ルナちゃん「トレセン学園をぶっこわす!」――絶対全員を幸福にする皇帝と絶対改革を完遂する地方ウマ娘――   作:帝都ウマピヤヰ倶楽部

2 / 8
ルドルフのやり方、正しくないよ

「ルドルフさんのやり方は、不正解だ」

 

 

 場が静まりかえったように感じた。

 もっとも、時間帯としてはピークを過ぎているカフェテリアなので最初からそれなりに静かではあったのだが。

 

 ともかくサブトレーナーは、ルドルフの眼が見開かれたのを見た。

 

「君は……」

「忘れちゃった? 私のこと」

「まさか。覚えているとも、シスカノホープ」

 

 シスカノホープ、そう呼ばれた鹿毛のウマ娘は「そ、正解」と茶目っ気たっぷりに笑ってみせた。

 同じ鹿毛でもルドルフのような黒色系の()()()()はなく、流星が右側に、熊手でつけた傷のように太く短く流れている。

 

 そんな彼女が、落ち着いた所作でサブトレーナーに会釈をした。

 

「はじめまして。ルドルフさんの担当トレーナーさん、かな?」

「いいえ、私は担当ではないわ。いまはまだ、ね?」

「君も譲らないね」

 

 ルドルフが肩を揺らす。既に彼女は平常運転に戻っており、先ほど一瞬だけ見せた動揺は何処にもない。

 

「あなたの実力を買っているのは本当よ?」

「光栄だ。でもねトレーナー君。私はまだデビューの予定も立てていない」

「目の前にある問題が解決できていないから? ルドルフさんらしいね」

 

 でも間違っていると、シスカノホープは真顔で言い放つ。さしものルドルフも眼を静かに細めた。

 

「どう間違っているか、聞いてもいいかい?」

「もちろん。でもその前に、ひとつ」

 

 一本指を立てたシスカノホープは、ルドルフとサブトレーナーの目の前で鞄から書類袋を取り出してみせた。

 

「実は編入届をまだ出していなくて。学生課はどこだろう?」

 

 

 


 

 

 

「……それにしても、まさか同じクラスとはね。今日はいなかったじゃないか」

 

 編入届を提出したシスカノホープ。内容を学生課職員が確認するために下がっていったところで、ルドルフはそう切り出した。

 

「飛行機が遅れちゃってさ。始業式には間に合わなかったんだ。ルドルフさんは私の地元、遠いの知ってるでしょ?」

 

 そんな2人のやりとりを見ながらサブトレーナーは考える。2人が旧知の仲であることは間違いないだろう。しかし何処で知り合ったのだろうか?

 そんなサブトレーナーの視線を感じたのか、シスカノホープが思い出したように学生課の隅を指さした。

 

「そうだ。サブトレーナーさん、そこの面談室の使用許可をとってくれない?」

「面談室? いいけれど……」

 

 言われるがままに部屋の使用許可を取るサブトレーナー。教員であれば帳簿に記帳するだけなので大した手間はかからない。そうこうするうちに職員が戻ってきて、シスカノホープの編入届が無事に受理されたことを伝えてきた。

 

「よし。じゃ、さっきの話の続きをしようか」

 

 そのまま面談室に向かっていくシスカノホープ。ルドルフが何の躊躇いもなく入っていくので、サブトレーナーも後に続くしかない。

 

「今のルドルフに必要なのは、マンパワーだ」

 

 そして扉を閉めた途端、彼女はいきなり話を切り出した。室内の椅子に腰掛けることすらせず、机を指でコンコンとつつく。

 

「これは中央トレセンに限った話じゃないけれど、競走ウマ娘の学校は『自治』……自分のことは自分でやるっていうのが基本中の基本だ」

「そんなことは分かっているとも」

「なら、どうしてそこにあるマンパワーに手をつけないんだい?」

 

 そこにある? 首を傾げたサブトレーナー。今の今まで部外者だった私も知っているよとシスカノホープは続ける。

 

「庶務、規律、文芸、会計……4つの常設委員会、そして彼らの構成する総務会議。こんな分かりやすいマンパワーに手をつけずに、学園を運営していくのは不可能だよ」

「手厳しいな、ホープは」

「使えるものは使う。私はあくまで常識論を言っているつもりだけれど?」

 

 静かに言ってのけるシスカノホープ。サブトレーナーの胸中に沸いたのは小さな疑念。

 

「ねえ、あなた」

「なにかな?」

「思い違いだったら申し訳ないのだけれど……もしかして、最初からそのつもりで?」

 

 常設委員会と総務会議。

 それはこの学園においてはタブーの1つだ。

 

 誰もがいずれは通り過ぎる嵐だと、身を屈めてやり過ごそうとしている。教員陣すら生徒自治を引き合いに出して触れないようにしている――――――少なくとも、カフェテリアであのまま話せる話題ではない。

 その点、面談室なら外部に聞かれる心配もない。

 

 編入届を出すために学生課へと来たのは事実なのだろうが、ルドルフとサブトレーナー、2人を周りから眼の付かない場所に連れ込んだ……そう捉えることも出来る。

 

「さて、どうだろうね。いま大切なのは、この学園をどう良くするかだと思うけれど」

「ひとついいかな、ホープ」

 

 流そうとするホープに切り込んだのはルドルフだった。彼女は椅子を引いて座ると、机に両肘をついて手を結ぶ。

 

「確かに、常設委員会を活用しようという意見は分かる。しかし彼らだって、学園のために施設の整備や、清掃活動を行っている」

「でも、非効率だ。それに彼ら、自分のためにしか整備をしていないじゃないか」

「……」

 

 押し黙るルドルフ。現に、今日の清掃活動だって常設委員会の「漏れ」を埋めるためのもの。

 

「分かっているハズだよ。ルドルフさん」

 

 トレセン学園の設立は、きっと性急が過ぎた。そこには学園用地の取得とか、様々な事情があるにはあるのだろうけれど。それでも早すぎたという事実は動かない。

 

「常設委員会は学園を『分割統治』するための組織だ」

 

 それは、自治を重んじるが故の弊害。

 

「旧東京レース場付属校生徒会をルーツに持つ庶務委員会。京都の文芸委員会、阪神の会計委員会、中山の規律委員会……トレセン学園の人員と財源はほとんど四大レース場の付属校がルーツになっている。学園は彼らの協力がなくちゃ回せない。ヒトとお金の問題なんだ。この西東京に学園用地を提供してくれた秋川家ですら、手が出せない」

 

 県立や市立のレース場付属校と違って、国立レース場付属校は政治経済の重鎮、トップエリートたちの子女が集うお嬢様学校である。他の学校とは比較にならないほど生徒会の権限が強いのは文字通り「オトナの練習(おままごと)」をするためであるし、だからこそ総務会議の存在は許されてしまう。

 

「分割統治は言い過ぎだ、ホープ。総務会議はお互いの妥協点を探ろうとしている。必ず、時間を掛ければ……」

「時間が解決してくれる問題なのかな、これは」

 

 ルドルフの反論を遮るように彼女の語りは続く。

 

「確かに時間は溝を埋めてくれるかもしれない。今は統合直後で混乱しているだけって見方もできる。統合後に入学した生徒が増えれば、自然と問題は解決するだろうって希望もある。でも、もしこの分断が『伝統』になってしまったら?」

 

 総務会議は、既に学園分断の象徴だ。

 庶務(東京)文芸(京都)会計(阪神)規律(中山)……名前が違うだけ、殆ど同じ権限を有している4つの常設委員。特に何かが決まるわけでもない総務会議。

 コースの整備や設備の点検は各委員会がそれぞれに都合の良い箇所から実施され、彼らに関わりのない場所は放置される。

 

「全国のレース場付属校を統合し、トレーニング環境を整える。理念は間違ってないと思うよ? でも、この現状が『強いウマ娘づくり』に繋がるとは、私はとても思えない」

「もういい、ホープ」

 

 シスカノホープの言葉に、ルドルフは聞きたくないとばかりに手を振った。サブトレーナーは気取られないようルドルフのウマ耳と尻尾に視線を向けたが、不機嫌を示す兆候はでていない。

 

「私だって、もちろん分かってはいるさ。今のままではいけないことは」

 

 トレセン学園は広い。ルドルフがどんなに汗を流しても、海に石ころを投げ込むようなもの。シスカノホープが語った事とは、ルドルフが痛感し、内心に押し隠す不満そのもの。

 

「だが、この均衡で曲がりなりにもトレセンの運営は回っている。それを壊すことは、多くのウマ娘にとって不幸なことかもしれない」

 

 ああ、ルドルフらしい理由だと。サブトレーナーは思った。彼女と出会ったときからしてそうだった。門限の直前、ライトに照らされたトラックで1人黙々とターフコースの穴埋めをしていたルドルフ。ダートコースと違って手作業で埋めなければいけない穴。翌日の午前中には業者が入るが、それでは朝練に間に合わないと独りで汗を流す彼女。

 背負いすぎるのだ、シンボリルドルフというウマ娘は。

 

気楽にいこう(テイクイットイージーだぜ)、ルドルフさん。どうせ私たちは学生なんだからさ」

 

 そしてシスカノホープというウマ娘は、現状をぶち壊すための爆弾を差し出した。

 それはまだ誰も使ったことのない学生課の書式――――――生徒会執行役員の立候補届出用紙。

 

「日本ウマ娘トレーニングセンター学園生徒会則第3章第23条によれば、生徒会執行部は全校生徒により選出される生徒会組織のトップとされている。でもその座は、今日まで空白だった」

「……君が言わんとすることは、私とて理解しているつもりだ」

 

 ルドルフはそれをじっと見つめる。

 現行の生徒会則に則るのであれば、生徒の選挙により選出されるのは生徒会長のみ。選挙に立候補するということは、そのまま生徒会長に名乗りを挙げることになる。

 

()()()総務会議も、その下にある()()()常設委員会も。全ては生徒会長とその執行部が統率するべきもの……原則論としては、その通り」

 

 生徒会長とは、学園の委員会指揮権と予算権、その全てを手に入れることを意味する。

 総務会議を刺激したい生徒なんて学園にはいない。立候補者が現れるハズもない。

 

「しかし、分からないな。なら君が立候補すればいいはずだ。私に声を掛けた理由はなんだい?」

「家名だよ。()()()()ルドルフさん」

 

 その言葉に、一瞬。ほんの一瞬だけ空気が張り詰める。

 

「ところでトレーナーさん。あなたはシスカ家を知っているかな?」

 

 そんな状況でいきなり話を振られたものだから、サブトレーナーに質問の意図を問う余裕はなかった。

 

「え、ええと。いえ……ごめんなさい」

()()()()()()だよ。逆にシンボリはそうではない。でしょ?」

「……あぁ、そうだろうな」

 

 シンボリ家のレース業界に対する影響力は無視できない。()()()()のウマ娘が学園の予算を握ったと聞けばオトナたちも何らかの妨害を仕掛けるかもしれないが、シンボリの令嬢ともなれば許容するであろう。

 もちろん、それはルドルフに対する信頼ではなく、あくまでシンボリ家に対する信頼なのだが。

 

「この現状を変えたいんだろう? なら、手段を選んでいる時じゃないはずだ。なんならここで私が君を推薦して、私が投票用紙に『シンボリルドルフ』と書いてあげよう」

 

 そしておめでとう、シスカノホープは言って手を叩く。

 

「これで驚異の得票率100%、全会一致にて初代学園生徒会長が誕生した。本当におめでとう、シンボリルドルフさん」

 

「……なかなか無茶苦茶なことを言うね、ホープ」

「でも困ったことに、私たちが尊ぶべき生徒会則には選挙の具体的な方法は示されていないんだ」

 

 新品の生徒手帳をパラパラめくってみせるシスカノホープ。

 

 彼女が指し示す文言はたったのひとつ――――――第3章第24条・生徒会長は、本校生徒より選出される。

 

「これ以外に、なにも定められてないんだよ。生徒会長のこと」

 

 意図的に執行部を空席にして4委員会(総務会議)の均衡を維持しているのが現在の学園なのだから、もちろん生徒会長の選出方法なんて書かれている訳がない。

 

 

「私たちのやり方は合法だ。なら、やらない手はないんじゃないのかい?」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。