ルナちゃん「トレセン学園をぶっこわす!」――絶対全員を幸福にする皇帝と絶対改革を完遂する地方ウマ娘――   作:帝都ウマピヤヰ倶楽部

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トレセン学園をぶっこわす

 ルドルフが門限ギリギリまで自主トレに励んでいることを、サブトレーナーは知っていた。

 

「やあ、トレーナー君。どうしたんだい、こんな時間に」

「あなたこそ、こんな遅くまで精が出るわね」

「ああ。しかし、君は知っているだろうに」

 

 そう返すルドルフの視線には、僅かに警戒の色がにじむ。

 大方、自主トレを控えるように言いに来たとでも思われたのだろう。

 

 デビュー前……特に本格化を迎える前の自主トレは止める、それが一般的なトレーナーとしての指導である。素人の知識に基づく自主トレはウマ娘の成長を誤った方向に導きかねないのだから当然だろう。

 

 しかし、ルドルフは決して誤った自主トレを行っているわけではない。

 むしろ基本に忠実、教官が組むのと似たようなメニューを熟しているのだ。彼女は。

 

「本当なら、教官の下で鍛錬に励むのが良いことはわかっているとも」

「違うわ。あなたの事情は知っているもの、もちろん」

 

 ルドルフが自主トレをするのは、自主トレをせざるを得ないから。

 

 教官が指導を行う時間、ルドルフは整備され切らなかった運動場やコースの整備をしている。だから教官の指導を受けられない。しかしトレーニングを怠るわけにもいかないので、やむなく自主トレをしている。それも、真夜中のコース整備の片手間で。

 非効率だろう。どんなに非効率だと分かっていても、やらなければ気が済まない――――――それが、シンボリルドルフの信念というものであった。

 

「今日は、あなたと話をしにきたの」

 

 そう言われたルドルフは、ほんの少しだけバツの悪そうな顔をする。

 

「シリウスとの、模擬レースのことかい?」

「それもあるけれど。それより……」

 

 さて。彼女は応えてくれるだろうか。

 私の話を、聞いてくれるだろうか。

 

 サブトレーナーは、僅かにこぶしを握って、それから言葉を継ぐ。

 

「あなたの『夢』について、聞きたいことがあるの」

 

 

 


 

 

 

 ――――――夢、とは。

 

 夢とはなんだろうか。

 

 

 少女は、つまり後にサブトレーナーとなる彼女は。夢を知らなかった。

 壁は知っている。

 諦めないことの意味――――それがどんなに険しく、そしてどんなに苦しいことか――――も知っている。

 

 しかし夢というものを、少女は知らなかった。

 

 

 

「多くの競技において、選手の指導(コーチ)は元選手が行うことが多いわ」

 

 もちろん、絶対にそうというわけではないが。しかし同じ選手として、競技者の視点から指導を行うことが出来るという利点は十分大きいと言える。

 

「でも、レース業界(このせかい)においてはそうではないでしょう? 元競走者のトレーナーは、あまりにも少ない」

 

 そう告げるトレーナーに、ルドルフはクールダウンをしながら答える。

 

「ヒトとウマの間に結ばれた絆が、特別な力を発揮する……だったか」

「ええ、事実。これまでに栄冠を掴んだウマ娘のほとんどが、ヒトのトレーナーとタッグを組んでいた」

 

 これには、レースという競技の生い立ち――――歴史を紐解けば、神事としてレースのようなものが執り行われていたという――――なども関わってくるのだろう。

 

 ウマ娘という特定の分野で抜き出た種族、彼女らとヒトという種族が交わり、その間を取り持つようにして()()社会が構成されていく過程は、決して平坦という訳ではなかったのだから。

 

 しかし、とはいえだ。

 それは、今を生きる人間たちには1ミリたりとも関係のない話。

 

「私はね、それを初めて知ったときこう思ったの」

 

 ああ、なんて卑怯なんだろう。と。

 そうこぼれ落ちたサブトレーナーの言葉に、ルドルフの動きが止まる。

 

「卑怯?」

「ええ。だってウマ娘のように速く走れないヒトが、ウマ娘の走りを独占するために作られた逸話じゃない、あんなの」

「……そこまで、穿った見方をしなくてもいいのではないかな」

 

 傍目に見て、ルドルフは困惑しているようにみえた。

 夢について聞きたい、そう言って始まったサブトレーナーの語りが、まさかこんな所に着地するなど誰も思いもしないだろうから。

 しかし、大事な前置きなのだ。この話は。

 

「私は、家に仕えてくれる多くのウマ娘とヒト、そして社会を構成する『わたしたち』に大きなリスペクトを払いたいと思っている。レース競技のトレーナーにウマ娘が少ないのは、単純に『自分も走りたくなってしまうから』という側面もあるだろう。だから」

 

 僅かな時間で厳選したのであろうルドルフの言葉に、サブトレーナーは首を振る。

 

「いいえ、私()そうだったのよ」

 

 壁を乗り越えたかったのだ。

 諦めたくなんて、なかったのだ。

 

 だから、自分で走ることを諦めた。

 誰かに夢を、託してしまった――――――あの時だけじゃない。今も、なお。

 

「先人の積み上げた卑怯があったから、私はトレーナーになれた。だからでしょうね、思ったよりずっと早く、しっぺ返しを食らうことになったわ」

 

 マル外、と呼ばれる制度がある。

 それは国内レースの保護制度であると同時に、留学生の排斥制度。

 

「彼らによると、マルゼンスキーは『悪い例外』になりかねなかったらしいの」

 

 確かに、日本のレース業界は海外に比べて見劣りする。海外と直ちに「対等」を目指せば、たちまち八大競走をはじめとするあらゆるレースが海外から来たウマ娘に占領されてしまう……そんな恐れが生んだ、出走制限。

 

「そして、マルゼンスキーはダービーに出られなかった」

 

 東京優駿。日本のウマ娘なら誰もが一度は憧れる、頂点を決めるレース。

 そこにマルゼンスキーは、出ることも叶わなかった。

 

「悔しかったわ。マルゼンスキーが日本ダービーを走れないことだけじゃない、私がなにも出来なかったこと。彼女が仕方ないと諦めてしまったこと」

 

 そしてなにより、彼女に夢を託してしまっていた自分が。

 誰かの夢にただ乗りしようとして、そして閉ざされた夢に自分事でもないのに悔しがっている自分が。

 

「君が、マルゼンスキーのトレーナーであったことは知っているとも。君がどれほど、彼女をダービーに出させるために努力していたかも」

 

 そうだろう。ルドルフならば、シンボリ家の人間なら知っていて当然だ。

 

「努力なんて、取り繕った言い方しなくていいわ。子供のワガママよ、あんなのは」

「そんなことは……いや。君の手を取らない私が言っても、説得力はないか」

 

 ルドルフは肩を落とす。それから少しして、ふむと顎に手を当てた。

 

「……まさか、トレーナー君」

 

 君は私に、これを言わせたかったのか? そう彼女の眼が問いかけてくる。

 

「さて、どうかしら。でもこれで、あなたは私に説明するしかなくなったハズよ?」

 

 ルドルフは、優しい――――――そう、彼女を知るウマ娘は言った。

 遠慮していると、誰かに縛られるのが嫌いなウマ娘は言った。

 周りに強制はしたくない。そう、ルドルフ自身が言った。

 

 そんな彼女を、()()()()になったと。同じシンボリのウマ娘は言った。

 

「日本中央競走の鼻つまみ者……そんな私が嫌いなら、それでも一向に構わない。だから答えて、あなたの夢はなに?」

 

 マルゼンスキーは、似たもの同士だと言った。

 心の奥底では、そんなことは分かっていた。

 

「夢とは、語るようなモノではないと。私は思っている」

 

 似ているのだ。どうしようもなく。

 

「だが、もし敢えて、夢を語るとするのならば――――――」

 

 夢を持てなかった者は。

 夢を誰かに託すしかないのだから。

 

 

「すべてのウマ娘に、幸福を」

 

 

 そのために。

 

 

「「この世界を、変えたい」」

 

 

 閉塞したこの現状を。

 どうしようもない、今と明日を。

 

「なら、この私を使い潰しなさい。貴女の夢を、私が叶えてあげる」

「それには及ばない」

「及ぶか及ばないかを決めるのは、私よ」

 

 それに、もう止まれないわよと。サブトレーナーは空を仰ぐ。

 

サブトレーナー(私が所属してるチーム)、辞めるってチーフに伝えたから」

「なんだって?」

 

 空には、珍しく星々が輝いているように見えた。東京のネオンにも負けない一等星たちが、宇宙(そら)を彩り、星座を描いている。

 

「そのままの意味よ。マルゼンスキーの件で守ってくれたチーフには感謝しているけれど、もう巻き込めないでしょ?」

「……」

 

 何かを噛むような、そんな表情をするルドルフ。

 彼女も知っているのだ。

 

 諦めないことを。それが何を意味しているのかも。

 

「……いいのかい? 私は、君が思っているほどお利口なウマ娘ではないよ?」

 

 やがて口を開いたルドルフに、サブトレーナーは口角をつり上げた。

 

「貴女こそ、まだロクに手腕も見ていない鼻つまみ者トレーナーと組んで大丈夫?」

「あぁ、なに。それは問題ないさ――――――」

 

 

 なにせ、走るのは私だからね。

 

 

「……っ」

 

 そう、これだ。こうでなくては。その顔が見たかったのだ。

 彼女は悪評判などすぐに覆せると信じている。いざとなれば己の脚1つで、世界をひっくり返せると信じている。

 それが子供らしい、無邪気な無限疾走感かどうかは、彼女の眼を見れば分かる。否だ。

 

 絶対が己にあるという確信。成し遂げられぬ事は何事もないと信じるに足るだけのポテンシャルを持つ者に許される……自己中心主義(エゴイズム)

 答え合わせはなされた。やはり彼女は、あの模擬レースで、空き教室で、面談室で、あの小運動場で――――――常に己を抑え込み、律しようとしていたのだ。

 

 それを抑え込もうと必死に足掻ける彼女こそ、世界を壊すのに相応しい。

 案外、本当に全てのウマ娘を幸福に導いてしまうかもしれないような――――――。

 

「なら、契約しましょう? シンボリルドルフ」

 

 少女は、サブトレーナーは、彼女は知らない。

 夢の形を。夢がいかなるものなのかを。

 

「いいとも。トレーナー君……いいや、東条ハナ」

 

 故に彼女は知らない。

 夢を誰かに託すしかなかった彼女が、いつの間にか大きな野心(ゆめ)を抱いていることを。

 

 そしてそれが、今日。この星空の下で、確かに出会った。

 その2つの手が、真っ向から結ばれた。

 

「もう、遠慮はいらないわよ。ルドルフ」

「そうらしい。逃げるなよ? トレーナー君」

 

 

 

 


 

 

 

『候補者番号1号、シンボリルドルフだ。まずはお昼の時間に君たちの時間を借りることをお詫びし、そして耳を傾けてくれた君に感謝したい。

 

 今のトレセン学園を、君たちはどう思うだろうか。

 私は統合される前のレース場付属校がどんな場所だったかを知らない。もしかすると、今の学園の方が恵まれた場所であると考える者もいるかもしれない。

 

 だが私は、到底そうは思えない。

 今のトレセンは、誰かが我慢するトレセンだ。皆が少しずつ譲り合って、我慢し合っているトレセンだ。

 

 私はそれが正しいとは思えない。

 私たちは、もっと自由に脚を伸ばせる学園を作るべきだ。

 

 ……ここまで聞いて、子供らしい夢想だと。身の程知らずと笑う者もいるだろう。

 なら、私の所に来てくれ――――――』

 

 

 

『叩き潰してやる』

 

「!」

 

 その言葉がスピーカーから漏れた瞬間。学園の空気が変わる。

 そして1人のウマ娘だけは。安心したように息を吐いた。

 

「よかった。やっぱり東条トレーナーが居てくれてよかったよ」

 

 ウマ娘は、二人三脚では走れないから。

 ウマ娘と()()栄光を掴めるのは、トレーナーだけだから。

 

『論破してくれても、脚で負かしてくれても構わない。今日から投票日まで昼休みはグラウンドにいるから、思うところがあるなら意見を言いに来てくれ』

 

 むろん、選挙後も目安箱を設置し、生徒の意見をくみ上げていく試みはやめないつもりだ……なんて、いまさら施策の話をされても耳に入ってくるはずがない。

 

『私は皆のために、トレセン学園を変えることにした。そのために――――――』

 

 

 トレセン学園をぶっこわす、と。彼女の声をスピーカーが拡散する。

 

 

 これは。彼女(ルドルフ)なりのケジメなのであろう。

 正々堂々と、真正面から全てを破壊する。そうでなければ改革は成功しないと……もしくは、それだけの「ハンデ」を背負っても勝てると、そう彼女は考えているのだろう。

 

『もう一度言う。トレセン学園をぶっこわす』

 

 全ては、学園のために。

 すべてのウマ娘のために。

 

 

 

 シンボリルドルフの改革(たたかい)が、はじまる。

 

 

 

 

 

 

 

 




ひとまず毎日投稿はここまで。お疲れ様でした。
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