馬鹿が歩くと皇女に当たる3
そこは一面が瓦礫の山だった。壊れた建物が倒れ伏す様はさながら墓標であるかのように、ただ朽ちてゆくだけの姿を衆目の前にさらしていた。
遠目にはひときわ高い墓標。かつては東京都庁という名を与えられていた巨大な墓石が傾きながら今にも崩れ落ちそうに聳え立っている様子を見ることができ、この地が死の大地であることを静かに物語っていた。
「ほらよお嬢さん。此処がお目当ての新宿ゲットーだぜ」
落ちた橋脚の足下には沢山の貼り紙がある。
どれもが行方不明者を探している旨を訴えたものばかり。
人を探しています。
連絡をください。
「これ全部おまえの国が作り上げたものだぜ」
尋ね人の殆どはもう生きてはいまい。よしんば生きていたとしても半身不随であったり、怪我が原因で余命幾ばくもない状況下におかれていたり。
「このぶっ壊れた街も、ぶっ壊れちまった人間も、この墓標の山も、ぜ~んぶだ…………。全部……な。てーしたもんだわホントにまあ……」
「っ……」
極東事変の敗戦から日本占領統治へと到るさなか、他の地方へと避難していた人が戻り始めていた。
戻り始めていたところを再び“テロリスト”として攻撃の対象としてさらされ。
新たな墓標が積み重なっていったのだ。そう、他でもないブリタニアの手で。
「戻った矢先にあの世行きのバスへ無理矢理乗せられるなんて誰も考えてなかったろうな。頭よくない俺なら当然、東大出のエリート様だったやつもさ」
東大出のエリート。いま口にするとこれほど虚しく響き渡る言葉もない。
日本国のエリート大学生に価値があったのは7年前の暑い夏までのこと。
以降は"日本国の某か"など、過去の栄光でしかない無意味な肩書きにすぎなかった。
「これでもまだ少ないんだぜ。7年前の夏に比べたら屁みたいなもんさ。あんときに積み上がった墓石やら墓標やらの山なんぞ、数えてたら頭おかしくならぁな」
その7年前ですらブリキからすれば些末事だろうよ。飲み込んだ言葉を反芻して玉城は自嘲気味に笑う。
ブリキの少女ユフィがやったことではないと頭ではわかっていても怒りが沸くのはなぜだろう?
やっぱり自分はブリキの全てが嫌いなのかもしれない。
純心な少女にさえ怒りを覚えてしまうのは、それ以外に考えられないなによりの答えではないか?
気が短くすぐに当たり散らす自分が冷静でいられるのは、傲慢で見下しがちなブリキにはいなかった優しいを持ち合わせている人間と接したことが原因だ。
「とってもお偉い前総督様の言葉を借りるなら、この普通の主婦やただの子供にしか見えない人間が凶悪テロリストなんだとよ」
木の棒を立てただけの簡素な墓標に貼り付けられた写真には笑顔で写る女性や子供の生前の姿があった。
「アホかよ。なーにがテロリストだクソッタレ。こっちに言わせてもらえるのならおまえこそテロリストだろって言ってやるところだぜ。なにもかも奪われて、最後は命まで奪っていった凶悪の上の極悪テロリストだってな。へっ、指名手配犯も真っ青だぜ」
ユフィは唇を噛んでいる。自分の国の皇子様を罵られたのが悔しいのか?
こんなことになっていた事実を知らなくて怖くなったのか?
そんなことは知り得ようもない。
だが、この惨状を見てなにかを感じ取っているらしいことはなんとなくだがわかる。
日本人がどんな目にあっていようが関心を示さないブリキには本当にいない、いい意味での変なやつだった。
◇
「もういいか?」
「…………はい、この目で確かめることができましたので……」
「だったらもうおうちに帰んな。此処はな、おまえみたいなキレイなやつがいていいとこじゃないんだ」
拒絶しているんじゃない。平和な日常で生きてきたやつが生きられない世界もある。それだけのことだ。
「もう日も傾いてきてるし、おまえのこと追っかけてた悪いやつってのも諦めてんだろ? 疎開の入り口までなら送ってやるからそこで警察でも呼んで」
「待ってください」
「あん?」
「わたくしは、わたくしが怪我をさせてしまったあなたを、シンイチロウを家までお送りすると申し上げました」
前総督が嘘をついたかどうか惨状を見てもまだ確信が持てない。
でも、もしも嘘をついて無実の人々を手にかけていたとしたら、嘘をついていなくても無関係な人々を手にかけてしまった事実がこうしてあるのなら、せめて自分は口にしたことを曲げたくない。
たかがイレヴンと見下すブリキには似つかわしくないことを口にするユフィに、あらためて思ったのはやはりあのことだった。
「おまえ、ブリキのクセに変わりもんだよな」
変わり者だが、こんなやつもいたのか。
そこで終わればよかった。
気分よくこの場を後にできたというのに結局気を悪くさせるのは。
「あーあ、やっぱイレヴン相手じゃRGは使ってないな」
「お~いこっち!」
やっぱりクソブリキ共だった。
「っんだあのガキども……っ」
学生服を着たガキ二人組がブリキの砲撃で壊れされた石像を背景にして写真を撮っていた。
はしゃいでいた話からして軍事マニアというやつらしいことはわかる。
7年前はまだ学生だった自分のクラスにもサバイバルゲームや兵器語りを嬉々として話していたやつがいたものだ。
「つぎ、俺な!」
◇
「ちっ、気分ワリィ」
日本人が大勢殺された場所で楽しげに笑い記念写真を撮るブリキのガキどもをぶん殴ってやりたかった。
だがこの腕では反対にやられるだろう。それにいまはユフィも一緒だ。変に掴みかかって逆にやられたとき、イレヴンの自分と一緒にいるユフィになにをしてくるか。
原因はユフィにあっても医者代を払ってもらった貸りはある。下手な揉め事に巻き込みたくはない。
「行くぞユフィ」
このときの自分の冷静さには200点をあげたいと思った。頭に血が上りやすくカっとなって手を出すのが日常的な俺が手を出さずに我慢してさっさとこの場を去ろうとした。
いくら称賛されても足りないくらい頑張った自負はある。仲間がみていれば熱でもあるのかなんて心配されるかもしれないほどには。
ただこの努力を無駄にしてくれたやつがいた。
「お、おいっ!」
止める間もないとはこのことか?
一瞬で脇を通りすぎた桃色の軌跡がオレンジのバンダナを頭に巻いたブリキのガキの前に立ち、右手を上げて、そのまま振り抜いたのだ。
「やめっ」
パシッ
制止の声では手を止めることはできない。声で止まったら超能力だ。
止まらない手はガキの頬に叩きつけられて夕暮れの石畳にて渇いた音を鳴らしていた。
「なっ、なにすんだよっ」
それは此方が言いたい。俺が我慢してんのになにすんだよあの子娘は。
「黙りなさいっ これ以上この地に眠る日本の方々を侮辱することは許しませんっ!」
あいつ……。
「ぶ、侮辱ぅ~? 侮辱だって誰をさッ! だって死んだのはイレヴンじゃないか!」
「イレヴンではありませんっ日本人ですっ!」
「日本人って……。違うよ君。日本は僕らの国に負けて敗戦国になって、エリア11になったんだから日本人なんてもういないんだよ?」
小僧共が戸惑うのも無理ない。同じブリキから日本人なんて言われて侮辱するなってされたら、頭おかしいと思われるだろう普通に。
だがこれはまずい。非情にまずかった。あのユフィの剣幕では止まらないだろう。止まらなければ小僧共になにをされるかわかったものではない。
それに対して無力なユフィでは……。 くそっ、仕方ないな……。
「オイコラ」
揉めたくなかったが突っ込まない限り収まらないだろう。
「うッうわ、イ、イレヴン」
「出てけよブリタニアの豚ども!」
「なっ、なんだよぉ、イレヴンのくせにぃ」
「日本人だァッ! イレヴンなんていうなァッ!」
いまは怒りよりも不味いというほうが先立つ。何せユフィは数に入れられない戦力差は2対1、おまけにこっちは腕が使えないから実質2対0で、コイツらがその気なら俺は今すぐサンドバッグに早変わりだ。
「なにいってんだ、おまえらうちに負けたんだろっ」
犬でもなんでもいい。今は好きなだけ言わせてやるよ。だからさっさと消えてくれや。
都合よくいってくれればよかったが、やはりそう上手く事は運ばないものだ。
「敗戦国の犬がっ!」
二人組のロン毛のほうが殴りかかってきた。
いつもなら余裕であしらえるヒョロイ小僧のパンチだったが。
「がふっ!」
もろ顔面にクリーンヒットを許してしまった。
「し、シンイチロウっ!」
「バッカやろさっさと逃げればいいだろ……!」
膝をついた此方に寄りかかってくるユフィだったが、そんな暇があるなら逃げろって話だ。
「怪我人に暴力を振るうなんて!」
「ふ、ふんっ! い、いっとくけどなぁ、先に手をだしたのはそっちなんだからなっ!」
「それならばわたくしを殴ればよろしいでしょう!」
「なっ、なにおぅ、イレヴンなんかと仲良くしてるブリタニアの面汚しめっ!」
「キャッ!」
また響く渇いた音はユフィの頬から出たもの。
「テメーッガキがァァ! 女殴りやがって!」
ユフィには頼むからこれ以上煽らないでくれと言いたかった。
俺の事を庇ってくれた女が目の前で殴られたとあっては此方も引っ込みがつかなくなってしまうから……。
◇
「なぁ、なんであいつら殴ったりしたんだよ」
家に帰る途上。肩を貸してくれているユフィに聞いた。長い影が伸びている。もうだいぶ日も沈んできた。
「……。亡くなられた、日本人の方を冒涜する行為が……許せなかったのです……」
「だからなんでだよ? おまえはブリキ……、ブリタニア人じゃねえか。日本人がどうなろうが」
「ちがいます!」
「っ!」
「ブリタニア人とか日本人とか、そんなことではなく、わたくしは……!」
持ち合わせの解答はまだないのか、そこで沈黙してしまった。
考えてもまだどうするべきかの答えを持ち合わせていないなんてことはままある。
答えの無さにかけては人一倍な自分がいうのだから間違いない。話題を変えるべきなのだろう。
いまはまだない答えの話を延々していては息がつまるだけ。
ユフィには日本人への侮辱が許せない。イレヴンを日本人だというブリタニア人もいる。
それがわかった、そんな変なやつに会えただけでいまは充分だった。
「そういやおまえ、強いんだな」
「えっ?」
「喧嘩だよ。あいつらぶん投げ飛ばしてたろ?」
あの喧嘩は結局ユフィのひとり勝ちに終わっていたのだ。
弱ってる此方をやろうとしたガキどもを、まさかのユフィひとりでノシてしまったときはなにもんだよと思ったが。
「あれはその、たしなみ程度の護身術を身につけておりますので、あのくらいでしたら」
少し恥ずかしそうに頬を染めて口元に手を当てる仕草が微笑ましくも、いいとこのお嬢様なのだということを理解させられるには十分な反応だった。
というかそれだけ強いのだったら最初から言ってほしいわ。
「悪いやつってのもその護身術でやっちまえばいいのに。おまえ正直俺よりも強いぞ」
騙された気分だ。
「わ、悪い人たちはもっと強いんです!」
「それならそれで俺なんか役に立たないだろうが?!」
言い合いをしているうちにも歩は進み、やがてついたのは一軒とも呼べない薄汚れた建築物。
所有者なんていないこんな建物を自分なりに手を加えて寝床にしている玉城の、俺の家だった。
「此処がシンイチロウのお住まいなのですか?」
ゲットーの家なんてこんなものだ。
「ははッ、ぼろっちくて驚いたろ? 疎開に住んでるやつにはわからないだろうが、ゲットーでは住む家ひとつまともなところはないのさ」
「行政は、政庁はなにをしているのですッ、住民の方々も訴えでなかったのですか?」
「訴えたって無駄だ。人間扱いされてないのはさっきの学生どもの態度でもわかったろ? 日本人とブリキはな、徹底的に区別されてんだよ。新宿の虐殺で奴隷以下の害獣扱いされてることまではっきりした。すべての幸せを守る正義の戦いだ? 結局自分たちにとって都合のいい正義だろ。平和を愛するなんて綺麗事も日本をぶっ壊したブリキが口にするほど笑えねージョークはねえよ」
「……」
「また愚痴になっちまったな。別にユフィに言ってるわけじゃねーんだ、そこんとこはわかってくれや。ユフィはいいやつだし好ましいやつだ。気ィ悪くさせちまったな、もうやめとく」
これ以上続けたらユフィに批難をぶつけてしまいそうだ。 こんないいやつに批難ぶつけたら俺が嫌になるし、ユフィに嫌な思いをさせたくもねえ。
「なにはともあれ家にはついたが、おまえどうすんだ? 護身術習ってようがゲットーの中をひとりで歩くのは危険だぜ? 相手がブリタニア人てだけで見境のねー奴等がうようよしてっから」
明日なら信用できる仲間に、そう杉山あたりに頼んで送らせることもできるだろうが、いま頼んですぐには難しい。
なんならこのままとんぼ返りで自分が送ってってやるべきか? 迷惑をかけたから送らせてくれというユフィの意志は尊重した以上もう貸し借り無しの間だし、こっちゃあ別にかまやしねー。
「さあ……どうしましょう?」
「やっぱり考えてなかったのかぁこのお嬢様はよぉ」
まあいい。ここまで付き合い付き合わされて今更迷惑もくそもない。
「Uターンになるけど疎開まで送ってくわ。ちょっと中に入って待ってろ」
「すみません……」