「艦これ」いつかあの海で×ドリフトスピリッツ 2023 -いつかあの路で- 作:カービィ改二
純粋に考えればターバンのケンの方に分がありますが、果たして時雨は勝てるのか?
マスジたちとのバトルから2日が経った。
マスジの敗北後に現れた彼…ターバンのケンの予告通り、バトルに向けて時雨たちは事情をハルカに話してマシンセッティングを行っていた。
バトルの時が近づいていく。
その中で時雨たちはマシンをパワーアップを行う事を検討していたのだった。
―――昼過ぎ、『カーファクトリーピット』、ガレージ。
「…で、メダルを使えば、車をさらにパワーアップする事が出来るんです」
「すごい技術だね…」
この日、時雨と奈美子は車を『メダル』を使ってパワーアップする方法についてハルカから教わっていた。
この世界では、バトルで手に入れた『メダル』をある程度使えばマシンの性能を向上させることが出来るらしい。時雨のワンエイティも、ある程度のメダルをつぎ込んだことでほんの少しだけ性能が向上していた。
最も、この使用でほぼ全てを使い切ってしまったのだが。
「でもこれで、少しマシンスペックも上がった…ってことでいいかな」
「はい!これで更に格上の相手とも戦えるはずです」
「ありがとう…これで、更にいけるね」
そう3人でマシンを整えている時だった。
店の呼び出しブザーが鳴り、客が来ている事を合図していた。
「お客さんかな…行ってきますね」
「あ…僕も行くよ」
そう言ってハルカを追いかけるように、同時に何かを察したかのように時雨と奈美子も店の入口の方へ向かっていった。
「いらっしゃいませー!『カーファクトリーピット』へようこそ!」
「あー…時雨と奈美子、はいるか?」
ハルカと話していたのは、見覚えのあるターバンを巻いたサングラスの男だった。
そしてハルカを追いかけるように、奈美子と時雨もやってきた。
「…あなたは」
「お…2日ぶりだな、お嬢さん方」
そう、2日前にその男は「いずれピットに行く」という事を予告していたのである。
時雨たちもその事は決して忘れてはいなかった。
「予告した通りだが…今からバトルする気はあるか?」
「…時雨、いける?」
奈美子が時雨の方を向いて、バトルが出来るかを確認する。
「うん、いいよ。僕も行けるよ」
時雨はバトルの事を把握してそう言い返した。
「よし…一足先に、第一葦柄峠で待ってるぜ」
「…わかった」
そう言ってターバンの男はピットを去り、愛車であるランエボⅢに乗って第一葦柄峠へ向かっていった。
「あの人が相手ですか?少しずつ相手も速くなっているみたいですし、気を付けてくださいね」
「ありがとう…じゃあ、僕たちも行こうか」
「ええ…待ってるみたいだしね」
ハルカの激励を受け、二人も第一葦柄峠に向かうのだった。
◇ ◇ ◇
―――第一葦柄峠、往路スタート地点パーキング。
そこには、先ほどやってきたターバンの男と、そのチームのメンバーが集まっていた。
パーキングに止め、時雨と奈美子は中心にいた男たちの方に行く。
3人が対面したところで、男が話し始めた。
「…あー、ようこそ、お嬢さん方。よく来てくれた。御託や余計な前置きはいらない…とっととはじめようか」
「…うん」
「じゃあ、始めまし…って、あれ?」
すると、どこからか車が近づいてくる音が聞こえた。
「ん…?」
「あれは?」
峠からパーキングに入ってきたボクサーサウンドの車。
突如、時雨たちのそばにZC6型のBRZが乗り付けてきた。
「ちょっと待ったぁー!!もうバトルは終わっちまったか?」
BRZの窓からドライバーが顔を出し、周りを見渡す。
テンガロンハットを被り、豹柄のベストを着た男。
その姿を見た、ケンのチームのメンバーたちがうろたえる。
「まさか…」「あの人って…」そんな声が聞こえてきた。
見渡した後、男は車から降りてケンの方にやってきた。
そう言うと運転席の男がケンの方に向かって話しかけてきた。
「よかった…まだこれからのようだな。いいぜ、じっくり見物させてもらうかな?ハッハッハ!」
男はやけにケンに馴れ馴れしい態度をとっていた。
「あー?…『神風』、お前、どうしたんだ?」
嫌らしい顔をしたケンに対して、男は馴れ馴れしく話しかける。
「どうしたって?そんなもん野次馬よ野次馬!ケン、お前が珍しくアツくなってるって聞いてどんな奴なのか見に来たわけよ!ハッハッハ!」
そう言って男がケンの肩をポンポンと叩く。
「…別に熱くなっている訳じゃない。ケジメをつけたいだけだ。邪魔はするなよ…」
「OK、OK!」
すると、ケンから離れた男が時雨たちの方を見て話しかけてきた。
「あんたたちがケンの相手か。俺はただの見物人だから、気にしないでくれよな!」
「は、はあ…」
時雨は半ば「何だろうこの人」と思っていたが、同時に「この人は速そうだ…」という不思議な感覚を抱いていた。
「まあ、一つよろしく頼むぜ。あ、ケンの『ターバン走法』には気を付けろよ?」
「ターバン、走法?」
時雨が疑問に思って聞き返すと、ケンが怪訝な顔をして言った。
「…出鱈目だ。そんな走法はない」
「ハハ、ごめんごめん。じゃ、頑張れよ!」
男の謝罪にむすーっとなったかと思えば、男はギャラリーたちの方へと紛れ込んでいく。
そしてその最中、感情を抑えてケンは時雨たちにこう言った。
「…まあいい。最初に俺たちのチーム『デスパレード』のメンバーが相手をする。そいつらにある程度勝てたなら、俺が相手をさせてもらう」
「わかったわ…時雨もいい?」
「うん…いいよ。勝負しよう」
時雨は売られた喧嘩を買うようにそう言うのだった。
「最初は…よし、カズキ。お前いけ」
「はい!」
ケンに目を付けられたチームメンバーの男は、軽く頷いてスタスタと自分の車に乗りに向かった。
それを見て、時雨たちもワンエイティに乗り込んでスタートラインへと移動するのだった。
―――vsカズキ
推奨BGM:TOKYO GUYS(from SUPER EUROBEAT vol.64)
最初の相手はMA61型のダブルXセリカ。
時雨のワンエイティが左レーン、ダブルXセリカが右レーン。
コースは復路。
2台が並んで互いのエンジン音を轟かせる中で、カーナビのカウントが始まる。
「わかっているとは思うけれど、ワンエイティは昨日よりもパワーアップされているわ。周りの動きだけじゃなくて、ブレーキやハンドルを曲げるポイントも変わってくるから…気を付けて!」
「…わかった。気を付けるよ」
ワンエイティの車内で奈美子から言われたアドバイスに対して軽く頷き、時雨はハンドルをしっかりと握った。
目線は完全に第一コーナーを睨んでいた。
3
2
1
GO!
「―――!」
カウントがゼロになると同時に、ギアをDドライブに入れてアクセルを踏み込む時雨。ワンエイティはスタートダッシュで勢いよく加速していく。
相手のセリカも同様に発進した…が
「なっ!?速い…!」
スタートダッシュで時雨のワンエイティがワンテンポ先行した。
どうやらパワーアップの効果が早々に出ているようだ。
「だが…逃がすかよ…!」
セリカのドライバーが歯ぎしりをして必死に食らいつく。
左カーブである第一コーナーに迫る時点で、既に20m近くの差が出来ていた。
「このっ…!」
サイドブレーキを引き、ドリフト姿勢に持っていくセリカのドライバー。
しかし言う間でもなく左カーブで右レーン。
時雨のワンエイティとの差はあっという間に差が開く。
「(速い…!ついていけねえ…!)」
第二コーナーは右カーブ。
ここでワンエイティはお得意のフェイントモーションを披露し、コーナーを駆け抜けていく。
ハンドルを左から一気にぐいと右に曲げ、後輪を滑らせる。
「(あんなフェイントモーションで…!)」
見た目からすれば失速度の高そうなフェイントモーションだが、その走りはそれを感じさせないかのような走りだった。
フェイントモーションに入ってドリフト状態になった後は一定角度をキープしつつコーナーを高速で駆け抜ける。90キロ台を維持しながら一気にコーナーを突破。
この時点でセリカとワンエイティには明白な差が存在していた。
「ぐうっ…!」
チームの下っ端の一人が吠えたところで敵うはずがない。
典型的なサイドブレーキドリフトばかりを使っているだけでは、流石に限界というのがあるのである。
なんとか第二コーナーで多少差を詰めたところで、最終コーナーは左直角のロングカーブ。
インに攻めることが出来ないこの峠のルールにのっとってしまえば、この時点で勝敗というのはほぼわかるようなものだった。
「(くそっ……歯が立たない!)」
最終コーナーもワンエイティはフェイントモーション、セリカはサイドブレーキドリフト。
1つのコーナーを抜けるたびに差はみるみる開き、コーナー出口で既に2秒の差が生まれていた。
そこからアクセルを全開に踏んでも、その差は一向に広まるばかり。
ゴールラインを駆け抜けた時、差は3秒もあったのだった。
「……信じられねえ」
対戦相手の男は、茫然とそう呟くしかなかったのだった。
◇ ◇ ◇
―――復路スタート地点駐車場。
報告を受けたケンだが、その表情はどこか納得しているかのようだった。
「…カズキが負けただと?あー、さすが『ドラゴン』に勝っただけはあるな。しかし…ここからが本番だぜ?」
1戦目の結果を見たケンは冷静に事を見届けていた。
まあ下っ端中の下っ端である。ケンは納得もしてはいた。
だが、次の相手がいる。その事を示唆して、軽く呟くのだった。
「…誰でもいいよ。相手になるよ」
そう時雨は相手を求めるかのように呟いた。
その顔は、真剣そのものだった。
「(パワーアップしたとはいえ、まさか時雨がここまでの速さを出せるようになるなんて…)」
奈美子はその一方で、軽く驚愕していたのだった。
「へえ…やるじゃねえか」
一方でギャラリーの一人であるテンガロンハットの男はどこか納得しつつも、「俺ならまあ何とかなるか」と言いたげな顔で静かに呟いていたのだった。
――――――vsモトキ
推奨BGM:MUSIC FEVER(from SUPER EUROBEAT vol.67)
相手はBM9レガシィ。
左右左とコーナーが続く往路。
レガシィが左レーン、時雨のワンエイティは右レーンだった。
時雨にとっては不利な状況。
しかしそれでも時雨はある法則を見出し、ワンエイティの車内で静かに呟いた。
「…わかってきたよ。ここでの走り方が」
「え、何か言った?」
「あっ…ううん。何でもないよ」
どこか誤魔化すかのように時雨はそう言った。
だがそう言っている間にも、カーナビには既にカウントが表示されていたのだった。
3
2
1
GO!
「―――!」
ここまで来るとほぼ定型作業とも言うべきスタート。
だが、スタートこそ定型作業だが、コーナーでは必ずしもその定型作業が通用するとは限らない。
「(こっちのレーンなら…速めにブレーキを踏み込んで、あとはハンドルをあまり操作せずにアクセルワークで切り抜ける…!)」
ある程度のやり方を完全に把握した時雨は、そのやり方を実践するべく第一コーナーに近づく。
ドリフトラインの直前でブレーキを踏み込み、内側を走行する時以上に速度を減速させる。
そしてブレーキを抜いたら少しだけハンドルを左に傾け、低速でテールスライドに突入させる。
テールスライドに突入したらあとはアクセル全開。カウンターの舵角も少なく、減速時のロスは少なかった。
そしてコーナー出口でもカウンターを少なく、アクセルを踏み込む。
立ち上がりでさながらニトロを発動したかのように一気に加速していく。
「(これだ…!)」
時雨は確信した。
このやり方がこの峠での必勝法であると。
「っ…!」
奈美子はその加速に驚愕していた。
最初に出会った時よりも更にワイルドに、そして激しくも彼女の走りはさらに速くなっていた。
それは助手席に乗っている奈美子の身からしてもひしひしと感じ取っているのだった。
「(完全に時雨は、この峠での車の走らせ方を見出した…!)」
奈美子は完全に確信した。
そしてその思いを持ちながらも、時雨はただ前を見てアクセルを踏み続けていた。
一方で、BM9レガシィのドライバーは完全に圧倒されていた。
明らかに格が違う。
今まで会ったドライバーの誰よりも彼女は速い。そう確信していた。
「あいつ…ヤバいかもしれねえ…」
弾丸を通り越して鬼灯。
BM9レガシィのドライバーには、そのテールライトがはっきりと鬼灯のように写し出されていた。
コーナーをワンテンポもツーテンポも速く駆け抜けるワンエイティに、もはや全く主導権を渡してもらえなかった。
コーナーを抜けるたびに確実に差が開く。
「(俺じゃあ…ダメって事か…)」
最終コーナーである左直角カーブも、低速で侵入したかと思えば一気に加速してその勢いでワンエイティは加速していく。
BM9レガシィに有利な有利な左コーナーであろうが右コーナーであろうが、もはや関係はなかった。
そしてBM9レガシィが最終コーナー出口に差し掛かった瞬間には、既にワンエイティはゴールラインを駆け抜けていたのだった。やはりタイム差は4秒程存在した。
「―――アイツ、何回もバトルを行う中で更に速くなってるな。大したもんじゃねえか」
ギャラリーの一人であるテンガロンハットの男は、ボソッと呟いた。
それはまるで時雨の成長度合いに感心するかのようだった。
―――数十分後。
「ケンさんの仲間までやられちまうなんて…!ちくしょー!時雨ちゃん、なんつー速さだよ…!」
ギャラリーに来ていたアフロのヒロシが嘆くかのようにそう言った。
それもそのはず、この時点で既に時雨は10人以上「デスパレード」のメンバーたちを倒していた。
流石のケンも自分のチームのメンバーが10人以上倒されたら、もう実力を認めざるを得ない。
そんな空気になっていた。
「…あー、誰も歯が立たないと」
「すいません…ケンさん、お願いします!」
仲間たちの声を受け、ケンは重い腰を上げた。
「仕方ない、やはり俺が出るしかないな。『双剣』の片割れ、『ターバンのケン』、いくぜ!」
ケンはバトルを始めるように促した。
「いいわ…始めましょ!」
「…相手になるよ」
ケンの言葉に、奈美子と時雨は自信があるように言い返した。
2台のマシンにそれぞれのドライバーたちは乗り込むのであった。
◇ ◇ ◇
―――vsターバンのケン
推奨BGM:MY RADIO(from SUPER EUROBEAT vol.74)
「(さて…やってみるか)」
ケンのマシンは赤いペイントがされた黒のランエボⅢ。
ラリーでも活躍した事のある名車であり、現在でも峠であればそれなりの戦闘力を発揮するマシンだった。
そして同時に、ワンエイティよりは明らかに格上のマシンでもあった。
左レーン、ランエボⅢ。右レーン、ワンエイティ。
コースは復路なので、左右左の3つのコーナーがある。
状況的には時雨が不利。
しかし時雨には不思議な自信があるのだった。
「さあ、ボスよ。準備は良い?」
ワンエイティの車内で奈美子は時雨の身を案じるかのようにそう言った。
すると時雨は一人呟いた。
「―――いる」
「えっ?」
「この人より速い人が…この峠には」
「時雨……?」
時雨はただ目線を前に向けて一人呟いていた。
一方の奈美子はポツリとつぶやいた言葉を不可解に思いつつも、聞き返そうとした。
しかし実際はすぐに始まるレースにおいて、そんなことを敢えて聞き返すことはなかったのだった。
2台が並ぶ。
そしてそれを認識したかのように、カーナビのカウントが始まる。
互いにアクセルを踏み、エンジン回転数を上げる。
時雨はただ前だけを見ていた。
「(もうわかる…この車であれば、この感覚だって…)」
どのタイミングでマシンをスタートさせればいいのか?
どこまでアクセルを踏めばいいのか?
どう車を走らせればいいのか?
様々なドライバーと戦って、時雨には癖が身についていた。
確かに性能アップによるスピードアップや、全体でのスピードレンジの向上はしているが、それと同時に自分の知らない自分を知るような、そんな感覚になっていた。
今まで自分に存在していた足枷がどこか少しだけ外れるような、そんな感覚。
そしてそれと同時に、もっと速く…速く走りたい…そんな気持ちが、時雨を包んでいた。
「(この峠を速く走るのは…僕だ!)」
自然と手足に力がこもった。
走るべきラインが、脳裏に映る。
アクセルを踏み込んで、エンジンを回転させる。
3
2
1
GO!
「…!」
「っ…!」
片や、ギアをDレンジに入れる。
片や、1速に入れる。
アクセルを一気に踏み込み、2台ともにスタートダッシュ。
馬力差からランエボⅢが若干先行する。
「…やはりか」
ケンはドライバーシートでそう呟いた。
今まではなんとか同等クラスのマシンでバトルをしてきた時雨だったが、ここに来てまさかの先行を許されてしまう。
ランエボⅢは270馬力、ワンエイティはノーマルで205馬力。
先ほどパワーアップをしていたとしても精々230馬力程度であろう。
徐々に差が開きながら、第一コーナーである左カーブが近づいていた。
ランエボが左レーン、ワンエイティが右レーンである以上圧倒的にランエボ有利である。
「(速い…でも、まだだ)」
だが、時雨の瞳に絶望は一抹もなかった。
腕に多少の自信を持てたからこそ得た平常心。
それを時雨は維持できていた。
「(僕はまだ…!)」
一気にブレーキを掛け、減速。
ワンエイティの速度は75キロまで落ちる。
先行するランエボもほぼ同じくらいまで速度を落としている。
右レーンと左レーンで速度こそ互角だが、そのリードがつく速さは遅くなったようだった。
ハンドルの操作を可能な限り減らし、ハンドル操作での速度低下を抑止する。
相手のランエボもコーナーを抜けて加速をしていき、ワンエイティもコーナーを抜けようとしていた。
「(……ここだ!)」
ある程度アクセルを調整しながら踏み込み、そして「ここ」と決めた瞬間でアクセルを全開にする。
ハンドルもニュートラルに戻す。
判定は「Excellent +0.15m」。
一気にマシンが加速する。
その加速差は歴然。4駆のランエボにも食らいつこうと思えば食らいつけるレベルだった。
マシンの距離差は一気に縮まり、7m以内と言ってもいいほどまで迫っていた。
「(食いついてるだと?あの不利な状況で…?)」
ケンはどこか狼狽したかのようだった。
インを走っていたランエボよりもワンエイティのほうが速い。
明らかにコーナースピードや立ち上がりで自分の方が負けている。
そしてそのまま第二コーナーの右コーナーに突入する。
「(ここは…譲れない!)」
ハンドルを少しだけ左に切り、カーブと逆の方向を向く。
そして次の瞬間、一気にブレーキを掛けてワンエイティの向きをぐるんと右に向け、アクセルを踏む。
お得意のフェイントモーションが炸裂する。
「……!」
ケンから見れば壮大なフェイントモーション。
普通に考えればフェイントモーションが必ずしも早いとは限らない。
しかし、速い。コーナー走行速度が、速い。
インのコーナーということもあるのかワンエイティはランエボを追い抜き、徐々に差が開いていく。
ハンドルのカウンターを可能な限り減らし、コーナー出口でマシンを直進するように整える。
その瞬間、ワンエイティは一気に加速していく。
20m近くまで距離差は広まった。
「…速い!」
右コーナーを駆け抜け、ワンエイティは徐々にランエボを振り切る姿勢に入る。
そしてそのまま最終コーナー。左の直角ロングコーナーである。
ワンエイティが若干先行する中で2台が迫る。
ここでも時雨は一気に減速をして車をコントロールする。
そしてそのまま最終コーナーに突入する。
ドリフトラインでハンドルを左に切る。
コーナーの右レーンのインギリギリまで攻める。
だが、その時だった。
\コツン/
「え…!」
「!!」
何か嫌な音がした。
その正体はラバーポールへの接触だった。
先ほど、ワンエイティはインに攻めていたが実はこの時点でオーバーステアだった。
オーバーステアでコーナーのラバーポールに、コツンとぶつけたワンエイティ。
ウレタン製であった為に反動は少なかったとはいえ、その衝撃で一気にアンダーに膨れた。
インを攻めすぎた結果、壁にコツンとぶつけてしまったも同然である。
ハンドルを必死になって右に曲げて操作し、なんとかドリフト状態を維持し続ける。
だが、動揺から立ち上がりの速度は決して速いというものではなく、徐々にランエボⅢとの差が縮まりつつあった。
「っ…間に合うか…!?」
コーナー出口で、ランエボⅢのターボが吠える。
最終ストレートで一気にその距離が詰めてくる。
時雨もアクセルをとにかく全開に踏みこむ。
立ち上がりで伸びないワンエイティに食らいつくランエボⅢ。
一気に追いつきつつある。
そして次の瞬間
「(…忘れてたぜ)」
ハンドルに取り付けられていたニトロスイッチに触れ、ランエボⅢが加速する。
マフラーから青い炎が吹き出て、一気に加速130キロ台まで加速した。
「……!!」
ランエボⅢがさらに迫る。
時雨はこの時点で焦りの色が出ていた。
どうにかして、とにかく前に。
その心情が時雨を支配し、もはや自分もニトロスイッチを発動するべきであることすらも忘れている状況だった。
兎に角アクセルを踏み、前へと進む。
そして後ろから獲物を追いかけるオオカミの如く迫るランエボⅢ。
最終ストレート、その速度差でぐんぐんと追いつく。
果たして結果は。
「―――――!」
「……ダメ、だったか…」
2台が若干並んでゴール。
結果としては時雨の鼻先での勝利だった。
車の位置としてはボンネット分の差だけがある状態。
もしストレートでアクセルを踏み込んでいなければ、まず確実に時雨は負けていた。
だが、アウトに膨れる事さえなければ勝利はより確実なものになっていたことであろう。
ゴールラインを駆け抜けた2台は徐々に失速していく。
「やったわ!勝ったわよ、時雨!」
「あ、ありがとう」
時雨がワンエイティの速度を落としていく中で、間一髪の勝利を祝う奈美子。
しかし時雨ははっとなってハンドルに取り付けられていたニトロスイッチを見た。
そう、ワンエイティにもニトロは搭載されているのだ。
非常用とはいえ、その存在自体すら時雨は忘れていたのだった。
もし使うべきタイミングがあればこれも使おうとは思った。
しかし、己の過信からニトロスイッチの存在すら忘れて己の腕に全てを頼り切っていてしまっていた。
今回こそ何とか勝つことは出来たが、時雨は己の慢心を深く痛感するのであった。
「(勝つには勝ったけれど…僕も、まだまだだね。ちょっと、失望したかな)」
時雨は言葉にこそしなかったが、心の奥底でそう思うのだった。
「…いい腕だ。だが使うべきところで使わない限りまだまだだな、アイツ…」
ゴールライン付近で見ていた、ギャラリーの一人であるテンガロンハットの男はそう一人呟くのだった。
―――第一葦柄峠往路スタート地点駐車場。
バトルを終えた2台が横並びで駐車されていた。
「…俺が負ける、とは。あー、ここまでやられるのは想定外だったな…」
「どう?これが時雨の実力なのよ!」
奈美子が誇ったかのように言った。
だが、正直時雨には勝ったという自覚はなかった。
はっきり言えば紙一重の差だった。
自分が油断していなければ、もっと十分な勝利を得れていたかもしれない。
時雨はそう感じ、あえて何も言わない事を貫くのだった。
すると、どこからか先ほど乱入してきたテンガロンハットの男がケンに話しかけてきた。
「ハッハッハ!おいおい、ケン!どうしたんだよ、完敗じゃねえか!お前らしくねぇな!」
「『神風』…面目ない」
すると、テンガロンハットをかぶった男に奈美子がふと何かを思い出したかのようにこう言った。
「『神風』?…もしかしてあなた、『神風連合』:のボス、『神風のトオル』?」
「…?」
すると、トオルと呼ばれた男が奈美子に対して話しかける。
「お嬢ちゃん、俺のこと知ってんのか?そう、俺が『神風のトオル』だ」
「……」
「俺もちょっとした有名人ってところか?こりゃ、『皇帝』に並ぶ日も遠くねえかな!」
男は豪放な口調でそう言い放った。
「皇帝…!」
トオルという男が「皇帝」という言葉を発した瞬間、奈美子の表情がこわばった。
それを見た時雨が軽く疑問に思い、奈美子に話しかける。
「奈美子…どうしたんだい?」
「えっ…?い、いや…何でもないわ」
こわばった顔を疑問に思った時雨が質問すると、はっと思い出したかのように奈美子は落ち着きを取り戻した。
その様子はあまり気にされることなく、トオルはある提案を時雨たちにしてきたのだった。
「さて…『双剣』が2人とも負けた今、連合にはもはやボスであるこの『神風のトオル』しか切り札がねえ。ここはひとつ、俺とバトルしてもらえねえかな?」
トオルがバトルをするように要求してきた。
「…いいよ。僕も、ここまできたら譲れないものが、あるからね」
「もはや引き下がれない事は承知してるわ!」
時雨と奈美子が出した答えは文句なしのイエスだった。
トオルの提案に対する答えは言うまでもないイエスだった。
神風連合の幹部たちを倒し遂に来るところまで来てしまった以上、戦わざるを得ないのである。
時雨と奈美子はそれを嫌というほど理解していたのだった。
神風連合の傘下ドライバーたちを倒し、遂に現した『神風連合』のボス『神風のトオル』。
峠の風雲児こと時雨と、神風連合との最後の戦いが幕を開けようとしていた…。
(第7話End)