ルナちゃん「トレセン学園をぶっこわす!」――絶対全員を幸福にする皇帝と絶対改革を完遂する地方ウマ娘――   作:帝都ウマピヤヰ倶楽部

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正義は最後に勝つんだから

 今から、少しだけ昔の話。

 この小さな国の片隅に、ひとりの少女がいた。

 

 

 少女は走ることが大好きだった。同い年の男子たちよりも速く走ることが出来た。

 少女は勉強も大好きだった。学んだ分だけ賢くなり、賢くなれば褒めてもらえた。

 

 しかし少女は、ほどなくして壁を知った。

 

 少女の脚は速くなんてなかった。

 世の中には、ふさふさの耳と尻尾を備え、少女の何倍もの速さで走るウマ娘たちがいた。

 少女は賢いわけではなかった。

 世の中には、少女よりずっと聡明な人々が。天才と呼ぶべき頭脳や才覚を備えた人々がいた。

 

 けれど少女は、諦めた訳ではなかった。

 少女が本当に諦めを知ったのは、少女がサブトレーナーになった時のこと。

 

 生まれ持った身体や、才能。積み重ねた努力や、決意。

 ()()()()()では飛び越えられない壁があると知ってしまった、その瞬間であった。

 

 

 

「私たちのやり方は合法だ。なら、やらない手はないんじゃないのかい?」

 

 

 

 そして、今。知り合ったばかりの見知らぬウマ娘がそんなことを言っている。

 

「ルドルフさん。君の目の前には壁がある。それが分かっているなら、壊せばいい」

 

 サブトレーナーは、心の底では諦めていた。

 総務会議と常設委員会の問題は、旧四大レース場付属校とその構成員――――所属生徒(ウマ娘)だけではなく、OGたちやトレーナー、レース場職員――――の感情と予算の問題だ。

 

 生徒や教員が声をあげたところで、そう簡単に解決できる問題ではない。

 ()()()だってそうだったのだから――――――少女からオトナになったサブトレーナーは心の奥底で諦めてしまっていた。

 

「ホープ。君なら分かっているだろうが、総務会議は本気で反撃してくるぞ」

 

 そんな彼女に、ルドルフの声が聞こえる。

 言葉尻こそ否定する調子だが――――――彼女は生徒会長になった後の話をしている。

 

「反撃って言っても爆弾が飛んでくるワケじゃない。なんとかなるさ」

 

 そして今、目の前では2人の少女が言葉を戦わせている。

 

「よしんば私の生徒会長選出が『合法』だったとして、会則には罷免決議だってある。そもそも第1章第4項には生徒会の活動は校長の承認を得る必要があると書いてあるんだ。校長が一言認めないといえば……」

「罷免決議の発動には生徒の署名と総会で3分の1の賛成票が必要だ。校長の承認という話をするんなら、今の総務会議は校長の承認印を毎回もらっていると思うのかい? 委任状一枚で済まされているのが現状。そうでしょ?」

 

 サブトレーナーが諦めてしまった壁を、どうやって壊すかを……いや、違う。

 

「……ずいぶん詳しいな。さっきから思っていたが、今日編入してきた生徒の知っていて良い情報量じゃない」

「情報通の姉さんが春休みに帰ってきてね。いろいろ教えてもらったんだ」

「では、この話はその『姉さん』とやらの入れ知恵ということかい?」

「まさか。シンボリルドルフさんに目をつけているのは、世界広しといえど私くらいでしょ?」

 

 2人は、壁が壊せると()()()()()

 

「反論されたら論破しよう。罷免署名が集められたら罷免反対署名を集めればいい。校長については……さて、学園理事会の何人がシンボリにお世話になってるんだっけ?」

「私は、そのやり方は好まないな」

 

 彼女らが論じているのは、単に「どう壊すか」という点に過ぎない。

 

「でも、たぶんこれが一番早いと思うよ」

「シンボリの名で捻じ伏せる行為が正しいとでも?」

 

「大丈夫。正義は最後には勝つんだから」

 

 壊すのは既定路線。あとはどの壊し方が『正しいか』。

 

「正義、か」

「もう少し言い換えるんなら、ルドルフのしたいこと、かな?」

「……それをここで持ち出すんだな、君は」

 

 ルドルフが押し黙る。シスカノホープは頷いた。

 

「まあね。私は卑怯者だから」

 

 だってそうでしょ? と彼女は続ける。

 

「私には力がない、個人としての名声も、家としての格も。辺境の地からやってきた無名のウマ娘が、ただ学園の現状が気に食わないって理由だけでシンボリ家のご令嬢をけしかけようとしている」

「卑怯とは言うまいよ。君は私と同じだ」

「違うね」

「どう違うんだい?」

「私は勝ちウマに乗りたいんだよ」

 

 ドッカと音を立てて、シスカノホープは椅子にふんぞり返ってみせる。映画に出てくる悪役のように脚を組んで見せようとしたのか、脚をグイと持ち上げて……

 

「あだッ!」

 

 …………机にガンとぶつけて顔をしかめたのだった。

 

 

 


 

 

 

「まってちょうだい、シスカノホープ」

「またないよ。話は終わったんだから」

 

 ()()()を引きながら、逃げるように去って行くウマ娘をサブトレーナーは追いかける。走っていないウマ娘に追いつくのは簡単だった。

 

「いいから、無理はよくないわよ。少し休みなさい」

「無理してるワケじゃ……いや、どうせルドルフにもバレてるか」

 

 サブトレーナーに追いつかれたシスカノホープは、ため息を吐いて学生課の出口近くに置かれた椅子に腰掛けた。それから、先ほど打った脚を抱え込む。

 

「うぅ~痛ったぁ……! 弁慶の泣き所を打つなんてぇ……ぐぬぬ……!」

 

 かなりの勢いでぶつけたから、痛みは相当なものだろう。それでも彼女は、話を強引にまとめて退出するまで痛がる素振りを見せなかった。

 

『…………さ、最後はルドルフさんが決めれば良い。答えはもう、出ていると思うけれどね』

 

 若干の捨て台詞っぽさはあったが。

 

「ウマ娘は、みんな強がりね」

「あなたには分からないよ、トレーナーさん。私たちは弱みを見せたらダメなんだから」

 

 その「私たち」というのは、一族や家名に存在意義を裏付けられ、縛られるウマ娘のことだろうか。

 だとしたら、それは大きな勘違いだ。

 

「弱みは、見せたって良いのよ。貴女たちはまだ、子供なんだから」

 

 彼女だって言っていたではないか。学生なんだから気楽に行こうと。

 どんな親から産まれようと。いかなる血統が身体に流れていようとも、いずれは崇高な使命を帯びる身分だとしても。学生の時分くらい、子供らしく振る舞うべきではないか。

 理想論だとは分かっていても、サブトレーナーはそれを伝えずにはいられない。

 

「トレーナーさんはモラトリアムの話をしているのかな。悪いけど私、その考えは嫌いだな」

 

 そして彼女は、その理想論をバッサリと否定する。

 

「学生の時に積み重ねたモノは、どうやっても将来に繋がっている。トレーナーさんだって、私たちの頃にはたくさん努力したんじゃない? だから今日がある」

 

 彼女の指摘は、事実まったくその通りであった。

 少女は諦めなどしなかった。諦めなかったから努力が出来た。努力をしたからこそ、今の彼女の胸にはトレーナーバッジが輝いている。

 

「でも。私だって教育者の()()()よ。あなたみたいな子を放っておけないわ」

「編入初日から不良扱い? ひどい教員さんもいたものだね」

 

 まさか。その逆である。

 今日の僅かな時間だけで、シスカノホープというウマ娘の片鱗は見えた。頭が回るのは間違いない。優秀で、才能に溢れたウマ娘である……にも関わらず、彼女はどこか強情だ。

 

「どうしてこんなやり方をするの?」

 

 それは、サブトレーナーの素朴な疑問であった。上手くすれば彼女だって選挙戦を戦えるだろうに。

 

「ルドルフには信念があるからだよ」

 

 そして彼女は、それに端的に答えて見せた。

 

「信念を持つ相手と協力するには利害を明確化するのが手っ取り早い。そうでなければ、ルドルフはいずれ私が『協力する理由』を疑い始める」

「あの子はそんなことしないわ」

「そうかな? 政治的な嗅覚に優れていなければ、彼女はとっくに生徒会長になっていたと思うけれど」

 

 サブトレーナーの前にはもはや、スネを打ち目尻に涙を浮かべていた少女は存在していなかった。

 そこにあるのは、冷徹に利害を計算しようともがく、支配階級に産まれし子女(背伸びをする子供)の姿。

 

「ルドルフが恐れているのは一時的であっても学園が大きく混乱すること。だから彼女は、生徒会長になろうとはしない」

 

 空席状態の生徒会執行部に会長が突然現れれば、間違いなく総務会議との抗争が始まる――――――それで被害を受けるのは、紛れもない学園生徒。

 小運動場の小石も見逃さないルドルフの繊細さを考えれば、一時であっても学園の設備維持業務が滞るのは許せないだろう。

 

「でもね。それは結局、問題の先送りに過ぎない。いつか総務会議は権力を失って、学園には混沌が訪れることになる」

 

 誰かが針を動かさないといけないのだと、シスカノホープは続ける。

 

「そして、最後に勝つのはシンボリルドルフだ。だったら私は、さっさと勝ちウマに乗りたいし……そのためなら、いくらでも卑怯な手を打つよ」

「なにをする気なの?」

「簡単さ。学園中にビラを張って、立て看板を立てまくる。『生徒会長シンボリルドルフに清き一票を!』って」

 

 サブトレーナーの脳裏に浮かんだのは、ルドルフの顔写真だらけになった学園の姿。

 中央校舎の尖塔には、ルドルフの顔を刺繍した旗がはためいている。

 

「…………それは流石に不味いんじゃない?」

「でも校則にはビラと立て看板の設置数上限が定められている。つまり上限を下回っていれば、立ててもいいってことじゃないかな」

「それはチームの勧誘を想定した規則であって……」

「チームも生徒も学園の規則に縛られることに変わりはないよ」

 

 そうかもしれないが、本人に無許可でルドルフの看板を立てるのは単純に問題だろう。

 だがシスカノホープは理論武装を終えている、放っておけば本当に立て看板を立て始めかねない。

 サブトレーナーはため息。どうやら、そろそろ()()に入った方がよさそうだ。

 

「なら、最後に聞かせて。あなたはどうしてルドルフが勝ちウマだと思うの?」

「言わなかったっけ? 『正義は勝つ』って」

 

 ルドルフの信念は、間違いなくこの学園を変える。

 彼女は、シスカノホープは、迷うことなくその問いに答えてみせた。

 

「ま、時計の針を進めるには多少は強引な手段も必要だけれど。それについては昔のヒトも『目的は手段を正当化する』って言ったし。そこら辺は私が引き受ければいいからね。どうせあってないような家名、シンボリに恩を売れると思えば――――――」

 

「――――――だそうだけれど。ルドルフの意見を聞きたいわね?」

「は?」

 

 ピタリと固まるシスカノホープ。もちろん学生課の扉から現れたのはシンボリルドルフ。

 

「やあ。その……盗み聞きをする気はなかったのだが……」

「ええ。そうでしょうね、あなたは私の後を追いかけてきただけだもの。ルドルフ」

 

 事もなげに言うサブトレーナー。シスカノホープの凍結が徐々に溶け始める。

 

「な、なな……」

「しかし。そうだな、聞いて良かったのかもしれない。それにしても、昔みたいに『ルドルフ』と呼び捨てにしてくれているようで安心したよ」

 

 少し安心したように頷くルドルフ。シスカノホープは、ルドルフよりサブトレーナーの方を睨みつけた。

 

「は、謀りましたね、トレーナーさん……!」

「覚えておきなさい。オトナはね、貴女よりもずっと卑怯なのよ」

「ぬぬぬ……!」

 

 納得できないと言わんばかりに唸る彼女。ここでポンと頭を撫でたら噴火してしまうだろうか。

 

「なんにせよ。ホープ、こんな私をまだ信頼してくれているようで嬉しいよ」

「……手段が正しくないって立場は変わらないからね、ルドルフ()()。君は生徒会長になるべきだ。例え総務会議と対立することになっても」

 

 さん付けに戻したシスカノホープ。困ったように、しかし嬉しそうに笑うルドルフ。

 

「……私好みのやり方ではないな。やるにしても無用な対立は避けたいものだ」

「甘い。予算権も正当性も彼らが上を行く以上、こちらの優位は先手を打てることだけだよ。電撃的な執行部の設置、強権的な生徒会改革の実行は必須事項だ」

「でも。これが私のやり方なんだよ。百駿多幸、それが私の目指すべき路なのだから」

「誰も否定せず、誰の道を閉ざすこともなく……ね。それは本当に難しい道だよ」

 

 まあでも、そうだね。それが君のやり方かと。シスカノホープはため息をつく。立ち上がった彼女の横顔は、先ほどよりもずっと晴れやかなモノだった。

 

「ならやって見せてよ。君のやり方で、しっかり結果を出してくれよ?」

「無論だ。そうだな……次に開催される生徒総会、そこを私たちの旗揚げの場としないか」

「なるほど、宣戦布告は全校生徒の目の前でって訳だ」

 

 

 

 かくして、2人の若駒は壁を壊さず登る道を選ぶ。

 

 『正義』を実現する――――――そんな理想を胸に、彼女たちは壁に手を掛けたのだった。

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