「艦これ」いつかあの海で×ドリフトスピリッツ 2023 -いつかあの路で-   作:カービィ改二

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第8話です。
時雨、奈美子と神風連合との決着の時が迫ります。


act.8「GodWind(神風)」

ターバンのケンを倒した直後、彼に話しかけてきたテンガロンハットの男。

彼は「神風のトオル」を名乗り、時雨たちに勝負をするように言ってきた。

神風連合と時雨・奈美子の最後の戦いが始まる。

 

 

 

 

―――葦柄峠、往路スタート地点パーキング。

 

推奨BGM

 

「改めて自己紹介させてもらうぜ。俺は『神風のトオル』。この葦柄峠を縄張りにしている「神風連合」のボスをやらせてもらってる。えーっと、お嬢ちゃん方は…」

「…時雨だよ」

「奈美子よ。…なんだか、随分気さくな男ね。悪評高い『神風連合』のボスとは思えないわ」

「うん…僕も正直、もっと悪人面しているかと思ってたよ」

「悪人面、ねえ…まー別に俺たちも好き好んで悪評立ててるわけじゃねえぜ?ちょいと爆音マフラーがうるせえのと夜コンビニなんかにたむろしてるくらいでよ!ハッハッハ!」

「は、はぁ」

その豪放ぶりに時雨は多少圧倒されているところがあった。

だが、それを見越してトオルはある話をしてきた。

 

「…んで、本題だ。お嬢ちゃんたちに次々負けたおかげで、俺ら『神風連合』の評判がさらに良くないんだ。」

「…まあ、そうだろうね」

するとその言葉にトオルは意外な言葉を投げかけた。

 

「だが…そんなことは俺は、はっきり言ってどうでもいい」

「……?」

「どういうこと?」

「他の奴らはメンツだの名誉だのうるせぇが、この峠のルールってのは単純、強ぇヤツが正義。俺はおめぇら二人に勝つ!それだけだ!」

清々しい程の開き直りっぷりだった。

だが、時雨たちはその姿勢に対して悪い印象は抱かなかった。

単純な実力勝負であればこちらとしても文句はない。

速さが全て…それは、何回もバトルをこなしてきた時雨もよく理解はしていた。

 

「なるほどね…」

「…わかったよ。勝負しよう、トオル」

「よし、そうとなりゃ早速…」

 

すると、その様子を見ていた神風連合の部下たちが現れた。

「ま、待ってください!トオルさん!!一生のお願いっす!!!!」

「ああ?なんだよヒロシ、バトル前に水を差すんじゃねぇ!」

最初に声を上げたのはヒロシ。

 

「お、俺達にもう一度チャンスを下さい!!このまま負けっぱなしじゃ終われねぇっす、一生のお願いっす!!パワーアップしたハチロクで今度こそ時雨ちゃんたちを倒すっす!!」

「ヒロシ……」

すると、それに釣られて他の部下たちも懇願にやってきた。

 

「YO!YO! ♪今度こそ俺頑張る勝てばそのあとカーニバル♪どうかチャンスを!チェケラ!!」

「俺もだぜ!このまま引き下がったとあっちゃあ、腹の虫がおさまらねえ!!」

「サイゴーに、マスジ…」

「あー…俺も同感だ。『神風』さえよければ、次こそは…俺がやってやる」

神風連合の部下たち一同が皆トオルに対して頭を下げている。

やはり神風連合の首領であるが故、カリスマは抜群のようだ。

するとそれを見たトオルは、「まあ仕方ねえか」と言わんばかりの顔でこう言った。

 

「あぁもう、わかったわかった!…ってことで悪いが、もう一度こいつらと勝負してくれないか?」

時雨の方を見てトオルは質問した。

 

「…わかった。いいよ」

「ヒロシたちを倒して、あなたのところまでたどり着いてみせるわ!」

必ず勝って辿り着いてみせる…そんな宣言だった。

 

そう言ってトオルは後ろに下がった。

「決まりだな。じゃ、俺は最後で待ってるぜ」

 

「じゃあまず俺様から行かせてもらうぜぇ!折角トオルさんにもらったチャンス、三度目の正直でお前ら二人に勝つぜぇ!!(それでダブルデートだ!)」

「…いいよ。相手させてもらうよ」

ヒロシの宣戦布告を受け入れるかのように時雨はそう言って、奈美子共々再びワンエイティに乗り込むのだった。

 

 

 


 

 

 

―――vsアフロのヒロシ

推奨BGM:TAXI DRIVER(from SUPER EUROBEAT vol.65)

 

コースは第一葦柄峠往路。右直角カーブ→左高速コーナー→右ヘアピン。

左レーン、ハチロク。右レーン、ワンエイティがそれぞれスタートラインの前に並ぶ。

スタートラインの前で、2台がエンジンを始動し空ぶかしを行う。

 

「ここまで勝ててこれたかもしれないけど、ここで返り討ちに遭わせてやるぜぇ…!」

ハチロクの中でヒロシはそう一人呟いていた。

 

 

「同じ相手だけど、油断しないでね」

一方の奈美子も、ワンエイティの車内で時雨に対してそう呟いた。

だがそう言った直後だった。

 

「…2コーナーまでに」

「え?」

「あ、いや…なんでもないよ。気をつける」

奈美子の方を見た時雨はどこか決心を固めたかのようにそう言うのだった。

目線をコースの方向に合わせ、スタートの時を待つ。

カーナビが互いの車を認識し、バトル開始のカウントを始める。

アクセルを調整し、おおよそ7000回転になるように調整。

そうこうしているうちにカウントは既に数秒のところまで来ていた。

 

3

 

2

 

1

 

GO!

 

「(ここはあくまで過程にしか過ぎない…負けるわけには、いけないんだ!)」

時雨の手足に自然と力が入る。

ギアを一気にドライブに入れ、スタートダッシュ。

加速の時点で一気に差をつける。

「うげ…あいつら、さらに速くなってやがる!?」

「(…第2コーナーまでに、バックミラーから消え去らせる!)」

メーターは120キロにすぐ到達。

そして到達すると直ぐ最初の右直角コーナーが近づいてきた。

 

「(オーバースピード…!?)」

奈美子は軽く恐怖を感じた。

明らかに速い。

このままではラバーポール一直線である。

しかし…どこか時雨を信じている節もあった。

彼女ならやりかねない。

彼女なら一発かましてくれるかもしれない。

そんな思いが、奈美子にはあった。

そして次の瞬間

 

「(ここだ…!)」

一瞬左にハンドルを曲げたと思いきや、ぐいとブレーキを踏んで一気に減速。

直ぐにブレーキを抜いたと思いきや一気にハンドルを右に曲げて車をドリフト姿勢へ突入。

タイヤが一気に白煙を上げた瞬間、再びカウンターを当ててドリフト。

ハンドルの角度はほぼ一定で、コーナーでの速度はスムーズだった。

 

「はっ、速えぇ…!」

一方でハチロクは典型的なサイドブレーキドリフト。

だが、角度が浅かったのかタイヤの食いつきが悪いのかどんどんとアウトに膨れてしまう。

 

「(ちっくしょぉ…俺じゃ敵わねえっつーのか!?)」

どんなにメンテナンスを整えても基本的な技術がどうしようもないのである以上、2台の差はどんどん開いていく。

 

「(っ…でも、次のコーナー…で!?)」

次のコーナーは左の高速コーナー。

だがハチロクが第1コーナーを突破した時点で、既にワンエイティは第2コーナー出口に差し掛かっていた。

お得意のフェイントモーションを再び披露し、完全にワンエイティはハチロクを引き離し独走態勢に入った。

そしてその位置は、第1コーナーを抜けたばかりのヒロシにとっては死角であり、ワンエイティは遥か彼方へと進んでしまったかのように思えた。

 

「(いない!嘘だろぉ…)」

必死になってアクセルを踏むヒロシだが、その差はもう歴然だった。

一方で第2コーナーを抜けたワンエイティ…の運転席では、時雨がバックミラーをちらりと覗いた。

 

「…ようし」

時雨はどこか安堵したかのように言った。

そしてそのままブレーキを踏んで65キロまで減速。

最終の右ヘアピンに突入し、スローインファストアウトとなるドリフトで脱出。

一度流れに乗った車を勢いのままに走らせ、そのままゴールラインへ突っ走った。

そして第2コーナー脱出の時点でヒロシはすっかり戦意喪失し、ドリフトを止めて低速スローダウンしてしまった。

 

◇ ◇ ◇

 

―――復路スタート地点パーキング。

「くそー、またまた負けた、ちくしょー!!こ、ここから先は『神風連合』の精鋭の皆様が相手になるぜぇ!!…先輩方、頼みましたっすー!!」

車を降りたヒロシは、そう負け犬の遠吠えをするかのように言って去っていった。

 

「…誰だっていいさ。挑戦者である僕は、相手を倒すだけだからね」

ヒロシの言葉に対して、時雨は断言したげに言うのだった。

 

 

 


 

 

 

―――復路スタート地点パーキング。

ヒロシとバトルした後、数人の部下たちを倒した後に現れたのはあのラッパーの男だった。

 

「HEY!こんなこともあろうかと、RX-8をパワーアップさせておいたYO!今度こそお前らを SO 倒すYO!」

何処かその口調には気合が入っているかのようだった。

 

「いくらだってかかってくればいいよ」

「何度やったって、結果は同じよ!」

時雨と奈美子はそのラップに対して喧嘩を買うかのように互いにそう言うのだった。

 

「♪トオルさんが暮れた 敗者復活、俺、期待応えて、絶対勝つ!♪俺のソウルフルなドラテク、見せてやるYO!チェケラ!!」

そう言って彼はRX-8に乗り込み、奈美子と時雨もワンエイティに乗り込むのだった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

―――vsDJサイゴー

推奨BGM:SEVENTIES(from MAHARAJA NIGHT vol.9)

 

復路スタート地点に2台の車が並んで停車している。

左レーン、時雨のワンエイティ。右レーン、サイゴーのRX-8。

互いにアクセルを踏み込んでエンジンを回転させるのだった。

 

「(…感覚は、掴んだ)」

時雨は軽く両手をグーパーさせた。

「(ここまでなら、同じように走ればいいだけさ)」

両手に熱がこもる。自然と足にも力が入った。闘志が漲る。

 

「(……サイゴーも、同じように)」

「また、途中までに…?」

「うん…え?」

すると、奈美子が自分の感情を読み取ったかのように話しかけてきた。

 

「時雨、ヒロシの時もそうだったけど…」

「…気づいていたのかい?」

時雨はどこか申し訳なさそうに返事をした。

だが、奈美子はまるでそれを気にしないかのように言葉を続けた。

 

「時雨が速くなるのは、横で見てるからね…大丈夫、きっとヒロシと同じ感じですぐに振り切れるわ」

「……」

「信じてるわ、時雨」

その言葉は時雨にとっては言うまでもない励ましの言葉だった。

その言葉に対して時雨は軽く頷くのであった。

 

先ほどのヒロシのバトルに続けて復路。コースは左ヘアピン、右高速、左直角のコーナー。

両者がスタートラインに並び、互いのエンジン音を轟かせる中でカーナビのカウントが始まる。

互いのエンジンのタコメーター回転数を上がる中、エキゾーストノートがこだまする。

 

3

 

2

 

1

 

GO!

互いにギアを入れてアクセルを全開にする。

時雨自身、アクセルをほぼベタ踏みの状態で一気に加速させる。

多少のパワーアップが施されているワンエイティが、RX-8を徐々に引き離す。

 

「(っ…速い!)」

「――――――」

時雨は気が付かないうちにテンションが上がっていた。

自分でも気が付かないうちにどんどん加速していく。

自分が予想するよりもはるかに感情がヒートアップしていた。

心臓の鼓動がより速くなる…そんな感覚。

それでも恐怖は不思議と感じず、コーナーギリギリまでアクセルを全開で踏む。

 

 

「(あんなスピードで…!?)」

傍から見れば明らかなオーバースピード。

だがコーナーのほぼ直前でブレーキランプが光る。

そして次の瞬間。

 

「(まさか…!)」

高速域での切り返しを使ったフェイントモーション。

ここでも案の定炸裂した。

ワンエイティを操る時雨はただ冷静に前だけを見て、ハンドルを右に曲げてカウンターを当てていた。

 

「っ…!」

負けじとRX-8のほうもサイドブレーキでタイヤを滑らせる。

だが、食いつきが悪く徐々にアウトに膨れる。

 

次の右直角コーナー。

ここではワンエイティのブレーキは長くゆっくりと。

「(……ここだ!)」

ブレーキを離し、一気にアクセルを踏む。

アクセルを踏むと同時にタイヤが滑り始める。

滑り始める時、ハンドルを左に曲げてカウンターを当て続ける。

スローインファストアウト。

もはや鉄則と化していたその走りは、まるで弾丸のようにどんどんと加速を付けていく。

 

「……!」

1つ1つのコーナーで確実に差が付いた。

コーナースピードが速すぎるのだ。

サイゴーにとっては絶望しかなかった。

 

「(ま、まだ終わったわけじゃ…)」

右直角コーナーをサイドブレーキドリフトで再びドリフトをしても、追いつけない。

アクセルを全開に踏んでも、差は広まるばかり。

ドリフトしている間に、ワンエイティはすでに最終コーナーに突入して後ろ姿も消えかけていた。

アクセルを踏んでも力が入らない。

どうやら人間というのは本当の絶望にぶつかった時、力を感じる事がなくなってしまうものらしい…。

サイゴーはもはやお手上げだった。アクセルを抜き、RX-8は失速していく。

最終コーナーはサイゴーにとって有利だが、勝てる見込みがない事はサイゴーがよく理解していた。

 

「俺が速くなったと思いきや、向こうはそれ以上に速くなっている……」

サイゴーは実力差に絶望するしかなかった。

タイム差は5秒…自分の速さ以上に、時雨は速くなっていたのだ。

 

◇ ◇ ◇

 

―――往路スタート地点。

 

 

「♪折角のアンコール、砕かれたソウル、…ここで負けちゃあ、真っ暗フューチャー…♪チェ、チェケラ!!ま、マスジさん、お願いします!!」

サイゴーはゴール地点に待機していたマスジに、ガックリとした顔で出陣を促す。サイゴーはがっくりした様子でその場を静かに去っていくのだった。

 

「…いいさ。負けないよ」

「マスジにだって負けたりはしないわ!」

時雨と奈美子は闘志を露にするかのように、そう断言するだけだった。

 

 

 


 

 

 

―――往路スタート地点パーキング。

 

「おう、おめぇら…前のようにはいかねーぞ?今度こそ俺の『黒い龍』の餌食になりやがれぇぇぇ!!」

黒い竜の男が威嚇するかのように時雨と奈美子に対して言い放つ。

 

「今度も同じように勝ってみせるんだから!」

「…ここは、譲れない」

当の二人は、その威嚇を受け流すかのように互いにそう言うのだった。

2台のマシンにそれぞれのドライバーたちが乗り込み、スタートラインへと移動していく。

 

◇ ◇ ◇

 

――――――vsドラゴンのマスジ

推奨BGM:TRANSMISSION(from SUPER EUROBEAT vol.48)

 

コースは往路。コースは右直角カーブ→左高速コーナー→右ヘアピン。

左レーン、ワンエイティ。右レーン、シビック。

2台が並ぶ。

 

「同じ失態は二度もやらかさねえぜ…」

シビックでマスジはそう呟いた。

そう言いつつアクセルを踏み込み、タコメーター回転数を上げる。

どうやらマシンの調子自体は良好のようだ。

 

「……」

一方のワンエイティ。

時雨もただエンジン回転数を見ながらアクセルを踏み込んでいく。

手先足先に熱がこもる。走りへの情熱が手足に募る。

そして情熱がそのまま両手への握力になった。

 

暴れ馬と化すことがある車を、このワンエイティを誰よりも速く…

誰よりも速く、走らせる。

そんな走りへの情熱と意志が、四肢五感に現れていた。

その状態になると、エンジンの音がほぼ聞こえなくなって風の音だけが聞こえてくる。

視野角は前方だけになり、相手のことがほぼ見えなくなった。

口の渇きが、普段以上に増したようにも感じる。

だが、その状態の事を誰かに説明する余地は時雨にはない。

レースが始まるのだ。

カーナビのカウント数はどんどんと減っていく。

 

3

 

2

 

1

 

GO!

 

回転数6700回転―――ギアをDドライブに入れ、アクセルを全開にする。

シビックとワンエイティの加速は少しワンエイティが有利だった。

 

「っ…!」

マスジは以前よりも時雨が速くなっている事は一瞬でわかった。

シビックの加速にワンエイティが追いついてきている。

マシンはほぼ横並びでコーナーに突入する。

ギアを下げ、サイドブレーキでタイヤを滑らせる。

本来であればシビック有利の右コーナーであり、ワンエイティとは差が付くと思われる。

だが

 

「(差が開かねえ…それどころか…)」

センターポールギリギリまで車を寄せてきている。

インに全開に攻め、その差は開かないどころか徐々に詰められている。

カウンターを当てながらこちらもインを攻めるが、差が徐々に縮まっているのはマスジでもわかった。

 

「(俺のコーナースピードが…遅いって言うのか!?)」

そしてコーナー出口。

カウンターをさらに当て、マシンを直進姿勢に整える。

だが

 

「っ…!」

立ち上がりの時点でワンエイティが真横に、いた。

立ち上がりでは有利のシビックが、完全に追い詰められてワンエイティにノーズを付け込まれた。

そうこうしているうちにすぐ次の左直角コーナーが迫る。

アクセル全開区間は短く、あっという間に次のコーナーに入る。

ブレーキを踏み減速、再びサイドブレーキを引いて後輪を滑らせる。

だが、次の瞬間だった。

 

「……!!」

まるで、突風のような速さだった。

ワンエイティはシビックを吹き飛ばすかのような勢いで、インからあっという間に追い抜いていった。

左コーナーという有利な条件で、コーナーワークで一気に差を付けられた。

 

「っ…!!」

内側有利の右コーナーではジャブ程度だったが、左コーナーとなるとそれが一気にストレートのパンチのように効果が出ている。

明らかに、シビックよりワンエイティの方がコーナースピードが速い。

立ち上がりでも差が付く。

 

そしてそのまま最終右ヘアピン。

そのまま行けばシビック有利ではあるが、差が差だけに追いつけるかどうかすらわからない。

ワンエイティはマシンのリアを左に振り回したかと思いきや一気に右へと曲げるフェイントモーションで突入、減速を抑えてそのまま突破しようとしていた。

対するシビックはドリフトで抜ける為にもいちいちサイドブレーキを引く必要がある。

一応サイドブレーキなしでもFFはドリフトはやろうと思えばできるが、マスジにはそこまでは出来ない。

タイムロスは必死だった。

 

「(ついていけねえ…!アイツのペースが速すぎる!!)」

コーナーの突っ込みでも立ち上がりでも明らかに差がついていた。

ワンエイティは完全に自分の世界に入り、独走状態に突入しようとしていた。

シビックがコーナーインに突入した時点でワンエイティは既に立ち上がり。

勝負はほぼ着いたも同然、だがマスジも決して引き下がらなかった。

 

「あまり使いたくなかったが…!」

コーナー中間でハンドルのニトロスイッチに親指を伸ばし、ボタンを押す。

ほぼ最低速度となる位置でニトロオン。

立ち上がりにさらに加速度を増す。

最終ストレートに突入していたワンエイティに食らいつく。

暴れるハンドルを必死に抑え、ワンエイティのテールに追いつかんとアクセルを最後まで目いっぱい踏む。

 

「時雨…!」

「……」

一方のワンエイティ。奈美子の言葉にバックミラーをちらりと見た時雨。

だが、時雨はほぼ相手を気にすることなくゴールまでアクセルを全開で踏み込んだ。

 

「くっ…!ダメ、か…!!」

マスジは必死にアクセルを踏み込んでシビックに鞭を入れるが、残念ながらその差を覆すことは出来なかった。

ワンエイティがシビックを抑えてゴールラインを駆け抜ける。

そして1秒ほど遅れてシビックもゴールするのだった。

1秒以上のタイム差。

それもニトロを使ってこれなのだから笑えない。

マスジは二度も完敗したのだった。

 

◇ ◇ ◇

 

―――復路スタート地点駐車場。

 

「俺の『黒い龍』が一度ならず二度も負けるとは…。納得いかねぇ!!納得いかねえぜぉぉぉ!!」

そう言って、車から降りたマスジは崩れ落ちた。

その様子をワンエイティの二人はただただ眺めるだけだった。

 

「…残念だったね」

「じゃあ、私たちはこれで…」

「ちょっと待て!てめぇら!!」

車に乗って再びスタート位置に移動しようとした二人に対し、顔を上げてマスジが言い放った。

 

「…まだ何か用かい?」

時雨が怪訝な顔でマスジを見る。

 

「…俺の負けだ。認めてやる、なかなかやるじゃねえか」

立ち上がり、彼は多少にやけるように言った。

 

「え?…あ、ありがとう」

「…ありがとう」

マスジの意外な反応に奈美子も時雨も思わず戸惑っていた。

根はいいヤツなのかもしれない…二人はそう思ったのだった。

何処か拍子抜けした二人は、そう思いつつもワンエイティに乗り込んで次のバトル相手の元へと向かうのだった。

 

 


 

 

 

―――復路スタート地点パーキング。

駐車場には既に次の対戦相手であるターバンの男がいた。

 

「…あー、今度は前のようなヘマはしねえ。全力で潰させてもらう…!」

そうターバンの男はどこか気合を入れるかのように言った。

 

「僕だって、譲れないものがあるんだ。相手させてもらうよ」

「全力で返り討ちにしてやるんだから!」

時雨と奈美子はその言葉に対して、自分たちも負けられないというプライドを露にするかのようにそう断言するのだった。

言葉を交わした3人は再びマシンに乗り込み、スタート地点へとマシンを移動させるのであった。

 

◇ ◇ ◇

 

―――vsターバンのケン

推奨BGM:PEOPLE OF MUSIC(from SUPER EUROBEAT vol.74)

 

 

コースは復路。左レーン、ワンエイティ。右レーン、ランエボⅢ。

 

「……」

時雨のテンションは至って冷静だった。

先ほどの最後の追い上げが多少は薬になったのだろう。

 

「(ここまで来ればもう油断はしない。僕は…勝ちに行く!)」

手先は冷静。メンタルも安定。唯一の欠点は相手がランエボⅢ…スペック差だ。

だが、ここでは時雨が有利だった。前へ走ろうと思えば、きっと行ける。

奈美子も時雨も思う事は同じだった。

カーナビにカウントが表示される。

 

3

 

2

 

1

 

GO!

 

「…っ!」

即座にDドライブに入れ、アクセルを踏み込む。

だが、それでも相手のランエボⅢの方が速かった。

ハイパワーターボ+4WD。純粋なスペック抜きでも速い。

それでも第一コーナーまでに多少差がついてもコーナーで抜けばいい…時雨はそう思っていた。

すぐ第一コーナーである左ヘアピンが迫る。

コーナー直前で一気にブレーキを踏み、速度を一気に下げる。

そしてアクセルオフ…から、左にハンドルを曲げると同時にアクセル全開にする。

インのガードレール近くまでマシンを寄せ、カウンターを当てる為にハンドルを右に曲げる。

とはいえ、彼女は車をガードレールまで限界までは攻めないようにした。

やはり1度目のバトルでセンターポールに軽くぶつけた事が影響しているのだろう。

 

「(くっ、やはりコーナーが…!)」

インとアウトの差があるとはいえ、あっという間にコーナーで10m以上差が付いた。

時雨のドラテクはさらに磨きがかかっていた。

彼女のドライブはテンションが上がりまくって、葦柄峠でも間違えなくトップクラスの実力にまで成長していた。

神風連合が多くの刺客を差し向けた事が、彼女をより成長させることになっていた…

それどころか、このバトルの時も常に成長していた。

 

「っ…!」

第2コーナーは右直角コーナー。

ワンエイティは典型的なフェイントモーション。

ランエボⅢはグリップに近いドリフト。

ランエボⅢはラインにもある程度余裕はあったが、ワンエイティはセンターポールの方までマシンを寄せていた。

 

「(今度は…当てない!)」

時雨はマシンのフロントとセンターポールの部分だけを気にしていた。

フロントが仮にセンターポールにぶつかったとしたら、一気に挙動が乱れてアウトに膨れる。

そんなことは先のバトルで嫌というほど痛感していた。

だが、一方のランエボⅢは…

 

「(…やるしかないな)」

ケンはランエボⅢのギア付近に取り付けられていたニトロスイッチに左腕を伸ばし、ハンドルを片手で操作し続ける。

そしてそのまま左手でスイッチを押す。

 

「―――!」

コーナー中央でニトロ発動。

しかも、ランエボⅢ有利な右コーナーだ。

ドリフトしながらニトロで加速し、そのままさらに立ち上がりで加速する。

ランエボⅢの4WD故に、ドリフト時も安定性は高かった。

あっという間にワンエイティはオーバーテイクされてしまう。

 

「……」

だが、決して時雨は動じなかった。

相手に追い抜かれても彼女のメンタルは殆ど動じる事はなかった。

そして奈美子も時雨に話しかけようとしたが、その目を見て全てを察した。

 

「(……負けるわけがない。時雨の目を見て、すぐわかった…)」

時雨はただ前だけを見ていた。

ランエボⅢの姿はあまり気にする事もなく、自分の走りをする。

ランエボⅢのブレーキランプがフラッシュする。

ランエボⅢがドリフト姿勢に突入する。

まだ数メートルの差はある。

 

「(少し無茶になるかもしれない…でも!)」

コーナー入口の黄色線が間近に迫る。

アクセルオフ…ブレーキを踏む。

だが、速度は「スロー」という領域ではない。普段のコーナリングなら60キロ台ではあるはずが、80キロは出ている。ブレーキは抑え目だったのだ。

それでもハンドルはほぼ通常通りだった。一気に左へ曲げ、ドリフト姿勢に持っていく。

判定、「Excellent +0.57m」…ほぼハンドルを曲げるタイミングは完璧だった。

コーナーのインまで一気に攻める。だが、インに攻めてもこの時ばかりは多少の余裕はあった。

やはりセンターポールに接触したことは時雨に影響を及ぼしていたのだろう。

直ぐにカウンターを当て、そのままアクセルを全開に。

コーナー速度をさらに上げ、ランエボⅢに食らいついていく。

コーナー進入速度はさらに速くなっていた。

そして立ち上がりも…

 

「…まさか」

コーナー内側外側の差があっても、一気にワンエイティが詰めてきた。

カウンターを当てながらドリフトするランエボⅢ。

だが、ケンが左ミラーを見たその瞬間だった。

 

「……!」

コーナー出口のラインの見落とし。

カウンターを当てすぎて立ち上がりが伸びない。

時雨の攻めに油断した結果、ランエボⅢの速度はあまり上がらなかった。

アクセルを踏み込むが、それでもワンエイティの立ち上がりには負けてしまう。

そしてその立ち上がりの間、さらに加速していくワンエイティ。

あっという間に横に並ばれ、そのまま最終ストレートで徐々に差が付けられた。

 

「……っ!」

ランエボⅢ側も必死にアクセルを踏む。

クラッチを切り、4速から5速へシフトアップ。

だが、そのロスがあったのかワンエイティの加速には追いつけない。

立ち上がりで差を付けられ、あっという間にオーバーテイクされてしまった。

 

そしてゴール。

結果としては車1台分近くの差が出来ていた。

 

◇ ◇ ◇

―――往路スタート地点。

 

「くっ…一度ならず二度までも…あー負けたぜ。俺の完敗だ、認めよう」

車を降りたケンは、時雨に対して実力を認めるかのようにそう言うのだった。

 

「…どうも」

あくまでプロセスを突破しただけであると認識していた時雨は、軽く礼を言うだけにしておくのだった。

すると、ケンはあるヒントを言ってきた。

 

「だが、『神風』は強いぜ。特に通称『神風ダイブ』という超絶テクニックの封印を解いたら、お前らも敵わねえだろう」

「神風、ダイブ?」

「それって一体…」

奈美子と時雨が質問の答えを聞こうとしたが、ケンはあえてこう言うのだった。

 

「バトルをしてみれば嫌でもわかる。まあ、健闘を祈る」

その言葉に対して、時雨と奈美子は顔を合わせた。

そう言われてしまってはもう自分たちで見るしかないだろう…二人の認識は一致するのだった。

 

「…ありがとう。頑張るよ」

そう時雨は言い、奈美子と共にトオルの場所に向かっていくのだった。

 

 

 


 

 

 

―――往路スタート地点駐車場。

そこに、BRZの前で待つトオルの姿があった。

ワンエイティを止めて車を降り、対峙する3人。

日は少しずつ傾き始め、夕方になっていた。

 

「よう、お嬢さん方。その様子だと皆破った、って感じだな」

「うん。倒してきたよ」

時雨が話しかけた。

 

「ヒロシやサイゴーはさておき、ケンやマスジまで全滅と来たか」

「ええ」

「さて、ここまで来たなら俺が出るしかねえわけだが…」

すると、何かを考えるようなそぶりで右手を顎に当てた。

 

「…どうしたの?」

「んー…よし。ここではちょっと変則的なルールでやらせてもらう。」

「変則……?」

その内容をトオルが話し出す。

 

「この葦柄峠には第一コースと第二コースがあるのはわかるだろ?」

「第一葦柄峠と第二葦柄峠のこと?」

「ああそうだ。俺は連戦でバトルをしたいと思っている」

同じ峠の2コースでのバトル。

それは確かに今までとは違うやり方ではあった。

 

「それは…何故?」

「理由は単純。一回負けただけではきっと周りも納得がいかねえと思うからだ」

「……」

「両方お前らの車が先にゴールすればお前らの勝ち。だが、どちらか片方でも俺が速ければお前らの負けだ。『神風連合』のリーダーとして、お前らの実力をしっかりみておきたいわけだが、どうだ?」

どちらかと言えばトオルに有利な条件。

だが、時雨はそれを理解していたのかそれでも問題ないのかと思ったのか、答えは単純だった。

 

「…わかった。いいよ」

「時雨…」

「…ここは、譲れないからね」

 

相手の有利な条件でもお構いなしで飲み込んだ時雨。それは自信からかそれとも別の何かからか。

 

「決まりだな。ここからスタートして、この第一葦柄峠のゴールラインを抜けたらそのまま第二葦柄峠に移動してくれ。バイパスで繋がってるし大丈夫だろ?」

「一応…」

「第二葦柄峠に着くまでもアクセル全開で行け。形としてはローリングスタートだ」

するとトオルのある言葉が引っ掛かった時雨は、その言葉を言うのだった。

 

「ローリングスタート?」

「走りながらスタートする方式よ。今までのはクラウチングスタートという形だけど、それとは違う方法ね」

奈美子は時雨に対して説明するかのように言うのだった。

 

「そうなんだ」

「ま、第一葦柄峠と第二葦柄峠の間も全開で踏んでいけってことだ」

「…わかった」

とりあえず時雨は理解したかのように言った。

だが、何にせよ走る…その根幹だけは違いなかった。

するともう一つの要望をトオルがしてきた。

 

「あと、第一葦柄峠と第二葦柄峠の間でレーンを切り替えてくれ。これも公平性を保つためだ」

「…レーンの、切り替え?」

「普通にウィンカーを出して切り替えればいいかしら?」

「ああ、そうだ」

「…ウィンカーって」

「ハンドルの右側のレバーがあるでしょ。あれを下の方に押せばいいわ」

「…後でもう一回教えて」

時雨は奈美子と共にレーン移動の認識を共有するのだった。

 

すると、その時だった。

「ヒロシ、ちょっとこい!」

「え…何ですか、トオルさん?」

近くにいたヒロシを見て、トオルが呼び止めた。

 

「お前、カウントしろ」

「ええっ!?俺がすか!?」

「…カウント?」

時雨が軽く疑問に思った。

カーナビでカウントがあるのに、なぜヒロシをカウント役に?

 

「こういう大ボスとのバトルってのは、必ず見届け人ってヤツが必要だ。カーナビを操作すればカウントのシンクロは止められるはずだ」

「は、はぁ」

トオルの言っている事はまあわからなくもなかった。

今まではザコや幹部たちと戦ってはいたが、最後の最後の大ボスだけは特殊な事が必要なのだろう。

 

 

 


 

 

 

―――vs神風のトオル

推奨BGM:SHAKE ME UP(from EUROMACH)

 

トオルの車は青のBRZ。黄色のレーシングストライプを縦に塗られている。

コースは往路、そしてそこから第二葦柄峠に繋がっていく。

左レーン、ワンエイティ。右レーン、BRZ。

 

「……」

「時雨、これが一区切りの戦いとなるわ…全力で行きましょ!」

ワンエイティの車内で、奈美子が時雨を激励するかのようにそう言った。

 

「…うん。僕も、譲れないから」

奈美子の言葉に対してそう言った時雨は、両手の手袋をキュッと引き締めて気合を入れた。

 

「久々に熱くなれそうだぜ…」

BRZの車内でハンドルを握り、トオルはそう呟いた。

お互いの両手両足に力がこもる。

アクセルを踏みエンジンの回転数を上げる。

互いのエキゾーストノートがこだました。

 

ワンエイティとBRZの間の手前にヒロシが立ち、両腕を挙げてカウントを始める。

「よっしゃあああ、カウント始めるぜぇーーー!!」

「……」

「時雨、ヒロシが手を振り下ろした瞬間がスタートよ。これまでとは少し違うかもしれないけど、気を付けて!」

奈美子がそう時雨に問いかけた。

時雨は奈美子を軽く見てこくりと頷いた。そして目線を前に向けた。

ハンドルをぎゅっと握り、アクセルを多少踏み込んでは離す。

BRZも負けじとエンジンを響かせた。

 

「(行くぜ…お前の力、見せてみろ!)」

そうトオルは思っていた。

 

「ゴー!!」

 

「ヨン!!」

 

「サン!!」

 

「ニー!!」

 

「イチ!!」

 

「GO!!!」

ヒロシが両腕を振り下ろす。

その瞬間、時雨はギアをPからDへ切り替えてアクセルを踏み込む。

一方のトオルもギアを1速に入れてアクセルを踏み込んだ。

エンジンがうねりを上げ、両者のマシンのマフラーから赤いバックファイヤーが吹き出る。

そして、2台はほぼ互角の状態で加速していく。

 

「(加速は互角、くらいか?)」

トオルは軽く左レーンを見てそう考えた。

一気に120キロ近くまで加速する2台。

直ぐに第一コーナーである右直角コーナーがやってくる。

 

「(さあて…見せてもらおうか!)」

トオルはそう思いつつ、初っ端からアクセル全開で一気にコーナーに突入する。

ブレーキを掛け、滑り出したタイヤを豪快にコントロールするようにドリフト。

インに少しだけ寄り、ハンドルにカウンターを当てながら駆け抜ける。

 

「(ここで振り切られるようじゃ…)」

そう言ってバックミラーを見る。

そこに映るはワンエイティ。

アウトコースだが、その差は多少広まるに過ぎなかった。

多少差がついても、もっと差が広がると思っていたトオルにとっては予想外だった。

トオル自身ある程度は、時雨の速さには勘付いていたようだった。

一方で立ち上がりでは多少トオルの方が有利。

 

「(…うめぇな。だが、次はどうなる?)」

直ぐに第二コーナーが迫る。左のロングコーナー、コース上はワンエイティが有利。

ドリフトラインの前から左コーナーがあり、徐々にワンエイティが迫ってくる。

そしてドリフトラインが迫る。

 

「っ…」

サイドブレーキを引いて車を曲げる。

コーナーの外側であるBRZは徐々に追いつめられるのは自然の摂理。

だが、この先の最終ヘアピンで追いつけばいい…トオルはそう思っていた。

しかしその時だった。

 

「(な…!)」

異常なほどの勢いだった。

こちらは90キロ台だが、向こうは明らかに100キロ以上出ていた。

ワンエイティが、自分の車を横目に一気にオーバーテイクしていった。

まあ当然と思えば当然なのかもしれない。

左レーンのワンエイティにとっては有利な左コーナー。ここで仕掛けずにどこで仕掛けるのか。

しかしそれでもコーナースピードはBRZより勝っていた。

そして…

 

「(…熱くなってきたぜ)」

立ち上がりで一気においていかれるBRZ。

コーナーでの速度ロスを極限まで減らし、その状態でさらに立ち上がりでプッシュしていく。

だがこの時点でトオルはある事を痛感した。

このペースでは最終ヘアピンでも追いつけない。

向こうは完全に勢いに乗っている。

この暴走気味のペースは自分には止められない。

そうトオルは思った。

 

「……」

最終右ヘアピン。

BRZはワンエイティのビハインド数メートルにいる。

だが、これは言い換えれば時雨のドライビングを見るまたとない機会だった。

 

「(見せてもらうぜ…お前の速さの秘訣を!)」

トオルはコーナーもそうだが、ワンエイティの動きも凝視していた。

 

「―――――!」

一方のワンエイティ。

何とか追い抜いた時雨だったが、決して無難に追い抜いた…というわけではなかった。

実際多少追い詰められていたし、追い抜くために多少無茶をしてしまった。

だが前に出てしまった以上あとは自分の走りをするだけ。

時雨はそう思っていた。

 

「(……ここだ!)」

コーナー手前で70キロ台まで減速し、ドリフトラインの直前でハンドルを右コーナーの逆向きに多少傾けたと思いきや、ドリフトラインの上を通った瞬間にアクセルオフでハンドルを右にぐいと傾け、アクセルを感覚上半分という域まで踏み込んで一気に車体をドリフトさせる。

タイヤが滑り出し、車はハーフスピンに近い状態でドリフトを始める。

フェイントモーション。自分が不利な、自分のレーンとは逆向き…つまり右レーンなら左カーブ、左レーンなら右カーブで使用する時雨のお家芸…とも言うべきドリフト。

マシンの走行ラインはコーナーのセンターポールに近い、クリッピングポイントを射抜いたドリフトだった。コース幅を目いっぱいに使い、クリッピングポイントを抜けてコーナー出口へ。アクセルをほぼ全開の状態した上でコース外の路肩10cmという幅まで目いっぱいに使い、コーナーを突破した。

そしてコーナー脱出後の最終ストレート。時雨はバックミラーに目を軽く移した。

 

「後ろにいるわ…まだ競り勝ってるけど、油断しないで」

奈美子は時雨にそう語った。

そしてその言葉を信じ、目線をストレートの先にまで移した。

第一葦柄峠のゴールラインまで、いやその先の第二葦柄峠までずっとアクセル全開。

マシンはコーナー脱出時95キロだったのが、140キロまで加速した。

一方のBRZもワンエイティに食らいつく。

こちらも速度としては140キロ近くまで加速していた。

だが、数メートルの差があっても縮まらない。

ほぼ戦闘力では互角だった。

そして2台は、ワンエイティのリアとBRZのフロントに5m程の差を保ちながらゴールラインを駆け抜けた。

2台はそのまま第二葦柄峠の方向へアクセルを緩めることなく駆け抜けていく。

 

…2台が第一葦柄峠のゴールラインを駆け抜けたその頃。

葦柄峠往路スタート地点。

カウントを取ったヒロシがスマートフォンで仲間からの連絡を受けていた。

中間結果を聞くためである。

「おう、2台が通過したか?」

「こちら第一葦柄峠ゴール付近、トオルさんが先行を許してる!!」

「な…!トオルさんが!?」

「ま、まさか…!」

「…信じられねえ。先手を取られたのか!?」

「…『神風』……」

ヒロシたちは愕然としていた。

自分たちのリーダーがまさかぽっと出の新人に追い詰められている。

そう考えると愕然とするのは当たり前と言えば当たり前だった。

2台は未体験とも言うべき領域に突入していく。

 

 

 


 

 

 

―――第二葦柄峠、スタート地点。

スマホを持った神風連合のチームメンバーが2台を待ちわびていた。

推奨BGM:EYE OF THE TIGER(from SUPER EUROBEAT vol.101)

 

「……来た!」

先行する、左レーンから右レーンに切り替わったワンエイティ。

それを追う、右レーンから左レーンに切り替わったBRZ。

二台はほぼ互角のペースを保ちながらスタートラインを駆け抜けた。

 

「…ここからが俺の真骨頂だ」

第二葦柄峠、往路。コースはストレートから始まり、右高速ロングコーナー、左高速ショートコーナー、左直角コーナー、最終右ヘアピンとロングストレート。

コースバランスとしては右コーナーも左コーナーも公平なので、どちらが勝ってもおかしくはないコースだった。

BRZはワンエイティの後方に迫り、じりじりとプレッシャーをかける。

ストレート区間を2台が駆け抜けていく。

 

「(さあて、最初のコーナーだぜ…!)」

ストレート区間が終わり、第一コーナーである右高速コーナーが迫る。

ブレーキを踏み、適正スピードにコントロールするBRZ。

だが、この時点でトオルはワンエイティのある異常に気が付いていた。

 

「(…突っ込み過ぎだ!!)」

そう。ワンエイティのスピードは明らかなオーバースピードだった。

一方でこちらはサイドブレーキを掛けて冷静にドリフト状態へ。

スピードロスも抑え目に左レーンの中央とも言うべき進路を通っていた。

一方のワンエイティ。

オーバースピードである事を悟り一気に失速。ブレーキを掛けてドリフトするも、オーバースピードすぎてアウトに一気に膨れる。

コーナー中央部のセンターポールをリアで数本なぎ倒しつつ、なんとか軌道修正。

だが速度差は大きく、コーナーの立ち上がりでBRZに差を付けられてしまった。

そしてそれに加えて

 

「(ここで…差をつけてやる!これが、神風ダイブだ!!巻き起これ嵐ィ!!)」

トオルはBRZのエアコン部分に付けられていたブーストスイッチに左手を伸ばして、ボタンを押した。

ニトロオンで一気に加速する。

BRZは一気に150キロまで加速し、BRZとワンエイティの差は30m以上まで引き離された。

高速コーナーワークとニトロの合わせ技。この絶妙なコンビネーションが『神風ダイブ』だった。

 

「(…意外とあっけなかったな)」

一度のミスに加えて、コース距離に反して圧倒的な距離差。

BRZはワンエイティを振り切りにかかった。

下手な初心者であればこの時点でメンタルをへし折られてしまうであろう。

 

「(…まだだ)」

だが時雨は、この状況下でも諦めていなかった。

まだコーナーは3つもある。ここで追い抜けばいい。

時雨は決して絶望していなかった。

ハンドルをしっかりと握り、アクセルを全開まで踏み込む。

 

推奨BGM:DRIVE ME FASTER NOW!(from SUPER EUROBEAT vol.125)

「(まだ、勝負がついたわけではない…!)」

第二コーナーの左高速コーナー。

このコーナーに130キロ近くで突入する。

直前でブレーキを掛け、100キロ台に。

ブレーキングでタイヤが多少滑り出す。

そしてその瞬間アクセルを全開に。

だが、このコーナーではこれにさらにもう一つある事を行っていた。

 

「(…ハンドルの舵角が、普段よりも少ない!!)」

奈美子は時雨のハンドルさばきを見てすぐに勘付いた。

一瞬ハンドルを左に曲げたかと思いきや、返すハンドルのカウンターの舵角が今まで以上に少ない。

本当に必要最小限と言わんばかりのカウンターだった。

 

―――ゼロカウンター。

極限まで舵角を減らし、カウンターをほぼ当てることなく駆け抜けるドリフト。

それに近いドリフトだった。

速度は100キロ以上をキープし、コーナー終了時のドリフトラインでも立ち上がりのカウンターはほぼ当てずにアクセルをフルスロットルに入れたまんまだった。

ラインも典型的なアウトインアウトでセンターポールまで迫ったかと思いきや路肩スレスレまでマシンをスライドさせる。

BRZとの距離が少しずつ縮まり始める。

 

第3コーナー…左直角コーナー。

このコーナーでも時雨は先と同じく、ブレーキを多少踏んでコーナー減速量を最小限に抑えていた。

そしてそれと同時に流れ足したタイヤを、ハンドルを右に軽く曲げる事でカウンターを当ててそのままハンドルをセンターに戻す。

限界まで速度を落とさない走りだった。

 

「(まさか、超高難易度と言われるゼロカウンターを時雨は…?!)」

このドリフトの速さと巧みさには奈美子も驚愕するしかなかった。

限界までハンドル操作を少なくしたゼロカウンターは限りなく難易度が高い。

ドリフトとグリップの中間とも呼ばれるそれは、間違えなくコーナーを速く駆け抜けられる方法の1つだった。

だが、それをたった数日たらずで体得してしまう時雨の成長の速さに、奈美子は驚愕せざるを得なかった。

100キロ以上の速度で直角コーナーを駆け抜け、そのままアクセル全開で立ち上がっていく。

この時点で時雨は完全にBRZの存在を捉えていたのだった。

 

一方のBRZ。

3つ目のコーナーを抜けた先、最終ヘアピンまでは最終ロングストレート程ではないとはいえストレートが存在する。

 

「(ちっ…眩しいな)」

西日が差し、若干の視界不良。

こうなるとドリフトラインも見えにくくなる。

昼と夜は目立つドリフトラインも、早朝と夕刻は日と交わり見えにくくなる事も少なくない。

 

「(最終コーナーは夕方は嫌いなんだが…?!)」

その瞬間、トオルは右ミラーのフロントライトに気が付いた。

明らかにワンエイティのそれだ。

 

「(差が詰まっているのか…?!)」

そう。ワンエイティは2つのコーナーで徐々に差を詰めてきていたのだ。

それも、BRZが目視で確認できるほどに。

「(…ポイントは、このコーナーの立ち上がり…!)」

この時時雨はあるものの存在を気にかけていた。

ハンドルのスイッチ。そう、ニトロである。

時雨は先ほどトオルがニトロを使っていたことでそれの存在を思い出すことが出来ていた。

ターバンのケンに追い詰められたときはすっかり失念していたニトロの存在を、先にトオルがニトロを使った事で自分にもそれがある事を思い出すことが出来ていたのである。

西日の存在もあったが、彼女にはほぼ関係ないと言っても良かった。

とにかく自分の走りをする。その意志が彼女を支配し、そして速さに繋がっていた。

猛追…その一言で済んだ。

そしてその猛追が、BRZにある現象を起こさせる。

 

「(っ…しまった!!)」

まさかのドリフトタイミング遅れ。西日による視界不良で惑わされた結果、ブレーキタイミングとハンドルを曲げるタイミングが遅れた事で、コーナーの外側に膨れ上がってしまった。

ブレーキを必死に駆けるも最後の最後にアウトに膨れ、壁スレスレのラインを駆け抜ける。

だが、失速は目に見えていた。

こうなればもう一度あれに頼るしかない。

 

「野郎…!」

トオルがコーナー立ち上がりでニトロスイッチを再び押した。

BRZは低速状態から加速し、なんとか130キロ台まで加速した状態で最終ストレートへ。

だが同じ瞬間、ワンエイティはフェイントモーションを交えたブレーキング、パーシャルスロットル状態でのドリフトという段階を踏んでヘアピンの内側、クリッピングポイントを射抜いたワンエイティは、ハーフスロットルからフルスロットルまでアクセルを踏み込もうとしていた。

 

「(今度は…上手くやる!)」

BRZがニトロで加速する瞬間…カウンターを多少当ててドリフトの終わりかけというタイミングにおいて、時雨はハンドルをニュートラルに戻した。そしてそれと同時にハンドルに備え付けられたニトロスイッチを押し、ワンエイティを加速させる。

パーシャルスロットルからアクセル全開にした瞬間、ニトロが噴射して一気に加速。

ほぼベストとも言うべきタイミングでニトロを発動した事で、ワンエイティはもはや突き抜ける弾丸のように加速していく。

 

「なっ……!」

コーナーワークで多少もたついたBRZに対し、イン側で素早いドリフトを決めたワンエイティが、最終ストレートで一気に伸びてくる。

そしてみるみるBRZに追いつき、あっという間にトップスピードの差で追い抜かれてしまった。

明らかに140キロ以上は出ていた。

先手でニトロを使った結果、時雨にその存在を思い出させてしまったことで結果的にワンエイティに追い上げを許されてしまったのだ。

ニトロ勝負は脱出速度が速かった時雨に軍配が上がった。

 

「(俺のダイブが、打ち破られた…!)」

トオルは完全に敗北を認めた。

最終ストレートを駆け抜けた2台が、ゴールラインを駆け抜ける。

ワンエイティが結果的に20m以上の差をつけて勝利したのだった。

2本のニトロを使ったBRZに対し、1本のみしかニトロを使わなかったワンエイティ。

勝敗は歴然だった。

 

―――時雨の勝利。

その一報が、ヒロシたちに神風連合のチームメンバーから伝えられたのだった。

 

 

 


 

 

 

―――第一葦柄峠、往路スタート付近パーキング。

推奨BGM

 

「時雨ちゃんのワンエイティが前…!?」

「ほ、本当なのかYO…」

「嘘だろ…」

「『神風』…」

BRZとワンエイティは横に並ぶように駐車場の一角に停止してどちらもエンジンを止めた。

部下たちがトオルのBRZに近寄る。

トオルがマシンから降りて呟いた。

 

「…負けた、か。この俺が…『神風ダイブ』も効かないとなりゃあ、完敗だぜ」

「トオルさん…」

ヒロシが慰めるかのように呟いた。

そして右隣に止まったワンエイティから、時雨と奈美子が降りてきてトオルに話しかけた。

 

「危なかったけれど、僕たちの勝ちだね」

「…『神風連合』とのいざこざは、水に流してもらえるかしら?」

時雨と奈美子が交互にそうトオルに話しかけた。

 

「…ハーッハッハッハッハ!実に清々しい気分だぜ!俺の心は、今猛烈に晴れ渡っている!!いやぁ、おめぇら大したもんだ!!」

「…ト、トオルさん…。た、台風一過だぜぇ…」

「で、イザコザ?ああ、流す流す!おめぇら気に入ったよ。いっそのこと、『神風連合』に入らねえか?もう大歓迎だぜ!!」

いきなりの誘いに奈美子も時雨も困惑したが、奈美子は申し訳なさそうに首を横に振った。

 

「…お誘いありがと。気持ちは嬉しいんだけど、私はダメ。実は私、目的があって『皇帝』について調べてるの。」

「…皇帝」

奈美子の言葉に時雨もその言葉を口にした。

 

「トオル…あなたなら、もしかして会ったことある?」

「『皇帝』か。残念ながら俺は直接会った事はねえな。バトルした奴は嘗て連合にいたんだが、そいつは大惨敗して大恥をかいた。参考になるような話じゃねえな」

トオルは奈美子の質問に対して、伝えられる情報を伝えたのだった。

 

「そうなんだ…」

「対戦した人はもうチームにいないのね、残念。私、どうしても『皇帝』に会いたいんだけど、どこにいるか…とか情報知らない?」

「お嬢ちゃん、ナビ子って言ったか?さてはおめぇ…いや時雨もそうだが、お二人さん『皇帝』の追っかけか?『皇帝』は結構なイケメンだって噂だからな!」

トオルは奈美子と時雨に対してどこかからかうかのようにそう言った。

 

「いや…僕は別に、そういうわけでは…」

「そうそう…それに私はナビ子じゃなくて『奈美子』だし」

「な、ナビ子…それに時雨ちゃんも!俺様というものがありながら!!」

「ヒロシ、お前は黙ってろ。」

時雨と奈美子の反応に対し、ヒロシが横やりを入れるかのようにそう言ったが、それをトオルは制止するのだった。

するとトオルは、何かを考えるかのようなそぶりでこうも言った。

 

「…ふーむそうだなあ、『皇帝』の居場所か…。俺は知らねえが、もしかしたら他の四天王なら知ってるかもしれねえな」

「四天王?」

「それって一体?」

時雨と奈美子がそれぞれ質問する。

 

「四天王ってのは、この箱根に君臨する最強の4人の走り屋だYO!トオルさんもその一人だYO!そんなことも知らなかったのかYO!」

サイゴーが多少驚いたかのように呟いた。

 

「そんな人たちがいるんだね…」

「『ハートビーツ』のジュン、『ガールドラッシュ』のイズミ、『マシンヘッズ』のソウイチ…他の4人も実力者かつ、曲者ばかりだ。フラッと言って会えるとは思うなよ」

ケンが説明するように奈美子たちに言った。

 

「難しいのはわかってる。でもどうしても情報が知りたいから…ありがとう」

奈美子の言葉を聞いて、時雨は聞き返した。

 

「奈美子、これから君はどうするんだい?」

「私、四天王を訪ねてみるわ。時雨は…どうする?もし、あなたさえよかったら…」

すると、時雨は奈美子の手を取りこう言った。

 

「…なら、僕もお供させてもらうよ」

「時雨…いいの?」

手を取った時雨は奈美子のお供になる事を伝えるのだった。

そして時雨は更に言葉を続ける。

 

「一宿一飯の恩義、っていうのかな?奈美子とハルカさん、それにトーコさんにお世話になった分が…まだ恩返ししきれていないからさ。あとこのワンエイティの分も、ね」

「ホント?ありがとう、嬉しい!」

奈美子はその言葉に無邪気になったように喜んでいた。

 

「…まだまだ過酷なバトルが続くと思うけれど、これからもよろしくね!」

「うん。これからもよろしくね、奈美子」

奈美子の言葉に対し、時雨はにこやかにそう奈美子に伝えたのだった。

 

「…ん?一宿一飯?」

「時雨ちゃん、今…」

「…あ」

「あーっ!何でもない何でもない!何でもないから!!」

トオルとヒロシの疑問に奈美子は取り乱すかのように振る舞うのだった。

 

四天王の一人を倒した時雨と奈美子。

だが、物語は始まったばかり。

四天王の残り3人とはどんな者たちなのか…

物語は、さらなる混沌へと加速していく。

(第8話End)

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