ルナちゃん「トレセン学園をぶっこわす!」――絶対全員を幸福にする皇帝と絶対改革を完遂する地方ウマ娘―― 作:帝都ウマピヤヰ倶楽部
どうしてこうなった。
「うおー! シリウス先輩ー! 頑張ってくださーい!」
「やっちまえー!」
「さー張った張った、世紀のシンボリ、お家騒動だよ! 現在ルドルフ=シリウスで1対2! 1対2!」
「ピピーッ!! 規律委員巡検隊だ! ゴール・D・シップ! 今日こそは逃がさんッ!」
「チッ、今日はいつになく早えじゃねぇか! 皆の衆、あとは『いんたぁねっと』で張ってくれよな! じゃッッ!」
トラックコース脇の喧噪を見ながら、サブトレーナーはため息をつく。ひょっこりと現れたミスターシービーが肩を叩いた。
「ま、頑張りなよ。サブトレーナーさん」
「ええ、そうね……って、あなたもいるのね。シービー」
立ち去ったばかりだというのに、出戻りにしても早すぎやしないかとサブトレーナーは思う。
「そりゃそうだよ、だって面白そうじゃない。それに――――――」
走りには本性が出るからねとシービー。
「不思議だよね。ルドルフはあんなに他人を傷つけるのを
「傷つけるのを、恐れる?」
ついオウム返しになってしまったサブトレーナーに、シービーは頷く。
「さっきのルドルフの演奏、高いスキルでどうにかカバーしたつもりなんだろうけれど、完全に及び腰だったからね」
あぁでも、恐れてるってのはちょっと違うかも。意図的に抑えている? みたいな――――シービーの言わんとすることを、サブトレーナーは理解しきれない。
「まあ分かるんじゃない、これから始まる模擬レースを見れば」
そう言いながらトラックコースへと視線を向けるシービー。急遽ルドルフとシリウスの2人で行われることになった模擬レースは、なぜかそれなりの
もちろん、その理由はルドルフだろう。なにせ今、学園でもっとも注目されて居るであろうウマ娘の1人である。きっと総務会議の面々も見に来ているのだろうし……そういうのを抜きにしても、トレーナー陣なら一度はルドルフの走りを見ておきたいだろう。
「なにせ、私ですらルドルフが走っているのをみたことないんだから」
「それホント? 走ってるのをみてないのに、よくスカウトしようと思ったね?」
「歩様と体つきを見れば分かるわよ」
だからこそ、この模擬レースは不毛にしか思えない。
確かにシリウスシンボリも、デビュー前としては十分に仕上がっている。しかしそれは、あくまでデビュー前のウマ娘、いずれ同期となるであろうウマ娘たちと比べたときの話。
対してルドルフは、圧倒的だ。
それはもう、なぜまだデビューしていないのか分からないくらい。
「うーん……だとしたら、多分サブトレーナーはびっくりすると思うよ」
「え?」
だってルドルフ、負けるもん。
「おい、なんだこのザマは」
肩で息をしながら、それを整えることもせずに。
シリウスシンボリは、シンボリルドルフの前に立った。
「………なにか言いたいことがあるようだね、シリウス」
「ッ! たりめえだ。今の走りはなんだ、ルドルフ」
眼前に捉えたルドルフを睨みつけるシリウスに、そこから僅かに目を逸らすルドルフ。
それはまるで、勝者が敗者へと詰め寄るようで……。
「――――――あれぇ? 勝っちゃったよ。ルドルフが」
シービーが信じられないと言った様子で首を傾げる。サブトレーナーも首を傾げた。
「ずいぶんと、ギリギリの勝利だったわね……」
クビ差、というほどではない。しかし半バ身はついていない。辛勝と言うほかない結果である。生徒たちに混じるトレーナーたちを見れば、なんだこんなものかと足早に去って行く姿が見える。
「ねえ、サブトレーナー。ルドルフって、まだ本格化してないんだよね」
「そうね……力を意図的に抑えていたって話かしら?」
シービーの言わんとすることを読み取って、サブトレーナーは先回り。彼女は首肯。
「確かに、ルドルフほど賢い子ならペースを組み立てて抑えることは可能だろうけれど……それにしても、精彩を欠く走りだったとしか言いようがないわね」
「ふーん」
どうやらシービーの興味はそれまでらしい。とはいえ
それよりもサブトレーナーが気にしたのは、先ほどから微動だにしていない隣のウマ娘である。
「ねえ、ホープ。あなた、大丈夫かしら?」
「え? あぁ……うん。まあ、こうなることは想定の範囲だからね。大丈夫だよ」
はっとしたように言葉を返すホープ。ルドルフの辛勝は彼女にとっても驚きだったらしく、大丈夫とは言いがたい様子だが……それにしても、なにか知った風である。
「なにか、心当たりがあるのね?」
「私の口から言う話じゃないかな。気になるんなら、ルドルフに聞けばいいよ」
それだけ言うと、サブトレーナーが引き留めるよりも早く背を向けて、さっさと立ち去るシスカノホープ。サブトレーナーは何がなんなのか分からず、ただただ困惑するばかり。
「ルドルフ……」
となれば、やはり彼女に声をかけるしかないのだろうか。
固まったまま、拳を握りしめ。どこか遠い空を見つめている――――――彼女を。
大気が震える音がする。
それはまるで、8気筒エンジンの咆吼のよう。
「……エンジン?」
思わず振り返ったサブトレーナー。軽快なクラクション音が聞こえるのは、ほとんど同時のことだった。
「ハァイ!」
そこには、車があった。それも乗用車なんてチャチなものではない。真っ赤な塗装にゴリゴリのチューニング、大衆車なら優にダースは揃えられそうな気配のする輸入車である。
そして当然のように左ハンドル仕様なその車から、ひょっこりと見知った顔が飛び出す。
「そこのカワイコチャン? ちょっちアタシとデートしない?」
「なんですって???」
いや、言っていることは理解できるのだが。なぜここに?
サブトレーナーの認識が間違っていなければ、ここは日本ウマ娘トレーニングセンター学園。文部省管轄外とはいえ教育機関のハズ。
「ピピーッ!!! 規律委員会だッ! そこの外車! 勝手に入っただろ絶対!」
「いやん、ちゃんと許可とってるわよ? さあいきましょ、トレーナー!」
「あっ、ちょ。許可取ってるなら説明すればいいじゃない」
「いーのよそんなこと。はやく!」
完全に押し切られる形で助手席に乗り込むサブトレーナー。
いかに優駿の集うトレセン学園といえど
ご存じの通り、私有地と違って公道では法律を守らないといけないからだ。
「なら学内こそ徐行しなさいよ……!」
「まーまー。ちゃんと誰もいないことは確認してたし、大丈夫よ*1」
そう言いながら郊外へと進路を取る輸入車。きっといつもの通り、行く当てがあるという訳ではないのだろう。
……それにしても、こうして連れ出されるのはいつぶりだろうか。
「大学部は楽しい? マルゼンスキー」
「ええ。それなりにね」
解釈に迷う答えだった。それなりとは文字通りの「それなり」なのか。はたまた「チョベリグではない」という意味なのか。
ラッシュの時間帯でないこともあり、車はスルスルと進んでいく。マルゼンスキーは言葉を選んでいるらしく、しばらくしてから口を開いた。
「なんだか大変なことになっているわね。貴女のまわり」
「そうね」
今度はサブトレーナーが曖昧な答えを返す番。しかしマルゼンスキーも口を挟むことはなく、そのままエンジン音だけが車内に響き渡る、
赤信号が青になる。丁寧なハンドル捌きで左折する車。料金所を通過して、車はハイウェイへと。加速帯を使って、スピードメーターが動いていく。
「ルドルフちゃんを選んだのは、私のため?」
「……」
マルゼンスキーの正面からの質問に、サブトレーナーは返す言葉もない。
そうだ、と。そう返されたらどうするつもりなのだろうか。彼女は。
「いいのよ。貴女が怒ってくれたから、私はそれで満足してるわ」
サブトレーナーの返事を待たず、そう言い切るマルゼンスキー。その言葉に嘘偽りはないのだろう――――――その事実が、サブトレーナーの胸をチクリと刺す。
「……ルドルフは、強いウマ娘よ。間違いなく」
模擬レースで勝ったから、ではない。持ち前の
真に強いウマ娘とは、安定して高いパフォーマンスを維持できるウマ娘。シンボリルドルフというウマ娘は、間違いなくそれに相当する。
「ええ、強いの。とってもね、だからこそ……」
もっと、レースに集中して欲しい。
「ノンノン。嘘はダメだぞ、おハナちゃん?」
瞬間、世界が加速した―――――マルゼンスキーが、サブトレーナーの建前を吹き飛ばした。
8気筒が唸る。いつかの無念を、悲壮な過去を置き去りにして。
「ちょ……!」
「アハッ! やっぱり気持ちいいわねっ!」
巧みなハンドル捌きで他の自動車を縫うように躱してゆくマルゼンスキー。美しいコース選び、内心に湧き上がる感情をこらえるサブトレーナーは複雑な顔。
「ねえ、速いのはキライ?」
「……いいえ、まさか」
「だったら、速ければなんだっていいのよ」
それこそ、走らなくても。
自動車だって、新幹線だって、飛行機だって。速さはそこら中に転がっている。
「私はね、走るのがとっても楽しいわ。こうしてドライブするのだって、自分の脚で走るのだって」
すっかり加速しきった世界で、マルゼンスキーが笑う。
「だからね、もしも私のために世界を変えるっていうんなら。それは止めて欲しいの」
貴女にも、この世界を好きであって欲しいから。
マルゼンスキーはそう言って、あっさりとサブトレーナーの「本丸」に取り付いてみせた。
「……最初から、全部お見通しだったってわけね?」
「あったり前の助! ワタシは貴女の、最初の担当ウマ娘よ?」
サブトレーナーがなぜルドルフに手を貸し続けていたのか。
強いウマ娘だからスカウトしたかった? 無理をするウマ娘を放っておけなかった?
彼女が積み上げていた「表向きの理由」を取っ払った後に残る「理由」を、彼女は見抜いていた。
「変えてしまいたいんでしょう? この世界を」
なら、もう認めるしかあるまい。逃げる言葉を失っていたのはトレーナーだった。
「……ええ、そうよ。あなたがダービーに出られない世界が、私は認められない」
天佑だったのだ。
あの日、あの夜。必死に1人でコースを整備するルドルフに出会ったのは。
「まぶしかったのよ」
彼女の世界を良くしたいという信念は、途方もなくまぶしかった。
彼女なら……世界を変えられるかもしれない。サブトレーナーが諦めるしかなかった。諦めてしまったことを成し遂げられるかもしれないと……そう、本気で思ってしまった。
「でも、それを彼女に押しつけるのは違うわ。私がひとりでやるべきことだもの」
認められないなら、変えるしかない。だがそれは茨の道だ。
もしそんなことに
「ふふっ」
「なにがおかしいのよ」
「いいえ。2人とも似たもの同士だなって、そう思ったの」
「似たもの同士?」
そうは思えないと返すサブトレーナーに、似てるわよとマルゼンスキー。
「
きっと怖いのよ。自分の好きなこと、やりたいことで周りを苦しめるのが。そこが似ているのだと言い切ったマルゼンスキー。それでねと彼女は続ける。
「走ることは楽しいんだって、楽しくていいんだって。貴女は教えてくれたわ」
だから貴女は、ルドルフに教えてあげればいいのよ。