながらも、2台はテールトゥノーズの状態を維持し続けていた。

時雨にとって食らいつけないのは歯がゆいが、逆に皇帝にとって食らいつかれているという事はストレス要因になり得た。

雨が降る夜道を2台が駆け抜けていき、遂にコーナーの出口が2台のマシンによって照らされた。

 

「「―――!」」

アクセルをリリースし、ハンドルを徐々に戻していく2人。

2台のマシンが滑走状態になる中、ドリフト状態が収まっていく。

そしてそれぞれのドライバーがハンドルをニュートラルに戻したところで、それぞれのマシンはドリフトラインを踏みつけた。

それと同時にドライバーたちはアクセルを踏み込み、マシンを加速させていく。

 

「っ…」

「うぐ…!」

立ち上がりで180キロ台から200キロ近くまで加速していく2台。

だが、立ち上がりの加速においてはRZ34の方が上手のようでGT-Rとはサイドバイサイドの状態になっていた。

立ち上がり勝負でRZ34の方に分があったのだ。

 

「(追いつかれた…いや、あれは…!?)」

「(―――!)」

アウトコースから食らいつかれた皇帝に対し、時雨をあの感覚が襲っていた。

皇帝の目には青い炎に包まれるRZ34の姿が見えた。

 

「(あの感覚だ…!)」

全身が炎に包まれる感覚が、ここにきて表れたのである。

全身や車を青い炎が包み込むようなあの感覚が、時雨を襲っていた。

それでも時雨はアクセルを踏み続ける事をやめない。

「速く走れる」というこの感覚を維持しないとあのドライバーには勝てるはずがない…そう思ってしまった以上、アクセルを踏み続ける事しかできなかった。

 

「(逃げろ…!)」

「(逃がさん!)」

追う側から追われる側へと変わりつつある中で、2台の前に第3コーナーの右直角コーナーが迫ろうとしている。

自分に有利なコーナーである以上、ここで差を付けてリードを取るしか方法はない。

変に防戦一方になってしまうとこの先も間違えなく引きずってしまうだろう。

そう思ってしまった以上、時雨はアクセルを踏み続けるしかなかった。

一方の皇帝も負けじとアクセルを踏み続けて追随する事には変わりなかった。

コーナーが迫る中、2台はほぼ同じタイミングでブレーキを点灯させる。

 

「「―――!!」」

ブレーキを踏み込み、減速させる2人。

インコースであるRZ34はインベタになるようにハンドルを右に曲げ、マシンを走行レーンの右端へと寄せていく。

一方でそれに追随するように皇帝のGT-Rも道路真ん中のラバーポールを目掛けてGT-Rを徐々にスライドさせていく。

そして2台は同じタイミングでドリフトラインを踏みつけた。

ハンドルを右向きへ直角に曲げる時雨、一方でぐいと直角以上に右へ曲げる皇帝。

青い炎がRZ34を包む中、インコースのRZ34は徐々にGT-Rとの距離を広げていく。

 

「(くっ…やはりインコースだと…!)」

「(…差を広げる!)」

インコースである以上攻め込んでいくしかない時雨。

兎に角アクセルを踏み続けてGT-Rとの距離を広げようとする。

全身が炎に包まれる中、時雨に出来る事はマシンを制御してコンマ1秒でも速く走らせることだけだった。

その為にも時雨はハンドルを左に切り返してカウンターを当てて続ける。

そしてそんな中でも皇帝も負けじとカウンターを当て続けること自体は変わらない。

そんな中でインコースであるRZ34は、徐々にGT-Rを引き離しつつある。

そして車の半分程度だけ先行した状態で、コーナー出口へと差し掛かる。

 

「(―――ここだ!)」

アクセルをリリースし、カウンターを当てるべく左に曲げていたハンドルをニュートラルに戻していく。

そして滑走状態の中、時雨はRZ34の前輪がドリフトラインを踏みつけた事を認識する。

認識したのと同時に時雨は反射的にアクセルを全開に踏み込むのだった。

 

「―――!!」

滑走状態から後輪に与えられたエンジンパワーによって一気に推進していく。

150キロ台から170キロ台まで一気に加速していくRZ34。

一方で追走するGT-Rも負けじと食らいつく。

テールトゥノーズの状態を維持しながらも2台は第3コーナーを立ち上がっていく。

短いストレート区間を抜け、2台は第4コーナーの左高速コーナーへと突入する。

 

「(逃げ切る…!)」

「―――!」

足に力が入る時雨。それに対して冷静を装う皇帝。

だがその感覚は明らかに力み過ぎていると言っても過言ではない程だった。

170キロ台でアクセルをリリースし、反射的にハンドルを左へと曲げる。

そしてコーナー入口のドリフトラインを踏みつけた瞬間、2台のドライバーはハンドルを右へと切り返してアクセルを踏みつける。

 

「(食らいつく!)」

「くっ…!」

先行するRZ34に対して、GT-Rが徐々に迫る。

だが、負けじと時雨もアクセルを踏み続ける。

2台がシンクロするようにドリフトする中、GT-Rは確実にRZ34に近づいていた。

 

「(食いつかれてる…のか!)」

時雨にとっては多少動揺していた。

だがそれでもハンドルを右に曲げてアクセルを踏み続けること自体はやめない。

ここで引いたら間違えなく抜かれてしまうだろうから…そう思うと嫌でもアクセルを踏み続けるしかない。

だがそんな中で時雨の目の前にコーナー出口のドリフトラインが迫っていた。

 

「っ…!」

目の前のドリフトラインを認識してアクセルをリリースし、ハンドルをニュートラルへと戻す時雨。

そして2台がサイドバイサイドの状態になったところで時雨はアクセルを踏み込んだ。

だが、アクセルを踏み込んだその瞬間だった。

 

「(えっ!?)」

マシンが加速する中で、体がいきなり冷えるような感覚が時雨を襲った。

加速自体は出来ている。

だが、サイドバイサイドの状態であるGT-Rに対して、どこか加速が鈍いように時雨は感じていた。

 

「(あの感覚が…消えた!?)」

体が炎に包まれるようなあの感覚の、突如としての消失。

ここまでほぼパーフェクトで走ってこれていた時雨にとって、その状態は大きく動揺させるものだった。

第4コーナーを抜けて加速する2台。

まだ加速はしていくのはよかった。だが、問題は此処からである。

2台は下り坂を下ったところで、次のコーナーへと迫ろうとしていた。

だが、次の瞬間だった。

 

「(―――いくらなんでもオーバースピードだ!)」

皇帝はGT-Rの中でほくそ笑むようにそう思った。

第5コーナー…セクションの最終コーナーは右直角コーナー。

180キロ以上出ている2台だが、その速度のままでは明らかなオーバースピードなのである。

GT-Rはブレーキをかけて160キロ台まで減速したが、RZ34はほぼノーブレーキで突入しようとしていた。

雨という条件でノーブレーキで直角コーナーに突っ込むのは明らかにリスキーな判断だった。

 

「時雨!!」

「(しまっ…!)」

RZ34の車内において、奈美子がそう声をかけたのは言いが既に時すでに遅し。

判定こそExcellentだったが、明らかなオーバースピードであった。

RZ34はオーバースピードからアンダーステアを誘発してコーナーの外側へと膨らんでいく。

明らかなオーバースピードの状態で走行レーンからはみ出し、左レーンへと膨らんでいく。

マシン自体は完全に横向きになり、リアが完全に左レーンへと膨らんでいた。

ハンドルを左に曲げてなんとかカウンターを当て続けるも、アンダーステアを誘発していたRZ34は半ばハーフスピンと化していた。

だが、その瞬間だった。

 

「な…!」

「…!!」

後方から迫っていた左レーンのGT-R。

GT-Rは走行レーンのインベタに付く形でドリフトしてしまい、アウトレーンへと膨れたRZ34へとノーズを徐々に接近させていた。

仮にアウトに膨れて避けようとすると壁へと接触しかねない。

GT-Rの目の前にRZ34のノーズが迫る。

アクセルリリースからブレーキをかけて減速させるも、雨という状況の中でGT-Rは必要最低限しか減速しなかった。

その減速し続ける間、皇帝の目の前にRZ34のリアがまさしくスローモーションと言っても過言ではない速度で接近し続ける。

そしてブレーキを踏み続けているその次の瞬間だった。

 

ゴッ!!

GT-RのノーズがRZ34の右リアサイドに衝突。

ハーフスピンしているRZ34に、半ば突っ込むような形で接触してしまったのだった。

そしてそのまま推進するGT-Rにより、ハーフスピンをしていたRZ34は押し出されるような形でそのまま時計回りでスピンしていく。

一方のGT-RはRZ34が進行方向と逆向きになった瞬間にグリップ走行からアクセルを踏み込んで加速していく。

 

「(悪く思うなよ…!これはレーシングアクシデントだ!)」

最終コーナーを駆け抜けるGT-Rの中で、皇帝はそう思っていた。

相手のミスに自分のマシンが乗っかる形で更にスピンを起こしてしまった。

だがそうである以上、多少は相手にも非があるのではないか…そう思うのだった。

バックミラーに映る、スピンするRZ34を見捨てるかのように、GT-Rはチェックポイントのラインへと駆け抜けていく。

そしてそのまま数秒の差を付けてGT-Rはチェックポイントを通過するのだった。

 

「っ…時雨!!」

「(く…!)」

一方、2回転から何とか立ち直ったRZ34。

先行するGT-Rとの車間距離は一気に車数台分にまで広がっていた。

速度は120キロまで減速していたが、それでも時雨は諦めないでアクセルを全開に踏み続ける。

まだ残りの3コースがある以上、何が何でも食らいついて追い抜く。

決して諦めないという思いだけは彼女は忘れていなかったのだった。

 

「(間一髪だった…立ち直れなければ、どうなっていたことか)」

2回転した後、時雨は何事も無かったかのようにアクセルを踏み続けてRZ34をゴールへと疾駆させる。

だが、GT-Rは車間距離として5台以上という大差を開いてしまっていた。

 

「(奈美子のためにも、皆のためにも、そして僕自身のためにも…諦めるわけにはいかない!)」

時雨の意識は再び集中するようになっていった。

ゴールラインを駆け抜けて減速するRZ34。左車線へと移動し、次のコースである不二見峠へと移動する。

 

 

同じ頃

「驚いたぜ…」

「俺でも背筋が凍るような速さだった…驚いたよ…」

料金所の近くでバトルの様子を見ていた2人組の男がそれぞれ感想を呟いていた。

 

「あんなドライビングをする奴が俺の前に立ちはだかったとしたら…」

「……負けるだろうな」

今だに背筋がゾクゾクするのが抑えられない。

そんな風に紫の髪の男がこう言葉を続けた。

 

「とにかくRKCoupeにパワーが欲しくなったナァ。今の車じゃ、とても勝てるようなヤツじゃねぇ」

「…俺のS13にも…な」

力が欲しい…そんな風に、彼らは意見を一致させた。

 

「テメーが言っていた計画やらも一度撤回したほうが良いだろうな。あいつらに敵うほどの力を手に入れるまでは…」

「…そうだな。だが上層部には良い報告ができそうなだけ良しとしよう」

「それだけでも収穫だろうな、クックック…俺にも目標が出来たぜ。あいつをいずれ倒すのは…この俺だ!!」

そう言って、料金所の近くにいた2人組の男たちはそれぞれの愛車に乗って箱根を去るのだった。

 

 

 


 

 

 

「RZ34がスピン!?」

「時雨ちゃんが…!?」

土ノ湖峠のスタート地点で、神風連合のメンバーがコースに既に配備されていた部下から情報を聞いていた。

どうやら小由原料金所でのスピンの情報は既に伝わっていたようだ。

 

「半分を過ぎてスピンするなんて…」

「時雨さん…!」

トーコとハルカもその情報を聞いて心配になっていた。

幾ら何度練習したとはいえ、アクシデントばかりは避けられない。

そしてそのアクシデントが起きてしまった。

そう言われると2人は不安を感じる事しか出来なかった。

だが、そんな最中ある異変が土ノ湖峠で待機していた仲間たちを襲うのだった。

 

「―――おい、これって…」

「まさか……!」

夜闇の魔物…それがこの時になって、現れようとしていたのである。

それは、四天王との特訓においては含まれていないものであった。

 

◇ ◇ ◇

 

―――不二観峠への道中

この時点で雨は既にやんでいた。

空は未だに曇り空が包む中で、皇帝はただ前を見て次のコースへと走らせる。

 

「(ライトの調子は…問題ない)」

先ほどのRZ34との接触は、一種のかすり傷とも言うべきものだった。

GT-Rフロントライトの動作にはほぼ異常はなかった以上、バトルは続行という形になる。。

不二観峠へと移動する中でヘッドライトの様子も再度確認するが、前方は見えていることもあり問題はないと皇帝は認識した。

ライトは消えていないのである。

それを認識しつつ、皇帝はGT-Rを不二観峠へと走らせる。

 

「(あいつの実力もやはりまだ粗があるな…ん?)」

不二観峠のコースへと入ろうとしたところで、GT-Rの目の前を異変が襲った。

雨こそ止んではいたが、コースに近づくにつれてGT-Rの前を白い靄が包んでいく。

 

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「(何だこれは…?まさか…霧……!?)」

そして不二観峠のスタートラインを踏む瞬間には、あっという間に目の前は真っ白になって視界が一気に狭くなった。

そう、ここにきて濃霧がかかったのである。

先ほどまで雨が降り続いていたこともあり、バトルの熱気に影響されたのかその雨が一気に霧と化していった。

皇帝にとっては200m先も見えない程の濃霧だった。

だが、既にコースインしていた皇帝は右レーンへとGT-Rを移動させて加速するしかなかった。

コースである以上どんな条件でもバトルをする必要というのはあるのである。

視界不良の中で第1コーナーの左ヘアピンが迫る。

 

「っ…!」

濃霧のせいで殆ど目の前が見えない。

その事もあって第1コーナーの存在に気が付くのが遅れた皇帝は、明らかなオーバースピードで第1コーナーに突っ込んでしまった。

ブレーキロックがかかるほどのフルブレーキングで何とかドリフトさせるものの、ハンドルを切るタイミングは明らかに遅くアンダーステアでコースの外に膨れた。そして壁との隙間10cm程度まで近づくも、何とかコーナーを突破する。

速度は170キロから120キロまで大幅に失速していた。

 

「(何と言う事だ…こんな状態じゃ、とてもではないが俺でも本気を出せない…!)」

120キロからフル加速でGT-Rを立ち上げていく皇帝。

何とか160キロ台まで速度が回復するものの、皇帝自身ここで明らかな異常を認識していた。

今までかなりのハイペースで走って来ていた皇帝だが、ここにきてまさかのペースダウンを余儀なくされた。

皇帝の走りはどちらかと言えば視界頼りであった為、その「目の前が見えない」ということになると走りにも大きな影響を出してしまう。

一応コース自体はある程度理解していたとはいえ、それでもやはり限界まで踏み込むと間違えなく事故を起こしてしまうであろう…そう皇帝は考えていた。

そうなると皇帝はやむを得ずペースダウンを余儀なくされてしまった。

だが、そうなると別の問題が生じてしまう事にも皇帝は気がついてはいなかった。

続く第2コーナーの右ヘアピンがGT-Rに迫っていた。

 

「(こうなってしまった以上、早めに…!)」

だが、そう思った次の瞬間だった。

 

「(…早すぎる!?)」

ブレーキをかけて減速したのはよいが、今度はオーバーステア。

過度な減速によって失速してしまい、そのことを考慮し忘れた皇帝はマシンを必要以上にコーナーの内側へと曲げてしまった。

急いでハンドルを左に切り返して間一髪壁との接触を回避する。

だが走りはそれまでの精彩を欠く走りになってしまっているのは、皇帝自身も把握していた。

明らかに皇帝のメンタルに支障が生じていたのである。

第2コーナーを何とか立ち上がり、続く第3コーナーである左ヘアピンへと向かう。

そしてそんな中で皇帝はハンドルのニトロスイッチを押す。

立ち上がりでの大幅な失速から中でニトロを使って、何とか平常運転まで速度を回復させる。

2つのコーナーの間の直線区間は短かったので、何とかペースを回復する事に取り組むのが、ニトロを使う様子からして明らかになっていた。

 

「(…ここだ!)」

前輪がドリフトラインを踏みつけた瞬間にハンドルを左に曲げ、アクセルを踏み込む。

後輪が空転する中でハンドルを右に切り返してカウンターを当て、直ぐにアクセルリリース。

短いコーナー区間で何とか走行レーンの真ん中を駆け抜け、コーナー出口で再びアクセルを踏み込んで加速させる。

判定…「Good! +1.21m」。

決して遅くはなかったが、それでも先ほどまでの走りは明らかになりを潜めていたのだった。

 

「(ちっ…こうなってしまうと後方の状態も分からない…それどころか、霧が更にきつくなっているような…)」

不二観峠のヒルクライムを駆け上がる中、霧の濃さがさらに深くなっているように皇帝は感じていた。

目の前の景色が更に狭くなっているように感じている。

山頂に向かうにつれて霧が更に濃くなっている…そう皇帝は感じていた。

そしてそうなると後方のRZ34との車間距離も分からなくなっていた。

第3コーナーと第4コーナーの間のストレート区間でアクセルを全開に踏み続け、距離を引き離そうとする。

 

「(だが、俺でも減速している以上あいつも間違えなく…ん?)」

バックミラーが一瞬だけ光ったように皇帝は感じた。

だが、その光は一瞬で消えた。

テールライトが何か水滴などに反射したのだろう…そう皇帝は思った。

そう思いつつ、第4コーナーの右ロングヘアピンコーナーにGT-Rが突入する。

アクセルオフからブレーキをかける事で、速度は155キロから120キロ台まで減速する。

明らかに安全マージンを取っている走りだった。

減速した上でハンドルを右に曲げ、再びアクセルオンでテールスライド。

ハンドルを左に切り返してカウンターを当てつつ、アクセルを踏み込み続けてマシンを前進させる。

走行レーンの真ん中に存在するレールをグラインドするかのように、GT-Rはドリフトしていく。

ドリフトしている最中にコーナー出口直前でアクセルをリリースし、ハンドルをニュートラルへ戻す。

そしてコーナー出口のドリフトラインを踏みつけた瞬間に再びアクセルオンで加速させる。

 

「―――」

第4コーナーを立ち上がり、130キロ台から150キロ台まで加速するGT-R。

だが、違和感はさらに増していた。

明らかに後方から何かが迫っているのである。

そして第5コーナーが近づく最中、再びGT-Rのバックミラーが白銀色に光ったのである。

 

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「(まさか…いや、そんなバカな…!)」

そこの時点でやっと皇帝は違和感の正体に気が付いた。

後方から、あのRZ34が猛烈な勢いで迫ってきているのである。

それも、インコースであるという事を除いても明らかにRZ34のペースが異常なのである。

霧でペースが乱された自分に対し、あのRZ34は霧である事を全く意に介さないかの如く、ペースを維持して接近してきていた。

そして第4コーナーと第5コーナーの間の直線区間でも、そのペースは明らかにGT-Rのそれよりも上だったのである。

 

「(ペースが全く持って落ちてない…だと?いやそれどころか…)」

そう思いつつも第5コーナーである左ショートヘアピンにGT-Rが迫る。

今はとにかく食らいつかれないようにしないといけない…そう皇帝は認識する。

アクセルオフからブレーキをフラッシュさせ、ハンドルを一気に左に曲げたかと思いきやすぐに右に切り返す。

そして再びドリフトラインを踏みつけた瞬間にアクセルを全開に踏み込む。

その瞬間だった。

 

「(追いつかれた…!?インコースという事もあるが、まさか…!)」

第5コーナーを抜けた瞬間、RZ34の存在がGT-Rの真後ろにあった。

バックミラーに映る程度に映っていたRZ34は、GT-R以上の速度でいつの間にかテールトゥノーズの状態にまで陥っていたのである。

霧の中でペースダウンすることなく、一定のペースを維持しながら疾駆するその姿は明らかに異常なものだった。

皇帝の額に汗が流れる。

 

「(時雨はとんでもなく攻め込んでいる…!ハッキリ言って…ものすごく怖い!でも、私は…時雨を信じるしかない!!)」

「(コースならもういくらでも覚えている…この霧を使って、追い抜くんだ!!)」

一方のRZ34の車内。

テールトゥノーズの状態からあっという間にサイドバイサイドの状態まで近づく中で、奈美子と時雨は互いにそう思っていた。

奈美子自身時雨の圧巻の走りに恐怖すら覚えていた。

幾ら走り慣れているからとはいえ、こんな濃霧の中でもお構いなしに時雨は全開走行で皇帝に食らいつく。

そしてその結果、なんと3秒近くあった差をひっくり返しそうになっている。

いや、次か2つ先のコーナーで完全に追い抜かそうとしている。

そう思うと時雨の走りは一体どんな走りをしているのかと更に恐怖を感じることしか出来なかった。

そして一方の時雨は、特訓の成果が完全に現れていた。

神風連合のドライバーたちと共に走り込み、四天王のドライバーたちからの手ほどきを受けた彼女の走りは、皇帝とのバトルの間もさらに洗練されていったのである。

そしてその洗練さが、不二観峠の霧の中という極限状態の中で時雨に現れていたのだった。

視界が狭まり、風切り音しか聞こえない中、全身が炎に包まれて下手したら意識が飛びかねない状況で時雨はただアクセルを踏み続けてハンドルを握りしめる事だけはやめない。

絶対に勝ちに行くという強い意志が、時雨の走りにも走らせ方にも如実に表れていた。

そして2台はもつれあいながら第6コーナーに迫る。

 

「(外から…!)」

「っ…!」

GT-Rがブレーキをフラッシュさせ、RZ34もワンテンポ遅れて突っ込み気味に減速する。

減速してハンドルを右に曲げ、テールスライドの耐性へと入る2台。

そしてそれぞれのマシンが前輪を踏みつけた…文字通りの同じタイミングで、2人はアクセルを全開に再び踏み込んで後輪を空転させる。

RZ34、GT-R共にインベタの状態となってコーナーをドリフトする。

だが、アウトコースであるRZ34がGT-Rよりもコーナーリングの速度が速いのか差が付けられない。

並走した状態を維持しながら、2台はコーナー出口のドリフトラインを踏みつける。

 

「「―――!!」」

同じタイミングで2台のドライバーはアクセルを踏みつける。

アクセルオンというムチ入れによって加速する2台は、推進力を得て加速していく。

立ち上がりの速度は…RZ34の方が上である。

GT-Rが150キロ近くだったのに対し、RZ34は150キロ台だったのである。

だが2台の前に、直ぐに次の第7コーナー…左ショートヘアピンが迫る。

 

「っ…!」

「(抜かせない!!)」

ハンドルを左に曲げ続けた状態でRZ34を切り返す時雨。

一方の皇帝もカウンターを当て続けていたハンドルを左に曲げ続けて次のコーナーへと突入する。

2台が右から左へとノーズを変える中、シンクロするかのような走りで2台がコーナーを立ち上がっていく。

インコースからアウトコースへと変わった皇帝のGT-RはRZ34より徐々に差が付けられてしまう。

連続コーナー区間で2台の距離はサイドバイサイドからテールトゥノーズの状態にまで広がってしまっていた。

2台がコーナーを立ち上がり、ストレート区間で立ち上がっていく。

そしてストレート区間でも徐々に車間距離は開きつつあった。

テールトゥノーズから0.5台分近くまで車間距離が広がる。

 

「(…あいつに、ここまでの底力があるとは…!)」

「―――――」

遂に時雨が皇帝を捉え、そしてぶち抜いた。

3秒以上のタイム差を霧という状況を使って追い抜いたのだった。

文字通りの大逆転劇と言っても過言ではなかった。

そしてそのままRZ34が先行した状態でストレートを駆け抜けていく。

皇帝は時雨の底力をまじまじと見せつけられた。

だが当の時雨はもはや皇帝の存在すら見ていないかのように、更なる速さを求めるかのようにRZ34を無我夢中で走らせていた。

視界が狭まり、全身が炎に包まれるような感覚で、風切り音しか聞こえない中で…極限の集中状態という中でとにかくRZ34を1キロでも速く走らせられるように専念していたのだった。

 

「(正直、かなり体力を使っているように思う。でも…攻めないと負ける!)」

極限の集中状態の中で、時雨は自らの体力の消耗も感じ取っていた。

それもそのはずである。

ここまで時雨自身超ハイペースとも言うべき状態で皇帝に食らいついてきていた。

それも自らが意識しないうちにペースが明らかに上がっていたのである。

だがそれでも何とかやってこれたのは極限まで時雨自身が走りに集中していたことが大きい。

その集中した意識が、自らの体力の認識すら狂わせかけていたのだった。

 

「(ここで離されるとまずい…!)」

一方の皇帝自身、ストレートを走りながらこれ以上先行されるとマズい事は認識していた。

徐々に体力が消耗される中で、どこかで差を付けておかないと最後の最後に食らいつかれてしまうかもしれない。

そう思うと、次のニトロポイントは自然と決まった。

2台の前に第8コーナーの右直角ロングコーナーが迫る。

アクセルオフからブレーキングで170キロ台から150キロ台まで減速する2台。

だが、GT-RはRZ34よりも先にブレーキをリリースする。

 

「―――!」

「ここ、だ…!」

ハンドルを右に曲げ、テールスライドする2台。

だが、ここで大きな差が生まれた。

皇帝の指先がハンドルのニトロスイッチへと向かたのである。

青い炎を吹き出し、ニトロで加速するGT-R。

インコースの利点もあって先ほどまでの距離差を一気に縮めてRZ34をインコースから追い抜いたのであった。

 

「(ここで使うのか…!)」

追い抜かれた時雨だったが、動揺はしていなかった。

むしろ「ここで使うのか」という事に関して感服したのである。

だが、時雨にここで使おうという気持ちにはならなかった。

インコースであるとはいえ、この霧の中で先ほどまでのアタックは明らかに効果があった。

だがそれ以上にニトロを使うと自分の限界を超えてしまうのではないかと彼女は認識したのである。

そう思うと、先行するGT-Rを追いかける事が彼女の今の限界だった。

 

「(食らいつかせん!)」

「―――!」

第8コーナーを160キロ以上という速度でドリフトしていくGT-R。

そしてそのまま上りコースの最終第9コーナーである左直角コーナーへと突入する。

右から左へと振り返したGT-Rは、多少の失速こそあれどニトロを使った勢いそのままにコーナーを駆け抜けていく。

ニトロを使われた事もあり、GT-RとRZ34の距離差は0.5台分近くまで広がった。

 

「(…逃がさない!)」

第8コーナーの中間で時雨も皇帝に食らいつくべくニトロを使う。

160キロ近い速度のRZ34は、一気に200キロ近い速度まで加速する。

加速していく中RZ34はハンドルを右から左に振り返し、第8コーナー、第9コーナーを1つのコーナーであるかのように突破するのだった。

車間距離についても再び回復し、RZ34とGT-Rの距離差はテールトゥノーズの状態にまで迫ったのだった。

そしてテールトゥノーズの状態を維持しながら山頂のチェックポイントを駆け抜けた2台は、そのままウインカーをそれぞれ出してRZ34は左レーンから右レーン、GT-Rは右レーンから左レーンへと移動するのだった。

 

推奨BGM:ROCKIN' TO SURVIVE(from EUROBEAT KUDOS 2020)

「(こちらのニトロはあと3本…おそらく向こうも同じ本数だろう。そうなると純粋なテクニック勝負だ…)」

「(俺に挑戦する以上自信があるとは思っていたが…ヤツは俺の想像を遥かに上に行っている。とんでもない相手だ!)」

ストレート区間で車線変更をした2台は、速度は180キロ台を出している中でチェックポイントを駆け抜けて下り区間へと突入していく。

 

「(ここまで来れた以上認めてやる…いい走りだ。だが忘れるな、勝負はまだ終わってなんていない…!)」

「(直滑降同然のダウンヒルで一瞬でも油断したら、間違えなく追い抜かれる!今まで以上に意識を集中させるんだ…!)」

皇帝と時雨の意志がそれぞれぶつかり合う。

そしてそれは第1コーナーの左ヘアピンでの突っ込み勝負へと変貌する。

 

「「―――!!」」

ブレーキランプを点灯させるGT-R、そしてワンテンポ遅れてRZ34も点灯させる。

速度は2台ともに150キロ台まで減速する。

走行位置を外側にずらしつつも突っ込み気味に突入したRZ34が、ドリフトライン直前でブレーキをリリースしてハンドルを一気に左へと曲げる。

振り子の原理を生かしたフェイントモーションでマシンを一気に右から左へと振り回す。

そしてそれに続くかのようにGT-Rもブレーキングドリフトでコーナーへと突入する。

 

「っ…!」

「(インコースである以上…退いてもらう!)」

幾ら時雨が得意のフェイントモーションで速度をある程度早い状態でドリフトしても、インコースであるGT-Rに対してはどうしても不利になってしまうのが自明の理。

2台が横並びの状態…傍から見ればパラレル状態で、互いのドライバーはハンドルを右に曲げ続けてカウンターを当て続けながら第1コーナーを駆け抜けていく。

RZ34はラバーポールとの隙間数cm程度という超ギリギリの走行ライン、対するGT-Rもインベタの状態でコーナーを走り抜ける。

2台のマシンを互いに青い炎が包んでいる。

そして青い炎が2台を包む中、横並びになりかけたところで2台の前にドリフトラインが迫る。

 

「「―――!!」」

直前においてアクセルをリリースしてハンドルを右からニュートラルに戻していく。

濃い霧がかかって殆ど見えない中、感覚へ意識を完全に集中させて近づくドリフトラインを踏みつけるタイミングを待つ。

コンマ一秒でもものすごい勢いでタイヤがドリフトラインへと迫っていく。

ドリフトしている最中がまるでスローモーションに感じる中で、意識を車と一体化させるかのように…ハンドルを握り続ける。

 

「(ここ、だ…!)」

視界に映った黄色のドリフトラインが一瞬で視界から消える。

その消えるまでに…1秒にも満たない時間の間に完全にハンドルをニュートラルに戻す。

そして戻した瞬間、時雨と皇帝はアクセルを全開に踏みつける。

 

「―――!!」

「(…並んだ!)」

青い炎に包まれた2台が、まるで頂点から一気に降りてくるジェットコースターの如く加速していく。

150キロ台から180キロ近くまで加速する2台。

加速がほぼ互角と言っても過言ではない2台はサイドバイサイドの状態を維持しつつ、ストレート区間を駆け抜けていく。

濃霧を切り裂きつつも駆け抜ける2台は、やがて第2コーナーである右ヘアピンコーナーへと迫る。

 

「くっ…!」

「―――っ!」

路面が徐々に乾きつつある中で2台のドライバーはブレーキングポイントを見定めようとしていた。

アウトコースであるGT-Rが速めにアクセルリリースからブレーキをかけてインベタになるようにする中、RZ34はそれからワンテンポ遅れてフルブレーキング。

ノーズの分だけ先行するRZ34が先にドリフトラインを踏みつけ、次にGT-Rもドリフトラインを踏みつける。

ハンドルを一気に120度以上曲げ、アクセルを踏みつける2人。

ほぼ同じタイミングでアクセルを踏みつけるも、2台の走行ラインは徐々に違うラインを描いていく。

走行レーンの真ん中であるレールをグラインドするように駆け抜けるRZ34、そしてそれに対してインベタの状態でラバーポールまで隙間数cm…下手したら2cmもないレベルで攻めていくGT-R。

互いのドライバーがハンドルを切り返してカウンターを当てながらも、後輪から白煙を上げる2台がコーナーを150キロ台という猛烈な速度で駆け抜けていく。

インコースであるRZ34が有利ではあるが、GT-Rも決して振り切られたりはしない。

だがアウトコースである以上徐々に差がついてしまうのはやむを得なかった。

インコースであるRZ34が徐々に差を付ける中、2台の前にコーナー出口のドリフトラインが迫る。

 

「「―――!!」」

咄嗟の判断でアクセルをリリースしてハンドルをニュートラルに戻す2人。

だが、時雨は皇帝よりも確実にワンテンポ遅れていた。

ハンドルを戻す時間を短くすることで、ドリフトの状態を可能な限り維持してコーナーを脱出しようとしていたのである。

そしてその判断は、2台の車間距離に確実に差を生もうとしていた。

RZ34が先行してドリフトラインを踏みつけ、時雨がそれを認識した瞬間にアクセルを全開に踏み込む。

下り坂の勾配が更にきつくなる中、RZ34は更に速度を上げてストレートを滑走していく。

一方のGT-Rもそれに追随するようにストレート区間を立ち上がっていく。

加速差はほぼ互角の2台は、RZ34が徐々にGT-Rとの差を広げてテールトゥノーズの状態になる。

テールトゥノーズの状態の2台はストレート区間で150キロ台から190キロ台まで加速していく。

だが、2台の距離差は一定を保ちつつもつれ合いながら走り抜ける。

 

「(見事だ…ここまで攻め込んでも、あのRZ34のドライバーに動揺が見られない)」

皇帝自身何処か時雨の実力を認めようとしていた。

先ほどの接触で時雨のスイッチが入ったというならば、それは自分としては誤算である一方関心も出来る事だった。

 

「(先ほどの接触で…何かが目覚めたのか?)」

反撃の気持ちが文字通り自分の走りに出ているというなら…怒りに近い感情が彼女をより速くしているのかもしれない。

そう皇帝は推測していた。

怒りの感情はマシンコントロールを擦るドライバーを大きく動揺させ、時にドライビングミスを生むはずなのである。

だがあのRZ34のドライビングには全くもってミスが見られない。

もし怒り以外の感情があるというなら…一体何なのか?

いや、怒りという概念に囚われてはいけないのかもしれない…ひょっとしたら、感情ではないのかもしれない。

 

「(視界がずっと狭まった状態で、周りの音が…風の音しか聞こえない。時に目の前がチカチカする。それに、心臓の鼓動が限界まで高まっているのがわかる。体中に汗が流れているのも、霧の中を走るのが怖いというのも…言ってしまえば、僕自身の限界を超えているのがわかる…)」

峠を下る間、時雨の視界はずっと通常の半分以下に狭まっていた。

聴覚においても風を切る音しか聞こえない。

額には間違えなく汗をかいていて、長時間の走行の影響で鉢巻にも汗が付きつつある。

心臓の鼓動が限界まで高まっているのも何となく感じられた。

間違えなく焦りの感情が、時雨の中にはあるのかもしれない。

それでも時雨の心の中にはそれ以上の、「何か」があった。

 

「(それでも僕は…真実を知るんだ!皇帝に勝って、奈美子の元に戻ってもらうだけじゃなくて…僕は、あなたとの関係を知りたいんだ!!そしてもし、あなたがあの日、本当に僕を助けてくれたと言うなら…走りの世界へと飛び込むきっかけになったあなたへ…僕が出来る限りの、感謝を…伝えたいんだ)」

時雨における怒りや悲しみ、焦り、不安、喜びといった感情は、この時点で何処かへと吹き飛んでしまっていた。

真実を知りたいという、強い欲望…底知れぬ願望が時雨を支配していたのである。

そしてその意志は間違えなく車を運転する時雨のコントロールの中にも表れていたのである。

もしあの時自分が皇帝に助けられず、葦柄峠へ向かわなければ…ヒロシたちに会わなければ…自分はひょっとしたら野垂れ死んでいたかもしれない。

そして多くの人間と時に争い、時に助けられ、時に皇帝の真相を追い求め…遂に自分の真実まであと一歩というところまで来れた。

だからこそ、あのドライバーには…ここまで成長できたことを証明したいと思うようにもなっていた。

 

「(もっと速く…僕を、そこへ導いてくれるというなら…僕は、僕自身の全開の走りで…あなたに勝ちに行く!!)」

強い意志が時雨の走りに磨きを与える。

そしてその意志は間違えなく走りにも現れようとしていた。

2台の前に第3コーナーの左ヘアピンが迫ろうとしている。

濃霧の中、見境なしにアクセルを踏み続ける事をやめずコーナーへと飛び込んでいく。

 

「(っ……!!)」

霧に隠れつつも第3コーナーの右端に置かれていたカーブミラーが、自分のRZ34のヘッドライトで反射したのがわかった。

それを認識した瞬間に時雨はとっさの判断でアクセルオフ、フルブレーキングでマシンを減速させる。

そしてそれに追随するように皇帝もブレーキをかける。

だが流れは徐々に時雨に向いていた。

10度程右に傾けていたハンドルを左へと切り返し、マシンを振り子の原理で一気に左へと傾けていく。

前輪がドリフトラインを踏みつけた瞬間にアクセルを全開に踏み込み、後輪を空転させる。

青い炎がマシンを包み続ける中、その速度はヘアピンにも拘らず160キロ以上という速度で走行レーンの中央をグラインドし続ける。

時雨自身が意図しない程度にまで、RZ34の速度はさらに上がっていた。

そして後方のGT-Rも食らいつかんと言わんばかりにドリフトする。

こちらも160キロ程度という異常過ぎる速度でドリフトしていく。

自分がインコースという事もあり差が開く事はなかったが、思うように距離差は縮まらない。

そして2台の前輪がコーナー出口のドリフトラインを踏みつけ、下り坂でさらに加速していく。

距離差は第3コーナーを抜ける前とほとんど変わらなかった。

 

「(ここまで来て、奴はさらに速くなっているような…)」

ノーズの部分だけRZ34に先行されつつも、GT-Rを前へと走らせ続ける皇帝。

きっとRZ34もGT-Rもガソリンやタイヤ、水温や油温にも徐々に限界が近づいているのであろう…という事は悟っていた。

だがそんな皇帝自身、時雨の速さが更に増している事には薄々勘付いていた。

もはや自分が敵う事のない、とんでもない可能性を持った相手なのかもしれない…そう皇帝は認識した。

相手の走りや自らの感情、天気や路面状況すらも味方に付けてしまう…

ここまでの可能性を秘めたドライバーが、自分の知っている人間にいただろうか。

もし彼女に、自分の想像を超える可能性があるというのであれば…箱根の皇帝として、そして彼女の事を良く知るものとして…彼女の事を、見届けてみたい…

そんな思いが、皇帝にも生まれつつあった。

 

「(奴はどこまで速くなれる…?)」

皇帝自身時雨の限界については興味を持ち始めていた。

ここまで来ると戦うべき相手というより、彼女が速くなっていく姿を見届ける師匠と弟子のような関係になっていた。

速度は190キロ近い速度で2台はもつれ合いつつも、第4コーナーの右ヘアピンへと迫ろうとしていた。

 

「「―――!!」」

ブレーキをフラッシュさせた2台が、最低限のブレーキングでコーナーに飛び込んでドリフトしていく。

前輪がドリフトラインを踏みつけた瞬間にハンドルを右に曲げたかと思いきやアクセルを踏んでカウンターを当てる2台。

RZ34がインベタ…壁との隙間数cmまで迫る中、GT-Rもインベタでラバーポールとの隙間数cmまで迫る勢いでドリフトしていく。

互いに150キロ以上の速度でインベタのラインを描きながらコーナーを走り抜けていく。

2台のタイヤが徐々に悲鳴を上げそうになる中で、互いのドライバーが限界ギリギリのドライビングでコーナーを攻めていく。

そしてヘアピンを駆け抜け、コーナー出口が迫る。

時雨と皇帝はほぼ同じタイミングでアクセルをリリースし、カウンターを当てるべく左に曲げていたハンドルをニュートラルへと戻していく。

その最中に徐々にアウトに膨れるRZ34とGT-Rは、走行レーンの真ん中に達したところで前輪がドリフトラインを踏みつける。

そして2台のドライバーが、互いにアクセルを全開に踏み込む。

下り勾配という事もあり速度は再び150キロ台から180キロ以上まで加速していく。

青い炎に包まれた2台がストレートを、まるで鬼火の如く駆け抜けていく。

 

「(油断も隙も無い…まるで奴が、開眼したかのような…)」

皇帝はそう思っていた。

2台の距離差はテールトゥノーズまで広がっていたのである。

インコースという事もあり時雨のRZ34が先行していたのである。

 

「(残るコーナーは1つ…今のマージンを維持し続けるんだ!)」

ハンドルを握り、アクセルを踏み続ける時雨はそう思っていた。

残るコーナーは左ヘアピンである以上差を詰められる可能性は高い。

だがそれでもその詰められる距離を減らすことは自分の走り次第ではいくらでも可能である…そう思っていた。

だからこそ、濃霧の中で風の音しか聞こえない中でも時雨はハンドルをしっかりと握ってアクセルを踏み続ける。

 

「(やはり、俺が見込んだ女だったという事だな…お前は)」

一方の皇帝は時雨の実力を徐々に認めつつあった。

だがそれでも諦めたという訳ではない。

残り1つのコーナーでも彼女がミスを擦ればいくらでも食らいつけるだろう…そうも思っていた。

200キロ近い中、2台の前に不二観峠下りの最終コーナーである左ヘアピンコーナーが迫る。

テールトゥノーズを維持し続ける2台の前に、最終コーナーのドリフトラインが姿を現した。

 

「「――――!!!」」

フルブレーキングで減速する2台がコーナーへと突っ込んでいく。

200キロから160キロまで減速する2台。

走行レーンの真ん中を走っていたRZ34とGT-Rがそれぞれ走行レーンの左側へと移っていく。

そして2台の前輪がドリフトラインを踏みつけた瞬間に互いのドライバーがハンドルを直角以上に左へと曲げる。

角度にして120度以上の中、アクセルを踏みつけてタイヤを空転させる。

空転する最中、2台のマシンがコーナーを白煙を上げつつ駆け抜けていく。

160キロ台という速度で2台が走行レーンのインベタになるように駆け抜けていく。

インコースであるGT-Rが徐々にRZ34との差を縮める。

パラレル状態でドリフトする2台がコーナーを猛烈な速度で駆け抜けて立ち上がっていく。

160キロという速度である以上コーナーを立ち上がる時間は数秒にも満たなかった。

 

「(ここは…絶対に、譲らない!!)」

「(フッ…退いてもらうぞ!!)」

互いのプライドと意志がぶつかり合う中、2台がそれぞれドリフトラインを踏みつける。

コーナー立ち上がり時の2台の判定…GT-Rは「Excellent +0.08m」、RZ34は「Excellent +0.02m」。

あの皇帝に対して時雨は一歩も引けを取っていない。

そしてその数cmの誤差が、2台の立ち上がりに多大な影響を与えつつあった。

2台がコーナーを立ち上がり、下り坂を下って最終ストレートを駆け抜けていく。

2台がサイドバイサイドとなる中、並走する形の全開走行でストレートを駆け抜ける。

160キロ台から200キロ近くまで立ち上がる中、2台は全くもって引くことが無い。

ゴールが近づくにつれて徐々に霧が晴れていく中で、2台は最終ストレートを駆け抜けた。

それこそまさに、傍から見ればほぼ並走状態…どちらが先にゴールしたかわからない程であったのだった。

 

「っ…!」

「(同着、か…!)」

そう。ここにきてまさかの同着。

いや、正確に言えば時雨の方が10000分の4秒という、人間ではほとんどわからないような誤差で先にゴールしていたのである。

だがカーナビに搭載されているタイマーの桁は下3桁まで。そのためタイム差は0.000秒差に四捨五入されてしまっていたのである。

チェックポイントのラインを駆け抜けた2台は減速しつつも、不二観峠の側道へと向かいそのまま最終決戦の地…第二土ノ湖峠へと向かうのだった。

するとその時だった。

 

「(皇帝が…後ろに?)」

RZ34に先行させるようにGT-Rが減速する。

時雨はそれに対してウインカーを出し、左レーンへと移動し、GT-Rを先導する形をとる。

それはまるで時雨への敬意を表すかのようだった。

時雨自身は皇帝が先着したと思っていたにもかかわらず、皇帝が自分の後ろを走っている。

どうやら先に走れと言う事らしい。

 

「(ここまでは全てが茶番だったという事だ…だがこうなった以上、最後のコースで…お前の真の力を俺が見定めてやる!!)」

RZ34が先行してチェックポイントを通過したという事を認識した皇帝は、GT-RをRZ34の後方につけてRZ34に追従するのだった。

それはやはり、皇帝自身が時雨への敬意を表したもののようであった。

 

「時雨…なんとか互角というところまで来たわ。次が最後のコースよ…!」

「わかってる…ここまで来た以上、僕は絶対にあの車に勝ちに行くんだ!!」

第二土ノ湖峠へと向かう最中、奈美子はそう時雨に伝えた。

時雨自身、ここまで来た以上必ず勝つ…そんな思いを口にして、最終コースへと移動していくのだった。

 

 

 


 

 

 

―――第二土ノ湖峠往路スタート地点(復路ゴール地点)駐車場

 

「何だと!?あの2台が ほぼ同じタイミングで霧の中の不二観峠のチェックポイントを駆け抜けて移動した!?」

「まさか…!」

「時雨君と奈美子君が…!」

スタート地点で2人のバトルの開始を見届けたギャラリーたちは既に第二土ノ湖峠の往路スタート地点…つまり復路のゴール地点の駐車場で連絡を受けていた。

四天王のうち、トオル以外の3人が時雨の実力と状況を聞いて驚きつつも情報を受け続ける。

箱根の各地を巡ったバトルも遂にクライマックスが迫る中、ギャラリーたちが状況の変化を刻々と聞いているのだった。

 

「ここまであいつは皇帝に対して一歩も引かないバトルをしてるのか…やるな」

「くおお~~っ、時雨ちゃん…マジスゲェよ!!ここまで皇帝とほぼ互角の勝負が出来てるなんて…!俺たちも特訓に付き合った甲斐があるってもんだぜぇ!!」

「ヒロシ、あんた最後の最後に振り切られただけじゃない…」

「あ、はは…」

トオル、ヒロシが時雨の実力に感心する中、トーコは冷静にヒロシに突っ込みを入れる。

ハルカはそれらに対して苦笑いをするだけだった。

 

「こうしてはおられんな…おい!貴様ら早く来い!!」

会話の最中、ジュンの声掛けを筆頭にギャラリーたちがゴール地点へと足を動かしていく。

 

「お、おい…!」

「何を…!?」

「あの2台がもうゴールに近づいてるんだ!決着の瞬間を見届けるぞ!」

「おっしゃあ!!あたい達も行こうじゃないかい!!」

「ち、ちょっとイズミ!!…ああ、もう!」

「ミーたちも急ぐデース!!」

「あー…すぐ行くべきだなこれは…」

「やれやれ、皆元気だな…」

「どんな結果になるか、あっしも見届けさせてもらいやすよ…!」

四天王の各チームの幹部たちがゴール地点へと足を運んでいく。

 

「ヒロシさん!早く行きましょう!!」

「お、おう!こうしちゃいられねえぜぇ、俺たちも早く行こうぜぇ!!」

「え、ええ…」

ギャラリーたちが一斉にゴール地点へと歩みを急ぐ中、ハルカは何かを思うように呆然としていた。

 

「ハルカ?」

「ハルカちゃん!特等席がとられちまうぜぇ!!早く行こう!!」

「あ、は、はい!!」

ヒロシの呼びかけに反応したハルカも急いでゴール地点へと走っていく。

そしてそんな最中、ハルカは静かにこう呟くのだった。

 

「時雨さん、奈美子さん…頑張って…!私たちは、みんなお二人の仲間ですよ…!」

 

◇ ◇ ◇

 

数分後。

2台のマシンは遂に最終コースである第二土ノ湖峠の復路スタート地点へと近づいていた。

この時点で霧は晴れており、視界はクリアになっていた。

 

「(まさかここまでお前たちが俺と互角に争うとは思っていなかった…だが、お前たちの命運もここまでだ)」

皇帝は時雨たちの実力を認めつつも、「最後に勝つのは俺だ」と言わんばかりにそう思っていた。

ここまでほぼほぼ互角…いや、時に自分以上の走りをしたあのドライバーは、正しく自分と同等…それ以上の実力を持っているというのは言うまでもないだろう。

だが最後に勝つのは自分自身である。自分こそが皇帝に相応しい…そう皇帝は思っていたのだった。

だからこそ、最後の最後にとどめを刺して最高のフィナーレを迎える。そんな事を皇帝は狙っていた。

だがそこまでの体力が自分にあるかどうか…そこが最大のアキレス腱であった。

 

「はあ…はあ…」

一方の時雨はもはや限界に近い状態だった。

ここまで7コースとはいえ、どのコースでもほぼほぼ全力の走行を、2時間近くぶっ通しで行ってきたのだ。当然疲労が蓄積される。

だがここまで粘ってきた以上、最後の最後で折れて無様な敗北なんてものはもっと許されない。

それは奈美子の為にも、自分たちを支えてくれた人々の為にも、ここまで戦ってきた人々の為にも、そして自分自身の為にも。

最後の気力を振り絞って皇帝に肉薄する。

そう思った時だった。

 

「時雨!」

「…奈美子」

ここにきてずっと自分の横に座っていた相棒が声をかけてきた。

一体何事かと思って時雨は相棒の名を口にした。

 

「わかっているとは思うけれど、これが最後のコースよ…あなたの全力を出して、兄さんより速く…ゴールを走り抜けて!」

「奈美子…わかってる。ここまでずっと走り続けてきた以上、僕は負けない…!」

時雨が決心を示し、前方に視線を集中させる。

湖畔を走っていた2台の前に遂に最終コースのスタートラインが見えた。

ハザードランプを点け、後続のGT-Rにスタートの合図を知らせる。

それを確認したGT-Rはすぐさま右レーンへとGT-Rを移動させ、RZ34と横並びの状態になるのだった。

 

推奨BGM:NO WAY HOME(from Initial Dave Eurobeat Series Vol.5)

「(ここが最後のコースだ…全てにケリをつけてやる…!)」

「(僕自身限界が近いのはわかっている…でも、最後の最後まで諦めない!!)」

夜闇を走る2台の前に、門のような形で道路情報版が迫る。

そしてそこの下を数メートル走ったところがスタートラインだった。

速度を50キロにキープし、遂に最後の戦いの幕が切られようとしていた。

 

「(僕自身多くの人々に支えられてきた以上、負けることは絶対に許されない!勝つことこそが…僕たちを助けてくれた皆への、最大限の恩返しなんだ!!)」

「(フッ…さあ、お前の全力を見せてもらおうか!!!)」

2台の前に道路情報版の下をくぐった2台が、横並びの状態でスタートラインを踏み出そうとしていた。

 

「「―――!!」」

2台が同じタイミングで最終コースのスタートラインを踏みつけ、アクセルを全開にストレートを駆け抜けていく。

50キロから一気に170キロ以上まで加速した2台は、サイドバイサイドの状態で第1コーナーの右高速コーナーへと突入する。

 

「っ…!」

「……!」

アクセルリリースからハンドルを右に曲げて、再びアクセルオンからカウンターを当てるべくハンドルを左に曲げる2台。

2台のマシンが170キロ以上で、雨が止んで乾いていた道路を駆け抜けていく。

シンクロ状態で走り抜ける2台だが、インコースであるGT-Rが先手を取る。

 

「(内側である以上、逃げさせてもらう…!)」

第1コーナーの出口が迫る中でもハンドルを軽く左に曲げつつ、カウンターを当てながらもドリフトし続けるGT-R。

どうやら第1コーナーと第2コーナーを一体にまとめて駆け抜けてしまおうという魂胆のようである。

第2コーナーも右ヘアピンコーナーである以上、そのままドリフトしたほうが合理的であるとでも考えたのだろう。

第1コーナーと第2コーナーの間もGT-Rは白煙を上げ続けていた。

 

「(残り少ない区間で、ゴール直前にタイヤを使い切るようにする…!)」

一方の時雨は第1コーナー出口直前でアクセルをパーシャル状態にまで調整し、ハンドルをニュートラルに戻す方法を取った。

そしてコーナー出口のドリフトラインを踏みつけた瞬間に再びアクセルを全開にする。

2台はGT-Rがボンネット部分だけ先行した状態で第1コーナーを立ち上がり、直ぐに第2コーナーの右ヘアピンコーナーへと迫ろうとしていた。

 

「(ここで更に差を付ける…!)」

「っ……!」

ドリフトし続ける皇帝のGT-R、グリップ状態から再びドリフト状態に入ろうとする時雨のRZ34。

第2コーナー直前でドリフトし続けていたGT-Rは最低限の失速で第2コーナーをインベタの状態で駆け抜けていく。

一方の時雨もブレーキをフラッシュさせ、RZ34を左に軽く向けたかと思いきや一気に右に切る。

160キロ台まで減速し、前輪がドリフトラインを踏みつけた瞬間にアクセルを全開に踏み込む。

後輪が空転する中でハンドルを左に切り返して走行レーンの右端へと移るようにドリフトしていく。

アウトインアウトのラインを描いたRZ34は、ラバーポールとの隙間数cm単位という限界ギリギリのドリフトでGT-Rに肉薄する。

先行するGT-Rのテールライトを追いかけるべく、アクセルを全開に踏み続ける。

 

「(残りのコーナーで全力で攻めてくるか…いいだろう…!)」

先行する皇帝もアクセルを踏み続けてGT-Rをドリフトさせ続ける。

速度は170キロ台を維持して、ヘアピンコーナーの壁に接触しているかと言ってもいい程まで攻め続ける。

 

「(――逃がさない!)」

全身の血液が沸騰せんと言わんばかりにアクセルを踏み続ける。

170キロ以上という猛烈な速度でドリフトする中、RZ34をラバーポールとの隙間数cmから徐々にアウトへと膨らませていく。

膨らませていく中で周りの音が徐々に風を切る音しか聞こえなくなる。

 

「「―――!!」」

先に第2コーナー出口のドリフトラインを踏みつけたのはGT-R。

ハンドルを左に戻していながらもパーシャル状態だったアクセルを再び踏みつけて立ち上がっていく。

そしてそのまま連続する第3コーナー…左ヘアピンコーナーへとマシンを振り返す形で突入していく。

一方テールトゥノーズの状態で追いかけるRZ34も、ほぼ同じ状態でマシンを振り返してコーナーを立ち上がっていく。

そしてRZ34もGT-Rに追従する形で第3コーナーへと突入する。

 

「……」

「っ……!」

第3コーナー直前で再びアクセルオフにしたかと思いきや、ドリフトラインを踏みつけた瞬間にアクセルを全開に踏み込んで更にタイヤを空転させる2人。

空転する最中ハンドルを左から右に切り返してカウンターを当てる。

先行するGT-Rはカウンターの舵角は抑え目に、走行レーン左端のラバーポールとの隙間数cmまで迫る勢いでドリフトしていく。

一方のRZ34はカウンターの舵角をGT-Rよりも増した状態で、走行レーン中央に存在するレール上をグラインドするようにドリフトしていく。

2台が白煙を上げる中、インコースであるRZ34が徐々に差を詰めていく。

ヘアピンコーナーをパラレル状態で2台はドリフトしていく。

 

「(最後のひと踏ん張りである以上…!)」

ここで攻めて並走状態に食らいつかないと最後の最後で振り切られてしまうかもしれない。

そう時雨は思っていた。そしてそう考えるとやるべきことは1つだった。

並走状態の2台の前にコーナー出口のドリフトラインが迫る。

アクセルオフからカウンターを当てていたハンドルをニュートラルへと戻していく2人。

そんな中で、時雨は右手親指をハンドルに取り付けられているニトロスイッチへと無意識に動かしていた。

そして2台がほぼ同じタイミングでコーナー出口のドリフトラインを踏みつけた瞬間だった。

 

「「―――!!」」

時雨はハンドルに取り付けられていたボタンを押していた。

2台のマシンがどちらもExcellent判定を出す中、ニトロを使ったRZ34はGT-R以上の推進力を得てストレートを立ち上がっていく。

RZ34150キロ台から200キロオーバーまで加速する。

だがそんな中で時雨にはある変化が生じていた。

 

「(蜜柑の香りと…雨…!?)」

ニトロスイッチを押して立ち上がっていく中、不思議と芳香剤の匂いが強くなるのと同時に目の前に雨粒が落ちてくるのがわかった。

それもかなり大きな雨粒である。

その雨粒はいきなり現れた…文字通りのゲリラ豪雨と言ってもいい程まで増していく。

だがそれでも時雨にとってはその雨は違和感のある物だった。

タイヤの動きを感じ取っていた時雨にとっては、タイヤが張れた状態と同じような感覚だったのである。

仮に大雨でニトロを使ったならタイヤがスリップしてしまうのではないか…そう考えると、この雨は明らかな違和感しかなかった。

 

「(あの時と…同じ…?)」

Dr.ソウイチとの戦いにおいて生じていた「幻覚の雨」。

その現象が、200キロオーバーで駆け抜ける時雨の視覚に生じていた。

そしてそれと同時に、全身の感覚が体から抜けていく…文字通りの生気を失いかけた状態になっていた。

だがそれでもアクセルを踏み続ける事だけはやめていない。

後方にいるGT-Rを振り切らんと言わんばかりにアクセルを踏み続ける事だけはやめなかった。

いや、正確に言えばアクセルを踏み続けた状態で体全体がロックされて制御不能になっているというべきか。

目の前に第4コーナーである左直角コーナーが迫る。

だが、彼女の世界は狭まり、周りの音がほとんど聞こえなくなり、体の制御が効かない状態でRZ34は第4コーナーへと突入しかけていた。

 

「(やめろ…行くな…!そっちじゃ、ない…!)」

何とかして車のブレーキを掛けないと、ハンドルを曲げないとコースアウトしてしまう。

だが両手両足が動く気配は全くなかった。

ダメだ…最後の最後でコースアウトしてしまう……!!制御が出来ない…!

声すら上げることが出来ない中でそう思いつつも目の前の情景がスローモーションに感じる。

そして更には視覚や聴覚にも更なる異常が生じようとしていた。

制御不能の状態の最中、視野が狭くなっていた時雨の視界が突如として真っ白になっていく。

更に白くなる直前にはキイインとマイクのハウリングに近い音が時雨の両耳を貫いた。

文字通りのホワイトアウト…そう言うべき状態だった。

 

それこそ、時雨を以前襲ったあの現象と言っても過言ではなかったのであった。

 

 

 


 

 

 

推奨BGM

「水面、水中…警戒を厳に!!」

ホワイトインからその声に気が付いた時、自分がいたのは嵐の中だった。

水上を、自分を含め4人の少女が滑走していく。

黒髪ロングの少女、白髪ショートの少女、藍色ショートの黒鉢巻を頭に付けた弓を持つ少女、そして自分。

どうやら危機的状態に自分たちはあるようだ。そんな中で護衛対象である藍色ショートの少女が離れていく。どうやら退避するようだ。

黒髪の少女がそう言ったのと同時に、自分が持っている装備からしても敵が近づいているのがわかった。

どうやら…自分は戦場、それも第一線に来てしまったのかもしれない。

仮眠の時に見ていた悪夢の続きなのだろう。

護衛任務である以上自分たちに敵が押し寄せてくるのは自分でもわかった。

そして自分たちを狙って水中に魚雷が複数押し寄せているのを認識する。

 

「(よりにもよって大事な時に…!!)」

まさか最後の戦いにおいてもこの現象が起きてしまうとは時雨は全くもって思ってはいなかった。

だが何とかしてこの悪夢を振り払い、元の場所に戻るしかない。

その為にはこの戦いを何とか乗り切る必要がある。

そう思うと時雨は嫌でも戦闘していかなくてはならないと思うのだった。

 

「(水中に魚雷が…っ!!)」

夜闇の中でも自分たちを敵が狙っているというのは自分でもわかった。

それがわかった以上迎撃しなくてはならないというのは直感でも感じていた。

砲弾が出る装備…単装砲というのか…を構えて水中の魚雷を狙い撃つ。

だが、当たらない。

そうなると自分が背中に纏っていた武器に付けられていた副砲で今度は複数の砲弾を発射する。

護衛任務を完遂するべく…悪夢から目を覚ますべく、嫌でも体が動いていた。

結果は何発かが命中するも数発を撃ち漏らしている。

 

「ぐっ…!」

白髪の少女が歯ぎしりと言わんばかりに声を荒らげる。

どうやら一部の魚雷が被弾してしまったようだ。

大きなダメージはないように思えるが、大丈夫か?

だが、次の瞬間少女はこうも叫んだ。

 

「今度は右です!」

「囲まれてるな…群狼ってやつか!!」

先ほどまでの方向とはさらに右を向いたところに、次の敵陣が現れていた。

明らかに自分たちは四方八方から狙われていた。

明らかにまずい。

先行する少女たちに振り切られんと、水中に落とす用の爆弾…らしきものを落とし、全速力でとにかく前へと進んでいく。

だが前に突き進まんとしたその瞬間だった。

 

「時雨ッ!!」

「!?」

そこにはいない少女たちの声が、時雨に聞こえた。

誰かがいるのかと思った自分は右後方を振り向いたが、当然誰もいない。

だが、自分を突け狙って複数の魚雷が接近しているのだけは分かった。

単装砲を持ち、後方からの追っ手を何とかまかんと言わんばかりに爆弾を投下する。

当然、魚雷を回避することも忘れない。

爆弾を落として数秒して、爆発と共に水中の追っ手を1体ほどであろうが撃破したようだ。

 

「やるな…」

「まだ複数いるようです、油断しないでください!」

黒髪の少女が感心する一方で、白髪の少女が更に警戒を促す。

 

◇ ◇ ◇

 

「くっ…!」

再び気が付くと、先ほどまで水中に落としていた爆弾がどうやら弾切れになってしまっていたようだ。

だがまだ敵はいる。

そして敵が水中から自分を突け狙っているというのは自分でもわかった。

 

「(くそっ…!!)」

こうなった以上とにかく魚雷を避けまくって逃げるしか手立てはない。

だが次の瞬間だった。

自分が装備しているであろうレーダーが、自分の前方にも待ち伏せと言わんばかりに待っているのがわかった。

前門の虎、後門の狼。

明らかな絶体絶命だった。

 

「(なんで、そっちにいるのさ…!)」

フラッシュバックする過去の記憶。

魚雷を食らって海の底へと沈んでいく記憶。

全てを失ってあの悲しい海へと沈んでいく自分の姿がフラッシュバックする。

夢の中で更にフラッシュバックするとは、自分でも嫌なものだとつくづく思う。

だがその瞬間だった。

 

推奨BGM:Sands of Time 2020(from EUROBEAT FESTIVAL vol.13(原曲:電車でD LightningStage))

―――キンコン。キンコン。キンコン。

 

「(えっ…?何、この音……?)」

それは、自分が聞いたことのないと思うような音だった。

だが、その音は聞いているうちに自分に何かを思い出させるかのような音だった。

 

『時雨ちゃん、お願いだぜぇ~。息抜きついでに俺様のハチロクちゃんに乗ってみてくれよぉ!俺、時雨ちゃんに一歩でも近づいておきたいんだよぉ!!休憩がてら頼むぜぇ!!』

会話がフラッシュバックする。たしか決戦の前の自主練前に現れたヒロシに、「ハチロクに乗ってくれ」と言われたような?

 

『うおおおお~~~っ、し、時雨ちゃん!!ブレーキブレーキィィィィィ!!!俺のハチロクちゃんは時雨ちゃんの車よりもブレーキは弱いんだよぉ~~!!!』

アフロ男の悲鳴がフラッシュバックする。

だがそれと同時に…先ほどと同じような音が、ダッシュボードから響いていたような?

その時速度は…100キロオーバーだった、ような気がする。

それくらい速度を出した時にこんな音がしたような?

 

その音は時雨にとってどこか懐かしい音だったが、同時に何かを思い出させるかのような…そんな音だった。

だがそれが、なぜ今?

一体なぜここで幻聴として聞こえるのか?

するとそう思った時だった。

 

「―――!!」

はっとした。

自分が最後の最後まで取っていた、それの存在を時雨は思いだしたのである。

そして自分の腰の部分に装着していた箱を取り出して開き、そのままその中身を海に向かって投げつけた。

 

「(これで…!)」

そう。仲間が「自分じゃ役に立たないから」と言って自分に渡してくれた武器。

それこそが、先ほどまで水中へ投下していた爆弾と同じ…いや、正確にはさらに性能が上がっている爆弾だった。

 

「―――やまない、雨はないさ…ないんだ!」

何かそう思い出したかのように時雨はそう呟いた。

水中に投げつけた爆弾は水中で爆発し、敵を撃墜、追っ手を撒く事が出来た。

先ほどまで散開していた3人の少女たちとも合流し、嵐の先へと向かう。

だがまだ嵐は収まらない…と思った時だった。

 

―――キンコン。キンコン。キンコン。

「(―――まただ!)」

 

再びあの音が自分の耳に響いた。

音の正体は分からないが、まるでこの音はレーダーの警告音のようだ…幻聴にしては都合がいいようにも思う。

すると時雨が前方を確認した時だった。

 

「みんな、12時の方向…!?」

前方の雲の切れ目から太陽の光が覗かせた。

そしてその切れ目の下の水上に、4つの人影が見えた。

自分たちよりもさらに小さい少女たち…だがどうやら自分たちの援軍のようだ。

 

「雨が、止んだ…!」

どこか安堵するように時雨はそう呟いた。

 

◇ ◇ ◇

 

「逆探、反応認めず…!」

黒髪の少女がそう断言したところで再び意識が戻った。

 

援軍が到着した後についてはは言うまでもないだろう。

援軍の少女たちの手により残存戦力の殲滅に完了。

間一髪時雨たちは、敵軍の襲来という窮地を乗り越える事が出来たのだった。

 

「時雨…」

藍色の髪の少女が、笑顔で左手を自分の右肩にポンと乗せた。

それに対して時雨は軽く微笑んだ後、時雨はこう呟くのだった。

 

「雨が……上がったね」

そしてそう言ったところで太陽の光が徐々に眩しくなっていく。

やがて時雨の目の前は再びホワイトアウトするのだった。

 

 

 


 

 

 

 

推奨BGM:FAST LANE(from THE BEST OF SUPER EUROBEAT 2023)

「―――――!!」

再びホワイトインした時、第4コーナーの左直角コーナーを立ち上がった瞬間だった。

数時間にも感じられた先ほどの感覚は、どうやら実際はほんの一瞬のだったようだ。

エアコン部分に取り付けられていた芳香剤による柑橘類の香りが口と鼻から体内に入ってきたことで、自分は夢から戻ってこれたかのような感覚になった。

だが一瞬の夢であっても、自分には何かを思い出したかのような感覚にあった。

そして最後の大勝負に出るべく、時雨は意識のすべてを両手両足に集中させる。

 

「(さっきのあれは…いや、今は考える余地はない…でも!)」

先ほどまでの幻覚についてはもはや考える余裕は時雨にはなかった。

目先の事に集中する以外何も選択肢はないのだ。

だが彼女の意志はもうハッキリと前を向いていた。

もう何も迷う事はない。

自分の走りをしてあの皇帝に勝ちに行く…その意志は完全に固まったのだった。

 

「(さあ、皇帝…!これが…多くの人々に助けられながらも、自分の手で道を切り開いてきた…僕の、『箱根の時雨』の走りだ!!僕は…あなたに勝ちに行く!!)」

トンネル区間に入り、GT-Rが右後方にいる間でもアクセルを踏み続ける。

 

「(残りのコーナーは4つ…最後の賭けに出させてもらおう!!)」

最終コースの大博打。

先行するRZ34に対し、皇帝も最後の大勝負に出ようとしていた。

2台の前にトンネル内の右直角ロングコーナーが迫る。

 

「(っ…!)」

「―――!!」

最後の賭けに挑まんと言わんばかりにアクセルオフでハンドルを左に切ったかと思いきや、ブレーキングと共にすぐに右へと切り返す時雨。ドリフトラインを前輪が踏みつけた瞬間にアクセルを踏み込むのも当然忘れない。

一方の皇帝も必要最小限のブレーキングでハンドルを一気に右へと曲げる。そしてそのままアクセルオンでコーナーへと切り込んでいく。

ドライバーたちの全身が炎に包まれるような感覚の最中、青い炎に包まれた2台のマシンがシンクロ状態でコーナーを駆け抜ける。

速度としては160キロ台という明らかなオーバースピードにも関わらず、ドライバーたちはアクセルを踏み続ける事をやめない。

だがそれでも2台の走行ラインには明らかな異変が起きていたのだった。

 

「(詰め寄って来てるけど…追い抜かない?いや…外側に膨れている?)」

長いインコースである以上自分が不利なのは言うまでもない。

だが皇帝はもっとスムーズに追い抜くのではないか?そう思っていたが、実際はサイドバイサイドの状態が精一杯になっているようだった。

一体何が起きているのか?

 

「(マシンがアウトに膨れて速度が伸びない…タイヤマネージメントを誤ったか…!)」

ここにきてマシンの純粋な性能差がバトルに影響を及ぼし始めていた。

GT-Rの車重、1760kg。RZ34(Version ST)の車重、1590kg。

純粋に考えて170キロもの車重差は、知らず知らずのうちながらも確実にマシンのコンディションへと影響を及ぼしていたのだった。

タイヤが悲鳴を上げているのはRZ34もGT-Rも同じ。だが100kgの車重差が、RZ34以上にGT-Rのタイヤを摩耗させる大きな原因となっていた。

結果として誘発されていたのはアンダーステア同然の状態。

フルスピードでありながらも確実にマシンの限界を超えていたGT-Rは、走行レーンのアウトに膨れるような形になっていたのだった。

サイドバイサイドの状態を維持しながら、2台がコーナーの中間部を駆け抜けていく。

 

「(…だが!!)」

そう思った瞬間、皇帝はハンドルのニトロスイッチを押す。

160キロ台だったGT-Rは一気に200キロまで加速する。

アンダーステアを誘発しながらも推進力を得たGT-Rはコーナーの後半にかけてRZ34をオーバーテイクしたのだった。

 

「時雨…っ!?」

奈美子が慌てたように声をかける。

だが、時雨は全くもって冷静だった。

先ほどまでの追い抜かれなかったことを考えると、自分にもまだチャンスはいくらでもあると思っていたのである。

 

「(全身が熱い感覚もタイヤのグリップもまだ残っている…!!)」

車間距離が開く中、それでも時雨はアクセルを踏み続けてカウンターを当て続ける。

先行するGT-Rに対し、自分はミスをせずに駆け抜ける事を選んだ。

時雨の目の前にコーナー出口のドリフトラインが迫る。

 

「(―――邪魔だ、退け……!!)」

何処かで聞いたかのようなそんな言葉を強く思いつつ、アクセルリリースからハンドルをニュートラルに戻した時雨は、ドリフトラインをRZ34の前輪が踏みつけた瞬間に再びアクセルを踏み込む。

判定…「Excellent +0.01m」。

ほぼ完璧なタイミングでドリフトした時雨は、170キロ台から180キロ台まで加速していく。

車間距離の広まりは収まったが、先行するGT-Rはトンネルと橋を抜けて第6コーナーの左ヘアピンコーナーへと接近していた。

だがその速度は明らかなオーバースピードと言っても過言ではなかった。

 

「(GT-Rは、曲がれるのか…?)」

「(…曲げるしかない!!)」

時雨、皇帝の両名とも明らかに焦りの色が出ていた。

最後の最後の賭けに挑んだ皇帝だが、ここから先は最後の1本を使って逃げきらなくてはならない。

だがヘアピン直前でブレーキを踏み込んだ瞬間だった。

 

「(っ…!?ブレーキの効きが…!!)」

タイヤの次は遂にブレーキングにも影響が出ていた。

ここまで全開走行で挑んだ結果、ブレーキパッドは間違えなく擦り減っていた。

結果としてブレーキは重いマシンを受け止め切る事が出来ず滑走同然の状態になってしまう。

咄嗟の判断でサイドブレーキを引いて、無理くりマシンをドリフト態勢へと持っていく。

200キロ近い速度から150キロ台まで減速する事は出来たが、一歩間違えたら制御不能同然のGT-Rはドリフトラインを越えて完全なアンダーステアで走行レーンの外側へと膨れていく。

 

「(ダメだ…アウトに…!!)」

アクセルを踏み続け、カウンターを当てる中でほぼ道路に対して垂直になるかの際どいアングルで突入するGT-R。

だがそれでもタイヤが悲鳴を上げていたこともあり、マシンはアウトへと膨れてしまう。

そして次の瞬間だった。

 

ガン!!

「っ……!」

ついに限界を上げていたマシンの右リアが壁へと接触してしまった。

なんとかクラッシュには至らなかったものの、左向きの力を与えられたGT-Rは、一気に左向きから右向きへと向きを変えてしまう。

だが

 

「(…直ドリで抜けるしかない!!)」

ハンドルを左から右へと切り返し、再びドリフト状態を維持しながらアクセルを踏み続ける。

130キロ台まで減速してしまったGT-Rを、再び加速させてドリフト状態を維持させる皇帝。

だが、後方からは間違えなく追撃の影が迫っていた。

 

「(―――攻め込め!!)」

第6コーナー直前でブレーキをフラッシュさせ、ハンドルを左に切ったかと思いきやカウンターを当てるべくすぐに右へと切り返す時雨。

アウトコースからクリッピングポイントを狙ったハンドルさばきにより、走行レーン目いっぱいのアウトインアウトを披露する。

タイヤが限界に近い事は時雨自身も感じていた。

だがそれでも、最後の最後に攻め込まないと勝てない。

それを悟った以上、限界まで攻める。

攻めて攻めて奪われたリードをひっくり返す。

下手をしたら意識が吹き飛んでしまうような、全身が炎に包まれた感覚の中で時雨はただマシンを操縦する事だけに集中していた。

前輪がドリフトラインを踏みつけた瞬間にアクセルを全開に踏み込み、後輪を空転させる。

速度が150キロ台まで落ちる中、GT-Rを狙い撃つようにRZ34を必要最小限のアングルでドリフトさせる。

車1台分まで広がっていた車間距離は一気に縮まり、遂に目と鼻の先までGT-Rが迫っていく。

白煙を少しだけ上げつつもドリフトするRZ34を操縦し、直線ドリフトしているGT-Rへと肉薄する。

コーナー出口のドリフトラインが迫るのと同時に一気にハンドルをニュートラルに戻し、最小限の滑走を持ってコーナーを立ち上がる。

 

「(バカな…!)」

「(―――行ける!!)」

直線ドリフトしているGT-RをRZ34はそのままオーバーテイク。

170キロという速度で立ち上がったかと思いきや、2台はテールトゥノーズの状態で最後のヘアピン…第7コーナーの右ヘアピンへと突入していく。

 

「くっ…!!」

「っ…!!」

2台のドライバーが歯ぎしりする中、RZ34が先行してコーナーに突入する。

ブレーキングからハンドルを右に曲げ、完璧なタイミングでアクセルオン。

だがその瞬間だった。

 

「(外に…膨れる!)」

限界状態になっていたRZ34も、遂にタイヤが悲鳴を上げる。

完璧なタイミングでドリフトしたのはよかったが、マシン自体が悲鳴を上げていた。

タイヤのグリップが殆どない中、RZ34はアンダーステアで外に膨れていく。

そんな中で時雨はハンドルを右から左へと切り返し、何とか膨れないようにしつつもドリフトするのだった。

左端の壁との隙間数cmという間一髪でありながらも、何とかコーナーを駆け抜ける。

 

「(もらった…!)」

一方、直線ドリフトしていた皇帝はブレーキを踏むことなくコーナーへと突入していく。

外側に徐々に膨れていくものの、それでも時雨の様に外側に膨れすぎるという事はなく、クリッピングポイント近くを駆け抜けて立ち上がっていく。

 

「(次が…)」

「(最後…!!)」

そう思った瞬間、互角の勝負を演じていたRZ34とGT-Rが最終コーナー直前で並走状態になった。

 

「き、来たあっ!!」

「2台が並んできてる…!?」

「時雨…!!」

ゴール直前、2台の様子を見たギャラリーが声を荒らげる。

最終コーナーである左高速コーナー直前。

2台はもつれ合い、本当の最後の大勝負に出ようとしていたのだった。

 

「(逃がしはせん!!俺は…皇帝だ!!)」

「(これが…最後だ!!)」

2台が並走し、最終コーナーに突入する。

アクセルオフからハンドルを左に曲げる2人。

だが、アクセルを同じタイミングで踏み込んだ瞬間だった。

 

「「―――!!」」

時雨と皇帝のどちらもが、ハンドルのニトロスイッチを押すのだった。

RZ34の立ち上がり速度が160キロ、一方で皇帝の立ち上がり速度が165キロ。

ほんのわずかの差ではある物の、速度上リードしている皇帝がさらに加速力を得てコーナーをドリフトしていく。

 

「時雨ちゃんがニトロを!!」

「こ、皇帝もニトロを使ってやがるっつーの!!」

「くそっ、ダメかあ!?」

ギャラリーたちが次々と声を上げる。

 

「(悪いが…皇帝の座は、譲れない!!)」

最終コーナーを抜け、遂に2台が最終ストレートを立ち上がっていく。

ニトロの性能は互角だが、第7コーナーでの速度差が確実にGT-Rをリードさせるのだった。

230キロ以上まで加速する2台。だが最後のストレートにおいてもGT-Rの方がボンネット部分だけリードをしていた。

そしてその差は縮まる事が無いように思われた。

このままでは間違えなく時雨が負けてしまう…

ここまでの積み重ねのすべてが無駄になってしまう…

そう誰もが思った瞬間だった。

 

「(―――ニトロが!?)」

「(もう一回…僕に、チャンスを!!)」

2台のニトロが切れたのはほぼ同じタイミングだった。

240キロから皇帝のGT-Rが失速していく。

当然、時雨のRZ34も失速していくだろう…

誰もがそう思った。

だが、次の瞬間だった。

 

「(僕の真実を暴くためにも―――通してもらう!!!)」

「(な、ん…だとォ…!?)」

時雨はもう一度ハンドルのニトロスイッチを押すのだった。

二重で使われたニトロにより、RZ34は230キロから一気に250キロ…260キロ…270キロと加速していく。

 

「(…最後の1本を温存していたというのか!?)」

皇帝の戦略ミスと言っても過言ではないだろう。

時雨は最後の最後にニトロを温存し、それを最後の切り札として使ったのである。

当然、そんな切り札を使われてしまった以上、失速するGT-Rに対してRZ34はとどめを刺さんと言わんばかりに加速していく。

そしてその勢いのまま、真横にいたGT-Rをオーバーテイクする事に成功したのである。

 

「さ、さらにニトロを使ってやがる!!」

「あの調子なら…!」

「行けーッ、時雨ぇぇ―――!!」

「そのままだァ―――!!そのままぶっちぎれえぇぇえ――――!!!」

「時雨君…いくんだ―――!!!」

「時雨さん…!!」

ギャラリーが歓喜にも近い声を上げつつ、勝負の行方を見届ける。

 

「(走れ…もっと、速く―――――!!!!!)」

「(…まさか……!)」

最終ストレートを270キロ以上という速度で駆け抜けていくRZ34。2つのニトロを連続噴射した事により、RZ34は限界までマシンを加速させていく。

RZ34のエンジンが限界寸前まで追い込まれる中、ニトロ切れで失速したGT-Rは220キロから徐々に失速してRZ34に更なるリードを与えるのだった。

もはや誰が見ても勝負はついていた。

 

「…………!!!」

「(強く…強く、なったな……時雨…)」

そう互いに思った瞬間、RZ34はゴールラインを駆け抜けた。

RZ34のテールとGT-Rのノーズに車間距離が0.5台分程開く中、RZ34は見事な勝利を収めるのだった。

 

「ゴォォォール!!!Zだぁああーーー!Zが勝ったぁーーー!!」

270キロという、今までにも出したことのない速度を記録してRZ34は、GT-Rに対して圧倒的な差を付けて勝利した。

そしてその瞬間、時雨は肩の重荷が全て解かれたかのような…そんな感覚に陥っていたのだった。

280キロ近い速度から魂が抜けたかのように、RZ34はゆっくりと減速していく。

全てが、やっと終わった瞬間だった。

減速する車のドライバーズシートで、時雨はボーっと魂が抜けたかのように、ただハンドルだけを握り続けていた。

 

「やったーーーっ!!時雨!!皇帝に…兄さんに、勝ったのよ!!」

「………」

「時雨…!?」

奈美子が時雨に対して歓喜の声を上げたが、時雨は無反応だった。

だがふと奈美子が時雨の顔を見ると、時雨の瞳には涙が流れていた。

その涙はどうやら、「全てが終わった」というのと「勝つことが出来た」という感情が入り混じっているかのようだった。

そして奈美子の言葉に気が付いた時雨は、ようやく言葉を口にした。

 

「時雨!!」

「……奈美、子」

「終わったのよ!!全てがこれで…!!と、とりあえず車を止めましょう!!」

「あっ…あ……うん…」

200キロ以上出ていたRZ34を、徐々にブレーキを強めながら走行レーンの左端へと停車させる。

ゆっくりと減速した結果、ゴール地点からは1キロ近い距離が離れていたのだった。

ハザードランプを点けて停車した車内で、時雨はやっと奈美子に話しかけた。

 

「奈美子…」

「時雨…あなたは皇帝に、兄さんに勝ったのよ!!嘘みたいだけど、…勝ったのよ…!!」

奈美子の言葉を聞いて、時雨はやっとハッとした。

全てが終わった…やっと時雨は認識する事が出来たのだった。

 

「……うん…やっと、やっと辿りつけたんだ…!」

言葉も感極まっているのか、何と発すればいいのかわからないのか、時雨の言葉には動揺も見られていた。

それを感じた奈美子が更に言葉を続ける。

 

「時雨…泣いてるの…?」

「う、うん…やっとここまでこれたと思うと、ちょっと、色々とね…」

「時雨…あなたがいなければ、私一人でここまでは本当に来れなかったと思うわ…。本当に、本当にありがとう…!」

奈美子も感極まって涙を流していた。

だがそんな事よりも時雨の涙を拭かんと言わんばかりに奈美子はハンカチを時雨に渡したのだった。

 

「……僕は…大したことはしてないよ。僕は僕の意志で、皇帝を破ったんだ…」

「時雨…!」

すると、路肩に停車していたRZ34の前にGT-Rが止まり、運転席からドライバーの腕が出る。

そのそぶりは「ついてこい」と言わんばかりのモノだった。

 

「あれは…」

「…僕達を、先導してくれるのかもしれない。行こう」

「…ええ!」

そう言って時雨は停車していたRZ34を発進させ、GT-R共々ゴール地点の駐車場へと向かうのだった。

 

「(ああ、やっとだ…僕の心の中に降り続いていた雨が、ようやく止んだような気分だ…)」

時雨の心の中は異様なまでにスッキリしていた。

今までのもやもやが全て解かれたような…そんな状態だった。

文字通りの劇的な幕切れだった。

最終的に勝負の分かれ目となったのは、悪天候への順応性とそれぞれの車の重量、そして忍耐力勝負だったのである。

最後の最後の大勝負は、時雨の0.2秒の差を付けて勝利という劇的な幕切れを迎えるのだった。

時雨対皇帝、そのバトルは挑戦者時雨の勝利に終わった。

 

 

 

―――同じ頃。

 

「スゲェバトルだった…あそこまでの奴が、箱根にいたとはな…驚かされたよ」

「いかがでしたか?私が目に付けた訳も分かったかと思いますが…」

「……ああ、そうだな。最後の最後までの意地とプライドの強さは…もしかしたら、俺達の中でもやって行けるほどの実力かもしれねえな」

「フフフ…お墨付きを頂けて光栄です」

ゴール地点の近くで、2台の行く末を見守った2人の男と女のプロドライバーがそう互いに呟くのだった。

だが一方で…ゴールした直後、ある黒い影も近づいているのだった。

 

 

 

 

「くふ、くふふふふふふ…私を蔑ろにして侮辱した罪、許しませんよ…」

 

 

 


 

 

 

―――第二土ノ湖峠往路スタート地点駐車場。

推奨BGM

 

2台の主役が駐車場に止まり、ドライバーたちが車から降りてくる。

満身創痍と言っても過言ではない時雨は、車から降りようとしている手はおろか全身が震えているのがギャラリーたちからも見えるのだった。

それでも何とかRZ34のドライバーズシートから降りるのだった。

 

「はあ、はあ…」

明らかに疲労の色が顔に出ていた時雨は、もはや立っているのも困難と言わんばかりだった。

それを見かねたギャラリー…特に四天王の仲間たちが駆け寄り、彼女の事を皆で支えるのだった。

 

「時雨!」

「時雨!!」

「時雨ちゃん!!」

「時雨ぇ!!」

「時雨!!!」

「大丈夫ですか!?」

一同が心配そうに時雨の様子を案ずる。

 

「う…僕は大丈夫、ちょっと疲れただけさ…」

時雨は何とか大丈夫とは言ったものの、その顔には明らかに疲労の色が出ていた。

 

「脱水症状か…?誰か飲み物を!」

「お、おい!時雨ちゃん、とりあえずこのペットボトルの水飲んでくれぇ!」

そういってヒロシが未開封のペットボトルの水を取り出し、時雨に差し出した。

受け取った時雨はものすごい勢いで水を飲み込んでいく。

あまりに喉が渇いていたのであろう時雨は、あっという間にペットボトルの水を飲み干すのだった。

 

「ふう…っ」

「大丈夫時雨!?」

「う、うん。もう、大丈夫だから…」

「無理しちゃダメです!今は掴まってください…!」

「…ありがとう」

そう言ってハルカは時雨の肩を軽く支えるのだった。

支えられた時雨は何とか自分の足で立つのだった。

そして降りてきた皇帝と、奈美子と時雨、そして仲間のギャラリーが真正面から対面する。

 

「皇帝…」

「兄さん…!」

すると、2人の呼びかけに皇帝は全てを思い出したようにこう言うのだった。

 

「…俺の負け、だ。フッ、奈美子。いいパートナーを…見つけたな」

軽く微笑んだ皇帝が遂に奈美子の名を呼んだ。

どうやら本当に記憶を取り戻したようだ。

 

「…に、兄さん?やっぱり、記憶が戻ったのね!?」

「皇帝!」

「よかった、本当に良かった!!お願い、戻って来てくれるよね!?」

記憶を取り戻した事に喜んだ奈美子が更に言葉を続けた。

 

「ああ、奈美子…心配かけてすまなかった」

「兄さん…!!」

そう言って奈美子が皇帝の元へと向かい、感動の再会のあまり2人は抱き合った。

その光景にギャラリーも拍手や歓声を上げる。

 

「奈美子…本当によかった!」

「奈美子君…!よかったな!!」

「な、泣かせるではないか…!私はこう見えて、こういう場面に弱いのだ…!くぅ~!!」

「すごいバトルだった…でも、全て解決して何よりだよ!!」

「ようし、いっその事胴上げだ!!今日の主役である時雨を持ち上げろお!!」

「時雨ちゃん!お前さんが主役だぜぇ!!」

「え、ちょっと…!?」

「いいから、いいから!」

「うおおおおー!!今日のMVPを持ち上げろっつーの!!」

歓喜に包まれる駐車場において、本日の主役と言うべき時雨がまるで野球の優勝パレードで胴上げされる監督の様に持てはやされた。そしてあっという間に時雨はギャラリーの皆によって胴上げの主役となるのだった。

 

「「「バンザーイ!!バンザーイ!!」」」

「ひ、ひえぇぇぇ……」

時雨にとっては「勝った」という感情よりも「何とかなって本当に良かった」という感情が優先していた。

5回の胴上げの後、時雨は地面に足をついた。多くの人間に勝利を祝われる中、時雨は何とか皇帝と奈美子の方向へと向かっていく。

 

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「時雨!おめでとう!」

「あ、ありがとう…まさか胴上げされるなんて思わなかったよ」

すると奈美子に会話する時雨に対し、皇帝が声をかけた。

 

「お前は…時雨と言ったか。奈美子は昔から寂しがりで1人では何もできなくてな…側にいてくれたこと、礼を言う」

「に、兄さん!そんな言い方しないでよ!もう子供じゃないんだから!!」

奈美子が赤面しながら皇帝に対してそう言ったところで、時雨が返事をする。

 

「別に僕は、お礼を言われる程の事じゃないよ…ただ、僕は奈美子の為に走っただけだよ。あの勝利も、僕の力なんて些細なものさ。みんなの手助けと…あの車と、奈美子のお陰だよ」

皇帝のその言葉に対し、時雨はそう言い返すのだった。

 

「時雨…!」

「…時雨、俺はお前との約束通り、奈美子の元へ帰る。もう『皇帝』は引退だ…」

皇帝の断言に対し、時雨はおろかギャラリーの人々も動揺の声を上げた。

 

「え…?」

「お、おい!」

「マジかよ…!」

「なんと…!」

皇帝の話を聞いた時雨やギャラリーがざわつく。

するとその言葉を聞いたトーコがこう噛みついた。

 

「引退ですって!?あなた、ドライバーを辞めちゃうの!?」

「ああ…そのつもりだ。そこで1つ相談がある」

「相談?」

すると皇帝は態度を改めてこう言うのだった。

 

「時雨よ、良かったら…『皇帝』の通り名、受け継いでもらえないか?」

「え…」

皇帝の言葉に今度はアフロのヒロシが食いついた。

皇帝の話を聞いたギャラリー一同が皆ざわつく。

 

「なんだって!?し、時雨ちゃん…すげぇじゃねえか!!大事件だぜぇ!?」

「皇帝の名を…?僕が……?」

時雨は茫然とするしかなかった。

如何せん自分の為に追い求めた皇帝から、よもやその座を明け渡されることになるなんて予想だにしていなかったのである。

 

「もらってやってくれないか?アイツも…初代『皇帝』もきっと…お前のような強い奴が受け継いでくれるなら、天国で喜んでくれるだろう」

「皇帝…いや、ショウ君!グズッ、泣かせるじゃないか!!」

その様子を見ていたDr.ソウイチが流れる涙をハンカチで拭きながらそう言った。

 

「時雨、受けなよ!そして、これからも私と一緒に、もっともっと上を目指そう!世の中にはまだまだ速い奴がいるはずよ!!」

奈美子の言葉に時雨ははっとした。

皇帝を追い求めていて全てが終わった以上自分には「どこまで行けるのか」という目標があるのを思い出したのだった。

だが一方で、時雨はそれ以上に解決したい質問があるのも思い出したのだった。

 

「(忘れるところだった…僕にはまだ…明かさないといけない、謎があるんだった…)」

そう思った時雨は口を開いた。

 

「…ちょっと、待ってください」

「え…」

「時雨ちゃん…?どうした?」

奈美子とヒロシが疑問の感情を口にする一方で、時雨は視線を反らし気味に改まってこう言うのだった。

 

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「皇帝の名を受け継ぐのは…僕は、構いません。……その代わりに」

「ん?」

ここで時雨は反らしていた視線を皇帝に向けてこう言った。

 

「皇帝…いや、ショウさん。僕の質問に答えてほしい。それが交換条件です」

時雨の表情は神妙な面持ちになっていた。どうやら真面目な質問をしたいようだ。

 

「…言ってみろ」

「時雨…?」

対面する時雨と皇帝…ショウの姿に、ギャラリーたちがざわざわと掻き立てる。

そんな中で時雨は、ずっと求めていた質問を遂に口にした。

 

 

 

 

「教えてくれ…数か月前、相模湾の波打ち際に…砂浜に打ち付けられていた僕を、助けてくれたのは…あなたなのか?」

 

 

 

 

「あ…!」

「―――!!!」

時雨がそう質問を口にすると、皇帝の顔が一気にこわばったように見えた。

それはまるで、禁断のパンドラの箱を開いてしまったかのようだった。

 

「そしてもし助けてくれたと言うなら…あなたがあの時あの場所に、どのようにして僕に出会ったのかを教えてほしいんだ」

「………」

「時雨…!」

皇帝はその質問に絶句していた。

だがそんな中でも時雨は容赦なく言葉を続ける。

 

 

「あの時波打ち際に打ち付けられていた僕は、あなたのGT-Rに乗っていたという微かな記憶があって…そしてジョーカーを追っていたであろうあなたの手で、箱根の山奥の小屋に…置き去りにされたんだ。僕がここまで走り続けてきたのは、箱根で世話になった人々への恩返しと共に…あなたが僕を助けてくれたのかという、疑問を明かしたかったからだ。あなたが僕の質問に答えてくれなければ…僕は、『皇帝』の名を受け取る事は出来ない…!」

 

「…………」

「お、おい、時雨ちゃん…!今ここでそれは…!!」

言葉数こそ少ないが、皇帝は明らかに狼狽して回答に躊躇している。

ヒロシが時雨に声をかけるも、時雨の表情は一切変わらなかった。

だが、余計にギャラリーの面子…特に四天王のうち3人がざわざわと騒ぎだしていた。

 

「時雨よ、今の質問はどういうことだ!?」

「まさか時雨、お前皇帝と面識があったっていうのかい…!?」

「一体、どういうことかね!?」

「お前ら落ち着け!今はアイツに…ショウに質問に答えてもらう時だ」

ジュン、イズミ、ソウイチが時雨の疑問に驚愕する一方、トオルは分かっていたかのように制止を促す。

皇帝は明らかに動揺して回答に躊躇しているように見えた。

そんな様子に遂に時雨もしびれを切らすかのように、圧を強めてこう言うのだった。

 

「さあ、ショウさん。僕の質問に答えるんだ!!」

「兄さん…」

時雨が強く睨みつけ、奈美子は真実を教えてほしいと言わんばかりの態度だった。

そして遂に皇帝の口が動こうとしていた。

 

「…………それは…」

だが、皇帝が重い口を開こうとしたその時だった。

 

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「きゃあああーーーっ!!」

「に、逃げろ!!」

「な、何だぁ!?」

ギャラリーたちが悲鳴を上げながら逃げ惑っている。

ただ事ではないようだ。

すると、聞き覚えのあるあまりにも不快な声が聞こえてくるのだった。

 

「うおおおおおおおおお―――ッ!!!」

「!?」

「な、なに!?」

「この不快な声は…!?」

時雨、奈美子、皇帝がその声の方向を振り向く。

そしてそこにいたのは……

 

「お、おいアレ!!」

「あいつ…何でここに!?」

「…皇帝ィィィィィ!!!!!」

そこにいたのはかつて「皇帝」を名乗り、悪行三昧、酒池肉林を繰り返した挙げ句、時雨に成敗された負け犬のデブ男…ジョーカーだった。

そして右手には…金属バットが握られていたのだった。

 

「ジョーカー…!?あいつ、警察に突き出されたはずじゃあ!?」

「いいところだってのに、今更何しに来やがったんだ!?」

「こんな時に…!」

ヒロシ、トオル、時雨がそれぞれ反応する中、ジョーカーは自らがやってきた目的を吐露するかのようにこう言った。

 

「ハア…ハア…わ、私こそが真の皇帝です!偽りの皇帝など箱根にいりませんよ!このバットで…ハァ…ハァ…亡き者にして差し上げますっ!!そしてニセ皇帝に近づく者も、全部全部全部血祭りです!!!く、くふふふふふ!!さあ、覚悟なさい!!!」

ジョーカーの狂気に満ちた姿にギャラリーが逃げ惑う。

 

「に、逃げろ!」

「危ない、逃げろ!!」

「兄さん!!時雨!!危ない!!」

「よせ奈美子、来るな!!」

「っ…!」

ジョーカーは一目散に皇帝の方向へと向かっていく。

ギャラリーたちが逃げ惑う中、逃げるように指示する皇帝。

何とかしないと皇帝や奈美子が再び怪我を負ってしまう…!

だが、そう時雨が思って横にいた皇帝を両手で押しのけた次の瞬間だった。

 

「あっ」

「「えっ!!?」」

皇帝の方向へ向かおうとするも、フラフラになっていたあまり足を踏み外したジョーカーが向かう先は何と時雨の方向。

時雨の目の前に、制御不能となったその巨体が迫る。

だが次の瞬間、時雨の目の前が何もかもスローモーションに見えていく。

 

「―――――!?」

そのスローモーションの中で、時雨は自らが失っていた何かを思い出すような感覚だった。

自分の正体について、自分の過去について、全てがフラッシュバックしていく。

それはまるで、自らの視界に映像として入ってくるかのようだった。

 

世界大戦から数年後、突如として海から現れ人類を海から駆逐していった異形の存在。

大恐慌でひもじい生活を送る中、適性検査に合格して海軍へ行く自分の姿。

名前を奪われて偽名を与えられた上で部隊に配属され、訓練に勤しむ姿。

海の上を滑り、砲撃や魚雷、爆雷を用いて実戦で勝ち星を挙げていく自分の姿。

戦いの中で異形の存在を倒していく自分の姿。

戦いの中で仲間を失っていく様子。

出会いと別れを繰り返し、その末の自分の姉とも言うべき存在との別離。

あの海峡へ飛び込んだ記憶。

そしてあの海峡へと共に飛び込んだ仲間たちとの別れ。

最期の時まで共にいた唯一無二の相棒との出会い。

自分の故郷とも言うべき港の情景。

航空機輸送護衛に仲間と共々取り組み、窮地を乗り越えた自分の姿。

この国を防衛するための最後の戦いに赴いた自分の姿。

あの時共に戦った唯一無二の相棒の姿、そして仲間たち。

最後の戦いで見えた異国の支援者たち。

異形の存在が発生している地点の中心部にたどり着き、砲弾も魚雷も全てを使い尽くすまで全力で戦いつくしたものの…最後の抵抗の代償として凶弾に倒れ、海に沈んでいった自分の姿。

そして砂浜に打ち付けられた自分の姿。

全てが…全てが一本の線でつながった瞬間だった。

 

「(僕は…この時代の人間、じゃない…)」

ジョーカーの姿が迫る中、時雨の足はすくんで全くもって動く事が出来なかった。

全てがスローモーションに見える中、過去の記憶が蘇っていく。

 

「(艦娘……)」

そして記憶が蘇っていく中、自分の正体を暴くための1つの言葉が時雨の脳裏に浮かんでいた。

 

「(僕は…『時雨』、だったんだ!!)」

そう思った次の瞬間だった。

 

 

 

ぐしゃ。

 

 

 

ジョーカーは時雨を押しつぶす形で前のめりに転倒するのだった。

120キロを超える巨体のジョーカーに押しつぶされた瞬間、時雨の視界が真っ暗になったのと同時に彼女は意識を失った。

 

「時雨!?時雨―――ッ!!!」

ジョーカーに押しつぶされる時雨の姿を見て、奈美子はそう悲鳴を上げる事しか出来なかったのだった。

(第35話End。エピローグPart.1に続く)

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