「艦これ」いつかあの海で×ドリフトスピリッツ 2023 -いつかあの路で-   作:カービィ改二

39 / 40
エピローグ3話です。
ここまで長々とお付き合いいただきありがとうございました。
最後の最後の最終章、時雨はどのような決断をしたのかをお楽しみください。


Epilogue.3「Someday At That Sea -The Requiem-(いつかあの海で -鎮魂-)」

赤髪のアラタにより、時雨が経験した出来事のすべてが裏付けられた。

そしてショウから明かされた真実。

それは嘗て、ショウは「艦これ」ユーザーであり、時雨を愛していたという事実だった。

一方でショウはその因縁が現在まで続いていると考えていたのだった。

ショウは時雨へと謝罪し、「お前の願いを叶えたい」と懇願するのだった。

そして時雨は2つの願いを伝える。

自分の限界まで戦う事、そしてもう1つの願い。

果たしてその願いとは何か。

物語はクライマックスへと向かい、そして箱根の地に描かれた1つの物語がここに完結する。

 

 

推奨BGM

―――――ショウとの対談から数週間後のことだった。

対談の中で時雨は自らの願いをショウに伝え、その1つが叶えられることとなった。

だがそれは、箱根という場所には収まらないものだった。

時雨はショウたちと共に、ある場所へと向かう事になる…。

 

「日本航空より、ご案内いたします。東京からの…」

アナウンスが流れる。

一人の少女と連れの人々が階段を降り、荷物受取所へとたどり着く。

すでにベルトコンベアには荷物が流れ始めていた。

 

「(えっと…僕の荷物は…)」

右手に持った荷物タグを見ながら流れてくる荷物を同時に確認する。

すると目の前に、黒色のキャリーバッグ…東京で預けたそれが、流れてきていたのだった。

少女はそれを取り出す。

 

「よ、っと…」

慣れないキャリーバッグを引きずり、ベレー帽をかぶった私服の一人のお洒落な女性が…その地に降り立った。

するとその様子を見かねた、連れの男…ショウが支えにやってきた。

 

「キャリーバッグは慣れないだろう。俺が運ぼうか」

「…ううん、大丈夫。僕でもできるから」

「そうか…まあ無理はするな。腹は減っていないか?」

「…ちょっと、減ってきちゃった」

「フッ…そう言うと思って既に店についてはピックアップしてある。向こうに着くまで少し辛抱していてくれ。何ならお菓子もあるぞ」

「ああ、いいよ別に…そこまでじゃ、ないからね」

ショウは冷静に振る舞ってこそいれど、どこか親バカのようにも見えた。

嘗て自らが心を奪われる程までに愛情を注いだ少女なのだから、そんな風になってしまうのも無理はなかったのだが。

 

「時雨ー!兄さーん!こっちこっちー!」

「時雨、行こう」

「う、うん」

到着ロビー前の自動ドアの前に、すでに荷物を受け取った仲間たちが先に待っていた。

合流した旅人たちは、自動ドアから到着ロビーへと足を運ぶのだった。

 

「ちょっと心配だったけど…時雨が飛行機酔いしなくてよかったわ」

「僕は大丈夫だったけど…こういう乗り物って、酔うものなのかな?」

「慣れない人は結構酔っちゃうそうですよ」

「そうなんだ」

「みんな、ショップまでは送迎車よ。急ぎましょう」

「よし、行くか…ついてこい!」

「はい!」

そう言ってトオルが先導する形で、皆が到着ロビーから施設の外に出ていく。

時雨は最後尾で歩いていく中、施設から出た場所で、時雨は一度立ち止まって周りの景色を見渡した。

そして見渡した後、時雨は静かに呟くのだった。

 

「ここが…長崎、空港…」

「…どうだ?」

「…何となく、懐かしいかな」

「この空港は大村湾の上に作られているからな」

「そうなんだ…」

そう。ここは長崎空港。

この日、時雨と仲間たちは長崎へとやって来ていたのだった。

だが、軽く見渡していた次の瞬間だった。

 

「おーい時雨ちゃーん!ショウさーん!もうレンタカー屋までの送迎車出ちまうぜぇ~!」

「あっ…ごめん!すぐ行く!」

「時雨、急ごう」

「うん」

キャリーバッグを引きずり、長崎空港からその場所に向けて移動するための送迎車に乗り込むのだった。

 

◇ ◇ ◇

 

―――長崎空港近く、レンタカー店。

推奨BGM

 

 

「今回の旅は基本レンタカーだ。運転は俺が行う」

「いいのか?まー疲れたら俺にも代わってくれよ」

「私も手伝うわ」

「…では、その時はお願いしたい」

ショウが運転するという事が決まり、休憩の際はトオルが運転する事も決まった。

 

「さあ、車が用意できたみたいだ。乗ってくれ」

「了解っす」

レンタカー店の店先には既に今回乗る車であるエルグランドが止まっていた。

ドアが開いていたこともあり、3列目にヒロシとトーコ、2列目にハルカと奈美子と時雨、助手席にトオル、運転席にショウが座る事になった。

 

「それでは、お気をつけて行ってくらっしゃいませ」

「ありがとう…それでは」

ショウが店員にそう言って店を出て、待っていたエルグランドの運転席に乗ってドアを閉めた。

 

「少し時間かかったな」

「手続きもあったからな…皆、乗ったか?」

「「「はーい」」」

「時雨、大丈夫か?」

ショウは時雨がボーっとして返事をしていなかったことに気づいていた。

ショウの言葉にびくっとした時雨はどきりとしたものの、直ぐに返事をするのだった。

 

「う、うん…僕は、大丈夫」

「よし、行くとしよう」

乗客の皆がシートベルトを締めた事を確認した運転手がそう言うと、エルグランドはゆっくりと発進して店を出るのだった。

 

◇ ◇ ◇

 

―――九州横断自動車道、大村湾PA近辺。

高速道路を走り、佐世保へと向かうエルグランド。

 

「おっ、また海が見えてきたぜぇ。綺麗だなー」

「……」

「この海は大村湾っていうみたいね。時雨、どう?覚えてるところとかある?」

「……ああ、懐かしいよ。僕はこの景色を覚えてる」

窓の外には海…大村湾が広がっていた。

窓の外を見渡す時雨に奈美子が話しかける。

 

「昔、スリガオから戻ってきた後…僕が第二水雷戦隊に入った後、大村湾を舞台に大規模な合同演習があってね…僕もその演習に参加したのを覚えてるよ」

「合同演習?それは実際の戦闘に向けて?」

「うん…」

「そうだったんだ…」

「あと…昔から大村には飛行場があったんだ。そこからも飛行機とかが飛び立ってね…」

「長崎空港とは違うの?」

「多分…違うと思う」

するとここでショウが補足するかのようにこう言ってきた。

 

「フッ…時雨、長崎空港の前身は、先ほど見えた大村の飛行場なんだぜ」

「えっ、そうなのかい?」

「元々大村飛行場は戦後、大村空港と名乗っていたが…後々長崎空港が開港してからは、大村空港は基本的に飛行場となって、海上自衛隊や小型飛行機の離発着の為に使われているんだ」

「そうなんだ…」

「兄さん、本当に物知りね」

「…大したことではない」

奈美子の言葉にどこか照れ臭そうにショウは言うのだった。

車は大村湾に沿うように出口を降り、佐世保方面へと向かっていく。

大村湾沿いを走るエルグランドは、そのまま佐世保方面へと向かうのだった。

 

◇ ◇ ◇

 

―――させぼ四ヶ町商店街、入口

推奨BGM

 

 

「さあ、着いたぞ」

駐車場にエルグランドを止め、商店街の入口まで6人を引率したショウがそう言った。

 

「ここが…時雨が育った町…」

「の、一番活気のあるアーケード…させぼ四ヶ町商店街だ」

「………」

佐世保の中でも活気のあるアーケードであり、商店街。

そこは嘗て、時雨が育った町。その未来(いま)だった。

アーケードの中に入り、店を見ながら歩いていく。

 

「時雨、どう?」

「…この景色は、初めて見るものが多いけれど…どこか、懐かしいな、って」

そう。かつて「佐世保の時雨」と呼ばれただけはある時雨にとっては、初めて見る景色でもどこか懐かしさを感じられるものだった。

 

「時雨…これが、未来なんだ。お前を育んだ町の…な」

「……そうなんだね」

「一応、ここから13時半までは自由行動とするが…もし行き先が決まっていないなら、俺が色々と紹介したい。お前が嘗ていた…軍港クルーズだったり、セイルタワーに行くことも出来る」

「セイルタワー?」

時雨が気になった建物の事を口にした。

 

「時雨、佐世保水交社は覚えているか?その跡地に建てられた建物だ」

「水交社の跡地にそんな建物が?そうなんだ…」

「今日一日時間を取ってあるが…比較的時間はタイトだ。13時半にはセイルタワーに行かなくてはならない」

この時、時刻は10時半だった。

商店街からセイルタワーまでは20分とはいえ、軍港クルーズやら昼食などを取っていたらすぐに時間は過ぎてしまうだろう。

 

「セイルタワーって、ここから遠い?」

「少し距離はあるが…まあ観光がてら行けば問題はないはずだ」

「そっか…」

「お前が覚えている景色を…俺と共に振り返ってみないか」

「…奈美子、どうする?君も来るかい?」

「行くに決まってるでしょう?時雨が育った町を…見てみたいからね」

「あっ、ナビ子!だったら俺様達も!」

「ああ、勿論俺もな」

「私もです!」

「私も行くわ」

「よし、わかった。では先に腹ごしらえして観光しよう。時雨にどうしてもお勧めしたいものがある」

ショウはやはりどこか時雨の事を案じながら提案しているようだった。

 

「わかった…」

「兄さん、お勧めしたいものって?」

「ついて来い。行けばわかる」

そう言ってショウは時雨たちを先導する。

するとある交差点を通ったところで左に曲がり、アーケードを離れていく。

そして少し歩いたところで見えてきたのは、ある店だった。

 

「見えたぞ。まずはあの店で腹ごしらえと行こう」

「えっ?あの店って…」

そう言ってショウが示したのは、地元のバーガーショップだった。

 

「佐世保…バーガー?」

「佐世保バーガー!美味しいらしいですね!」

「ハルカちゃん、知ってるの?」

「私も名前だけ聞いたことがあるんですが…テレビとかでも取り上げられたことがあるんですよ!」

「そうなんだね」

「ショウ、この店はお前が?」

「ああ…調べて商店街から比較的近いからここを選んだ」

「み、店の外からもいい匂いがプンプンするぜぇ…ショウさん!入っていいんすか!?」

「ああ…いいだろう。好きなものを注文するといい。時雨…お前もな」

「えっ…いや、僕は…」

「いいから、食べてみてくれ。お前が育った町の…美味しい料理だ。味は俺が保証する」

ショウは軽く微笑んだが、やはり親バカとも言うべき態度だった。

 

「じ、じゃあ…お言葉に甘えて…」

時雨にとってはやはり抵抗があるものだった。

如何せんこれまで少しは食べたとはいえ、洋食の味は時雨には不慣れなのである。

そんな中でも6人は店のメニューを確認し、注文を始めるのだった。

 

◇ ◇ ◇

 

 

推奨BGM

「さあ時雨、これがお前の分だ。じっくり召し上がれ」

「兄さん、やっぱり大きすぎじゃない…?」

「(お、大きい…)」

店に入り、椅子にそれぞれ座った6人。

注文した料理が出来上がった事を聞いたショウは、自分の分と共に時雨の分も持ってきた上で椅子に座った。

本当は時雨が持ってくるべきなのだが、どうやら彼にとっては最高級の「お客様」ということもあり、ショウ自身が持ってくるのだった。

ショウが時雨に持ってきたのは、彼自身のおすすめによって注文された超特盛の佐世保バーガーとセットのフレンチフライ、そして飲み物の烏龍茶だった。

パンの間に含まれるのは、ハンバーグ2枚、ベーコン3枚、目玉焼き、チーズ2枚、そして野菜としてのレタスとトマト。普通のサイズの2倍くらいあるのではないか?

本当は時雨は「ベーコンエッグバーガー」を頼もうとしたのだが、「遠慮せずに食ってくれ。特大バーガーはどうだ。いや、是非食べて欲しい」とショウに無理くり勧められてしまった為に断る事は出来なかったのだった。

 

「兄さん、このサイズは無理に時雨に勧めなくても良かったんじゃ…」

「時雨は先ほど腹が減っていたようだったからな…」

「大げさよ…時雨に対して甘すぎだってば!」

「フッ、まあそれくらいが丁度いいと思ってな。さあ、召し上がれ」

「い、頂きます」

自分の事を愛していた存在から勧められた特大サイズの佐世保バーガーであるが、やはり時雨にとっては多少は余計なお世話になりつつあった。

だがそれでもそれはショウ自身による愛情の裏返しと考えると、断る事は出来ずにいるのだった。

 

「うおーっ、うめぇ!!こんなハンバーガー初めて食ったっすよ!!」

「ハンバーガーじゃないでしょう、佐世保バーガー。でも美味しいわね…」

「まあまあ、いいじゃねえかよ。俺も初めてだが、こりゃ美味いぜ…」

「本当です!これは名物になるのも分かりますね…!」

ヒロシ、トーコ、トオル、ハルカの4人は既に食べ始めていた。

どうやら4人にとっては十分な味だったようだ。

 

「……」

時雨自身も用意された特大バーガーをがぶりと口にした。

サイズが大きすぎて一口食べるのにも苦労したが、何とか一口分頬張った。

 

「どうだ、美味しいか?」

「…お、美味しい…です」

「そうか…気に入ってくれたなら俺も嬉しいよ」

時雨にとっては不思議な味だった。

上下のパンにはさまれた具材が見事に混ざり合い、絶妙な味を出している。

日頃から食べているものは和食が多い為にこんな食べ物は滅多に食わないこともあって、あまりにも新鮮だった。

 

「これが、佐世保の味なんだね…」

「佐世保バーガー自体は1950年代頃からアメリカから伝わったハンバーガーのレシピを、佐世保流にアレンジしたものだそうだ…」

「そうなんだ…」

時雨自身やはりお腹が空いていたのか、多少無茶はしつつもなんとか佐世保バーガーを食べていく。

だが慣れないサンドイッチという事もあり、佐世保バーガー自体は崩れかけと言っても良かった。

それをショウは気にしたようだった。

 

「…やはり大きすぎたか」

「す、すいません…」

「謝る事はない。俺のミスだ」

「もう、兄さん!だから言ったのに…」

「でも、とても美味しいよ…ありがとう」

「フッ…満足してもらえたら何よりだ」

食べる事は出来ていても、やはり時雨が食べる姿がはしたないように見えてしまったショウは自分の非を認めるように言った。

だがそれでも、時雨の様子を見るその姿はどこか幸せそうだった。

時雨が自分の勧めたものを食べてくれている…それだけで幸せのように思えていたのだった。

そして時雨自身も、自らと縁の深い地域の名物を食べられたことについてはとても満足していたのだった。

この後時雨は何とか特大佐世保バーガーとフレンチフライを何とか完食するも、あまりのサイズから昼食はカットする事になったという事だけは記載しておく。

 

◇ ◇ ◇

 

―――1時間後。

推奨BGM

 

 

「さあ時雨、ここがセイルタワーだ」

「これが…」

「でっけえ建物だなぁ…」

「7階建てらしいそうです。ここからなら佐世保の町も見渡せるみたいですね」

海上自衛隊佐世保史料館、通称セイルタワー。

佐世保の歴史資料が多く保存されている7階建ての建物である。

ショウはこの世界の時雨がどのような歴史を歩んだのかを自分自身でも改めて確かめたいと思い、そして時雨にも知ってもらいたいと思い…ここを訪れたのだった。

建物に入った7人は入口のガイドに勧められたこともあり、一番に7階へと向かう。

 

「時雨、これが佐世保の港だ」

「―――――!」

展望所に着いた7人は、佐世保の港や佐世保基地を見渡すのだった。

 

「これが…佐世保……」

「おおー!いい景色だぜぇ…!」

「天気もいいし、眺めも良いな…」

「………」

時雨にとってはどこか懐かしい感覚だった。

だがそれは当然と言えば当然なのかもしれない。

嘗て自分自身が深く関わった場所であることは言うまでもないのだから。

 

「時雨…どう?やっぱり、あの時からは…変わってる、のかな?」

「…そうだね、やっぱり発展しているって言うのは僕でもわかる。でも…やっぱり、佐世保という街自体には…変わらないかな、って」

「そっか…」

「…やはりあの時より変わったので大きいのは、アメリカ軍の基地が出来たという事だろう」

「アメリカ軍の?そっか、敗戦して…」

そう。佐世保には在日米軍の基地がある。

海上自衛隊の基地もあるが、やはり在日米軍の基地の存在も大きいだろう。

 

「お前の町でもある佐世保は…戦争の焼け跡から復興し、高度成長期を経て現在に至った。今はやはり…観光都市としての一面が大きいな」

「観光都市…」

「ハウステンボスや西海国立公園のように…観光が目玉の都市となっている。それでも造船業などの部分も健在だ…」

「…そうなんだ」

時雨は外の景色をまじまじと見ながら返事をするのだった。

やはりあの時の佐世保と今の佐世保では違うものもあるが故だろう。

高速道路、米軍基地…かつてなかったものが、今はここにある。

それはひとえに、歴史を経て街が発展しているということでもあるのではないか。

そう考えると、自分が行ってきた事…戦ってきた事は、決して無駄ではなかったのかもしれない…そう思うのだった。

すると佐世保の景色を見ていた時雨は、こう言うのだった。

 

「ショウさん…」

「何だ?」

「この建物には…海軍の資料とかも、残っているんだろう?」

「ああ…残っている」

「僕、そっちの方も気になるんだ」

「…だとしたら階は下の階になる」

「じゃあ、私も行くわ」

「奈美子、来てくれるのかい?」

「時雨がいた海軍って、どんな歴史があったのか…私も気になるの!」

「ふむ、では俺も同行しよう」

「…わかった」

そう言って4人は下の階へ移動していく。

 

◇ ◇ ◇

 

―――セイルタワー、4階。

 

 

「やっぱり、色々来るものあるなぁ…」

「まあ、戦争に関わる博物館だからね」

ヒロシがぼそりと呟いた。

奈美子もヒロシの言葉に同調するかのようにそう言った。

辛い歴史とはいえ、やはり改めて見ると複雑と言っても過言ではないだろう。

 

「でも…色々と、僕としても勉強になるものがあるかな」

「時雨ちゃん…」

時雨自身ここにきて、改めて歴史を俯瞰の視点で見る事については悪くないと思っていた。

自分自身が知っていた歴史だけでなく、自分自身でも知らなかった歴史が、新たな知見や学びを得る事が出来ている事を彼女は悪く思っていなかった。

そんな中で、7人はある物を見る事になる。

 

「あれ…これって」

「これは…」

「戦闘艦艇喪失一覧図…?」

壁に掲げられている壮大な地図。

時雨たちが見たのは、この国の近海とアジアの国々…所謂大東亜共栄圏の範囲での、各艦艇の沈んだとされる場所がまとめられている地図だった。

 

「海軍の各艦艇が沈んだ場所についてだな」

「こんなにもたくさんの船が…」

「ああ…こりゃ凄惨だな」

ヒロシとトオルがそう愕然とするのも無理のない話だった。

アジアの様々な海で、この国の艦艇が沈んでしまっている。

吹雪、綾波、夕立、睦月、夕雲……

それだけではない。

赤城、加賀、大和、武蔵…

時雨でなくても知っているような、そんな船の沈んだとされる地点が地図に描かれていた」

 

「……こんなに、たくさんの船が」

「……」

時雨は地図のスリガオ海峡付近を見ていた。

レイテ沖海戦が行われた、あの海。

そこには嘗ての僚艦…山城、扶桑、最上、満潮、朝雲、山雲の名前があった。

それだけではない。

武蔵、瑞鶴、鳥海、筑摩、足柄、那智…自分たちと同じ、艦娘の名を持つ軍艦が沈んだ場所にもそれらの名前が示されていた。

 

「(やっぱり、僕達は艦娘以前は艦船だったのかな…)」

時雨にとっても、地図にして見ると物凄い構図だった。

確かにあの戦争で多くの艦娘が…かつての艦船の名を持つ少女たちが命を落としたり除隊したりした。

そしてその歴史というのは決して明るいものではなかったとは自分も思っている。

それだけでなく、自分たちのその運命とはどのようなものだったのかを少しは感じることも出来ていた。

 

 

「…あら?これって」

「えっ?」

地図のマレーシア付近を見ていたトーコが、ある文字に気が付いた。

それこそが、今ここにいるその人物と同じ名前の艦船だった。

 

「時雨」

「え?…あ」

奈美子に地図の一点を指され、時雨はその文字を見た。

時雨が沈んだとされる場所。

年月は1945年1月、場所はマレーシアの東側。

艦娘としての時雨は沈む運命を乗り越えたとはいえ、現実の艦船としては命を落としたあの場所だった。

 

「マレーシアの、東側…」

「ここが、時雨ちゃんの…船としての、時雨ちゃんの…」

「沈んだ場所、って事だな」

「…ああ」

複雑な気持ちだった。

艦娘としてはその運命を確かに乗り越えたが、艦船としてはそこで命を落とした。

艦船として沈んだことは、確かに裏付けがされた。

 

「時雨、やっぱりあなたは…」

「うん…僕は確かに、あの時より前は船だったんだと思う。そして僕は運命を乗り越えて…僕は…」

「時雨さん…」

「……」

時雨は過去の事を見ているだけでも、静かに涙が出て来そうだった。

やはり、嘗ての自分が命を落とした場所…文字通りの墓標をこう言う形で見るとなるとやはり精神的にくるものはあった。

だがそれでも、「いつかあの海で」を初めて見たときほどではなかった。

それはやはり、自分の事を良く理解してくれる仲間たちが今この場にいるからなのだろう。

そう時雨は思っていた時だった。

肩に誰かの手が乗った。

振り向くと、いたのは何を隠そう時雨の事を心から愛しているショウだった。

その顔はクールに振る舞いつつも、どこか申し訳なさそうでもあった。

 

「ショウさん…」

「すまないな…正直俺としても、ここにお前を連れてくることはどうかと思った。こういう形で自分自身の過去と向き合う事は、お前の心の傷を抉る事同然だからな…」

申し訳なさそうにショウはそう言った。

やはりかつての恋人の心の傷を抉るような事であると思った以上、彼にとっても申し訳ないと思うのは当然と言うべきだろう。

だがそんな中でも、時雨は気丈にこう振る舞った。

 

「…いや、いいんだ。僕の事も、僕のそれ以前の事も、改めて知る切欠になったと思うから。僕は大して、気にしていないよ」

「時雨…」

「時雨ちゃん…」

「そうか……やはりお前は、強いんだな」

「…うん」

時雨自身、自分の過去…それこそ艦船として、艦娘として、そして今の人間としての自分の記憶については思慮分別が付いていた。

そして同時に艦船としての最期とはどんなものだったのか、それを自分含めた仲間たちと共有できた…そう思えただけでも、時雨にとっては十分満足だった。

一方のショウも、時雨が色々と思う中でその強さを認識し、時雨に対して改めて深い恋愛感情を抱くのと同時に、心から彼女に惹かれていた。

そしてそれだけでなく、奈美子やハルカ、トーコやヒロシ、トオルといった仲間たちも時雨の運命やその歴史について様々な感情を抱いているのであった。

それでも個々の感情を抱く中で、ハルカが発破をかけるようにこう言った。

 

「とりあえず、長居しすぎるのもどうかと思うので他の部分も見ておきましょうか。まだまだ展示もありますし…」

「あ…そうだね、ハルカちゃん」

「…そうだね」

「わかった…行くとしよう」

「ええ、行きましょうか」

ハルカの言葉に押され、時雨やショウ、そして奈美子たちは別の展示も見学していく。

戦闘艦艇喪失一覧図だけがこのフロアの見物ではない。

それ以外にも、その時代に何が起きていたかを知る事が出来るものについては複数あるのである。

そう考えると、1つの場所に長居しすぎるのは逆に問題でもあるのかもしれない。

ハルカの言葉はそれを再認識させるのに十分であった。

 

 

 

その後時雨たちは、セイルタワーの1階まで時間目いっぱいまで見学し、次の目的地へと歩みを進めるのだった。

 

◇ ◇ ◇

 

―――数時間後

推奨BGM

 

 

「ここが旧佐世保鎮守府の正門跡です」

ツアーガイドがそう言った。

時雨たちがセイルタワーにやって来ていたのは、旧佐世保鎮守府…つまり現在の海上自衛隊佐世保基地の関係各所をめぐるツアーに参加する為だった。

そしてその最後の最後にやってきた場所…それこそが、旧佐世保鎮守府の正門跡だった。

 

「………」

ツアーガイドの男性が説明をする中で、時雨は静かにその場所を見ていた。

全てが懐かしかった。

時雨の見ていた情景には、嘗ての自分たちが…艦娘たちが映っていた。

そして80年という長い時を経て、自分は再びここに足を付けた。

そう思うと、不思議と感動のような感情を時雨は抱いていたのだった。

すると、その様子を機に賭けたショウが声をかけてきた。

 

「ショウさん…」

「時雨…どうだ。あれ以来、お前がいた場所を訪れて…」

「―――全てが懐かしくて、あのままなんだってことを…改めて思ったよ」

そう。復元されてこそいても、あの時とほとんど変わらなかったのである。

時雨の目には、自然と涙がじわりと流れていた。

自分ととてもかかわりの深いこの場所に、自分は再び訪れる事が出来た。

そして己の過去と改めて向き合う事になった。

それだけでも時雨にとってはとても大きな収穫である事は間違えなかったのだった。

鎮守府凱旋記念館、下士官集会所跡碑、海軍橋、海上自衛隊佐世保史料館、海上自衛隊佐世保地方総監部、海兵団庁舎、渡り橋、地下壕、そして佐世保鎮守府正門跡。

時雨が嘗ていた場所の各所をこのツアーでは訪れた。

その各所が、時雨が覚えている場所そのものであった。

多少変わっているものもあったとはいえ、殆どは時雨の記憶のままだった。

あまりにも懐かしい景色の数々だった。

そして改めて、自分があの場所にいたのであるという事を実感したのだった。

 

「…お前は確かに、この場所にいた。その過去と改めて向き合ってもらえたのならば、俺は今回の旅を計画してとても良かったと思う」

「ショウさん…」

「時雨…大変だったな。そして、お前の心の傷を抉るようであったのならば…本当に申し訳ない」

「……」

時雨には心の傷とかそう言うのはよくわからなかった。

だが、自分がこの場所にいたという事だけははっきりしていた。

そしてそれを改めて実感できたのはとても大きい事だった。

過去の情景がフラッシュバックする中、そこにショウや奈美子、ハルカと言った自分の仲間たちが映る。

やはりここは現実であり、そして自分と深く関わりのある場所なのだろう。

それでも艦娘の中で唯一いるのは、自分だけだった。

あの時の仲間たちがもういないという事は…時雨にとってもよくわかっていることであり、とても辛い事だった。

一方でショックを軽減できたのは、やはりその事を気にかけてくれた、自分の事を信じてくれた仲間たちがいてくれたからというのもやはりあるのだろう。

鎮守府にいた時の記憶がフラッシュバックする中で、そう時雨は思っていたのだった。

 

「僕は…ここにいる。僕の事を、わかってくれている…人々と。僕の仲間や、相棒たちと…みんなと、僕はここにいるんだね」

「…ああ。お前はかつて確かにここにいて、今もここにいるんだ」

ショウは時雨の言葉を肯定するように、そう呟くのだった。

そう言われた時雨にとっては、もはや自分は一人ではないという事をしっかりと嚙み締めたのだった。

 

「時雨ー!兄さーん!行っちゃうよー!」

自分が一人ではないという事を改めて認識した直後、奈美子からそう言われたのをきっかけにショウと時雨はハッとした。

既にツアーガイドは先に行ってしまっているようだ。

2人だけの世界に入っていたこともあり、ツアーの事を忘れかけているのだった。

 

「いけない。時雨、急ごう」

「うん」

そう言ってショウは奈美子の方へと急ぐのだった。

だが、時雨は直ぐにはいかなかった。

 

「―――また、来ます」

時雨は正門の方を向いて、頭を深々と下げて一礼するのだった。

そして頭を挙げた直後、時雨はショウたちの方向へと走り出すのであった。

 

◇ ◇ ◇

―――ツアー終了数十分後。

ツアーが終わった後、時雨たちは早々に佐世保を後にしていた。

如何せん今回の宿泊場所へのチェックイン時間が迫っていたのである。

1日という超短時間で、ピンポイントという形での観光はあっさりと終わりを迎えるのだった。

 

「すまないな、どうしても明後日に合わせる必要があった…時雨、急ぎ足になってしまったがどうだったかな」

運転席のショウはそう呟いた。

 

「…僕としては、とてもよかったよ。僕としても思い出のある佐世保は…やっぱり素敵な町だった」

「そうか…お前がそう思ってくれたなら、俺としても何よりだ…」

「ショウさん、僕を佐世保に連れてきてくれて本当にありがとう」

「フッ…礼を言われるほどではない。俺はお前の願いを叶えただけさ」

「いやーでも、佐世保って奥が深い場所だったんだなぁ。あの町が、時雨ちゃんが育った町って考えると…やっぱり色々と考えさせられるぜぇ」

「そーか?お前そんな事言って案外何も考えてねーんじゃねーか?ハハハ!」

「い、いや…そんなことは…」

そうヒロシとトオルが言い合う中で、時雨は窓の景色の大村湾を静かに眺めていた。

夕日が落ちつつある中、時雨はただ静かにその海を眺めていた。

だがその景色はどこか懐かしさもあり、あらためて「自分はここに確かにいたんだな」と痛感するのであった。

そしてそう痛感する中で、一日で大移動をした時雨をふと眠気が襲うのであった。

 

 

 


 

 

 

―――1時間半後

推奨BGM

 

 

「…ぐれ、時雨」

「う…ん、あれ…僕、寝てた…?」

「ぐっすりだったぜぇ、時雨ちゃん」

「アンタも寝てたじゃない、ヒロシ…」

「うぐぐ…ともかく、お疲れ様だぜぇ」

「うん…色々と、向き合わされたものがあったからね…」

「さあ時雨、今日のホテルに到着だ」

佐世保から1時間半の時間をかけてやってきたのは、雲仙温泉の一角にあるホテルだった。

高さとしても6階位はあるだろうか。

 

「時雨…このホテルはお前にも思い出があると思うのだが…わかるか?」

「…ごめん、わからない」

「そうか…だが、中にはいれば分かるだろう」

「兄さん…?」

そう言ってショウが先導してホテルに入っていく。

 

◇ ◇ ◇

―――ホテルフロント前ロビー

 

「チェックイン手続きがあるから待っててくれ」

フロント前のロビーでそうショウは言い、6人を置いてフロントへと向かった。

 

「(大きいホテルね)」

トーコが辺りを見渡してそう思っていた。

何せ6階建てのホテル。

温泉のホテルとはいえ、やはりここまで大きいのは珍しいのではないか?

そうトーコは思うのだった。

 

「………」

ロビーの椅子に座っていた時雨はまだ眠気が冷めていなかった。

1時間グッスリだったとはいえ、まだ完全に眠気が冷めたわけではない。

軽く欠伸をするのだった。

すると、フロントロビーに置かれているあるものが時雨の目に留まった。

 

「(狸の置物…?)」

そう、フロント近くに置かれていた客寄せのための大きなタヌキの置物。

椅子を立ち上がってその置物の方に近づいた。

その置物に時雨は見覚えがあった。

そしてその近くには、土産物屋もあった。

その土産物屋に置かれていた土産についても時雨にとっては見覚えがあった。

 

「(この土産も…見たことがあるような?)」

ミルクキャラメルにクリームビスケット。

何処かで見た事のあるようなパッケージだった。

この土産物屋に、自分は来たことがあるのでは?

いや、そんなはずはない。

仮にこの置物やお菓子を見たことがあっても、それくらい他のホテルに置いてあっても全くもっておかしくはないのである。

自分が止まった事のある場所なのかもしれないが、その確証を抱く事は時雨には出来なかったのだった。

すると、土産を見ていた時雨を見て奈美子が近づいて来た。

 

「どうしたの?何か気になったの?」

「ああ、いや…ちょっとね」

「もしかして、お腹空いた?いくら佐世保バーガーをたくさん食べても、あの後から何も食べてなければ少しはお腹減るよね」

「……」

奈美子は意外と、自分の事を深くは考えていなかったようだった。

するとその時だった。

 

「時雨、奈美子」

「あ、ショウさん」

「兄さん」

「部屋のキーを渡しておいた。部屋の割り当ては男女別だ。トーコさんにキーを渡しておいたから、付いて行ってくれ」

「わかったわ。行こう、時雨」

「あ、うん…」

そう言って時雨と奈美子は土産物屋を去り、トーコたちと共に部屋へと向かっていくのだった。

 

◇ ◇ ◇

 

「時雨、この部屋よ」

「ここなんだね…」

「ええ、入りましょう」

7人はそれぞれ男3人、女4人で分かれる事になった。

部屋の場所は6階建てホテルの4階だった。

鍵を受け取った奈美子が部屋のロックを外し、部屋に入る。

入口を見る限り、その部屋は和室のようだった。

 

推奨BGM

「………」

「これが今夜の…」

「綺麗!」

「いい部屋じゃない」

襖を開け、部屋の様子を見た4人がそれぞれ反応を露にする。

綺麗な和室の部屋には既に4人分の布団が敷かれているのだった。

比較的シンプルな畳の部屋と、床の間に置かれたイスとテーブル。

設備としてはテレビや冷蔵庫が置かれている、比較的シンプルな和室の部屋だった。

すると、部屋の様子を見た時雨が一人呟いた。

 

「この部屋…やっぱり、見たことがある…」

「えっ?そうなの?」

「来た事…あるんですか?」

「はっきりとはわからないけど…この部屋に似たようなところに、泊まったことがあるんだ」

「そうなの?まあとりあえず荷物は入れちゃいましょうか」

時雨は部屋の構造にも覚えがあった。この部屋にもしかしたら自分が止まったことがあるのかもしれない。

そう言って4人はそれぞれの荷物を部屋の隅に置くのだった。

 

「はーっ、疲れちゃった!」

そう言って奈美子は布団に横になった。

それに合わせ、他の3人も布団に横になったり座ったりするのだった。

 

「お疲れ、奈美子」

「1日だけど、色々な場所を見て疲れちゃいましたね…」

「でも、時雨がどんな場所で育ったのかがわかって、私としても良かったと思うわ」

「そう、ですか?」

「ええ、とっても素敵な場所だったわ。それに色々と考えさせられるものもあったからね」

どうやら時雨以外の3人にとっても、今回の旅行の満足度は高めのようだ。

 

「夕食は下でバイキング、食べ放題らしいわ。今は19時で20時半までだから…」

「先に食べに行きましょう!」

「そうね!時雨も行くでしょ?」

「あっ、うん…そうだね」

「決まりね。じゃあ早速行っちゃいましょう」

荷物を整えた4人は、早々に夕食へと向かうべく部屋を後にするのだった。

 

◇ ◇ ◇

―――1時間後。

推奨BGM

 

 

「ふう…たくさん食べちゃったね」

「お腹いっぱいになっちゃった!結構美味しかったね!」

「色々種類もあったのも、とっても良かったと思います」

「ショウ君もなかなかこう言うホテルを選ぶのは上手みたいね。やっぱり慣れているのかしら?」

「兄さん、やっぱり仕事とかでも接待とかもしていたみたいなので…」

「やっぱりそういうところ、影響しているんだね」

「多分、だけどね」

寝室に戻った4人はそれぞれ会話していた。

夕食はバイキング形式だったのだが、どうやら腹については十分膨れたようだった。

勿論これはショウによる時雨への配慮だろう。何が出ても問題ない…ようにしたのかもしれない。

そうやって会話をしているうちにあっという間に15分が経った後だった。

 

「さて、じゃあお風呂に入りに行きましょう」

トーコの提案はまあ分からないものではなかった。

食後の休憩もあったとはいえ、やはり風呂の時間もあるようだ。

 

「浴衣ってあります?」

「さっきクローゼットの中にみんなの分があったわ」

「そっか…じゃあ着替えよう」

「なら、時雨先に着替えてみてよ!」

「え、僕が?」

「ええ、見てみたいわ!」

「じ、じゃあ…」

そう言って手渡された浴衣を整える時雨。

流石に浴衣を着ること自体はあっさりできたのだった。

 

「…どう、かな」

「とても似合ってるわ、時雨!」

「素敵です!」

「やっぱりモデル体型かしら…かなり似合ってるわよ」

「あ、ありがとう…ございます」

黒帯と共に浴衣を身にまとった時雨。

その姿に他の3人は褒めるように言葉を口にしたのだった。

どうやらやはり元から体型自体はかなり良好のようだった。

そしてその姿を見た後、残った3人も服を着替えて浴場へと向かうのだった。

 

◇ ◇ ◇

浴衣を着た4人は早々に浴場の脱衣所へとやってきたのだった。

服を脱ぎ、フェイスタオルを持った4人が浴場の入口の前に来た。

 

「早速大浴場をご拝見…」

そう言ってトーコが大浴場のスライドドアを開ける。

流石に高めのホテルという事もあって大浴場は広く、体や髪を洗うシャワーブースも多く存在していた。

 

「広い…!」

「かなり、広いね」

「やっぱり大きいホテルなだけありますね」

「悪くはないようね。早速体を洗って入りましょう」

4人はそれぞれシャワーブースの方へ向かい、髪と全身を洗うのであった。

 

◇ ◇ ◇

 

「はあー、いい湯」

「気持ちいいですね」

「やっぱり来てよかったわね」

「……」

時雨にとってはやはり不思議な気分だった。

どこか来た事のあるような感覚が消えていないのだ。

先ほどの夕食を食べた場所については初めての場所だったが、このお風呂についても不思議と嘗て来たような感覚にあったのだった。

奈美子たちが会話する中で、時雨は不思議と一人外れたような感覚だった。

それはやはり、このホテルを訪れた時からの違和感がずっと続いているという事もあるのだろう。

そう思った時雨は、ふと立ち上がって露天風呂の方へ行くのだった。

 

「時雨?」

「…露天風呂の方、行ってくるよ」

時雨にとっては違和感を消すためには外の空気に触れたいという感情も多少はあったようだった。

浴槽を出た時雨は、そのまま露天風呂の方へと向かっていく。

 

推奨BGM

「……」

露天風呂へのドアの前に立ち、両手でドアをスライドさせて外に出る。

大浴場の端っこから通路が出来ており、そこから大きな屋根付きの浴槽があるのを確認出来た。

その露天風呂は、檜造りの大きな浴槽だった。

だがその景色は、時雨にとってはやはり不思議な感覚へと陥らせるのだった。

 

「(この露天風呂は…あの時の…!?)」

まさか、いや…そんなはずはない。

こんな風呂くらい何処にだってあるはずだ。

温泉であれば別の場所に遭っても全くもっておかしくない。

そう思いつつ、時雨は一人浴槽に浸かるのだった。

 

「………」

浴槽のお湯は熱い程に温かく、佐世保までの移動の疲れを癒してくれるようだった。

まあ先ほど大浴場の浴槽にも使ったのでそれ程疲れているという訳ではないのだが…

だがそう思っていた瞬間だった。

 

『やっ!また、会ったね!』

「!?」

何処からかそう声が聞こえた。

湯けむりが上がる中、自分の目先には…かつての自分の相棒とも言うべきショートヘアの少女が、そこにいるように見えた。

だがそれは幻覚だったのか、直ぐにその姿は消えた。

 

「ゆ…」

「ゆ?」

「時雨さん?」

「うわっ!?い、いつの間に!?」

時雨がそう口にした瞬間には、既に奈美子たちも浴槽に浸かっていた。

どうやら時雨の後をついてきていたようだった。

 

「いつの間に…って、今来たばかりだけどね」

「そ、そうなんだ」

「時雨、随分ぼんやりしてたわね。私たちが声をかけてもほとんど反応しなかったもの」

「………」

時雨にとっては幻聴と幻覚が見えたように思えた。

本来いないはずの彼女が、ここにいるように思えたのだった。

だが、今そんな事を言っても信じてくれるはずはなかろう。

そう思った時雨は一人黙りこくるのだった。

 

◇ ◇ ◇

 

「いい湯でしたね」

「ええ、私としても良かったわ」

お風呂上がりの4人が脱衣所を出て、部屋へと戻ろうとしていた。

すると、丁度その時だった。

 

「お…」

「あれ、兄さん!」

風呂に向かっていたのはショウだった。

どうやら一人風呂に入りに来たようだ。

 

「ショウさん…」

「…いい湯だったか?」

ショウはどことなく時雨の事を気にしているようだった。

 

「うん…」

「兄さんも風呂?」

「ああ」

するとショウが返事をした瞬間だった。

 

「…奈美子、ごめん。ちょっと僕、ショウさんと話がしたいから…」

「えっ?いいけど…」

「じゃあ、私たちは先に部屋に戻ってるわ。チャイム鳴らしてね」

「あっ、うん」

そう言って奈美子、ハルカ、トーコの3人は部屋に戻るのだった。

その場には2人だけが残された。

 

推奨BGM

「…立ち話もなんだ、コーヒー牛乳でも飲むか」

「いや…その…」

「いいから、奢らせてくれよ」

「は、はあ」

そう言ってショウは脱衣所近くの自販機の前に時雨を連れて行き、自販機から取り出したコーヒー牛乳を時雨に手渡すのだった。

手渡された時雨は、やむなくそれを飲むことになるのだった。

 

「…美味しいか?」

「はい…」

「そうか、それはよかった」

ショウは未だに時雨の事を気にかけているようだった。

すると時雨はショウにこう言うのだった。

 

「…ショウさん、まさかこのホテル…って」

「フッ…もうわかったとは思うが…」

ショウは分かっていたかのように言った。

 

「僕が、スリガオから戻ってきて、休養していた宿…なんだね」

「…そうだ。わかったか」

「うん…あの露天風呂、まだあのままなんだね…」

そう、時雨たちが止まっているホテルは嘗てスリガオから戻ってこれた時雨が療養のために訪れていた旅館がホテルとなったものだった。

時雨たちが止まっている部屋も、そして露天風呂も…時雨が嘗て泊まった旅館そのままだった。

ホテル自体は改装されているが、それでも時雨自身には記憶があったのですぐに思い出すことは出来たのだった。

 

「あの露天風呂に大浴場を増設したらしい。昔から名湯と言われていたらしいが、バブル期に乗じて大衆化するように…リニューアルで大浴場を付けたという」

「そうだったんだ…」

「他に何か思った事とかあったか?」

「うん…ちょっとね」

すると時雨はこういった。

 

「やっぱり、時代は進んだんだな…って」

「ほう?」

「僕が知っている場所とは色々と違って、それでもあの時のままの場所もあって…不思議な気分だね」

「…そうだな。変わるものもあって変わらないものもある。お前もそれには気が付けたとは思う…」

「とっても思い出深い場所だったよ…ショウさんは、このホテルの事を知っていて予約したのかい?」

「ああ…ある程度調べて、目星を付けたのだが…絶対という確証はなかった。だから賭けに出たのだが…どうやら正解だったようだな」

「ショウさんは、やっぱり僕の活躍を覚えていてくれたんだね」

「ああ。お前たちのスリガオでの戦い、護衛任務、最後の戦い…全て、見ていたさ」

「……」

ショウは時雨の事を最後まで見放したくないようにそう言うのだった。

 

 

 


 

 

 

―――翌々日。

時雨たちを乗せたレンタカーは、雲仙の一泊後、九州を南下していった。

雲仙からフェリーに乗って熊本へ渡り、八代、人吉を経由し、鹿児島で宿泊。

宿泊後、鹿児島空港から飛行機に乗った彼らはある目的地へと向かっていた。

飛行機に乗って向かった場所、それは…

 

「日本航空より、ご案内いたします…」

アナウンスが流れ、人々が手荷物受取場へ足を運ぶ。

沖縄、那覇空港。

鹿児島で一晩経て時雨たちが訪れたのは、沖縄だった。

 

◇ ◇ ◇

 

推奨BGM

―――那覇空港、到着ロビー出入口。

 

「ここが…」

「沖縄!」

「ふいーやっと着いたぜぇ。でも鹿児島から飛行機を使っても、結構時間がかかるんだなぁ」

沖縄へ上陸した7人。

その中で奈美子、ハルカ、ヒロシがそれぞれ呟いた。

朝の飛行機で鹿児島を出発し、1時間半ほどかけて沖縄へ。

ここに訪れたのには、大きな理由があったのだった。

 

「……」

この時、時雨はノースリーブの白い服と、白のスカートを纏っていた。

この旅行をするにあたって、奈美子やハルカが選んでくれた逸品である。

だがそんな彼女にとっては不思議な感覚でしかなかった。

自分は直接沖縄へは訪れた事はないが、やはりあの時戦った海を進んできたのだという事を改めて実感した。

そして自分は今、その海を越えてあの場所へと確実に近づいている。

 

「時雨」

「!」

「どうだ…この場所については?」

「…不思議な感覚だね。僕はここに来た事が無いけど、あの海を越えて来たって事を考えると…ね」

「そうか…」

ショウにとってはやはり時雨の事が心配だったようだ。

今回の旅が過去と向き合う事である以上、精神的に不安定になってしまうのではないか。

彼女自身の提案であったとはいえ、そのリスクがある事はショウにとってもやはり不安でしかなかったのだった。

だがそれでも時雨自身も「過去と向き合う」ということをわかっていた為か、精神的には安定していた。

 

「んで、ここからどうするんだ?例の場所まではフェリーじゃ行けねえだろ?」

「ここからはカーシェアで糸満のマリーナへ向かう。マリーナからは船をチャーターして、目的の場所に行く」

トオルがショウに話しかけた。

例の場所にまでは民間のフェリーではいけない。

その事をわかっていたショウは、既にレンタルのクルーザーを予約していたのだった。

 

「船ぇ!?レンタルなんてあるんすか!?」

「既に予約はしてある」

「免許は…?」

「俺が持っている。問題ない」

「ショウさん、船の免許を?」

「ああ、今回のクルーザーくらいなら操縦できる」

「クルーザー…!」

「セーリングクルーザーって言ってな、キャビン…つまり船室とエンジン付きのヨットだ」

「ま、マジっすか!?そんなもん、借りられるんすか!?」

ヒロシが驚くのも無理はなかった。

船に乗る事はあってもレンタルするなんてことは、湖のボートくらいであるという認識であるのが大多数だろう。

だがよりにもよって船を、それもクルーザーを借りるとは思いもしなかった。

 

「色々と会社を調べたが、レンタルしてくれている店があってな…その店なら、クルーザーを用いて目的の場所へ行ける」

「お金は…?結構高かったんじゃないの?」

「俺のポケットマネーでやりくりできるレベルだ。問題ない…」

「ぽ、ポケットマネー…マジかよぉ」

ポケットマネーであるという事を豪語したショウ。

すると、ぼんやりと海を見ていた時雨を気にかけて声をかけた。

 

「時雨、お前の最期の戦いの地は…沖縄の南端から10km程離れた場所だ。そこが、敵の機動部隊群が集結し…お前たちが戦った場所だと推測される」

「沖縄の、南端…」

「ここからはカーシェアで糸満へ移動し、そこのマリーナから船で移動する」

「大体の場所は分かると思うけど…細かいところまで、わかるの?」

「推測になるが…アニメの映像や、『最後のイベント』のデータを基に俺は場所を特定した。絶対とは言えないが、大体その場所であるという可能性は高い…」

「そうなんだ…」

「もう一度聞いておくが、あの場所に行くという事は…ひょっとしたら、お前の心の傷をまた抉る事になるだろう…それでいいか?」

ショウはやはり時雨の事を心配してそう質問するのだった。

 

「…いいよ。僕も改めて向き合いたいからね」

「―――わかった。お前の意見を受諾する」

こうして、目的の場所へと向かう事が確定したのだった。

 

◇ ◇ ◇

 

―――数十分後

推奨BGM

 

 

7人は那覇空港から糸満へ向かう道中にあるスーパーで、買い物をしていた。

糸満からその場所までの直線距離にして10~20キロとはいえ、これからの旅路において食料調達は必須であると考えたのである。

 

「でも兄さん、本当に驚いたわ!まさか船舶免許も持っていたなんて…!」

「それも1級ですよ!クルーザーくらいならどこでも行けちゃうんですね…」

奈美子とハルカが品定めをしながら互いにそう会話する。

これからの移動の事を考えると確実に昼食の時間を超える事を考え、ここで腹ごしらえも兼ねていたのだった。

すると、ふと奈美子が時雨の方向を見た。

 

「……」

時雨は果物置き場である物を取っていた。

 

「時雨!」

「奈美子?」

「それって…蜜柑?」

そう。時雨が持っていたのは、袋詰めされていた蜜柑だった。

 

「ああ、うん」

「前から時々蜜柑とか食べてたけど…やっぱり時雨って、蜜柑が好きなの?」

「まあね。昔も…よく食べていたさ」

記憶を失っている間も時雨は時々蜜柑を買って食べていた。

そして最終決戦の前には柑橘類の芳香剤を車に付けていた。

やはりそこの部分は過去の行動というのが染みついていたこともあったのか、本能が働いていたのだろう。

 

「そうなんだ…じゃあさ、皆の分も買おうよ!」

「えっ?それはいいけど…多くないかい?」

「多い方が困らないと思います」

「そうかな」

「ほら、もう1袋取って」

そう言って時雨はもう1袋の蜜柑の入った袋を手に取ってかごへ入れるのだった。

 

「ああ、そうだ」

すると時雨がある事に気が付いた。

 

「あれを、買っておかないと」

「あれ?」

「あれって…」

 

◇ ◇ ◇

 

―――さらに数十分後、糸満のマリーナ。

 

 

ショウは手続きを終えてセーリングクルーザーの出港準備を行っていた。

モーターを動かし、何時でも出港できるようにする。

ショウ以外の6人も既にクルーザーに乗り込んでいた。

 

「…よし」

モーターを確認する間、皆ライフジャケットを身にまとっていた。

やはり船という事もあり、その部分でのリスクがあるのだ。

 

「ああーこんな船で海なんて初めてっすよ…こええな…」

「まあ、こんな経験人生で一度あるか二度あるかだろうな」

「でも、これは時雨の為でもあるのは忘れてはいけないわよ。あの場所に行く為なのだから」

「…そうだよなぁ」

ライフジャケットを着たヒロシたちが交互に口にする。

 

「皆、準備はいいか?いいならすぐに出港するぞ」

「ええ、問題ないわ」

「私もです!」

「……」

「時雨、どうした?」

時雨はボーっとしていた。

何となく不思議な気分だったのである。

自分が死んだあの場所の近くへと向かうとなると、やはり現実味がなかったのであった。

 

「ああ、えっと…うん、僕は大丈夫」

「フッ…もし何かあったらすぐに言ってくれよ」

ショウは案の定時雨の事を心配するように言った。

するとそれを見たのか、時雨は軽く微笑んでこう言うのだった。

 

「うん…大丈夫」

「よし、じゃあ出港するぞ!」

 

こうして、7人を乗せたセーリングクルーザーは糸満市から目的の海域へと出港していくのだった。

 

 

 


 

 

 

推奨BGM

数時間後。

ショウは操縦していたクルーザーの速度を徐々に落とした。

 

「この辺か…」

アクセルを離し、徐々に減速していくクルーザー。

セーリングクルーザーにはブレーキが存在しない以上、こうやって減速させるしかないのである。

比較的潮流が穏やかな場所に来たところで錨を下ろし、速度が落ちていくのに気が付いてクルーザーの後方左端から海を眺めていた時雨に声をかける。

 

「時雨!」

「!」

「俺は、お前たちが最後に戦ったのは…このあたりだと推測しているんだ」

そこは、見渡す限りの大海原であった。

場所としては沖縄本島、平和祈念公園の南方15km程。

晴天で波も穏やかな中、そのセーリングクルーザーは大海原のど真ん中にいた。

 

「場所としては沖縄本島南端から10km程。どうだ…?」

「何となくだけど…多分、このあたりだと思う。全部が…全部が懐かしいよ」

時雨がそう断言した。

 

「じゃあ時雨、このあたりの海が…」

「最期の場所だった…って、ことかぁ…」

「ここが…」

「…そうだったんですね」

船の左舷から海を見つめる7人。

ようやく、時雨たちはあの場所へとたどり着く事が出来た。

時雨にとってはどこか達成感みたいなものがあった。

ようやく、やっとあの場所に来た。

自分が死ぬことになった、あの海に。

 

「この海は、青いんだね」

時雨がぽつりと呟いた。

あの時の海は、赤かった。

だが、今の海は青い。

あの時とは大きく違うところだった。

あの時とは、何もかもが違うと言っても良かった。

時代も、海の色も、空の色も、そして…自分が一人ではないという事も。

そう考えると、時雨の涙腺は少しだけ緩んでいた。

 

「時雨…泣いてるの?」

「あっ、ううん…僕は、平気」

ハンカチで時雨は自分の涙を拭く。

この海で、自分の仲間たちは死んだ。

矢矧、大和、最上、朝霜、涼月、冬月、霞、浜風、磯風、初霜、雪風、そして…時雨。

そう、自分も死んだあの場所である。

今来てみても、やはりあの時の情景がフラッシュバックする。

空は暗く、海は赤く、絶望と狂気しかなかったあの場所。

あの場所に、自分は今、この時代の仲間たちと、命の恩人や相棒と共にいる。

それだけでも、気持ちが多少軽くなった。

すると、様々な思いを抱く中で時雨はふと口にした。

 

推奨BGM

「ショウさん」

「何だ?」

「…僕、ちょっと気になったことがあったんだ」

「…それは?」

時雨はここにきて、ある事を質問するのだった。

 

「僕は初めて箱根に現れた時、何故か運転免許証を持っていたんだ」

「ほう?」

「僕は確かに艦娘だった。だけど、車の免許は持っていなかった」

「……」

「ショウさんは……なんで、僕が…車の免許を持っていたんだと、思う?」

「時雨…?」

時雨自身、なぜここでその質問をしたのかはわからない。

だが本来あの世界にいない人間であるのならば、時雨は運転免許証を持っているはずもなかったのである。

だが、自分は運転免許証を持っていて、あっさりと走り屋になる事が出来た。

普通だったらあり得ない事である。

一体なぜ自分が免許を持っていたのか?

その疑問を何故か、今この場で質問するのだった。

だがショウは、その質問に対しても何も困惑せずに口を動かした。

 

「……愛の結晶」

「えっ?」

ショウが静かに呟き、時雨はそれを聞き返した。

ショウは持論を展開する。

 

「俺は…お前が箱根に現れたのは、俺と深く関わりがあると思っているというのは、話したな」

「うん」

「お前は俺の前に幾度となく障壁として現れ、そしてお前は俺の前に走り屋としての障壁としても現れた。その上でもし、お前が箱根に現れたのが、本当に俺の障壁になる為だったとしたら…俺は、俺自身のお前への強い思い…そして未練が、お前の存在だけでなく、免許証のような『必要なもの』すらも作り上げたんじゃないか…と思っている」

「ショウさん…」

すると時雨の言葉に対し、ショウはこう言葉を続けた。

 

「道路と海路、と聞いて同じものがある事は分かるか」

「え……路、ってことかな?」

時雨は少し考えた上で、そう答えた。

海路と道路、重なるのは『路』。

 

 

「そうだ。俺は結局、海の上を行く事も、道路の上を走る事も、結局同じことだと思っている」

「それって…?」

「走り屋って言うのは、何かの目標を掲げて道路の上を走る。そしてお前のような艦娘は…深海棲艦を倒していくために、海路を駆け抜けた」

「……」

「俺としてもこの説明は難しい。だが、結局のところ…人間にせよ艦娘にせよ、何かしらの目的に向かって精一杯生きていくこと自体は何も変わらないと俺は思っているんだ。そしてお前は海の上を必死に駆け抜け、戦い続けたから、その努力の見返りとして…箱根の道を制する事が、出来たのではないか…と思っている」

「お前の未練云々の話だけじゃなくて…時雨が嘗て精一杯戦ってきたことが、時雨を箱根に導いた、って言うのか?」

トオルが質問し返す。

 

「俺は…そう思っている。まあ、これは俺の妄想だから全部が全部を信じないでほしいというのが本音だが…」

「ショウさん…」

「そしてここからは今まで言った通りだが…俺のお前への未練が、お前を具現化し、そして俺の壁になるように…それを作り上げたのかもしれない、とも思っている」

「ショウさんの未練が、僕の免許証すらも…」

「……ああ。それが俺の考えだ」

「………」

「ショウ、さん…」

するとその考えを聞いたところで、時雨が再び口を動かした。

 

「ねえ、ショウさん」

「…何だ?」

「僕があの時代の、この海で必死に戦ってきたことは…無駄じゃ、なかったかな?」

「……」

青い海を見て、時雨は言葉を続ける。

 

「……たしかに僕は、あの戦いで…この海で沈んでしまった。でも僕は、今再び…ここにいる。僕のことを…わかってくれる人々と、一緒にね…」

「そうだな」

「…僕たちの戦いは、僕は無駄じゃなかったとは思うけど、本当にそうなのかな」

「時雨…」

「…何も無駄はないさ」

「…!」

ショウの方を向いた時雨がどこか躊躇するように質問しても、ショウの言葉には何も迷いはなかった。

時雨が戦ってきたことは決して無駄ではない。

そうショウは断言するように言葉を続ける。

 

「お前のことは…もし仮に、俺達以外の誰もかもから忘れ去られたとしても、俺は…俺達は絶対に忘れない。そしてそれは、ここにいる皆が同じだろう。そう皆が共に思えただけでも、記録と記憶に残っただけでも…十分に、お前が戦い続けた意味はあると、俺は思っている」

「ショウ、さん…」

「時雨…俺の前に現れてくれて、本当にありがとう。奈美子を助けてくれて…本当に、ありがとう。俺は…お前を死ぬまで忘れない。そして…お前を応援したい」

海を見つめていたショウの顔は、時雨の方に向いて、時雨の目を見つめながらそう断言するのだった。

そしてそれに対し、時雨は決意を固めたかのようにこう言うのだった。

 

「僕、生きていこうと思うんです。これから先、たとえこの世界で…どんなに辛いことがあっても、どんなに悲しいことがあっても…僕は生き抜いてみせます。この世界を……」

時雨の決心は固かった。

 

「時雨…!」

「時雨さん…!」

「時雨ちゃん…!」

「フッ…そうか。なら、俺としてもお前を応援し続ける理由が出来た。一生、お前の助けになってみせる」

「…ありがとう」

ショウと時雨はもはや2人だけの世界に入り込んでいた。

ショウ自身時雨に対して一方的な恋愛感情を抱いていたが、それがどうやら時雨にも多少伝播してしまったようだ。

するとそれを見かねたトオルが、空気が悪くなりすぎないようにこう言うのだった。

 

「なあ、お前ら…いい空気になるのはいいけれど、ここでやるべき事があったんじゃねえか?お前らがイチャイチャしようとも勝手だが、俺達はそのやるべき事の為に来たんじゃないのか?」

「……そうだな」

「ああ、えっと…そうだったね」

ショウと時雨は互いに照れくさそうに言った。

 

「花束ならもうキャビンにあるだろ?皆の分が…」

キャビンに置かれていた7つの花束。

この海で、嘗て亡くなった者たちを看取る為に用意した、沢山の花が含まれている花束である。

 

「じゃあ、私が持ってきますね」

「あ、俺も持ってくるぜぇ…」

そう言ってハルカとヒロシがキャビンへと向かい、それぞれ花束を3つと4つ持ってくるのだった。

 

「……」

あの時の戦い、「『艦これ』いつかあの海で」でおいてはきっとここに眠っているであろう、仲間たちの冥福を祈る為。

そして自分自身の過去とも一定の区切りをつける為。

自分たちは、時雨と仲間たちはここに来た。

そして、遂にその時が来た。

 

「いいか、花束を投げ込んだら黙祷してくれ。これはいわば墓参りみたいなものだからな…」

ショウが手筈を説明する。

 

「ええ、わかったわ」

「うっす…」

「花束は全員持ったか?」

そう言ってトオルが確認すると、トオルを含めた7人はそれぞれ皆花束を持っていた。そしてショウもそれを確認すると、声高らかにこう言うのだった。

 

「よーし、花束を海に投げ込むんだ!」

そうショウが指示した後、時雨を除く6人は次々と花束を海へと投げ込んだ。

 

「―――!」

ワンテンポ遅れて、時雨も海へと花束を投げ込む。

そしてそれを確認した後、ショウはこう声高らかに言うのだった。

 

「黙祷!!」

ショウの言葉で7人が目をつぶり、頭を軽く下げる。

時雨は両手を合わせてもいた。

 

「(―――みんな)」

時雨は目をつぶりながら黙祷していると、過去の記憶がぐるぐると頭の中で交錯するような感覚になった。

西村艦隊としてスリガオ海峡へ突入し、抜けた事。

佐世保の人々との触れ合い。

雪風との出会い。

運命を乗り越えた事。

自らの第三改装。

そして…最期の戦いの果てにこの海で斃れた事。

 

あの狂気の中で、あの戦いの中で、自分は確かに全力を尽くして戦った。

そして自分達は、斃れた。

自分達の戦いが本当に意味があったのかはわからない。

だがそれでも、ここに来ることが…過去と向き合う事に意味があるのならば…

そう思うと、時雨にとってはふと心の中の靄が晴れていくような感覚になっていたのだった。

 

「黙祷やめ」

そうショウが言って、7人は目を開け、軽く下げていた頭を上げた。

 

「これで、全てが終わったのね…今回の旅行の目的のすべてが…」

「…ああ」

トーコがすべて無事に終わったのを確認するように言って、ショウがそれに対して返事をした。

するとここで、奈美子がある提案をするのだった。

 

 

「そうだ、ここに来たからには…写真を撮っておきましょう!」

「えっ、写真?ここで?」

「あ、いいですね」

「よし…海が荒れるとは思えないが、手短に撮ってしまおう。」

「わかったわ。じゃあ、最初に1人だけ時雨から…」

「えっ、僕から1人で?」

「今回の主役なんだから、あなたが最初に決まってるでしょ。その後に皆で集合写真も勿論撮るけどね」

「わ、わかった…」

何処か躊躇しがちな時雨に対し、ショウはこう提案した。

 

「よし、そこに腰掛けて撮ったらどうだ。写真を撮るならちょうどいいと思うが」

「あ…はい」

そう言って時雨は、船の左舷において座れる場所に腰かける形で座った。

波が穏やかであるとはいえ、いつ荒れるかわからない関係上素早く撮る必要がある。

 

「うーん…ちょっと絵にならないなあ…」

スマートフォンを用意した奈美子がそう呟いた。

船の端っこの部分に座っていた時雨の姿は美しいのだが、何かが足りない。

何かアクセントが欲しい。

そう思った時だった。

 

 

「そうだ!時雨さん、さっき買った食料って…」

「食料?あれなら…向こうにあるはずだけど」

「本当ですか!すぐ取ってきます」

そう言ってハルカが先ほど買った食料を確認しにキャビンへと向かった。

時雨の手持ち袋の中に入っていたのは、先ほど買った蜜柑の袋だった。

 

「これを2個くらい…」

袋から蜜柑を取り出し、膝の上に置く用のピンク色のハンカチをポケットから取り出したハルカはその蜜柑2つを包み、持っていくのだった。

 

「時雨さん、これを膝上に!」

そう言って既にスタンバイしていた時雨にハンカチごと手渡し、撮影の為に時雨のライフジャケットを取り外すのだった。

 

「ライフジャケットは外して大丈夫なのかい?」

「一瞬だけですので…さあ、すぐ撮ってしまいましょう!」

「う、うん」

そう言って時雨は膝上にハンカチを開き、その上に蜜柑2つを置く。

その間にハルカが時雨のそばから離れ、撮影の準備が整った。

文字通りの最高の構図になったと奈美子たちも認識できた。

そして次の瞬間であった。

 

「時雨ー!チーズ!」

「…ふふっ」

シャッター音と共にスマートフォンに映った時雨は…軽く微笑んでいた。

そして過去の因縁と区切りをつけた時雨の格好は、「あの時」と同じ…白色のノースリーブの服装とスカートに、身を包んでいたのだった。

 

 

 


 

 

 

―――時代が過ぎ、悲劇の影は人々の心から薄らいでいくだろう。

それでも僕は忘れない。

あの悲しみを、あの狂気を、そしてあの勇気を。

そしてそれらを忘れない為にも…

僕は、未来(いま)を生きていく。

 

2023年某月日。

沖縄南方海域…駆逐艦時雨、駆逐艦雪風、戦艦大和、軽巡洋艦矢矧、そしてその他各艦娘の冥福を祈り…敬礼。

(※respect for セプテントリオン)

 

 

決意を新たにした時雨は、再びその世界への扉を開くのだった。

 

 

「艦これ」いつかあの海で×ドリフトスピリッツ 2023 -いつかあの(みち)で-

 




後書き
作者のカービィ改二です。
2023年中に全て仕上げた本作、いかがでしたでしょうか。
最終的には「いつ海」最終回Bパートからエンディング後に繋がるような形であるという事を理解していただければ幸いです。
最終回についても色々と言われている「いつ海」。
私としては、本作のような構想が練られただけでも十分な神作だったと思います。
しかしまあドリスピという原案があるとはいえ、マジで長かった…
そしてショウに関してはちょっと完璧超人にしすぎたかな…って(笑)
まあ時雨があそこまでどうやって行ったのかについては、やっぱり本作みたいに補填しておいた方がいいのでしょう。
長々と書きましたが、本作はこれともう1エピソードで完結です。
ここまで長々とお付き合いいただきありがとうございました。
またどこかでお会いしましょう。

完結記念挿絵

【挿絵表示】
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。